フォルセル建国祭4 ~セスルート・ヴィオハデス2~


ぽたりぽたりと地面を氷塊で解けた水が濡らしていく。

水晶球から見える範囲だと、セスルートは自信ありげな表情で微笑んでいる。

余裕のある表情だ。

流石は現魔道士界最強の男と言われるだけはある。

もはや、ワシが相対したいくらいの極上の獲物じゃ。

水晶球からは、便利なことに肉声まで聞こえてくる。


「氷塊を溶かしたくらいで、図に乗ってないよな? この俺を甘く見るな!」


男は詠唱する。

流石に詠唱の声は聞こえてこないが、何か男が繰りだそうとしているのは明白だった。


「ふんっ!」


男が力強く、例の不気味な杖を振るった。

男の自身の魔力が増幅され、杖の先端が不気味に光った。

セスルートは周囲に目配せして、男が何をしたのかを確認する。


「ほぅ、ただの力自慢ではなさそうだ」


感心したかのようにセスルートは言った。セスルートの周囲が慌ただしくなった。


「氷塊に続き、今度は氷の槍か。少しは楽しめそうだな」


セスルートの周囲には、そう無数の宙に浮いた氷の槍が今にも突き刺さらんばかりに、刺々しい先端をセスルートに向けている。


「死ねぇ!! セスルートおおおお! 貴様がいなくなれば喜ぶものがたくさんいるぞ! はははははっ!」


男が大口を開けながら、氷の槍を、セスルートに向かって進むように指示した。

初めはぽわんと宙に浮いていただけの氷の槍がセスルートに向かって、脇目もふらずに、最短距離で飛んできた。


「おい、一言言っておくぞ。俺が死ねば、喜ぶ者も確かにいるだろう。だがそれ以上にこの大魔導師セスルート・ヴィオハデスが死ぬことは、この魔道士界にとって大損害だぞ。お前、分かっているのか?」


セスルートが男に聞いた。


「ほざけ、貴様ぁ! 貴様なぞ、この俺がぶち殺してやる!」


男の言うとおり、このままいけば、セスルートに氷の槍が突き刺さる。

どうする?


「勝負になってないわ」


別に水晶球をみるわけでもなく、このお店の店長であるマリィは、そう言い放った。

水晶球から見えるセスルートも焦っているようには見えない。

むしろ今の状況を楽しんでいるようだ。


「勝負になっていない?」


エヴァがマリィに聞き返した。


「ええ、セスルートはあの場所から一歩も動いていないわ」


マリィは水晶球の中を指差した。

確かに、魔法を受け止めはしたが、あの場所からセスルートは確かに動いていない。


「彼が言ってたわ。強すぎるのも問題あるって。誰も本心から側には寄ってこないし、同じ目線で物が測れないって」


ほう、中々深いことをいうではないか。

確かにそうかもしれないのぅ。

ある意味、孤独感を感じているのではないだろうか。


「まぁ、私はあいつが大魔導師で天才であろうと馬鹿であろうと、関係なく、いつも通り話しかけるけどね」


マリィがにぃと笑みを作りながら言った。

ふっ、セスルートも彼女のような人がいて、本当によかったわい。


「あっ!」


エヴァの声が聞こえた。

どうやら動きがあったようだ。


「言っただろう、無駄だと」


やれやれといった体で、セスルートは男に向かって言った。

さっきまで宙に浮かんでいた氷の槍がない。どうやらセスルートに無効化されたようだ。


「馬鹿な……お前何なんだ!? 魔導士として俺は少なくても、一流までいかないとしても、そこそこの部類だと思っている。それが何故こうもこうも、お前と戦っていると、はてしなく遠く感じるんだ!?」


