なんか異世界が平和で暇すぎるので辻ヒールをやってみた

 初めてな方は初めまして、そうでない方はそうでもないです。

 三食がカレーでも平気な男、タカシです!


 ……突然ですが大ピンチです。

 相棒のスーさんの噴火ゲージがさっきから堪りっぱなしで、今にも大噴火を起こしそうです……

 その原因というのが……


「ねぇ、君はどうして里を出てきたんだい? オレは里の堅苦しさが嫌になって思わず飛び出しちゃった口さ。折角、同郷の者と出会えたんだから、ゆっくりランチでもしながら交流を深めない?」


「嫌」


 今日も今日とて午前中の依頼を熟してお昼でも行こうかなんて話していた時、この気障ったらしいイケメンエルフの冒険者がスーさんに話し掛けてきやがったんです。

 この世界のエルフって排他的でデフォで他種族を見下してて、森の奥に引き篭もってるんじゃなかったけ?

 さっきから歯とかキラキラさせてるそのエフェクトは何なの? イケメンの標準装備ってか!?


 それに引き替えコイツは、さっきからヘラヘラと軽い笑みを浮かべながらスーさんにボディタッチを試みるがその都度、素気無くその手を叩かれてる。

 なんか妙に俗っぽいんだけど、コイツは本当にエルフなの?


「あ、ランチはダメだった? じゃあ、お茶ならどう? よく行くお洒落な喫茶店があるんだけど、そこにしようか」


「断る」


「じゃあ、屋台を回ろうよ。それだったらちょっとずつ色々食べられるし、休みたくなったら景色の良い場所も知ってるからさ。もしかしてお金の心配してる? 大丈夫、支払いは全部オレが持つからさ、女の子に支払わせるような無様な真似はさせないよ」


「失せろ」


 このクソメンの面の皮はワイバーン製か何かなのかしらん? 高級品ね!

 しかも、マンガに出てくるスケベキャラみたいな目をしながらスーさんにちょっかい出してるけど、もしかしてコイツはエルフの皮を被ったオークなんじゃね?

 仕方ない、ここは俺が主・人・公! としてスーさんを華麗に助けるとしますか!


「おうおう、兄ちゃん。さっきから聞いていれば茶店だ屋台だの、そないな所でこのスーさんが満足する訳ないやろうが! こう見えてもスーさんは大食いなんやぞ! ねっ、スーさぐぼはっ!?」


「煩い」


 顔は止めて……

 しかも、これ結構マジな奴で首の骨が折れるかと思った……

 一瞬で回復できるんですけどね!


「スーさん、首は止めてっていつも言ってぐべらび!?」


「黙って」


 す、スーさん、引き摺って行かれると痛いんですけど……

 あと気障エルフも滅茶苦茶引いてるじゃないですか~。

 まあ、これもひっくるめてスーさんだからこれで引いている様じゃあ、スーさんとは付き合えねぇな!

 ちなみに俺も慣れてないんで出来れば、もうちょっとソフトな対応をお願いします!


「……ハッ、待って! オレも行くよ!」


 あ、復活した。



「ねぇ、これからどこへ行くの? よかったらオレも一緒に行こうか?」


「迷惑」


 絶賛市中引き摺られ中のタカシです……

 とりあえず2人とも、俺のこの状況に疑問を持とうね?

 なんか罪人みたいだから、道行く人が何事かと指差してるから。

 あ、うん、お嬢ちゃん。これは見世物じゃないんでおひねりは結構ですよ~。

 飴だった、おいち~。


「なあ、そもそもその男はなんなんだ? 随分とひょろいけど剣士じゃないんだろ? まさか普人の癖に魔法使いなのか? おいおい、エルフの君が前衛で普人が後衛とか、ドラゴンに荷馬車を牽かせるようなものじゃないか」


 身の丈に合ってないって意味ですね解ります。

 ちなみにエルフという種族は生粋の狩人で、保有する魔力も他種族よりも優れているので弓士アーチャーとか魔法使いマジシャンなどの後衛に向いているって、道具屋のケットシーのおっちゃんが言ってた!

 まあ、俺たちの場合はそんな定石は関係ないんだけどね!


ね」


 おおっと、スーさんの目付きが剣呑になってきましたよ~。

 しかも、喋る単語が少なくなってきてるのはご機嫌ゲージが赤くなっている証拠、何とかこのイケスカエルフを引き離してスーさんの御機嫌を取らねば!


「あの~、俺とスーさんはこの後に用事があるんで、お話はまた今度にしてくれません?」


 まあ、その頃にはこの街にはいないけどな!

