第11話 魔界の珍味

「……」


 食堂にて、エルカは黙々とスケ夫の料理を口に運んでいた。いつもは嬉々として食べながら、最後に称賛の言葉を投げかけるのだが、今回はその気配がまるで無い。むしろ不機嫌そうにも見える。タオとスケ夫はその様子を、厨房から恐る恐る見ていた。


(……く、口に合わなかったでやんすかね?)


(さ、さあ? いつもと同じ味付けのはずなんですけど……)


 ヒソヒソ声で話す、タオとスケ夫。周りで同じく食事中のベルーゼや他の魔物達も、エルカのいつもとは違う様子に不安を抱きながら、遠目に様子を窺っている。エルカが食べ終えた後に、口を拭いながらスケ夫に目を向けた。スケ夫にかつてない緊張が走る。


「飽きたわ」


「えっ!」


 確かに、料理のレパートリーは多くはない。スケ夫の料理の腕は確かで、食材もエルカにとっては新鮮な物ばかりだったので、今までは何とかなっていた。しかしここに来て、その真新しさが薄れてきたのだ。


「他に美味しい物はないの?」


「と、とりあえず今この城には、今までお出ししたことのない食材はもう無いでやんす……」


「ふーん……。じゃあ、外に取りに行けば他のメニューも出せるわけ?」


「まあ、そうでやんすね……。例えば、Mエリア手前の蜘蛛の糸では、質のいい山菜が採れるし、湖には魚もいるでやんす。後で、あっしとタオで行ってくるでやんす」


「いいわ、私も一緒に行く。たまには気晴らしもしたいからね」


 エルカはそう言って席を立った。大した理由ではなかったのと、一時的にでもエルカが城からいなくなることに、ベルーゼ達はホッと胸をなで下ろして食事を続けた。そんな彼らに、エルカは釘を刺すように指差した。


「私がいない間も、各自トレーニングを怠らないこと。いいわね、ベルーゼ」


「わ、分かっている。俺達のことは気にせず、山菜採りでも釣りでも行ってこい」


 エルカは、ふんっと鼻を鳴らして食堂から出て行った。タオとスケ夫も、やれやれといった態度で厨房を片付け、エルカの後に続いた。



 *



 エルカ、タオ、スケ夫の三人は、翼竜の魔物ワイバーンの背に乗り、かつては素通りした山脈へと向かっていた。エルカにとって食事とは、戦いと修行の次に大事なことであり、それを充実させるためなら、このように手間を惜しまないのだ。

 一度見た景色に興味が無いエルカは、仰向けに寝転がっていた。それに対し、空から魔界を見下ろす機会など滅多に無いタオは、少々浮かれ気味だ。

 次第に山脈が見えてくる。スケ夫がワイバーンに指示を出し、山脈手前に広がる湖に着陸を促した。地に降り立って湖を観てみると、そこは魔界の湖とは思えないほど、綺麗に澄み渡っていた。目を凝らさずとも、魚が泳いでいるのがよく見える。


「へえ、驚いたわ。魔界にもこんな綺麗な場所があったのね。泳いでる魚はグロテスクなのばっかだけど」


「でも、脂が乗ってて美味しいよ。生でも食べれるし、スープに入れてもいいかな。でもやっぱり一番美味しいのは塩焼きだね。骨がナイフみたいに鋭いから、それで口の中切っちゃったこともあるけど、とにかく味は保証するよ」


 過去にここの魚を食べたことのあるタオが、その珍味を思い出しながら解説した。その間にスケ夫が、ワイバーンの背から荷物を下ろし終える。


「人数分の釣竿を持ってきたでやんす。餌はこの肉団子を使うでやんす。食い付きはいいでやんすが、奴らは頭がいいから餌だけ取られることも……」


「いらないわ」


 エルカが何の躊躇もなく服を全て脱ぎ捨て、湖に飛び込み潜っていった。


「……まあ、予想はしてたでやんす」


「ですよね~……」


 この程度では、もはや二人は驚かなくなっていた。普通の魚なら、こんな風に人間がいきなり飛び込んできたら、一目散に逃げるだろう。しかし、ここの魚は違った。ピラニア以上の凶暴さでエルカに牙を剥き、一斉に襲いかかってきた。