男が嘆きの表情で声高らかに言った。


「俺は俺だ。お前も知っているだろう。セスルート・ヴィオハデスだ。それ以上でもそれ以下でもないさ。お前さんより少しばかり強かっただけの話さ」


セスルートがため息交じりに言った。


「ほら、いつもと同じ流れよ。いつもああだもの、あいつは」


マリィがやれやれといった感じで横目で、水晶玉を見ている。


「でどうする? もうすでに戦意喪失ってやつだろ? それでもまだ続けるか?」


セスリートは男に聞いた。

男は沈黙している。ここまで力の差を見せつけられているのだから。


「エヴァ」


ワシは隣で、熱心に水晶玉に張り付いて見ているエヴァに声をかけた。


「のぅ、エヴァ」


ワシは返事がなかったのでもう一度話しかける。


「あっ、ごめん。トーブ。見るのに集中しちゃってた」


確かに集中していたのは分かるが。

それほどあの水晶玉の中にいるセスルート・ヴィオハデスが気になるのか。

いつもはトーブ、トーブなのに。少し焼いてしまうわい。

まぁ、それは置いとくとして


「さっき、セスルートさんはどうやって氷の槍から逃れたんじゃ?」


ワシは他のことを考えていて、その時水晶玉を見ていなかったことを告げる。


「もう、きちんとセスルート様の活躍を見ていないとダメじゃない!」


するとエヴァは、すぐに説明しだした。


「あんなにたくさんあった氷の槍を、一瞬で水にしちゃったの。水なら当たっても、濡れるだけだもん。傷も負わないし、痛くもない。おそらく火属性の魔法で一気に過熱して融解させたと思うのだけど、早すぎて見えなかったし、それに無詠唱でやるんだから、相手のあの男もびっくりよね」


まるで自分のことのように得意げに話すエヴァ。

確かに瞬時にそんなことが出来る人物は、そうはいない。


「倒すのならすぐに倒してしまえばいいのに……相変わらず、何を考えているかよく分からない人」


マリィがよく分からないわという顔つきで言った。


「孤独なんじゃろうな。自分と同じ実力の相手と戦ったときがあまりない」


ワシは言葉に出していた。


「じゃろうな……? おじいさんみたいな言い方ね。ええとエヴァちゃんのお友達は」


マリィがワシの口調について言った。

しまったわ。

最近、友人以外と話す機会がなかったから油断しておったわ。


「あぁ、トーブはいつもこんな感じで私達の前で話しますよ。何でも大好きだったおじいちゃんの口癖を真似ているみたいです」


エヴァがいい補足に入ってくれた。ありがとう、エヴァよ。本当に助かる。


「ふーん、おじいちゃん想いのいい子なんだね」


マリィはそう言うと、ワシに微笑んだ。


「すみません。普段は意識しているときは使用しないようにしているんですが、あまりにここは居心地がよくて、友達感覚で使用してしまいました。ごめんなさい」


ワシは素直に謝った。


「なんで? 謝るの? 気にしないで。楽にいこうよ。むしろ使ってもいいんじゃない。私は全然気にしないよ」


マリィが答える。


「では遠慮なく使わせていただきます」


ワシはぺこりと頭を下げた。


「それよりもセスルート様の戦いを見る方が先決よ、トーブ」


エヴァが、横やりを入れてきた。

まぁ言ってることは間違ってないので、素直に応じる。


「ちぃ……ならこいつはどうだ?」


男が地面に見慣れない紋章を描いていく。

あれは一体?


