さらわれた幼なじみ ~救出編~

ワシは町の中心部へと向かった。向かう途中、自警団や見回りをする大人達に出会い、注意を受ける。

大変ありがたいことじゃが今のワシにとってはどうでもいいことじゃ。

そして、また昨日の例の河川敷でマンダリン達を見かけた。

一、二、三……

一人足らない。

どうやらピクルムがいないようだ。

しかし、たまたまいないというだけかもしれないということもあり、ワシは彼らに近づいていった。


「兄貴」


ニハトが、マンダリンに指示を求めているようだ。


「兄貴」


何回目であろうか。ようやくマンダリンが重い口を開く。流石に何度も呼ばれるのは、マンダリン的にも困ったようだ。


「お前ら、少し落ち着け」

「落ち着けって!? ピクルムがいなくなったんだ…落ち着いていられるか」

「兄貴。ピクルムは今頃助けを求めてるのかもしれないしさ……」


ニハトに続いてトッドの情けないながらも、野太い声が河川敷に響いた。


「親父たちが必死に捜索をやってるし、街の自警団にも動いてもらってい

る。俺たちに何が出来る……」


マンダリンは二人に説明する。確かに彼の言う通りなのかもしれない。たかだか十歳のオ

ーク族の子どもに何が出来るかと聞かれたら、出来ることの方が少ないはずだ。


「だが……俺はこのまま何もせずに待っているのは嫌だ……。こうしているうちにピクルムは……」

「ピクルムを助けに行こう、兄貴」


二人からの指摘にマンダリンは、ただただうなずく。本当は一番にピクルムを助けに行きたいのは、マンダリン自身のように見える。


「ふぅ……」


長い沈黙が終わり、マンダリンは軽くため息を吐いた。そして開眼してから、少し何か考えたかと思うと、


「……お前ら、行くぞ。ピクルムを探しだすまで俺は帰らん」

「おぉ、流石兄貴」

「はいっ、待ってましたぁ」


それだけで彼らには十分だった。マンダリンの双眼に力強い闘魂が宿る。彼らを止められるのはそういないだろう。河川敷を後にして彼らも町の中心へと吸い込まれていった。


ピクルムもさらわれたのか。となるとこれは急がねばなるまい。同じところで同じ犯行を行うのは考えにくい。ならばそろそろ人さらいも移動を始めるかもしれない。ワシは逸る気持ちを抑えて、マンダリン達の後を追い、町に向かった。




ここはどこ?

意識が覚醒すると私は地面にニの足を付いていなかった。

抱えられている。

そう、気がつくのに時間はあまりかからなかった。

覚醒していく意識で自分を抱えている人物を見る。

黒い服のこの人は!

