第23話 ロリコン
エルカをベルーゼが、タルトをタオがその背に乗せて、Lエリアに向けて飛行していた。Lエリアはまだ制圧していないエリアの先にあるので、エリアを跨がないように蜘蛛の糸を通っていく。タルトもいる以上は、寄り道して戦争を吹っかけるわけにはいかないからだ。
「見えてきたぞ。恐らくあれがLエリアだ」
地図を片手にベルーゼが言った。ベルーゼとタオは警戒しながらも、空を飛んだままLエリア内に侵入した。そこも他の多くのエリアの例外に漏れず、一面が荒野だった。しかし、一つ大きく違う点がある。BエリアやDエリアのように城が一城どんと構えているわけでもなく、KエリアやAエリアのように一見何もない殺風景な光景が広がっているわけでもない。小さな集落のようなものがあり、そこに数十人の魔物らしき影が動いているのも見える。
「私が水晶玉で見た光景そのままです。探し人は、恐らくあそこにいます」
「よし、分かった。下りるぞタオ。くれぐれも気を抜くなよ」
「は、はい」
相手を刺激しないよう、ゆっくりと降下し始める。集落の目の前に着地した四人は、あることに気付き驚いた。魔物だと思っていたのは、全てロボットだったのだ。その形状も多種多様。人型、獣型、竜型、虫型、実に様々だ。
「……これは予想外だな。まさかこんなロボットだらけのエリアがあるとは」
「あっ……ベルーゼ様。あの人達、こちらに気付いたみたいですよ」
ロボット達がベルーゼ達に首を向け、センサーらしきランプが点滅を始めた。ベルーゼとタオが身構えるが、ベルーゼ達に敵意がない事を悟ったのか、再び作業に戻った。何をしているのか、よく見てみると武器や兵器を作っているようだ。ハンドガンやスタンガンなどの小さな物から、ガトリングガンやバズーカ砲のような大きな物まで。
「ん……? 誰だ君達は?」
後ろから男の声。振り向くと、白衣を着た真面目そうな青年が、ライフルを背負ってこちらに歩いてきていた。
「……エルカ姫、あの人ですよ。私の占いで出たのは」
タルトがエルカに耳打ちした。
「へえ、あの男が……」
エルカが前に出て、その男をジロジロと観察し始めた。エルカが一目見れば、強いか弱いかは大体分かるが、その男に関してはよく分からない。エルカの行動に、男は不思議そうな顔をしている。ひとまず、勝手にエリア内に侵入したことに関しては、何とも思っていないようだ。
「えーと……何かな?」
「ああ、失礼。私の名はエルカ。Bエリアの者よ」
「僕はレオンだ。Bエリア……結構遠い所から来たんだね。侵略に来たわけではなさそうだけど」
エルカはレオンに、ここに来た理由を説明した。サウザンドトーナメントの代表者候補を探している事、タルトの占いで候補となり得る者にレオンが上がった事を。
「なるほど……。それで僕に、君達と一緒にトーナメントに出て戦ってほしい……と」
「そういう事。うちの雑魚共じゃあ荷が重いからね」
「すまないが、お断りするよ。僕は、争い事は好かないんでね」
「……」
思わずレオンの胸ぐらに伸びそうになった手を、エルカは自分で押さえた。後ろでベルーゼとタオがヒヤヒヤしながら見ている。強引に連れて行くことは容易だろうが、それでは意味が無い。チーム戦である以上、土壇場で裏切られるのはまずいからだ。最低限の信頼関係は必要だ。
「その割に、随分と物騒な物をロボットに作らせているみたいだけど?」
「護身用だよ。時々野蛮な連中が、他エリアから攻めてくる時があるからね。僕達は、ただ静かに暮らしたいだけなのに」
レオンが作業中のロボット達に目をやって言った。
「このエリアにはあんたとロボットしかいないの?」
「ああ。このLエリアは二百年くらい前に、他エリアに攻め滅ぼされたらしくてね。生き残ったのは、ここにいる僅かなロボットと、当時赤子だった僕だけ。ロボット達は僕の大切な仲間であり、親代わりでもある。僕は彼らと平和に生きていきたい。下手にそんな大会に出て、他のエリアから恨みを買うのはごめんだ。また哀しい戦争に巻き込まれないとも限らない」
エルカは考える。どうやってこの平和主義者をトーナメントに引っ張り出すか。とりあえず思い付いたことを口にする。
「優勝しちゃえばいいのよ。そうすれば、少なくともそれに参加した奴らからは、あんたは二度と攻撃されなくなるわ。優勝者には、絶対服従だからね」
「無茶苦茶なことを、当然のように言うね……。そんなに腕に自信があるのかい?」
「ええ、まあね。あんたが来てくれれば、更に勝利は確実になるんだけど」
レオンも考える。確かに現状は、真の平穏な生活を手にしているとは言えない。だからこそ、こうして毎日新たな武器を研究開発して、身を守っているのだ。だが逆に、負ければ自分が優勝者に服従しなければならない。もしLエリアに目を付けられれば、一生平穏など訪れないだろう。あまりにもリスクばかりが目立つ。しかしレオンには、さっきからずっと気になっているものがあった。
「……正直、それでも気は進まない。絶対に勝てる保証などないし、負けた時のリスクがでかすぎる。でも、たった一つの条件を飲んでくれたら、快く君達の仲間になろう」
「条件? 何かしら」
