遺跡探訪 ~トーブとエヴァ2~


 その糞尿を見て、エヴァは嬉しそうに笑っている。

どうしたというのじゃ。

糞尿を見て笑うとは。

エヴァの奇怪な行動を見て、ワシは疑問が残ったが、ようやくその喜んでいるわけが分かった。

糞尿を行うものがワシ達以外にいるとすると。

確かにワシもエヴァと同じ状況であれば、同じように喜んだはずだ。


「なるほど、それはズーンが排出したものなのじゃな?」


ワシはエヴァに聞いた。


「うん、間違いない。今まで何度も見てきたものだから分かる。これはあの子のものなんだって」


我が子の安否を、確認出来たことに対してエヴァは本当に嬉しそうだ。


「いつ頃のものだ? まだかなり新しいか?」


エヴァに確認する。

ズーンの嗅覚も加われば、かなり有利になるはず。


「すぐにって訳ではないけど、まだ新しいわ。表面が固くなってないから」


エヴァは地面に落ちている石ころで硬さを確かめてから言った。


「そうか、なら急げば追いつけるかもな。ズーンが、エヴァの匂いを頼りに移動しているのか、外の匂いに向かって移動しているのか、分からないが、近くにいるのは間違いないからのぅ」


ここに来て嬉しい報せが来た。

それもウン付きのじゃが。


「トーブ急ぎましょ。ズーンが待ってるわ。一人じゃ心細いだろうし。早く見つけないと」


エヴァも疲れなぞ吹き飛び、ワシより先に遺跡を先行するような勢いだ。

しかし、ワシは先行させないようにする。


「よし、慎重に進みながら行くぞ。逆にこんな時だからこそ、慎重にいかねばならん」


天国から地獄。いい流れだったのにちょっとした気の緩みからの失敗で、それが大惨事になる。

ワシの経験上から言えることだ。

目の前から骸骨の群れが襲ってくる。


「灰にしてあげる……えいっ! 火炎魔弾グランヴェル


無数の球状の火炎の弾が相手に降り注ぐ。

敵の数が多いときに効果を発揮する。

火炎魔弾グランヴェルを浴びた骸骨は、地面に倒れ、バタバタと手足を動かして燃えていく。


「はっ!!」


ワシもエヴァに負けじと、斧を忙しなく動かす。骸骨の頭部から股下に掛けて一気に振り下ろす。

ぱらぱらと細分化された骨の破片が石畳の上に落ちる。これを繰り返す。

この骸骨くらいであれば、エヴァでも十分に戦える。


「よし、行くか。エヴァ」


ワシは急に頼もしくなった幼なじみを後に従い、通路を進む。

相対する骸骨を倒し、途中死霊騎士を発見したが、ワシが仕掛けようとするとエヴァに止められた。

通路が崩れて前に進めなくなるのが嫌だからだそうだ。

ごもっともな指摘だったので、うまく二人共、身を潜めてやり過ごす方法にし、難なく突破することが出来た。


「大分進んだようじゃが、ズーンよ、どこにおるのじゃ……」


一向にズーンと出会うことなく、時間だけが過ぎた。

エヴァはズーンが通った後の形跡がないか確認しながら進んでいるが、あの糞尿以外表立った形跡はない。


「どうじゃ?」


ワシはエヴァに形跡があったかどうか聞いてみるが、エヴァは首を振った。

表情も暗い。

まずいのぅ。

あそこで上り調子になったのは、よかったんだが、それ以降何もつながってこないのが痛いわ。

何か些細なものでもズーンに繋がるものがあればいいんだが。

あれは?

目の前に、部屋の入口が見えた。

ここも前の部屋と同じで広い構造になっている。

ワシとエヴァが通ってから、少しすると、その入口の場所に上から瓦礫のようなものが、降ってきてもう通りぬけは不可能になってしまった。

明らかに誰かに、仕組まれているものだ。


「崩れたものは仕方がない。行くぞ」


ワシは、エヴァに一声かける。エヴァもだまったままこくりとうなずき、一緒に大広間の中央にさしかかったときだった。

奥の扉からのそりのそりと影が見えた。

その影はこちらに向かって歩いてきている。

あれはなんじゃ?

