第4話 斬りつける者 (2)
結局、何も変わらなかった。あの後、笠木はご機嫌斜めだったようで亮人はさっさとボーダーラックに返された。自信満々に言ってあそこまで凜に言いくるめられたらプライドと言うか、色々な物に潰されたのだと思う。ただ、亮人が凄いと思ったのは亮人がボーダーラックの待機室に帰った数分後には既に笠木がいて堂々と立ち振る舞っていたことだった。
で、待機命令も完全に解除され、帰宅しようとしていたのだがふと気分的に公園に立ち寄った。前に凛ときた公園。吹き上がる噴水のバックにベンチに掛ける。首を後ろに傾けて逆さになった噴水を見つめながら思いふけった。
「ああ~、このままシラトラが返されなかったら、俺、どうなるんだろう……」
笠木ですらあんな感じだ。俺がどうこう言って返してもらえるものでもないだろう。でも、このまま引っ張り続けてそれでもなお、ここボーダーラックに居続ければそれこそ、七光りだけで居るようなものになる。そんなのは嫌だ。
「随分と情けない面をしているな」
突如女性の声がしてしばらく考えたがハッと思い付き、グインと首を元に戻した。そこにいたのは部活帰りの凜。かと思いきやそのまま自然に亮人の横に掛けて来た。一瞬ドキッとしたがその相手が何にも思っていないらしく平然とした顔を保っている。
「まあ、そのすまないな、さっきは。泉の上司には偉そうな態度を取ってしまった。あの場合は下に出る訳にはいかなかったからな……」
「……、どうしても返さないって事か? って今更だな、もう聞き飽きたか?」
「ふっ、聞き飽きたな。特に泉からのその言葉は聞き飽きた。諦めろ」
「そう言ったって、こっちだって立場とかあるし、それなりの物背負ってるからな」
「大半が泉の首だろう」
「勿論、それもあるけどそれ以外もある。七光りのレッテルが強くなっていくし」
「そうか……、確か泉の父親がボーダーラックの社長だったな」
思わず目を見開いた。
「そんなことまで知っているのか!?」
「まあ、それは別に大したことじゃないだろう。ボーダーラックの事を少しでも調べれば泉弘人の名前ぐらいすぐに出てくる。そこから察しはつく」
「…………」
「なあ、泉? やっぱり親の七光りってのはあんまりいい気分じゃないのか?」
ふと凜の横顔を見た。すると凜もこちらを見て真剣な眼差しでこちらを見て来た。ドキドキする心臓を抑え込みながら目をそらし落ち着いたふりをして答える。
「まあ……、そうだな。やっぱりコンプレックスってところだな。いつでも俺の行動には親父が付いてきやがる。どんな時でもだ。うまくいっても親の七光りのおかげ、失敗しても所詮七光り。七光りは何一つとしていい光なんかじゃないよ。周りから疎まれるほどの代物じゃない」
「コンプレックス……か……」
凜も前を向くと一つため息をついた。
「あたしもだ。コンプレックス……ある」
「凛?」
思わずまた凜の横顔を見た。亮人にとって凜は強い女子ってイメージしかないからその発言に思わず食いついてしまった。予想以上に深刻そうな顔をする凜はもみあげ部分を掻き分けるとしみじみと空を細い目で見つめている。
「あたし、小学校入って間もないころ、魔物によって親を失ったんだ」
「え? …………、その……、聞いてよかったのか?」
「別に……、ただ、何となく話したくなっただけだ。あたしは親を失うとき、何もできなかったんだ。あたしはそんな幼かったころの自分が今でもあたしの心にまとわりついている。……、幼く弱かった自分が……コンプレックス……」
「小学校の頃の自分にって事なのか?」
「……そうだな、そういうことだ」
「別に……、そんな小さいころの自分なんて気にしなくても……、いや、多分これは禁句なんだろうな。すまん……」
「気にするな。周りから同じこと何度も言われたよ。ただ、あたしの胸に刻まれたものはそんな単純な物じゃなかったのだろうな。幼いながらに色々と悟った」
予想以上に重く、深い話だった。凜の声のトーンが本人の意思を確かに表している。亮人は言葉を返せなかった。
