第24話 Bエリア代表

 集落から三キロほど離れた場所で、エルカとレオンが向かい合った。ベルーゼ、タオ、タルトの三人は少し離れた所に立っている。レオンがライフルを下ろし、代わりに腰のホルスターからハンドガンを二丁抜き、銃口をエルカに向けた。


「見ての通り、僕の武器はこういった類の物ばかりだ。だから、怪我させないように加減することは不可能だ。それでもやるかい?」


「どーぞお気になさらず。私も手加減は苦手だから、骨の一本や二本折れても文句言わないでね」


「じゃあ行くよ。タルトちゃん、僕の戦いぶりを見ていてくれよ」


 タルトに微笑みかけるレオン。タルトは全くの無反応だが、レオンは気にせずに戦いに集中し、引き金を連続で絞った。人間界のハンドガンでは決して出せない弾速と飛距離。しかし、エルカはそれを難なく躱し続ける。

 レオンが片方のハンドガンを収め、懐に手を入れた。取り出したのは、五つに連なった手榴弾だ。レオンがまとめてピンを抜き、エルカの周りを取り囲むように投げつける。手榴弾如きではエルカに傷一つつける事は出来ない…………というのは、あくまでも人間界での話だ。

 先程のハンドガンの弾丸同様、この手榴弾も並の性能ではないと予測したエルカが、その場から退避した直後、五つの手榴弾が一斉に大爆発を起こす。予想通り、明らかに手榴弾の威力ではない。そこには、巨大なクレーターがぽっかりと出来上がっていた。


「逃がさないよ」


 いつの間に、そしてどこから取り出したのか、レオンはサブマシンガンを構えていた。雨のような弾丸がエルカを襲う。流石にこれは避けきれない……誰もがそう思った。しかし、これすらもエルカは紙一重で避ける。これにはレオンも焦りの色を見せ始めた。


「し、信じられないな……。それなら、これはどうだ!」


 レオンがポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押した。するとその直後、集落からミサイルが飛び出し、エルカ目掛けて猛スピードで向かってきた。今度は避けようとはしない。逆にミサイルの方に真っ直ぐ走り出し、衝突寸前に弾頭を真上に蹴り上げた。軌道を変えられたミサイルは、遥か上空まで飛んでいき、最後には花火のように弾け飛んだ。

 レオンの背筋を冷や汗が伝う。今までに戦った奴等とは、次元が違う。完全に試されている。もちろんそういう名目で戦っているのは分かっているが、それでもここまでの余裕を見せ付けられるとは、レオンは予想していなかった。


「今のところ、あんたの武器の強さしか分からないわね。あんた自身はどれだけ強いのか、見てみたいわ」


「!?」


 今度はエルカから仕掛けた。何の捻りもない、突進からの右ストレート。しかし速い。避けるタイミングを完全に失ったレオンは、左手を前に突き出し、指輪から光の盾を一瞬で展開した。


「へえ、そんな事も出来るんだ?」


 お構いなしに、その盾の中心に拳を叩き込んだ。レオンの予想を遥かに上回る衝撃が走り、たまらず吹き飛ばされた。その先には、巨大な岩壁が待ち構えている。


「うぐ…………くそっ!」


 レオンはくるりと宙返りし、岩壁に足を向け、ブーツの裏からジェット噴射を発動させ その勢いを殺した。岩壁に叩きつけられる寸前でピタリと止まり、そのまま空中で制止する。


「ふう……。んっ!? あの女がいない!」


 さっきまでいた場所から消えている。ベルーゼ達三人の視線…………レオンの真上!

 だが遅かった。後頭部にエルカの蹴りをくらい、レオンは為す術無く地面に激突した。 追撃を恐れたレオンが、頭を押さえながら慌てて身を起こす。


「……うっ」


 レオンの顎にそっと添えられた、エルカの拳。殺ろうと思えばいつでも殺れるという、決定的な証明。レオンの心を屈服させるには充分すぎた。タルトに格好いいところを見せようとしていたことなど、とうに頭の中から消えている。エルカが、ゾッとするような笑みをレオンに投げかけた。


「まあまあね。合格よ。残り三ヶ月の間、鍛えれば充分な戦力になるわ。だから、これからBエリアまで一緒に来てもらうわよ。いいわね?」


 それだけ言うと、エルカは踵を返してベルーゼ達の元へ戻っていった。レオンは確信した。優勝という言葉はハッタリではない。エルカなら、本当に成し遂げてもおかしくないという事を。そして、心の底から思った。敵じゃなくて本当に良かったと……。


