FILE-25 立て続く新入生狩り
ユーフェミア・マグナンティが
「あらら」
制服の上から小柄な体を覆うほどの黒いマントを羽織った彼女は、鍔広のぶかぶかな帽子を自分の身長と同じほどある長杖で少し持ち上げて夜空を見上げる。
「予定よりちょっと遅くなったみたいだね」
入学して早々、様々な事件が立て続きに発生しているため夜間の外出は控えるように学院側から通達されていた。ユーフェミアはそんなものを律儀に守るつもりはなかったが、面倒事には巻き込まれたくないのも本心である。
施設の研究テーマが実に興味深かったからついつい時間を忘れて居座ってしまった。
時刻は二十二時を回ったところ。夕食時もとっくに過ぎている。とりあえずテキトーにカップ麺でも買って帰ることにしよう。
「お主は強者でござるか? それとも弱者でござるか?」
背後からそんな質問が飛んできたのは、研究施設を出て二百メートルほど歩いた時だった。
「ん?」
振り返った瞬間、目の前に銀色が閃いていた。
「――ッ!?」
ほとんど反射的に後ろに飛んでかわす。銀色の刃――日本刀を振るっていたのは、口元を長いマフラーで隠したポニーテールの少女だった。
「ほう、拙者の初太刀がまともにかわされたのは初めてでござる。……お主、強者でござるな?」
感心と歓喜の感情が入り混じった声で少女が言う。
ユーフェミアは慌てることなく襲撃者を見据える。頭の中で高速に情報を整理し、該当する可能性を抽出して答えを弾き出す。
「ああ、例の辻斬りって君のことか」
早速面倒事に巻き込まれてしまったことに溜息をつきそうになる。
「いざ、尋常に勝負」
両手に握った日本刀を構え、襲撃者の少女が身を低くする。
「奇襲を仕掛けておいてなに言っているのさ。勝負? ごめんだね。ボクは忙しいんだ。通報はしないであげるから他をあたってくれ」
くだらなそうに言うとユーフェミアは踵を返した。敵に背を向けることになるが、たとえ問答無用に襲いかかって来ても対処は余裕だ。
だが、襲撃者の少女が背後から襲ってくることはなかった。
「待たれよ」
目の前にいたのだ。
「……」
ユーフェミアは立ち止り、目を細める。襲撃者の少女の気配は目の前だけでなく、後ろにも確かに存在している。
――辻斬りが二人? 双子かな?
などと的外れなことを考えているうちに右側にも一人、左側にも一人、右斜め前右斜め後ろ左斜め前左斜め後ろ――合計八人の同じ姿格好をした少女に取り囲まれてしまった。
「幻術? ……いや、分身か。ジャパニーズ忍術ってところかな。ふぅん、面白いじゃないか」
薄っすらと、ユーフェミアは口元に笑みを浮かべた。この時代、それも日本になど行ったことのないユーフェミアにとってはとても珍しい術だ。
――興味深い。
「気が変わったよ。ちょっとだけ相手してあげよう」
握っていた杖を掲げる。先端が睡蓮の花を模した形をした、黄道十二宮の十二色に塗り分けられた杖――ロータスワンドだ。
「――参る!」
それを開戦の合図に、八人の少女が一斉に襲いかかってきた。対するユーフェミアは杖の尻で地面を小突く。
たったそれだけで、彼女の周囲から紅蓮の火柱が噴き上がった。
儀式魔術において『杖』とは四代元素の『火』を象徴としている。これは対戦闘用に研ぎ澄まされた
火柱に呑まれた分身がいくつか消える。
ユーフェミアは素早く視線を動かして確認。回避に成功したのは三人。そのうちのどれかが本物だろうが、見分けはつかない。
空中に飛び上がった三人が胸の前で印を結ぶ。
「「「水剋火――甲賀流五行忍術〈
三人同時に唱えた刹那、それぞれの印を結んだ手の前からとてつもない量の水流が放出された。
「なっ!?」
水はあっという間にユーフェミアの火柱を打ち消し、洪水となって路地を満たす。押し流されそうになったユーフェミアはどうにか電柱にしがみついて水が引くまで堪えた。
ぴちゃり、と水溜りを踏みつける音。
敵が来る。
「くっそ、こいつッ!」
ユーフェミアはどこかに流された杖の代わりにペンタクル――五芒星が刻まれたタリスマンを握り締める。
四代元素の『地』を象徴とするペンタクルは、眼前に迫る襲撃者を足止めするように地面を大きく隆起させた。
今のうちに体勢を立て直そう――と思った矢先。
路地を塞いでいた大地の壁は、たった数秒で文字通り斬り崩された。
「やってくれる……ッ! だったらボクも本気で行くよ!!」
マントを翻す。裏側に仕込んでいた大量の〈
それから数十分間、学院都市の一角で爆発音が連続的に轟いた。
☆★☆
誰かからの通報を受けて学院警察が駆けつけた時には全てが終わっていた。
意識を失って倒れているユーフェミアが救護車に乗せられ、警官の生徒たちが現場検証を行っている。
その様子を物陰から伺っていた襲撃者の少女は、戦闘の後で拾ったユーフェミアの学生証に視線を落とす。
「
呟き、ユーフェミアの学生証を捨てて彼女は闇夜に消えた。
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