しゃべろうとするが口に何か貼りものをされているのか、話すことが出来ない。

また全身を縄で縛られているので動けない。

町の外れで見かけた。そう、ピクルムをさらっている時に。その直後に私も意識が途切れてそれから……。


「おいおい、その女どうしたんだぁ?」


黒い服の男の一人が言った。


「あぁ、昨日仕事しているときにさぁ、見られちまって。ついでに連れてきちまった。肌もまだまだ柔いし、いいだろう」


抱えている男が私の二の腕の肌を触る。

触らないで。

しかし拘束されているため、抵抗することも出来ない。


「おいおい、売物だからそんなにベタベタ触るな。売れなくなるだろうが」

「わかってるさ」


男達の話してる内容から、この男達が人さらいなんだと私は直感した。

周囲を見渡すが、古い倉庫みたいなところみたい。

他には……あっ。私の視線の先には昨日会ったオーク族のピクルムがいた。どうやら気を失っているみたいだ。

またピクルムの隣にもさらわれたであろう様々な種族の人達がいた。気を失っているもの、泣いているもの様々である。

何とかここから脱出するか、ここがどこか外部に教える手段があれば。


「さてお嬢ちゃん。また眠ってもらうかな。俺たちは最後の仕事があるんでね」


何かを私はかがされた。すると気持ちが良くなり、次第に私に激しい睡魔が訪れてきた。

ごめん、トウブ。いつも心配かけて。

うすれゆく意識の中で私の脳裏に浮かんだのは頼れる幼なじみのトウブ・ファンクルであった。


「ええい、どこにおるのじゃ」


歯噛みしながら、ワシは街中を探す。区分毎に探してきているので時間はかかるが確実だ。しかしエヴァは未だに見つからずにいた。


「トウブ君っ!!」


聞き覚えのある声がワシを呼んだ。ルゥだ。どうしてここに?


「早く来て!!」


ルゥのただならぬ表情と切迫した声に、ワシは返事をすることも忘れて、彼女の後を付いていった。ルゥがワシを案内して連れて行った場所は、シルトの町の西側にある倉庫だった。崩壊しそうなここを根城にするという考えはワシにとって盲点だった。


「は、早く行かないとマンダリン君達が」


ルゥの口からマンダリンの名前が出る。マンダリン達があの中にいるのか。


「あそこ!!」


ルゥが指差したのは、半開きになっている扉がある、一番奥の灰色をした古びた倉庫だった。

ええい、ままよ。ワシは躊躇ちゅうちょすることなく、中に入った。中は薄暗く、とても静かだ。ワシはさっきとは打って変わって慎重に歩き始める。


「!?」


何じゃ? ワシは足元にある何かにぶつかった。柔らかい肉の塊だ。


「……てぇ、おい、いったい誰だ。ぶつかりやがって?」


どこかで聞いたことのある太い声だ。


「マンダリン…… !!」


ワシは思わず、声を出して彼の名前を呼び捨てで呼んでいた。地面に仰向けに倒れている。身体には擦り傷や切り傷があり、血が流れている。


「おまえは……それよりお前ら大丈夫か?」


マンダリンはゆっくりと起き上がり、叫んだ。おそらく仲間の安否を確かめている。そうだ、マンダリンの他にニハトとトッドもいたはずじゃ。


「だ、大丈夫だぜ……」

「いたいよぉ……兄貴ぃ」


ニハトに続けてトッドが情けない声を続々と上げた。


「よし、まだそれだけ話せるなら大丈夫だな」


マンダリンの表情から、安心感が見て取れる。

2人を本当に大切に思っているんじゃな。


「まぁ数的には二人足らない三対五だった。いけると思ったんだが、相手に武器があることは考えてなかったぜ。それから……おじょうちゃん」


マンダリンはルゥを見ていった。


「なんですか?」


少しおびえ気味にルゥは聞き返す。


「自警団はまだか? わざと来やすい様に大きな声や音を上げて戦ったんだが、それと」


マンダリンがある場所を見る。そこには人間族の漆黒の外套を着た男が、倒れていた。

まさか人さらいの一人か。

他に倉庫の地面には、マンダリン軍団と人さらい一味の戦い傷跡、血液のあとが残っている。


「さっきのは私の幻影魔法の一つで、自警団が来たように見せただけなんです」


しょんぼりとした表情でルゥが、マンダリンに言った。

幻影魔法とは凄いな。

ワシはルゥを見て驚いた。ワシと年も変わらぬのに、そんな魔法を使用できるとは。普段がおとなしい彼女なだけに驚いた。


「そうなのか、まぁいい。それよりこいつを起こしてアジトの場所を吐かせる。そこにピクルムがいるはずだ。ついでに……赤毛のおじょうちゃんもな」


ワシのほうを見てマンダリンはわざとらしく言った。


「吐かせるには、どうしたらいいんだ。殴ればいいか。それとも他に何か方法はあるか?」


マンダリンはぺっと血液混じりの唾を地面に吐いて言った。傷は他の二人とは異なり、大したことはないらしい。


「尋問の役目、ワシに任せてくれまいか?」


ワシは自ら尋問いや拷問の役を買って出た。拷問なら以前にやったことがあるからだ。


「出来るのか、お前に? いいだろう、お手並み拝見といくかぁ」


マンダリンはそう言うと地面に倒れている男を抱きかかえた。そしてワシに簡単に渡してくる。マンダリンが持つと軽く見えたのだが、実際に男を抱えるとそれなりの重さだ。ワシは柱まで引っ張って持っていき、近くにあった縄を使い、奴を縛り上げた。さて拷問の準備は出来た。

