第2話 謎の女子校生 (4)
取りあえず、託された任務が重要な事には一切変わりがない。亮人が課せられた任務はシラトラの奪還。だとすればやはり、まずは凜に会う事が大前提だろう。正直、あったところでどうするべきなのかはこれっぽっちも見当がないが。と言う事で差し当たり一番効率がいいのだろうかと思ったレストラン琴吹に足を進めることにした。
ちょうど角に位置するレストランのドアを開けると前と変わらない匂いが鼻に幸せをもたらしてきた。そしてそれとほとんど同じように綾乃がパタパタと出てくる。
「あら、泉君。また来てくれたの? さあ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
会釈をして前と同じカウンター席に腰を下ろす。お客さんは三人の人グループがいるだけで凜の姿はまだなかった。別にお腹が空いている訳でも無くどうしようかと思ったが、メニューにあったコーヒーにパッと目が入った。
「コーヒーお願いしてもいいですか?」
「勿論。今から淹れるのでちょっと待っていてくださいね」
と、言うとカウンターなので目の前でコーヒーを注ぎ始めてくれる。ペーパーを使ってゆっくり丁寧にお湯を注いてくれている姿にうっとりしかけたが、慌てて首を振った。
「綾乃さん?」
「ん? なにかしら?」
「凛ってどのくらいの頻度でこの店に来るんですか?」
「あらぁ? やっぱり凜ちゃんに気があるの?」
「いや、別にそんなんじゃないですけど」
「ふふっ、別にいいのよ。隠さなくても。全然恥ずかしい事じゃないんだから。いい子よね~凜ちゃん。あと、はい、コーヒー、淹れました」
「あ、ありがとうございます」
なかなかいい香りが鼻に沁み、口に運ぶとほろ苦さが口に沁み渡る。一口飲み終わった後、思わずため息をついた。
「おいしい?」
「ええ」
コーヒーを堪能していると、三人グループの客が勘定を済まして出ていく。と、それとほとんどタイミング変わらず一人の客がまた入ってきた。
「泉君、お待ちかねの凜ちゃんが来たわよ」
コーヒーで忘れかけていた目的を思い出し慌てて振り向く。するとそこには確かに学校帰りの凜が立っていた。そして、妙に笑みを浮かべ始める。
「泉か……、そうか、あたしを待ってくれていたのだな?」
その言葉には話すまでもなく分かっていると言っているように感じた。ゆっくりと近づいてくる凜はその後、特に口も開かず笑みを浮かべたままカウンター席に座ろうとしてくる。亮人は一度深呼吸をすると席を立ちあがり、座ろうとする凜を留めた。
「凜に話があるんだけど」
すると凜は分かっていると言うように淡々と返してくる。
「ならば少し店の端側によろうか」
そう言って厨房にいる綾乃には声が届きにくいように端へと移動する。
「泉君、頑張って! ファイト!」
…………、多分綾乃は全力で勘違いをしている。向こうで亮人に向かってガッツポーズをしているが綾乃が望むこととは違う。でも、あらかた都合がいい事もまた確かだった。
だからといっても、話す態勢が出来た物の、何から話すべきか、そう悩んでいると凜から話が向けられた。
「泉……、お前が本当にボーダーラックの一員だったとはな……、正直なところ驚いたな。…………いろいろな意味で」
一応配慮してか小声で話してくる凜。
「むしろ驚いたのはこっちだよ」
凄く本題に入りやすい振りだ。と思うがままにまずは返してみるが、その後の会話が絶対に続かないと確信した亮人は思い切って前に出てみた。
「単刀直入に言う……、あのシステムを」
「シラトラを返してほしいのだろう?」
「なっ!? わ、分かっているならば早い。じゃあ」