「召喚紋ね、あの男、今からあそこに何かを召喚するわよ。まぁ、大抵は使い魔とか魔物だけど、中には凄いのもいるかもね」


他人事のようにマリィは言う。


「召喚紋……」


エヴァが聞きなれない言葉を口ずさむ。


「私も出来るかな」

「うん、召喚したい対象と契約すれば、召喚出来るようになるよ。でもきちんと相手に認められればの話だけどね」


マリィは言った。

確かに自分より弱い奴が、召喚するなんて嫌に決まってる。


「結構いるかな。移動用の生き物を召喚したりとか、旅の仲間にとか。非常食にとか……」


「えっ!!」

「ぬっ!!」


ワシとエヴァがマリィの最後の言葉にぎょっとする。

マリィもそのことに気が付き、いたずらっぽく舌を出した。


「最後のは冗談よ、冗談」


マリィの言葉にエヴァがほっと胸をなでおろした。

まぁ、確かに最悪そういう手も無きにしも非ずか。

ワシは納得してしまった。

話を水晶玉の中に戻す。

男は地面に召喚紋を描きながら、何かぶつぶつと唱えている。

すると召喚紋が光り、輝き、中から腕が出てきた。

真っ黒い真っ黒い、細長い得体の知らない手。

その手は地面を触ると、一気に身体を召喚紋

から這い出そうとする。


「悪魔の類かな。まぁ、あの手の男たちはよく契約してるものよ」


マリィが言った。


「ぐおおおおお」


悪魔の咆哮音が聞こえた。

そして一気に大地に姿を現した。耳元まで避けた口に、鋭い目つき、盛り上がった肉体など、誰もが連想する悪魔そのものだ。


「ふはははは、私が契約している悪魔だ。こいつが……あれ?」


悪魔が、男と目線があった。そしてその後の行動は、エヴァには見せれるものではなかったので、ワシはエヴァを水晶玉から離した。

マリィもワシの意を察したのか、水晶玉を遠ざける。

ぼりぼりぼり……

何かをむさぼる音。

悪魔が男の頭蓋骨をかみ砕いている音だ。

全く契約者が食われてどうするんじゃ。

たまにこういう場合もあるとは話には聞いていたが、いきなりすぎた。


「まぁ、こういう残念な場合もあるのよね。契約する相手によって、契約する相手が強ければ何も問題ないけど、私たちってのはすぐに背伸びをしたがる。できもしないことをしようとしたり、不相応なことをしたりする。自分の立場を理解していないくせに」


首を横に振りながら、マリィは答える。


「そのなれの果てがさっきのあれですな。本当に、見てはいけないものを見てしまったものです」


ワシは答える。


「私は見てない……。一体何があったっていうのよ」


エヴァが唇を尖らせながら言った。


「エヴァちゃん、さっきの怖い男の人がね、悪魔に食べられてしまったの」


マリィの言葉にえっという表情をするエヴァ。

案の定見せなくてよかった気がする。


「でもまだよかったかもしれないわ」

「えっ?」


マリィの言葉の意味が分からず、ワシは聞き返す。


「だって、これからあいつに敵とはいえ、仇をうってもらえるから……」


セスルートは黙って、男が食われる光景を見てた。関心などないように。


「確かにそうですね。セスルートさんなら問題ないですな」


ワシも同意する。


「うんうん」


エヴァも分かっているのかいないのか、定かではないか頷いている。


「ぐるるるる」


悪魔が男を食し、セスルートの存在を視線に収めた。

唸り声をあげるが、セスルートは特に気にしない。


「おい、唸っててもよく分からないぜ」


セスルートは悪魔に問いかける。相変わらず自分の感覚を崩さない御仁よ。


「ぐがああああ」


悪魔が吠えた。そしてセスルートに向かって、一直線で向かっていく。。

いよいよ動いたか。

さてどうする。


「それは敵意と受け取ってもいいんだな?だったら俺も手加減などしないぞ」


セスルートは組んでいた腕を解放する。


「ぐぎゃあああああ!」


悪魔の爪でひっかく攻撃。

鋭い爪がセスルートに襲い掛かるが、ぎりぎりのところでセスルートに届かないうえにセスルートは柳のように動きが自然で、優しい。

むぅ、出来る。

久々にこれほどの男に出会った。

こりゃあ帰ってきてから手合わせを所望したいもんじゃ。

感心しか出てこない上に、セスルートが醸し出す魅力にくぎ付けになりそうになる。


「手加減無用って奴だな。お前が食った男は、敵だったが、このままだと不憫でならない。だから仇は取らせてもらうぞ。お前に味わってもらうぞ。これからは俺が圧倒させてもらうぞ!」