まずは……爪から剥がす。


「待ってください」


ワシの尋問がこれから行われる寸前、ルゥが奥から此方に向かって歩いてくる。その瞳は、何かを決意をしたかのように静かに燃えているかのようだ。


「どうした?」


ワシがルゥに聞いてみる。


「私の幻影魔法で、彼の口から彼らの本拠地の在り処を聞き出します」


今までに見たことのない視線でルゥは言った。凄まじい集中力だ。

ルゥが男の前に行き、男の額を手の平で覆うように掴んだ。そしてなにやら聞きなれない詠唱呪文を唱える。すると少ししてからルゥの掌が光りだした。

その時、男に変化が生じた。にっこりと微笑んでいる。どういうことだろうか。


「オーク族のガキは労働力……まさかフォルセルくだりで、リリス族が手に入るなんて運がいいぜ……あはは」


何かを思い出すかのように、男はぶつぶつとつぶやいている。そしてやがて、


「シルト南西にある旧伐採……」


男はそういうとかっと目を開けて、覚醒しだした。アジトを聞けたなら問題ない。ワシはその人さらいの首元に手刀を当てて、再び気絶させた。


「魔力が途中で尽きてしまって……起きてしまった」


ルゥの顔色が少し悪い。確かに彼女の言うとおり、魔力の使いすぎである。にしても凄い魔法だなとワシは感心したが、すぐに


「その男の言った場所にワシは行く。そこでエヴァが待っているんじゃ」


そういうとワシはいても立ってもいられず、その場を立ち去ろうとした。

絶対に助け出す。その思いだけが、ワシの不滅の永久機関だ。


「あっ、トウブ君」


ルゥがワシを引き止める。顔色が明らかに悪く、呼んだはいいがふら付き、トッドがそのか弱い身体を受け止める。


「何じや?」

「わ、私も行く・・・」


今にも倒れても、おかしくはない表情でルゥは言った。しかしワシは彼女の身を案じて、


「十分じゃ、ここまでやってくれたなら。あとはワシに任せろ。」


ワシは感謝の意を込めていった。

敵の根城を知れたのも、彼女の魔法があったからだ。


「お前ら、そのおじょうちゃんを頼む。あとは自警団に連絡して、さっきの場所も言うんだぜ、いいな」


ニハトとトッドを見て、マンダリンは言った。


「あ、兄貴。俺も行きます……」

「そう、ピクルムが待ってるんです」


怪我の傷口を押さえながら、2人はマンダリンに向かって直訴した。


「駄目だ。兄貴としてお前らの同行を許すわけにはいかん。ピクルム同様、俺はお前らの命も預かってるつもりだ。その傷では同行を許すわけにはいかん」


首を振り、マンダリンは同行を拒否する。その思いは仲間を想ってのものだ。


「……ちくしょう」

「そんな……」


二人は涙を流しながら、自分の不甲斐なさを悔しがった。


「お前らはもう十分よく戦った。その傷が何よりもその証拠であり、誇りだ。あとは俺に任せろ。ピクルムは俺が必ず連れ戻すからよ」


待たせたなという顔つきで、マンダリンは歩を進める。傷もそんなに深くはない。切り傷も布切れを巻いて応急措置をしている。


「さて、行くかの」


ワシは誰にもでもなく、つぶやいた。それは決してマンダリンに対して吐いた言葉ではなかったが、ワシのすぐ後方の頭上から、静かに応という言葉が聞こえてきたのは、気のせいではないなとワシは感じた。




