FILE-03 学院都市
魔法陣の『ゲート』をくぐると、そこは異世界だった。
正確には、地球上に存在する別位相の空間ということになっている。先程までいた世界が『表』だとすれば、こちらは『裏』。広さは『表』と同等――つまり、地球と同規模の空間リソースをまるっとコピーした感じだ。
こちらの時間は午前九時。深夜だった場所から一気に明るい場所へと移動したため少々目が眩んでしまった。空に浮かぶのは人工太陽。それほどのエネルギーをどこから得ているのかは学院に隠された秘密の一つである。
回復した視力でまず目に入ったのは、天高く聳える巨大な時計塔だ。アンティークで趣のあるその時計塔から新入生歓迎の鐘が鳴り響いている。
そこを中心とし、主に木造や煉瓦造の建物が密集することで一つの街を形成していた。東京二十三区程度なら余裕で収まってしまうだろう。これが全て総合魔術学院の敷地内である。
学院都市とも呼べる街の外周は高い城壁で囲まれ、その先には未開拓の大地が広がっている。定期的に調査隊が編成されており、長期的には人類全体が移住することも視野に入れているらしい。
「うっひょおぉおっ! すっげーな! これが学校かよ! まるでファンタジー世界じゃねえか!」
黒羽恭弥たちは城壁西門の前に転送されていた。恐らくあちこちで別グループの新入生たちも到着しているはずだ。
「見ろよ黒羽の大将! あの辺なんか武器屋とかありそうだぞ!」
初めて都会に来た田舎者のようにはしゃぐ土御門清正に恭弥は苦笑する。
「土御門、お前、日本から出たことないのか? 建物の造りや街並みはまんま現代のイギリスだろ」
「へえ、そうなのか? ま、オレにとっちゃ日本から出りゃどこだって異世界だがな!」
「ここには世界中の人間が集まっている。最低でも英語はできないと話にもならんぞ?」
「ハハッ、きっついとこ突いてくるねぇ黒羽の大将。まあ、なんとかなるっしょ」
楽観的な土御門だが実際になんとかするだろう。言語の壁など魔術でどうとでもできる。魔術師の卵でもそのくらいの心得はあるはずだ。
ふと、恭弥は背後を振り返った。
西門の前に出現していた魔法陣の『ゲート』は、最後の一人――気絶した阿藤を二足歩行する黒猫たちが担架で運んでいた――を通したことで既に消えている。これで表の世界との繋がりは断たれた。戻るには学院側で相応の手続きをして『ゲート』を開いてもらわなければならない。
――自由に出入りできないのは少々不便だな。
「どうした大将? もうホームシックか?」
「いや、なんでもない」
怪訝そうに眉を顰める土御門に恭弥は首を横に振った。
すると――
『
拡声器を片手に教師と思われる若い女性がバス停留所の前で大きく手を振っていた。廃ビルにいた時に聞いた声と同じだ。
『学生証を配りますのでー、呼ばれた方から受け取ってバスに乗ってくださーい!』
周りの新入生がぞろぞろと移動を始めたので、恭弥たちもその流れに乗る。名前を呼ばれて進み出ると、一枚の顔写真付きカードを渡された。
薄いブロンズカラーのカードには顔写真の他に、学生番号や名前・生年月日などの個人情報、学科に所属クラス、そして階級が表記されていた。
「おおう!? 黒羽の大将よ、あんたやっぱ
バスの座席に適当に座ると、当然のように隣に陣取った土御門が恭弥の学生証を見て目を丸くした。その瞬間、他の新入生たちもざわつき始める。
「驚くことか? 入試である程度の実技を見せれば誰だって特待生でスタートだ」
「そうとも限らんよ。オレだって一応実技もできたが、この通り普通の新入生だし」
そう言って土御門は自分の学生証を見せる。まずカードの色から違っていた。恭弥のカードはブロンズカラーだったが、土御門のカードはなんの味気もないホワイトだ。
そして『階級』の項目には
総合魔術学院は『
さらに本人が望めば、通常は四年次から配属される専門分野の研究室にも早年に入ることが許される。
要するに、特待生はただの新入生より一歩も二歩もリードしているということだ。
「もしかして、新入生代表の挨拶は大将がやんのか?」
「まさか。それは筆記も実技もトップの奴だろ? 俺じゃない」
「そっかぁ~、じゃあ新入生代表ってどんな奴だろうな? かわいこちゃんだったらいいなぁ」
「そうだとしてもお前じゃ相手にされないさ」
「うわーお、大将ってば厳しいこと言っちゃうねぇ」
わざとらしくおどける土御門は魔術師じゃなくて奇術師に転職すればいいのに、と割と真面目に思う恭弥である。
と――
「あの、大将さん……ですか?」
「「?」」
なんとなく聞き覚えのある声がかけられた。見ると恭弥たちが座っている席のすぐ横に一人の少女が立っていた。
腰まで届く艶やかな黒髪に人形みたいな整った顔立ちの美少女だ。少しオロオロした様子で恭弥を見る彼女が、さっきまで阿藤に絡まれていたあの少女であることを思い出す。
「えーと、もし俺のことだったなら名前は『大将』じゃない。それはこいつが勝手に言ってるだけだからな」
「わっ!? し、失礼しました!?」
間違いだと知った少女は慌てて頭を下げる。恥ずかしいのか顔は真っ赤だった。
「大将の名前は『黒羽恭弥』っていうんだよなー♪」
「おい、土御門、なに勝手に――」
「く、黒羽恭弥さん! あの、先程は助けていただきありがとうございました!」
ニヤリと意地悪く笑う土御門に文句を言おうとした恭弥だったが、まだ顔の赤い少女が勢いのままもう一度深々と頭を下げてきた。
「わたし、
言うだけ言うと、彼女は逃げるように去ってバスの後ろの方の席についた。
その様子に、土御門がジト目で恭弥を睨んで不服そうに言う。
「……あーあー、大将だけフラグ立てちゃってまあ」
「だったらお前が助けてればよかったんじゃないか?」
「それなんよ。実はオレ、あの時便所行ってて大将が阿藤をとっちめるとこからしか見てねえの。ほら、夜って冷えるじゃん?」
「我慢しとけよ、そこは」
そうこう無益な会話をしているうちに、新入生全員が乗り込んだバスは入学式の開場に向けて出発するのだった。
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