セスルートの雰囲気が変わった。

攻撃に転じるつもりだ。


「まずはこいつだ」


無詠唱でセスルートは、魔法を繰り出す。

悪魔の足を地面に拘束する。周囲の木々からつるが無数に飛び出し、悪魔をがんじがらめにする。


「あいつの技はこんな感じか……」


セスルートがそういうと氷の槍が宙に一つ浮いた。


「あとはこの感覚を膨らますだけか!」


すると氷の槍がどんどん増えていく。

見ただけで相手の魔法まで使えるようになってしまうとは。

別次元の力じゃな。

エヴァももうあまりの凄さに声が出ない。


「さて、なら順にいくぞ!!」


手をかざし、一気に振り下ろすと氷の槍が一本ずつ、拘束された悪魔に突き刺さった。

「ぎゃあああああああ」

悪魔の断末魔の叫びが聞こえる。

一本また一本と刺さる度に、叫びにも力が入る。

ありゃ痛いじゃろうな。

ワシはまだたくさん宙に浮いている氷の槍を見て、頭が痛くなりそうになった。


「一気にやればいいのよね。無駄に時間がかかるだけなのに」


マリィももうお腹いっぱいといった感じだ。

エヴァは終始無言だ。

驚いておるのか、衝撃を受けているのか。

どっちか分からないが、とにかく凄いということはわかる。


「さぁて、そろそろ終わりだ」


セスルートがそういうと残りの氷の槍が全て一気に悪魔に向かって突き刺さった。

鈍い音が聞こえ、悪魔の叫び声が途中まで聞こえていたが、それ以降は聞こえなくなった。


「倒したみたいね」


悪魔のいたであろう地面にはどすぐろい血の池がたまっている。


「中々のものを見させてもらいました」


ワシはマリィに礼を言った。


「ありがとうございました」


エヴァもお礼を言った。少し刺激が強すぎたかもしれない。


「それでセスルートさんはどうやってここまでかえって来るんですか?」


ワシはふと疑問に思ったので、聞いてみた。


「あぁ、少し面白いわよ」


マリィが笑っている。おもしろい?

どういうことだ?

するとセスルートはきょろきょろと周囲を見回し始めた。

何かをどうやら探しているようじゃ。


「おっ、見つけたぜ」


セスルートの視線の先には空を舞う鳥がいた。

おー、なるほど。

ワシは感心してしまった。

そういう使い道もあるか。

するとセスルートは鳥に転移魔法をかけた。

そして、天眼の力を使い、鳥に幻術を掛けて、鳥の視覚からの情報を得る。

そしてここフォルセルのここのお店の場所を見て、飛んでくるという一連の流れじゃ。

実によく出来ておる。


「たっだいま。みんなお待たせ」


お店の入口からセスルートが入ってきた。

相変わらずの飄々とした雰囲気に、懐の広さを感じる。


「マリィ、待たせちまったな」


セスルートが腰に手を当てているマリィに頭を下げている。

さっきまで仮面の男や悪魔と戦っていた男とは思えない腰の低さだ。


「貴方が闘っている間にもうお店の片づけは終わったわ。いつも言うけどあなたは遅いのよ。大魔導士だとかイシスの称号とかよく分からないけど、私の中ではもやしっ子のセスルートなんだから」


マリィにぼこぼこに言われているセスルート。

言われているセスルートもまんざらでもないようだ。

なんか、ワシとエヴァのようじゃのう。

ふとそう思い、感じてしまった。

エヴァもその二人のやり取りを見て、笑っている。

そんなワシ達にセスルートは気が付いた。


「おぉ、君たち。お待たせしたね。ええと何だっけ?」


セスルートが話しかけてくる。


「ほれ、エヴァ」


ワシはエヴァに選手交代する。

エヴァは初めはえっという表情をしていたが、セスルートと話しているうちに、笑顔が輝いてきた。

憧れ人効果かのぅ。

ワシもふと自分にとって憧れの人物について考える。

今まで戦ってきた仲間でも敵でも考えるが、中々憧れとなるといない。

逆にこんなにすぐに憧れの人と出会えたエヴァが羨ましい。

本当にそう感じてしまう。

建国祭前日。

エヴァは生きていて最良の出会いの一日になったのであった。

本当によかったのぅ。






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