さらわれた幼なじみ ~遭遇編~

ダグゥことズーンを助けてから3年が過ぎ、ワシ達は10歳になり、縫いぐるみ位だったズーンも今では、成長し、立派な成獣になった。

今日は、これからエヴァとルゥの2人と待ち合わせをしているが、まだ待ち人は来ていないようだ。

おっ、噂をすれば来たようじゃのう。


「遅かったのぅ。」


ワシは、木に背中を預けながら、ゆっくりとあくびをした。気温はそうでもないが、打ち付ける日光のせいで、思ったより暑く感じられる。


「あら、そう?トウブが来るのが早すぎたんじゃない?」


予想通りの反応で安堵感さえ覚える。

紅色の髪を風にたなびかせ、エヴァは、舌をだしながら、わざとらしく微笑んだ。日焼けした健康的な薄い褐色肌が、この少女の長髪と、うまく共存している。


「ワシは少し前に来ていたはずじゃぞ。そもそもワシは…」


ワシが遅れたことは今までないはずじゃと言う前に、エヴァはその言葉を遮った。


「トウブのありがたい話は一旦ここまで。今日は、私の親友のルゥまで呼んでいます、ど~ぞ」


どこかで聞いたような言い回しをしてエヴァは、自分の後方にいるルゥをこちらに来るように促した。


「う、うん」


エヴァとは異なり、ルゥはあまり自分から前に出てくる質ではない。少し照れたような困り顔でルゥがこちらにやってくるのが見える。落ち着いた波掛かった黒い長髪が印象的だ。

またエヴァとは、対照的に日焼けなどしたことがないようなシミひとつない透明感のある肌をしている。


「おはよう、ルゥ。今日も元気そうじゃな」


ワシは、ルゥに対してあいさつをする。


「トウブ君もおはよう」


ルゥは、少しはにかみながら挨拶を返してくれた。彼女と初めて出会ったのは今から2年前の8歳の時だ。エヴァの親友ということで紹介されたのが、今では懐かしい。おとなしく、内向的で常に一歩下がった位置で物事を聞いている。

3人揃ったところでシルトの町の中心部まで出かけることになった。

中心部に行く途中の道を、3人で歩いている時だった。


「!?」


前方で何か音がした。居並ぶ建物を数軒進み、近づくにつれ、耳をすますと、それは誰かと誰かの言い争う声だということにワシは気がついた。

一瞬にしてなごやかだった空気感が変わる。


「一体なんじゃろ」


ワシは2人にここにいろと一言残し、声の主達の下へ向かった。さらに現場に近づけば近づくほどその声は大きくなってくる。

声色からして、片方は大人、もう一方は恐らく子どものようだ。


「ふっざけんなよ!!」


ワシの耳に口論している内容が、ようやく届いた。その声を元に現場へと向かい、ようやくその場に到着する。

ワシの目に写ったのは、町の一本の通りの中で、屋台を舞台に人間族の親父とオーク族の子どもの四人の内の一人が口論しているのが見えた。話している内容から、どうやら食べ物を売ってもらえないらしい。体格は人間族の成人男性に引けをとらないくらい大きい。周囲には誰一人いない。

どうやらワシだけだ。


「今日はもう完売だ。すまんな、坊主ども」


屋台の親父は、目の前にいるオーク族の4人を、相手にしていないかのように適当にあしらっている。言うこと、聞くことなんのそれ。まるで始めから話を聞く気はないようだ。


「嘘つくなや、まだそこにたくさん残ってるじゃねーかよ。金はあるんだ。売ってくれよ」


オーク族の少年が、屋台の親父の目の前に行き、がっしりと握っていた両手を開いた。そこにはこのフォルセルで使用されている通貨であるペソがあった。金額的に問題はないだろう。


「すまんが、ないものはないんだ。悪いな、オーク族の坊主ども」


親父はそう言い、オーク族など始めから、そこにいないかのように屋台の食事の準備を始める。

何故オーク族がこうまで無視されているかというと、それはかつて人間族とオーク族間における問題があったからだ。

シルトの町の、目と鼻の先にオーク族の集落があった。この2地点では絶えず、争いが続いていた。このことを重く見たフォルセルの中枢の上層部は、争いを止めるように不可侵条約を結ばせた。

