フォルセル建国祭8 ~焦り~

 探してはみたものの、セスルートの姿はなかった。

まるで始めからそこにいなかったかのようである。


「流石というのか、なんというのやら……」


ワシはそう思う。

セスルートのおかげで、騒ぎがこの程度で済んだとは思うが。


「まぁ、でも最後は分かってくれたみたいでよかったわ」


エヴァは、周囲のフォルティモの木を、見に集まった人々とこの場から去っていくフォルセル深緑騎士団を見て言った。


「うむ、話が分かる隊長でよかった。あそこでまとまらないと、騎士団の連中と一戦交えてた可能性もある」


ワシはそう言い、自分の拳を見る。

手の平の決まった場所に豆が出来ている。

どうしても手を握ると、力が加わり、決まった箇所に豆が出来てしまう。

その豆の上に、さらに豆が出来ている。

治りきる前に、同じように手を使用しているとこうなる。

それが幾重にも積み重ねられ、その豆の出来る手の平の部分は、非常にごつごつと硬直化していく。

ワシのこの手も大部いじめてきたが、セスルートのあれは、もっと……さらにいじめられた手じゃ。

じゃが、何故あそこまでああなる?

今まで、数多の杖を、握ってきたからか?

否、それだけでああはならない。

となると、手の平が、ああなる何かしらの理由があるということだ。


「トーブ……トーブどうしたの?」


ワシの隣で、エヴァが、心配そうにワシの顔を伺っている。


「いや、少し考え事をな」


ワシは、そんなエヴァに心配させまいと答える。


「そう、ならいいけど。最近よく何か考える時間が増えたわね」


エヴァが、何気なしに言った。


「そうか?」


ワシが、そういうものかと聞き返す。


「うん、何だか深く考えてるみたいで、一人でうんうんと考えてる。実際、うなってはないけど」


エヴァはそう言い、ワシの考えている時の仕草を真似する。

腕を組んで、少し視線を伏せ、一点を見つめる。

確かにワシじゃな。

エヴァの物真似の良しあしは別として、真似しているのは、完全にワシだった。

そうしている自分の意識がある。

最近、セスルートのような強き武人に出会い、そんな相手に対して、自分がどう戦うかとか。

今の現状から目に見えて、強くなることばかり考えている。


「心ここにあらずって感じ」


エヴァがつまらなそうに言った。

そこまで出ていたか。

ワシはしまったと痛感した。

そのような雰囲気さえ、出てしまっていたか。


「それはすまなんだ。謝るよ、エヴァ」


ワシは、申し訳ないと思い、エヴァに対して、頭を下げた。

このフォルティモの木の前で、女性に男性が頭を下げる光景は、何か別の意味で受け取られる可能性もある。


「別に謝らなくていいわよ。いつものトーブらしいと言えば、トーブだもん。それに私もセスルート様の前では、自分を忘れて、話しちゃうし」


すぐに、にまっと顔の筋肉が緩み、エヴァの表情が崩れた。

セスルート。

エヴァを、こうまで変えてしまうお主は、強さだけでなく、人間に影響を与える存在としても、たいしたものじゃ。

いつもの我が儘のエヴァが、何せこの有様じゃからな。

ワシの前で、猫のように、ここにはいない雲の存在のセスルートに甘えている。

普段のエヴァはこうは、崩れやしないからだ。


「今回のことで、エヴァが、セスルートさんを、本当に好きなんだってことは、とてもよく伝わってきたわ」


ワシは、そんなエヴァの姿を見ながら、つぶやく。


「うん。楽しいし、頭もいいし、何だか一緒にいるとぽかぽかしてくるの」


照れくさそうに言うエヴァの言葉に、


「ぽかぽかか……」


ワシは、セスルートの顔を脳裏に思い出しながら、つぶやく。

確かに、奴といると何か大きな存在に守られている感じはする。

それは、セスルートが発する人としての雰囲気からなのか、単純に魔法を極めた男の自負からなのかは分からないが。


「自分の父とは違う。どっちかというと、遠方から頻繁に会いに来てくれるおじさんかなぁ。うふふ」


エヴァは、またそう言いながら、微笑んだ。

本当に嬉しそうだ。


「なるほど、確かにその表現はあっているかもな」


何となくだけど、そんな気がする。

妙にしっくりくる表現だ。

いつもいないけど、たまに現れて、何かしていくような。


「うんうん。さっきみたいに助けてもくれたしね」


どんな騒ぎもセスルートがいると、大抵はまるく収まるかもしれない。

ふっ、今のところは完敗じゃな。

ワシはそう思い、フォルティモの木を、見上げた。

いつもの如く、そんなワシらの姿を、この木は見下ろしている。

明日は、たくさんの人が、この木を見上げ、数多の想いを抱くであろう。

逆に、このフォルティモの木は、数多の人間たちの姿を見下ろし、思いを受け止めるに違いない。

お疲れさま。

そう言いたくもなる。

