フォルセル建国祭3 ~セスルート・ヴィオハデス~


 男の圧迫に、エヴァは圧され始め、いよいよ自分の頭が、会計の机に付いてしまった。

この男の身体から発せられる存在感は、なかなかのものだ。

戦場で感じたことのある男たちのそれと似ているのをワシは感じた。


「最後通告だ。そこをどけ、俺が用事があるのは、お前の後ろにいる奴だ。明日の建国祭を楽しみにして、ここフォルセルまで来たんだろう? だったらそこをどけ」


エヴァに向かって、男は言った。

脅しだ。

エヴァがこの建国祭をどれだけ楽しみにしていたか、男は分からないだろうが、それはエヴァに対して、一番の苦しい選択だ。


「……どかないわ。例え、そうなったとしてもここで、今このことを見て見ぬふりをしたほうが私は……嫌」


きっと下唇を噛み締めながら、エヴァはワシの方を見た。

その瞳はワシに訴えかけている。

ワシは、そんなエヴァの気持ちを理解し、行動に出ようとする。

一気に男に距離を詰めて、背面から襲撃しようとする。

今から、そして動くというときに、


「おいおい、下手に動くと、このお嬢ちゃんが怪我をすることになるぞ」


ワシは男の声で動くのを止めた。すると男がこちらを振り向いた。

仮面越しでどんな顔をしているか定かではないが、おそらくこちらが見て、気持ちが良くなる表情ではないだろう。

ある意味、人質と変わらんか。

ワシは逆立つ気持ちを抑える。


「ふん、中々の気迫じゃないか。空気の中にある魔気が震えているぞ。その振動が、俺の肌を刺激している。お前は、このお嬢ちゃんとは少し違うようだな」


どうやら男にもワシの憤りが伝わったらしい。


「だったらどうだと言うんじゃ? 素直に言うことを聞いてくれるのか?」


ワシは時間をかせぐために、わざと話を引き延ばす。隙というものは、いかなる場合でも起こりうる事象だからじゃ。


「はっ、そんな端から答えが分かる質問なんかするんじゃねぇ。それに俺が話したい相手は、このお嬢ちゃんだ!」


男の二の腕がぬぅと伸び、エヴァのまだ成長しきっていないか細い腕をぎゅっと掴んだ。


「いたっ! は、離しなさいよ」


突然、二の腕を握られたエヴァは声を上げて嫌がる。


「ふん、さて今のうちに、俺は要件を終わらせるとするか。おい、いつまでもお嬢ちゃんの後ろで隠れて、こそこそしてるつもりだ! 後ろに隠れていても、何も変わらないぞ!」


男はそう言い、受付を見る。


「やれやれ、貴方は! どうしてこうも関係のない人々を巻き込もうとするの?」


ワシとエヴァと男の前で急に、それは話し始めた。

しなやかな身体付きに、綺麗な黒色の毛並み。

青い大きなつぶらな瞳は、とても愛嬌がある。

黒猫がしゃべっていた。男は、特別驚いた様子もない。

一番驚いているのはエヴァである。

自分の後ろを振り返り、えっと言った表情で黒猫を見ている。

そのエヴァの表情を見て、黒猫が甘えるようにウニャンと鳴いた。

するとどうしたというのか、黒猫は瞬く間に、姿形を変えて、一人の黒い法衣を着た二十代くらいの女性へと姿を変えた。

女性は身体を軽快に伸ばしている。

そのため、骨と骨とが擦れるポキポキという音が聞こえた。

エヴァはもう空いた口が閉じられずにいた。


「あらあら……? あまりに非日常過ぎて驚かせちゃったかしら?」


女性は、エヴァの正直な反応を見て、優しく微笑んでいる。


「お前が店主のマリィだな? 今朝方、この店に荷が運び込まれたろ? そいつを渡してもらおうか?」


男のここに来た理由がようやく語られた。


「何を言っているのかよくわからないわ。それに仮にここに運ばれたのなら、その荷は、ここのお店のものよ。だから貴方に渡さなければならない理由なんて、これぽっちもないわ」


