FILE-04 新入生代表挨拶
魔術師の魔術師による魔術師のための教育研究機関。七年制であり、三年次までは総合学科として様々な魔術の基礎部分に触れ、四年次以降は自ら選んだ専門魔術の研究に励むことになる。
故に新入生の学生証の学科欄には『総合学科』としか書かれていない。これは特待生も同じである。
入学式はゴシック建築の聖堂のような広い場所で滞りなく行われていた。
今年の新入生は五百二十五人。世界各国から集まったにしては少ないように感じるが、その全てが絶対数の少ない魔術師だと思えば多い方だろう。
そして黒羽恭弥と同じ特待生の数は五百二十五人中――たったの十三人だった。
入学試験はペーパーテストと実技で評価される。もっとも、これから魔術を習得しようとする者がほとんどであるため、入学前に一定レベル以上の実技を見せられる者は毎年一握り程度しか現れない。
その一握りが十三人の特待生ということだ。バスの中で周囲が驚きざわめいた理由を恭弥はやっと実感できた。
――アレを調べるには特待生程度の権限じゃまだ無理だな。もっと上を目指さないと。
恭弥の入学動機は表向きこそ『多くの魔術体系に触れ、自身の魔術をより研磨させる』としているが、当然のようにそんな考えなど微塵もない。魔術の研磨など、この学院で学んだ程度で高められる段階はとっくに修了している。
恭弥はこの学院のとある秘密を調査するために新入生として潜入したのだ。特待生となったのも権限が上がればなにかと有利になると思ったからであり、これほど目立つ存在になってしまうとは想定外だった。
だが、それならそれで問題はないだろう。『いい意味で目立つ存在』という立場なら信頼を得やすい。諜報活動もやりやすくなるというものだ。
「ふあぁ……やべえ、退屈過ぎて眠くなってきた」
隣で大欠伸なんかしている土御門と一緒にいたら不良のレッテルを張られかねないのが心配であるが……。
「日本は深夜でしたから、眠いのは仕方ないかもしれませんね」
恭弥の真後ろの席に座った九条白愛が苦笑気味に小声で言う。
入学式の席も自由に座ってよく、自然と知り合い同士で固まる風潮があった。恭弥はもちろん、土御門も九条白愛も他に知り合いはいないらしく、当然のように恭弥の周りに集まってくるから『友人』という存在に慣れていない身からすると微妙な気分である。
『続きまして、新入生代表の挨拶です』
恭弥の居心地がどうであろうと、入学式は恙なく進行する。
「おっ、噂のトップ様のご登場だ。かわいこちゃん期待!」
欠伸で溜まった涙を拭って壇上を凝視し始める土御門。とりあえず関係者と思われたくないので誰か席換わってくれないだろうかと切実に思う恭弥だった。
『新入生代表――
「はーい」
名前が呼ばれ、一人の白みの強い金髪の少年が返事をして壇上へと上がっていく。女子ですらなかったことにさぞかしがっかりしているだろうな、と恭弥が視線だけで隣を見ると――
「スヤァ……」
――マジかこいつ!?
土御門は興味を失うや否や全力で夢の世界へと旅立っていた。だらしなくヨダレなんか垂らしてある意味では大物過ぎる。
一応起こそうかもう放っておこうかと恭弥が思案し始めたその時だった。
『はーい皆さんこーんーにーちーはー! こっちちゅーもーく!』
檀上でマイクを受け取った新入生代表が底抜けにふざけた調子の挨拶をぶちかました。
――なんだ?
流石に注目せざるを得ない。壇上に立った白金髪の少年――幽崎・F・クリストファーは、赤い瞳にどこか狂気じみた笑みを浮かべてこの場にいる全員を見下すように話し始める。
『学院のお偉いさんだかなんだか知らねえが、中身のねぇ糞つまんねぇ話聞いててどうだった? 退屈だったろ? 退屈過ぎて寝ちまった奴もいるんじゃないか? いるね。よし寝てる奴の隣にいる奴、とりあえずなにやってもいいから叩き起こせ! 学院での心得だの魔術師としての矜持だの研究と倫理のアレコレだの、そんなくっっっだらねぇもんよりずっと身になる話をこの俺がしてやるからよぉ!』
ギャハハハ! とクスリでもキメているんじゃないかと疑いたくなるくらいのテンションで笑う幽崎。流石に脇に控えていた教員が止めに入ろうとするが、なにやら結界のようなもので阻まれて壇上に登れないでいる。
「なんなんだ、あいつは?」
恭弥は幽崎に言われたからというわけではないが、奴から底知れない身の危険を感じたため隣で爆睡している土御門を揺さぶり起こした。「ふごっ」と変な声を上げて意識を覚醒した土御門は、すぐに周囲の空気を感じ取って表情を固くする。
「なにがあった、大将?」
「正直よくわからん。わかるのは新入生代表がトチ狂った野郎だってことくらいだ」
土御門も壇上に視線を向ける。
その檀上から聖堂の全体を見回した幽崎は満足げにニヤリと唇を歪めた。
『オーケーオーケー、全員こっち向いたな。じゃあ言うぞ』
すぅ、と息を吸い込む音が響く。
意味がわからず困惑した新入生たちの耳障りなざわめきが聞こえる。
幽崎は勿体ぶるような間を空けて――
『近い未来、この学園は血の海に変わりまーす!』
重大発表でもするかのように、言葉の爆弾を思いっきり投げつけた。
『おっと勘違いしないでくれよ。俺は別に預言者でも占術師でもねぇ。つまり俺の言った言葉は未来からの超電波を受信したわけでも占いで出した結果でもないからな』
すぐに補足する幽崎だが発言の意味は変わらない。戸惑う新入生たちや教員たちを見る嗜虐的な赤い眼が愉悦の輝きを宿す。
『じゃあなんでわかるのかって? ハハハ、そりゃあわかるさ。なにせさっき言った『近い未来』ってのが今で――』
笑いを堪えるように額に手を当て、幽崎は新入生たちを指差した。
『――俺がてめぇらを血の海に変えるんだからなぁ!!』
瞬間、ガシャアアアアアアアアアアアアアン!! と。
凄まじい破砕音と共に、聖堂内のガラスというガラスが砕け散って降り注いできた。
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