第28話 サウザンドトーナメント開幕
開幕当日の朝。コンコンと、タオが遠慮がちにエルカの部屋のドアをノックした。
「エルカ、起きてる? もう皆準備出来てるよ」
「……ああ、私も今準備終わったところ。入っていいわよ」
扉の向こうから、いつも通りのエルカの声。扉を開け、タオの目に飛び込んできたのは…………まるでウエディングドレスのような、純白のドレスを身に纏ったエルカだった。過去にエルカは、ドレスは戦闘服だと言っていた。あれは冗談などではなかった。これが最も、エルカが全力を出せる格好だった。
「でも……何で白?」
「この方が、返り血が染みて分かりやすいでしょ?」
「……あ、あはは」
エルカはその純白のドレスをキャンバスにして、返り血のアートを描くつもりだ。エルカの感性には、タオはとてもついて行けない。そして、タオはもう一つ大きな変化に気付いた。
「あっ! エルカ、その髪は!?」
「何よ、今更気付いたの?」
腰まで真っ直ぐに伸びていた、エルカの長い髪がバッサリと切られていた。今は肩に付くか付かないかぐらいの長さしかない。
「別に髪切ったからって強くなるわけじゃないけどね。まあ、単なる気合いがけよ。元々戦いには必要の無い物だったし」
エルカはそう言ってふっと笑いながら、タオの横をすり抜けて部屋から出て行った。タオはその後ろ姿を、呆気に取られながら目で追った。
「……綺麗だったのになぁ、あの髪。まあ、ショートも似合ってるけど」
少しだけ緊張がほぐれた。エルカがいればきっと大丈夫。負けるはずがない。そう思うと安心できるのだ。タオも改めて気合いを入れ直し、エルカの後を追った。
城の外では、代表メンバーのベルーゼ、カゲト、レオンは勿論のこと、スケ夫、タルト、ヤドック、そしてベルーゼの手下達全員がエルカとタオを待っていた。試合の参加は出来ないが、応援する事は出来る。手下達も、微力ながらこの三ヶ月間、代表メンバー達の修行を手伝ってきたのだ。彼らも六人目のメンバーとして、サウザンドトーナメントを共に戦う心構えだ。
「よし、これで全員揃ったな」
ベルーゼの表情はどことなく固い。ベルーゼもやはり緊張している。レオンや手下達も同じだ。タルトはいつも通り無表情。カゲトには余裕が見られるが、いつもと少し雰囲気が違う。その事に気付いている者はいなかった。
「さて……ところでベルーゼ。今まで聞いてなかったけど、サウザンドトーナメントはどこでやるの?」
「開幕当日に、魂の泉の上空に千年島と呼ばれる島が現れるらしい。試合はそこで行われる」
「へえ、空に浮かぶ島で戦うの? 面白そうじゃない」
「上陸した時点で、ジャッジ達が定めたルールに全員が従わなければならない。ルールはいろいろあるからな。それは行く途中に説明してやる」
飛べない者は飛べる者の背に乗り、千年島に向かって飛び立っていった。魔界の生温い風が、彼らの全身を撫でていく。普段は見慣れている雲も、今日はいつもと違って見える。
背の上のエルカに、ベルーゼはルール説明を始めた。まず、試合中以外での他エリアの者との戦いはご法度。もちろん、メンバー以外の者同士での小競り合いも禁止。トーナメントの組み合わせはクジ引きで決められる。試合開始前に、五戦マッチか勝ち抜き戦か、どちらの形式でやるかを決める。決める権利を与えられるのは、ジャッジによるコイントスの結果を当てた方のチームに与えられる。五戦マッチは、両チームの代表者が順番に一回ずつ戦い、先に三勝した方が勝利。勝ち抜き戦は、負けたら次のメンバーと交代していき、勝った方はそのまま次の試合も戦う。先に相手チームを全員倒したチームが勝利だ。試合毎の敗北条件は以下の通り。死亡、気絶、降参、場外への落下、ダウン後の十秒経過、この五つだ。第三者による直接の手助けや、ジャッジへ危害を加えたりした者は即失格となる。
