フォルセル建国祭2 ~フォルセル探訪~
新緑の都市フォルセル。
深い森の中にあるこの国は、建設業が発展していて、その技術は他の二カ国バーズル、マーブルにも知れ渡っている。
他に薬学も発達している。
これは薬となる草花がフォルセルに多数分布しているということからだ。
フォルセルは市街地と住宅地に分けられている。
市街地中央広場には、大地の木と呼ばれるフォルティモの木がそびえ立っている。
この木はこのフォルセルが建国する以前から、ここにあるらしい。
とてつもない太い幹に、空にも届かんとばかりに枝が上空に伸びている。
中央にこの国を建国したアルマニアン・ジ・フォルセルの大きな銅像が建設され、住民に愛されている。
「……ってここに書いてるわよ、トーブ。ねぇ、トーブったら聞いてる?」
自宅からわざわざ持参したフォルセルについての簡単な説明が付いている書物を片手に昨日から、終始エヴァはこの調子だ。
やれやれ。
ワシはそうじゃのと相槌を返すが、適当だ。
ワシ達の住んでいる場所から、フォルセルまではノックスという二本の角の生えた草食獣四頭の引っ張る箱型の車に乗って移動する。
箱型の車には当然、屋根も付いており、雨風も防げる。
大体三日間くらいで到着する距離だ。
移動はもちろん、日が出ている時だけ。
日が暮れていると、視界が悪くなり、安全面に限界があるからだ。
そのため、大体先導はその日に進める距離を換算して、進む。夜は基本は宿で暖をとってもらうことにする。
次の宿まで、日が暮れるまでにいけるかどうかを考えているのだ。
この手の職の人はこういった一日での移動距離がどの程度か、街と街との距離感、気候によってどの程度左右されるか、運搬する動物の世話、体調管理をこなさないといけない。
それで大体三日間かかるということだ。
「今日もエヴァちゃんは元気ねぇ」
イーダがにこにこと微笑みながら言った。
エヴァを連れてきたのはいいが、この二年間の積年の思いが爆発したのか、フォルセルのことばっかりだ。
「エヴァよ、明日になればもう建国祭だ。今のうちに休んでおけばいいと思うぞ」
ワシは提案する。
少しでも落ち着くならそれでいい。
「うん、いよいよだもんね。三年目の正直」
エヴァはそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じた。
恐ろしいことに、今度は寝息を立てて、寝てしまった。
マルスがその姿を見て、この娘は大物になると笑いながら言っている。
今日のお昼すぎに、フォルセルに到着することになっている。先導はそう言っていた。
二晩泊まり、今日は移動三日目だ。
フォルセルが近づくにつれて、エヴァが忙しなくなっていく。困ったものだとは思うが。
ワシの目の前では、イーダとマルスが到着したらどうするといった定番の話を始めた。
仲の睦まじいものじゃ。
ワシは外を見た。
すたすたとノックス四頭から醸しだされる足音。代わり映えしない深緑を横目で見ながら、考えていた。
帝国の侵攻は止まった。
ペルトは滅んではいないが、壊滅的な被害を被った。
そのペルトの侵攻を最期に目立った侵攻はしてこなくなった帝国。
まるで別人のようだ。
何故だ?
帝国のあの物量であれば、ペルトくらいは三カ国を相手にしても、制圧は出来たはずだ。
それ以降、耳には帝国の表立った動きは聞こえてこない。
静かすぎて、不気味なくらいだ。
指導者あるいは代表者が変わったか。
それならば納得のいく話じゃが。
何故か、こんなことを考えてしまった。
それは、フォルセルという街が近づいてきたからなのか、はたまたペルトの国に近づいているからなのか?