「勿論断るけどな」
「…………、ああ、そうかい」
一瞬でも期待した自分が悪かった。でも、引き下がるわけにはいかない。と言うよりも、明らかに凜は犯罪行為を起こしているんだ。そこを突けばいい。
「言っておくがこれは立派な窃盗、犯罪だぞ。ボーダーラック社の機密システムを部外者が持ち去っていく。ましてやシラトラは立派な武器だ。それを持っている限り、凜は銃刀法違反に関わってくる。今すぐ、銃器類不法所持現行犯として逮捕すら可能なんだぞ」
これは一応考えていた対策だ。言っていることは何一つ間違っていない。ボーダーラック社をはじめ、魔物に対抗する組織の特に攻撃部隊にのみ特別に武器の所持が許可されている。それ以外の人がそれを所持すれば立派な犯罪。『対魔物武器所持許可証』が無ければ、
「これがあるのだが、それでも違法なのか?」
そう言って凜は確かに何かを取り出した。右手に持っているものはカード。緑を基調とした独特のマークが裏面に入っており、表には『対魔物武器所持許可証』、名前の欄に「彩坂凜」そして、ボーラ―ラック社のマーク付きで。し……、信じられない。
「じょっ、冗談だよな……、なんで、凜がそれを持っているんだ?」
亮人も持っていた、全く同じ許可証を。自分でも信じられなくなり亮人の許可証を取り出し見たがやはり同じ。確かに同じだ。
「もしかして……、凜もボーダーラックの一人なのか?」
「いいや、違う」
…………余りに冷静に何のためらいもなく否定された。やばい、本格的に訳が分からなくなってきやがった。
「んなわけないだろ! あっ」
思わず声を張り上げてしまい、慌てて声のトーンを下げる。
「ボーダーラック社のマークは、当たり前だがボーダーラックの……社長にしか承認できない。凜がボーダーラックの人じゃなかったらその許可証はないはずだ」
「でもあるのだから仕方ないだろう?」
確かにある。目の前にある光景を必死に否定したいが無残にもそれは確かにある。触って確かめてみたが、コピーとか偽物の類ではなさそうだし、多分本物だろう。
「本当にボーダーラックと関係ないのか?」
「一切関係ない。あたしは仕事もまだしていない歴とした高校生だ。ちなみに剣道部に所属している」
「だろうな、知ってた。じゃなくて、そうじゃなくて。なんで、持ってんだってって事だよ。てか、ボーダーラックと関係ないのにボーダーラックの許可証があるのは普通におかしいだろ。没収だ。没収してやる」
「それは困る」
亮人が奪おうと手を必死に凜が握る許可証に伸ばそうとするが、それをひょいひょい華麗にとかわしていく凛。
「いや、マジでこっちが困るんだけど……」
「と言うか、あたしの所持物を没収するとか、窃盗じゃないか」
「って、窃盗だよ。そうだ窃盗だ。シラトラを奪ったのは歴とした窃盗だ」
「そうかな? 許可証を見せれば済むことだぞ。警察だろうと、これを見たら納得する。亮人がどんなに言おうがここにボーダーラックとしての許可証があるからな。大体、ボーダーラックの最高機密システムをそうやすやすと警察に委ねることが出来るものか」
……、なんでだろう。完全にこっちが口で押されている気がする。こっちの言い分の方が正しいはずなのに負けている気がする。
「例え、どんなことをされようともシラトラを返すつもりはない。例えどんなことをされよ……う、とも……だ。縛りつけられ……、よう……、とも……、っ~~~~~~~~」
「やっぱり凜は凜なんだな。ちょっとだけだけど、ほっとした」
「っるさい!」
「うわぁっと、だから竹刀はやめろって」
話し合いからいつの間にか変な修羅場になっていた。なんでまた竹刀で追っかけられなきゃいけないんだろう?
