第16話 タルトの力

 地中でエルカとアリアが激闘を繰り広げている時、地上でもベルーゼ達が奮闘していた。小粒だが圧倒的な数のアリア軍に対し、ベルーゼとタオというエリアボスクラスの力を持った者が二人いるベルーゼ軍。最初こそアリア軍が優勢だった戦況が、徐々に徐々に変わっていく。


「たあっ!」


 敵が固まっている所に、タオのありったけの魔力を込めた大魔法が放たれ、数百匹の魔物が一瞬で蒸発した。ベルーゼも負けていない。その場にいる誰よりも速いベルーゼを捕らえることの出来る敵は、ここにはいない。敵は自分がベルーゼに攻撃されたことにも気付かずに、絶命していくのだ。ベルーゼは、もはや魔界の落ちこぼれなどではない。


「勝てる! 勝てるぞ貴様ら! だが、最後まで気を抜くなよ! さあ、行くぞ!!」


「おおおおーー!」


 手下達の体力は既に限界に近い。少しでも気を緩めれば消えてしまいそうな闘志の炎が、ベルーゼの号令によって再び燃え盛る。敵の数は残り僅かだ。ゴールが見えてきた。ベルーゼ軍はラストスパートをかけ、殲滅にかかった。そして……。


「…………お、終わったか」


 立っている敵はもういない。穴の中からも援軍は来ない。全滅させたのだ……あれだけの大軍を。緊張の糸が途切れ、全員がその場にへたり込んだ。押し寄せる疲労感。それと同時に、初めて味わう達成感と優越感。これが何物にも代え難い、勝利の味というやつだ。隣にいる仲間とハイタッチをかわす手下もいる。


「むっ、何だ? 地震か?」


 大地が揺れ始めた。その揺れは少しずつ強くなり、終いには地盤沈下が起こり、ベルーゼ達は慌ててその場から避難した。辺り一帯が死体の山と共に、数十メートル下に陥没している。その広く深い穴を、ベルーゼ達は地上から覗き見た。


「……な、何が起こったんでしょうか?」


 タオがベルーゼに問いかけた。


「エルカは単身で巣の中に入っていった。アリアとの戦いの影響だとしか思えんが」


「大変ですよ! これじゃあ生き埋めに……!」


「あいつがこの程度で死ぬわけがないだろう。しばらく待てば、涼しい顔をして這い上がってくるはずだ」


 他の手下達も、全く心配する様子はない。しかし、待てども待てどもエルカは戻ってこない。耳を澄ませても、物音一つ地中からは聞こえてこない。


「ベルーゼ様、やっぱりまずいですよ。すぐにエルカを助け出すべきです!」


 タオが穴に飛び込み、瓦礫を掘り始めた。その細い腕で、邪魔な岩や死体を地上に放り投げていく。


「皆さんもボーッと見てないで手伝って下さい!」


「お、おう」


 普段大人しいタオに怒鳴られ、面食らったベルーゼと手下達が、穴の中に飛び込んでいく。全員で力を合わせて穴を掘り進む。気が遠くなるような作業だが、それでも着実に下に進んでいく。いくら掘っても出てくるのは土や岩ばかり。しかし、かなりの深さまで来たところで、変化があった。


「……えっ。何これ?」


 タオがどけた岩の下から、透明の球体のようなものが顔を覗かせている。触ってみると、シャボン玉のように弾力がある。タオは気になり、更にその周りを掘り起こしてみた。すると、その球体の中にいたのは……。


「エ、エルカ!」


 タオの叫び声にベルーゼ達が振り返り、そこに集まった。エルカは全身ボロボロで、目を閉じていて動かない。気を失っているだけなのか、それとも……。そして、球体の中にはもう一人、見知らぬ少女が座り込んで目を閉じていた。


