フォルセル建国祭 ~いざフォルセルへ1~

遺跡の入口から出ると、周囲は若干薄暗くなってきていた。

半日以上も潜っていたとはのぅ。

エヴァもズーンの背に乗りながら、遺跡から出てきた。


「はぁ……疲れたわ。うーん、もうこんなに日が沈んできてる」


エヴァはそう言い、ぐてんと身体をズーンの上に預けた。

無理もない。

あの齢で遺跡に入るなど、普通では無いからな。

入ったのはズーンが中に入っていったということもあるが、そもそもワシがここに来たのが間違いだったのかもしれん。ワシがここに来なければ、エヴァはここにこなかった。

そして出てきた遺跡を一瞥する。なんとも作為的なことよ。

狙いはワシか。

それとも、エヴァか。流石にズーンということはないか。

あるいは、この遺跡を踏破できる実力者を待っていて、たまたまワシ達じゃったという可能性もある。

いずれにしろ、ここは誰かが入ると危険じゃ。

街の自警団に報告して、封鎖なり、立ち入り禁止の触れを出して、近隣の住民に周知させておくに越したことはないじゃろう。


「あーあ、こんなにかからないと思って、トーブの家に行くとしかお母さんに言ってないわ。怒られるわ……きっと」


その怒られることを想像しながら、げんなりした表情でエヴァは言った。

ガウ。

ズーンもそんな主人を見てか、元気が無い。

さっきあんなに暴れていた本人とは思えないくらい、今はとてもおとなしい。

これもエヴァのしつけあってこそだの。


「ふむ……今回は運が悪かったとしか言いようが無いのぅ。ワシも一緒に謝るから、一緒に怒られるしかないのぅ。ワシも置き手紙はしたが、そこまで時間がかかるような内容を書いてはいないからのぅ」


ゆっくりと歩きながらワシは答えた。

元々来た獣道を抜け、ようやく人が歩けるような道に出た。


「うん、トーブが一緒に怒られてくれるなら、まだ気が楽かも」


エヴァが悪ぶれずに言った。

全く、この娘は。

ふむ……。

ワシは自分の身体の中の気を確認した。

おそらく今日使用した気の量は、一日で回復、貯蓄する量を大幅に超えているはずだ。

かつて強敵と一線交え、消費したのと同程度使用したと考えてもいい。

それほど、相手が強力だった。

生命のやりとりをしていると、久々に実感した。

相手はワシを殺す気できていただろうし、ワシもそんな気持ちに応えるため、全力で相手をした。

昔の戦場の記憶、感覚、匂いが戻りつつあった。

エヴァには、


「今のここまでエヴァを運んだのもトーブ。昨日、あの少年と殴り合いをしていた、エヴァが怖いと言っていたのもトーブ。これからあの化け物を倒しに行くのもトーブじゃ。本当のトーブなんていない。今までエヴァが見てきたトーブ、そしてこれから見ていくであろうトーブ。それがこのワシ、トーブ・ファンクルじゃ」


