フォルセル建国祭7 ~フォルティモの木~
フォルティモの木。
現在では、このフォルセルの中心にあり、国の象徴とされているが、昔はただの一本の大きな木であった。
そこに住む人々や生物は、この木を始め、雨宿りに使用したことから、ここは羽休めをする憩いの場となった。
そして、周囲は森林に囲まれ、豊富な資源にも恵まれていた。
そんな中、ここ一帯を村にしようという案が出た。その案を提示したのが、現国主の先祖である。
村作りの建物には、その周辺にある木々を使用した。建物を建てるにはまっ平らな平地がいる。まずは木を切り倒し、その切り倒した木で建物を建てた。
それが、切られた木に対する礼儀だというこの言葉は、現在のフォルセルの建築業の原則にも、載っている言葉の一つである。
あれよあれよと二、三件だった建物も、皆が力を合わせて建てたため、いつのまにかこのフォルティモの木を、囲んで十件以上の建物が建っていた。
いつのまにか、羽休めの場が村へと変貌していた。居住を確実なものとしたのだ。
人々は、そこからさらに村を築き上げた自信から、どんどんその周囲に建物を建てていった。
そのころには、きちんと役割分担が出来ていた。
建築の得意な者は建築を、調理がうまい、食料確保が得意なものは、食事提供のように。
役割分担が出来たことで、より効率的に村を発展させることが出来た。
気が付けば、その村も街へと規模が、変貌していった。その街に住めば、生活するのに事欠かないくらいになっていた。
街として安定してきたときに、開拓団の話が出た。この街から出て、遠方の地を、この街のようにしたいという勇士の集まりからだった。
街から離れることは危険を要するが、勇士たちの志も固く、開拓団は結成されて、数回の失敗を重ねたが、フォルセルの街の近場から徐々に開拓が成功していった。これが何回も行われ、現在のフォルセルの国に散らばっている村や街になっている。
フォルティモの木のあるこのフォルセルの街は、さらにさらに発展していき、このフォルセルの国の王都になった。
それが今、現在である。
「ってここの石板に書いてあるわよ、トーブ」
エヴァが、フォルティモの木の真下にある石板を見て言った。
石板より、まずはこのフォルティモの木を、見ないでどうする。
やはりここは、心が、洗われるような気がする。
ワシの目には、大きさなど、測ることの出来ない大きな天に続く大木が映っている。
なんとも見事なものよ。
その体を支える太い幹は、この途方も無い大きさ全体を、支える力の源である。
そこから上に、真っすぐに曲がることのなく、
木が伸びている。
その途中途中で枝が分かれて、そこからは新しい芽吹きが、育っている箇所もある。
そしてこの何とも言い難い、僅かに香る甘い匂いだ。これは新しい新芽が、出来るときに作成される花粉の匂いである。
「いつ見ても圧巻であり、見事。ありがとう」
ワシは、ここに来るたびに、この言葉をつぶやいている。
「何がありがとうなの?」
ワシの隣にエヴァが、いつのまにか来ていた。
「うむ、そういう気持ちにならんか? ワシは、ここに来てみるといつもそう思うてしまうわ」
常に平常心を保つようにしているが、少し感極まってしまう。
「へぇ、トーブがそう感じるなんて、やっぱ違うのね。私もなんだか、この木を見たら、日ごろの自分の行いを、改めないとなって気持ちになっちゃった」
エヴァが、フォルティモの木を眺めながらつぶやく。
「うむ、同感じゃ」
エヴァも何か感じるものがあってよかったな。
暗くなっているというのに、この木の周囲は明るい。
周囲に発火性の鉱石を、耐熱性の容器に入れた置物を置き、明るくしている。
木の上空は、この木に羽休めをしている光蟲が煌々と輝いているため、明るい。
この光を、見ていると思い出す。
数多の敵対する相手とは言え、敵を殺め、このフォルセルに帰還し、誘われるかのようにこの木の光の元に足が向かった。
そして、この光を見ていると、何もかもが許されるかのような錯覚に陥った。
それほど、ここはワシにとって、その時は心鎮まる場所だった。
周囲には、人が結構集まっている。。
明日の建国祭の盛大さが、ここにも現れているようだ。
人間族にエルフ族。その他もろもろと皆がこの木を見上げている。
皆が、それぞれ様々な思いを馳せているだろう。
「下がれぃ、下がらんか!」
突然、周囲が慌ただしくなる。
すると多数の鎧に身を投じた騎士たちが、姿を露わにした。ごとごとと何かを運んでいる。
フォルセル新緑騎士団か。
一体何事じゃ。
ワシは、ぞろぞろと現れた騎士団を見ていると、騎士団に追いやられた民衆の中から、小さな人間族の子供が、前につんのめるかのように騎士団の進行方向に押し出された。
まずい!
