第20話 復讐
スケ夫の話は終わったが、暫く誰も口を開かなかった。それぞれ思うところはあるが、特にタオの心には様々な気持ちが渦巻いていた。どれも初めて知ったことばかりだ。自分が、ベルーゼの妹に似ているということも。そして恐らく自分の存在が、風化しかけていたスコーピオへの復讐心を再燃させてしまったということを。
それは実際にそうだった。更にベルーゼに追い打ちをかけるように、ズシムの毒によってタオが命の危険に曝されるという事態が起こった。その事態に、ベルーゼがデジャヴを感じないはずがなかった。スコーピオの毒で自分の腕の中で息絶えたフライヤと、完璧に一致したのだ。
あれを期に、ベルーゼは再びスコーピオへの復讐を誓った。もう自分を無理矢理納得させて、逃げることはしないと。そして運命はベルーゼを更に前に進ませた。それが、今回のタルトとの出会いだったのだ。
「とりあえず、今の話で気になっていた疑問が一つ解けたわ」
最初に言葉を発したのはエルカだ。
「タオが魔族化した後の、異常なまでのパワーアップ。何でベルーゼをも上回る力を持ったのか。それは、ベルーゼの血じゃなくて、戦闘の天才である一族の血がそうさせたのね」
「そうでやんす。タオの戦いぶりも、どことなくフライヤ様を思わせるところがあるでやんすから。戦いの遺伝子というものが、受け継がれたんでやんすね」
「そ、そうなんですか……」
タオは、会ったこともないフライヤを頭の中で思い描く。一度は会ってみたかった。しかしフライヤが生きていれば、タオがここに来ることも恐らくなかっただろう。
「でもさ、何でそれを私に黙ってたの?」
スケ夫が気まずそうに目を背ける。
「……それを知れば、恐らく姫は今よりも更に強引にベルーゼ様をしごくと思ったからでやんす。あんたにも戦闘の天才の血が流れてるんだから、と」
「あぁ、なるほどね」
納得すると同時に、エルカはフッと笑った。
「でも、残念ながらそれは無意味よ。私もその妹と同意見だから、あんたが話そうが話さまいが、どちらにせよ私はベルーゼを徹底的に鍛え上げるつもりだったし」
「えっ。どういう事でやんすか?」
「例えるなら……。ブブルやフライヤは最初からたっぷりと水の入った器。ベルーゼは空っぽの器。でも、私の見立てでは、その器はかなり大きいわね」
手下達が驚き、ざわつき始めた。まさかエルカがベルーゼを褒めるとは、夢にも思わなかったのだ。
「組み手をする度に私は感じていた。こいつは強くなるとね。でも、器には横に穴が空いているわ。つまり、いくら水を入れてもそこから先は増えないって事。水を満タンにするには、その穴を塞ぐ……何かきっかけが必要ね。それがなんなのかは私にも分からないけど」
エルカが歩き出した。その歩の方向は……Sエリアを向いていた。
「でも強くなるのは、あくまで将来的な話……しかも可能性があるだけで、確信ではないわ。そして今のあいつはただの雑魚。話を聞く限り、スコーピオって奴にはまず勝てそうにないわね。確実に殺されるわ」
手下達に動揺が走る。ベルーゼは彼らにとって、心の支えであり、道しるべ同然。ベルーゼがいなくなった後のことなど、考えたこともない。
「安心しな。私だって、あいつを死なせるわけにはいかない。私は、満タンになったベルーゼと、もう一度戦いたいの。ベルーゼは私の獲物よ。せっかく愛情を込めて育ててあげてるのに、他の奴に横取りされるなんて、冗談じゃないわ」
どこまでも自分勝手過ぎる理由。しかし理由はどうあれ、ベルーゼを救ってくれるのはエルカだけであることは、全員が知っていた。
「わ、私も行く!」
タオがエルカに続いた。スケ夫のあんな話を聞いてしまっては、いてもたってもいられない。少しでもエルカやベルーゼの役に立ちたいのだ。
「そう。じゃあ、せっかくだから乗せていってもらおうかしらね」
「うん!」
エルカがタオにおぶさる。タオが空高く舞い上がり、Sエリアに向かって全速前進で飛行した。スケ夫達はその背中を見送り、主の生還を心から祈った。
*
Sエリア。そこの情報はベルーゼには無く、当然来るのも初めてだ。魔界は大半の土地が荒野だが、このSエリアは砂漠が広がっていた。一面砂だらけで、サボテンに似た植物が不気味に蠢いている。ベルーゼは、目の前にそびえ立つ細長い岩山を見上げた。
「……ここに、奴が」
タルトが占いで示した場所だ。一度は諦めた、妹の仇。それが今、長い時を経て、ここまで近付くことが出来た。幸いここはSエリアの端だ。まだ誰にもベルーゼの侵入は気付かれていない。今のベルーゼに、他エリアに踏み込んでいる事に対する恐怖はない。あるのはただ一つ。スコーピオへの殺意だけだ。
ベルーゼは、用心しながら岩山をぐるっと一周した。そして見つけた。出入り口と思わしき穴を。中に入ると、そこは真っ暗だった。暗闇には慣れているが、ここまで暗いと本当に何も見えない。ベルーゼは指先に小さな火を灯し、ゆっくりと進んだ。全神経を張りつめ、敵の気配を探る。中は思いのほか広かった。とても自然に出来た穴とは思えない。確実に、何者かが住んでいる。しかし、なかなかその気配を感じられない。
(ちっ……奴め、本当にここにいるのか? タルトの占いも百パーセント当たるとは言い切れんしな。いや、単に留守にしているだけということも……)
「客を招いた覚えはねえはずだが?」
!!!!
