フォルセル建国祭6 ~セスルート・ヴィオハデス4~


 一向に、エヴァに対して反応しない杖。

ワシは、杖を渡したセスルートの顔を見るが、セスルートの表情は、特に変わった様子もなく、むしろ自信満々といった感じに見える。

店の中は、ほぼ無音であり、ほとんど音がしない。

フォルセル建国祭があり、人が他国から来ているというのに、店の外も嘘のように、妙に静かだ。

まるで、今のエヴァの心境を、表現しているかのようだ。

ワシは、そんなことを感じながら、エヴァの背中を見ていた。

小さな背中が、いつも以上に小さく見えた。


「セスルート様、この杖は本当に私に合っているのでしょうか?」


恐る恐るエヴァが、セスルートに聞いた。

エヴァも驚いていることだろう。

セスルートから渡された杖が、うんともすんとも言わないことを。


「エヴァちゃん、よく言ってくれたね」


セスルートが、その言葉を待ってましたと言わんばかりに返答する。

もちろん、いつものにこりとした表情を崩さずだ。


「えっ?」


エヴァが、セスルートの言ったことに対して、訳が分からないといった表情で、聞き返している。

どういう意図がある。

ワシは、セスルートとエヴァのやり取りを、聞き逃さないように聞いている。


「ごめんごめん。杖の反応がなくて困っているのは、エヴァちゃんなのに少し様子を伺ってしまって。エヴァちゃんの純粋な反応が見たかったからさ」


ふっとさわやかに微笑みながら、セスルートは答える。

つまりは、その杖が何も反応しなくて、焦っているエヴァの姿を見たかったということか。


「私の純粋な反応……?」


エヴァが、首を傾げながら答える。

まだ、セスルートの言っていることを理解していないようだ。


「そう、ここで俺が君に合う杖を選択し、君に与えるのはたやすいことだし、エヴァちゃんなら、その杖もあっという間に限界がくると思う。だからこそ私は、君にその杖を渡した。その杖は、今の君には合っていないかもしれない。でもその杖を、うまく扱うくらいの魔導士になってほしいという私の気持ちも込めて、渡したんだ」


落ち着いた口調で、セスルートは言う。


「そうだったんですか。私、そんなところまで全く考えていなくて。流石はセスルート様、私の及ばない先まで、考えているんですね」


エヴァの表情が、さっきの不安げな表情から、ようやくいつもの明るさを取り戻しつつある。

事情が分かったことで安心したのであろう。


「受け取ってくれるかい? それとも他の杖にするかい?」


そう言い、セスルートは、エヴァにゆっくりと近づき、正面にかがんだ。

お互いの視線と視線が合う。

ここで同じ高さまで、視線を落とすことが出来るセスルートは流石だと思う。


「は、はい。始めは反応がなくてとても困ったんですが、その理由も分かったので安心しました。この杖を早く使いこなして、私もセスルート様のような大魔導士になりたいです」