「エルカ、お疲れさま。あの人大丈夫かな……?」


 タオが心配そうに、若干放心状態になっているレオンを、遠目に見ながら言った。


「大丈夫よ。思ったより骨のある奴みたいだし。そんな事より、あと一人のメンバーよ」


「あと一人……か。レオンみたいな奴が都合良くいればいいがな」


 ベルーゼが思案した。しかし、他エリアに知り合いなどいない。ましてや、Bエリアのために命がけで戦ってくれる者など……。突然エルカがハッとなって顔を上げた。


「…………いる。いるわ! 思い出した!」


「な、何だ急に」


「タルト、占いの準備をして。そいつの今の居場所が知りたいわ」


「あっ、はい」


 エルカがその者の名を告げると、ベルーゼとタオが少し驚いた表情を浮かべた。タルトのヒビの入った水晶玉が、その者の現在地を映し出す。


「……ここからそう遠くないですね。Zエリアにいるようです」


「サンキュー。じゃ、このまま行きましょうか。…………おい、レオン! いつまで座ってんのよ! タルトも見てるわよ!」


 それを聞いたレオンが、さっきまでが噓のようにシャキッと立ち上がった。そのあまりの滑稽さにタルトが珍しく吹き出し、レオンは恥ずかしさで顔を真っ赤に染め俯いた。

 一見頼りないが、その実力はエルカも認めるレベルの本物だ。そしてこれから会いに行く、五人目候補。そいつも加われば、Bエリアの優勝は確実。エルカはそう考えている。一行は、Zエリアに向けて飛び立った。



 *



 Zエリアのボスは、以前エルカが倒したズシムだ。その時の戦いで倒したのは、ズシム本人と弟のオロギーのみ。つまりZエリアにはまだ大勢の残党が残っている…………はずだった。しかしそれは、既に変わり果てた姿となって、Zエリアの荒野を埋め尽くしていた。


「何だこれは……死体ばっかりじゃないか。一体どうなってる?」


 レオンが不安げな表情を浮かべる。


「どうもこうも、あいつの仕業に決まってるでしょ。分かりやすい傷口だわ」


「……いた! ほら、エルカあそこ!」


 タオが指差した先に、その男はいた。丘の上から、自らが築いた死体の山を眺め、それを肴に酒をあおっているようだ。男の方も、エルカ達に気付いた。そのまま下降を始め、男の目の前に着地した。


「おっす。また会ったわね、カゲト」


「エ、エルカ! どうしてここが?」


 以前エルカに挑戦して敗北した、刀使いのカゲト。エルカが当てにしていたのは、この男だった。確かにカゲトが味方に加われば、この上ない助っ人になる。それが分かっているベルーゼとタオは、特に反対はしなかった。


「お、おいまさか……本当に俺を殺しに来たのか? ちょっと待ってくれや……別に逃げたわけじゃねえって。今お前さんに再挑戦しても、まだまだ勝てる気がしねえから修業してるだけだっての」


 エルカへのリベンジを放棄して逃げたら、探し出して殺しに行くというエルカの言葉を真に受けているカゲトが、慌てて言い繕った。


「見りゃ分かるわよ。でもさ、いくら雑魚相手に暴れ回ったって、私を超える事は出来ないわよ」


 エルカが死体の山を見ながら、嫌味な口調で言った。


「まあな……どっかの誰かさんが、ここのエリアボスを先に殺しちまってたせいでな」


 似たような口調で、カゲトも言い返した。エルカがふっと笑う。


「そこで朗報よ。喜びなさい。あんたをサウザンドトーナメントに参加する、Bエリアの五人目のメンバーに選定してあげるわ。そこなら思う存分強い奴等と戦えるわよ」


「…………は?」


 突然何を言い出すんだと言わんばかりのカゲト。本来お願いする立場でありながら、完全に上から目線のエルカに、ベルーゼ達はツッコむ気すら失せていた。


「既に四人は決まってるんだけどさ、サウザンドトーナメントは五人のチーム戦なのよ。あんた、今はどこのエリアにも所属していないんでしょ? だったら私達のチームに入りなさい」


「サウザンドトーナメント…………」


 カゲトが暫し考え込んだ。エルカはそれを見て不思議に思う。カゲトは自分同様、強者との戦いが大好きな戦闘狂だ。ならば、この誘いを断る手はないと思っていたのだ。カゲトは、まるで何かを恐れているようだった。しかし、やがて意を決したようにエルカに向き直り、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。


