第四話 照らされた花


 「お姉ちゃんどこ?」

またあの夢の続きで私は姉を探していた。白い光に包まれた空間の先に、ある屋敷が見えた。

「ここだよ。早く見つけて。」

懐かしい声が微かに聞こえた。よく耳をすますと近くに感じた。どうやら声がしているのは屋敷の中からではないようだ。目を閉じ、ゆっくりと姉の声を辿ると屋敷の裏に辿り着いた。そこには美しい花が石でできた囲いから蔓延っていた。バラだろうか。青々と茂る蔓が、可愛らしい黄色の花を際立たせるかのように延びていた。姉の声は聞こえなくなった。花壇へ近づこうとすると以前の夢のようにどこからともなく声がした。

「ここなら春兄にバレないと思うけど。」

「ありがとう雪彦くん。」

「別にいいけど、何を植えるの?」

「モッコウバラよ。近所の方に頂いたの。雪彦くん、植物に詳しいでしょ。育て方、教えてもらえないかな?」

「いいけど、何で春兄に秘密なの?」

「モッコウバラの花言葉知ってる?」

「僕を誰だと思ってるの。」

「ふふ、ちゃんと花が開いたら春太郎さんに見せるんだ。それとね…。」

声がどんどん遠のいて行く。「待って!」と言う自分の声で目が覚めた。頬は冷たく濡れていた。

朝の五時で屋敷の方たちはまだ眠っているだろう。

夢なんて根拠がない。そう思いながらもそっと屋敷を抜け花壇の前へ来ていた。枯れた蔓をかき集め、力を込め一気に抜いた。

「椿お姉ちゃん、ごめんね。」

手で土を撫でるように掘り下げると、夢と同じように白くて硬そうなものが見えた。

「椿お姉ちゃん、見つけた。」

これ以上掘り進められる気がしなかったので、上から土を優しく被せた。

「お姉ちゃん、ちゃんと家に連れて帰ってあげるからね。」

あの夢は姉が見せてくれたのだ。そしてここに導いてくれた。こんな冷たい土の中に一人で寂しかっただろう。どうしてこんなことになってしまったのか。戸惑い、悲しみ、いろんな感情が頭の中を支配した。どれだけの時間、花壇の前に座り込んでいたのだろう。

ふと背後に気配を感じた。

「あーあ、見つかっちゃった。」

そこに立っていたのは、人懐っこい性格や無邪気な笑顔からかけ離れ、冷めた表情を浮かべる雪彦だった。

「雪彦さんがお姉ちゃんを…?」

「境遇も顔も性格も椿さんに似てたからもしかしてって思ったけど、やっぱり姉妹だったんだ。」

驚きと恐怖で声が出なかった。

「殺すつもりはなかった。事故だって言ったら百合子さんは怒るかな?」

雪彦は空を見上げながら続けて言った。

「本当はね、春兄を殺すつもりだったんだ。この屋敷に来て間もない百合子さんにでも分かるでしょ?僕たち兄弟があまり仲良くないってこと。」

言われてみれば、兄弟が顔を合わせるのは食事の時くらいであり、あまり一緒に居る姿を見たことがない。

「本当は僕の父さんと兄さん達の父さんは違うんだ。母さんが浮気してできた子が僕で、僕をこの家に残し出て行った。生まれた子供が自分の子供でないと分かった兄さん達の父さんは絶望して自殺した。僕達と莫大な遺産を残して。その遺産のおかげで僕達は生きてこれたけど、両親が大好きだった春兄ら僕を憎んでいたんじゃないかな?僕の父さんのせいで家庭がめちゃくちゃになった上、そいつの息子は血も繋がらない人の遺産で生きている。それなのに春兄は僕に優しくするんだ。もちろん秋兄も。そんな二人がたまらなく嫌だった。憐れまれたり、同情されるくらいなら、いっそ二人を殺して遺産を奪ってやろうって。」

「それでどうしてお姉ちゃんが…?」

「やっぱり二人を殺すなんて無理だって思ってた。そんな時に椿さんがこの屋敷にやって来た。君と同じ様にね。両親を失った僕らには、椿さんがお母さんの様な存在だった。」

「姉さんがここで働きだしたのはいつ頃ですか?」

「三年前からちょうど五ヶ月前までずっと働いていたよ。」

「それまでは生きていたのね。じゃあどうして手紙の一つもよこさなかったのかしら?」

一人言のように呟いていたが、雪彦は全てを知っていた。

「椿さんは手紙を出していたよ。家族にも会いたがっていた。」

「でも、手紙は一通も来なかった。」

「春兄だよ。春兄が全部燃やしたんだ。母さんに裏切られてショックでおかしくなったんだ。椿さんが自分から離れていくのを恐れていた。春兄と椿さんはお互い想い合っていたから、椿さんも春兄の気持ちを受け入れていた。けどね、やっぱり辛そうだった。たまにこの花壇に来て泣いてた。僕、椿さんが大好きだったから自由にしてあげたいと思った。だから春兄のお茶に毒を盛って椿さんに届けさせたんだ。そしたら椿さんがお茶飲んじゃったみたい。ここで冷たくなってた。」

雪彦さんは私が座り込んでいる場所を指差した。

「今思うとね、毒を盛ったこと気づいてたんじゃないかって。どうして飲んだのかだけが分からないんだけどね。」

「そう…だったの。」

これ以上言葉を紡ぐことができなかった。

「春兄は椿さんが亡くなったことを知らない。僕は突然辞めて出て行ってしまったって嘘を吐いた。百合子さんがくるまでの五ヶ月、春兄は抜け殻だったよ。秋兄は春兄がおかしくなって椿さんを殺したって思ってる。だからまた同じことを繰り返さないように百合子さんを辞めさせようって必死だったんだ思う。」

「秋人さんが…?」

「この屋敷で一番まともだと思う。あのさ、図々しい事は承知で一つお願いしてもいいかな?」

吹き去った夏風は冷たかった。


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