第4話 斬りつける者

第4話 斬りつける者 (1)

 亮人は居心地が悪かった。

 凜は確かに第一部隊を総崩れに追い込んだ。危険度☆☆級の魔物に対してもそれなりには対抗できるエリート部隊をコテンパンに叩きのめした。けれども、誰一人として死者は出していない。負傷者も数日には全員完治してしまったぐらいだ。

 それは確実にエリート部隊のプライドを刺激していた。そしてその矛先はと言うとそれが亮人だったのだ。


「てめえがシステム奪われたからこんな面倒なことになってるんだろうが」

「親父がどうだかは知らねえけど俺たちまで巻き込むなよ」

「所詮は七光り。こいつの実力は大したことないんだよ。だからシラトラをまんまとガキに奪われたんだ」

「おい、気を付けろ。あんまり言うとこいつ社長にちくって俺たちクビになるぜ」

「おっと、そうだったな。わりいわりい、気を付けなきゃな」

「心配すんなって、こいつヘタレだからちくることもできねえよ。変にプライド高いからな」

「にしても、シラトラ、どうすんだよ?」

「ああ、そんなの泉が特攻でもかけて奪い返すんだろ。責任持てよ」

「そういえば、あのシラトラ使ってる子。結構可愛かったよな」

「ああ、それ俺も同感」

「あれ、泉の知り合いらしいぜ」

「は? 知り合いに奪われて、返してもらってないってか? 子供の遊びかよ」

「いやいや、子供だから。察したれって」

 亮人の後ろから容赦なく叩き込まれる罵倒。歯ぎしりしてそれを聞き流す。

「あれか、奪われたけど可愛い可愛い息子の彼女だから許されたのか?」

「いいよな~。七光りってそこに立っているだけで偉く見えるんだから」

「突っ立っているだけでも、後ろの光だけで出世できるんだもんな」

「所詮、この世はコネか……、ああ、つまんねえ、世の中!」


 亮人は耐えきれず壁に拳を叩きつけた。待機部屋中に響いた音は周りの罵倒を一瞬停止させる。

「親父は関係ねえよ……、俺は俺だ。俺の失態は俺の失態だ」

 そう呟くと部屋を出ていくと共にドアを大きな音を立てながら乱暴に閉めた。最初は模様している訳でも無いが気分を変えるためにトイレでも行こうとしたが、その時笠木から連絡が入った。スマホを取り出し、電話に出る。

「泉。今、問題ないか? 問題ないな。部隊長命令によりお前の待機命令を解除する」

「え? いや……、それって小隊長の間宮隊長を通さないといけないんじゃ……」

「ごちゃごちゃうるさい。シラトラの装着者……、と言う扱いにあるお前には例外だってある。それよりもさっさと舞咲高校の校門まで来い。早くだ!」

「そんな無茶苦茶ですよ……、って、舞咲高校!?」

「なんだ? 口答えするのか? そうか……、そうだとすればこちらもそれなりの」

「行きます行きます! 泉亮人、直ぐにそちらに向かいます!」

「三十分以内だ」



 もし、遅刻したら何が起こるか想像できた物じゃない。とにかく必死に舞咲高校に向かった。

 息を切らしながらたどり着くと校門に堂々と何のためらいもなく仁王立ちしている笠木の姿があった。警官が何か事情聴収するためにいるようだが、笠木が睨みを利かせているだけあって劣勢状態にあるらしい。その警官は前に亮人にも声をかけて来た人物で、亮人が笠木に近づくと察したのと恐らくもういい、手におえないと泣きべそ半分でさっさと離れていった。


「二十三分……、ま、いいだろう」

 時計を見ながらそんな風にきっぱりと言い放つ笠木。一分二分前ならまだしも七分も早く来たのだからそんな冷たい言い方しなくてもいいと思うのだが。

「でも……、どうするんですか? 凜はまだ部活の最中だと思いますよ」

「そんな事は分かっている。さあ、行くぞ」

「行くぞって、まさか、学校の中に入るんですか?」

「当たり前だ。ここまで来たらそれ以外に方法はないだろう」

「いやいや……、潜入って言うか……、無理でしょ。俺たち警察じゃないんですよ?」

「そんな事ぐらいどうにでもなる。もっともヘタレなお前じゃ無理だろうけどな。いいからさっさとわたしの後をついてこい」

「もしかして……、俺の任務……、手助けしてくれるんですか?」

「元々、お前はわたしの部下だしな。お前にばかり責任が押し付けられるのは気に食わん。大体、お前だけじゃいつまでたっても結果は同じだろう?」

「……、ありがとうございます。返す言葉もございません……」


 笠木はそのまま堂々と校門を抜け、高校の玄関を颯爽と入っていき、事務所の窓に立った。

「ボーダーラック社、対魔物戦闘部隊、第一部隊隊長の笠木瑞子です」

 名刺を渡して堂々と宣言する笠木だったが、事務所の人は茫然とするばかりだった。まるで何が起きているのかさっぱりと言った様子で名刺を見ていたが、やがて笠木はいらだって来たのか睨みを利かせはじめる。そしてかなり一方的な会話を数回かわすと何故か訪問の許可が出てしまった。


