第2話 謎の女子校生 (2)
多くの人が暗い表情の元連なっていた。そこにいる人々は皆、喪服に包まれており、亮人もまた同様の服を着て参列に続いていた。
「この度はご愁傷様でございます。心よりお悔やみ申し上げます」
ボーダーラック社に所属する対魔物戦闘第一部隊、つまり亮人の同僚が殉職した事によりそれの葬儀が行われていた。先日の戦闘では今までで一番多大な被害を帯びた。殉職した人数は実に十三人。バカげている。こんな結果ではあの戦闘で勝ったなんて言えない。あの時は生き残った頃に一瞬でさえ小さい喜び、安堵を感じていた。でも、冷静になれば全然そんなことなかった。この結果は余りに恐ろし過ぎる。自分の肩に乗せられた後悔と言う重みは予想以上に重かった。
俺の適性がもっと完璧だったら早くからシラトラを使って誰も死なせずに魔物を殲滅できたのに。いや、もっと早くにシラトラを使おうとすれば凜も早く戦闘で来て……、違う、そうじゃない。
いや、それよりもまずはシラトラだ。これからこんなことを起きないようにするためにはシラトラを何とかすることが一番大切だ。シラトラをこの手に戻して……、ボーダーラック社の方に戻して……。あの戦闘力は間違いなく今までの戦闘とは根本的に変えてくれる。
と、そのとき不意にポケットに突っ込まれたスマホのバイブが響く。その画面に出ている名前は白根翠(しらねみどり)。シラトラを開発した博士だった。
「もしもし」
「亮人君? 時間があったらわたしの研究室まで来たまえ」
たったそれだけで通話が切れた。
白根翠。ボーダーラック社の開発部門最高責任者と言った所の人。言うなれば天才と言う人だ。彼女自身がボーダーラックの社長、つまり亮人の父とそれなりに仲があるという気に食わない理由もあるが、シラトラの開発責任者として、開発者とテスト被験者という形である程度の面識が亮人にはあった。
社内の中でも特にセキュリティが高いドアをそれなりの権限で潜り抜け、研究室のドアを叩く。するとすぐに翠の声が聞こえて来たのでそっと研究室に入った。
「よく来たね。さあ、そこにかけたまえ……、って、うぅわぁあお!!」
翠が顔を上げると同時に近くにあった適当に積まれていた本の山に接触。ドタバタと音を立てて山が崩れていく。それを一瞬こそ驚いたが見事に雪崩をある程度で収めると、こなれたようにまたポンポンと本を積み上げ始めた。
ぼさぼさとのびきった髪に、下まで垂れさがるような白衣を身にまとう女性、翠はどうも健康的だとはどんなお世辞でも言えそうにない環境下にいる。
「なあ、博士……、本棚に直しませんか? せめてバランスよく積みましょうよ。そんなバランス感覚鍛えるみたいに終始グラグラした山じゃまた崩れますよ」
「君の目は節穴か? 本棚は既に埋まっているだろう。それに近くにあると取り出しやすいし崩れるのは仕方がない。もう慣れっこだ。それよりもさっさと掛けたまえ」
亮人はちらりと部屋を見渡す。埋まっていると言うか適当に詰め込まれた本棚が最初に目に移るがまあ、よしとして、かける場所を探してみたが見つからなかった。
「どこにかけたらいいんです?」
「ん? 掛ける場所ないか? だったら本の上に座ってくれ」
「おい……」
「なんだ? どうしても椅子に座りたいのか? だったらそこにある人体模型を四つん這いにさせて人間椅子にして座りたまえ。ちなみに右から二番目の模型はかなり座り心地がよかったぞ」
「あんたは座ったことあるのかよ!? てか、座り心地ってなんですか!?」
「そんなこと言って亮人君だって座りたいんだろう? 人を下に敷いてその上を堂々と座りたいって衝動があるだろう? いや、それとも君は生きた人でないと嫌なパターンか? あれだろ、少女を四つん這いにさせてドカッと座る……、いや、これは逆の方がはるかに似合っているな。少女にしかれてブヒブヒ言っている自分を毎日想像しているのだろう? おや? 図星だったかい?」
「すみません、博士。どれだけ椅子と言う話題からありもしない嘘っぱちな話題に膨らませ続ければ気が済むんですか!?」
「はっはっは、心配するな。夢は持つことが大切なんだ」
