沈黙の森 ~お化け退治~

武闘大会後、いつもの河原で、ワシはマンダリンを待っていた。

優勝したことについて一言言わねばなるまい。

ザッザッ。

むっ、どうやら今日も来おったわい。

音のする方を振り向くと、そこには大きな丸太を引きずりながら走ってくるマンダリンの姿があった。

音は丸太を地面に擦った音だったようだ。

ワシの隣に来て、マンダリンは止まった。身体からは相変わらず、滝のような汗をかいている。

正直、近くに来られると暑いのじゃが。

どんっとマンダリンが尻もちをついた。少し地面が揺れたような気がした。呼吸を整えようとしているのが分かる。


「ふぅ……」


ようやくマンダリンの呼吸が落ち着いた。

しかし、中々話そうとしない。

川の流れをぼっーと見ている。

仕方がないので、待つことにした。優勝おめでとうはそれからじゃな。


「……実際どうだった?」


マンダリンがぼそりと聞いてきた。


「結果は優勝じゃ。よかったのぅ。修行の成果がでたのではないか」


ワシは思ったことを伝えた。実際にその効果は出ていたのは間違いない。


「そうか、ならいい。自分で戦っていると、周りが見えなくなってな。目の前の相手のことしか、考えられなくなってしまう」


軽くまたマンダリンはため息をついた。

本人的には、優勝はよかったが、成果を満足に出せたかというと、そこは本人的には納得していないということか。

難しいところじゃのう。

そもそも大会一つで全てを出し切るというのが、中々難しいことだ。


「ワシは遠慮がちに見ても、よくやったほうじゃと思うぞ」


優勝という結果が物語っている。


「そうか、ならいい」


マンダリンの顔つきが少し安らいだように見えた。


「少なくとも最後の決勝戦は、この基礎体力のおかげじゃろ? 最後は見たところ、勝敗の境目はそこじゃったはずじゃ。お主も分からんでもあるまいて。少しは感じたはずじゃ。違うか?」


ワシは何気なしに聞いた。


「あぁ、流石に俺でも分かったよ。対戦者が息を切らしていた。俺はその時にまだ軽く肩で息をしていた程度だ。そこがお前の言うとおり、境目ってことだと思う」


思い出すようにマンダリンは答えた。

こういって冷静に自分の戦闘を、思い返すのは非常に大切なことだ。


「自分でもそこが分かったようじゃから、今回の大会はお主に取って収穫があったということじゃ。よかったのぅ」


本当にヴァンに教えてきたことをそのまま、同じく通ってきているようじゃ。

ワシは思わず、軽く微笑んでしまった。


「何かおかしなことでも言ったか?」


マンダリンがワシの顔を見て言った。


「いやなんでもないわ。ちと昔のことを思い出しただけじゃ」


ワシはそう言うと、河原に仰向けになって寝転んだ。

川を経由して、運ばれてくる風は涼しくて、気持ちがいい。


「おかしな奴だな。まだ俺と同じくらいしか生きていないだろうに」


マンダリンもそう言い、河原に横になった。


「今日くらいは休んだほうが良い。休息も修行の一部だぞ」


ワシは生真面目な弟子に声を掛ける。


「あぁ、分かった。今日はこのくらいにしておく。流石に、俺も疲れた」


マンダリンはそう言い、少しすると寝息を立てて、河原で寝始めた。

やれやれ、どこでも寝れる奴がここにもおったか。

ワシは思い、マンダリンをそのままにして、帰宅の途に着いた。

着実に実力を身につけてきているこの若者がうらやましかった。




 帰宅すると、ワシを迎えるように、小鳥のさえずりが聞こえた。

今日も、どうやらいい天気のようじゃ。

両親に朝の挨拶をして、自室まで戻り、ワシは早速、精神統一を始めた。

雑念を一切捨て、心を無にして、心を空っぽにする。

丸い何も入っていない容器を連想し、静かに水を垂らしていく感じ。

容器はワシ自身の身体であり、水はソーマである。

これを、頭の中で連想させながら、ワシは毎朝、精神統一を行う。

まぁ、この最中に半分以上の確立で乱入者が来る。

それも可愛い可愛い、免れざる乱入者だ。

どすどすと階段を駆け抜けるように上がってきて、ワシの部屋の戸を勢いよく、開ける。

かつてのワシは、この段階で集中出来ず、精神統一は途中で流れていたが、今では慣れたもので、この戸を開けるまで、精神統一ができるようになった。自慢ではないが、慣れとは、恐ろしいものじゃと思う。