 そろそろ、別の街に移動しようと思ってたし、こんな奴に絡まれてたら趣味も満足にできないよ!


「黙れ、下等種族。貴様の声は耳が腐る」


 あれれ~?

 このクソイケメン様ってば、爽やかな顔で罵倒してきやがりましたよ~?

 その喧嘩買ったらぁ!


「落ち着け」


「げふっ!?」


 す、スーさん……

 だからレバー系は回復魔法が効き辛いんだってば……

 立ち上がろうとした俺は、味方からの思わぬ不意打ちに崩れ落ち、スーさんは無情にも再び俺を引きずり始めるのだった……

 ま、待って……うつ伏せはマジで痛いから……。(マジトーン)



 ――それから一時間後。

 スーさんのお気に入りである宿の食堂で、文字通り山のような料理をたらふく食べて、午後からはいつもの活動をしようかと宿を出た。

 が、一人の見栄っ張りだけは海よりも深く青い顔をしていた。


「うぇっぷ……まって、もうちょっとまって……」


 ヴァカめ、大食漢のスーさんと張り合って3人前の大皿を食おうとするから、そんな事になるのだ!

 ちなみにここの女将さんはとても厳しく、お残しは絶対に許さないのだ!

 こんなアホエルフは放って置いて、さっさと行くとしますか。


「じゃ、行こうかスーさん」


「ん」


「ま、待てよ。今からどこへ行くつもりなんだ?」


 今更、何を聞いてるんだ。


「ちょっと、趣味の辻ヒールをしにな!」




 鬱蒼と生い茂った木々が日光を遮り、地面に張った根っこすら満足に見えないほどに薄暗い森の中を、3人の冒険者が息を切らせながら必死に何かから逃げていた。

 この3人はつい先日にCランクへ昇格したばかりで、若手の中ではそこそこの有望株である。

 彼らも先輩冒険者から、昇格したばかりは危ないと耳にタコができるほど聞かされていたので、初のCランク依頼に対して臆病すぎるほどの警戒をしていた。

 が、森に潜む敵はモンスターだけではなかった。


「例の場所まで追い込め! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」


 彼らを追いかけていたのは人間だった。

 偶然森の中で遭遇したその者たちは、この森を根城にランクが上がったばかりの冒険者を捕まえては裏ルートで奴隷にして売り払っている盗賊団である。

 そして、逃げていた冒険者たちは知らず知らずの内に森の奥へと誘導され、太い木々の間を通り抜けた瞬間、地面が捲れ上がって網が3人を掬い上げた。


「しまった! これが狙いだったのか!」


「げひひひ、今回は男3人か。労働用にぐらいには売れんだろう」


「頭ぁ、一人ぐらいなら手ぇ付けても構いませんよね?」


「ハッ、物好きな奴め。好きにしな!」


「さすが頭! 話が分かるぅ!」


 盗賊たちのやり取りで自分たちがこの後にどうなって、どういう扱いを受けるのかを否が応でも理解してしまった。

 そして最後の抵抗と言わんばかりに、3人は捕らえられた罠の中で武器を握りしめる。


 だが次の瞬間、金色の影が頭上から落ちてきて、盗賊たちの間を駆け抜けた。

 影が通った後には、次々と手下の盗賊が首から血を噴出して倒れてゆく。


「な、なんだぁ!? 何が起こった!」


「わからねぇ! 急にこいつ等が血をぐはっ!?」


 金色の影――その正体であるエルフの剣士は罠の近くにいた盗賊を次々と斬り倒し、最後に近くの木に括り付けられていた縄を切断した。

 すると、冒険者3人を捕らえていた網が緩み、エルフの剣士に見とれていた3人は受け身も取れず、3人はそのまま地面に落ちた。

 そんな3人を気にする様子もなく立ち去ろうとした時、背後から声をかけられた。




「よう、これはねぇちゃんの連れかい?」


「ああ、スーさん! ゴメン、捕まっちゃった!」


 テヘペ……あ、ふざけてる場合じゃないですかそうですねゴメンナサイ。

 いやぁ、俺もスーさんの邪魔にならないように隠れてたんだけどね?

 コイツってば、スーさんが現れたと同時ぐらいに逃げやがって、しかも丁度俺たちが隠れていた方向だったもんだから、ね?


「すまない……オレも邪魔にならないように隠れていたんだけど、急に背後からアレが現れて、彼を攫われてしまったんだ」


 あ、俺を売った畜生エルフが何気ない顔で出てきやがった。

 コレが走ってきた時に、迷わず俺を突き飛ばして逃げた事は忘れないからな!