今の亮人と翠の間には会話が成立しそうになかった。翠は確かに優秀な人物で天才ではあるのだが、性格に難がある。天才と馬鹿は紙一重と言うよりは天才と変態は紙一重と言う方がしっくりくる。いや、ただ単に人(主に、と言うかほとんど亮人)をいじくりまわすのが好きと言う感じも否めないが。
「ていうか、前の時、座る場所ないからと言って俺、わざわざ椅子を持ってきましたよね。あれは何処に行ったんです?」
「ん? ああ、それか、あったな。たしかにあった。かなり昔の事だな」
「ほとんど一週間前です」
「ん? そうだったか。多分、そこら辺にあると思うが」
と、奥の方を指さした翠。そこに目を凝らすと確かに前に持って来た椅子があった。正し、先着がいるようだけれども。
「……椅子は机じゃないですよ」
「それぐらい知っているさ。君ほどバカじゃない。昨日知った知識に浮かれて人前で自慢げに話すと結構恥ずかしいから気を付けたまえ」
「なんで、俺が机と椅子の違いを知ったのが昨日前提なんですか!? てか、そうならばこの椅子の上にひたすら積まれているこの本の柱は何ですか?」
「ああ、それはだな。いくらまで詰めるか暇だったから挑戦していたのだよ。何回か崩れたのだが、最高で天井まであと数冊と言った所までいったぞ。まあ、その直後、倒れたがな。で、今回再挑戦中だ。今は二メートルと言った所だろう」
取りあえず椅子に座るため問答無用で本の柱を押し倒した。
「ギャァアアア! こら、わたしの挑戦に何をする!?」
先に座っていた本様にはどいて貰って亮人が座ると机の端に今にも落ちかかっている精神に関する難しそうな本をペラペラめくりながら聞いてみる。
「で、もう茶番はいいから本題に入りませんか? 何で呼んだんです? まさか、俺をいじるために呼んだんじゃないですよね?」
「もちろん、それもある」
「予想通りの答えだから反応はしませんよ。で、本題は?」
「つまらない男だな、君は。まあ、本題と言う事だが詰まる所、シラトラに関することだ」
急に声のトーンを落とし、本当に真剣なムードに入りだした翠。やっぱり、そのことなのか。と言うよりもここに来てそれ以外の話はないのだろう。
「って、あれ? 亮人君、どこに行ったんだ?」
真剣なムードのままでいけよ……。
「ああ、君が座ったら君の顔が見えなくなるじゃないか」
とかいいながら、本の山の中から翠の手がにゅっと出てきて谷間を作るように掻き分ける。当然、端にある本はバタバタと床に落ちていくがお構いなし。翠の顔が見えるようになると翠は不気味に笑った。
「見・つ・け・た」
「いいからさっさと本題の話に入ってください」
すると翠はため息をつきながらもパソコンのキーボード、マウスをカチカチと操作し始めた。
「前に魔物と対峙した時、あの複数種類が大量に出てきて囲まれたあの戦いの時のデータがあらかた分析終了してね。勿論、魔物の動きにもかなり興味があったが、それ以上、彼女のシラトラを使った戦闘がかなり興味あったんだよ」
と、言いながら後ろにある巨大なテレビの電源がパッと急につくと、凜がアーマーを装着する直前からの記録映像が映し出された。恐らくこれは亮人のヘルメットカメラからの映像、つまり亮人視点の物だ。
「まず、気になる所はこれだな」
映像を止めて、静止画になったところを一気にズーンイン。凜のスカートの下から伸びる生足にぴたりと止まる。
「君は随分とエッチだな。記録映像は脳内とリンクしていて君がどこを集中して見ているのかまで分かるんだ。映像の中で一番長い間見ていたところが彼女のここだ。続いてこの小柄で幼い少女の顔。戦闘中もあのスピードの中しっかりスカートの中をロックオンしていたぞ。なかなかの動体視力だ。でもな、確かに可愛いがずっと見ているのは良くない。随分と危ないぞ、亮人君。ちなみに胸を見ていないのは平べったいからか?」
「…………で……次に気になる所は?」
「目を逸らしちゃって。健全な男の子である証拠だから構わないが。で、気になる所だが」
今度ズームインされたのは凜の右手についているリストバンドだった。