 声が聞こえる。場所はシルトの町の南西にある。今は使われていない伐採所だ。昔は活発に使用されていた伐採所も、今となっては、もうその頃の面影も残っていないようじゃ。


「かすかにだが、声が聞こえるぜ」


マンダリンは小声で、ワシに話しかけた。お互いに静かに静かに、その伐採所の近くまで行き、中を覗いてみる。そこには九名の人間族の姿があった。さっきの男と同じで、皆が同じ漆黒の外套を着ている。見るからに怪しい。


「自警団に見つかるとは下手へたこいちまった」

「確かにな。まぁ今回はリリス族もたまたま入って、臨時収入もありそうだし、そろそろここでおいとまするか」

「戦果もまぁまぁだろ。さっきのガキ達に一人捕まっちまったが、まぁ、すぐに出発すれば問題はない」


戦果がどうとか、すぐに逃げるような内容を言っていることから間違いない、やつらが人さらいだとワシは確信する。


「あれは・・・」


その時、マンダリンが何かを発見したようだ。その視線の先にはぐったりとしたオーク族が地面に座っている。身体から力が全て抜け落ちているかのような姿勢だ。ワシも同様に見てみると、年端も行かないエルフ族と人間族が数名、身動きの取れないように縄で縛られている。またその中でワシの探しびとである少女もいた。

エヴァ、もう少しの辛抱じゃからな。


「ピクルム……待ってろよ」


マンダリンの瞳に闘志がみなぎる。


「それでどうする?」


ワシがマンダリンに突入方法をどうするか、質問した。早くしないと逃げられてしまうからだ。


「作戦? そんなものはねぇ。ピクルムの、俺達の仲間にした報いを奴らに教えてやるぜ!!」


伐採所から少し離れた場所で、巨体な身体を震わせ、マンダリンは咆哮した。身体に大きく息を吸い込み、そのまま口を閉じ、栓をする。そして前転を複数回すると、勢いがついてきた。坂道から転げ落ちる球のようになったマンダリンは、伐採所の壁をその勢いを利用して突き破り、中に突入した。


「!?」


突然の出来事に中にいた人さらい達は、招かれざる客に対して視線を向けた。そしてすぐに後方に下がるなり、横に避けるなりして、マンダリンの攻撃を避けた。しかしその中でマンダリンに対して反応が遅れた人さらいがいた。マンダリンはその一人に狙いをつけ、勢いよく、体当たりを敢行した。


「うおおおお!!」


マンダリンの掛け声と同時に、男に体当たりが直撃する。鈍い音が聞こえ、男の声が少ししたかと思うと、そこに男の姿はなかった。マンダリンの体当たりに弾かれた男は、地面をボロ雑巾のように転がり、ようやく壁にぶつかって止まった。身動きがない。どうやら男は、そのまま一撃で意識を失ってしまったようだ。見た目は滑稽な技じゃが、恐ろしい威力じゃ。ワシはそう思い、気絶した男の方を一瞥する。


「ぶおおおおおおお!!」


マンダリンがまた吼えた。ワシは流石は戦いに特化したオーク族と感心した。こんなに頼もしい仲間はいないとさえ、この場では思ってしまった。だがまだ相手は8人も残っている。


「なんだぁ、でかいオーク族だな。こいつも売り飛ばせたら、俺達は当分遊んで暮らせるぞ」


人さらいの一人がにやけながら言った。その言葉には余裕がみなぎっている。ワシは周囲を見回した。おぉ、やっぱあった。伐採所にはこれがないと仕事は出来ないからのぅ。ワシの手には、この伐採所でかつて使用されていたであろう斧があった。刀身が錆びてはおるが、贅沢は言っては言られん。

ワシがそんなことを考えているうちに、マンダリンが男達数人に囲まれていた。男達の手には棍棒の類が握られている。一人が仕掛ける。マンダリンはその打撃を、巨体には似合わない動きで、間一髪のところで避ける。


