第1話-6

「あ、しぐしぐ、おはよー」

「みか、おはよー」

 早朝、通学路でクラスメートと出会い、私は笑顔を浮かべた。

 浮かべただけだ。中身は全然笑えるような状態じゃない。

 昨日は、いろんなことがありすぎた。くーちゃんとの再会に【悪魔】との契約、そして、突然告げられた私の運命。

 文字にして並べるとすごいな、本当に漫画みたいだ………ただし、ハッピーエンドは待ってないけれど。

 今の私は、首に縄を掛けられた罪人だ。あとはいつ吊るされるか、それしか未来には待っていない。

 私の隣で、クラスメートは私に歩調を合わせ、並んで歩いている。昨日見たテレビの話題とか、雑誌の特集とか、SNSに上げた写真の反応とか、どうでもいいことを楽しそうに話している。

 もちろんわかる。

 彼女にとってはそれらはどうでもよくなんかない。とても気になる、大事なことなのだろう。私だって一昨日の朝までは、同じようなことで同じように笑っていたのだから。

 もう、わからないけれど。

 今の私にとっては、彼女が大事に思う全てが色褪せている。残りがどれだけあるかわからない、生きてる時間の浪費に感じてしまうのだ。

 それでも私は笑って、クラスメートの話に付き合う。適当なところで相づちを打ち、面白いと笑い、共感している振りをする。あなたと話すのは楽しいですよと、心にもないことを言葉でなく伝える。

 それが、人付き合い。学校という狭い社会において生存するための必須科目スキルだ。

 それにしくじると、その個体は淘汰される。そう………、

 歩く私の前には、同じ制服の背中の列。後ろを振り向けば、同じ制服に身を包んだ生徒たちが歩いてきていることだろう。

 みんな同じ。同じように笑って、同じようにムカついて。

 違う者を排除する………同じように。

 私の顔は、彼女たちと同じだ。だけど、中身はもう違う。私の昨日を話したとして、理解してくれる人は誰もいない。

「でさあ、あの司会者マジ良いよね!ツッキーの魅力引き出してるってか………わかる?」

 わからない。何も、わからない。私にも、あなたにも。思いながらも私の唇は微笑み、そして嘘を吐いた。

「うん、わかるわ」

 誰もがその嘘を疑わない。だから、私も疑わない。それが、社会だ。



「ねぇ、そういえば。今日はどうする?」

 ありふれた質問だった。さっきまでの話と同じくらいに下らない、どこででも、誰とでも話すような内容の質問。

 だが、私は言葉に詰まった。彼女が言った言葉の、その意味を知っているから。

 クラスメートの少女は、ニコニコと笑いながら私の顔を覗き込む。

「しぐしぐも楽しみでしょ??」

 その瞳には悪意というものがなかった。ひたすらに楽しそうで、私に問い掛けていた――

 悪気はない。無邪気な笑顔で、クラスメートは私に尋ねる。

?」

「………っ」

 当たり前のように、いつものことだというように、クラスメートは私に委ねる。クラスの秩序から外れた、哀れな羊の調理方法を。

 少女は、それが悪だと思っていない。

 何故なら、。自分達と違うものは、自分達と同じには扱われないから。

 だから、違うように扱う。それが当たり前だというように。

 昨日までの私も、きっと同じだった。同じように疑わず、同じように笑って、違うことを恐れていた。

 今の私は、もう違う。だけど………だからこそ恐れている。それが、わかられることを。

 だから、私も微笑んだ。楽しそうに、嬉しそうに。………そう、見えるように。



「………今日は、くー………坂上さんはお休みだって。なんか、風邪らしいよ」

「えぇっ!?」

 私の言葉に、クラスメートは大きな声を出した。言った私が驚くほどに。

 彼女は照れたように頬を掻くと、辺りを気にしつつ声をひそめた。

「………なんで知ってるの………?」

「………家が近いの。向かいだから、お母さんが伝えてって」

「ふうん………」探るようなクラスメートの視線に、私はそっと息をひそめる。身体が、じっとりと嫌な汗に湿り、鼓動が早まるのを感じた。

 幸い、彼女はさして疑問に思わなかったようだ。「そっかあ、残念。昨日、いろいろ考えてたのにさ」

「そうなんだ、残念、だね」

「そうだよ?どうやろうかなって、例えばトイレでさ………」

 それから学校につくまでの間彼女は私に、どう料理するかアイディアを事細かに語ってくれた。楽しそうに、ねえねえ聞いてスゴいでしょうと誇らしげに語った。

 その中身は、思い出したくもない。



「………でさ、あとはね………」

「うん、ん………?みか、あれ何だろう?」

「え?」

 指差した先、下駄箱には、何だか人だかりがある。生徒たちがわらわらと集まり、下駄箱のなかを覗き込んでいるようだ。

「なんだろ、今日なんかあったっけ?」

「さあ………」

「なんかさ、あれみたい!ドラマの撮影見てるファンってあんな感じじゃない?もしかして、撮影かもよ?」

「………行ってみる?」

「もちろん!!」

 彼女は頷き、私を置き去りに走り出した。私のことなんかより、目前の騒ぎの方が気になるらしい。

 

 私もあとに続く。誰も見ていない私の顔は、果たして楽しそうだっただろうか。

 それとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る