「とまあ、こんなところだ。特に最初に言った事には注意しろよ。他エリアの奴に絡まれても、絶対に手を出すな」
「分かってるわよ。そんな下らない事で失格になったら、せっかくのお楽しみがパーになるじゃない」
話している内に、魂の泉が近付いてきた。そしてその遥か上空には、ベルーゼの話の通り、千年島がその圧倒的な存在感を放っていた。島の陸上には、山、谷、川、森などが自然のままに広がっており、一見すると空に浮いている事以外はどこにでもある風景がそこにあった。
しかし、一つだけ大きく違っているのは、島の中央に巨大な闘技場が建っているという点だった。ドーム型なので、そこからだと内部までは見えない。エルカは、まるで遊園地を目の前にした子供のように目を輝かせた。早く行きたい。早く戦いたい。体の疼きを必死で押さえる。
「エルカ見て。他エリアの人達も集まってくるよ」
タオの言うように、闘技場に近付くにつれて各方面から続々と集まってきていた。闘技場の周りには既に大勢の魔物達が集まっており、エリア間での睨み合いが勃発していた。
もちろん、そこから掴み合いや殴り合いに発展する事はない。精々、罵り合いまでだ。そしてその罵り合いも、エルカ達が闘技場前に着地すると同時にピタリと止んだ。そして物珍しそうにジロジロと観察し始める。
「……おい、あれってBエリアの奴らじゃねえのか?」
「ああ。あそこにいるゴブリン、以前うちのエリアにいて、Bエリアに移った奴だぜ」
「馬鹿言え。落ちこぼれ軍団のBエリアが、こんな所に来るわけねえだろ」
「いや、噂によるとここ最近次々と他エリアに喧嘩を吹っ掛けて、ぶっ潰してるって話だぜ」
「はあ? 何かの間違いだろ」
「ていうか、あの女人間じゃねえのか?」
「ああ。ガキの方も人間だぜ。何でこんな所にいるんだ?」
無駄に注目を浴びてしまい、口々に好き勝手なことを言われてしまう。手下達は気まずそうに目を伏せていたが、当然ながらエルカは全く気にしていなかった。
定刻となり、闘技場内からジャッジが姿を現した。それも一人ではない。エルカ達が魂の泉で会ったジャッジと、同じ姿をした者が十七人いる。ざわついていた者達も、それぞれ口をつぐむ。
「……皆様、お集まりのようですね。ではこれより、サウザンドトーナメントを開催致します」
ジャッジの声は、拡声器も使ってないのに、その場にいる数万人の耳に届いた。耳元で囁かれるような不快感を覚える者も少なくない。
闘技場入口の上の掲示板に、トーナメント表が映し出された。組み合わせはこれから決めるからなのか、まだそこには名前は書かれていない。一番から十六番までの数字があるだけだ。しかしただ一つ、一番左にHエリアとだけ書かれている。
「今回の参加エリア数は十七エリアです。一番もしくは二番の勝者は一回戦終了後に、一・五回戦として前回優勝エリアのHエリアと試合をして頂きます。では、エントリー順にエリア名を呼びますので、クジを引いていって下さい。まずは、Rエリアからどうぞ」
そうして、各エリアのボス達が順番に前に出て、ジャッジが手に持った箱の中から、番号の書かれた球を取りだしていった。その度に、トーナメント表にエリアの名前が自動的に刻まれていく。そして十番目に、Bエリアが呼ばれた。
「ベルーゼ、あんたが行きな。一応あんたがボスなんだから」
「ん、ああ。分かった」
ベルーゼはエルカに促されて前に出た。ベルーゼもエルカも注目しているのは、当然Sエリアだ。SエリアはBエリアの前にクジを引き終わり、十四番を引いた。つまり、一番から八番までのいずれかを引けば逆のブロックになるので、Sエリアと当たるのは決勝という事になる。そして決勝で当たるのがエルカの望みだ。
