第4話
その日、僕は夢を見た。
別れたはずの彼女と遊園地でデートをしている夢。二人で手はつながずに歩いている。
僕は彼女に喜んでもらおうと一生懸命なのだが、彼女はつまらなさそうにして、何も語らない。なんとか笑顔が見たくてあれこれするけれど、駄目だった。デートも終盤に差し掛かったあたりで、彼女はあの時と同じ台詞を同じ顔で言う。
「気持ちが重いの」「ごめんね」
そう言い残して彼女は消えていく。僕は夢の中でまたフラれてしまう。
動揺で目が覚める。暫くは動けずにいたが、憂鬱を払拭しようと起き上がった。扉を開けたが人の気配はない。
あぁ、そうか母さんは仕事か。と思い時計を見て驚いた。午後一時を廻ろうとしている。十三時間以上寝ていた計算だ。人間は七時間以上寝ると脳細胞が死んでいくという話もあるらしいが、僕の脳味噌は大丈夫だろうか。そういえば最近あまり眠れずにいた。身体に大分無理をさせていたことに気づく。
携帯を見るとメールが届いていた。
Date 16/05/13 09:22
From 母
Sub 起きた?
昨日の晩にお米だけ炊いておきました。おかずは冷凍のものがあるのでチンして食べておいてね。あと、今晩は食べたいものを作るので何が食べたいかメールください。今日は早く帰ります☆
少し考え、その場で返信を打つ。
Date 16/05/13 13:08
To 母
Sub Re:今起きた
無理しなくていいんで仕事頑張って。
晩御飯は何でもいいよ、おいしければ。
素っ気ない内容だとは思う。けど、やはり母親にメールを送るのは照れ臭いので、これぐらいの方が良い気がする。
そういえばお腹が空いたな。
冷蔵庫を開けると、そこは食べ物で溢れかえり、独特な臭いがした。よく見てみると賞味期限の切れたものも少なくない。
一人分の食事って難しいもんな。そんなことを思いながら二リットル入りの烏龍茶を取り出し、今度は冷凍庫を開けた。エビピラフに餃子、焼売、グラタン。焼きおにぎりなんてのもある。
昔はこんなの食べてなかったのに。
弟と二人でよく母の手作り炒飯を食べた記憶が蘇る。あの炒飯は弟の好物だった。僕はメールで母に「チャーハンが食べたい」と送ろうかなんて一瞬考えたが、やめた。
仕事と家庭を両立していた母を、今更ながら凄いと思う。それはもしかしたら、自分が一人暮らしをしているからかもしれない。
僕も一人暮らしを始めて直ぐは自分で料理を作っていた。母が急な仕事などで遅くなるときに自分で作ることも少なくはなかったので自信はあった。しかし毎日となるとそれも続かなくなる。材料を買いに行くことも面倒で、じきにコンビニ弁当が多くなり、外食も増え、やがては一人で台所に立つこともなくなった。
三人で暮らしていたとき、母は休日になると必ず手料理を作ってくれた。平日もほとんど。家計の問題もあったのかもしれないけれど、母なりの信念でもあったのだろう。離れて暮らすようになってからも、母は電話で「ちゃんと食べてる?」ということを一番気にして聞いていた。
そんな僕も幼い頃は母が嫌いだった。仕事で忙しかった母に、僕は淋しさを感じていたのかもしれない。精一杯母を困らせては反抗し、よく叱られていた。今でも「あんたは反抗期長かったもんね」と笑われる。
母は強い。父が居なくなる前後は精神的に不安定な時期もあったが、三人で生きていかなければならないとなった後の母はとてつもなく強かった。母はずっと〝母〟だった。今ではそんな母を尊敬している。
夕方になると母が帰ってきた。「何でもいい、が一番困るのよね」と、子供の頃大好きだったカレーをたっぷりと作ってくれた。「これなら明日何時に起きても食べられるでしょ」と言って。僕は「いつまでも子供扱いだな」と笑い、「助かるわ」と言う。
その日の僕は少しお喋りになった。
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