「おはよーう、トーブ。あら、今日も精神統一やってるわね。毎日毎日、同じことをやって、飽きたりしないの? あっ、そうそう面白い話があるんだけど」


あっちに行ったり来たりと、エヴァは相変わらず、忙しない。


「一体どうしたというんじゃ?」


ワシは精神統一に集中しながら聞いた。


「うん、よくぞ聞いてくれました。どうやら出るみたいなのよ」


エヴァがわざと声をすぼめながら言った。

表情はとてもうれしそうだ。


「出るとは一体何がじゃ?」


あらかたの予想はできたが、ワシは聞いてみる。


「出るっていったら、もうあれしかないじゃない」


エヴァが、両手を垂れた葉のようにして、不気味な表情を作った。

どうやらそれを見せて、ワシに何かしら反応をして欲しいようだ。中々、手厳しいのぅ。


心霊スピリット系の類か。そりゃ、魔物じゃからな。どこかにはいるじゃろ」


あっさりと流す。


「何よ、まじめに普通に答えてつまんなーい。もっとノリよく、答えなさいよね、もう」


そう言い、エヴァは頬を大きく、膨らませた。


「すまんな。気が利かなくてのぅ。それで、そのお化けがどうしたというのじゃ?」


とりあえず、最後まで聞いてみることにする。


「森の中でいて、最近やたらと発見されてるみたい。急に数が増えるって変じゃない」


エヴァが早口で答える。

確かに数が急に増えるのは、妙じゃな。

心霊系であれば、惹かれあうという習性があるのは事実じゃが、そこまで一般的に発見されているとなると、何か他に理由があるのかもしれんが……。

ふーむ。

顎に手をやり、ワシは考える。

明確な理由は出てこない。心霊系が惹かれ合っているのか、もしくはその心霊系を引き寄せる存在や道具があるのか、その心霊系を直接、何者かが召喚しているということも考えられる。これは思った以上に厄介な面倒事のようじゃ。

お化け見たさの興味本意で、首を突っ込むのはよくないとワシは思ったが、目の前の紅色の瞳と髪をした乙女は、ワシのそんな心配なぞ、露知らず。もうそのお化けを探しにいこうと言わんばかりに光を輝かせている。

これは……。

ワシはこうなると、エヴァを止めることは誰も出来ないことを知っている。

それに心霊系が相手だと打撃が通じなくなる。

こちらとしては、半分の技が通じなくなるということだ。

まぁ、気を乗せた一撃は、万物に通じるから

問題ないのじゃが。

かつて無数の死霊装兵に襲われ、操っている元凶を見つけるまで、かなり骨を折ったことを思い出した。

無敵な上に数が多いのだ。今回もそうならなきゃよいのじゃが。

まぁ、そんな事態になる前にすぐに止めるがのぅ。


「トーブ!」


エヴァがいよいよ口に出そうとする。

何を言われようと驚くことはない。


「なんじゃ、エヴァ」


返事を仕返す。


「お化け退治よ! 私達がこの森の平和を守るの!」


エヴァの頭のなかには、どんなことが描かれているのであろうか。

心霊達を退治した自分たちの勇姿だろうか。

それとも、心霊たちを物ともせずに、倒している自分であろうか。

何にせよ、自分のいいところしか考えられていない。

自分が危険な目に会ったり、危機に陥ったり、そういうことは一切考えていない。

この間、危険な目にあって、肝に命じたはず、なんだがのぅ。

横目で見るが、そんな感じなぞ、お首にも出ていない。

まぁ、前のワシらのために何かして、調子が出ず、あたふたしているエヴァも悪くはないが、やはりこう何かに向かってキラキラと輝き、それまで突き進もうとしているエヴァがやはりいちばんエヴァらしいとワシは思う。


