第22話 あと二人
ベルーゼ城内は荒れに荒れていた。壁や床は穴だらけ、テーブルや椅子はバラバラ、壷や石像その他の飾り物は全部粉々…………全てエルカの八つ当たりの犠牲者だ。しかしこれでもかなり我慢した方だ。エルカが本気で暴れ回ったら、ベルーゼ城は既に原形を留めていないはずだから。
生まれて初めて味わった、屈辱感と敗北感。エルカは確かに自分より強い者との戦いを待ち望んでいたが、実際に敗れるとここまでムカつくものだとは、本人も予想していなかったのだ。
だがそれと同時に、サウザンドトーナメントへの期待感が高まる。今度こそスパーダを完膚なきまでに叩きのめす。それが今のエルカの最大の目標だ。
「ベルーゼ……あんた隠してたでしょ。トーナメントのこと」
「うっ……」
食堂にて、エルカ、ベルーゼ、タオ、タルトの四人が、かろうじてエルカの八つ当たりから生き残ったテーブルを囲んでいた。厨房ではいつものように、スケ夫が夕食を作っている。
ベルーゼの両頬はパンパンに腫れていた。ちなみにこれは、勝手な行動を取った事への、エルカのお仕置きによるものだ。危うく半殺しに合うところを、タオや他の者の懇願もあり、往復ビンタ十連発という形で何とか許しが出たのだ。
「い、言えば絶対に参加すると言い出すだろ」
「当たり前でしょ。でもそれが何でいけないわけ? スパーダ以外の奴に、私が負けると思ってるの? いえ、スパーダにだって次は必ず勝つわ。あと三ヶ月もあるしね。それまで超えてみせる」
「……サウザンドトーナメントはチーム戦だ。お前一人がいくら強くても、優勝出来るとは限らん」
「チーム戦……」
スケ夫が四人の前にお茶を置いて、また厨房に引っ込んでいった。ベルーゼがそれを口に含み、頬の痛みに顔を歪める。
「最初から順を追って説明してやる。サウザンドトーナメントは、千年おきに開催される武闘大会だ。エリア毎に代表者五人を選抜し、トーナメント戦を行う。武器、道具、魔法などの使用は自由で、全てタイマン勝負だ。対戦方式は 、先に三勝した方が勝ちの五戦マッチか、先に相手チームを全員倒した方が勝ちの勝ち抜き戦、このどちらかだ。勝ち抜き戦なら、お前が先鋒で出て五連勝すればいいだけの話だが、五戦マッチではお前が勝っても、残りの四人の内三人が負ければそれで敗退だ」
「じゃあ勝ち抜き戦だけやればいいじゃない」
「対戦方式の決定権がどちらのエリアに与えられるかは、試合毎にランダムで決められる。毎回都合良く勝ち抜き戦を選択出来る保証はない」
エルカは頭の後ろに両手を回し、背もたれに寄りかかって天井を見上げた。これまでの話を聞いて考える。何にせよ、まずは五人選抜しなければいけない。
エルカとベルーゼとタオは確定。あと二人選ばなければならないのだが、手下の中から少しでもマシな奴を二人選ぶしかない。ベルーゼの言うように、勝ち抜き戦ならともかく、五戦マッチだとかなりの不安が残る。
自分が一勝、手下二人が二敗、これはほぼ確定だ。そうなると、ベルーゼとタオにも毎回必ず勝ってもらう必要がある。流石にそれは厳しいだろう。
「まあ……それで負けたら負けたで仕方ないわ。とにかくトーナメントには出るわよ」
「いや……出るからには敗退は許されない。そうでなければ、俺はここまでお前に隠したりはしなかった」
「どういう事? 負けたら何かペナルティでもあるの?」
「敗退したエリアは、優勝したエリアに絶対の服従を課せられる。決して逆らうことは出来ん。魔界には法も秩序もないが、これだけは絶対に破れない鉄の掟だ。敗退した時点で、魔界征服は不可能になる」
「破ったらどうなるんですか?」
横からタオが口を挟んだ。
「トーナメントにエントリーするためには、参加者は全員『魂の泉』という場所に行かなければならない。そこで、それぞれの魂の分身を作りだし、泉に預けるのだ。もし掟を破れば、泉に預けた魂が破壊され、その者は絶命する」
「へえ。面白い場所ね」
「面白いわけあるか! ちなみに前回の優勝エリアはHエリアだ。もっとも、当時の参加者は全員既に死んでいるから、その掟は効力を失っているがな。人間よりも遙かに長命の魔族といえど、流石に千年は生きられん」
「ベルーゼ様。つまり、最初から参加さえしなければ、魂を預けることもなくなるということですよね」
「そうだ。わざわざ多大なリスクを負ってまでそんなものに参加せずとも、高みの見物を決め込んでおいて、参加して消耗したエリアを一気に攻め込んだ方が手っ取り早いんだ。極端な話、Bエリア以外の全てのエリアが参加して、優勝エリア以外の者が全員死ねば、後はその優勝エリアを俺達が倒せばそれで終わりというわけだ」