最近、強敵と拳を交え、魂が揺さぶられたからなのか。
理由は分からないが、ワシはふと頭に浮かんだ。
建国祭の前に何を考えておるのか。
ワシは自分にそういい聞かせる。
それでも、何か言葉でいい表せられないものを抱えたまま、ワシも瞳を閉じた。
「……ーブ、トーブ起きなさいよ」
エヴァの声によって、ワシは起こされた。
ノックスの動きは止まっている。どうやらフォルセルに到着したようだ。
前を見ると、イーダとマルスがいなくて、置き手紙があった。
そこには、宿屋の場所と二人の今日の予定が書かれていて、最後にエヴァちゃんのこと、よろしくね。
トーブはこの街には何回も来てるから大丈夫でしょと書かれていた。
ワシは置いてけぼりか。
するとエヴァが
「私もトーブが一緒なら大丈夫って言っちゃったわ」
全くきちんとお預かりすると言っておいたのに、あの二人は。
ワシに任せたといったほうが正しいのかもしれない。
まぁ、宿までは直線一本じゃし、このフォルセル内部の構造もほとんど分かるが……。
どうにも腑に落ちないが、しかたがないのでまずは降りることにした。
箱の中の閉じ込められていた空間から、外に出ると、やはりフォルティモの木が一番初めに目に入ってきた。
「大きいわよね」
エヴァがワシの心の中で思っていたことを読んだのか、聞いてくる。
「うむ、ここから見てもこうも大きいとはのぅ、見事じゃわ」
トウブ時代に訪れた頃にも、全く同じ印象をもったことを思い出した。
その頃と全く代わり映えしない圧倒的な存在感は何とも言えん。
エヴァもフォルティモの木から目を離せないでいた。
「根本まで行ってみるか?」
ワシは試しに聞いてみた。
「えっ、いいの?」
エヴァが顔を輝かせた。
「遠慮する意味が分からん。いつも通りのエヴァでよいぞ」
ワシはエヴァに答える。
遠慮する理由もないし、もし連れてきてもらっているという意識があるなら、逆にそう捉えるのはやめて欲しいものだ。
「ありがとう、トーブ……行きたい」
エヴァの口から、率直で素直な言葉がでたので、
「よし、では行くか」
ワシは、すぐに向かうことにした。
ワシ達がいる正面門である南門元亀の門から中央の大きな道を真っ直ぐ進めば、フォルティモの木にたどり着く。
特に途中で曲がったりということはないので、迷うことはないが、人が多いので迷子になることはある。
この元亀の門付近には一般客向きの低価格の宿泊施設や食事処、観光施設が道沿いに並んでいる。
中央通りから右か左に一本入ると、裏路地になり、昼間は食べ物や小物などが売っているが、夜になると普段手に入らないものが売られているときがある。
中央地区以外でも、居住区もある。
これはフォルセルに住んでいる人達の住んでいる場所だ。南地区はなく、北、西、東地区と分かれている。
無論、居住区内でのお店の展開は違法である。
「うん、それにしても凄い人の数ね」
エヴァが今にも人にぶつかりそうになりながら歩いてくる。
ワシはそれを見ていると、どうにも心配でならない。
「きゃ……」
どんという音がして、悲鳴とともにエヴァが倒れそうになるのを、ワシは受け止めた。
リリス族は、身長が低いので、他の種族のちょうど腰より下の部分に身体や頭が当たる感じになる。
「エヴァ、ここで迷子になるのも、怪我をするのも明日の建国祭にとってよくないことじゃ。離れ離れにならないように、ほい」
ワシは体勢を整えたエヴァに手を伸ばした。
エヴァは、一瞬えっという表情でとまどっていたが、周囲の人通りの多さを見て、手を差し出してきた。
ワシとエヴァの手がお互いがっしりと握られる。
エヴァは少し意識していたようだが、すぐにそこから現実に戻される。
エヴァの手を優しく、引張り、通行人とぶつかったとしても、決してその手を離さないようにする。
「去年もこんな感じだったの?」
エヴァが聞いてくる。
「じゃな。年に一回のお祭りだから、各国から様々な種族がこぞって集まってくる」
バーズル、マーブルからたくさんの人が訪れてきているはずだ。
だからこそのこの人の多さ。
まぁ、入口付近だからという理由もあるがな。
ワシはそう思い、中央にあるフォルティモの木に急いだ。
息も少し上がり、大きかったフォルティモの木がさらにおおきくなってきた。
順調に近づいてきている。次第に人混みも薄くなり、ようやく自由に歩けるようになった。
「ここまで来れば大丈夫じゃな。エヴァよ、もう離していいぞ」
