FILE-05 最悪の入学式
頭上から無数のガラス片が雨のように降り注いでくる。
檀上後ろのステンドグラスも盛大に瓦解した。だが、檀上に立つ幽崎の周囲には不思議と落ちてこない。やはり彼の周りにだけ結界が張られているようである。
ガラス片は教師や新入生たちにだけ襲いかかる。各所から悲鳴が上がり、パニックに陥った者が我先にと出口へと逃げ出そうとした。
これが一般の学校であれば、誰もなにもできずに大勢の怪我人が出ただろう。下手すると死亡する者もいるかもしれない。
しかし、ここは魔術師の学院である。
まず、この場に集まっている教師たちは漏れなくプロの魔術師だ。
そして新入生の中にはほとんど一般人と変わらない者もいるが、この程度の脅威なら即応できる者だって当然いる。
つまり――
対応できる者は即座に魔術を発動させ、降り注ぐガラス片を排除にかかった。
「逃げるな!? オレの周りに集まれ!?」
土御門が周りでパニックになっている者たちに叫び、懐から取り出した数枚の護符を空中にばら撒いた。
素早く印を結び真言を唱える。
すると護符が空中で不自然に移動し、土御門を中心とした四方を囲んで結界を形成した。降り注ぐガラス片は結界に当たると弾かれ、中には決して侵入してこない。
「土御門くん、すごい……」
九条白愛は意外なものを見たように驚いていたが、結界は聖堂のほんの一部を安全地帯にしたに過ぎない。土御門がカバーできない遠くだと被害は免れない。
恭弥はそう思ったが、現実は違った。
土御門の結界外では――同じように結界が張られていたり、なにやら風が巻き上がったり、人間離れした動きの人影がガラス片を弾き落としたりしている。
――意外にできる奴も多いのか?
「!? やべえぞ、大将。でっけえのが来る……ッ!」
土御門が天井を見上げて舌打ちをした。ガラス片だけじゃない。その天井そのものが崩れて巨大な瓦礫となって落下している。
流石にアレは結界が持たない。
「任せろ」
そう判断した恭弥は――すっと。
銃の形を模すように構えた人差し指で、降り注ぐ瓦礫を指した。
〈フィンの一撃〉。
本来は生物にしか効果のない共感魔術の〈ガンド撃ち〉だが、その最強形態であるこの術式であれば物理的な衝撃波を撃ち出すことができる。
阿藤に使った時よりも格段に跳ね上げられた威力の衝撃は――
降り注ぐ瓦礫もガラス片も関係なく、一緒くたに天高くへと押し出した。
「……マジか。黒羽の大将、あんたホントなにもんだよ?」
僅かに残ったガラス片が小さな落下音を立てる中、土御門は見開いた目でポッカリと大穴の穿たれた聖堂の天井を見上げたまま呆然としていた。
「ちょっとガンド魔術が得意なだけのただの学生だが?」
「いやいや、ちょっとどころの話じゃねえよ。やっぱオレが見込んだ通りすんげえなぁ大将は!」
苦笑した土御門だったが、それ以上問い詰めるような真似はせず嬉しげに笑みを改めて恭弥の背中をバシバシ叩いた。
「痛いからやめろ。あと鬱陶しい」
「やーよやーよも好きのうちってかぐふぅ!?」
ふざけて抱き着いてきた土御門をとりあえず拳で黙らせると、恭弥は檀上を睨んだ。この事態を招いた新入生代表は、なにが楽しいのかニヤニヤと嗤っていた。
「……」
「――♪」
恭弥と幽崎の目が合う。睨み合っていた時間は数秒のようで数分にも数時間にも感じられた。
やがてこの場の全員から睨まれ針の筵状態になったことに気づいた幽崎は、フッと目を閉じて降参するように諸手を上げた。
『んな顔すんなよジョークだってジョーク! 俺のいた場所だとこんくらい普通だってーの! わかれよ。ただの挨拶だろ? そもそもてめぇらろくに魔術も使えねぇヒヨコに殺す価値なんかねぇんだよ。……ま、中にはやべえのもいるみたいだがな』
これっぽっちも反省していない調子で喋る幽崎は、狂気的に笑いながら「だがな!」と付け足した。
『腑抜けた気分は吹っ飛んだだろ? 魔術師の世界ってーのはこういう危険だってごまんとあるんだぜ? そんな時に今みてえに誰かに助けてもらおうなんて甘い考えは捨てることだな。まあ、つまりなんだ、魔術習おうってんならそのくれぇ気合い入れろって俺は言いたかったわけよ。――てなわけで、新入生代表様のありがたーいご挨拶でした。まる!』
一息にそれだけ言い残して、幽崎は悠々と口笛なんか吹きながら壇上を下りていった。
すぐに教師たちに取り囲まれ、どこかへと連行されていく。
その様子を眺めながら、恭弥は思う。
――ジョーク? 明らかに本気だったぞ。
流石に対応されることはわかっていたようだが……もし誰もなにもできず本当に血の海に変わっていても構わない、奴の赤い目からはそんな意思が感じ取れた。
――幽崎・F・クリストファー……奴は要注意だな。
まだ予感でしかないが、幽崎は恭弥の『目的』において最大の脅威になるかもしれない。だが、幽崎の馬鹿げた行動のおかげで判明したこともある。
今年の新入生の中には、明らかに『魔術師の卵』ではない存在が何人もいた。正確なところは確認できなかったが、そういう連中がただ魔術を習いに来たとは思えない。
恭弥もその一人であるからこそわかる。
誰がどんな目的で入学して来たのかは知らないが――
「あんたすごかったぞ!」「ねえ、さっきのなんて魔術?」「どこから来たの?」「日本人?」「指差しただけでドカン! だもんな!」「どうよどうよ、これがオレっちの大将の実力よ!」「あ? なんだお前?」「誰?」「えー、オレも頑張って結界張ってたじゃん……」
――この学院の秘密……『
土御門を筆頭に実力を見てしまった他の新入生たちにもみくちゃにされながら、恭弥はそう心の中で決意や覚悟を改めるのだった。
そしてその様子を、聖堂の天井に開いた大穴から一羽のカラスがじっと見下ろしていた。
カラスは恭弥が周囲にいい加減鬱陶しいと訴えるところまで見ると、微笑むように一声鳴いてからいずこへと飛び去って行った。
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