「わたしはこのリストバンド……、アーマーシステムの片割れの完成品は一つしか作っていない。今まで試作品はもちろんあったが、君が使おうとしたリストバンドは一つしかこの世にないはずだ。今は押収されているだろうけどね」
「ですよね。あれって実験で使ったのと同じ奴なんですよね」
「ああ、勿論。絶対に一つだけだ。あそこにあるのはなぜだろうね~」
かなり深刻な謎だと思うが翠はどこか楽しそうなというか愉快そうな顔をしてケラケラしている。かと思いきや、今度は冗談じゃないとでもいうようにぐっと姿勢を建て直し、映像を進め始めた。
映像から洩れる音声は『コミュニケイトエラー』という冷たい音声。
「これ、おかしいですよね?」
「ああ、おかしいね。君の頭ぐらいおかしい」
と、ふざけたセリフを放つがいたって真剣のまま。
「同じシステムどころか、むしろ向こうに優先された。もし、全く同じシステムがあれば、どちらでもデバイスを転送しようとすることが出来るはず。つまり、本来ならばエラーにならず再び亮人君の手元に来るはずだ。勿論その後、彼女が作動させればまた向こうに転送されていくけどね」
「つまりはどういうことです?」
「通信的に向こうの方が優先される。もしかすればあのリストバンドにはこっちのリストバンドとの通信を阻害する機能があったとか、いろいろ方法はある。つまり、向こうは誰かの手によってこちらを妨害する前提で作られた物って事だな」
「それってあり得るんですか?」
「まあ、可能性はなくないね。でも……、ここから先はそうはいかない。さて、ここから先は重要な事だ」
「重要……」
その言葉に唾を喉にゴクッと押し込んだ。
「重要な事、それはシステムを盗まれた事だ」
「え? それはもう知ってる……」
「というよりは盗まれたと言っても過言ではない事が起きた。しかもクラッキングによってデータをコピーされたとかじゃない。リアルな窃盗だ」
「リアルな窃盗?」
全く持って何が言いたいのかさっぱりわからない。というより、もどかしい言い回しが理解を阻害していると言うか……、遊ばれていないか?
「ふん、分かりやすい説明だったと思ったけどね。君はよっぽどバカなんだね」
「ふん、博士よりはバカですよ~、性格ねじまがった天才さん、バカにも分かる言葉で話してください。これでいいですか?」
「まあ、まあ、そうひがむな。それよりもあの転送するデバイス。あれがシステムの一体何なのか、知っているか?」
「う~ん、今まではずっとシラトラを起動する鍵みたいな物だと思っていましたけど」
「う~ん、なるほど、なかなかいい感じの解釈だ。見事ばっちり完璧に“外しているね”。鍵? はっはっは、全然違うよ。バカだね~。例えるならば、デバイスはドア……、と言うよりは家そのものだ。これはむしろ本体なんだ。で、リストバンドの方が合いかぎと言った所か」
「…………まあ、それはいいとして。本体って? アーマーの?」
「ああ。本来はリストバンドを複数作って装着者にあらかじめ渡しておく。そして、必要な時にリストバンドを使って本体を装着者に転送させるんだ。これによってシステムは一つでも複数の人と共有が簡単だろ。まあ、適合者があのざまだから、まだまだ改良してからの話だったんだけどな」
「そんな話、全然知らなかった。って事は、あのシラトラのアーマーデータはすべてデバイスの中に詰まっているって事ですか?」
「シラトラのありとあらゆるデータが入っている。で、それが盗まれた」
「知ってます。目の前でそれが起きましたし」
「そうじゃない。本来、アーマーを解除すれば直ぐにデバイスはこちらに転送され直すはずなんだ。こちらの研究施設に。随時メンテナンスを行うほか、それこそ、システムが他者に渡らないために強制的に送られるはず」
「それが……、送られてこない?」
「それだけじゃない。こちらの通信にデバイスが一切反応しなくなった。こっちから強制的に転送させることすらできない。つまり、こちらに残っているのはシラトラの設計図に転送することが出来なくなったリストバンド、今までの実験結果、使い物にすらならない試作品。肝心のシラトラを起動するうえで必要な物は全て彼女に持って行かれたって事だよ。ボーダーラック社における最高機密システムをね」