「聞いてる? トーブ」


エヴァがワシに聞いてきた。


「もちろんじゃ。じゃが、行くには準備が必要じゃぞ。最低限、自分の身は自分で守ってもらわなければな」


最終的には承諾するが、言い出しっぺのエヴァが、守られるのが前提では格好も付かないし、お話しにもならん。


「一体どうすればいいの?」


少し身構えながらも、エヴァは聞いてくる。


「しれたこと。得意の魔法で魔物を一網打尽にするくらいにはなってくれないとのぅ。言い出しっぺとしては、恥ずかしいのぅ」


ワシは、敢えて少し厳しめに言った。

一網打尽は少し言い過ぎたかもしれんが、一対一では勝って貰わぬと困る。


「わ、分かったわよ。私の魔法でばばっと倒しちゃうんだから!」


少し、むっとした表情でエヴァはワシに向かって言い放った。エヴァが裏で隠れて魔法の練習をしているのは知っている。

だから、今回のこの経験でさらに成長してほしいというワシからの期待を込めての突破してほしい項目だ。


「期待しておるよ、エヴァ」


ワシはエヴァの精一杯の強がりをこくりこくりと聞きながら、微笑んだ。




数日が経過した。ワシは、日々のマンダリンとの修行ついでに、エヴァの言っていたことを休憩がてら話した。


「ふぅ……相変わらず、面白いお嬢ちゃんだな」


呼吸を整えながら、マンダリンは答えた。


「うむ、好奇心の固まりみたいなものじゃからな。まぁ、そこがあの娘のいいところでもある。でどうする?」


ワシは、マンダリンが今回のお化け退治に参加するかの有無を聞く。


「そうだな。打撃の通じない相手か。どうするか……」


少し考えこむマンダリン。

確かに打撃が主になるマンダリンでは、表立った活躍が出来ないかもしれない。

悩めるマンダリンよ、どうする。


「俺も行っていいか。俺の拳が通じなくても出来ることはあるはずだ。それに通じない敵ってのと戦ってみたい」


マンダリンは拳を強く握りしめた。ワシの何倍もでかい拳が、ぎりぎりと握られていく。


「よかろう、ならエヴァにそう伝えておこうかの」

「すまん、世話をかけるな。あとニハト達もいいか? あいつらには色んな経験をさせてやりたい」


マンダリンが聞いてくる。


「まぁ、いいじゃろう。伝えておくよ。詳しいことは分かり次第伝える」


という経緯もあり、マンダリン達も参加することになった。


当日、天候もよく、いいお化け退治日になった。

エヴァ隊長の方針で、夜になると暗くて、足場も悪くなるので、日中にとり行われることになった。

場所は、このシルトの街の南口から出て、森の中に入ったところだ。そこから森のなかに

進んでいくと、よく見かけられるらしい。


「木こりの方から目撃談だから間違いないわ。それに複数件目撃例もあるし。あと街道からも目撃例があるみたい。歩いていて、森の中をたまたま見ていたら見えたみたい」


わざと大声を出しているのか、分からないが森に入ってからのエヴァの声がいつもにも増して、でかい。

お化けが怖いからという理由なのかどうか分からないが、見ていて少し滑稽だ。


「ルゥ。心霊スピリット系との戦闘経験は?」


ワシは念のため、聞いておく。彼女がなければ、あるのはワシだけということになる。


「ないです。魔法が通じるということは分かりますが、それ以外は分かりません」


ルゥが申し訳なさそうに、答えた。


「んっ、気にするでない。中々相まみえる機会のない相手じゃからのぅ」


なるほど。ワシ以外は皆が初めてということか。

まぁ、心霊系は一体、一体は大した強さではないから、気をつけて戦えば、さほど問題はないか。

戦闘のエヴァが光蟲を閉じ込めた容器を持ちながら、森の中を進む。足取りは思ったより、軽い。

