沈黙の森2 ~エヴァの勇躍~
森をさらに奥に進む。
周囲からの入り込んでくる日光の量も大部、木々により遮られてしまっている。
その中でも、この光蟲だけの光が、綺麗に輝いている。逆にそれが、不気味じゃが。音も何故か聞こえてこない。小鳥のさえずりや、動物の声など、森の声が耳から入ってこないのだ。
「右から来るぞ!」
ニハトの声が聞こえた。叫びと言った方が正しいかもしれない。
必死に敵の所在を教えている。
「御心のまま、全ての理を断ち、我が前に力を示せ!」
ルゥが詠唱を行う。独特の詠唱呪文だが、誰も、そんなことに突っ込みをいれる者などいない。
いやそんな余裕がないのじゃ。
「はっ!」
ルゥが放った無色透明な光球は、
「すげ……」
ニハトが思わず、その爆発した方向を向いてつぶやいた。
確かに魔法を使用しないオーク族からしたら、驚く対象になるものだ。
「左から来るぞ。ニハト、自分の持ち場から目を離すな」
野太い声でマンダリンが、全体に情報を提供する。ルゥがまた
「すまねぇ、兄貴」
ニハトはすぐに持ち場に戻り、気を引き締めなおした。
ふむ、いい感じじゃな。
この緊張感が、皆をうまく引き締めておるわ。ワシも久々のこの独特の空気感を、身体全体で味わっている。
「正面から来るわ! 数は二体」
隣でエヴァが叫んだ。
二体か、造作もないわ。
「ワシに任せぃ!」
軽く前方に跳躍し、両手の先に集めていた
斧を自分の拳の延長線上だと想像するようにして。
いざ!
斧を両手で持ち、横に薙ぎ払う。
心霊が、横並びに並んでいるので、横払いの一撃の選択を選ぶ。
何もそこになかったかのように、気を含んだ斧の一撃は心霊達を消滅させていく。
微かにだが心霊の呻いた声が、ワシの耳に届いたような気がする。
すぐにエヴァの真横にワシは下がる。元の位置に戻り、陣形を崩さないようにしなくてはならない。
大部、この心霊の攻撃に皆が慣れて、この暗闇にも目が、慣れてきた時だった。
「おかしいわね。もう終わりなのかしら?」
エヴァが誰にでもなく、皆に声が聞こえるように話す。
「油断するな。こやつらは神出鬼没じゃ。どこから来るか。分からんからのぅ」
ワシは全員に注意を喚起する。
変に慣れてしまい、緊張感が緩んだときに、失敗をするものだ。
むっ!?
暗闇の中で何かが動いた。
皆の顔が一瞬にして、こわばり、引き締まる。
足音が聞こえる。
足音?
心霊ではないのか!?
ワシがそんなことを考えているときに、足音の主は姿を現した。
「うーーーああああ」
声にもならない声で、のさりのさりとこちらに向かってくる。
「こやつらは集団で襲ってくる。近くにも複数体いると考えておいた方がよいぞ」
ワシは周囲を見回すが、まだ他の腐乱死体の姿は見えない。
「マンダリン、よかったのぅ。出番じゃぞ!」
ワシはマンダリンに戦うように促した。
「あれは、なんとなく打撃が通用しそうだな」
ワシの隣にマンダリンが来る。
「あぁ、通じるぞ。じゃが力が少しばかり強くてのぅ」
昔を思い出していた。腐乱死体の力は想像以上に強い。
その握力は、人間のそれをはるかに超えているはずだ。
「面白い。力比べだ。俺と」
マンダリンが心強い台詞と共に、前方にいる腐乱死体に突っ込んだ。
中々の勢いだ。
意気込みは十分。
あとは。
両手を、腐乱死体の手に重ねるように差し出す。
有言通りに力比べか、若いのぅ。
ワシは、口元に笑みを浮かべてしまった。
「ぷおおおおおおおおおんしゅ!」
マンダリンの咆哮が、静かな森に木霊した。対する腐乱死体は、うんともすんともしない。
「あああーーーーーううう」
さっきと同じような声で呻いているだけだ。
しかし、そんな対照的な二人も力は互角なようじゃ。