詰まる所、なんか凜が凄い事をやらかしているって事だけは亮人にもよく分かった。でも、それをやったのが凛って事にやたら疑問を感じだ。
「でもさ、博士。そんなことできるんですか? もう既に起きたとかそうじゃなくて、博士の意見的に、という話で」
すると、翠は笑いながら首を横に振るとグーッと背もたれに体重を乗せて背伸びをし始めた。
「まあ、まず無理だね。少なくとも現代生きている女子高生には絶対無理な芸当だ」
凛には無理。まあ、そうだろう。だとすれば彼女はいったい何者なのだろう。見た目は普通に可愛いそこらにいる女子高生と何ら変わりはない(ちょっと竹刀とかもって生身でも凄い戦闘力はあったが)。
「あ、そうそう。亮人君。この子とは知り合いって事でいいのかい? お互いに呼び合っていたからそうなのだろう?」
「え? ああ、まあ、そうです」
「ふ~ん。君はこういうのが好みなのか。ちょっとロリに走っちゃっている感じかい?」
「ちょっと黙りましょうか」
「にしても彼女は凄いよね。君がシステム使って一分経たずに精神がボロボロになっていくのに、彼女はいとも簡単にシステムを使いこなした。適性度はS級と言った所だね。で、ちなみに彼女の性格はSなのかい?」
「もっと黙りましょうか」
「あれか、もう既に彼女の椅子になっていて、ブヒブヒひっている感じか。なんだ、夢じゃなくてもう実現しちゃっているじゃないか!」
「全力で黙りましょう」
「本当に危ないな。今からでも遅くはない。警察に連絡でもしてみようか」
「だからとスマホを取り出そうとしないでください」
「はぁ、たくも~。本当につまらない子だ。そんなことするわけないだろ。君の楽しみは邪魔しないつもりだよ。それよりも落ち着きたまえ。こんなことぐらいで精神がボロボロになるからシラトラが扱えないんだよ」
もうそろそろ研究室から出たい。というかこの人から離れたいと心底思ってきた。本当に精神が持たない気がした。でも、亮人はその時またふと思ってしまい、気になる故にやっぱりバカにされると分かっていても質問してしまう。
「ねえ、博士。なんでシラトラは精神を蝕んでいくんですか?」
「そんな事も知らずに適性審査を受けていたのかい? 本当に君はバカだよ」
「最高機密だからとか言って何もしゃべりませんでしたからね」
「そうか? それぐらい問題なく話せるぞ。君はシラトラを使うと人外の力を発揮することが出来ると思っていないかい?」
「そういうもんじゃないんですか?」
「勿論パワーアシストシステムもついている。でも、主な原動力は精神力だ。例えば、人間が怒りによって理性を失って暴れ出すと手に負えなくなるだろう? スポーツ選手とかは精神を集中、統一をすれば実力が発揮できるとか言うだろう?」
「言いますね」
「単純にそれの応用だよ。精神力は人の力に直結する。それをシステムで操作して力にするのがシラトラだ。その分、精神力は普段使わない方向に持って行くから負担も大きいって訳だ。その点を考慮すると、彼女の精神力は半端じゃないのだろうね」
精神力……か。あの小柄な凜のどこにそんな精神力があるのだろう。そんな風に感じさせるが、考えば考えるほどに彩坂凜と言う存在が不思議な物になっていった。
と、そんな事を話しているとスマホのバイブがいきなり起動した。部隊長、笠木からの電話だ。「出ていいですか?」と一様翠に尋ねると、「その例の彼女からか?」とかいろいろ言ってきたが、まあ、出ることになる。
「泉。今どこにいる?」
「白根博士の研究室です」
「そうか。だったら直ぐに会議室に来い!」
問答無用でぶち切られた。どうやらいまだにご立腹らしい。まあ、当然か。特に今回翠が言った事は上層部にも知らされている事だろうし。
「フッフッフ、遂に君のクビが飛ぶときが来たのかい?」
「うっ、……、本当にそうなりかねないから、縁起の悪い事は言わないでくださいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます