フォルセル建国祭5 ~セスルート・ヴィオハデス3~

セスルートとエヴァが話している間、ワシは考えていた。如何に強力な腕力も、自分の間合いに入らなければ、その力を発揮出来ない。

さしずめ、今この目の前にいるセスルートは、かなりやりにくい相手だ。

遠距離から攻められ、さらに無詠唱だと、隙も少ない。

それに奴には、これに加えて、天眼なる能力も備えている。

まともに戦って勝てる可能性が少ない。

ふうむ。

セスルートのほうに視線を移す。

エヴァとの会話を、にこやかにしているが、ワシが視線を移したら、すぐにワシのことを見つめ返してきた。

そして笑いかけてくる。

ワシの行動の一つ一つを、まるで読んでいるかのようなセスルートの行動にワシは驚く。


「あらあら、彼女があいつに夢中だからって焼きもち?」


マリィが、そう言いながら飲み物を差し出してきた。容器を触った瞬間に、キンキンに冷えていることが、肌を通して伝わってくる。


「まぁ、それも一理ある」

「えっ?」


マリィにお礼をいい、ワシはつぶやいた。

今まで何かと終始、ワシにべったりだったエヴァが、急に新しく登場したセスルートに首ったけな現状を見て、そう感じているのかもしれない。


「あの年頃には、よくあることよ。年上の大人に憧れること。君もあるんじゃない?」


マリィがにやにやしながら、ワシに聞いてきた。

ワシはそう言われて、思い返してみる。ちょうどトウブであった頃の十歳くらいの時を。

その頃は……。

ふと思い出してみる。

強さに単純に素直だった頃。

特に、このように強くなろうという考えはなく、闇雲に一生懸命突き進み、師より、新しい技を習い、何度も何度も石を研磨するかのように、技を磨き、早く次の新しい技を覚えようとしていた頃だ。

ちょうどその辺りか。

自分の技を誰にも負けぬように、必死に鍛錬に打ち込んでいた。

自分より強く、優れている人物。師や兄弟子たちの様になりたいと思っていた。強さという目で見えない存在であるため、形がないとわからなかったから、そう思っていたのかもしれない。


「ふっ……」


ワシは思いだしただけで、笑みがこぼれた。

幼いときは、そんな記憶ばかりだ。


「あらあら。私の一言で、そんな笑えるくらいの想い出でも思い出したのかな?」


マリィは、どうやらワシが笑ったことに対して、そう捉えたようだ。

ワシは、それに対しても笑う。


「ええ、とてもとても憧れる存在がいます。

今でもワシは、その後ろ姿を追っています」


そう、追うことは出来ても、掴むことどころか、触れることすら出来ていない大きな存在だ。少しは触れることすら、出来たのではないかと思うと、すぐに離されてしまう。近づいたと思う時は、自分より、より強大な強さを持つ存在を打倒した時だけ。

言葉では簡単だが、これは極めて、難しいことだ。


「そっか。なら君の存在に気が付いて、その方が振り向いてくれたらいいね」

マリィが言う。

「はい、そう思いたいのですが中々……」


ワシは、一度も振り向いたことがない、その極度の恥ずかしがり屋である存在に対して、苦笑する。


「そんなもんだよ。でも距離を縮めるには、必ずその機会ってものが存在するんだ。そのことに気が付いて、うまく縮められるかどうか……私はどっちだろうね」


意味深な言葉を吐いたマリィ。

その視線は、エヴァとにこやかに話しているセスルートに向けられている。

縮める機会か……。

やはり、自分より強い存在を倒して、証明するしかないか。

ワシの脳裏には、テンカイやセスルートが見えてくる。


「おや、終わったようだね。君もしっかりしていないと、あいつにエヴァちゃんを取られるよ。あいつは、あの年頃の娘によくモテるからね。自分で冗談でもそう言ってるくらいだし」