「ぷぎゃああああ!?」


マンダリンの悲痛な声が聞こえた。ワシがマンダリンを見ると、そこには黄色い光のような網がマンダリンを拘束していた。魔法の類か。


「豚が!? てめぇは売りもんなんだ!!黙ってその場で静かにブヒブヒしてろよぉ!!」


男がそういうと、マンダリンを拘束している光の網がきつく食い込んだ。マンダリンは動きが取れない上に、苦しがっている。


「もがけばもがくほど食い込むし、痛いぜぇ。お前は売りもんだから、その程度で許してやらぁ」


男はそう言い、拘束されて苦しんでいるマンダリンに唾を吐きつけた。マンダリンは苦しみながらもその男を睨みつけている。瞳は死んではいない。


「あぁん、なんだぁ……その目は」


マンダリンの目つきが気にいらないのか、男はマンダリンを蹴り付ける。何度も何度も。それでもマンダリンは睨むことは辞めない。不屈の闘志。

全くのぅ。

まさかこんな近くにこんな若き武人がいたとはのぅ。

ワシはすぐに行動に移った。

やつらを黙らせる。

ワシは斧の刃を返し、一番近くにいた男を急襲した。背後から襲い、気絶する程度の力で後頭部に振り下ろす。トウブとして戦場を渡り歩いてきて、悪人を殺すのに躊躇いはない。

だが、まだ年端もいかないエヴァやマンダリン達に、そのような光景は見せたくないことからの配慮だ。

男はいきなりの出来事に軽く呻いた後に、その場に倒れた。よしっ。しかしその光景を別の男達に見られてしまった。


「へー、まだいたのか。しかもリリス族とは、これまた笑いが止まらんぜ」

男が下卑た笑いをする。


「トウブ!!」


ワシの耳に今、一番聞きたかった声が聞こえる。


「エヴァ」


ワシは幼馴染の名を呼ぶ。ようやくその姿を確認でき、ワシは心から安堵した。

元気そうじゃ。


「へぇ・・・あのリリス族との知り合いかぁ?まぁ、両方捕まえれば同じことだ!」


1人の男がそう言い、ワシにたいして先ほどの拘束魔法を唱えてきた。ぱっと開かれた光の網がワシを覆うように飛んでくる。

ソーマ解放!!

ワシは、丹田に溜め込んである気を一部解放した。斧を持つ両手に力がこみ上げ、柄を握る握力が益々上昇する。またエヴァの声を聞けたことがワシに活力を与えてくれる。


「破っ!!」


ワシは飛んでくる網を、ソーマを解放した一撃で一刀両断する。

光の網が空気中にうっすらと消えるのを確認し、ワシは男達に一気に間合いを詰める。男達は、リリス族に何故こんな力がといった驚愕な表情をしていたが、ワシには関係ない。ワシの大切な者を、これ以上怖い目や辛い目に合わせたくないからだ。

刃を返し、瞬く間に1人目に重い一撃を腹部に与え、次いで2人目に距離を詰め、すれ違い様に首元に一撃を、最後の3人目は守りを固めたが、その隙間を縫うように顎へ鋭い一撃を繰り出した。