歴史を見ていた大木に、ワシは一礼して、エヴァを誘い、自分たちの宿泊する宿を目指すのであった。




 終点である宿の前で驚いたのが、その建物の外観である。

まるで一つの宿というよりかは、小奇麗な家にさえ見える。

外壁は、マルスいわく一本つくりのようだ。

一本つくりとは、一本の木を使い切るまで、その木を丁寧に使用する作り方である。

宿なのだが、どうやら家族だけで借りる一軒家の様な感じである。

扉を開けると、マルスとイーダが迎えてくれた。どうやらフォルティモの木のところでいざこざが、あったのを耳に挟んで心配していたらしい。

ワシ達が、そのいざこざに関わったことは、どうやら知られていないようで安心した。

エヴァと知られていないことで、顔を合わせて、胸をなでおろす。

夕食を済ませ、談笑し、いよいよ明日に迫るフォルセル建国祭に備えることにした。


 辺りはもうまっ暗なのだが、フォルセルの都市からは、賑やかな声が聞こえている。

ここは、比較的閉鎖された地区空間なので、そこを利用されて、宿が建てられている。

周囲もそのような宿が、たくさん連なっている。

この閉鎖的な空間でも、耳をすませば、何かしら音は聞こえてくる。

ワシは、身体を伸ばし、念入りに、身体のツボから足のほうのツボを押していく。

体をほごし、終わり、ようやく準備は整った。

服装は、動きやすい重さを感じない生地のものを着用した。

よし、行くか。

ワシは、ゆっくりと立ち上がり、エヴァを含めた三人が起きないように、静かに宿を出た。

三人は、明日の建国祭に備えて、早く寝たのだ。

外気は、程よい気温で心地良い。

日中に比べて、少し気温が下がったようだ。

ワシは、そのまま軽く駆け足で、街中の景色に溶け込んでいく。

昼間は、エヴァのおかげで、エヴァの行きたかったところにしか行けなかった。

そのことから、ワシは今から、自分の行きたかったところに行こうと思う。

軽く運動も兼ねて、走りこんでいけば、いい運動にもなる。

まずは北の門である。

輝鳥の門だ。

それから順にぐるりと、東の蛟竜の門に行き、南の元亀の門、最後に西の虎王の門で終了だ。

それぞれのこのフォルセルの都市を守るといった役目を帯びている門は、いつ見ても、輝いていて、圧巻で、美しいものだ。

毎年、ここに来て、そのそれぞれの門を見て回っている。

毎年毎年、ワシと同じく、歳を重ねた門を見るのも、中々楽しみなものだ。

最後の虎王の門まで、差し掛かったときだった。

少し門から離れたところを走っているところで、足を止めた。

最近あったことを、脳裏に思い出す。

瞳を閉じると、すぐにその光景がまじまじと現れる。

マンダリン。

マンダリンが、ワシの描く世界の中で、現れた。

マンダリンが、ふっと笑みを浮かべている。

それは行くぞと、ワシに語り掛けているようだった。

地面を軽快に跳躍し、ワシのほうに向かってくる。

その巨体とは、異なり、こちらに向かってくる機敏な姿は、やはり日々の鍛錬がなせることだ。

お互いの間合いに入った。

マンダリンは、充血した目で、ワシを見つめながら、拳を握りしめ、打ち込んでくる。

その力と技を繰り出したときに生じる隙を、考えての攻撃も以前のマンダリンは、考えることもしなかったことだ。

力任せに殴る。

オーク族が、これだけでその他の種族に比べて、身体的に恵まれているから、考えすらしなかったことだ。

だが、マンダリンは強くなるために、その考え方を辞めた。

自分の長所を伸ばすのではなく、奴は短所を無くすようにした。

おかげでこの速度も体力も身に着けることが出来た。

ワシは、マンダリンの拳を刹那で避ける。

マンダリンの身体が、ワシの横を、すり抜けていくが、すぐに奴は距離を取り、次の攻撃に備える。確かに強くなった。

最近のマンダリンの成長率は、著しい。

ゆえに何だか羨ましい反面、苛立ちを覚える。

それは、自分が武の極みにたどり着くために、成長しているかどうか考えている中、あまり成長が見られていないことから。

自分でも冷静に考えると、子供の言い分のように聞こえることで苛立ちを覚えている。

マンダリンは再び構えをとる。

来るか、半歩進んでの跳躍。

ワシの思っていた通り、マンダリンは半歩進んでから跳躍した。

読み通り。

それからの左拳での牽制。

マンダリンが、左手で軽く仕掛けてくる。

手に取るように分かる。

ワシは、その牽制を右手で払いのける。

そしてワシは、攻撃を仕掛ける。

マンダリンというデカい的目掛けて。

数発直撃させるが、マンダリンは反撃の機会を狙っている。

大きな両腕で、ワシの拳の直撃が防ぎながら。


「!?」


マンダリンが、咆哮した。

来る!

右手の大振り。

ワシは、その直後に控えている大振りの右手から繰り出される拳を待つ。

しかし来ない。

ワシの思惑通りにことは進まなかった。

マンダリンは、ワシの目の前に迫っていた。

これは……!