このことにより一旦の平和が訪れた。

また、過去のことにより、オーク族も外の集落で住むもの、町の中で住むものに分かれた。

主に町の中に住むものは年齢が若い層で、集落に残る者は年配者が多い。前者は仕事を求めて、またシルトと戦争時に、非戦闘派だった者たちだ。後者は戦闘を主に支持していた者、昔の生活を捨てきれない者たちだ。

しかし、町の中に住んでいるオーク族への風当たりはよくはなく、住んでいる場所は一箇所に固まっていて、未だに偏見は多い。


「何で駄目なんだ。お金は、お金はあるのによ…お、俺たちがオーク族だからって差別…」


オーク族の少年の身体が、感情の高ぶりによって変化していく。体毛は逆立ち、毛が硬直し始める。

まずいな。

ワシは、二人の間に入れるように、すぐに距離を詰めた。怪我をする前に止めないといけない。


「ニハト」


野太く、低い声がニハトと言う名を呼んだ。ビクリと肩を震わせ、


「あ、兄貴」


ニハトは、その一声がきっかけになったのか、さっきまでの激昂していた感情が、鳴りを潜めていく。兄貴と呼ばれたオーク族はニハトに向けて、鋭い眼光を浴びせている。

恵まれた体躯が一際存在感を出している。ニハトとくらべても頭一つ大きさが違う。

声はまだ幼いが、体格的には他種族の大人とそう大差はない。

その見事なまでの巨躯を揺らしながら、兄貴と呼ばれたオーク族の少年は屋台の親父のところまで歩いてきて


「親父さん、食べ物がない時に来て、悪かったな。次は一番に並んで買わせてもらうぜ」


と言い放ち、頭を下げた。

しかし、その親父を一瞥する瞳の眼光は鋭かったのはいうまでもない。

屋台の親父の方も流石にたじろいたのか、返答する言葉が出てきていなかった


「さぁ、帰るぞ」


仲間の3人に指示し、この場からオーク族の一向は離れていき、次第に見えなくなった。

誰も怪我がなくてよかった。

ワシは安堵した。

じゃが、あの巨大なオーク族の少年は侮れん。

ワシの本能が久しぶりに、そう感じていた。


「なによ、さっきの」


ふと気が付くと、ワシの隣にはふくれっ面をしたエヴァがいた。

ルゥも何か言いたげな表情で立ち尽くしている。


「確かに、ああいうのは見ていて、とても悲しくなるのぅ」


ワシは、先程までの光景を思い出しながら、つぶやく。


「そうよ、あのおじさん、何でまだたくさん残っていたのに。売ってあげないのかしら」


エヴァは、かつてオーク族とシルトの町との間にあった出来事について詳しく知らない。


「それは、戦争のせいかも…」


ルゥが口を開き。事情を軽く説明する。ルゥも聞いただけだから詳しくは知らないようじゃ。

ルゥの話が終わり、エヴァは大体の話の経緯を掴んだ様子である。

ワシは屋台の方に視線を送る。すると屋台の親父が再び、店を開き始めた。


「やはりのぅ」


ルゥが、ワシの言葉の意味をようやく理解し、親父を見る。

エヴァは親父の行動に既に気が付き、怒っているのが分かる。曲がったことや間違ったことが大っ嫌いな彼女は、早速行動に出た。

問題の屋台に向かって歩き始めたのだ。

一体どうするつもりじゃ。


「おじさん、焼きポポットチル下さい」


屋台正面に行き、元気よくエヴァは言った。

屋台の親父は小さな来訪者を見つけ、いらっしゃいとぶっきらぼうに言った。その間もエヴァはじっーと親父の顔を見ている。


「お嬢ちゃん、別嬪さんだねぇ。何個買うんだい?」


親父が中々個数を言わないエヴァに対して聞く。少しの沈黙の後、


「7つ頂戴。今から焼いた芋でお願いね」


エヴァはそう言うと、屋台の前の椅子に座り込んだ。


「あいよ、かなわねぇなぁ」


親父はそういうと注文された品を面倒くさそうに焼き始めた。


「7ペソだ」


焼き終わり、額に汗を滲ませた親父がお代を請求する。エヴァは一括して代金を払い、焼きポポットチルが入った袋を受け取る。

その間、主人のやる気のない感謝の言葉が聞こえたような気がした。

エヴァは、ワシとルゥの名前を呼んだ。ワシとルゥもすぐにエヴァの下に駆け寄った。