「さあ、泉。剣道場に行くぞ」

「部隊長……、どんなトリック使ったんです?」

「何のことだ? ただ話をして許可をもらっただけだ」

「……、ちなみに間宮隊長にはこの事を伝えてあるんですか?」

「ああ、お前がこっちに向かっている間に話し合いをしておいた」

 多分、さっきと同じような感じで笠木の一方的な強制なのは察しがついた。でも、なんかこの人は色々凄い人だと改めて思った。まさに最強の女性と言うか……ん? 最強? なんか、女性で最強って言う人、もう一人いたような……。


 なすがままと言った具合に笠木に付いて行くとあっさり剣道場に付いた。中から威勢のいい声がどんどん漏れてきてさすが剣道部といった雰囲気があった。流石にこの中に入っていくのは躊躇がいる。と、亮人は思ったがどうやら笠木はそんな事みじんも感じなかったらしい。最早、部員の一人かのように道場に一礼しながら入っていった。


「この中に部長はいますか?」

 慌てて後ろを付いて行った亮人はこの人の大胆たる行動にもう、色々と怖かった。けれども、剣道部員は特に慌てる事もなく亮人たちを見ると一礼。さらに部長らしき人が来るとまた、練習に戻りだした。

「わたしが部長です。何かご用でしょうか?」

「わたしはボーダーラック、第一部隊の笠木です。ここの部員の彩坂凜に用があって参りました。少々、お借りいただけないでしょうか?」

 口も態度も丁寧だが、目だけが「凜を出せ!」と言わんばかりの鋭さを出している気がする。でも、相手も流石剣道部部長と言った所か、引けを取らず堂々と受け答え。そして部長が凜を呼び出そうとしたときは、既に何事なのか察していた凜がこちらまでやってきていた。


 そうだ。この子だ。彩坂凜こそ、もう一人の最強の女性。これは一難ありそうな気がしてきた。

 凜は部長に下がって貰うように言うとすぐさま笠木に本人と同等かそれ以上の目つきで睨み始める。

「取りあえずここから出るとしよう。あんまりこんな所、知り合いに見られたくないのでな」

「……好きにしなさい」

 会話のしょっぱなから怖えよ……。この二人。



 道場から離れ建物の裏側に陣取ると二人は早速、有無を言わず猛烈なにらみ合いを開始していた。凜の道着姿を始めて見て、凛々しいくも小柄で愛くるしいその姿に見とれたいがそんな雰囲気ではない事は流石に分かる。その中、切りだしたのは凜。少し嘲笑うように始めた。


「前から気に食わなかったのだけれど、近くで見るとさらにでかいな……」

 ……、出だしがそれかよ。気にしていたのだな……。

「ガキとは違うんだ。そんなことはどうでもいい」

 と笠木はいいながら心なしか大きな胸を張ったような気がした。


「さてと、本題だ。随分とシラトラで遊んでくれたようだな……、さあ、そろそろ返してもらいたい。それは子供の遊び道具じゃない事はあなたも分かっているよな?」

「勿論だ。シラトラは遊び道具じゃない……、そして同時に戦争のための道具でもないと言う事を忠告しておいてやるぞ」

「それはまるで我々がシラトラを戦争のために使おうとしているように聞こえるが?」

「その通りだろう? 異論があるのか?」

「大ありだ。それは対魔物システム。魔物を殲滅するためにある」

「だったらその使い道通り使っているあたしは問題ないな」


 お互いに一歩も譲らないと言った様子。だんだん居心地が悪くなってきた。二人のプレッシャーに押しつぶされそう。

「それはあくまでボーダーラックの物だ。話によると君はボーダーラックの印付きで対魔物武器所持許可証を持っているらしいが、そんな物、無効だ。大体、一般人が勝手に兵器を所持していい理由などない!」

「一般人……それはあなたたちだって同じ事だろう。所詮は民間の者。いや、ボーダーラック、対魔物組織。民間が武器の所持を許可されたと言っても政府の認証が降りなければ対魔物組織として動けない……、ほとんど政府の犬みたいな物だったな」


 凜がこんな挑発をしてくるなんて思わなかった。よほどシラトラを返したくないのだろうか。

「政府の犬……か」

「だってそうだろう。政府では対処しきれなかったからって、民間に武装させて代わりに闘わせるために組織されたのだろう? でも、許可は政府の認証なしでは無理。おまけに規制で大量破壊兵器、戦闘目的とした航空機、車は禁止。建物の破壊など故意でなくともほとんど論外に近い状態。結果、銃を武装した兵士しか配備できない。民間なんて名ばかり、政府の言いなりだ。もっとも、そんな中だからこそ、シラトラみたいなシステムが開発されたと付け足しておくべきか?」