ワシが、気が付いたときには、時は遅かった。

急いで地面を蹴り、後ろに跳躍する。

しかし、その直後に身体に衝撃を感じた。

マンダリンの捨て身の体当たりだ。

マンダリンとしては、ワシと相対したとき、攻撃を避ける時、受けてでも強引にいかねばならぬ時、それがマンダリン自身、どうやら考えられているようだ。

マンダリンの捨て身の攻撃をワシは、何とか後方に跳躍した分で直撃は免れた。

やるのぅ。

想像以上に成長しているようだ。

ワシは、創造の世界のマンダリンに不敵な笑みを浮かべた。

マンダリンもワシに対して、ふっと笑みを返してくれた。

そして、少ししてから、霧が晴れるように、その場から、いなくなってしまった。

ワシは、意識をマンダリンから別の者に変えた。

別の者、別の者に。

すると予想以上の大物が、釣れてしまった。

ワシの目の前に紫色の長髪を、たなびかせた優男が立っている。

まさか……もう目の前に現れるとはのぅ。

そこには、大魔導士セスルートの姿があった。

ワシは身構える。

セスルートの出方を待つ。

静かに静かに時の流れが、経過しているようだ。

しかし、セスルートは動かない。

くっ。

何とも言えない威圧感と緊張感で心臓がおかしくなりそうである。

しかも、セスルートのあの余裕しゃくしゃくの顔と懐の広さ。

非常に厄介だ。

どうすればいい。

ワシは軽く、足を動かした。

ゆっくりとセスルートの周囲を弧を描くように、歩く。

そして、ちょうどセスルートの背後に回り込んだ。

死角。

闘いを、少しでも知っている者からして、一番嫌なところだ。

この死角を少しでもなくすことで、大部心に余裕が出てくる。

死角がない生き物はいないはずだが、この言い表すことの出来ない、ワシに津波のように押し寄せてくる不安感はなんだ。

やはり見えているのか。

この男に死角は、存在しないのか。

今、背後から仕掛ければ、もしかしたら倒せるかもしれない。

もしかしたら……確実にじゃないのか。

大抵の相手は、背後に回り込むことが出来たら、有利になるはずだ。

だが、セスルートを相手にしていると、例え奴の背後に陣取っていても、ぬぐい切れない不安感が残る。

天眼。

やはり、この存在が大きい。

だからセスルートを攻略するには、数々の無詠唱魔法云々よりも、この天眼を攻略しないことには、この優男には、まず勝てないといいうことだ。

現在の状態だと、ワシに出来ることは、セスルートにただ殺されるのを待っているだけということだ。

ワシは、もうこの状況に耐え切れなくなって、考えることを辞めた。

創造の世界から、ようやく現実の世界に戻ってくる。


「はぁはぁはぁ……」


かなり息が、乱れている。

駆け足で走っている時と比べて、比ではないくらいの呼吸の乱れだ。

それほど創造の世界でも、セスルートと対峙することは、かなりの重圧ということか。

ワシは、何もできなかった自分の姿を、脳裏に焼き付けておくことに決めた。

背面まで取ったというのに、何もできなかったというのは、武を極める目標を持つ者として情けない話だ。