「ア、ア、アリアだ!」


 手下の一人が声を上げ、周りの者も釣られて恐怖の悲鳴を上げた。慌てて逃げ出す手下達を、ベルーゼが引き止める。


「待て! こいつはアリアじゃあない。しかし、一体何者だ?」


 タオが一歩前に出て、その少女の顔をまじまじと見た。少女がゆっくりと瞼を開け、タオと目が合った。


「もしかして、タルト?」


「……そうですが。あなたは?」


「私だよ、私。ジャクシーのタオ。何度か会ったことあるでしょ?」


「思い出しました。エルカ姫もそうでしたけど、随分雰囲気が変わっていたので分かりませんでした」


「あっ……そっか。確かにそうだね」


 自分が魔族化したことを忘れていた。それよりも、気になるのはエルカだ。タルトとエルカを包んでいた球体が、弾けて消えた。タオがすぐにエルカを抱き起こした。息は……ある。


「ほっ……良かった」


「アリアとの戦いには勝利しましたが、見ての通りエルカ姫は激しく消耗してしまいました。私にはエルカ姫を担いで脱出するような体力は、とても持ち合わせていません。でも、最低限自分の身を守る魔法は使えるので、こうやってエルカ姫と共に閉じこもって、落盤から身を守っていたのです。あなた方の救助がなければ、結局酸欠で死んでいたでしょうが」


「そうだったんだ。ありがとう、エルカを助けてくれて」


「いえ、助けられたのは私の方ですから。エルカ姫にも、あなた方にも」


 ベルーゼは、二人のやり取りを聞きながら、未だに目覚めないエルカをじっと見ていた。


(こいつがここまでやられるとは……やはりアリアはかなりの強さだったということか。しかし魔界広しといえど、いくら何でもアリアより強い奴なんてそうはいないはずだ。少なくとも俺は知らない。そのアリアが死んだ今、いよいよ魔界征服が見えてきたというわけだ。それに、もうすぐアレが始まる。アレで他の奴等がお互いに潰しあってくれれば、更に楽に……)


「……ゼ様。ベルーゼ様!」


 タオの声で我に返った。


「ああ、すまん。何だ?」


「ここにいてはエルカの治療も出来ません。一旦城に戻りましょう」


「そうだな。……タルトとかいったな。お前はどうするんだ?」


 ベルーゼに問いかけられ、タルトは少し考えてから遠慮がちに答えた。


「お邪魔でなければ、一緒に連れて行って頂けないでしょうか。情けない話ですが、私一人ここにいても何も出来ないので」


「邪魔なわけないじゃん! 一緒に行こうよ。ベルーゼ様、構わないですよね?」


「ん……ああ、好きにしろ」


「やった! ありがとうございます、ベルーゼ様。タルト、これからよろしくね!」


「はい、こちらこそ」


 また人間の友達が増えたと、タオは喜びながらタルトを背負って飛び立った。ベルーゼはエルカを抱えて飛び、手下達もそれに続いて、Aエリアを後にした。



 *



「…………ん」


 エルカの意識が戻った。目の前には、見慣れた自分の部屋の天井だ。ベッドから身を起こし、周りをキョロキョロと見渡す。そこには誰もいない。


「……助かった? あの状況でどうやって?」


 傷が痛む。しかし、大分回復しているのは分かる。とにかく自分は生き残り、ベルーゼ達にここに運ばれたということは間違いない。


「……とりあえず腹減ったわね」


 腹の虫に催促され、部屋を出て食堂へ向かう。城内は静かだが、食堂近くまで来るとガヤガヤと話し声が聞こえてくる。食堂に入ると、そこにはベルーゼ、タオ、スケ夫、その他大勢、皆揃って食事をしていた。いや、食事というよりは宴会だ。Aエリアとの戦いの祝勝会といったところだろう。よく見ると、タルトの姿もそこにあった。


「あ、エルカ! 気が付いたんだね」


 エルカに気付いたタオが駆け寄った。


「私を差し置いて、随分と楽しそうね」


「はは……ご、ごめん。ちゃんとエルカの分も取ってあるから、まあ座ってよ」


 タオに案内され、ベルーゼとタルトと同じテーブルに座った。二人には目も暮れず、エルカは真っ先に山盛りに積まれた肉を手で掴み、かぶりついた。タルトはそれを物珍しそうに見ている。

