第1話-7
集まっていた集団は、私たちを見て道を開けてくれた。
私たちに気が付いた者が、隣の者にヒソヒソと囁きながら道を開けて、その囁きが小波のように広がっていく。
ほら見ろあいつらだと、私たちに向けられる瞳は語る。
その様は、事情を知っている私でなくとも感じ取れるような不穏さを漂わせていた。
彼らが退いたのは、私たちを通すためというよりも、私たちを遠巻きにしたいという願望からだろうと感じられるような。
自分たちは関係無いのだと、一線を引きたいのだろうと感じられるような、薄く曖昧な拒絶の気配。
「………………」
先を行くクラスメートもそれを感じているのか、無言で下駄箱に向かう。
そして。
「………なによ、これ………?」
呆然と呟く彼女の目の前には、
溢れる程に封筒が詰め込まれた、
自分のクラスの下駄箱だった。
「………………」
封筒は、私のクラスの全ての下駄箱に詰め込まれていたようだ。幾つか空になったものもあったが、代わりに靴が入っているからそれは多分、私たちより早く登校した生徒だろう。
クラスメートは、小刻みに身体を震わせていた。血の気が引き、蒼白な横顔からはドロリとした汗が数滴、滴っている。
無理もないなと、私は思った。
下駄箱は上下二段、スニーカーくらいの大きさの靴がギリギリ一足ずつ入れられる高さしかない。ブーツは勿論、体格の良い男子などは運動靴が入りきらないと嘆く程の狭さだ。
そこに、封筒は文字通り詰め込まれている。
まるで花束のように咲いた白い紙の束は、取り出すのが困難な程にきつく、奥まで力ずくで詰められたために歪んでさえいる。
一クラス三十名分の下駄箱に咲いた純白の花は、しかし優雅さなどは感じない――そこから感じるのは、ただただ【執念】の一言だ。
知っていた私でさえ背筋が冷える光景だ。なにも知らずいきなり不意打たれた彼女の動揺は計り知れないだろう。
同情さえ感じる――そう言ったら、神様に怒られるだろうか。
お前にそんな、他人事みたいに語る資格はないぞと叱られるだろうか。
私もまた、封筒が詰められた自分の下駄箱を眺める。結局は私自身もクラスメートたちと同じ、罪人なのだから。
「なにこれ?!誰のイタズラよ!!」
甲高く叫ぶクラスメートは、半歩
「落ち着いて、みか。………周り、見て?」
「え?………あ」
促すと、ようやく彼女は周りに人だかりが出来ている事を思い出したようだった。
周囲の目というものは、どんなときでも人を冷静にする冷や水だ。野次馬たちの好奇心に背を押されるように、彼女は乱暴に上履きを引きずり出すと、零れた封筒もそのままに、逃げるように教室へ駆け出した。
「………」
私は肩をすくめると靴を履き変える。その拍子に白い洪水が起き、私は屈んで、そこへ手を伸ばした。
「おい、なんの騒ぎだこれはっ!!」
野太い声が響き、続いてドタドタという重い足音が近付く。
途端に野次馬たちのざわめきが大きくなり、彼らは蜘蛛の子を散らすように各々の下駄箱へと歩き出した。
じき教師が現れて、ここを片付けるだろう――あたかも何もなかったかのように、表面だけは取り繕った平和に変える。
私は立ち上がると、先に行った少女を追い掛け歩き出す。それから、下駄箱を振り返るとため息をついた。
白は無垢なる色だという。だが、無垢はけして無罪ではない。
「どういうことよ、あれ………!」
「知るかよ、くそ、悪ふざけしやがって………」
教室は、予想通り騒がしい。誰も彼も、大なり小なり声をあげて、今朝の下駄箱での騒動を語っている。
私のあとに教室に来た者たちは、封筒など丸っきり見ていなかった。やはり、教師が片付けたのだろう。
片付け、埋め立て、整えたのだろう。
脱落しないよう、突出しないよう、個性を消して均して、異常なしと報告するのだ。
「不気味だったぜ、あの光景、夢に見そうだ………」
「へへ、ビビりだなお前」
「見てないからそんなこと言うのよ、あんたは!」
「だって、仕方がないじゃない、見てないんだから。っていうか、今日なんか暑くない?気のせい?」
「窓開けないでよ?私花粉症なの」
クーラーの前で言って、私はリモコンを操作する。唸りをあげるクーラーから吐き出された風に目を細めると、私はリモコンを持ったまま席に戻った。
私は内心ため息をついた。
対応が早い。これでは、これから先登校した生徒たちは封筒を見ないことになる。
最悪の準備をしておいて、本当に良かった。
「………見たい?」
私はそう言うと、鞄から一枚の封筒を取り出した。念のために、拾っておいたのだ。
「うそ、それ?」
「しぐしぐ流石、見せて見せて!!」
そっと私の手から離れた封筒は、あっという間にクラスメートの固まりに渡った。その封が、力任せに開かれていく。
中から出てきた手紙を、クラス中の人間が覗き込む。そして、
彼らは悲鳴をあげ、それを放り投げた。
はらりはらりと軽やかに、手紙は床に舞い落ちた。
そこには血のような赤い絵の具で、書きなぐったような粗い文字が踊っていた。
『許さない』、そう書かれていた。
『あなたたちも同じ目に会わせる』と続いていた。それから、私たちが何をしたかが事細かに記録されていた。
最後に、差出人の名前が書いてあった。
それは、死者の名前だった。
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