「なんだぁ! 貴様、こちらの命令に逆らうとは一体どういうことだ!」
騎士団の一人が、怒声を子供に浴びせる。
子供は、その激しい威圧感のある声でびっくりしてしまい、泣きべそを掻いてしまった。
「泣くことなら誰でもできるわ」
騎士団の一人が、子供に手を上げようとしたとき、ワシの身体は動いていた。
瞬時に子供と騎士団の間に割って入る。
「子供に手を上げるとは、いきすぎでは?」
そして、冷静な口調で聞き返す。
エヴァもワシに少し遅れるかのように、間に入ってくる。
「なんだぁ? リリス族のおちびちゃんが、人間族のおちびちゃんを庇うだって!? はぁ? ちゃんちゃらおかしいな。どけ! 怪我をしたくなかったらな!」
頭ごなしに、そちら側ばかりの言い分ばかり。
相変わらず、ダメな奴はダメじゃのう。こんな奴に対して、ワシはどく気はさらさらないので
「どく気はない。ここフォルティモの木は、誰もが、自由に訪れることの出来る場所のはず。何故どかねばならぬのか、明確な理由を、付けて言ってみるがいい」
「そうよそうよ、ここはみんなの場所なんだからね」
ワシに続いて、エヴァも言い放つ。
そんなやり取りで、続々と新緑騎士団の騎士が集まってくる。
「ガキどもが、あまり調子にのるな。こっちは、明日の建国祭の準備で、気が立っているんだ。ガキといえど容赦できないぞ。最後通告だ、そこをどけろ」
脅迫じみた物言いに、ワシはさらに頭にくる。
ワシの後ろにいる子供は、ビビってしまい、すぐに動ける感じではない。
「子供が集団に押し出されていたんだ。あなたがたは、それに手を伸ばすだけでよかった。しかし、それどころか子供を怖がらせて、無理やりどかそうとした。どう見ても悪いのはお前さんがたのような気がするがのぅ」
ワシは慌てる様子もなく、淡々と答える。
こんな頭が、金属でできたような馬鹿にまともな話は通じない。
「貴様! 我らがフォルセル新緑騎士団に歯向かったな。私は最後通告をしたぞ、したはずだ」
騎士が今にも斬りかかってきそうな雰囲気だ。
「お前では話にならん。もっと上の人間はいないのか? まともな会話を要求する」
ワシは、それでも冷静だ。
周囲の人の配置を確認したり、後ろの子供が立ちなおったか確認したりする。
「話など必要ない。ここで俺が、お前らを処罰する。それでいいのだ」
騎士団の一人が抜刀した。
「やれやれ。部下の末端まで指導が届いていないな」
ワシは、大きく落胆した。
非常に残念だ。
建国祭を、前に新緑騎士団の程度の低さが、露呈してしまったからだ。
「だまれ!」
頭に血が上った騎士団の一人が、ワシに斬りかかろうとしたとき、
「何をしておるか!!」
空から、地面に落ちてくる雷鳴のごとき、怒号が鳴り響いた。
その声の主は、ひと際目立つ、銀色の鎧を音を鳴らしながら、こちらに近づいてくる。
銀色の鎧。
隣のエヴァも、銀色の鎧をじっーと見つめている。
その銀色の騎士が、ワシ達の元に来た。
「はぁはぁ……一体何をしている?」
駆け足で来たため、少し息切れをしている。
そして兜を外した。淡黄色の短髪に顔中に剣の傷跡であろうか無数の傷跡がある。身長はセスルートを一回り小さくしたくらいだ。年齢は二十代後半くらいだろうか。
「進路妨害です、ルース騎士団長」
ワシらに突っかかっていた男が、急に声色を変えて、報告をする。
「進路妨害? かの者たちがか」
ルースが、ワシ達三人を兜の隙間から見ている。
ルースぼっちゃんか。
こりゃ、またいっぱしの男に成長したのぅ。
だが……今のこの現状は、こっちも一歩も退く気もないぞ。
「我々の進路妨害をしたのはその方らか?」