エヴァが、にこにこっと瞳を、輝かせながら言った。

さっきまで沈んでいたあの表情は、どこにいったんだというくらいに。


「私のようにか……あまりいい大人ではないよ。約束の時間には遅れるし、マリィには怒られてばっかだしなぁ。まぁ、目標にしてくれるのは嬉しいんだけどね」


セスルートの表情も、エヴァに釣られたのか緩む。


「もちろん、私生活面は別ですけどね。私の方が、しっかりしているような気がします。うふふ」


エヴァは、そう言って声を出して、笑い出した。

セスルートも同じく、笑い出す。

ワシはというと、すっかり蚊帳の外じゃ。

二人のやり取りに参加するわけでもなく、こうして一歩退いて、見ているだけだ。

セスルートが、かがんだ状態から立ち上がる。


「杖を選ぶのではなく、杖に選ばれる魔導士になりなさい」


セスルートが、重みのある言葉をつぶやいたので耳を傾ける。


「それは……?」


エヴァが、セスルートに聞き返した。


「あぁ。私のお師匠さんがよく口酸っぱく、言っていた言葉さ。いい言葉だろう? 私は、この答えを理解するのに、かなりの月日を費やしてしまったよ」


自慢の髪を、ぼりぼりと掻きながら、セスルートは言った。


「いい言葉ですね。杖を選ぶのではなく、杖に選ばれろか……。現状の私は、選んでばっかだな。自分に合うものばかりを求めて……」


軽く視線を伏せながら、エヴァはつぶやく。


「そんな落ち込むこともないさ。このことに気が付かないで魔導士をしてる輩は、ごまんといる。だから選ばれないからといってそう悲観することでもないし。でも、私はエヴァちゃんならできると思って、この杖を渡したつもりだ」


セスルートは、エヴァの頭をぽんぽんと軽く叩いてから、優しく手のひらを置いた。


「セスルート・ヴィオハデスのお墨付きというわけか。よかったのぅ、エヴァ」


ワシは、ここでようやく二人の会話の間に入ることが出来た。


「うん。セスルート様から、まさかこんな素敵な贈り物をいただけるなんて、私、感激」


ここ最近で、一番嬉しそうな表情でエヴァが答えた。


「私のお墨付きだなんて、大したことはないよ。でもエヴァちゃんに何かしら私が、感じたのは、事実かな」

「他の魔導士とは違う何か?」

「うん。何となくだけね。でも俺のなんとなくは当たるんだよ」


セスルートが、余裕のあるにこやかな表情で、ワシの質問に答えた。

気持ちのいい表情である。

どこまでも鋭い男だ。


「セスルート様、ありがとうございました。この杖に選ばれるように、私は修行に修行を重ねて、頑張ります」


決意表明を言葉にして、エヴァは言った。


「その意気だ。期待しているよ。エヴァちゃんならあっという間に、杖に選ばれるんじゃないかな」


澄ました表情で、セスルートは言った。

エヴァは、セスルートからもらった杖を、大切にまるで宝物のように抱えている。

エヴァのように、セスルートのような大魔導士になるということが、目標と定まって分かっていれば、自分の成すべきことが、分かっているため、目標に向かって、今やらねばならないことを実行することが出来る。

それはワシやおそらくセスルートでは、すんなり出来ないことだ。


「トーブ君は、魔法は使用しないのかい? 君もリリス族だろう?」


いきなり話の矛先が、ワシに移る。


「そうですね。生まれてこのかた、ずっと武道一本で絞ってきましたから、今のところは根詰めて、魔法をということは考えてないです。少しずつ、かじろうとは思っているところではあるのですが」


少し考えてから、ワシは言葉を選びつつ、セスルートにそれっぽい返答をする。


「そうなのか。リリス族で、武道か……今までほとんど聞かない事だけど。不思議と、君なら出来そうな気がするよ」


ワシの全身を見ながら、セスルートは答える。


「何故、そう思われるのですか?」


突然、このようなことを聞いてきたセスルートの真意を聞くため、ワシは聞いてみる。

さっきまではワシが、蚊帳の外だったが、今度は、エヴァがそうなってしまった。

しかし、エヴァは杖をもらった嬉しさで、蚊帳の外である意識がない。


「君が持っている雰囲気と感じは、リリス族が、持っている魔導士特有のそれというよりは、武に通じる者、武人のそれに近いと感じたからさ」


淡々と、セスルートは言った。

流石はセスルート・ヴィオハデスといったところか。

そこまで感づかれているとはな。


「まさか、たまたまですよ。まだまだ修行中の身の青二才です。もっともっと強くなりたいと、日々考えている次第です」


本心を、察せられたことに少し驚きながらも、ワシは、平常心を保ちながら答える。


「謙虚で、結構なことじゃないか。その手の平の幾重にも重なった豆を見れば、一目瞭然だよ。君が、普段からそれなりの努力を、しているということが、すぐに分かるよ」


セスルートが、ワシの目を見据えて言った。

やはり、この男は一筋縄ではいかないな。

常人に比べて、目が良すぎるわ。

普通、気が付かないところまで、すらりと見透かされてしまっているような気がする。


「まだまだです。ワシの求めているものには、到達どころか、まだ始まりの地点に到達したのかもわかりません。そして、今の現状に少し、危機感と苛立ちを募らせているのも事実」