 エルカは指を立てて、魚の口に次々と突き入れて一撃で仕留めていく。そしてそれを陸上に放り投げていき、それをタオとスケ夫が籠を持ってキャッチする。粗方獲り終えたところで、エルカが湖から上がった。何匹かの魚がエルカの体に噛みついたままだが、本人は全く気にせずにそれを引き剝がして籠に投げていく。


「なかなか大漁ね。これならしばらくは保ちそうだわ」


「ねえエルカ。せっかくだから、ここでちょっと食べていく? 魚は鮮度が一番だし」


「いいじゃない。じゃあスケ夫、火を起こして」


「了解でやんす。多分そう言うと思って、塩も持ってきてるでやんすよ」


「流石ね」


 スケ夫が薪を集めて火を起こし、手際良く魚に串を通して塩漬けしていく。火が通ったのを見計らって、エルカが早速齧りついた。タオも、骨に気をつけながら口に運んでいく。


「……うまーーい! これよこれ! こういうの求めていたのよ!」


「でしょ? 私も食べるの久しぶりなんだ」


「良かったでやんす。それじゃ、どんどん焼いていくでやんすよ」


 スケ夫は魚を焼きながら、乗ってきたワイバーンにもそれを分け与えていた。エルカは、ふと気になったことがある。スケ夫が料理をしているところは何度も見てきたが、食べているところは一度も見たことがない。


「ねえ、スケ夫。あんたは食べないの?」


「え? いや……食べたところで、あっしの体は見ての通り骨だけで、舌も胃も腸も無いでやんすから。噛んでる内にボロボロこぼれるだけでやんすよ」


「ふーん。こんなに美味しいのに、もったいないわねぇ。じゃあ何? 食事ってものを今まで経験したことないの?」


「いや、生きていた時はもちろん食べてたでやんすよ」


 それを聞いて驚いたタオが、口を挟んだ。


「えっ。スケ夫さんって、昔は生きてたんですか? 最初からスケルトンっていう魔物だったわけじゃなくて?」


「あ……」


 スケ夫がタオの言葉に、しまったという態度で顔を背けた。そこにエルカが食いつかないわけがなかった。


「ねえねえ、あんたって昔どんな魔物だったのよ? 実は昔は強かったなんてオチは無いわよね? 骨格だけ見ると人間に近いけど……。もしかして、人間界から魔界の食材を求めてやってきた、さすらいの料理人だったとか?」


 身を乗り出して問い詰めるエルカに、スケ夫はたじたじになる。


「た、ただのどこにでもいる魔物でやんす。あっしの事はいいから、早く食べないと焦げるでやんすよ」


(怪しい……)


 エルカは気にはなりつつも、これ以上の追求は止めた。ある程度満腹感を得たところで、三人は次なる食材のために立ち上がった。


「さあ、次は山菜採りね。そっちも楽しみだわ」


「山の上の方が、いい山菜が採れるでやんす。まずはワイバーンに乗ってそこまで……」


「ギャウ!!」


「え?」


 突然ワイバーンが倒れた。見ると、頭に長く太い槍が突き刺さっており、既にワイバーンは事切れていた。タオとスケ夫は事態を把握出来ず立ち尽くす。エルカは敵の姿を探した。いる……近くに何者かが潜んでいる。岩陰や木の陰に意識を集中させる。気配が二つあるが、片方はいまいち位置が掴めない。もう片方は明らかに岩陰から感じる。

 エルカは、その岩に向かって一直線に走りだした。その瞬間、横の草むらからいきなり何かが飛び出し、エルカに向けて腕から炎を発射した。


「ちっ!」


 反射的に飛び退けた。しかし今度は岩陰からもう一人の敵がエルカの背後を取り、両腕を振りかぶり叩きつけた。エルカの体が激しく地面に打ち付けられる。エルカはすぐに体勢を立て直し、敵を確認した。

 岩陰にいた敵は、ゴリラのような顔、そして全身緑色の筋骨隆々で、いかにも武闘派といった見た目だ。草むらから出てきた方はそれとは対象的に、真っ白の能面で、細身でローブを纏い、魔法を得意とするのが一目で分かる。