ワシが通りすぎた後に、3人が次々とうめき声も上げずに倒れる。


「なんなんだ……なんなんだ。お前は」


男が驚愕の視線でワシに向かって言った。驚くのも無理もない。戦いの興奮が鬼の顔を呼び起こす。


「悪党に語る舌はない。だが、敢えて言うなら……お主らはデュラフーンの尾を踏んでしまったということじゃ」


ワシは飄々といい、マンダリンの元へとおもむいた。


「大事はないか?」


ワシはマンダリンの安否を気遣う。斧にソーマを流し込み、一振りすると拘束している網は雲散霧消して消えた。ようやく拘束されていた網からマンダリンは解放された。


「平気だ。それよりお前・・・」


マンダリンが、全てを言う前にワシは左手の人差し指を、口元で一本立てて、


「まだまだこの程度ではないぞ、ワシはのぅ」


といたずらっぽく微笑んだ。


「はっ……これは。全くたまげたぜ」


マンダリンは、どこか嬉しげなため息をつく。怪我もたいしたことはない。まだ戦えそうだ。しかし男達の表情が変わった。明らかに先ほどとは目つきが違っている。


「お前らを売りもんと考えていた俺達が、馬鹿だった。お前らは死なす……ここで」


この場の空気感が非常に冷たいものとなった。これは、いよいよまずい状況になってきたぞとワシは感じる。ワシだけならまだしも。


「まずはお前からだ!!」


男がワシを見て、不敵に笑ったかと思うとその場から飛びのいた。その向かう先はまさか……。


「ト、トーブ……」


そこには縄で縛われ、身動きがとれないエヴァがいた。

人質か……。

汚いことを。


「おいおい、そのつらぁ。まさか汚いとか卑怯とか、思ってないかぁ、お前さん」


男が当然のようにワシに聞いてきた。実際のところ汚いし、卑怯だとは思うが。この状況では非常に効力がある手だ。


「ト、トウブごめん。あたし……」


エヴァの普段とは違う、気弱な声がワシには聞こえた。

言わんでいい。そんなことは言わんでいいんじゃ。


「大丈夫じゃ」


ワシはエヴァを安心させようと、動揺を隠しつつ、微笑んだ。


「ふぅ~ん、本当に大丈夫かなぁ。それぃ」


男のエヴァを拘束する力が強まった。エヴァが苦しそうな表情を浮かべる。


「や、やめろ!! エヴァに手をだすな。ワシにやればいいだろう」


見てもいられず、ワシは男の行為をとめようとする。隣のマンダリンも、苦虫を潰した顔で、この光景を見ている。マンダリンも自分の仲間がこうなったら同じことをするはずだ。


「あはっはっ。手を出すなかぁ。いいよぉ、その代わりにさぁ。その隣の豚ちゃんぼこぼこにしちゃってよ。この娘のためなら出来るよね?」


男の命令は最悪なものだった。ワシにマンダリンを殴れと。この一緒に戦場に立つ、戦友を理不尽な理由で殴れと。


「早くぅ~、早くぅ~。早くしないと。この娘の可愛いお顔が泣き顔に変わっちゃうよ~」


男はこの状況を楽しんでいるかのように言う。実際楽しんでいるであろう。ワシは、重い足取りでマンダリンの正面に向かった。申し訳なくて目も合わせられない。


「それ、まずは一発目いってみようかぁ~。い~ちっ」


男が数字を数え始めた。ワシは拳を握り締めるが、それ以降の行動に移行することが出来ない。


「やれないの? なんだぁ、残念。なら仕方ないなぁ」


男がエヴァを見る目が変わった。エヴァを掴んでいる手が、次第に彼女の柔肌に食い込んでいくのが見える。


「うぅ……平気。大丈夫、私は平気よ。ト

ウブ。だからそんなこと、やっちゃ駄目……ああっ」


エヴァの顔が苦痛に歪んだ。

くっ、ワシはどうすれば。


「何を迷っている!! 俺は大丈夫だ、遠慮なんてするんじゃねぇ」


マンダリンがワシに向かって言った。その表情はこの状況とは違い、明るい。お前の覚悟は俺が全て受け止めてやる。そんなことを言っているようだ。

ワシは意を決した。自らの拳をマンダリンの右頬目掛けて、打ち込んだ。頬の贅肉に食い込み、マンダリンはその場から後方に倒れた。そして、ゆっくりと右頬を腫らしながら、起き上がってくる。