そうは言ったものの、ベルーゼの言葉からはいまいち説得しようという気が感じられない。エルカに知られた以上、もう諦めて参加するしかないことを知っているからだ。そして理由はもう一つ。サウザンドトーナメントには、恐らくスコーピオも代表者として出てくる。エルカがスパーダにリベンジしたいのと同様、ベルーゼもこのままで終わる気はない。
「まあ、言い分は分かったわ。参加することに変わりはないけどね。まずは代表者をあと二人決めないとね。とは言ったものの、あいつらの中から二人選ぶってのも冴えないわね」
そう、とにかくその課題は何とかクリアしなければならない。魔界中から腕自慢の強者達が集まるのだ。生半可な力では無駄死にするだけだ。
「あの……ちょっと宜しいですか? 私が何とか出来るかもしれません」
今まで黙ってお茶を啜っていたタルトが、手を上げて口を開いた。
「アリアが私を攫った理由……この前は言いそびれてしまったのですが。アリアも、今のエルカ姫と同じ問題に直面していました」
「そうか……アリアは確かに強いが、手下は小粒揃いだから五人でチームを作るとなると、俺達以上に難しいな」
「はい。そこで、協力的で戦力になりそうな者を他エリアから引っ張ってくるために、私の占いの力に目を付けたのです。それだけでなく、脅威になりそうな敵を探し当て、前もって奇襲して排除しようともしていたようですが」
「合点がいくわね。で、要するにあんたが残り二人を見つけてくれるっていうの?」
「都合のいい人材がいるかは分かりませんが。とりあえずやってみます」
タルトが水晶玉をテーブルに置き、両手を翳して念じ始めた。水晶玉の中で何かが形作られていくが、他の三人には何も見えない。
「…………!」
「どう? 何か見える?」
「……」
「タルト?」
タオの声にタルトが我に返った。驚いた表情を浮かべているが、それはタオの声に驚いたわけではない。
「えっ……あ、いえ、すいません。何も見えません。この近辺にはいないようです。もう少し範囲を広げてみますね」
タルトは噓をついた。タルトからすれば、見てはいけない物を見てしまったという感覚だ。だが、何も言わずに気を取り直して、もう一度念じ始める。再び、タルトにだけ見える何かが、水晶玉の中で浮かび上がってきた。
「……出ました。Lエリアに、私達が探し求めている者がいます」
「Lエリアね。それは確かなの?」
「多分」
一瞬ズッコケそうになる。しかし、百パーセント当たる占いなんてあったら苦労はしない。とりあえず行ってみれば分かるということだ。
「それじゃ、この四人で行くわよ。あまり大所帯で行って、戦争を仕掛けられたと勘違いされても面倒だしね」
「うむ。Lエリアか……全く噂にも聞かないから、どんな所でどんな奴がいるのか、さっぱり分からんな。一応油断せずにいくか」
「言われなくてもそのつもり。タオとベルーゼはさっさと支度しな。私はタルトと少し話があるから」
「あ、うん。じゃあ先行ってるね。スケ夫さん、お茶ごちそうさま!」
「はいでやんす。気をつけて行ってくるでやんすよ」
二人が出て行ったのを見届け、エルカはタルトに向き直った。タルトは不思議そうな顔を返す。
「どうしたんです?」
「いや、実はね。私もあんたに居場所を占ってほしい奴がいるのよ」
「はあ。誰ですか?」
「前に話した、ガラパ国のイアーナよ。出来る?」
「会ったことはありませんが、顔は新聞で見た事があるので、占うことは出来ると思います。やってみましょうか」
タルトが、イアーナの顔と名前を思い浮かべながら、水晶玉に念じ始める。先程のように、どこの誰かも分からない者を探すより、顔と名前が分かる者を探す方が容易だ。先程よりも早く、水晶玉が答えを導き出していく。しかし、居場所がはっきりと出ようとした瞬間、拒絶されるかのように突如水晶玉にヒビが入り、映像が消えてしまった。
「ちょっと、どうしたのよ。いきなりヒビ入ったけど」
「……分かりません。こんな事は初めてです。でも、死んでいないことだけは分かりました。死んでいれば、本当に何も反応しないはずですから」
「ふーん……よく分からないけど、まあいいわ。Lエリアに行くわよ」
結局居場所は何も分からなかった。しかし今はイアーナのことより、サウザンドトーナメントが優先だ。エルカとタルトは席を立ち、食堂を後にした。一人残されたスケ夫が、空になった四つのカップを片付け始める。
「…………サウザンドトーナメント……か」
スケ夫はふうっと溜め息を一つついた。その胸中には、何とも形容しがたい複雑な心境が渦巻いていた。
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