やれやれといった素振りで、マリィが言う。

セスルートの強さの秘密は、誰でも受け入れるとても大きな寛容な心か。


「ごめんごめん。大分話が盛り上がっちゃって。セスルート様の話が面白くて、ついつい話が長引いちゃった」


うふふと、嬉しそうにエヴァは笑い、微笑んでいる。


「ふっ、エヴァちゃんこそ面白い話を、たくさん話してくれたじゃないか。色々とね。トーブ君、君の話も聞かせてもらったよ」


すました顔つきでワシのほうを見て、セスルートは話しかけてくる。

全てを見通す目を持つ男とワシは、数秒間、見つめ合う。視線を離すどころか、こちらの視線を、釘付けにしてしまう目をしている。

やはりな、この男の目は武人の目だ。

大魔導士であり、イシスの称号は伊達ではない。


「はいはい、話はそれくらいにして。何だかんだで、外はもう薄暗くなってきているわよ」


マリィのこの一言で、ワシとセスルートのやり取りは終了した。


「えっ、もうそんな時間かよ。失敗したなぁ。

もうそんな時間か!?」


長髪をぼりぼりと掻きながら、セスルートは同じことを二回言った。


「えー、もうそんな時間なんだ。そうなの? トーブ」


エヴァも大好きなセスルートに乗っかったのか分からないが、ワシにそう聞いてきた。


「まぁ、大体そんな時間じゃろうと思う。ここフォルセルに着いたのが、昼間過ぎだから、この店に着いてからのことを考えると、そのくらいじゃろう」


間違いはないと思う。


「そんなに話しこんでいたか。いや、違うな。

あの男と戦ったので、大分時間を消費してしまった」


ふぅと、軽くため息をつきながら、セスルートは言った。


「強いんだから、ささっと勝負を決めてしまえばいいのよ。変に長引かせるから、時間ばかりが経過する。セスルート、貴方の悪い癖よ」


腕組みをして、マリィは言った。

少し怒った表情なのは、毎度、毎度で呆れ果てているということからか。


「しょうがないだろ。やっぱ、戦闘にも手順ってものがあるんだよ。俺式のね」


いつものように、答えるセスルート。


「はぁぁぁ……。まぁ、どうでもいいけど。

少しは、待つ方の身にもなってよね。今回は、エヴァちゃんやトーブ君がいたから、気を紛らわすことができたけど、いつもは一人なんだから」


呆れるように、マリィはセスルートに言った。

そして軽く嘆息を漏らす。


「すまん。でもマリィなら待ってくれるだろ。

いつもそうぶつくさ言いながらも、待っていてくれる」


急に真顔になりながら、すまないとセスルートは頭を下げた。


「その顔! いつも何かあると、私が許すと思ってる」


マリィの機嫌は少し斜めのようだ。

セスルートは、バツの悪そうな表情をして、マリィの顔を見ている。

少しの間。


「ふぅ、まぁいいわ。今回は彼女たちもいたし、大目に見てあげる。でも次は、少しは気を付けてよね」


もうと言った感じで、マリィは、その場から離れていった。

マリィが、いなくなったのを確認してから、


「怒られちまったな……これは、二人には見苦しいところを見られてしまったな」


セスルートは、ワシとエヴァに謝る。


「いえいえ、こちらこそ。なんだか約束があったのに、急に押し掛けたみたいですみません」


エヴァが謝る。

お店だから、客が入るのは当たり前な気がするがのぅ。


「いや、客が来るのは、お店として当たり前さ。私が、彼女ともう少し具体的に会う時間を決めておけばよかった。だから君たちのせいではないよ」


そう言い、セスルートは、エヴァの頭を撫でた。


「それにしても、よくこのお店の場所が分かったね。フォルセルに来たばかりなのに凄いよ」


セスルートが言う。

確かにあまりいい立地とはいえない場所にある。人混みから隠れるかのような場所に。


「実をいうと、よく覚えてないんです。気が付いたら、ここにいたというか……。うまく説明出来なくてごめんなさい」


エヴァが、セスルートに謝る。確かにここに来るまで、何かに憑りつかれたかのように店の前まで迷うことなく、進んできた。ワシは、その後を振り回されながらも付いてきた。


「そうか。ここの店から発する魔気にエヴァちゃんが、引き寄せられたのか、それともたまたまなのか、はたまたここで、私たちは出会うべくして今日、出会わなければならなかったのか……」


セスルートは、ふっと笑いながら、ワシとエヴァの顔を見た。

エヴァは、見つめられて嬉しそうにしている。

ワシは、そんなセスルートの視線に応えるかのように視線を返す。


「少し最後のは、考えすぎかもしれないが、

君たちに出会えて、幾分明日の大舞台での、気持ちがほぐれたのは事実。心から、礼を言うよ。ありがとう」


セスルートが、頭を下げた。

大舞台?