お化けを怖がってゆっくり歩いていたはずだが。

恐怖心に打ち勝つのも、とても大切なことだ。

それを行ったのが隊長なら、団員の士気が上がる。


「!?」


にしてもエヴァよ。少し歩くのが早くないか。流石のワシも、付いて行くのが精一杯じゃわい。

明らかに歩く速度が早過ぎる。


「エヴァ、少し早くないか。歩くのが」


ワシは遂に声に出して言った。エヴァの足がすると止まった。

皆の足も自然と止まる。

エヴァがこっちを向いた。

額からは汗が出ている。

妙だ。

この森の中の気温は、少し肌寒いくらいだし、

たかだか早足くらいで、そんなに汗はかかない。

ワシは胸騒ぎを感じて、エヴァに近づいていった。いつでもどんな状況に陥っても、対応できるくらいに気を瞬時に発動出来るようにする。他の、皆もエヴァの方をじっと見ている。


「トーブ…みんな…ごめん。さ、さっきから足が止まらないの。今は止まってるんだけど。自分の意志で歩けな…い!」


突然、エヴァが前に早足で歩き始めた。

そう来たか!

じゃが!

ワシは気を発動し、高速でエヴァの前に回りこんだ。


「連れてはいかせんぞ」


ワシは構える。そんなワシの動きを見て、エヴァの動きが止まった。


「ふんっ!!」


すぐにエヴァにソーマ入りの当身を入れた。

そしてエヴァを抱えると、エヴァの口から、何かが出てきた。

言葉で言うならば、寒い日に息を吐くと出てくる白い靄が出るが、あれに酷似している。

異なる点を挙げるとすれば、その白い靄には、明確なこちらに対する悪意があるということ。

ワシは、すぐにエヴァをルゥ達に任し、エヴァの口から出てきた心霊スピリットに、背中に背負っている斧による、気の振り下ろしの一撃を実行した。

人が絶望し、嘆いたような顔をした心霊は、ワシの一撃により、消滅した。

すぐにエヴァのところに駆け寄り、無事を確かめる。


「大丈夫か? 大丈夫か? エヴァ」


声がけをする。

ワシはおかしいなという時点で、止めていれば。

いや、森に入った時点で、何かしら対策を講じておくべきだった。


「騒ぎ過ぎよ、みんな。意識まで乗っ取られそうになったけど、そこだけは、何とか阻止できた。みんな、意識を強く持って、取り憑いてきても、強い意志さえ持っていれば抗うことが出来る。大丈夫、私にもできたんだから、みんな出来るわ」


エヴァはそう言うと、立ち上がった。どうやら怪我は特に無さそうだ。


「エヴァよ、無理せず、休みながら行くぞ」


エヴァの身を案じながらワシは言った。


「冗談でしょ。私がやられっぱなしで終わると思うの!」

「じゃが…」

「大丈夫よ、トーブ。私だって、何もしないで今日を迎えたわけじゃない。だから平気!」


真っ赤な闘志を宿した瞳が、ワシを捉えている。


「ふぅ……分かった。なら思い通りにするがいい。その変わり、また似たような状況になったら、その時は、そこで終わりじゃ。よいな?」


ワシは念を押して聞いた。


「分かった。けどそうはならないから。任せておいて」


いつも通りのエヴァに徐々に戻り始める。


「ニハト君、トッド君、ピクルム君には、周囲の確認をお願いします」


エヴァが三人に重要な任務を与えた。

これで、ただで取り憑かれるような真似はなくなると思う。

三人がきちんと返事を返してくれた。

マンダリンは現状、全体の状況把握をしている。三人は自分の友人なため、連携が取りやすい。

またワシは、先頭で、エヴァの手伝いをしている。

ワシの目が黒いうちは、ここにいる全員には、指一本触れさせやしない。





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