レオンが歩き出した。エルカの横を通り過ぎ、タオとベルーゼの横もすり抜け、タルトの視線の高さに合わせるように腰を下ろした。
「君は名前は何というのかな?」
「タルトです」
「タルトちゃん……僕の妻になってくれ。それが仲間になる条件だ」
「…………はい?」
……沈黙が流れた。エルカ達四人の思考が一時停止する。ふざけているのか……。それとも結局協力する気などなく、無理難題を押し付けているだけなのか。真っ先に思ったのがそれだが、レオンはあくまで真剣な眼差しでタルトの瞳を見続けている。
「それはつまり……将来的に私と結婚したいという事ですか?」
「違う。今すぐにだ」
「あんた正気? タルトはまだ子供よ?」
エルカが呆れた顔で口を挟んだ。
「愛に年の差なんて関係ない。僕はタルトちゃんに一目惚れした。こんな気持ちは生まれて初めてだ。タルトちゃんを見た瞬間に、脳天からつま先に至るまで、まるで雷に打たれたような電撃が走ったんだ。タルトちゃんが僕を見つけてくれたのも、きっと運命に違いない」
「知ってる? あんたみたいなのを、世間ではロリコンっていうのよ」
「ロリコンで何が悪い!!」
レオンが勢いよく立ち上がり怒鳴った。
「常識的に考えてみろ。大きい物と小さい物、可愛いのはどっちだ? 中古と新品、価値があるのはどっちだ!? 始めから完成されている者と未完成な者、育て甲斐のあるのはどっちだ!! ただ食べるだけなら熟された果実の方がそりゃあいいに決まっている。だがしかし、恋愛というものはそうじゃないだろう! 僕はパートナーが少しずつ熟していく様を見てみたいんだ。いや、この手で育てていきたいんだ。それに比べて大人の女はどうだ? 後は劣化していく一方じゃないか! 何の楽しみもありゃあしない! 小さい女の子が好きというただ純粋なこの僕の気持ちを、他人にとやかく言われる筋合いはない!!」
鼻息荒く熱論するレオンにドン引きするベルーゼとタオだが、この清々しいまでの開き直りにエルカは逆に感心した。見かけによらずヤバい奴だという認識も同時に持つことになったが……。ハッとなったレオンが、元の落ち着きを取り戻した。
「……失礼。いきなり怒鳴ってすまなかった」
「別にいいわよ。人間界じゃあ問題あるけど、ここは魔界だし。それに、何百年も生きてるくせに、十七歳だったタオや私を妃にしようとしたベルーゼも、あんたと似たようなもんだしね」
ベルーゼが目を逸らした。あの頃はやさぐれていたとはいえ、今思えば馬鹿なことをしようとしていたという事は、ベルーゼにも自覚はあった。今まで静観していたタオが口を開く。
「でもレオンさん。結婚するんだったら、お互いの同意が必要だよ。タルトの気持ちなんて関係ない、いいから黙って僕の妻になればいいんだーって、自分勝手な愛を押しつけたいなら、私は何も言えないけど。でもそれじゃあタルトも可哀想だよねぇ」
タオが珍しく挑発めいた口調で話した。流石に友人が無理矢理結婚を迫られているのを、黙って見過ごすことは出来ないのだ。
「私は構いません。それでレオンさんが協力してくれるというのなら」
「えっ!?」
タオが慌ててタルトの両肩に手を置き、向かい合った。
「ち、ちょっとタルト。結婚するってどういう事か分かってるの? 一生この人と一緒に暮らさなきゃいけないんだよ?」
「一生アリアと暮らさなければいけないところを、救ってくれたのは皆さんですから。エルカ姫がどうしてもこの人を加えたいというのなら、私は協力を惜しみません。ただし、私の方からもレオンさんに条件があります」
タルトがタオからレオンへ視線を移した。
「Bエリアを優勝へ導いてください。Bエリアが優勝した暁に、あなたの妻になることを約束します」
それを聞いて、エルカとレオンがニヤリと笑った。タルトは戦う力は無いが、他の者達が思っているよりもよっぽど強い。
「だそうだけど。どうすんの?」
「ふっ、お安い御用さ。争いは嫌いだが、愛する者のためなら、僕は鬼にも悪魔にもなれる」
「頼もしい台詞ね。でも、今更だけど一つ確かめたい事があるわ」
「何だい?」
「あんたの実力よ。実は弱かったですじゃ困るのよ。タルトの占いも絶対ではないみたいだしね」
やはりそう来たかと、ベルーゼは内心思った。とりあえず殴らないと何も始まらない女だからだ。しかし、確かにエルカの言うとおりだ。弱い奴を味方につけても意味が無い。確かめる必要がある。
「つまり、君と戦って僕の力を見せればいいのかい?」
「そういう事。戦力になると判断出来たら、あんたを仲間に加えてやるわ」
タルトに優勝を条件に出され、エルカに仲間として相応しいかどうか審査される。いつの間にか立場が逆転している事に、レオン自身は気付いていなかった。タルトと結婚出来るのなら、どちらが主導権を握っていようが、レオンにとっては些細な事なのだ。
「いいだろう。でも、ここで戦うのはまずい。ロボット達や建物を壊したくない」
「オッケー。じゃあ、あっちの平地でやるわよ」
五人は、集落から離れた平地に足を向けた。その途中、タオは再度タルトに本当にいいのかと聞いたが、タルトが首を横に振る事は無かった。
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