ワシは、日ごろの自分が強くなっているのか、よく分からないのと、逆に弱くなっているのではないかということを踏まえて、答える。


「武人として目指すのなら、そうだなぁ、このフォルセルの近くなら、オーク族の長であるバークレイ殿や、このフォルセル新緑騎士団の団長をしている人間族のルース殿とかかな。この二人は誰が聞いても、一言目に強いという言葉が、誰からも出てくるはずだ」


親切心から、セスルートは武人二名の名前を教えてくれた。

オーク族のバークレイは、マンダリンの父親でもある。

戦闘民族のオーク族であるから、武に対して、自信があるのは分かる。荒くれもののオーク族を束ねる長が武において、弱ければ、話にもならないので、強いのは当たり前なのかもしれない。

フォルセル新緑騎士団の団長は、ルースの坊ちゃんか。

先々代の、フォルセル新緑騎士団の団長であったファビット殿の孫でもある。

ファビット殿は、誰もが求める騎士の鑑であった。


「確かにお二人とも、聡明な方とは伺っております」


ワシは、こくりとうなずき、答える。


「あとは来賓で他国から、誰が来るかだな。かと言っていきなり仕掛けるっていうのはダメだぞ。ただでさえ、みんな敏感になっているときだから」

「仕掛けませんよ。流石にそこまでは弁えているつもりです。それにまだ残りの一人の名前が挙がっていません」


ワシは、前方にいるセスルートを見据える。


「誰だ? 他にめぼしい人物がいたかな?」


セスルートが、顎に手をやりながら、考える。


「トーブが言ってるのってセスルート様じゃないの?」


いきなりエヴァから、横槍が入ってきた。

まぁ、悪くない瞬間だ。

セスルートは、その言葉を聞き、エヴァの方を向いたが、すぐにワシの方を、見直した。

それに対してワシは、首を縦に振った。


「おいおい、まさか。そうくるかぁ。それは、予想してなかったな」


一本取られたという動作で、セスルートは口を開いた。


「強い人物というのなら、セスルート・ヴィオハデスは真っ先に挙がる候補の一人。おかしくもなんでもないはず」


ワシは、まじまじと自分の意見を言う。


「そうかそうか。でもトーブ君」

「!?」


セスルートは、ワシの視線を見て、言う。


「私は、強いよ。自画自賛だけど。伊達にイシスの称号を、背負っているわけではないからね」


こういう時に称号を出してくるとは。

まぁ、確かにその称号を背負うことが出来るのは、現在ではこの男だけなのは事実。


「知っています。だからこそ、相手が強ければ強いほど、ワシは燃えてくるのです」


現状のワシでは、この男には勝てない。

気を全開にして、勝てるかどうか。

いや……無理じゃな。

勝てる未来が見えない。


「だが……今のワシでは、手も足も出ない。修行を積んで、さらに技を磨いてから、近い将来相まみえたいものです」

「ふっ、まさか君のような若き芽に挑戦されるとは、私も歳をとったものだな。ははっ。いつでも挑戦は受けるよ。私が死ぬまでの間なら」


セスルートは、豪気に笑った。

自分の強さに絶対の強さがあるのか、この男は、どんな相手が相手でも、自分らしさを失わない。

いつも飄々としていて、常に余裕がある感じだ。

そして、相手を自分の世界に引き込んでいく。

その時には、もう大概勝負は着いている。


「なるべく早い段階で挑戦しようと思います。待っていてください」


ワシも豪気なセスルートにつられて、強気に返答した。


「トーブ、あんた馬鹿なの? セスルート様に勝てるはずないじゃない」


エヴァがワシの横で、ワシの肩をぽんぽんと

叩きながら言った。

まるで同情しているかのように。


「うむ……」


ワシはうなずく。

エヴァの言っていることは正しい。事実だからだ。


「ならなんでさっきみたいこと言ったのよ?」


エヴァが首を傾げながら、不思議そうに聞いてきた。