「行くわよ」

「うむ」

「うん」


エヴァの行くわよでワシとルゥは、すぐにエヴァが何をしようとしているか理解した。

そう、今からさっきのオーク族にこの焼き芋を渡しに行くのだ。

ワシとルゥがエヴァに代金を渡そうとする。しかし、エヴァはそれを断る。

「いらないわ。これは私、エヴァ・ジーズーが勝手に始めたことだから。二人には、この後手伝ってもらう。お願いね」

エヴァの目が、黄昏時の水平線上に映る太陽のようにめらめらと燃えているのであった。

ワシとルゥは、そんなエヴァに対して、ただ付いて行くしかなかった。


「そっちにはいた?」


エヴァがこちらのほうに向かって、声を上げて聞いてくるが、残念ながら居ない。


「ルゥ、そっちは?」


ルゥは息をきらしながら、首を振り


「こっちにはいなかった」


と答えた。


「おっ」


ワシはこの町で指折りの高い木を登り、周囲を注意深く見回した。視線が1つの場所に釘付けになる。それは町外れの河川敷で、町の中を流れるヴェルニ川に向かって石を投げている4人のオーク族だった。体格が大きくて、見つけやすい。


「町外れの河川敷じゃな。そこで石を投げておる」


ワシはするすると木から滑り落ちるように降りて、2人の前に着地した。


「でかしたわ、行くわよ」


エヴァがすぐに町外れの河川敷のほうに向かった。

ワシは思う。行ってみて、はたして彼らはすんなりと受け取ってくれるであろうか。ワシは一抹の不安を胸に覚えながら、それでもエヴァならと思わずにはいられなかった。




「いらねぇってんだろ!!」


小狼ピュロスの毛皮がたなびいた。

ニハトと呼ばれていたオーク族の少年がエヴァの持っている焼きポポットチルの袋をはたいたのだ。

エヴァが購入した焼きポポットチルが宙に舞い、無残にも地面に散乱した。


「あぁあ…」

「あっ…」


たまらずエヴァとルゥが嘆いた。

やはりな。

こうなることもある程度は予想しなくてはならなかった。

エヴァがオーク族の彼らに渡すために購入した焼きポポットチルが無残にも地面に転がっている。


「な、何するのよ。せっかく買ってきてあげたのに」


エヴァがニハトをきっと睨んだ。

一瞬、ニハトはバツの悪そうな表情をしたがすぐに


「買ってきてあげた…だぁ!?誰が頼んだよ、そんなことをよ」


ニハトは一瞬、エヴァの視線に気圧されながらも立て直し、答えた。

青みがかかった体毛に、小狼ピュロスの革で作成された衣を羽織っている。


「ですね。確かに僕たちは、誰もそんなことはしてほしいとは貴女には言ってない。ニハト君の言い分は通っている。それに君たちから渡される物なんていらないですしね」


切れ長の目に、他のオーク族より一回り小さな身体。体型も痩せている。麻の涼やかな蒼色に染めた衣が落ち着いた雰囲気を醸し出している。知的な印象を受けるオーク族の少年だ。


「…でも僕は焼きポポットチル食べたいんだな」


物欲しそうな表情で、地面に転がっている焼き芋を、見つめているオーク族の少年がいる。体型は他の2人に対して肥満体型で、如何にもオーク族という言葉が一番しっくりくるかもしれない。薄黄色に染め上げた衣が彼にはとても似合っている。


「お、おいトッド!!寝ぼけた事言ってんじゃねぇ!!」


ニハトが、トッドと呼ばれた少年に怒声を浴びせた。


「そうだよ、トッド君。君は自身の一感情に流されてるだけだよ」


小柄なオーク族の少年もトッドに向かってもっともらしい言葉を掛けるが。


「そうかなぁ…だってトッドもピクルムも焼きポポットチル好きじゃない。暖かくてほくほくして美味しいしさ」


優しそうな顔つきで、トッドと呼ばれた少年は、二人に言い返した。


「むっ…」

「そ、それとこれとは話は別で…」


トッドのその言葉で二人共、何も言い返せなくなった。

そして、その3人の後ろには、さらに大柄の1人のオーク族がいる。たしか、ニハトと呼ばれていたオーク族の少年が兄貴と呼んでいた。その巨大なオーク族もこちらを鋭い眼光で見ている。