もしかしたら、凜はよく強がったりしているけど、それってそのコンプレックスを紛らわすため、克服するための意思なのではないだろうか。強く見えるその凜の小柄な姿の中身はもしかしたら予想以上に繊細なのかもしれない。その考えが正しいのだろうか、聞いてみたくもなったりしたが流石に押しとどめるべきなのだろう。
「お互い……、自分に対して思うところはあるのだな……」
そう、凜は締めくくったのだが、やっぱりそれでも凜は強いと思った。そう思ってでもなお、そうやって強くあろうとしているのだし……、何より小学生のころからって……、自分との違いが身に染みてくる。
何故か、歳以外何もかも凜の方が上回っていると言うか負けている気がしてきた。そしてその挙句思い至ったのが、年上として男としてジュースでも奢ってやろうという安直な考えであり、ベンチをいったん立ち上がろうとしたのだが、不意に凜が問うてきた。
「そんなことよりも……、第一部隊は全員無事か?」
まるで今までの話をリセットするような切り替え。動作をぴたりと辞めて凜の方に顔が向いた。すると凜も同じく亮人を見ていたのでばったりと目があってしまう。しばらくぴたりと目が離せなかったが凜の目が真剣なのをすぐに悟ると、もう一度ベンチに座りなおした。
「無事だ……、もう全員、完全復帰している」
「そうか! それは良かった。あたしのせいで部隊に支障をきたしたのでは困るからな。本末転倒ともいえる」
「あくまで敵は魔物って言いたいのか?」
「そうだな……、それもある」
それも? そう聞こうとしたが口を止めた。多分、もう一つはその凜が言う戦争を回避することなのだろう。確かに組織の人間以外がシラトラを所持していたら第三者として止めることが出来る。逆にそれ以外が止めることは難しい。
でも、いくら組織間のいがみ合いがあったとしてもまだそんな露骨な戦闘はない。出会ったら、その場の成り行きで打ち合う……、勿論それもひどいことに変わりはないが。少なくともまだ戦争と言う戦争にはなっていない。なのに凜はそれが必ず起きる、そしてそれを阻止すると言い張っている。
――凜ってどこまで知っているんだ?――
そう聞きたくなってしまった。でもそんな事を聞いても「すべてだ」などという、身も蓋もないと言うか、何も言い返せない答えが返ってきそうで聞きそびれた。もし、そう返事されたら亮人はどう反応し、どう答えればいいか分からなかったからだ。少なくとも、ただジョークとして笑い飛ばすだけで終わる事がないのは確かだと思う。
「まあ、魔物を退治してくれていると言う事実には変わらないしな。もう、何回も魔物の群れを倒しているんだろ?」
「何回も? ……、何回もと言うほどもしていないけどな。最初の時と学校に出現した時、前回の時、あとそれ以外に一回、計四回だな」
「……って事は……、凜が先に倒していたのは二回だけって事か?」
「え? いや、だから四回といっただろう。耳ついていないのか?」
「いや……、こっちの話だ」
どういうことだ?
多分学校に出現したと時と言うのは、恐らく初めて部隊が出動した時には殲滅されていた時の事だろう。で、前回の部隊と凜との戦闘を除けば後は一回だけだってことになるのか? そんな事はないはずだ。実際、第一部隊は何度も魔物の出現を感知して出動した。
でも、すべて殲滅された後だった。ずっとそれは凜が先に殲滅していたと思っていたのだが……。まさか、それでもない別に何かが倒したって事か。まさか、そんな訳もないだろう。
「システムを使ったのは……、本当にその四回だけか?」
「ああ。大体あたしは学生だぞ。おいそれとあちこちに出向けるはずも無いだろう。あたしがシステムを使ったのは近くに魔物が来た時と学校以外の時間帯の時だけだ」
そう言われたらそうかもしれない。確かに学生が日中に離れたところまで来て、部隊よりも先に到着した挙句、殲滅なんて無理かもしれない。でも、だとすればあれは一体誰がやったのだろう。感知の不具合だったのか?