ワシ達の目の前に現れたのは、見たことのない異型の化物じゃった。


「なんじゃ!? こいつは?」


ワシは思わず声を出していた。


「私に聞かないでよ。こんなの初めて見るわ」


エヴァも目の前の存在を見て、唖然としている。

ワシは、恐怖という感情が麻痺して、恐怖を素直に感じることが出来なくなっていたが、久々にこの背中に走る寒気を感じた。

身体の内部からざわざわと何かが訴えかけてくるような、この感じ。

立派な鬣を携えた獅子の頭に鋭い大きな2本の角が目立つ大牛の頭、さらには鋭い牙と今にも息を吐き出しそうな竜族の頭が生えている。胴体はその三種の首を支えるために巨大なものになっている。

またその尾は二匹の蛇だ。威嚇するようにこっちを見て、舌を出している。

歩くたびに石畳の地面が揺れているような気がする。


「エヴァ、お主は下がっていろ。こんな奴と戦えないじゃろう。こやつから発する気は当てられると厄介じゃ」


ワシはエヴァに言った。こんな化物、相手に

エヴァが戦えるはずがない。このような邪気がある魔物の気を何も耐性を持たない者が吸うと、精神が崩壊する恐れがある。恐怖に感情が支配されるのだ。


「で、でもト、トーブ一人を戦わせる訳にはいかないわ」


生物の本能から告げられる言葉とは異なり、エヴァは、震える言葉ながらもワシの助力をしてくれると言ってくれた。

身体はがちがちと震えているのに。

いつもの強気で勝ち気なあのエヴァがだ。


「大丈夫じゃ。今回も何も心配いらんわ。心配せずに待っておれ」

相手の力量が定かではないが、対峙したときの感覚から鑑みるに、ワシの方が生物として強いわ。

なんとなく分かる。心に余裕があるのだ。ワシは、その場で立ちながらガチガチと震えているエヴァを抱きかかえて、瓦礫が降ってきた入口付近に運んだ。こんなに震えているエヴァを戦わせるわけにはいかんからのぅ。

地面に優しく、置いてからワシは言った。


「今のここまでエヴァを運んだのもトーブ。昨日、あの少年と殴り合いをしていた、エヴァが怖いと言っていたのもトーブ。これからあの化け物を倒しに行くのもトーブじゃ。本当のトーブなんていない。今までエヴァが見てきたトーブ、そしてこれから見ていくであろうトーブ。それがこのワシ、トーブ・ファンクルじゃ」


ワシはそう言い、化け物の方を見た。余裕があるのか、こちらを襲ってくる素振りもない。

舐められたもんじゃな。

じゃが、ありがたい。

エヴァに危険が及ばないからな。

さて行くとするかのぅ。

首の骨をコキコキと鳴らしながら、化け物の元に向かう。


「待たせたのぅ……」


不敵な笑みを浮かべてつぶやく。


「名前がないと不便じゃ。三合首ミゴクでいいか? 見た目からじゃが」

ワシは、そういうと剛気に笑った。


「ガアアアンン!」


ワシの態度が気に入らなかったのかどうか、分からないが獅子の首が咆哮し、巨大な前足で押し潰そうとした。

二本の巨大な足が、凄まじい威力と勢いと共に、ワシに繰り出された。

ワシはすぐに後ずさりして攻撃を回避した。

ワシのいた場所は大きな音を立ってから、砂煙が出ている。そして石畳が割れ、陥没している。

なんという威力じゃ。

しかし、当たらなければ意味は無いということじゃ!

とんっと地面を弾くように駆け、斧に気を送り込みながら、ワシは攻撃動作に移る。

胴体側面に対しての攻撃。正面の首三本を相手にするのは厄介なので、側面に回り込んで斬りつける。


「そいやぁ!」


掛け声とともに、一撃を打ち込む。

刀身が胴体にぶつかった瞬間、硬い何かに押しのけるられるように、ワシの斧は弾かれ、ワシ自身も後方にのけぞった。

これは!?

ワシは斧の刀身を確認して見てみるが、特に変わった感じはしない。

気が軽くではあるが込められた一撃がこうも簡単に弾かれるとは中々のものだが。

可能性をどんどん消去していくと、単純に三合首の皮膚表面が硬く、気を込め、ワシが放った一撃を凌駕する強度の皮膚を持っていたということだ。


「ふむ」


ワシはそれならばと気の込める量を増やした。

通常は一日の気の回復量と貯蓄量を考えての使用だったが、どうやらこの相手は、こっちの都合なぞ考えてくれないようじゃ。

まぁ、よいわ。

今まで、溜めに溜めていた気をお主に使ってやるわ。

それならある意味こっちも考えることが無くなって、都合がよいわ。

突然、竜の首の目が光った。

何じゃ!?