ルースが近づいてきて、こちらに聞いてきた。
「それは正確ではない」
ワシは、そんなルースを正面にして、言い放つ。
「正確ではない? では本当のところはどうなのだ?」
ルースが聞いてくる。
ふむ、フォビット殿に物言いが、よう似ておる。
そのまっすぐでひたむきな視線は、本当に瓜二つじゃ。
「順を追って話すと。まずは、そこの騎士の男が、静かにフォルティモの木を、見ているワシ達民衆を、運搬の邪魔だからといって押し出したのじゃ」
ワシは、騎士団の男を指さしながら言った。
「そして押し出している最中、子供がその列から、そなた達騎士団が、通るであろう進行方向の先に押し出されてしまった」
隣のエヴァも始め、周囲のフォルティモの木を、見ていた人たちがこくこくとうなずいている。
ルースは、その人々の様子も隈なく確認している。
「そして、そのあとに問題は起こった。そこで、その子供に手を差し伸べて助けるはずであろう騎士様が、進行の邪魔という理由から子供に手を上げ、排除しようとしたのだ。そうじゃな、お主?」
ワシは声を高らかに、こっちに話しかけてきた騎士にワザときく。
ルースもその騎士の方を向いて
「本当か? それが事実ならば貴様のしたことは、いかんともしがたい事だ」
ルースは嘆息混じりに言った。
「嘘です、そのガキが嘘を言っています」
慌てた口調で騎士が、反論する。
「口を慎め。リリス族の方は見た目だけで、年齢を、判断してはダメだといつも言っているだろうが」
するとルースは、ワシ達の前に来て、深々と頭を垂れた。
「部下が大変失礼なことをしました。申し訳ない。部下のしでかしたことは、上司の責任。どのようなことでも受ける所存です」
ルースはそれっきり、頭を上げてこない。
これと決めたら、硬くななところも祖父譲りか。
ワシは、これくらいにしておこうと思い、ルースに頭を上げるように言った。
ルースはゆっくりと頭を上げた。
「責任は他のところで取ればいい。貴方にはそういう場面が多々あるはずだ」
軍事面であったり、政治面であったり、新緑騎士団は国主を守ることが最優先事項だ。
「ですが」
重苦しい表情だ。
生真面目な分、こういう時に融通が利かない。
「それでいいんじゃないかい。ルース殿」
民衆の中から、さっきまで聞きなれていた声が聞こえた。
セスルートである。
「セ、セスルート殿?」
突然の、大魔導士の登場に焦っているルース。
「そのリリス族の彼の言う通り、今回のこのことは、他のことで挽回するってことで」
周囲の民衆が、セスルートが進むたびに、道を開けていく。
その光景を見て、瞳を輝かせて、セスルートの名前を呼ぶエヴァ。
周囲からも歓声が少なからず、沸きあがっている。
「いいじゃないか。明日は建国祭。ここで変に問題になってもだろ?」
セスルートが、ルースの耳元でつぶやくように言った。
まぁ、ワシにきちんと聞こえるようにいうところが、セスルートらしいが。
「そこまで考えていらっしゃるというのなら……確かにこの建国祭前でもめ事を起こすわけにはいかない」
ルースが、ようやく納得したように見えた。
「それにこのフォルティモの木の前で、もめ事起こすなんて、縁起でもない。この木の下では、誰もが皆、ただ木を見つめ、ふと物思いにふける」
セスルートがそう言い、木を見上げる。
最後は、うまくもっていかれたが、流石はセスルート助かった。
武で語るのは得意だが、口で語るのはどうも苦手じゃ。
ワシはそう思い、何気なしにセスルートの方を向いた。
案の定、彼もワシ達の方を向いて、いつもの表情で笑っている。