ワシは、がっしりと掴んでくるエヴァの小さな手をゆっくりと優しく離した。
「うん、ここまでありがとうトーブ」
ぺこりと頭を下げて、エヴァは微笑んだ。
フォルティモの木まではまだ少し距離がある。
「ここまで来て、案外良かったのかもしれん」
ワシはマルスからの置き手紙を見ながら言った。
「えっ、どういうこと?」
エヴァが聞き返してくる。
「うむ、どうやらワシ達の宿泊施設はこの付近のようじゃからのぅ」
周囲を見回すと、木造の土台の基礎がしっかりしている建物が複数並んで建っている。
元亀門の付近に建っていた建物とは一線を画するものばかり。
素人目に見ても、小奇麗でしっかりとした作りとなっているとわかるはずじゃ。
食博施設に食事処、生活用品店、ここには他に染物屋や木材屋、食材専門店まである。
うーむ、何十年か前に訪れたときに比べて、大分様変わりしておるわ。
「凄いわ、トーブ。ここの染物屋で売られてるものは見たことがないものばっかり」
エヴァが目を点にしながら、商品を見ている。
そりゃそうじゃ。
ワシのなまくら眼では価値を測ることなど出来ないものが陳列されている。
ワシが唯一分かるのは武具の見極めくらいじゃ。
大抵刀身と柄を見たり、触ればわかるし、その武具で何かを斬れば、より切れ味も分かる。
「あまり離れるなよ。せっかく迷子にならずにここまで来れたのに、ここで迷子になったら元も子もないからのぅ」
ワシはエヴァに声がけをするが、何もかもが新鮮な彼女には、どれもこれもが目を引いてしまう対象物だ。
しかたがないのぅ。
エヴァの感性が飽きるまで、付き合うとしようかの。
「あー、よく見た見た」
ご満悦なエヴァの声が聞こえる。
その後ろではワシが肩で息をしていた。
むぅ……この間の首なし騎士や三合首より、息が上がるのは何故じゃ……。
エヴァにいいように振り回されている。
ワシもまだまだじゃ。
武を極める前に、エヴァという人間を理解し、エヴァをうまく操れるように、極めた方がいいかもしれん。
「トーブ行くよー」
ワシが少し目を離した隙に、エヴァが移動していた。
なんじゃと!
まだ続けるのか……
ワシはここで気を使用するかどうか悩んだ。
悩んだが末、結局使用を控えた。
最近の消費のこともあったため、緊急時に足らなくなればいけないからだ。
「待てぃ、エヴァよ。そんなに急ぐことでもないじゃろう」
ワシは気合を入れ直し、エヴァの後を追った。
フォルティモの木からはどんどん離れていっている。
まぁ、さほど遠い距離でもないからいいのだが。じゃがあまり裏道のほうに入ると、治安が一気に悪くなるので気をつけてほしいのじゃが。
するとエヴァがある建物の前で止まっていた。
呪具屋か。
こじんまりとした店だ。
こんなところにお店があったのかというような雰囲気がある。店の外壁は、木材じゃが汚れ一つない。
外壁の四隅をよく見てみると、全ての外壁に何やら怪しい模様がある。
魔道士的には魔術紋といったほうが適切かもしれないが。
エヴァもその全体的な怪しい雰囲気を察したのか、店の前で立ち止まったまま動かない。
入らないのも勇気。
するとエヴァは戸に手を掛け、ゆっくりと開けて中に入っていった。
ワシもすぐに後に続く。
「入るとは思わなんだぞ、エヴァ」
エヴァの耳元で囁くようにワシは言った。
「うん、私もどうしようか迷ったんだけどね。なんだか入らないと決めたら、無性に入りたいって気持ちが強くなってきて。いつの間にか入ってた」
エヴァも若干ながら戸惑っている。
引き寄せられたか、あるいは。
ワシはそんなに広くない薄暗い店内を見回す。
会計を行う場所には一人の黒衣を着た老婆? らしき人物が座っている。
その老婆の前の机には、無色透明な水晶球が布切れの上に置かれていて、薄暗い店内の中で不気味に輝いている。
その横ではしなやかな体つきの
陳列棚の上にある品物は、魔道士の杖や書、呪術に使用するであろう道具がほとんどだ。
ワシは専門ではないので、詳しくは分からない。
「エヴァよ、何か欲しいものでもあるのか?」
ワシは、商品の杖を持ちながら、見比べているエヴァに聞く。
「うん、杖が欲しいんだけど、中々いい杖が見当たらないの。今の杖だと魔力の転換がどうしても、私の最大値に付いていってないのよ」
エヴァはそう答えながら、じゃらじゃらと杖の山を見ている。
つまり、エヴァが成長したため、現在の杖が発揮できる上限魔力転換値をエヴァの魔力が上回ってしまったということか。