構えていると、すぐに目の前から大きな竜巻が発生した。

ワシは、すぐに闘気衣トーマを発動させる。

するとその竜巻が、ワシ目掛けて襲ってくる。

突然の出来事に、驚いたが、ワシは敢えて、その竜巻に向かって走っていく。

無謀だと思われるが、このまま避けたとしても、ワシの後ろの方向にはエヴァがいる。

ならばワシが、あの竜巻を処理すればいい。

ワシは竜巻と逆回転をして回り始める。

対集団戦用のワシが編み出した回転技。

その名も轟天。

ワシの身体を気で覆い、防御力を上げ、防御を上げつつ、その高めた強度を活かして、攻撃に転ずる技だ。

防御も攻撃も両方出来る技なので、ワシは気に入っている。


「破ぁ!!」


竜巻とぶつかり、衝撃が身体に流れる。

その後、ワシは少し後方に流されるも無傷。竜巻のほうは消えてしまった。

連打されると厄介じゃな。

竜の目が光った時に発声する竜巻を記憶しておく。

獅子の目が光輝いた。

ワシの身体は考えるよりも、先に動いていた。

長年の培ってきた経験と幾重にも修羅場を切り抜けてきた本能が、ここにいたらまずいと訴えかけていた。こういうときのワシの勘はよく当たる。全速力で巨大な奴に向かって、ただひたすら突き進む。こういうときは体力のことなど考えていないのだ。 

滑りこむように、三合首の目の前まで迫っていた。

獅子の目の輝きが失った時に、本体から地面をつたい、雷撃がワシがいた辺りまで走った。ふぅ、危なかったわ。

奴の身体に引っ付けば、大丈夫というわけじゃな。

ワシは、三合首の懐に入った。

好機!

この機会を逃す訳にはいかない。

一気に踏み込んで、気を込めた斧で打ち上げる。


「ぬぅわ!」


どでかい図体が一瞬、宙に浮き、その直後にまた側面部に裂帛の一撃を打ち込んだ。


「キャシヤワアアアン」


三合首が、どの首とも違う声で悲鳴らしきものを上げる。

効いているみたいじゃな。

ワシが攻撃を打ち込んだ部位を見ると、そこから出血しているのが分かる。

今度からはその部位を重点的に狙うぞ。

気の無駄撃ちも出来んからのぅ。

しかし、ワシのその考えもすぐに打ちのめされることになった。

ワシの目の前で、自分のつけた傷があっという間に完治していくのが。

しゅううという音とともに傷がなかったかのように治っていく。

なんという生命力。

あっという間にワシがつけた傷跡は無くなった。

上等じゃ。

ならばその回復量を上回る攻撃を繰り出せばいいだけのこと。

全身に気が、循環しているのが分かる。

ある意味、この間の少年より、強敵じゃ。

大牛の目が光り輝いた。

最後の首の攻撃は……。

ワシは後方に飛び跳ねた。

自分の周囲に対しての氷撃の攻撃。

何もなかった地面から氷が姿を現し、ワシの元々いた場所を氷の刃が串刺しにした。

ワシは攻撃がどう出てくるか予想していたので、難なく避けることが出来た。

これでそれぞれの首の攻撃方法は分かった。

あとは奴の強度を上回る一撃で、回復する前に倒すだけじゃ。

よし、行くか。

竜の目が光り輝いた。

竜巻の攻撃が来る合図。

複数の竜巻が所狭しとこっちに向かってくる。

奴に近づくには……。

この竜巻を突破するしかない。


「おおおおお!」


遠心力を付けて、自分の身体を回転させる。気がワシの体の周りに風の渦を形成してくれる。

複数の竜巻の集結する箇所を轟天でぶち抜く形で、竜巻を突破する。

すると待ち受けているかのように獅子の目が光輝いた。

三合首まで少し距離があるが……。

行くしかない!

地面を気の込めた足で踏み込む。石畳に亀裂が入るほどの力だ。見事に跳躍し、三合首の目の前まで移動する。

おかげで雷撃の攻撃を逃れることが出来た。

ワシは、目の前で三合首を捕らえることがようやく出来たので、激しく睨みつけた。

三合首は焦点があっていないような目でこっちを見ている。

しかし、この時も大牛の目が光輝いたのを、ワシは見逃さなかった。

来る!

