魔法があれば……

樺鯖芝ノスケ

……

 放課後、赤い日差しが教室に差し込み、目が眩んで一瞬何も見えなくなった。

 その瞬間にガラッと机をどかす音がして、誰かが前の席にどかっと、僕と向き合うように後ろ向きに座った。僕の机の上で肩肘をついて開口一番、

「よくアニメとかマンガでさ、あ、映画でもいいけど、魔法とか出てくるわよね?」

 出てくるね。

 突然現れてぺちゃくちゃ喋りだしたのは、見た目は可愛らしい女の子だ。だが性格が三回転半した後にポーズを決めようとしてバランスを崩して後ろに倒れ、跳び箱を破壊しておきながら「これで次の人の失敗を未然に防いだわね!」とか言うくらいひねくれて歪んでいる。

 僕はこいつの話にいつも付き合わされるのだけど、正直うんざりしている。

「あんな便利な能力があるなら、絶対他の技術なんか発展しねーと思うのよ。例えば、いつでも火の玉が出せるなら銃なんていらないじゃない? なんでマ○オは配管工なんてやってんのって話よ。傭兵とか軍事会社とか、火力発電所とか、そゆことした方が活躍できるじゃない。そもそもなんで配管工に火の玉を飛ばす能力とかタヌキに変身する能力が必要なのよ。土管の中で一体何をしてるわけ? タヌキプレイ?」

 タヌキプレイってなんだよ。

 ともかく髭のおじさまの話はやめてさしあげろ。あの人は桃を救いだすのに忙しいんだ。

 どうでもいいけど、日本人って物語に桃を出すのが好きだよな。思いつく限りでも五つくらいある。

 ってかそのゲームに近代機器は出てこないんだから世界観は壊れてないし別にいいだろ。

「まあそうだけどさ……あと、あれよ。思いの強さってやつ? 窮地に陥ってて絶体絶命なのに、なんか可愛い女の子に慕われてうおおってなってオレが守るんだーって魔法の力が強くなるやつ。寒くない? んなことできるんなら最初からやれよって」 

 どうでもいいけどおまえはいつもそんな穿った目で作品を見てるのか。

 ともかく別にそれは変なことじゃないだろ。火事場の馬鹿力ってやつだ。子供が車に挟まれたら母ちゃんだって車を持ち上げられるほどの力を発揮するんだぞ。一瞬だけど。

「でも、それくらいしないといけないって、相手の強さを見誤りすぎじゃない。そういうシーンって接戦ってわけでもないことが多いし。大抵、強すぎる相手に対しての起死回生よね」

 まあ、そういうのもあるかもしれないけど……。

「強力だからって不確定な要素にいつまでも頼り続けるのはよくないと思うのよね。魔法ってやっぱり個人によって強さに大きく差が出るみたいだし、戦闘は一騎当千も楽しいけど、戦力の均等化も大事だと思うわけよ」

 ふむ。

「戦力が一部に偏れば戦争は勝てないわよね。例えば魔法での攻撃に頼ってたら、兵士が全員魔法を使えないと負けちゃうし、でも強力だから魔法の技術開発に目がいくでしょ。なのに技術よりも資質に左右される。資質のない人は持っている人を羨んで意地でも使えるようになりたいと思うだろうし。だから機械兵器の発達は絶対遅れる。目の前に火も出せて雷も出せて傷も癒やせる力があんのに、精度の悪い火縄銃の開発とか、医療の発展とか、誰もしないと思うのよ」

 魔法が使えない人のために研究する人はいるんじゃないか?

「わたしだったら絶対魔法使いを捕まえて解剖するわね。それで魔法の秘密を研究するの。現実の物理より、魔法的物理の力がどう働いているのかを知る方がおもしろそうだもの」

 怖ええ。

「だってバカらしくならない? 死ぬ思いで研究開発してようやく数メートル空を飛べたと思ったら、伝統的だかなんだか知らないけど黒猫乗せた箒に跨がって女の子が目の前をスイスイ飛んでくのよ。お前がミサイル吊して行けやって言いたくない? あげくに『空を飛ぶ秘訣は?』なんて訊いたときに『信じる力のおかげですぅ(ミャハ)』とか言われたら、もう処女を奪いに行くくらいしか方法はないじゃない?」

 えっと「ないじゃない?」とか決められたことのように言われても返答に困るのだが。

 しかもなんだ、ミャハって。処女を奪いに行くって。

「箒で……」

 オッケーわかった。ゲスいのはそこまでだ。

 要は魔法っていう強力で物理を無視した力があるのに近代的な機械技術が両立している世界観はどこかおかしいって言いたいわけだな。

「そうそう、そういうことよ。我が真意を得たりって感じね」

 …………。

「なんで下唇を噛んでるの? みょうちゃんみたいになってるよ」

 誰だ、みょうちゃんって。友達か?