とは言ったが。

ワシは自分の掌を広げて見た。

何も汚れひとつない小さな豆だらけの掌があった。

じっーと、掌の中心を眺め見るが、特に変わった様子はない。

まだ変わらないか……

ワシは、かつての自分が見た光景を思い出す。洗っても拭い去っても、取れることのない赤々とした汚れ。

ワシが戦場で勝てば勝つほど、それは増え続けるもの。

さっき、三合首とやり合って、闘争を楽しんでいた。あれが本来のワシなのかもしれん。

エヴァのいう怖いトーブというのも、あながち間違いではないかもしれん。


「ーブ、ねぇ、トーブどうしたの?」


ワシを正気に戻す声が聞こえ、ふっと声の主を見る。

嘘偽りの真っ直ぐな赤い瞳。ワシを怖いトーブにしないように何かしてくれそうだ。


「んっ、すまんすまん。流石に、ワシもへとへとのようじゃのぅ。年齢を感じるわ」


ワシがそう言うと


「また変なことを言ってる。私と同い年のくせに。疲れてるなら乗る? 少し揺れるけど、楽だよ。ズーンには迷惑かけちゃうけど」


ワシはズーンを見た。ズーンと目が合う。

肉食獣の鋭い視線。いいぜ、お前くらい一人増えても、さほど問題ではないと言っているようだ。


「いや、結構。大丈夫。自分の足で帰るよ」


ワシはエヴァの申し出を丁重に断る。


「ふーん、まぁいいけど。疲れてるなら無茶しないでね」

「うむ、お互い様にの」


ズーンのことは大分周知されてきてはいるが、まぁ、流石に熊が街中を闊歩するわけにはいかないので、街の外の道をひと目につかないように帰ることにした。

ズーンも理解しているのか、騒ぐような素振りもせず、エヴァの指示に黙って従っている。

ワシ達は今日一日の出来事に疲れきり、とぼとぼと帰路に付くのであった。


 昨日、遺跡から帰宅すると、エヴァの母親のアンナが、エヴァの帰りを心配そうな顔つきで待っていた。

ワシの家に行くと言い、家を出たのはいいが、いつもなら帰ってくる昼ごはんにも帰ってこず、夕暮れに汚れた服装で帰ってきた。

心配しないわけがない。ワシの方はというと、実際のところあまり、お咎めはなかった。

イーダに口頭で注意されたくらいで、マルスからは、楽しかったか、エヴァちゃんとの二人っきりの外出はと軽口を言われてしまった。

全くのぅとは思ったが、怒られるよりはいいので、簡単に謝って終了した。


「すごく怒られた。お母さんだけならまだしも、お父さんにも怒られるなんて……」


次の日、さっそくエヴァはワシの部屋に来て、両親の愚痴を吐いていた。


「仕方なかろう。エヴァのことを思ってのことじゃからな」


ワシは恒例の精神統一をしながら答える。

一昨日、昨日と消費した分を、早く元の分まで戻さないといけない。


「うん……それはそうなんだけどね」


自分を怒ってくれる存在が近くにいることは、とても幸せなことじゃ。

ワシもよく昔は怒られてゲンコツされていたな。

朧気な記憶を思い出しながら、自分の親という存在の有り難みを知る。


「まぁ、それはいいとして。トーブはバーズルって国知ってる?」


エヴァが突然話題を変えた。

バーズル?