 正直、驚いた。はっきり言って凜の言う事は確かに正しいからだ。でもこれは不本意だが、父親がボーダーラックの社長だからこそ知っている事実。笠木もこの事実はある程度知っているだろうが、それはそれなりの地位にいるからこそであり、やはり一般人である凜にそこまで詳しく語ることが出来るなんて普通はあり得ないはずだ。


「君は随分と事情に詳しいな。一体……、あなたは何者なのか……」

「答える義理はない」

 今、笠木の蟀谷がピクリと動いた気がした。多分、限界に近いのだろう。急に一歩踏み出したかと思えば、上から小柄な凜を睨めつけた。


「あんまりボーダーラックを舐めないで頂戴。子供が手を出して良いレベルはとっくの昔に通り越していると言う事を自覚しろ。さあ、シラトラを手渡せ!」

「断る」

「子供が調子に乗るな。ダダこねず、さっさと渡せ! 本当にどうなっても知らないぞ。いざとなったらどうやってでも奪い返すことになるって事を頭に入れるべきだ」

「どうやってだ? お前の部隊もあたしの前であっけなくやられたのをもう忘れたのか?」

「グッ!?」

「では警察を呼ぶか? あたしがシラトラと言うシステムを奪いました、と。そんな事をしてもあたしには許可証がある。警察はこれを見ると会社内の揉め事程度にしか見てくれないぞ。もし、これが勝手に出回った許可証だとするならば、そんな許可証を出回したボーダーラックに責任が問われることになるだろう。そして、もし通報すれば少なからず最高機密であるシラトラのシステムを外部に漏らすことになる。そちらにとって不利になるのは必至だな」

「……、彩坂凜……、本当にお前は何者だ?」

「答える義理はないと言ったはずだぞ」

 笠木が言いくるめられた!? 凜が!?


 凜は未だに堂々と笠木の前に立ち、笠木の額に光る汗が見えた。表情に出すことはないが、それなりの感情は今抱いているはずだ。笠木の右手の拳に力が入っている。凄く静かだがその鋭い目線はいつもと違っていた。怒り、戸惑い、もっとも笠木の奥を亮人ごときが全て知ろうとするなんておこがましいしまず不可能だろうが。


「話はもうないのか? ならばあたしは部活に戻らせてもらう」

「待て! 何ならここで力づくでも返してもらうと言う選択肢もあるぞ」

 笠木はそう言って拳を突き出した。ここで戦うとでもいうように。だけれども凜は軽く笑い飛ばした。

「とはいっても流石に学校内に拳銃は持ち込んでいないだろう? だったら、今でもシステムを仕えるあたしが有利じゃないのか?」

 そう言って道着の袖を少し捲し上げ、右手にはめられるリストバンドをちらりと見せつける。流石に笠木も立ち止まった。

「それに、そんな大きなものを胸に抱えていれば動きづらいだろう? あたしは軽いから軽快に動けるぞ。あたしは軽い……かる……、フン! どうせ、あたしのは小さいですよ! って~~~~~~~~、何を言わすか!?」

「……お前は一人で何を言っている……?」


 あ、いつもの凜だ。にしても、流石にこの際胸は関係ないだろう。確かに、こうして並んでみるとその大きさは歴然だが、まあ、多分さっきの関しては大半が当てつけだろう。にしても、本当に気にしているのだな……。

「その……、話は以上だ!!」

 頬を赤らめたまま、話に区切りを打つと話はもう終わったと体を道場の方へ向けた凛。そんな凜を亮人は自分でも知らない間に止めに入っていた。


「なあ、凛」

「な、なんだ、泉!? いたのか!?」

「いたよ!?」

「そ、そうか。で、なんだ?」

 まるで全てをなかったことにしたいのだろうか、ものすごく赤くなっているが、こっちは真剣な表情で聞きつめた。


「なんで……、そこまでシラトラを使用することにこだわる? なんでシラトラをボーダーラックに返すことをそこまで頑なに断るんだ?」

 すると凜は赤くなった頬を急に冷ませ、また最初の鋭い視線に変わった。

「……、前にあたしの目的は話したな? そのためだ。もし、シラトラをボーダーラックの手に渡してしまうと、恐らく戦争に使われる。対魔物組織同士の無意味な戦争に。それは何が何でも避けたい項目だからだ」

「そんな事は絶対にさせない!!」

「それは泉が決める事じゃない。いくら泉が大声で言ってもボーダーラックの意思は動かせないだろう? 勿論、そこにいる部隊長にも無理だ。社長の意思でもないボーダーラックとしての意思、そして組織間の空気は個人で変えられるほど単純で弱い物じゃない。そんな事ぐらい分かっているだろう?」


 ……悔しいが言い返せない。その通りだ。既に流れ始めた水ほど留めるのが難しい物はないってところだ。

「お前はあくまでボーダーラックに逆らうと言う事か?」

 不意に後ろから笠木の声がする。それに対し、凜は不敵に笑った。

「逆らう訳じゃない。あたし個人として味方でも敵でも無く、魔物と戦うだけだ」

 そう言うと道着を一度整え直し、道場へと戻っていった。

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