「誰からの指図も施しも受けない。それが俺たち、誇り高きオーク族だ。馬鹿にするんじゃねぇぞ!」


ニハトの怒声が、河川敷に響き渡った。

エヴァの善意がこの場合、彼らにとっては逆効果になっている。

ニハトの表情から、このことについて頭にきていると、ワシには感じられた。


「私たちは、この焼き芋を貴方がたと一緒に食べれれべいいなと思っただけなのに…どうして」


エヴァが、自分達の思いが伝わらず、非常に残念だと言う感情を表情に出しながら言った。

やはりうまくまとまらなかったか。

彼らオーク族にとっては、あの親父の屋台で購入出来なかった時点で、もうこの話には決着が付いていたのかもしれない。


「お前らには、お前らには分かるまい!!何も偏見なく暮らせて、こんな想いなんてしたことなどないくせに」


感情が高まり、ニハトの呼吸が荒くなる。自分自信で感情の処理がうまく出来ず、その行き場を失い、膨張してきている。

今までたくさんの差別を受けてきたのかもしれない。


「のうのうと暮らしているお前には、絶対に分かりっこない」


ニハトがエヴァを鋭く、悔しさに満ちた視線で捉えた。エヴァはその視線にたじろぎつつも、


「確かに屋台でのことは、悲しいことだと思う。あなた達とこの町との間に、何があったかは少し前に聞いてる。でもそれと私達が、焼きポポットチルをあなた達にあげるのは、別の話じゃない」


エヴァが負けじと、ニハトに言い返した。


「このことにオークの誇りとか、昔の話とか種族とかは全く関係ないんだから!!」


一言、二言。続けて返答する。


「んだとぉおお!!」


「やめて!!少なくとも私は、あなた達と仲良くしたいと思ってる。だからお願い…」


ルゥが叫んだ。今にも爆発しそうなニハトに向かって。ニハトは一瞬ぴくりと反応したが、もう怒りのやり場をどうするか見失っていた。

いかん!!

遂にこらえきれなくなり、全身の毛が逆立ち、毛の一本一本が硬直していく。まさに怒髪天を衝くといった感じだ。エヴァもとっさのことで対応が全くできていない。

ワシは、エヴァとニハトの間に入り込むように、機敏に移動したが、そこに辿り着く前に、強固な物体に弾き飛ばされてしまった。ワシの目の前に現れたのは、後ろにいた大きな城門のような背中を持つオーク族だった。体型によらず、機敏な動きをすることにワシは心底驚いた。