「不動明王」 

 えらいところから引っ張ってきたな……。

 まあでも確かにもしその二つが両立してる世界観だと矛盾はありそうだよな。

 なら、何か制約があればいいんじゃないか?

「制約?」

 例えば、現代の魔法ファンタジーなら、極少数の人にしか使えないとか、魔法を使うには何か気配みたいなものがあって、魔法を使うと気づかれちゃうから銃器が開発された、とか。

ハ○ポタだと現代に魔法はあっても魔法が使えない人にバレないように発達したって設定だったし、それなら矛盾もあんまりないだろ。機械を開発していったのは魔法が使えない人だろうし。

「…………おぬし、やりおるな」

 なんで急にキャラ変わったし。

 でも、確かに逆に考えると、魔法っていう概念が先にできて社会に普及しちゃったら、今みたいな機械に囲まれた生活にはならないんだろうな。

「魔法ファンタジーの舞台に中世が多いのはきっとそんな理由もあるんでしょうね。現代の機械は魔法じみてるものもあるけど、魔法が主体の世界になると、初期の機械はしょぼく見えるもの」

 そうなると大変だよな。一撃で相手を殺せる破壊能力があるのに、機械が発達しないから移動手段は徒歩か馬車だろうし。ガソリン燃焼の代わりに火を魔法で出し続けたとしても魔法ってなんか体力消耗するらしいし。もどかしいよな。

 あ、でも電話とか、伝達手段は魔法じゃどうにもならないから、そういう目的で機械も発達していくんじゃないか? 魔法があるからっていつまでも手紙でって発想にはならないだろうし。

「新しい視点ね。たとえ魔法が使えて遠くに言葉を伝えることができても、魔法が使えない人が同じ手段で返事できなければ意味ないものね」

 それからこういうのは?

結局、魔法と機械が両立しにくいのは、魔法が無敵すぎるからだと思うんだよ。

 でも、魔法ってやっぱり恒常性に欠けてるんだよな。個人の意思によって効果が変わるってのは最大の弱点にもなる。例えば、エンジンには何が必要かって、断続的で一定の動力の出力なんだよ。だから魔法って動力を恒常性に変える機械っていうのはありかもな。

 どっちにしろ現代の機械とはかなり様相が変わってくるだろうけど、そうなりゃ現代的な発想の機械が同棲してたっておかしくないかも。その過程でいろんな発見があるだろうし。

「つまり現代に魔法を蘇らせるには、魔法使いと普通の人間が相互に利益を享受できる方法を考えていけばいいのね」

 何で話が魔法を蘇らせるってことに変わってんの? 

「わたしはむしろ、機械の発展の方がはやくて、魔法の方が廃れると思ってたのよ。先に魔法って力の概念があってもね。なぜかって、やっぱり魔法は特別で使える人間が限られてるから。そして機械はやっぱり便利で面倒くさくないから。なにより大多数の人間が使えるから」

 まあ魔法機械みたいな考え方がないでもないけど、そうかもな。

 社会的な選択はやはりマジョリティを優先するんだろうし。

「つまり、いまこの現代に魔法がないのはそういう理由ってことよ」

 えっと?

「魔法は迫害されうる力ってこと。人間は魔法よりも機械を選択する。ならわたしたちが魔法をただの物語の小道具として認識しているのも無理はないわ。むしろそうなるように仕向けられてたってことよ。都市伝説みたいにね。そして迫害されるものは結局どこかに生き残っているものよ。ひっそりとその方法を自分の子供に伝えて、いつか日の目をみるときをいまかいまかと待ってるのよ」

フィクションの話をしているんじゃないのか?

「馬鹿ね。これは現実の話よ。なんで物語とはいえ、魔法なんて概念ができたと思ってるの?それも、全世界的によ。これはわたしたちのDNAに魔法っていう力のなにかが潜んでいるっていう証左でしょう。わたしたちにはいつでも魔法の復活を受け入れる覚悟が必要だわ」  

現実に魔法があれば手ぶらでテロができるし、セキュリティがえげつないほど強力になっていくと思うんだが。そんな社会で暮らしたいか?