男にマリィと呼ばれた女性は、淡々と男の剣幕に負けることなく、返答している。

確かにその通りじゃな。

男の言い分が通るはずがない。

男は仮面越しだが、きっとマリィを見下ろしながら、睨んでいるはずだ。

マリィと呼ばれた店主は身長が、百六十フィールくらいの一般的な人間族の大きさである。

エヴァほどではないが、やはり身長さはかなりある。

男はそれほど身長が大きいし、それに加えて、圧迫感もある。

しかし、このエリィなる女性は、その男の重圧なんて始めからなかったかのように、男に向かって、腰に手を当てながら、睨み返している。


「ほぅ、穏便に済まそうとしていたが、仕方ない。余計なチビ共の邪魔も入るし、こうまでうまくいかないのは、実に不愉快極まりない!」


男はそう言い、黒衣から勢いよく、自分の杖を取り出した。

剣士や戦士に剣や斧があるように、魔道士には呪具である杖がある。

この杖は自分の魔力を数倍にも膨れ上がらすことが可能な装置でもあり、魔力制御する装置でもある。

怪しげな何かの木で作られたであろう杖が不気味に光っている。

杖の先端には骸骨の顔のようなものが付いている。

黒い陥没した瞳の部分も奥の底で、何か輝いているように見える。


「やっぱそっち側の人間か……。雰囲気、やり方からしてそんな気がしたわ。さぁ、私の後ろに」


マリィはそんな男の挙動に驚くことさえなく、言い、近くにいた全く動くことのできないエヴァを自分の後ろへとやった。

完全にワシとエヴァは置いてけぼりの状態だ。


「ふん、落ち着いていられるのもそこまでだぞ」


男が杖をかざした。

こんな小さなお店なぞ、吹き飛ばしてしまおうかという勢いだ。

今のこの男ならやりかねない状況。

ワシがあの男を止めるしかない。

じゃが殴って止めるには、距離がある。

どうしても時間さを生じてしまう。


「妙に落ち着いているその顔はなんだ? 答えろ、女ぁああああ!」


マリィの顔が気に入らなかったのか、男はかざした杖を振り下ろそうとした。

今まさに、マリィなる女性に仮面の男の何らかの魔法が繰り出されるかのように見えた。


「!?」


あれは?

男の近くに一匹の蝶が羽ばたいている。

火炎の羽根で空を羽ばたく火炎揚羽グランマール

非常に希少な種で、ワシも数えるくらいしか見たことがない。

そんな蝶がワシ達の前にひらひらと一匹迷い込んできた。


「……火炎揚羽。初めて生で見た。綺麗」


マリィの後ろでいるエヴァが、つぶやいた。

ぱちぱちと火の粉を散らしながら、火炎揚羽は店内を飛んでいる。


「蝶だと。くだらん。そんな弱々しい存在。この俺が食らってやるわ!」


男が、マリィから蝶に標的を変えて、攻撃しようとしたときだった。

バチン、バチバチバチ。

激しい音と共に、男の目の前で火炎揚羽は分裂した。赤々しく、燃え上がり、こちらの視線を釘付けにするかのような光を発する。

そして数がどんどん増えていく。

音がなるたびに、数が増えに増え、終いには、数えることができないくらいに増殖してしまった。


「なに、これは?」

エヴァが状況を把握できないでいた。

かく言うワシも十分に把握はできていないが、これは、自然現象ではないことは察しは何となくついていた。


「ようやく来たわね」


マリィが蝶に向かって声を掛けた。

来た? 

誰かが来たのか?