「ニハト、お前の気持ちは十分わかった。だが、これ以上はもうやめとけ。力の使い方を誤るんじゃねぇ」


野太い声がワシ達の鼓膜を刺激した。ニハトはあっという間に抑えこまれてしまう。やはり身体の大きさの差も関係している。丸太のような両腕でニハトの自由を奪っていく。


「マ、マンダリンの兄貴すまねぇ。かっとなったら、このざまだ。もうしわけねぇ、自分を見失ったら、オークではなく、ただの豚野郎だ…」


ようやくニハトが正気に戻りつつあった。


「安心しろ、お前が何度前が見えなくなっても、俺がその都度助けてやらぁ」


マンダリンはそう言いつつ、ニハトを拘束している両手を外した。これ以上抑えている理由が不要と判断したのであろう。

それにしてもなんて大きく、屈強な身体なんだ。

まるで巨木を彷彿させるかの背中だ。

ワシはゆっくりと立ち上がった。

どうやらマンダリンもワシをふっ飛ばしたことに気がついたようだ。こちらに近づいてきて、ワシの右肩に軽く手をポツリと置いた。


「仲間が迷惑をかけた。怪我はないか?」


重厚な重みのある手がワシの右肩に置かれている。


「いえいえ、こちらこそ何か無理やり出しゃばって行ってすみませ…ん!?」


その時、ワシの右肩に激痛が走った。すぐにワシはマンダリンの表情を見上げた。

そこにあったのは、ワシを見下ろす冷ややかな視線と、どこか複雑な感情が込められた視線の2種類であった。余計なことはするなと言わんばかりの警告のような視線である。

マンダリンはすぐに右肩から手を離したが、ワシの右肩には、しっかりと彼の手形が刻み込まれ、痛みが走っている。


「よし、お前ら戻るぞ。俺達の戻るべきところにな。あとトッド、その焼きポポットチルはきちんと拾っておいてくれ。そのままじゃあんまりだ」


そういうとマンダリンは、何事もなかったかのようにワシ達に踵を返して歩いていった。

ニハトはバツが悪そうな顔つきでこっちを一度も見ず、この場から去り、ピクルムは、本を片手にマンダリンの後に続いた。最後に残ったトッドが焼き芋を拾い、ぺこりと一礼して、この場を去っていった。