全く本当に食えない男よ。味方だと本当に、頼りがいのある男だが、敵に回すとかなり厄介な存在になるであろう。
「流石、セスルート様。セスルート様の登場で一気に話の流れがこっちに流れて来たわ」
エヴァの笑顔が止まらない。
まぁ、この木の前だから、いいことにしておくか。
「失礼。かねがね先ほどは、我が部下がご無礼をおかけしました。大変申し訳ない」
銀色の甲冑の騎士、ルースが話しかけてきた。
「さっきので話は、片はついたから問題ない。また起きなければいい」
「肝に銘じておきます」
堅苦しいのぅ。
フォビット殿はもう少し、柔らかかった気がするが。
「最近、ゆっくり見上げたこともないんじゃないかの? このフォルティモの木を」
ワシは、隣にいるルースに話しかける。
ルース的にはワシのことをかなりの年上だと思っているだろう。
「ふぅ、そうですね。最近ゆっくり眺める時間もなかった。いや自分から作っていなかったような気がします。やっぱり、ここから眺める姿は圧巻だなぁ」
ルースの顔には、安堵の表情が出ている。
やはりこの木からは、人の心を癒したり、落ち着かせたりする力が働いている。
さっきまで泣いていた子供も今では、木を見て微笑んでいるのが分かる。
周囲を見回しても、皆が笑顔でいる。
話している内容も心が落ち着く、安らぐといった類の内容だ。
「少しは気持ちに余裕が出来たかの?」
ルースに聞いてみる。
「先ほどよりかは、落ち着いたような気がします。建国祭前日ということもあり、気持ちがはやっていましたね」
ルースも少しは、心が落ち着いたようだ。
話し方も柔らかさが出てきた。
「お話のところ申し訳ありません、隊長」
ルースの後方から声がしたので、振り向くと、そこには銅製の鎧を着た騎士がいた。
銀と銅で格付けをしている。
一般の人にも分かりやすいようにだ。
「どうした? 何用か」
ルースが要件を聞く。
「はい、そろそろ積み荷の輸送を再開しようと思うのですが……」
積み荷の輸送?
ああ、そうか。
明日の建国祭で使用するものかの。
「うむ。そうだったな。早速再開しようではないか。それとフォルティモの木の前を通る道順は禁止だ。ここは、この木を見るために集まる人がたくさんいるからな。安全上のことを考えて通行禁止。皆にこれを周知し、厳重に守らせろ。いいな」
ルースの指示が飛び、騎士は去っていった。
そしてルースは深呼吸をする。
「何かと建国祭が終わるまで、忙しい日々が続くと思うが、無茶しないようにのぅ」
ワシはルースの身を案じ、声をかけた。
「お心遣いありがとうございます。あと申し訳ないですが、お名前を教えてくれませんか?
聞くタイミングを逃してしまったので、すみません」
ルースが恥ずかしそうに聞いてくる。
「トーブ・ファンクルだ。トーブと呼んでくれ。明日の建国祭は楽しみにしておるからのぅ」
「トーブさんですね。私はルース・ディスカスです。今日は大変ご迷惑をおかけしました。
では、明日から始まるフォルセル建国祭を楽しんでいってください。では私はこれで」
ルースはそう言うと、新緑騎士団の騎士がわらわらと集まっているところに戻っていった。
ふっ、若き芽吹きはここにもちゃんと芽吹いておりますぞ。フォビット殿。
ワシは、今は亡き、戦友の名を懐かしんだ。
「あれ? セスルート様は?」
エヴァが周囲をきょろきょろと見回しながら聞いてくる。
「いないのか?」
ワシも一緒に探してみたもののセスルートの姿は見えなくなっていた。
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