ワシは店内を見回すが、誰もいない。

すると火炎揚羽が男に向かって、襲いかかった。

かなりの数だ。

男を飲み込むような濁流の如き、流れで男を喰らい尽くす。

皮肉なもんじゃな、さっきとは立場が変わり、捕食者から非捕食者になってしまうとは。

火炎揚羽の群れはは男を店内のじべたに押し倒した。


「怪我はない? ごめんね。怖い思いさせたかな?」


マリィは、エヴァと同じ高さになるまで、屈み、膝を付いて、頭を撫でながら言った。


「いえ、大丈夫です。トーブも一緒でしたから」


エヴァはそう言いながら、ワシの方を見た。

ワシは、男の方を一瞥しながら、エヴァのもとに向かった。

火炎揚羽達は花に群がっているようだ。

美味しい美味しい花の蜜に誘われるように、男の生き血という蜜を吸っているように見えた。


「そろそろ姿を見せなさいよ。待たせすぎよ。助けてくれたのは、感謝するけど」


マリィが店内全体に聞こえるように言った。

すると、お店の入口から今度は虹色に輝く蝶が現れた。

色彩、光明と言い、さきほどの火炎揚羽とはうってかわって一線を画している。

まばゆいほど、光を放っている。

その光は、暗闇を一瞬にして照らし、辺り周辺に光をもたらしているようだ。

その虹色の蝶は、ワシ達の元に飛んできた。

くるくると何回か、ワシ達の目の前を飛び、蝶はようやく床下にとまった。

そして、何かが爆発した。

蝶から煙がどんどん出始める。


「ごめんごめん。マリィ、君も元気そうだな。一年ぶりくらいか」


どこからともなく、声が聞こえる。


「おおっと、そちらの二人ははじめましてか。嫌な事に巻き込んでしまったな、すまない」


煙が無くなり始めた時、ワシはその煙の向こうにいて、言葉を発している男の姿をとらえた。

この男も魔道士か。

さっきのやり方といい、魔道士という人種はこんな方法が好きなのかのぅ。

ワシ達の前に現れた男は紫色の長髪の髪、身長は男より、少し小さいくらい。

それよりもワシの隣でいるエヴァの様子がおかしい。


「セスルート様? セスルート・ヴィオハデス様じゃないですか?」


エヴァが目をぱちくりさせながら、目の前の男に話しかけている。


「いかにも。セスルート・ヴィオハデスだが。おや? どこかで会ったことがあるかな?」


セスルートは、エヴァに聞く。


「いえ、お互い初めてなはずです。私はよく貴方様のご活躍を、風のうわさや紙面で拝見しておりました」


エヴァは瞳を輝かせながら、セスルートに話しかける。

あこがれの人に話しかけているのだ。無理もない。


「ふっ、そうか。そいつはありがとう。だがまだどうやら終わってはいないようだ」


セスルートが、火炎揚羽に焼かれている男の方を見た。

特別変化は無さそうだが。

!?

ワシはその変化にようやく気がついた。

火炎揚羽の数が減っている。

初めはわんさかいて、あの大男を押し倒すほどではあったが、今では、その数も半数ほどに減っているようだ。

ワシはセスルートの方を見た。

するとセスルートはこくりこくりとうなずいている。


「うおおおおおおおお!」


突然、男が大声を上げながら、立ち上がり、こっちを見た。

恐ろしい瞳でこっちを睨んでいるのが分かる。

仮面があって今までどんな表情が分からな待ったが、ここに来て、その仮面が火炎揚羽によって一部破壊されて。

視線の部分が顕になっていた。

目元には、血走った憎悪に満ちた視線が待ち望んでいた。


「セスルートぉおお。セスルート・ッヴィオハデスウウウウウウ!!」


男の己が魂を震えさすか如き叫び。


「どうやら私をご所望のようだ。マリィ、ちょっと遠くに行ってくるよ」


セスルートはそう言うと、ゆっくり息を吸い、吐いた。

男の元に向かう。

一気に話を切り替えたようだ。

セスルートは男の元に向かう。

たいする男は、向かってくるセスルートに殴りかかってきた。

ぶらぶらと腕が垂れているので、殴るというよりはたたきつけるといったほうが正しいのかもしれない。

セスルートは、そんな男の振り下ろしを、造作もなく避ける。

おいおい、今の身のこなしは魔道士の動きではないぞ。そんなツッコミが入れたくなるほどの、近接職顔負けのぎりぎりまで引きつけての回避。なかなか出来るものではない。


「では行ってくる。マリィ、帰ったらお店の中の片付けするから」


そういうとセスルートは、男の額に触れ、何かの呪文の詠唱を口ずさんだ。

するとセスルートと男の姿が、一瞬で忽然として消えた。

こ、この魔法はまさか?