「焼きポポットチル食べてくれるかなぁ」


帰りの途、ルゥがぽつりとつぶやいた。


「分からないわ。でも少しでも私達の想いが伝わるといいなぁ」


エヴァが夕焼けに向かって言った。

もうそろそろ日が暮れ始める。

あっという間の一日じゃった。


「うむ、また今度会ったら話しかければいいかもな」


ワシはマンダリンに握られた右肩に手をやった。この痛みがなくなるように、彼らと人間族のわだかまりが無くなればいいなとワシは思った。




 太陽が昇り、朝を告げる鳥達がシルトの町を賑やかにする。

シルトの町に思わしくない噂が流れていた。噂はすぐに広がり、それがすぐに噂ではなく、現実ということが知れ渡った。


「聞いた?トウブ」


シルトの町の中心部に向かう途中、エヴァが言った。


「ふむ、人さらいの話か」


ワシは今朝方、イーダから聞いた話を思い出す。


「そうそう、やっぱり本当だったんだ」


大抵はここで怖がる所じゃが、ここでワクワクして瞳を輝かせているのがエヴァらしい。


「トウブは私がさらわれたらどうする?助けにきてくれる?」


まじまじとワシの顔を、正面で見据えて聞いてくる。

答えはすでに決まっている。


「当然…」

「あっ!!」


ワシが答える前にエヴァが、何やら河川敷のほうを見て大きな声を上げた。


「どうしたんじゃ?」


ワシもその河川敷を見ると、そこにはこの間焼きポポットチルを渡したマンダリン達がいた。ニハト、トッド、ピクルムもいるようだ。


「何をしているのかしら」


エヴァが気になり、河川敷の方に足が進んだ。

やれやれ、何もなければいいんだがのぅ。

河川敷で彼らの近くまで行き、耳を澄ます。


「…ということで俺たちが、その人さらいを捕まえれば、他のやつらの見方が変わると思う。まずは町で情報を集めるぞ」


マンダリンが野太い声で話している。声がでかくてよく聞こえる。

なるほど。ワシはすぐに合点がいった。


「了解でさ、兄貴」


ニハトが手を叩き、こくりとうなずいた。


「あと昨日のこともあるから、あまり目立たないように」


ピクルムが特にニハトを見て、言った。


「ピクルム…言わんでも分かってるよ。まずは、話しやすい奴から片っ端に聞くか。よっしゃあ、トッド行くぞ」


「うん、あっ、待ってよ。ニハト、そんなに急がなくても…待ってよ~」


ニハトが、河川敷の出口に駆け足気味で進むのを、トッドは遅れながら、ニハトの後ろを追っていくのであった。


「では僕はマンダリンさんとですね。行きましょう」


ピクルムの誘いに対してマンダリンはふっと笑うと、重い腰を上げた。

そして2人共、河川敷から出て行こうとする。

その途中マンダリン達とワシとエヴァは、すれ違った。


「あっ」


ピクルムが昨日のといった表情でワシ達を見ている。

頭の回りそうな彼でさえ、こういう突然の事態では中々うまい言葉が浮かんでこないようだ。

対するこっちもエヴァが、ピクルムと同様にあっと言った表情をしている。

マンダリンはというと、ワシ達なぞ、鼻から眼中にないといった感じで、横を通り抜けていった。


「人さらいを捕まえるか…危ないのぅ、そうは思わないか、エヴァ」


マンダリン達と大分距離が開いたのを確認してワシは、マンダリン達から聞こえた内容について自分の意見をエヴァに言った。。


「トウブ、何を言っているの。私達も彼らには負けられないわ。ただでさえ、ルゥがいても人数が少ないんだから。急いでルゥも捕まえに行くわよ」


エヴァはすぐさま、ルゥの自宅に足を向けた。

やっぱりか。ワシは、予感していたことが本当になるのを感じながら、ルゥの自宅に重い足取りで向かうのであった。


「…ということよ。異論はある?」


エヴァの問いかけにワシは手を上げた。

おおありなんじゃが。


「非常に危険なことじゃぞ。分かっておるのか?」


ワシはエヴァに言う。親が子どもに諭すような言い方に似ている。


「分かっているわ」


エヴァはそう言うが、実際のどんなに危険なことかを分かっていない。子どものワシ達には手に余る問題だ。


「いや分かっておらん。ワシは今回は手伝わんわ。」

「えっ!?」


第一の理解者であるワシが、拒否したことにエヴァは一瞬驚きつつ、


「ルゥはどうする?」


と懇願するように聞く。ワシからの角度ではエヴァの表情が見えない。


「うーん…少しだけなら」


ルゥが困り顔で答えた。エヴァに懇願されて、押し切られたといったほうが正しい。


「じゃあ、今から早速任務開始ね。あっ、トウブは来ないんだよね」


エヴァがわざとらしく聞いてきた。


「ううむ…お主達が心配じゃから参加するわい」


やはり心配の種を抱えているのは、不安なのでワシも参加することにした。ルゥにエヴァが無茶しないように見ておいてくれということと何かあったらすぐに報告することをお願いしたとしても、エヴァに押されたら、きっとルゥでは止めることは出来ないからのぅ。


「聞こえなかったなぁ」


エヴァが意地悪そうに聞く。


「何度も聞くな。きちんと参加するわい」


ワシの返答に対して


「しょうがないなぁ。じゃあトウブも一緒ってことで」


エヴァは片目をつぶり、微笑んだ。

やれやれ。

疲れたわ。

ワシはゆっくりと地面に腰を下ろした。

体力的ではなく気疲れじゃが。

参加しなければ、さらに気疲れをしていたのかもしれない。今回エヴァが、やろうとしていることは、ワシらの手に余る内容だ。

じゃからこそ、今回の件は諦めてほしかったのじゃが、逆にエヴァが、燃えてしまった。それで現在こういう現状になっている。


「よし、では、はりきって情報収集するとしましょうか。ここにお昼が過ぎた辺りで集合ね」


エヴァが、ワシとルゥを見て言い放った。

手がかりらしい手がかりが見つかればいいんじゃが。手分けして町の人々に聞いてみるが、

ワシの思い虚しく、聞いても聞いても誰もこれだという返答を得ることはなかった。


また当たりなしか……。

ワシは、エヴァが指定した集合場所に到着する。周囲を見回すと、まだ2人は来ていないようだ。

さて待つかのぅ。

集合時間を、自分で指定しても遅れてくるのがエヴァだ。間に合ったのが、今までで数えるくらいしかない。

……。

…………。

おっ。

遠くから見慣れた顔がワシの視線に入った。

エヴァではなくルゥだ。

珍しくこちらに向かって走ってきている。


「いいだしっぺが、来ていない以上、大丈夫じゃな」


ワシはルゥに対して手を上げた。

ルゥはそんなワシに手を振り返すこともなく、目の前まで来て、すぐにワシの右手を掴んだ。

息が切れており、彼女の額には所狭しと汗がにじみ出ている。


「どうした?」


ワシは、ルゥの様子がいつもと違うことを感じ、聞いてみる。


「トウブ君、落ち着いて聞いてね…」


未だ呼吸が整わず、ルゥは息が乱れている。

ワシは、落ち着けと声をかけながら、ルゥを腰掛けさせた。


「それで一体どうしたと言うんじゃ?」


ワシは今一度、ルゥに問いただした。

ルゥが、ワシの耳元で内容を告げる。

衝撃を受け、心臓の鼓動が早くなり、嫌な汗が身体に出始める。

そうであってほしくないこと。

現状のワシにとって、一番起きてほしくないこと。

それが今、まさに現実になってしまった。

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