「今はな。今は勝てない。じゃが、これから修行を積んで、自分を成長させたら、もしかしたら、セスルートさんの背中は、見えてくるのかもしれないと思ってのぅ」


ワシは、深いため息とともに答える。


「無理、無理、無理無理。あんた、あの最強の魔法を使う魔導士とどう戦うの? 近づく前に、セスルート様の魔法で黒こげになってしまうわよ」


エヴァが、ワシのことを心配してか、挑戦することを止めさせようとする。


「セスルートさんの間合いを、どう掻い潜るかが分岐点の一つではあるな。ワシは如何に早く、自分の間合いに入りこめるかどうかで決める。まぁ、それから間合いに入ってからセスルートさんが、どう仕掛けてくるかで、また展開が変わってくるのは明白……ふむ」


ワシは色々と考えるが、それもまだ先の話なので、考えるのを止めた。


「楽しみにしてるよ、トーブ君。君の挑戦を」


セスルートは本気なのか、冗談なのか。ワシに向かって、言い放つ。


「もう、セスルート様まで。もうその話は言わないでください」


エヴァが双方に間に挟まり、困っている。


「エヴァよ、まだまだ先の話じゃ。気にしない、気にしない」


ワシもそのエヴァのあたふたを、楽しむように言った。

双方が真面目に戦ったら、ただでは済まないのは事実だ。

それに武の極みを、目指す者として、全ての生物の上での、頂点に立たなくてはならないだろうと考える。

相手は、何も肉弾戦をしてくる相手だけではないはずだ。

魔法を使用してくる相手もいるだろうし、帝国のように科学の力で、作成された機械仕掛けが相手ということもある。

それも含めて、一番でなくては、武の極みにたどり着くことなぞ出来やしないと考える。


「さてと、そろそろマリィも戻ってくると思うし。外もさっきに比べて暗くなってきたから、君達もそろそろフォルティモの木に行って、見たら宿に帰ったほうがいいよ」


セスルートが、外の様子を伺いながら言った。

確かにそろそろ帰らないと、あの二人が心配するか。ワシの脳裏に、マルスとイーダの心配そうな表情が浮かんでくる。


「はい、そろそろ本当にお暇しますね。杖ありがとうございました。近いうちに、確実に扱えるようにしますから。あと明日の建国祭頑張ってください」


エヴァが深々と頭を下げた。

それに対して


「うん、エヴァちゃんならきっと、すぐにものに出来ると信じてるよ。明日、しくじらないように応援しててくれよ」


セスルートが、胸に手を当てている。

緊張を少しでも取り除いているかのようだ。


「今日は、ありがとうございました。近い将来、会いにいくと思うので、その時はよろしくお願いします。明日の雄姿も期待しております」


ワシはそう言い、セスルートに頭を下げた。


「来る者拒まずだよ。その時は、最高のもてなしをするよ。セスルート・ヴィオハデスという名の美酒に酔いしれてくれ。明日は君たちに笑われないように頑張るよ」


セスルートは、ワシに右手を差し出してきた。

ワシもそれに右手で応じる。


「!?」


なるほど。

ワシは、セスルートの右手を握ったときに感じてしまった。

握った感触で分かる。

ごつごつ、ざらざらとした感触が、手の平から伝わってくる。


「どうしたい?」


セスルートが、ワシの異変に気が付いたのか、

声をかけてくる。

ワシはそれに首を振る。


「そうか、なんでもないならよかった」


セスルートはそう言い、お互いワシ達は手を離した。


「では、また明日。会場で会おう」


セスルートが、別れの挨拶を繰り出した。


「はい、今日はありがとうございました」


エヴァはそう言い、狭い店内から外へ出ていく。


「ありがとうございました」


ワシもエヴァのそれに習い、礼を述べて、店を出て行く。

さて、これでフォルティモの木にようやく向かうことが出来る。









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