「もう、凜ちゃん。せっかく泉君からお誘いを受けたんだから、せめて竹刀で返さず言葉で返してあげてね」
せめて三本目の面は食らうまいと必死になっていたら奇跡的に真剣白刃取りが成功したところに綾乃がパタパタとやってきた。相変わらず多分勘違いしていると思うが。
「綾乃さん? お誘いって何の事だ?」
「ふふっ、ほっぺが両方とも赤くなっちゃっているよ」
と、自分の両頬を指さす綾乃。で、さらにトマトみたいに赤く染まっていく凜の顔。
「なぁああ!? これは違う、断じて違う!」
「分かった、分かったから! 竹刀にこれ以上力を込めないでくれ! と言うか退けてくれ! 俺はいつまで竹刀を受け止め続けなきゃいけないんだ!?」
「ん? ああ……、その……、済まない」
ふぅ……、やっと収まった……。助かった……根本は一切解決していないけど。
「あ~と、それよりもさ。凜ちゃん、ちょっと冷静になってみるのも大切よ。今すぐ返事を出さなければいけないって事じゃないからね」
「いや、綾乃さん!? これは違う。違うのだ!」
「まあ、今はいったん保留にしてさっきの間に作った新作でも食べてみない?」
「し、……、新作……だと!? すまない、ちょっといろいろあったから帰らせてもらう」
綾乃の新作と言う単語を聞いてからまるで人が変わったかのように店を脱出しようとする凛。それを引き留めようとするが如く、綾乃はその新作をさっと取り出した。
「はい。新作のたこなしたこ焼き、キムチ&オクラバージョンで~す」
「たこ焼き……ですか?」
目の前に出されたいろいろ謎の物体がかけられているが、形と見た目はたこ焼きっぽいその料理を指さしてみる。と、綾乃は笑顔でこういった。
「たこ焼きのたこの代わりにキムチとオクラを入れました」
「なぜ!?」
「さ、さて、あたしは帰るとするかな」
と、帰ろうとする凜を引き留めてみた。
「でも、前のパスタは旨かったし、今回は見た目もまだましだから美味しいかもよ」
亮人は既に安心しきっていた。前回のパスタは見た目や具材を裏切って旨さを実現していたから今回もそうなのだろうと思っていた。出なければ一個丸々口に放り込んだりはしない。そして既に口の中にたこ焼きのとろとろが広がり始めている。
その時、ふいに凜から耳打ちを貰った。
「ちなみに言っておこう。綾乃さんの新作にはムラがある。それもかなりひどい」
「……、ムラ?」
「ちなみに、ソースとして、デミグラスソースにミートソース、カルボナーラのソースにさらにクリームの量を足したものとなります」
「……!?」
分からない。いや、多分、もしかしたら、微々たる可能性としてソースが何なのか聞かなかったらこんな味に変わらなかったかもしれない。いや……、オクラの妙な粘りがちょっとピンチ。オクラの量が多い気がする……。
「泉。お手洗いならあっちだぞ」
…………、よし、行こう。
「あら、泉君。大丈夫?」
綾乃の心配をよそに直行でトイレの手洗い場に駆け込む。そして口の中の処理を開始。
それと無くすっきりし始めると、向こうから凛の声が届いてきた。
「まあ、泉とはある程度の仲だし、ちょっとだけあたしの事についてヒントを上げてやるぞ。ヒントは“未来”だ。じゃあ、またな」
「ふぇ? 未来?」
突然のヒントに頭じゅうがはてなマークに支配され、洗面台から飛び出してフロアに戻った時には凜の姿が無かった。
「凜ちゃんなら帰っちゃったわよ。でも良かったわね。まだ見込みがあるわ。未来で返事を返すなんて、何てロマンチックな言い方なのかしら」
一人何かを妄想してうきうきしている人がいるがそれは放置。
だが、未来……、一体どういう事なのだろうか。考えて出てくるとすれば凜が未来人だとか言うバカげた推論ばかり。まさか、本当に未来人だとでもいうのか? と言うふざけた結論しか出ずにほとんど訳が分からないまま。むしろ余計に事がややこしくなったことに疑いようがなかった。
「にしても、綾乃さん? そろそろ勘違いを解いてもらえます?」
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