ぷるぷると双方とも二の腕を振るわせている。あの二の腕同士に、どれほどの力が込められて、ぶつかっているかワシでも想像できない。
「兄貴があんな腐った奴に……」
トッドが情けない声を出した。
「馬鹿野郎、トッド。兄貴はまだ本気を出してないんだよ。じゃなければあんなふにゃふにゃした奴には負けやしねぇ!」
ニハトが答える。
「でも、あの体系差でマンダリンさんと互角って凄いですね。凄い力だ……」
その状況の感想をピクルムは言った。
「てめぇ、ピクルム。兄貴を黙って応援しろよ」
ニハトがピクルムに食って掛かる。
やれやれこっちは緊張感ないのぅ。
マンダリンと腐乱死体の硬直は未だに続いていた。
片方が押し込めることも、出来ない。見事に力と力が拮抗している。
その時だった。
腐乱死体の身体が急に動いた。
腕はそのままでマンダリンの顔面目掛けて、頭突きを放ったのだ。
その速度は中々の速度だった。
体格差はあったが前のめりになっていたので、ちょうどマンダリンの顔面がそこにあった。
マンダリンはその頭突きを喰らい、片膝を地面に付いてしまった。身体の均衡も崩れてしまっている。
「あぁ……見ちゃられないよ! ニハト!」
トッドが両手で顔を覆い隠した。
「馬鹿野郎がぁ、兄貴はあのくらいでやられるはずがねぇだろうが」
ニハトは台詞とは裏腹に口は空きっぱなしで、顔が引きつっている。
マンダリン。手痛い一撃をもらったぞ。
どうする?
「ぷああああああ!」
マンダリンが吠えた。
地面に咆哮音が反響する。
片膝を付いていた状態から立ち上がり、腐乱死体と握り合っている拳に力がさらに入ったようだ。
鈍い多数の音がした。
腐乱死体の両手の指がおかしな方向に曲がっていた。
力勝負はマンダリンの勝利じゃな。
その腐乱死体に渾身の
腐乱死体は、地面をごろごろと転がっていき、うーうーと唸っている。
「首じゃ。首を胴体から切り離してやらないと、一生こっちに向かってくることになるぞ」
ワシの言葉に、マンダリンはうなずくでもなく、返事をするわけでもなく、地面でのたうち回っている腐乱死体の元までいき、首に太い二の腕を当て、一気に力を込めて、捻った。そして、それから首を胴体から引きちぎった。
始めは胴体は、首を求めて、地面をばたばたしていたが、次第にぴくりとも動かなくなった。
「……これでいいか?」
マンダリンが聞いてくる。
確認すると、顔面にもらった頭突きの傷もたいしたことはなさそうじゃ。
「問題ないぞ。一発喰らってしまったな? 大丈夫か?」
本人にも、直接聞いて確認する。
「たいしたことはない。だがこいつらとは、力比べをする必要もないな。とろいから、すぐに胴体と首を離せば、問題なく簡単に倒せる」
マンダリンは静かにつぶやく。
息一つ乱れていない。
ふっ、よい傾向ではないか。
「まぁということじゃから、接近部隊はマンダリンを軸として、胴体と首を切り離して倒す。魔法の二人はどうする?」
ワシは、それぞれの得意魔法や戦闘形式があるのでエヴァとルゥに聞いてみる。
「私は燃やし尽くすわ。跡形もなく。それが炎魔法だもの」
エヴァが即答する。
確かに炎魔法であれば、死体ごと燃やしてしまうのが一番楽なのは間違いない。
「ルゥはどうする?」
無属性魔法は炎のように燃やすことは出来ない。
「無属性魔法は衝撃波なので、燃やして跡形も無くしたりは出来ないけど、顔だけを直接、狙って消滅させることができたらと思うの」
ルゥはそうは答えるが、動く相手にそれを行うのは、かなりの実力を備えていないと無理な話で、その上集中力を要する。
「出来るのか?」
ワシの問いかけに、
「試させて、お願い」
芯の強い返答が、ルゥの口から返ってきた。
「分かった、じゃが無理はするなよ」
