第2話 謎の女子校生 (3)
会議室に行くと既に笠木が待っているほか、あれは……、課長だ。かなりやばい予感がしてきた。でも、それ以外に部長そしてもう一人いた。亮人はその人の顔を一番よく知っている。
「……親父」
亮人の父親、泉弘人(ひろと)。父の意向で今は別居、亮人は一人暮らしをしているがそれでもあの顔は忘れる訳無い。基本的に厳しい亮人の父はそれを隠そうともしない顔つきを持っている。そんな怖い顔をした父は息子を前にしても無表情で睨む。無言で近づいてくると小さくボソッと口を開いた。
「亮人……、やってくれたな……」
やべえ、ちょっと泣きたくなってきたかも。
「クビはまだ免れる。父親を持ったこと、感謝するんだな」
親父の力を借りる気はない! 親父は関係ない。俺だけで出来る! って言葉が喉の本当に手前まで出かけたが、それはどう口が裂けても言えるわけがない。「じゃあ、クビだ」の一言で全てが解決されるし、後でどんなことになるか、想像しただけで恐ろしい。
「後は頼むぞ」
「はい、社長」
父は課長にそう告げるとその後はひたすら黙って部長と共に会議室から出ていく。そしてその後課長から「泉」と呼ばれ、ビクッとしながら何とか笠木の横に立った。
じっと腕を組んで亮人を睨んでくる課長。どうしてこうも周りにいる上司は恐ろしい目つきばかり持っているのだろう、とこの時本気で思った。そして間宮という優しい目をした直属の上司に心から懐かしさを感じる。
遂に課長の口が動き出した。
「シラトラの装着者に課せられる責任は知っているよな?」
「……知っています」
「だったら話は速い。君に全責任を取ってもらう」
「待ってください。許可を出したわたしにも責任があります!」
亮人と課長、この二人だけの地獄世界から割って入るように笠木が声を張り上げた。けれども課長はさげすんだ目で見るばかり。
「本気で言っているのか? シラトラはその余りにも巨大な影響力故、シラトラに関することは装着者に全責任を負う覚悟前提である物なのはお前も理解しているだろう。大体、お前は今回の作戦の被害の始末で手がいっぱいのはずだ」
その通りだ。これは初めて適性審査テストを受けた時からずっと言われてきたことだ。シラトラは単体で一部隊の以上の戦闘力を持つ計算になる、今までの武器を根本から覆す性能だ。実際にそれは先日証明されたわけでもある。不本意な形ではあるが。
そして、そんな影響力があると言う事は当然、相当の責任が装着者、つまり武器を扱う物に求められる。シラトラを装着すると言う事は、そのことだけに関しては例えどんな下っ端だろうと小隊長は愚か、部隊長をも押しのけて一つの部隊として個人が責任を負うと言う事になる。でなければ、下っ端の亮人が課長と対峙するわけがなかった。
例え、翠の言う通り、通信を阻害されるシステムが向こうにあったとしてもそんな言い訳など通用するはずも無い。ましてや今回、それほどの重要で多大な影響力を持つシラトラが他者に渡ったと言うのであれば、処分はまあ、言うまでもなく厳しい物だろう。
「さて、泉。お前はシラトラを奪ったその少女と面識があると聞いたが本当だな?」
例え本当に違ってもYESと答えるしかないほどの迫力だ。亮人は口を開くことも出来ず無言でひたすら縦に頷く。そして課長から処分が下された。
「お前の処分はシラトラの奪還だ。対象に接触し、なんとしてでも取り返せ!! 以上だ!」
「え……? それ……だけ……」
思わず聞いてしまった。それは前提の上でさらにいろいろ処分が下ると思ったが、少なくともまず、第一部隊から外されると思っていたのに。
「ふん、お前のお偉いお父上が言っておられたよ。シラトラを手元に戻す事が最重要。ましてや、『対魔物武器所持許可証』を持っていない民間人の手に置いておく訳にはいかない。何が何でも奪還しろ! 失敗はもちろん絶対に許されない、というか論外だ! とのことだ」
また……親父か。
「所詮お前は父の七光りなんだな。お前の父が社長じゃなかったらシラトラの装着者どころか、第一部隊にすら入っていないぞ。むしろいなかった方がこんな結果にならずに済んでよかったのかもな」
今、この状況では絶対口にできない事だが亮人は頭の中で何度も叫んだ。『親父は関係ない。俺は俺だ!』そう叫んだ。でも、目の前の課長を含めて周りは七光りだと言って疎んでくる。今回の事だって第一部隊の連中ですら七光りで配属されただけ、実力がないからこの結果になったんだなんて思っているはずだ。
「お前は所詮、父の恩恵を受けて第一部隊に入っただけ、シラトラの装着者になっただけ。本当の実力が足りないからこんな無様な結果になったんだよ。おまけに失敗しても父の権限でクビにはならないしなあ?」
亮人の怒りは頂点に達していく。目の前にいる人が課長じゃなかったら、上司じゃなかったら殴ってやりたいところだった。今すぐにでも横にある椅子を苛立ちで蹴り飛ばしたいぐらいに。いつもいつも親父だ。所詮親父の七光り。
「課長、それは違いますよ」
「え? ぶっ、部隊長!?」
まるで亮人の怒りをあらわすように笠木が急に亮人と課長の前に立つ。
「な、なんだ? 文句あるのか?」
「泉は少なくともわたしの部隊に配属されたのは実力です。訓練でもそれなりの結果は出ていますし、優秀な戦士であり、優秀な社員です。父親とか関係なく有望ですよ、彼は」
その時の笠木は確かにいつもの堂々とした、皆から尊敬される指揮官、部隊長の笠木瑞子の顔だった。その背中は頼もしい、そう心から思えるものだった。
会議室から出た後、スタスタと綺麗なリズムで堂々と歩く笠木に聞いてみた。
「さっきはありがとうございます。でも、あんなこと言って大丈夫なんですか?」
「分からん。まずいかもな。でも、わたしの使命は部下の命を守る事だ。魔物との戦闘以外の時でもそれは同じだ」
やばいよ、この人本当にかっこいいわ。
「それよりも、課長からの直接命令だ。シラトラ奪還、本気でやれよ」
「……はい」
やっぱりこの人の眼も怖かった。
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