FILE-26 第一回部員確保会議

 次の日の放課後も恭弥たちは旧学棟の一室に集まっていた。


「今日こそは幽霊部員を見つけるわよ! 誰かいいアイデアがあれば遠慮なく言いなさい!」


 古い講義室の教壇に立ったレティシアは、黒板に『第一回部員確保会議~部活申請書類に署名してもらうには~』と議題を記して恭弥たちに意見を求めた。

 まず恭弥が小さく挙手する。


「はい、恭弥」

「昨日も言ったが、そんなものより『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を探した方が有意義だ。拠点が欲しいなら既にこの旧学棟を自由に使っているじゃないか」

「はい却下! こっそり使ってるから見つかったら追い出されるのよ!」


 コンマ一秒たりとも検討されることなく切り捨てられた。協力するのやめようかな、とそろそろ割と真剣に考え始める恭弥である。


「んじゃあ、オレから提案」

「はい、チャラ男」

「土御門清正です」


 呼び名から既に扱いの悪い土御門は目尻に涙を浮かべそうになるのをぐっと堪えている様子だった。


「誰かテキトーに引っ掛けるだけなら最高の手段があるぜ」

「ふぅん、なにかしら?」

「ハニートラップ」

「帰れ!」


 レティシアの投げたチョークが土御門の眉間に刺さった。


「なんでだよ!? 白愛ちゃんやレティシアちゃんがちょっと大胆な格好して男を釣れば…………白愛ちゃんがちょっと大胆な格好して男を釣れば一発だぜ?」

「今なんであたしの胸見て言い直したのよ!? ぶちコロスわよ!?」


 ついにレティシアが『戦車』のタロットカードを取り出して砲撃を開始してしまった。土御門も土御門でいつの間にか結界を張ってレティシアの攻撃を防いでいる。


「九条さん塩!! んもう塗りたくっちゃって!!」

「えっ? あ、はい!」

「やめて白愛ちゃん昨日の傷に染みる!?」


 一日に何度塩塗れにされれば気が済むのか、土御門は悶絶しながらも微妙に表情を恍惚とさせていた。そっちの世界に突き進むつもりなのだろうか?


 レティシアの気が済んだところで、白愛が控え目に手を挙げた。


「はい、九条さん」

「あの、なにかの交換条件として提示してみるのはどうでしょう?」

「交換条件? 例えば?」

「えっと、すぐに必要な物があるけど自分で動くことができない人がいるとして、代わりにそれを取って来てあげて書類に名前だけ書いてもらうとか?」


 自信なさげに説明する白愛に、初めてレティシアは意見を吟味するように唸った。


「う~ん、いい案だけど、そんな都合よく困ってる人がいるかしら?」

「で、ですよね……」


 あはは、と困り笑いを浮かべる白愛。レティシアはそんな彼女に優しげな微笑を向ける。


「まあ、もしもそんな人がいた場合は使わせてもらうわ。他に意見のある人は?」

「はい! 白愛ちゃんとレティシアちゃんが水着で」

「死ね!」


 不毛だ。

 恭弥は意見を考えることを放棄して窓から空を見上げた。頼れるのは、今もどこかで探索をしているエルナだけだ。


        ☆★☆


 阿藤横道は苛立っていた。

 学院に入学が決まってからというものろくなことがない。フード野郎にわけわからん一撃で病院送りにされ、退院したと思えば今度は意味わからん女にボコられてまた病院に戻されたのだ。

 昨日ようやく二度目の退院となって今日は講義にも出てみたが、入学式から既に不参加だった阿藤にとってはアウェー過ぎる空間で居心地最悪だった。


 学院警察とかいう連中からの事情聴取も非常に億劫だった。辻斬りがどうの言っていたが、阿藤には特に身に覚えはないことだ。まさかフード野郎やあの女が辻斬りの犯人ってわけじゃないだろう。

 どっちも阿藤の方から絡んだのだ。そのくらいの自覚はある。

 だからこそ苛立ちも募る。


「あーくそっ! やってられねえなぁ!」


 このやり場のない怒りをどこかで発散したい。


「ジムにでも行ってサンドバック殴ってくるかぁ?」


 普段なら適当な人間にイチャモンつけてストレス発散させる阿藤であるが、この街でそれをするとまた病院送りになりかねない。ちょっとそういうことに及び腰になっている阿藤だった。


「あぁ?」


 とある旧学棟の前を通った時、阿藤は窓の向こうの講義室に見覚えがある顔を見つけた。


「あの女……それに土御門の野郎も……」


 学院に来る前に絡んでいた大人しそうな女と、気に食わない土御門家の御曹司が一緒にいる。他にも金髪の女と黒髪の男……四人だけで講義をしているわけではあるまい。


「待てよ、あいつらがいるってこたぁ……まさかあの黒髪の野郎がフードの奴か?」


 阿藤の口元が凶悪に歪む。ようやく見つけた復讐の相手。なんだか知らないが四人で集まって楽しそうに学院ライフを過ごしているではないか。


「青春ってやつか? いいねぇ、俺も混ぜてもらおうかなー。ぐっちゃぐちゃになー」


 下衆な台詞を口にし、阿藤が旧学棟の入口を目指そうと一歩踏み出した時――


「ひゃあん!?」


 誰かとぶつかった。


「ああん?」


 見れば、赤みがかった金髪のひ弱そうな女が尻餅をついていた。


「痛いですぅ。ちゃんと前を見て歩いてくださいよー」


 涙目で文句を言う女に、阿藤はどっと冷や汗を掻いて後ろに大きく飛び退った。阿藤の直観が告げている。このパターンは、だと。


「き、来やがれ! 〈八手羅刹〉!」


 先手必勝。印を結んだ阿藤の眼前に八本の腕を持った巨漢が出現する。これでビビって逃げるならよし。向かって来るなら叩き潰す。


「邪魔だ女ぁあッ! 消えろ!」


 阿藤の叫びと共に〈八手羅刹〉が赤毛の女へと突進する。赤毛の女は状況を理解できていないのか、きょとんとした顔で〈八手羅刹〉が迫り来るのをただ見ていた。


 だが、阿藤が扱える最強の式神は、少女にもう二歩で届くという距離で動きを止めた。


 その背中からを生やして。


「お嬢様、お一人で先行なされたらあのような猛獣とエンカウントいたします。お気をつけてください」


 九本目の腕の正体は、〈八手羅刹〉と赤毛の女の間に割って入った執事風な格好をした青年だった。〈八手羅刹〉の筋肉質な体を素手で突き破っていることも驚きだが、いつの間にそこに現れたのか阿藤には見えなかった。


「さて」


 青年が片眼鏡モノクルを煌かせて〈八手羅刹〉を突き破った腕を振るう。〈八手羅刹〉はそれだけで幻のように消え去った。

 そして次の瞬間には、青年は阿藤の目の前に立っていた。


「お嬢様を襲おうとした理由をお話ししていただきましょうか。ちょっと、あちらの学棟の裏で」

「ひぃ!?」


 死神のような笑顔で告げられ、阿藤は〈八手羅刹〉を召喚せず逃げればよかったと後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る