もしかして他の組織の部隊が先に殲滅を? いや、まさか。こっちの部隊がたどり着く前に殲滅するなんて速すぎる。どんなに綺麗に殲滅出来ようとも数分で壊滅できるほど魔物は甘くない。
しばらく考えつくしたが答えが出てきそうにはない。
そんな中、凜は呟いた。
「泉……。どうしてもあたしを止めたいか? シラトラを奪い返したいか?」
「……そら……、まあ、そうだけどよ」
「だったら、今度は軍の一個師団でも連れてくるのだな」
一個師団……、実際にそんな状況にあったとしても軍隊を軽くひねり、平然と立っている凜の姿が容易に想像できてしまい思わず身震いした。
「凜ってシステム使ったらどんだけ強いんだよ……」
「ん? システム使っていいのか? ならば世界中の軍隊を連れて来なければいけないな」
「マジで言ってるのか、それ? ……ってか、その話だと生身で軍隊の一個師団と対抗できるみたいになってないか!?」
「ふふっ、勿論それは嘘だ。流石に盛っているよ」
……、急にそんな無邪気な笑みを向けられてもそれこそ反応に困る。と言うか、生身でも実際ある程度ならば対応できるのではないだろうか……。
「もしかして……、凜ってそこにある自動車を片手で持ち上げられたりする?」
「は? いきなり何を言い出すのだ。そんなの無理に決まっているだろう。大体、あたしは女子だぞ? どっかのアニメにありそうな「見た目可愛い」を装った怪力女子な訳もないだろう」
そう言いながらフッと立ち上がる凜。そのままスタスタとどこかに向かって歩き始めた。流石に女の子に対してデリカシーのない事言ってしまったのかなと慌てて追いかけたのだが、凜は公園の自動販売機の前で立ち止まった。
「言っておくがあたしはこんな小柄の姿に何の偽りもなく非力だ。勿論、筋トレぐらいはするが、それでもあたしがどんなに全力で泉を力で押そうとしても押し倒すのは無理だと思う」
そう言いながら亮人の胸辺りを凜は平手で押してきたのだが、その力は確かに驚くほど弱かった。全然本気を出していないのではないかと思うぐらいに。いや、本気じゃないのかもしれないが。
「でも……、力=強さじゃない」
「え?」
気が付いたときには世界がくるりと回転していた。と言うより、亮人の体が回転していた。足元がいつの間にか地面を離れており背中から盛大に地面に落ちる。
「ゴフッ!? いってぇぇ!?」
また、足払いされたのかよ……。
「闘いはテクニックだ。強さも同時にテクニックで決まる」
「いってぇ……、だからってわざわざ実践で示さなくてもいいと思う……」
「勿論、力技だって必要だ。もし、ここで泉があたしの不意を突き襲って来て、力ずくで押し倒して来たらあたしも一筋縄ではいかない。って、貴様!! あたしに何をするつもりだ!?」
「いや……、何もしねえよ。自分で言っただけだろ」
「と言うか、いつまで寝そべっている。はっ!? もしかしてそうやってあたしのスカートの中を覗こうとしているのか!? 何と言う不埒な奴だ! 成敗してくれる!」
「どんだけ理不尽なんだよ!?」
このまま寝そべっていたら竹刀が飛んでくるのは必至だったので背中の痛みを残しながらもさっさと立ち上がる。と、その時まだ一部落ち着きが取り戻せていないのか若干頬を赤らめた凜が亮人に何かを渡してきた。
反射的に受け取ると手にした冷たい感触でジュースだと言う事をやっと気づく。
「まあ、なんだかんだでも泉に迷惑を掛けていることに変わりはないからな。それはその謝罪と礼を含めたおごりだと思ってくれ」
そう言いながら凜は手を振って公園を出ていった。
「なんか、俺。完全敗北を宣言された気分なのだが……」
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