あの砂漠の国じゃな。

照りつける火炎のような日光と、夜の身体の体温を奪う寒さが特徴的な国だ。

何度か、赴いたことがあるが、東部と西部で格差が激しく、住んでいる種族の考え方もそれぞれ異なる。

東部は富裕層が多く、巨大な天然のオアシスであるハルベルナット湖を中心に観光業が栄える。

西部はというと、砂漠と山々が連なり、人々はその環境に耐え忍ぶかのように住んでいる。


「まぁ、知らなくもないが。一体どうしたというのじゃ?」


ワシはいつもと違う話題を振ってくるエヴァが気になったので聞いてみた。


「うん、何だか自分が生まれた国が、気になってね。どんな国なのか調べてるの」


優しく微笑みながら、エヴァは言った。

祖国か。

ワシは、遠方の海の向こうにある自分の祖国を思い出した。この記憶も断片的にしか覚えていない。

けどとても懐かしく、暖かかった日々だったことを覚えている。


「とても暑い国じゃ。ここの暖季よりもずっとずっとじゃ」


エヴァに分かりやすいように言葉を選んで説明する。


「うん、お母さんに聞いた。私はそこで生まれて三歳くらいにフォルセルに移住してきたんだって」


ふむ、確かそうじゃったな。

空き家だった隣の家が改修されて、今のエヴァの家になっている。

今でも覚えている。程よい気温で、過ごしやすい日じゃった。

同じリリス族のジーズ―家が賑やかに越してきた。アンナの手をその時は、エヴァは不安そうに握っておったわ。


「そうじゃったな。懐かしい。ワシ達が出会ったのもその時が初めてじゃ。あの頃のエヴァは、恥ずかしがり屋でおとなしかったな」


ワシは記憶を繋ぎあわせながら思い出す。


「そうだっけ? 私ってそんな感じだったっけ?」


エヴァが信じられないといった感じで、聞いてくる。

無理もないわ、今と昔とでは、まるで違うからのぅ。


「うっ、それより今の言い方だと、まるで今の私が恥ずかしがることもなく、うるさいみたいじゃない!」


エヴァが口を尖らせながら言ってきた。

そういう捉え方も確かにあるのぅ。


「いやいや、昔のエヴァも、今のエヴァも同じエヴァじゃ。昔のトーブ、今のトーブが、全て同じトーブなように」


ワシは最近あった出来事をなぞるように言った。


「むむ……そう言われると何だか言い返せないじゃない。トーブの馬鹿……」


いつもの馬ぁ鹿! とは異なり、随分控えめの馬鹿だ。

エヴァ本人も少し何か考えたのかもしれない。


「まぁ、それはさておき、祖国について思いを馳せてどうなんじゃ?」


ワシは話を本題に戻した。


「う、うん。いずれ自分が生まれた国を訪れてみたいなって思って」


ふと窓から、空を見上げながらエヴァは言った。

この空の下で、ここフォルセルとエヴァの祖国であるバーズルは繋がっている。


「そうか、大いに結構な話じゃ。素晴らしい。祖国か……ワシは生まれたのがここじゃから、訪ねることさえも出来ないからのぅ。羨ましいわ」


本心を込めて、ワシはエヴァに言った。

なぜだか分からないが、少しばかりそう思ってしまった。


「いつか、いえ近い将来必ず行くわ」


エヴァの力強い目が輝く。

決意に満ちた目だ。

ワシはそんなエヴァを横目で見ながら、精神を乱さぬように、意識を集中させていた。


それから数日、穏やかな日が過ぎた。

エヴァも話には来るものの、特にこれといって無茶な提案もなく、穏やかに日々を過ごしている。


「トーブ、建国祭よ! このフォルセルという国が、国として確立してから……ええと」


エヴァが大事なところで詰まってしまった。


「百と三十三年じゃ。大事なところを忘れちゃいかん」


ワシは指摘する。

ワシの鋭い指摘にエヴァは頬を膨らませるが、すぐに立ち直り


「うん、そうそう。そのくらい。私は去年も、一昨年も体調を崩して行けなかったから、今回こそは必ずいくわ」


めらめらと行くことに対して意欲を燃やしているのが分かる。

確かに二年も連続で苦汁をなめたら、そりゃ行きたいわな。

まだ開催日まで日にちはあるから、油断出来ないがのぅ。


「ワシはここ数年、両親と行っているが、中々のものじゃわ。建国に対しての何年も薄れない意識が、ああも絢爛豪華なもてなしをしているんじゃろうて。今年もそんな時期かもう」


ワシは去年のフォルセル建国祭を思い出した。

確かにエヴァはお留守番じゃった。最後の最期までごねていたのを覚えている。


「うん、今年は私の尊敬する大魔導師の様が超魔法を披露してくださるんだって」


セスルート・ヴィオハデスについて、わくわくしながら、自分のことのように話すエヴァ。

セスルート・ヴィオハデス。

エヴァが尊敬する大魔導師。

人は天眼のセスルートと呼んでいる。

ワシは戦士、セスルートは魔道士。

同じ土俵ではないため、直接話したことはないが、かなりの実力者であるのは、身体から発するニオイで分かる。

年齢は四十四歳。紫色の長髪の髪、身長は百八十フィール。へなっとしていると思いきや、トウブ時代に一度すれ違った時があるが、肉体は鍛え上げられ、しなやかで硬い。


「セスルート・ヴィオハデス様。使用できる属性は全て。火に水に風に地に雷、氷、光、闇と全てに精通しているわ。おまけに冷静沈着。帝国との戦争でも活躍している。現魔道士の中で、最高の位置である称号イシスを持っているのも彼だけよ」