「……分かった、いいぜ。俺も参加してやるよ。ていうか、どうせ例によって拒否権はないんだろ?」


「当然よ。まあ何にせよ、これで五人揃ったわ。開催当日まで、みっちり修業するわよ」


「あぁ、そいつは楽しみだね。どうだい? お近付きの印に、一杯飲むか?」


 カゲトが酒を器に注ぎ、エルカに手渡した。エルカが、軽く匂いを嗅いでからそれに口を付ける。


「…………まずっ」


「はっはっは。流石のエルカ姫様も、酒には勝てんか」


 エルカがカゲトから酒瓶を奪い取り、中身を一気に咽に流し込んだ。酒瓶を突き返し、カゲトをキッと睨みつける。カゲトは慌てて目を逸らした。


(筋金入りの負けず嫌いだなこいつ……。茶化すのも命懸けだぜまったく)



 *



 魂の泉。魔界の中心部の蜘蛛の糸上に、それは存在している。淡い桃色の水は見る者に安らぎを与えるが、その実体は生物の魂を預かり受けるという、恐ろしい泉だ。エルカの強い希望で、カゲトを拾ってからBエリアに帰る途中で、ここに立ち寄ったのだ。

 魂の泉の傍に、何者かが一人で佇んでいた。真っ黒いフードマントで全身を覆っており、唯一露出している部分である顔は、銀色の肌で目も鼻も口も無かった。何とも不気味である。エルカが不思議そうに覗き込んでも、全く反応しない。


「ねえベルーゼ。何こいつ?」


「そいつは……恐らくジャッジだろう。サウザンドトーナメントの開催が近付くと、魂の泉に現れると聞いたことがある。もちろん、俺も会うのは初めてだ」


「ジャッジ?」


「つまりサウザンドトーナメントの主催者側だ。試合を公正に取り仕切るのがジャッジの仕事だ。そいつと似たようなのが複数いるらしい。そいつらがいつから存在していて、どこから来て、何の目的で千年に一度こんな事をしているのかは、魔界の永遠の謎だ。魔界に神がいて、その神の退屈しのぎだという説が有力だが、結局のところ誰にも分からんし、気にしてもしょうがない」


「そうね。こんな面白いイベントを開いてくれるんなら、こいつらが何者だろうとどうでもいいわ」


 突然、今までピクリとも動かなかったジャッジが、エルカに首を向けた。驚いたタオが、小さく悲鳴を上げる。


「…………サウザンドトーナメントの参加希望者ですか?」


 口も無いのに喋り出した。外見だけでなく、声も不気味だ。向かい合って話しているのに、背後から耳元で囁かれているような錯覚を覚える。


「ええ、Bエリアの代表よ。ここで魂の分身を預けるんでしょ? どうやるの?」


「……泉の前に立って、力を抜いてください。後は私がやります」


 言われるがまま、タルト以外の五人が泉の前に集まった。一同に緊張が走る。もちろん、エルカだけは涼しい顔をしているが……。ジャッジが両手の平を合わせ、呪文を唱え始めた。するとまず、レオンの心臓部から魂がするりと出てきた。


「うわっ。ほ、本当に大丈夫なんだろうね?」


 レオンの魂が泉に溶け込み、次にベルーゼの魂が同じように出てきた。


「これはあくまで魂の分身だ。本物だったら、お前はもう死んでいる。ルール違反さえしなければ無害だ」


 ベルーゼの魂が泉に溶け込み、タオの魂が出てくる。


「分かっていても……あまり気分のいいものじゃありませんね」


 タオが苦笑いする。次はカゲトだ。


「まあ、こうでもしないと誰もルールなんて守らねえからな。それに、優勝すれば尚更リスクなんて無くなるぜ」


 最後はエルカ。その魂は他の四人のそれより明らかに大きく、火花を散らして燃え上がっているようにも見えた。


「いい事言うじゃない。そうよ、勝ちゃいいのよ勝ちゃ。やるからには絶対優勝。それ以外は認めないわ」


 エルカの魂も泉に溶け、ジャッジが呪文を止めた。


「……お疲れ様でした。これにて、Bエリアの皆様のエントリーが完了致しました。サウザンドトーナメント開催当日まで、暫くお待ち下さい…………」


 ジャッジはそれだけ告げ、また元のマネキンのように向き直り、それ以上は何も喋らなくなった。エルカの心が高鳴る。今すぐにでも試合したいが、今戦ってもスパーダには勝てない。あれほどの実力差を覆すのは容易ではない。だが、三ヶ月以内に必ず超えてみせる。エルカは固く心に誓った。





 サウザンドトーナメント 

 Bエリア出場メンバー


 エルカ ベルーゼ タオ レオン カゲト


 以上 五名

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