この三ヶ月で死に物狂いで己の肉体を鍛え直してきたが、エルカの見立てでは、未だに自分の力はスパーダを超えてはいない。このトーナメントで、出来るだけ多くの戦いを経験する必要があるのだ。その事はベルーゼも知っている。だから十三番を引いて、一回戦でSエリアと当たるのだけは絶対に許されない。
ベルーゼは緊張の面持ちで箱に手を入れ、不安を掻き消すように球を勢いよく取り出した。
「…………一番だ」
一番……Sエリアとは逆ブロックになった。しかし、レオンはそれを見て顔をしかめた。
「おいおい……Hエリアの隣じゃないか。次の試合で当たることになるよ」
そして一番ということは、他エリアよりも試合回数が一回多くなるということだ。順当にいけば以下の通りになる。まずは一回戦で二番と当たり、一・五回戦でHエリア。二回戦で三番か四番の勝者。準決勝で五~八番の勝者。決勝で九~十六番の勝者と当たることになる。もちろん、試合数が多くなるのはエルカの望むところだ。そういう意味では、ベルーゼは最高の番号を引き当てたと言える。
「まあ、前回優勝っつったって、それは千年前の話だ。当時のメンバーは、誰も生きちゃあいねえよ。だから、今も強いとは限らねえさ」
カゲトがレオンに言った。レオンは一応は納得したが、まだ若干不安が拭えない様子だ。そして、全てのエリアがクジを引き終えた。ジャッジが前に出て一礼する。
「……お疲れ様でした。では、一回戦の組み合わせはこの通りになりましたので、各自ご確認下さい。皆様のご健闘を、ジャッジ一同心よりお祈りいたします」
Hエリア
第一試合 Bエリア対Cエリア
第二試合 Fエリア対Vエリア
第三試合 Jエリア対Pエリア
第四試合 Qエリア対Gエリア
第五試合 Wエリア対Rエリア
第六試合 Uエリア対Iエリア
第七試合 Yエリア対Sエリア
第八試合 Eエリア対Xエリア
「しかし……今回は随分参加エリアが多いんだな。過去最多じゃないのか」
ベルーゼが掲示板を見上げながら呟いた。
「そうなの?」
「ああ。こんなリスクだらけの大会、自分達が百パーセント優勝出来ると思ってる奴しか基本的に参加しないからな。過去のサウザンドトーナメントでは、多くても十エリアぐらいしか参加していなかったらしい。しかし今回は、今まで俺達が潰してきたエリアと、レオンのLエリア以外は全員参加してるんじゃないか?」
「今回は好戦的な輩が多いってことかしらね。結構なことだわ」
エルカが満足そうに口を緩めた。しかし、タオがあることに気付いた。
「あれ? ちょっと待って下さい。一つ足りなくないですか? 参加エリアは全二十六エリア中、十七エリアですよね。不参加なのはLエリアと、既に陥落した、M、K、T、D、O、Z、Aエリア。八つだから……ほら、もう一つ不参加エリアがあります」
言われてみれば確かに……と、エルカ達は改めてトーナメント表を見て考えた。
「……Nエリアが来てませんね」
最初に気付いたのはタルトだった。
「ああ、Nエリアね。そういえばカゲト、Nエリアって確かあんたの出身地よね。あんたは戦い好きなのに、Nエリアの連中は腰抜けばかりなの?」
「…………」
「カゲト?」
「えっ? あ、ああ……そうだな。俺は退屈なのが嫌いだから、そこを出たんだよ。ははは」
「ふーん……」
無理矢理笑顔を作るカゲト。最近どうもカゲトの様子がおかしいとエルカは感じていた。サウザンドトーナメントへの誘いをした時も、エルカはカゲトの反応に違和感を覚えていた。唯一、不参加理由不明の出身地と何か関係があるのか。そこまで考えたものの、無用な詮索は止めた。今はただ、目の前の戦い……即ちCエリアとの戦いに集中するべきだと考えた。
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