そうか、彼には、重要な責務があったか。

明日のここフォルセル建国祭での。


「私もトーブもセスルート様の晴れ姿。心から待ち望んでますよ」


エヴァは微笑む。

そのセスルートの雄姿を見るために、彼女は、ここまでやってきたのだから。

建国祭の前日の段階で、本来は見るだけのはずが、出会ってしまい、会話までしてしまったのは、彼女的には、かなり嬉しい誤算だが。


「晴れ姿か。あまり大勢の前で、あれこれ話したり、何かしたりするのは、得意ではないが、指名されたからには、全力で行わさせてもらうよ」


しっかりとした口調で、セスルートは答える。

明日は、さらに人が増えるであろう。

他国からも、ぞくぞくと人が、集まって来ているのも昼間の元亀門で確認出来た。

また、マーブル、バーズルの来賓も招かれているだろう。故に街の中を歩くフォルセル深緑騎士団や保安部の見回りも多い。

その多くの重圧の中でも、この建国祭を如何に盛大に成功させるかが鍵だ。失敗などすることは論外である。

また、自国の国力の強さも、他国に示せる。逆を言えば、露呈する場でもあるので、人選選びは、非常に慎重ならざるを得ない。

このセスルート・ヴィオハデスならば、間違いはない人選じゃろうとは思うが。

フォルセルという国が、これでしくじるようならと思っている輩もいるのかもしれない。その失敗は、この国の行く末を、描いているかのようだからだ。

逆に、ここで予想以上に力強さや優雅さを発揮すると、帝国の間者が仮に潜り込んでいたとしていて、本国で報告するとき、期待していた良い報告は出来ないだろう。


「セスルートさん。明日、楽しみにしていますよ。イシスの称号は伊達ではないところ、見させていただくとします」


ワシは敢えて、意地悪っぽく、セスルートに言った。


「おいおい、止めてくれよ。今のこの時に。

ますます緊張するじゃないか。全く、エヴァちゃんも、彼に何とか言ってやってくれよ」


セスルートが、エヴァの陰に隠れる。

まるで幼子のようじゃ。


「こら、トーブ。セスルート様を怖がらせたらダメでしょ! もう、普段はこんなこと言わないんです、セスルート様」


エヴァからワシに雷が落ち、それをセスルートは、にやけて見ている。

まぁ、わざとなのは、分かっておったが。


「すみません。少しばかり意地悪が過ぎたようです。謝ります」


ワシはそう言い、ぺこりと頭を下げた。


「いやいや、こちらも悪ノリがすぎたね。さてと……私は、これから軽くマリィと話してから戻るとするよ。君たちはどうする?」


セスルートはエヴァの陰から、立ち上がり、聞いてくる。


「私たちもそろそろお暇しようかと思います。元々、フォルティモの木を、見に行こうかと思ってたんですよ」


エヴァが、すぐに返答する。


「フォルティモの木か。大霊木フォルティモ。

あそこは、いつ訪れても、心が洗われるかのようだ」


セスルートは、フォルティモの木があるであろう方向を見て言う。


「そうなんですね。トーブは、何回か見ていて、私は初めてなんです」

エヴァが言った。


「あそこは、確かに何か不思議な力を感じます。フォルティモの木の意思といいますか。なんて表現したらいいか分かりませんが」


ワシは答える。

何度か足を運んでいるが、その神秘的な感じにワシは、ただ心を打たれていたのを覚えている。


「エヴァちゃんも、是非見に行ってくるといい」


にこにこしながら、セスルートは促す。

でもエヴァは、どうしたものか渋っているようだ。

あぁ、そうか。


「エヴァ、杖が欲しいんじゃったな?」


ワシは、セスルートと男とのいざこざが起きる前に、エヴァが、杖を探していたことを思い出した。


「うん、そうだけどうまく合うのが見つからなかったんだ」


少し残念そうに、エヴァが答えた。


「なるほど、杖探しは基本だからね」


セスルートが、うなずきながら言った。


「でもあの杖の中を探していたんですが、中々ぴんとくるのがなくて……」」

「得意な属性は炎属性だよね? さっきの聞いていた感じ、私は、そう思ったんだけど、どうかな?」