「お前だな? 近頃魔界の各エリアで暴れ回っている、人間の女ってのは」


「……あんたら誰よ。どこのエリア?」


「俺の名はオロギー。Oエリアの長だ」


「私の名はズシム。Zエリアのボスです。以後お見知りおきを……と言いたいところですが、あなたはこの場で死んでいただきますよ」


 武闘派のオロギー、魔法使いのズシム。他エリアの者ということは確認するまでもなかったが、異なるエリアのボスが同時に襲ってくるとは、エルカは予想していなかった。


「ご苦労な事ね。私一人を倒すために、わざわざ別のエリア同士で同盟を結んだってわけ?」


「同盟とは違いますね。オロギーは私の弟です。エリアは違えど、元々親密な関係にあったのですよ」


「つい最近、お前の噂を耳にしてな。Mエリア、Kエリア、Tエリア、Dエリアと次々と潰してきたそうじゃねえか。どんな豪傑が人間界から殴り込みにきたのかと思えば、まさかこんな小娘だったとはな」


「ふん。だったらタイマンする? こんな小娘相手に二対一は気が引けるんじゃない?」


 ズシムがニタリと笑った。


「残念ながら、そのつもりはありません。あなたの強さは重々承知しております。我々兄弟の持てる力を全て用い、あなたをこの世から消し去るつもりです。もっとも、一対一でも負けるつもりはありませんがね」


「どーぞご自由に。私もまとめてかかってきてくれた方が手間が省けるわ」


「エ、エルカ……気をつけてね!」


 心配そうに声をかけるタオをよそに、エルカが構えを取った。スケ夫が、エルカの邪魔にならないように、タオを連れて遠くに避難した。エルカは、いつも以上に殺気に満ちている。

 エルカは苛ついていた。本来なら強い者の挑戦は嬉々として受けるところだが、今回は少し事情が違う。何故なら、これから山菜を摘みに行くところだったからだ。食材集めを邪魔されたということは、即ち食事を邪魔されたようなものだ。三度の飯より戦いが好きなエルカにとっても、実際に食事を邪魔されるのは我慢ならない。


「おおおお!!」


 オロギーがその巨体を揺らし、エルカに突進した。ワンテンポ遅れて、ズシムも真正面ではなく別の角度に走り出す。オロギーが腕を振り上げ、エルカに向けて打ち下ろす。エルカがその場から跳び退き、同時にズシムが魔法で狙い撃ってくるが、エルカは体を捻ってそれを躱した。


(予想通りの戦法だわ。筋肉馬鹿の弟が私とぶつかり合い、あの鼻につく兄貴が魔法で援護射撃してくるってわけね)


 エルカの着地点にオロギーが先回りし、着地を待たずして殴りかかった。エルカはそれを器用に振り払って受け流し、回転しながら肘打ちをオロギーのこめかみに食らわせる。


「ぐぬっ!?」


 オロギーがよろめく。着地したエルカが追撃を試みるが、突如突風に襲われ吹き飛ばされてしまった。もちろんやったのはズシムだ。飛ばされたエルカの体は、そのまま近くの木に激しく打ちつけられた。


「オロギー。相手が空中にいるからって、直線的な攻撃は止めろといつも言っているでしょう。並みの敵ならともかく、相手は今までに私達が戦った誰よりも強いんですよ」


「いてて……す、すまねえ。だがよ、同じ手はもう食らわねえぜ」


「まあいいでしょう。オロギー、あれをやりますよ」


 エルカが立ち上がった。当然ながら、あの程度ではダメージにならない。オロギーとズシムが、大きく息を吸い込んだ。何かが来る。そう察知したエルカが身構えた。しかし、それは無意味だった。





「………GYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!」




「ぐっ!?」


 二人の口から発せられた、とてつもない大音響。至近距離にいたエルカの鼓膜に鋭い痛みが走り、思わず耳を塞いでしまった。その隙に、オロギーの巨大な拳がエルカの腹部にめり込み、高く打ち上げられる。エルカの真上には、既にズシムによって作られた火球が待ち構えていた。火球がエルカの背中に激突し、エルカもろとも地上に落下して激しく燃え上がる。


「……はっ!!」


 一喝。炎が消し飛んだ。エルカのタフさは、二人の想像以上だった。さっきの音波は普通なら鼓膜をぶち破る威力はあるはずであるし、今のコンボは並の相手なら当然即死だ。しかし、まだ二人には余裕が見られる。


(思った以上に厄介なコンビだわ。一瞬たりとも気が抜けないわね)


 エルカは気合いを入れ直し、二人に向かって走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る