「いい」


「そうだよね! あんなクソ虫がどうなろうと、俺たちの知ったこっちゃ……」


「タカシ」


 わーお、スーさんが久々に俺の名前を呼びましたよ。

 最後に聞いたのは……そう、月が綺麗な満月の夜のベッドの上でハイ、嘘です。

 ちなみに俺はバリバリのDTです。

 というか、スーさんが目配せしながら名前を呼んだって事はアレだろうなぁ……


「OK、スーさん」


「ん」


「おいお前ら! ちょっとでも妙な真似したらコイツの首かっ切るからな!」


 盗賊の科白に思わず笑いが漏れてしまった。

 それが気に障ったのか、チクリと首筋に熱さが篭る。


「な、なにがおかしい!」


「ははは……やってみろよ。クソ野郎!」


 その一瞬、俺に注意が逸れた隙にスーさんは風になった。

 銀の閃光がまっすぐに俺の胸を貫き、盗賊の心臓を串刺しにした。

 ここからだと盗賊の顔は見えないけど、クソエルフが目を見開いて驚いてるのが見えた。

 あ、痛い、抜く時に捩じりは入れないで、ふざけたのは御免なさい!


「お、オレが言うのもなんだけどさ。さすがに躊躇なさすぎない?」


「お、【最上回復オメガヒール】」


 あー、痛かった。

 久々にスーさんの硬いに貫かれちゃったぜ☆

 あ、すみません。

 謝るんで切っ先で突くのはやめてください。


「は!? 今コイツ胸を貫かれて……血だって出てただろ!?」


「はっはっはっ、スーさんとは息がぴったり合ってるから、こんな事は朝飯前よ!」


「慣れた」


 俺は慣れたくなかったんですがねぇ……

 いくら治せるからって痛い事には変わらないんだよ!?

 盗賊の頭を倒した事で、その時の俺たちは完全に戦勝ムードになっていて、隠れていたもう一つの影に気が付かなかった。


「死ねぇぇぇ!」


「え? ぐふっ!?」


「っ!」


 何かが木の陰から飛び出したと思った瞬間、剣がクソエルフの腹から生えた。

 どうやら盗賊の手下がまだ残っていたらしく、気づいた時にはスーさんが額を貫いた後だった。

 俺は慌ててクソイケメンを治療しようとしたところで、スーさんの手が伸びて俺を制止して、スーさんはクソエルフを抱き起した。

 え、何、スーさんその目配せ……あ、そういう事ですか。


「えーっと、【回復ヒール】」


「は……いいんだよ。オレはもうダメだ……この傷じゃあ助からねぇ」


「言い遺す事は?」


 スーさんがイケス野郎の顔に手を当てながら問い掛ける。

 するとイケス野郎は憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべ、薄ら青くなり始めた口を開いた。


「ああ……こんな間際になって、やっぱり一度くらい里に帰ってればって後悔してる……ハハッ、色々好き勝手やったオレだけど……最後に皆に会いたかったな……」


「他には?」


「家族に、親父に謝りてぇ……里を出て行く時、『こんな古臭ぇ里なんか』なんて……酷い事言っちまったから……」


 悔しそうに歯を食いしばりながら、涙が零れるのを堪えている。

 そして最後の時が近いのか、白い顔が血の気が引いてさらに白くなり、虚ろな目でスーさんを見つめた。


「ああ、やっぱオレ……何だかんだで、あんな里でも……好き……だっだ……」


「必活必治癒! 【最上回復オメガヒール】!!」


 いい加減回復ヒールだけでは命の灯火が消えそうだったので、そろそろ別の回復魔法を掛けてみた。

 すると腹の傷はあっという間に消え去り、クソイケメンの顔にも血の気が戻る。

 スーさんも回復を掛けた途端に、スッとソイツから離れて距離を取った。

 当の本人は何が起こったのか把握できないのか、目をぱちくりさせている。


「え、あ……え?」


「良かったな。これで親父さんに謝りに行けるぜ?」


 実は素直じゃないだけの純情ボーイにそう話し掛けると、言葉にならない声を開けながらガバッと立ち上がって走り去ってしまった。

 いや~、良い事をした後って気持ちが良いね!

 それにしてもスーさんがあんな事するなんて、ちょっと意外だったよ。


「ウザかったから」


「クールなスーさんにそこまでさせるなんて、よっぽどだったんだね……」


 相棒であるスーさんの新たな一面が見えた日でした、まる!

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