とりあえずやらしてみて、いけるならそれで、無理そうなら考えればよい。
まずはそれからじゃ。
さて、そろそろ来る頃かと思うが。
ぴしゃり、ぴしゃり。
地べたを裸足で歩く、無数の影。
この足音じゃ、そこそこの数はいるようじゃな。
にしても何故こんな森の中にこんなにも心霊や腐乱死体が多数存在しておるのじゃ。
そこが疑問じゃ。
そしているのに何か理由があるのだとすると、その理由が気になるし、胸騒ぎがする。
ばりばり。
「なんじゃ……?」
ワシがその音に気が付かずにいると、
「あわわわ……食べてる。お、おいらはそんな死体より、焼き芋が食べたいよー」
泣き顔になりながらトッドは、叫んだ。
「何、な、泣きべそかいてやがる。今から、あ、あいつとやり合うんだ。そ、そんな弱腰でどうする!?」
ニハトがトッドに、しっかりしろと鼓舞するが、当の本人もビビっているせいか、声が裏返っており、足が震えている。
ピクルムに至っては、口に手を当てて、唖然としている。
まぁ、無理もないか。
こいつらは初めて見ると、夢に出てくるくらい衝撃的だったのを、ワシは覚えている。
女性陣はどうだ。ワシは二人を見る。二人とも唖然とはしているが、男性陣ほどではない。
マンダリンも平気だとしても、いきなり士気をくじかれたなぁ。
仕方ないか。
こうなりゃワシが一気に数体倒して、無理やり士気を上げるとしようかのぅ。
ワシは、目の前で行われている晩餐会をぶち壊しに向かおうとする。
「むっ!?」
ワシが行こうとする時だった。暗闇の中に、何かが輝いたかと思うと、それは紅々と輝きを魅せた。
「
エヴァが魔法の名前をつぶやいた。
無数の球状の火炎の弾が相手に降り注ぐ技だ。
修行はしてきたみたいじゃな。
「一気に全部灰にしてやるわ!」
エヴァが無数の弾を投げるような素振りをすると、炎の弾は速度を上げながら、腐乱死体の集まっている周辺に飛んでいき、一気にうなりを上げて、腐乱死体達に落ちていった。炎の弾が身体に触れると、あっという間に火が、自分の身体に広がっていく。
「あーーーーーあぁあ」
腐乱死体達が断末魔の悲鳴を上げて、燃え尽きていく。
自分が燃えていることに、気が付かず、燃えていくもの。
何とか消そうと頑張ってみるが、周囲も燃えているので、逃げきれず、燃えていくもの。
腐乱死体でありながら、色々な動作をするんだなと見ていて、ワシは少し感じるものがあった。
死体に群がる腐乱死体はあっという間に消えていった。残ったのは誰とも分からない黒いすすだけだ。
「見事」
ワシはエヴァに一言掛けた。
エヴァは、少し肩でさっきまで息をしていたが今はもう、落ち着いている。
上出来じゃ。
ここまで出来るようになるとは、ワシの予想を超えていた。
またさらに、まだ体力を残しているところから、かなり自主的に鍛えたのでないかと思う。
「やったな、お嬢ちゃん」
珍しく、マンダリンが声を掛けてくれた。
マンダリンが声を掛けてくれたのに、ワシは驚いた。またワシ同様に、エヴァも驚いていた。
「ありがとう」
エヴァがすぐに切り替えて、マンダリンに礼を言った。
「なあに、いいってことよ。うちのこいつらにも少しは見習って欲しいくらいだ」
マンダリンは自分の後ろにいる三人を振り向いて言った。
三人共ビビって、見事なまでに固まっている。マンダリンが嘆くのも無理は無いかもしれない。
確かにのぅ。大の男三人がビビって固まっているのは、中々情けない話じゃ。
「お前ら、起きろ!」
マンダリンが皆に気合を入れなおしていく。
呆けてるみんなに意識が戻ってくる。
「ようやくきちんと目覚めたようじゃのう」
ワシは三人を見て言った。
ニハトはまだいいのだが、トッドとピクルムに至っては絶句の状態のままだった。
「ルゥは大丈夫そうか?」