「よぉ……その程度かよ」


そしてまた、ワシの正面に立ち、次の一撃に備える。

マンダリン……お主は。

ワシは心の中で涙しそうになる。


「滑稽だねぇ……仲間同士で殴り合ってやんの。あはは」


男が笑い声高らかに言った。この男には理解など出来ない世界だから仕方がない。


「あぁ、実に滑稽だね。あれを滑稽としか見れない君の頭の中も。僕がここまで接近してるのに気がつかないことも。うわあああああ

!!」

「な、お前!?」


男が驚いたのも無理はない。そこにいたのはピクルムだったからだ。縄で縛られていても、動けないことはない。ピクルムがそのまま男に向かって体当たりを繰り出した。


「ちぃ……」


男はエヴァを一旦手から離した。エヴァはその勢いで壁側の位置まで転がってしまった。男はピクルムの体当たりを避けると共に足を引っ掛けた。


「うわぁ」


ピクルムはその場に派手に転倒する。男はそのピクルムに唾を吐きかけ、足で踏みつけながら、先ほどの光の網を繰り出し、今度はピクルムを拘束してしまった。


「ピクルムぅうう」


頬を腫らしたマンダリンが叫んだ。ピクルムはその声に対して、


「マンダリンさん……」


力なく、ピクルムは答えた。身体には網が深々と食い込んでいる。


「ちぃ……売り物のこのくそ豚がぁ。舐めやがって……」


男はそんなピクルムに対して、蹴りを入れている。


「やめろぉおおお」


マンダリンはその光景を見て、叫ぶ。心の中からの叫び。マンダリンの仲間に対する悲痛な叫びだ。どうすればいい。何か、何かいいきっかけさえあれば。頼む。

その時だった。激しい音が聞こえ、伐採所の壁の一角が広範囲で吹き飛ばされた。


「待たせたな、兄貴ーーー。ピクルムぅ」

「助けに来たよ!! 直に自警団も到着するよ」


そこには丸太を持ったマンダリンの子分であるニハトとトッドが佇んでいた。身体は傷だらけだが、それを感じさせない登場だ。男達全員の注意が2人に向いた。2人がピクルムを拘束している男達に襲いかかった。丸太を振り回すが、男には当たらない。男は光の網を出し、2人の動きを封じ始める。派手に登場した2人もすぐに捕まってしまった。


「うわあああああ」

「なんだこれ? 兄貴。助けて~」


助けにきた2人が助けを求める。


「てこずらせやがってしかも面倒なことしやがって」


男が舌うちしながら言った。面倒なこととは自警団のことだろう。


「当然ですよ、あまりオーク族をなめると痛い目をみますよ」


拘束されつつも、ピクルムは男の心を逆撫でするように言った。


「てめぇ、売りもんだからって安心してねーか。オーク族は今さっき増えて、余り気味なんだ。一人くらい減ってもこっちは困らないんだぜぇ!!」


男はそう言うと、外套内部に仕込んでいた刀剣を取り出し、ピクルム目掛けて振り下ろす。

いかん、間に合わん?

ピクルムにその凶刃が刺さろうとした刹那、


「あつぅう!!」


男の声がしたかと思うと、奴の持っていた獲物が地面に落ちていた。小さな火球魔法。火球の飛んできた方を見ると、そこには縄から解放され、荒い息をしながらも魔法を繰り出したエヴァと、エヴァの縄を解いたであろうルゥがいた。ワシはその2人の行動を見て、感極まりそうになる。

