FILE-24 痛み分け

 アレク・ディオールは研究棟の真下にある花壇に大の字で倒れていた。


「やってくれましたね、あの少年。まさか、この私が体を乗っ取られるとは……」


 油断していたわけではなかった。だが、アレクには霊体を感知する力がないのだ。あの距離からの憑依を初見でかわすのは不可能だった。


 ――次はこうはいきませんよ。


 憑依は相手が精神的に強者であればあるほど効果は薄いが、アレクにとっては〈ガンド撃ち〉よりも脅威となり得る。アレクが精神的弱者というわけではなく、体質というか肉体的な問題で危険視しておく必要がある。


 ――お嬢様に憑依対策のルーンを刻んでもらわないといけませんね。


「アレク~、大丈夫ですか~?」


 そのお嬢様が倒れているアレクを発見して駆け寄ってきた。アレクはようやく動けるようになった上半身を起こすと最愛のご主人に微笑みかけた。


「問題ございません、お嬢様。お嬢様こそ、彼になにかされませんでしたか?」

「わたしの方は大丈夫ですよー」


 アレクが立ち上がるのを助けるフレリアには傷一つ見られない。あの少年――黒羽恭弥のダメージも決して小さくはない。無闇に留まらずさっさと退散したのだろう。


「ねえ、アレク。あの人って本当に悪い人ですか?」

「いいえ。ですが、『良い人』というわけでもないでしょう」

「BMAの人でしたら大丈夫だと思うんですけどねー」


 魔術管理局は犯罪を取り締まる正義の組織ではあるが、秘密結社であることには変わらない。その内部にどれほどドス黒いものが渦巻いているのかは、流石のアレクでも調査するには躊躇が伴われる。


「お嬢様、あまり他人を信用してはなりません。特にこの学院では」

「疑ってばかりだと疲れるだけじゃないですかー」


 フレリアはルーン魔術と錬金術に関しては最高クラスの術者だが、性格がどうも危なっかしい。アレクがしっかりと護衛しておかなければどんな危険に巻き込まれるか心配である。例えば、近頃噂になっている辻斬りとか。

 敵はまだまだ多い。

 できるだけ早く黒羽恭弥から受けた傷を癒す必要がある。


「アレク、わたし一つ思ったんですけどー」


 そう前置きしてからフレリアが語る。


「……それは、盲点でした」


 アレクは僅かに瞠目し、すぐ微笑を浮かべた。


「そうですね。お嬢様がそのようにお考えであれば、明日にでもに提案してみましょう」


        ☆★☆


「おい大将! ボロボロじゃねえか! なにがあったんだ!?」


 旧学棟の前に戻ると、既に集まっていた三人が恭弥の有様を見るや驚愕に目を見開いた。


「問題ない。敵と戦っただけだ」

「問題しかないですよ!? 早く手当てを!?」


 白愛が心配そうに恭弥に駆け寄って肩を支える。別にそうしてもらわなくても歩けるのだが、振り払う余力はないので好意に甘えておくことにした。


「恭弥がそこまでボロボロになる敵って、一体誰なのよ……? ちゃんと倒したんでしょうね?」


 レティシアが深刻そうに腕を組む。倒してはいない。痛み分けといったところだろう。次に戦うことになれば同じ手は通じない。対策を練っておく必要がある。


(外だと誰かに聞かれるかもしれないわ。詳しい話はどこか屋内でしなさい。手当てをしながら、ね)


 頭に声が届く。空を見ると、嘴になにかの箱を咥えたカラスが飛んでいた。

 箱が落とされる。土御門がキャッチすると、それは一般的な救急箱だった。どこからくすねて来たのか知らないが用意周到である。


「エルナ、見ていたのか?」

(途中からね)


 それで必要になると思って救急箱を盗りに行っていたわけだ。ありがたい。


「それじゃ、中に入ろうぜ」


 土御門を先頭に四人と一匹は人目を気にしながら、なぜかレティシアが玄関の鍵を持っている旧学棟へと入っていった。


「で、誰か幽霊部員見つけた?」

「……」

「……」

「……」


 本日のディナーは全員で割り勘となったことは言うまでもない。

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