まるで自分のことのように説明するエヴァ。

うーむ、毒されてるのぅ。

まぁ、いいか。

夢を見ているうちが華かのぅ。


「ふむ、そのセスルート・ヴィオハデスなる人物が魔法を披露してくれるか」


ワシは顎に手をやり、考える。


「そうそう、だからトーブも行こうね。フォルセル建国祭。うちはお母さんとお父さんも行くわ」


エヴァ一人を行かせるわけにもいかんからのぅ。


「そうじゃな。まずは話してみるか。両親に」

「お願いね」


エヴァはそう言うと、鼻歌交じりに、軽快な動作で帰っていった。

その日の夕食で、このことを話すと、どうやらマルスが普段の仕事で、このフォルセルのために貢献したということでフォルセル中央から表彰され、この建国祭に招待されているようだ。

ここ一、二年のマルスへの依頼の数は、かなりの数に膨れ上がっていた。丁寧で早くて、常に何かに挑戦する斬新さが買われて、増加したようだ。

どうやら、エヴァには良い返事がどうやら出来そうじゃ。

次の日、まだかまだかとエヴァが来るのを待っているワシのもとに、意気消沈したエヴァがやってきた。

一体どうしたというのじゃ?

昨日のあのセスルート・ヴィオハデス様はどこにいったのじゃ。


「一体どうした? なにがあった?」


聞くのもどうかなと思ったが、ワシはそれでも敢えて聞いてみた。

この意気消沈している理由が分からずして、解決には進まないからだ。


「建国祭の日、二人共、急なお仕事が入っていて行けないって……」


目下が腫れている。涙できっと枕を大いに濡らしたことであろう。

確かにこんなに楽しみにしていたことだけに、衝撃はでかい。


「エヴァよ、行きたいか?」


ワシは、諭すように聞いた。


「うん、絶対行きたい! 今年こそは絶対!」


ワシの問いかけに即答する。


「分かった。お主の両親が駄目なら、ワシの両親に聞いてみよう。ようは信が置ける大人が一緒に付いて行けばいいということなんじゃろ?」


エヴァのこの意気込みを、ただエヴァの両親の仕事の都合でいけなくなるというのは、あまりにと思ったので、ワシは両親に頼んでみることにした。

意気消沈したエヴァを帰し、ワシは母に聞いた。


「……ということです。どうかならないでしょうか?」


ワシの説明にイーダはすぐに


「いいわよ。エヴァちゃんが増えるくらい、どうってことないわ。アンナさんには、私からも言っておくわね」

「ありがとう、母さん。エヴァも喜ぶと思います」


ワシがそう答えると、イーダはにこっと微笑んで、


「エヴァちゃん、喜ぶんじゃないの~ トーブも好きな子のためによくやったわね~」


と言ってきた。


「エヴァは大事な友人です。友人が困っている時に、何もしないのは、嫌ですから」


ワシは本心からそう告げる。


「またまた、いいのいいの。優しいね、トーブは」


うふふと嬉しそうに笑いながら、イーダは台所から出て行った。


「やれやれ……。本心から言ったというのに……変に誤解されていなければよいが」


その日、仕事から帰宅してきたマルスにも聞いてみたが、返事はやはり問題なしだった。

いつも決定権はイーダにあるので、イーダから承諾を得たのなら、ほぼ勝負は決まっていたのだ。

次の日、エヴァがにこやかな表情で、ワシの部屋に入ってきた。

力強さというよりか、軽快な動作だ。

「昨日、行ってもいいってお母さんとお父さんから話があって。トーブのおじさんとおばさんの必ず言うことを聞いてだってさ」

エヴァの表情が太陽のように輝いている。

その笑顔なくしてエヴァとは言えない。


「よかったのぅ。ワシも頼んでみたら、あっさり承諾をしてくれたんじゃ」

「そうなんだ。よかった~。ありがとうね、トーブ」


終始、エヴァはにこやかだった。

ワシの精神統一も静かに見ているし、いつもと違うエヴァを見れた気がする。


「まぁ、あとは当日まで、つまらない病にも掛からずに気をつけることじゃな」


まだ日にちがあるので、そこだけが心配だ。

迫りくる建国祭。

そこでエヴァがセスルート・ヴィオハデスと会うように。

ワシにも思いがけない出会いが待っているのであった。


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