何とも成長著しく、頼もしいことよ。
エヴァが見ている杖の値段はとても安い。
誰かが使用したか分からない杖が、たくさん山のように、無造作に、細長い長方形の箱に入れられている。
もしかしたらこの中に当たりが、あるかもしれないという浪漫がある。
魔法に精通している者は杖を触った瞬間に自分に合うか合わないかを判別できると聞いている。
きっとエヴァの中にもそれがあるのかもしれない。
「どうじゃ、ありそうか?」
ワシは聞いてみる。
「今のところはないわ。きたって時はびびっと感じるものがあるの」
しかし、それらしい反応は未だにエヴァには訪れていないようじゃ。
まだ掛かりそうじゃな。
ワシは杖の山を見て、そう感じた。
ちと見て回るか。
ワシが店内を見て回ろうかとしたとき、店の戸がゆっくりと開けられた。
すると仮面で顔を隠し、黒衣をきた魔道士らしき男が入ってきた。
男と分かったのは、肩幅の広さと身長が百九十フィール以上はあるということからの判断だ。
これで女性ということも万に一つ否定は出来ないが、その可能性は限りなく、低いじゃろう。
男は店内に入り、老婆が眠っている受付のところまで行った。
エヴァもどうやら入ってきた男の存在に気が付いたようだ。
男は受付の老婆の前まで行き、立ち止まった。
仮面越しで分からないが、老婆を見下ろしているのであろうか。少しの沈黙が流れる。
異様な雰囲気の店の中にまたまた異質な存在が現れる。なんとも因果を感じるではないか。
ふぅ。
仮面の男から嘆息が漏れた。
「起きて下さい。起きて下さい」
声も男の声をしている。やはり男のようだ。
男の問いかけに、老婆はぴくりとも反応をしない。
あの老婆はまさか亡くなっているのではないか?
そういう疑念が湧くほど、動く気配がない。
「起きて下さい、起きて下さい、起きてください……」
仮面の男は同様の言葉を反芻するが、老婆は答えない。
男の雰囲気が変わった。
言葉では形容できないが、雰囲気が変わったのだ。
「いい加減! さっさと起きやがれ! せっかくこっちから来てやったってのによ!」
怒髪天を衝く形相で、男は今にも、老婆に殴りかかりそうな勢いだ。
あんな大男に殴られたら、あの老婆はひとたまりもないぞ。
ワシはそう思い、老婆と男の前に割って入ろうとした。
その時、
「止めて下さい! ただ起きないくらいで、そんな怖い言い方!」
男を見上げながらエヴァは言った。
男はというと、自分達との会話に参入してきたエヴァを老婆と同じく見下ろしているようだ。首の角度で分かる。
「なんだぁ……このちっこいのは! 新しい用心棒か?」
見下したような目でエヴァを見ている。
こやつ!
「用心棒ではなく、ただの客よ。見るに見かねて、首を挟んだだけです。おばあさんにそんな言い方して、貴方は!」
男の怒号のような声に負けじときっとした表情でエヴァは言い返す。
「ふっ、ふはははっ。おばあさん? そうか、俺の思い過ごしか。リリス族だからしゃしゃり出た時、凄い魔力を秘めているかもしれないとびびったが、これは大分予想が外れたな。期待はずれもいいところだ」
男が顔に嫌らしい笑みを浮かべている。
「期待はずれ!? 一体何を言ってるの? そもそも初対面の人にそんなことを言われたくはないわ」
男の圧に屈しないようにエヴァは、大声で言い返した。
「そうじゃのう、見た目だけで判断すると、痛い目を見るぞ」
男の注意力を分散させようと、ワシも男に存在を知らせるかのように言った。
「おいおい? まだちっこいのがいたのか。あまりにちっこくて見えなかったわ。すまんなぁ」
男がワシのほうを向いて、悪びれもせずに言った。
こやつ。
謝る気なぞ、始めから当にない癖にのぅ。
「リリス族と言えば、魔道士をやってる奴の七割が、お前らのようなチビだ。上位のやつらもな。だから、もしかしたら見た目とは違って、何か凄い魔力を秘めているのかと思いきや……」
男は一瞬、エヴァの後ろの老婆達を見た。
「未だに気が付かないとは、期待外れと言わざるを得ない」
男はさげずむように言葉を投げかける。
こやつは何を言っているんじゃ?
ワシはさっきからこの男の言っている意味が理解できずにいた。
「どけ。今、どいてこの店から出たら明日、無傷で建国祭を拝める。どかなければ……わかるな?」
男が凄みを聞かせてエヴァに言った。
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