エヴァにセスルートが聞く。


「はい、炎魔法しか、今のところ使えないです」


エヴァが即答する。


「そうか、なら」


するとセスルートは、店内のさらに奥に入っていき、商品とは違うものが、置かれている場所をごそごそと何か探し始めた。


「おっ、これだこれだ」


するとセスルートは、一本の杖を持って、こっちに向かってきた。


「それは?」


エヴァが、セスルートに聞く。

大体のことは、分かっているはずだ。


「杖だよ。おそらく現状のその持っている杖では、エヴァちゃんの成長に付いていってないはず、違うかな?」


セスルートは聞いてくる。


「はい、そうです。最近、この杖では、自分の魔力の限界値まで力を出し切れなくて……」


エヴァが、視線を伏せながら言った。

魔道士には呪具、主に杖という相棒がいる。

杖は、魔道士の力を増幅してくれる重要な存在である。しかし、この杖の増幅出来る魔力の最大値は杖によって決まっていて、術者の魔力がどんどん大きくなれば、その魔力の増幅された値は杖の最大値を超えてしまい、力を全て発揮出来なくなる。杖の寿命とも言われる。


「まぁ、成長著しい君のような若いときは、杖の交換なんて、日常茶飯事だよ。それに君はリリス族だ。至極当然の流れだ」


セスルートは、取り出してきた杖を布きれで拭きながら答える。


「セスルート様も子供のころは、そうだったんですか?」


エヴァが、瞳を輝かせながら聞いた。


「私かい? 私が、エヴァちゃんと同じ年くらいの頃は、今とは違って凡庸で、普通の魔導士だったよ。どこにでもいるね」


むっ。

さらりと言ったセスルートだったが、ワシが一瞬、彼を一目見たところ、その瞳の奥には、いつもの明るい輝きは、なかったような気がしたからだ。


「そうだったんですか。では、血がにじむような努力をしてきたんですね」


エヴァは、そんなことなど気が付きもせずに、現在の強さを、努力で何とかしたと考えたらしい。


「まぁ、君たちの数倍は、生きてるからね。色々と苦労はしているよ。何とかここまで辿りついたけど、強くなればなるほど思うよ。これからさらに強くなるには、どうしたらいいんだろってね」


少し困った顔をしながら、セスルートは答えた。

強者ゆえの悩み。

ワシも、たまに脳裏に巡る問題点じゃ。


「確かにそうですね。セスルート様ほどの強さまで、辿りつく人も少ないと思いますし。となると、どうすればいいんだろ?」


エヴァは、うーんと考えているが、一向に頭に浮かんでくるものはないようだ。

すぐに浮かぶなら、ワシも知りたい話じゃ。


「ふっ、いいって。それより今度からは、この杖を使うといい」


そういうとセスルートは、エヴァに布で、拭き終わった杖を差し出してきた。エヴァは、その杖を受け取る。


「これは……?」


エヴァが、セスルートから渡された杖を握ると、何か変化があると思われたが、それらしい変化はない。

魔道士が、自分にしっくりくる杖に出会うと、何かしら反応があるとエヴァが言っていたはずだが。

セスルートが、エヴァの力を見誤ったか。

そんなことがあるだろうか。

この大魔導士に限ってそんなことなど。


「エヴァどうじゃ?」


ワシは聞いてみる。


「うん? んんと……」


渡されたエヴァが、一番困惑しているだろう。

何せ、選んできたのは、憧れのセスルートで、そのセスルートが渡してきた杖が、うんともすんとも言わないのだから。

ワシは、セスルートの顔を見るが、にこりと笑っているだけだ。

読めん、読めん男よ。


「どうだ? しっくりくるかな?」


セスルートが、エヴァに自信満々に聞いてくる。


「はい、良さげな杖なのですが、一向に馴染む感じがしません……」


エヴァが、しゅんとしながら答える。

反応がないのだから、そう答えるしかない。

ということは、セスルートのミスなのであろうか。









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