ワシは地面に意識を集中していたが、それは

三合首の罠だった。

氷撃は行ってきたが、それは囮で、地面に意識を集中しているワシに対しての本当の狙いは獅子の息だった。

氷撃を空中に跳躍し、避ける。その跳んだところに獅子の息が襲いかかってきた。

轟天で耐える。

うぬ!?

三合首の息を轟天で耐えるが、継続的な攻撃に轟天は弱い。

くっ……。

ワシが、気の使用量を更に増やそうと考えた時じゃった。

三合首の身体が大きく揺さぶられ、獅子の息が止まった。三合首が息が止まった理由はすぐに分かった。

すまなんだ、エヴァ。

三合首の側面部に炎の球弾が降り注ぐ。エヴァが魔法で援護していたのだ。

ワシはこの好機を逃すまいと集中力を高めた。

地面に一度着地し、三合首の巨躯を利用し、空中に跳躍する。

そして、斧の先端にまで溜まりに溜まった気をようやく解放することが出来る。


「断気・滅静」


刃に気を乗せて、気の刃で相手を滅することで、その場に静寂をもたらさん。

巨大な気の刃が三合首を飲み込んでいく。

逃げ場などどこにもない。

骨の髄まで消滅させてしまう。

ワシは着地する。

流石に肩で息をしている。

地面に腰を下ろす。

ふぅ、疲れた。

この技を使う相手は限られる。

強いか、もしくは使わざるを得ない状況下であるかだ。

今回はどちらかというと後者に当てはまる。


「トーブ、大丈夫?」


エヴァが中々立ち上がらないワシを心配してか、こっちに駆け寄ってくる。


「おぉ、エヴァ。さっきの援護助かったわぃ。ありがとう」


ワシは火炎魔弾がなければ、さらに手こずっていたことを説明する。


「でも最後は流石はトーブって感じで決めたわね。あんな魔物を一撃で倒してしまうなんて」


エヴァの言いたいことがいまいち分からないが、まぁ褒めていてくれているってことは分かる。


「ありがとう。だがゆっくりもしておられん。さて先に進むとするかのぅ。ここで少しばかり時間をくってしまったからな」


ワシ達が先に進もうとすると、

カッシャカッシャという無数の音が聞こえてきた。

ワシ達がこれから向かおうとする方向から数えきれない骸骨達が押し寄せてきた。


「むぅ」

「なんなの……この数は」


呆れるくらいの数の骸骨だ。

一体一体ならまだしも数で来られると厄介なことこの上なし。


「エヴァ、魔力は?」


ワシは魔力の残がどのくらいかを聞いた。


「半分はきってる。うまく調整しないと尽きてしまうわ」


そりゃそうじゃ。

あの数を全部相手にするとなるとそうなる。

ならやはり、このワシが活路を開くしかない。

そう言い、地面から立ち上がろうとした時、右足に激痛が走った。

その場にうずくまりそうになるがエヴァが心配すると思うので、踏みとどまる。

攻撃に移る際にどんなときも軸足として、右足が使用されていた。

悲鳴を上げてもおかしくはない。

激痛が走っていることを、エヴァにバレないように、ワシはゆっくりと立ち上がった。


「それじゃ始めるかのぅ」


ワシの目の前には数えきれない骸骨の群れが押し寄せてくる。

気を使用とすると、軸足の右足に激痛が走って、うまいように練れない。

くっ、例え気が練れないとしても。

ワシは斧を構えた。

骸骨の大群が目の前に迫った時だった。

空から黒い影が、骸骨の大群の中に降り立った。


「ガアアアアアア!!」


四足歩行から二足歩行にすぐに様変わりする。

そして骸骨の大群の中枢だというのに暴れまくる。

あっという間に骸骨がやられる。

おぉ、探していたぞ。

骸骨の大群をばったばったと倒していくその姿をワシ達は待ち望んでいた。

その勇姿は忘れたくても忘れられない。

こやつ、おいしいところを!

ようやくここでズーンに出会った。

エヴァもズーンを見て、息を吹き返したのか、魔法にキレが戻った。


「おぉ、ようやく出口じゃ」


ワシは懐かしい遺跡の入口を見た。

「ようやく戻ってこれたのね」

エヴァもぐったりだ。

ズーンの活躍により、最後の骸骨の大群からもうまく逃れることが出来た。

結局、この遺跡の中の作為的なことは分からずじまいだ。いずれにしろ、まだこの遺跡は調べなければならない。





 

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