振り向きざま、火炎を放射した。放たれた対象が、その場から素早く飛び退いた。岩山内部にも関わらず、魔力によって作られた炎は辺りに着火し燃え盛る。そしてその灯りによって、お互いの姿を視認した。それは間違いなく、夢の中で何度も殺したことのある男だった。
「スコーピオ…………会いたかったぞ。この時をどんなに待ち望んだか」
「あん? 誰だてめえ。俺のことを知ってんのか?」
「ふっ、俺のことを忘れたか。まあ当然だろうな。なら、思い出させてやるまでだ」
ベルーゼが一瞬で間合いを詰めた。そのスピードは、完全にスコーピオの想定外だった。ベルーゼの拳がスコーピオの体にめり込み、足が地から離れた。
「うおお!」
ベルーゼが浮き上がったスコーピオの顔面を殴りつけると、スコーピオの体は岩壁を突き破って外に飛び出した。砂地を数百メートルスライドしたスコーピオが、ようやく止まる。後を追って飛び出してきたベルーゼが、スコーピオの目の前に着地する。スコーピオが身を起こし、口元から流れ出る血を指で拭った。
「ん~、やっぱりてめえの事はさっぱり思い出せねえなぁ。しかし、てめえによく似た男は覚えてるぜ。三百年ぐらい前だったか? 俺の命を狙って魔界中を探し回り、間抜けにも途中で命を落としたブブルって男にな」
スコーピオが立ち上がり、挑発するような笑みを浮かべる。明らかにベルーゼのことを覚えている。ベルーゼの心が、ぐつぐつと煮えたぎり始めた。
「確かそいつには子供が二人いたな。息子の方はただのカスだったが、その妹の方はなかなかだったぜ。魔力も美味だったが、もう少し待てばいい女になったろうな。そういう意味では、ちと勿体ないことしちまったかなぁ。体の方も一度味見してみたかったぜ…………くくく」
ベルーゼ自身も気付かないうちに、スコーピオに向けて波動砲をぶっ放していた。軽々と避けられるが、その理性無き攻撃は尚も続く。最大火力で撃って撃って撃って撃って撃ちまくる。殺意が大洪水のように溢れ出る。そんなベルーゼを嘲笑うかのように、スコーピオはわざとギリギリのタイミングで避けていった。
「この、ゴミ野郎がぁぁぁ!!!!」
徐々に出力が弱まっていく。ペースも何も考えずに放出し続けているのだから、こうなるのは必然だった。スコーピオがタイミングを見計らい、いきなり方向転換してベルーゼに襲い掛かった。
「!」
「はい、お疲れちゃーん」
スコーピオが、ベルーゼの顎を蹴り上げる。更に、顔に容赦ない蹴りの連打を浴びせ、尻尾を振り回し、ベルーゼをぶっ飛ばした。ベルーゼの体は岩山に叩きつけられ、その場に倒れ込んだ。
「がはっ……!」
立て……立たなくては……! そう思っても体が言うことを聞かない。今の攻撃のダメージだけでなく、さっきの魔法の連射の反動が効いているのだ。スコーピオがニタニタと笑いながら近付いてくる。
「おめえよぉ、ここに何しに来たんだ?」
スコーピオがベルーゼの背中を踏みつけた。ベルーゼの顔が苦痛に歪む。
「確かに、ガキの頃に比べりゃ少しはマシになったよ。だがな、それでも百歩譲って当時の俺と同じくらいだぜ、今のてめえは。俺はあれからてめえの妹以外にも、いろいろな奴らの魔力を糧にしてきたんだ。その今の俺に、万に一つでもてめえが勝てるとでも思ったのか? ああん?」
スコーピオが足に力を込め、ベルーゼの背骨がミシミシと音を立てて軋む。
「ぐ、ああ……!」
「このまま殺してやってもいいが、てめえの無謀という名の勇気に免じて、せめてそのチンケな魔力を頂いておいてやるよ」
スコーピオは尻尾を振り上げ、その照準をベルーゼの背中に合わせた。しかし次の瞬間、衝撃音と共にベルーゼの背中が急に軽くなった。顔を上げると、スコーピオが前方に吹っ飛んでいくのが見える。
「ベルーゼ様、大丈夫ですか!?」
ベルーゼが何が起こったのか確認する前に、頭上から慣れ親しんだ声が自分の名を呼んだ。
「タオ……エルカ…………うっ」
エルカが鬼の形相でベルーゼを睨み付けた。しかし、お仕置きは後回しだと言わんばかりに、自分が蹴り飛ばしたスコーピオに視線を戻した。スコーピオが頭を押さえながら立ち上がる。
「いきなり跳び蹴りとは、やってくれるじゃねえか、このクソアマが……! ん……? て、てめえはフライヤ!?」