これだけの隙があればワシにとっては、十分すぎた。男が刀剣を拾う前に、すかさず斧の一撃を放つ。

お主は、お主だけは許さん。

ワシの感情はソーマ解放に繋がり、一気に丹田から気が斧を持つ両手に流れ込んでくる。

激情を込めたワシの斧の一撃は男に炸裂し、そのまま刀剣を持っていた腕は宙を舞う。


「うあああああ!!」


男の絶叫が響いたが、ワシにはもう聞く耳はなかった。拘束から解かれたピクルムを回収する。マンダリンの下に連れて行くと、


「ピクルム、無事か?」

「無事といえば無事かと。僕は頭脳労働担当なだけに、久々に身体を動かしたら疲れましたよ。」

「それだけ減らず口を叩けるなら問題はないな」


ピクルムの減らず口に対してマンダリンはふっと笑いながら返答する。この2人の会話から、信頼関係が見て取れる。


「トウブ君」


人質が捕らわれている辺りから、ルゥの声がした。


「ルゥちゃんと協力して、捕まった人たちを解放するね」


まだ顔色が悪く、身を呈してワシ達を助けにきたのだ。そのこともあってエヴァがルゥの体調を気にしてか、ワシに対して提案する。ワシは快く、エヴァにお願いした。


「お前達も、おじょうちゃん達に協力するんだ、いいな」


マンダリンが光の網から解放された取り巻き達に命令を下した。

ここが勝機だ。明らかに状況が変わった。


「いてぇよ、いてぇよ」


ワシに腕を飛ばされた男は地面でのた打ち回り、


「こりゃ……自警団が来る前に俺は逃げるぜ」

「おいおい、待てよ。相手はガキだぞ。どうとでもなる」


残りの四人の男達の意見は、皆ばらばらで、もはや統一性の欠片もない。


「おい……トウブとか言ったな」


マンダリンがワシの名前を呼んだ。マンダリンも同じく、ここが勝機ということに気がついたのかもしれない。


「なんじゃ」


奴の意を読み取り、ワシは聞いた。


「俺は目の前にいる二人を、速攻で倒す。その短い時間、俺の背中はお前に預ける。頼んだぜ……」

「あいわかった。その二人を倒したら、ワシに主の大きな背中を貸してくれ。残りの2人はワシがやろう」

「おう、分かった。んじゃあ、行くぞ!!」


マンダリンが走り出した。お世辞にも早くはないが、向かってくる圧迫感はたまらないものがあるだろう。奴らはその圧迫感を感じたのか、マンダリンの突進に気がついた。


「ぷがあああああああ!!」


オーク族固有の咆哮を上げ、マンダリンは敵の棍棒の一撃をくらいつつも、お構いなしに極太の腕を振り回し、大回転した。唸りをあげたマンダリンの回転妙技が人さらいに直撃し、嵐が全てを巻き込むように、男は吹き飛ばされた。残り一人も逃げようとするが、すぐにマンダリンに追いつかれ、吹き飛ばされる。約束通り、マンダリンは二人を倒したのだ。

よし、次はワシじゃ!!

ワシは股に力を入れ、マンダリンの背中を駆け、跳躍した。ようやく守りから攻撃に転じれる。

小童共、見ておれぃ!!

ソーマを解放。


「せいやああ!!」


空中からの渾身の横薙ぎの一閃が、衝撃波となって斧から放たれる。複数戦闘向きの斧術の技。

ソーマが斧から解放され、男達は強烈な衝撃波によって、伐採所の壁に次々に叩きつけられる。声を出す暇もなく、奴らは気絶したであろう。久々の斧術じゃが、やはり腕に馴染む。

ワシにはやはりこいつ以外の相棒など考えられん。



 その後、自警団がすぐに到着した。捕虜として捕まっていたエルフ族、人間族の子どもたちも全員が、すぐに解放される。

ここにいる子どもたち全員が親にこっぴどく怒られた。その理由にたいして皆が口を揃えてこう言ったという。

「友達が困っているのに、ただ見ているのは何もしないのと同じ」

と。


 今回の一連の騒動でエヴァの炎魔法、ルゥの幻影魔法、マンダリンの打撃力。

それぞれの才能の片鱗が見えたということがワシにとっては一番の発見だった。そして、何より一番の贈り物は、皆が無事でいたことじゃ。

そういえばマンダリンが、ワシのことを名前で呼ぶようになった。心境の変化か、それとも仲良くなりたいのか分からないが。また少しではあるが彼らが話しかけてくるようになった。大いに結構なことじゃ。

こうしてワシ達の種族を超えた出会いと初めての闘いは終わりを告げたのだ。


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