「…………。ふ、何を言ってるの。わたしたちはフィクションの話をしているのよ?」

 …………。

「上唇を噛むなんて新しい表現ね」 

 結局、おまえが魔法を使いたいだけかよ。

「失礼ね。単なる可能性の話をしてただけじゃない。でも、まあ、あったら使ってみたいけど…………」

 どんな魔法を使いたいわけ。

「あ、え、えっと……それは……」

 待て。なんで照れる。

「魔法って、自然現象を自在に操る術でしょう」

 んー、まあそうなるのかな。

「癒やしの魔法なんて、人間の自己治癒能力を飛躍させるとか言うじゃない」

 んー、そゆのもあるね。

「じゃあ、人間の感情に働きかける魔法があってもいいじゃない! 人間だって自然の一部でしょ!」

 なんでキレてんの。机をぐーで殴るな。

 んー、でも魔法の効力って大抵意識がないものに働きかける感じだし、癒やしの力ってのも有機的な効果だけど、人間が自由に操れるものじゃないから無意思なものに分類されてるんじゃないかな。感情に働きかけるってなると、魔法って言うよりかは、妖術とか、催眠術とか、洗脳みたいなニュアンスになるし。

「え、そうなの……………………」

 なんで絶望してんの。

「じゃあそれがほしい」

 今までの魔法の屁理屈が全て無へと化した!?

「うっさいわね。とにかく物語の中と言えど、わたしが持ってない力を持ってるやつらがムカつくの! なんで髭のおっさんに火が出せてわたしに出せないのよ! JKぞ? 我、世界中の人間が羨む華のJKぞ?」

 ネタをぱくるな。ちょっと古いし脈絡もないし。

 要するに、おまえは何か叶えたい欲望があって、でも自分じゃどうにもできないから魔法を使って叶えたいって駄々をこねてるわけだな。割と子供っぽいところがあるんだな。

「――――ぅぅぅーーーーっ!」

 悪い。正直に言いすぎた。でもそんなに真っ赤になって怒らなくても……。  

「うっさい! 悪かったわねわがままで!」

 いやいいけど……。

「いいの!?」

 いやそのいいじゃなくて。なんで嬉しそうなんだよ。

「え?」

 え、って、え?

「そん……ぬ――ああもう、あんたと話してるとぬかぬかするわ」

 ぬかぬかってなんだよ。最初、「糠喜びさせないでよ」とか言いそうになったろ。混ざってるじゃん。

「うるさい」

 何が嬉しかったんだ? 

「うるさい」

 僕がわがままを受け入れてくれると思ったとか?

「うるさい! とにかく魔法とか超能力とか超自然の力をふるうキャラクターの住む世界ではいくらでも矛盾をつけるけどそこは消費者として目を瞑らないといけない部分がやっぱりあって髭のおっさんが火を出そうがノミみたいな跳躍力を発揮しようがそれはそれとしてその存在を受け入れないといけないと言う訳ね」

うまくまとめたな。すげえ早口だったけど。

 ってか髭のおっさんばっか槍玉にあげてるけどどんだけ嫌いなんだよ。

「いいのよ友達だから」

 …………。

「唇を――ってちょっと待ってそれどうやってんの!?」

 気にするな。

「いやだって唇がよん……」

気にするなって。

「……まあいいけど」

 ところでもうすぐ夕日が全部沈むけど、そろそろ帰らなくていいのか?

「あ! 全く、あんたと話してると時間ばっか無駄に過ぎてくわ」

おまえが勝手にきたくせに……。

「うっさい!」

いーから、さっさと帰れって。暗くなったら帰れなくなるんだろ。

「わかったわよ。いい!? 次はこうはいかないからね! 覚悟しておきなさ――」

 突然セリフの途中で、あいつはフッと、あとかたもなく消えた。

 まるでどっかの敵役みたいなやつだな……。

 人間って自分にできることが当たり前になると、どうしてこうまわりが青く見えるのかな。

 まあでも、あいつが羨ましく想うくらい、あいつみたいなのを超越したキャラクターや作品を生み出す作者さんたちはもっとすごいってことで。

 人間の最強の能力ってのは、想像力なんじゃないかと、ふと思った次第です。

 さて、今日の議論(?)も終わったしそろそろ帰ろうかな。


 そう思ったとき、ふと風が吹いてカーテンがはためいて僕を包みこんだ。

 僕の身体もその一瞬で消えてなくなる。教室は無人になり、風が入り込む音だけが残る。  

 あー、窓閉め忘れた。まあ、いっか。

 はあ、また明日になったら来るんだろうなあいつ。

 二年以上もほぼ毎日僕に話しかけてきたのはあいつが初めてだけど、あいつが卒業するまでの残り数ヶ月、せっかくだから付き合ってやろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法があれば…… 樺鯖芝ノスケ @MikenekoMax

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る