 以前、フロッグとメッカ両国の会食で食事を共にした時は、完璧とも言える作法だったエルカが、今は獣のように肉を貪っているのだから無理もない。

 エルカだけではない。タオに至っては、人間ですらなくなっている。しかしタルトは、これ以上考えるのを止めた。自分が気にする必要はない。エルカはエルカ、タオはタオだ。それは変わらない。

 エルカは次々と料理に手を付けながら、あの後どうなったのかを聞いた。地上の敵も無事に殲滅出来たこと。タルトの魔法に助けられたこと。その後掘り起こされ、二人とも救助されたことを。


「あー、そういえば聞きたかったんだけどさ」


 エルカが一旦食事の手を止めて、タルトに話し掛けた。


「はい、何でしょう?」


「私とタオとあんたの他にもう一人、ガラパ国のイアーナって姫が魔界に連れてこられてるはずなんだけど。あんた知らない?」


「いえ……。アリアが攫ったのは、私だけですから。その方の事は聞いたこともありません」


「ふーん……そっか」


 自分には関係ないと気にしないようにはしていたが、正直なところイアーナの行方だけはずっと気になっていた。イアーナとも、タオやタルト同様に過去に何度か会ったことがある。会う度に、エルカはイアーナの事が気にかかっていたのだ。もう一度イアーナに会って、確かめたいことがある。しかし行方が分からない以上、確かめようがない。


「まあいいわ。それとさ……あんた、何でアリアに攫われたの?」


「私の能力に目を付けたようです」


「能力って、防御魔法?」


「いえ、それとはまた別です。私、占いが得意なんです。どこかで私の噂を聞きつけて、攫いにきたと言ってました」


 メッカの姫の占いはよく当たると聞いたことがあるのを、タオは思い出していた。エルカには初耳だ。


「占い? あいつ、何を占ってもらってたの?」


「もうすぐアレが始まるでしょう? そのための情報集めに利用されたんです」


「アレって?」


「知らないんですか? サウザン……」


「わあああーーー!!!!」


 突然ベルーゼが叫んだ。食堂がしーんと静まり返り、ベルーゼは全員の視線を浴びた。


「うるさいわね。いきなりでかい声出すんじゃないわよ」


「あ……いや、すまん。タルト、ちょっと来い」


 ベルーゼは慌てた様子で立ち上がり、タルトの腕を引いて食堂の外へ出ていってしまった。


「何よあいつ? 変な奴」


「さ、さあ……。どうしたんだろうね」


 エルカもタオも首をかしげるだけだった。





 ベルーゼはタルトを連れて、廊下の突き当たりまで歩いてきた。ここなら誰にも聞かれないだろう。ベルーゼがタルトの顔の前で、人差し指を立てた。


「アレのことは、エルカには黙っていてくれ。理由は聞かなくても分かるだろう?」


「まあ……何となく察しは付きます。分かりました。エルカ姫には内密にしておきます」


「うむ。ところで話は変わるんだが……。お前の占いは、離れた場所にいる者の居場所を特定する事は可能か?」


「ある程度は可能です。あまりにも離れていたり、既に死んでいたり、別世界に行っていたりすると難しいですが。その者の名前と容姿がベルーゼさんの記憶に残っていれば、より正確に特定できるかと思われます」


「……なるほどな」


 ベルーゼの顔が強張る。そして空気が急激に張り詰めるのを、タルトは肌で感じた。ベルーゼはタルトに背を向け、食堂の方へ歩き出した。


「食事を終えたら、一人で俺の部屋に来てくれ。占ってほしいことがある」


「分かりました」


 タルトもベルーゼの後に続いて食堂に戻った。タルトは何となく胸騒ぎがするが、気のせいだと思うことにした。

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