ワシは最後にルゥに聞いていた。
「大丈夫。少しびっくりしたけど。動物も共食いはするけど、人型だと、やっぱ違うよね」
ルゥは答えてから、静かに瞳を閉じた。
何かをどうやら考えているようだ。
「あーーーーああああぶううう」
まだ周囲からは、腐乱死体の声が聞こえる。
これじゃきりがないわ。一気にここを通り過ぎないと、じりじりと皆の顔に疲労が溜まってくる。
さて、ここを突破しないかぎり、次へは行くことはできない。ワシは皆に前進するように言った。
それにしてもなんていう数なんじゃ。
流石に呆れてくる。ここまで多いともはや、猫の手も借りたいくらいじゃ。
一体一体倒していたら、時間がかかりすぎる。
「トーブどうするの?」
エヴァが聞いてきた。
そうじゃな。
腐乱死体がこんなにもいるとは、ワシはさすがに野生種でここまで、こちらの進行経路を邪魔するのはいないと判断した。
誰かが俺等の邪魔をしようとしている。
いったい誰がじゃ。
この先に近づいてほしくない何かがある。
気にはなるが、危険度は増す。
邪魔する手もますます激しくなっていくだろう。
ならば諦めて戻る。
戻るならばどうであろうか。
無事、戻れればそれでいいが。敵の追撃がこないとも限らない。
逃げながら、仲間を守るという行為は非常に難易度が高い。
それにワシ達は子供だ。
子供の歩幅は大人に比べて小さい。
その分、歩くのに歩数も必要で時間がかかる。
「ここから先に進んだら、あとは目的地に着くまで、後戻りは出来ない。その分、危険度はどかんと増す。ワシ一人ならまだしもマンダリン達もいるので、全員は守り切ることは中々難しい。守っての闘いはこの人数じゃと不可能に近い。エヴァ、隊長はお主じゃ決めなさい」
ワシは敢えて答えをエヴァに委ねた。
ワシの問いかけにエヴァは少し考えてから、静かに答えた。
「此処から先は危険。なら行けないわ。私のわがままのせいで皆を危ない目に合わせられないもん。それに……ううん、なんでもない」
エヴァがそう言い、戻ることを決めた。
「みんな、これ以上進むのは危険と判断したため、退きます。またさらに実力を付けてから挑戦しましょう」
エヴァがみんなの顔を見る。
エヴァの選択した答えに、マンダリンは少し不服そうにしていたが、他のみんなは納得の表情をしている。
「マンダリンさんを先頭に速やかに、撤退します。最後尾はトーブ任せたわよ」
そういうとエヴァも来た道を戻り始めた。ワシは腐乱死体の首を、胴体から落としながら、ゆっくりと下がり始める。
最後尾として、殿として、きちんと責務を果たさないといけない。
腐乱死体からの攻撃を捌いてから、エヴァとの距離を詰める。
これを基本繰り返す。
これで異変が起きたら、その場の臨機応変な対応が求められる。
マンダリンも先頭としての責務を、果たしているであろうか。
おそらくマンダリンとしては、このくらいの魔物が強さ的にちょうどよかったかもしれない。
本人もそう感じたはずだ。自分の技が通用するであろうし、別に危機的状況に自分が、陥ったわけでもない。
すこしばかり相性もあったとは思うが、十二分にやれていた。ワシと二人で来れば、もっと先に進めたはずじゃ。
まぁ、そこはまた朝に河原で話せばよかろう。
他にルゥの無属性魔法か。中々の威力を秘めていたな。
まぁ、最後はエヴァの火炎魔弾だ。あれは見事なものじゃった。
この間から、エヴァは良い方に予想を裏切ってくれる。
火炎魔弾を使用できるということは、初級の火炎魔法はほぼ出来るということだ。
努力と練習をしないと習得できない。
きちんと結果に出していることは素晴らしいことだ。
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