そう、物体を他の場所にぶっとばすことが出来る魔法。


「転移魔法。彼が得意とする魔法の一つでもあるわ」


マリィが言った。

転移魔法。

転移魔法は大量の魔力を消費し、術者の目で見えている範囲内の場所に目標を転移させる高等魔法である。

しかし自分自身は転移させることが出来なかったはずだ。


「あ、あの一つ疑問があるんですがいいですか?」


エヴァがマリィに問いかけてくる。


「いいわよ。何でも聞いてちょうだい。でもその前にえい!」


マリィが、水晶球に力を流しこむように念じると、水晶球は淡く、輝きだした。

次第に輝きが収まってくると、そこにはセスルートと仮面の男の姿がぼんやりと映し出される。周囲は森。

おそらくこのフォルセルのどこかの山であろうか?


「はい、いいわよ。質問きくわ」


マリィがエヴァのほうに向き直ってから言った。


「転移魔法は術者は転移できないはずなんですが、セスルートさんは転移したように見えた、それは一体どういうことですか?」


確かに、そうじゃ。

あきらかにさっきのは同時にいなくなった。

高速移動とかの類ではないはずだ。


「あっ、あともう一つなんですが、転移魔法は使用者の目で見える範囲にしか対象者を飛ばせないはずなんですが、この水晶球を見ると、明らかに二人が戦っている場所は、ここらへんじゃないですよね?」


二つの質問を聞き、マリィは満足気に微笑んだ。


「ええと。その二つの質問に答えるには、彼の天眼と呼ばれる第三目について軽く触れないといけなくなるわ」


マリィさんは何だか嬉しそうだ。

店内には誰も入店してこない。

まるでこのお店が誰にも見えていないかのように人っ子一人こない。


「貴方の質問は彼が持っている天眼を説明すれば、すぐに分かるわ。天眼は、セスルートが持つ第三の目で、戦闘中だけに使用できるの。天眼で見える範囲は視覚で見えるそれとは遥かに広く、空の上から覗いているように見えるらしいわ。彼から聞いた話だけどね」


マリィは説明が長くなるのか、ここで話をきった。

そのような便利なものがあったのか。

セスルートが現状の位置につけているのも、この天眼の力がかなり手助けしただろう。


「あともう一つ、それはあの仮面の男が見える視覚の情報。つまり視覚からの情報。あの男に天眼で特殊な幻術をかけて、少しの間、視覚を拝借するの。その間はある意味、自分の目だから。この二つがあるから、彼の転移魔法は強い」

「ありがとうございました。納得がいきました。天眼を使用すると、しないとでは、大分強さが異なりますね」


エヴァは納得がいき、満足したようだ。


「だから、普段から天眼は使用しない生活を心がけている。普段から使っていると、便利さ故、危ういってあいつは言ってた」


マリィは思い出すように言った。

二人が話している内容に、耳を傾けながら、ワシは水晶球の中を覗いている。

セスルートと仮面の男が睨み合ったまま、微動だにしない。

お互い隙を作ろうとしているのは分かるが、動かないでいるのもそろそろ焦れったくなってくるはずだ。


「セスルートおおおお!」


仮面の男が吠えた。

ぶつぶつと何かを唱える。

すると、セスルートの頭上で大きな氷の固まりが瞬く間にして現れた。

もちろん仮面の男が作ったものだ。


「潰れろ!!」


仮面の男が手をかざしてから振り下ろすと、

氷塊はセスルートに向かって、落ち始めてきた。

するとセスルートも片手を上げた。

表情は不敵に笑っている。

氷塊が落ちてきたのに対して、セスルートは片手で受け止めた。

そして、氷塊を受け止めている右手が、氷塊をどんどん溶かしていく。












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