スコーピオが、エルカからタオに視線を移して、驚愕の声を上げた。タオとエルカは、改めてタオがフライヤにそっくりだということを知る。
「いや……似ているが違うな。奴が生きているわけもねえし。んなことより、そっちの女! てめえは生かして帰さねえぞ!」
「へえ? どう生かして帰さないのかしら?」
エルカがニヤリと笑いながら足を踏み出した。その足を、うつ伏せに倒れたままのベルーゼが掴んだ。
「ま、待て……エルカ。奴は、俺が……ぶはっ!」
エルカがベルーゼの頭を踏み付け、顔面を地面にぐりぐりと押し付けた。
「出来もしない事をほざいてんじゃないわよ。あんたをここで死なせるわけにはいかないし、かといって敵前逃亡なんて断じてあり得ないわ。だから、奴はこの場で私がぶちのめす。オーケー?」
返事も聞かずにエルカは再び歩き出した。尚も食い下がろうとするベルーゼを、タオが制止した。対峙するエルカとスコーピオ。スコーピオが先に飛び出した。エルカは微動だにしない。真っ直ぐに突き出した拳が、エルカの腹部に叩き込まれた。
「へっへっへ……ウスノロが。反応すら出来ねえのかよ」
「…………何が?」
「はっ!?」
今度はエルカの拳が、同じようにスコーピオの腹部に叩き込まれた。その威力の違いは、端から見ているタオとベルーゼにも、その衝撃音と、ぶっ飛んでいくスコーピオの飛距離で容易に分かる。スコーピオは盛り上がった砂山に激突し、辺りに大量の砂埃が舞い上がった。砂山の中から、スコーピオが咳き込みながら這い出てきた。
「うぐ……ば、馬鹿な。何なんだ今のパンチは!?」
「今のがお手本よ。避けるまでも防御するまでもない、蚊が止まったようなあんたのパンチと違う、本物のパンチってやつを見せてやったのよ」
格が違う。スコーピオの理性はそう告げていた。しかしスコーピオのプライドがそれを否定する。
「あ、あり得ねえ……。この俺があんな女……しかも人間の女なんかに、遅れを取るはずがねえ!」
さっきのは全力ではない。今度こそエルカを確実に仕留めるため、スコーピオは再び打って出た。スコーピオの拳、脚、尻尾、全てをフル稼働させた連続攻撃。タオやベルーゼからしたら、目にも止まらない速さの攻撃だが、エルカは全く問題にもせずに、涼しい顔でいなしていく。
「す、凄い……。エルカ、また強くなってる」
「……アリアとの死闘で、また更にレベルアップしたんだろうな。俺では手も足も出なかったスコーピオも、エルカの敵ではない。しかし、これでは……」
このままでは、確実にエルカはスコーピオを殺す。つまり、永遠に復讐の機会は失われるのだ。だがそれでエルカを恨むのはお門違いだ。エルカが来なければ、ベルーゼは間違いなく殺されていた。結局全ては、ベルーゼ自身の無力が原因。その事を、ベルーゼもよく分かっていた。
(ちくしょう! ぜ、全然攻撃が当たらねえ……! どうなってやがるんだ!)
疲労により、スコーピオの動きが鈍ってきた。もはや勝負あった。いや、始めから勝負になどなっていなかった。
「もういいわ。あんたとこれ以上やっても面白くないし」
「んだと……ぐはあ!!」
エルカの回し蹴りが、スコーピオの鼻にクリーンヒット。鼻血をアーチ状に噴き出し倒れた。エルカは不完全燃焼な態度を露わにしながら、止めを刺すためにスコーピオに歩み寄った。
「さて、息の根を止めさせてもらうわよ。残念だったわね。あんたにもう少し見所があれば、生かしておいてやったのに」
「うぐ……くそったれが……!」
エルカがしゃがみ込み、スコーピオの胸ぐらを掴んだ。そして拳を振り上げた瞬間、何かの気配を察知した。タオとベルーゼも同じだ。上……。三人の視線が同時に上を向いた。
(……何、あいつ)
一人の若い男が数十メートル上からエルカ達を見下ろしていた。ウェーブがかった長い銀髪、死人のような青白い肌、漆黒のローブを身に纏っている。その男がゆっくりと降下し、エルカの目の前にふわりと着地した。
「ス……スパーダ……!」
スコーピオが冷や汗を流しながら、その男の名を呼んだ。エルカとスパーダの視線が交差する。ベルーゼは言っていた。この魔界でアリアより強い奴を、自分は知らないと。だが今、確実にそのアリア以上の者が目の前にいる。エルカはそう確信していた。
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