「それにしても……セスルートは別格じゃ。あのテンカイをも凌ぐかもしれん」


ワシを殺した男の名を、つぶやく。

テンカイに貫かれた胸の部分を触り、ワシは考える。

やはり何とかして、少しは成長が見られるような行いをしなくてはならないな。

ワシは、ようやく落ち着いてきた呼吸を整えながら、駆け足で都市の中央の方に戻っていく。


虎王の門まで回り、ワシは、この都市で一番賑やかな、元亀門の近くまで帰ってくる。

案の定、ワシの予想通りに、他の門の近くに比べて、かなり賑やかだ。

賑やかというよりかは、騒々しいといったほうが正しいかもしれない。

まぁ、飲み屋街があると、どうしてもこれがあるからと言って、少し遠目の宿を借りる旅人も少なくもない。

やはり。

やはりのぅ。

ワシは、去年とまったく同じ光景を見る。

そこには、昼間とは違った光景が瞳に吸い込まれて入ってくる。

夜の世界。

少々語気の荒い連中がたむろして、気持ちよくなる時間でもある。

ワシもかつては、この時間よく、飲み歩いたものじゃ。そのころのワシの横には戦友たちがいた。

誰もが皆、ワシに負けず劣らずの大酒飲みで、気を失うまで飲んだほどだ。

ワシは、酒場街を歩きながら、ふと目にあるものが入ってきた。

それは焼きポポットチル屋だった。

マンダリン達を初めて見かけたのも、シルトの街の焼き芋屋の屋台であったことを思い出した。

因果だな。

どれ、一つ買ってみるかのぅ。

なつかしさに負け、ワシは、ゆっくりと焼き芋屋に近づき、親父に話しかけようとしたとき、

ドンッ

激しい衝撃が体に流れ、ワシは、焼き芋屋から押し出されるような形になった。

なんじゃ、一体。

ワシは、自分の体に起きた出来事に気が付く。

どうやら、今このワシの目の前にいるオーク族に焼き芋屋から、押し出される形になったようだ。

こやつ。

目の前でいるオーク族は、ワシにぶつかったことなぞ、気が付いていないかのように、焼き芋屋の親父に何か頼んでいる。

ワシは買い終えてから、一言言ってやろうとオーク族を待ち構えている。

親父から焼き芋が、手渡された。

オーク族は、それを無言で受け取った。

買い終えたか。

ワシが、一言このオーク族にモノ申そうとしたとき、


「おいおい、そんな感情丸出しだと、一般人が驚くぞ」


先にオーク族が、口を開いた。

それ以前にこの野太い声には、聞き覚えがある。


「ほれ、これでも食えよ。ここの街は、オーク族でも関係なく、簡単に焼き芋が買えるな」


暗闇から、オーク族の顔が、露わになる。


「マンダリン」


ワシのさっきまでの感情はどこかへ吹き飛んでしまった。

何故ここにマンダリンが、いるほうが気になるが。


「ほれ、まず食えよ」


マンダリンから、焼き芋が手渡される。

何ともこの大きな手にこの小さな焼き芋は、不似合だと思う。






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