第2話 謎の女子校生 (5)

 第一部隊隊長、笠木は亮人に対して鋭い目線を向けていた。

「で、例の子にはあれから接触できたのか?」

「はい……、まあ、一応」

「でも、その様子じゃシラトラを取り返せてはいないと言う事だよな」

「その通りです。シラトラを渡すのを頑なに拒否してきました」


 その途端に大きくため息をたく笠木。ため息をつくだけで戦慄が走りかねないその存在感は一体何処からくるのだろうかと必死に考えかけたが、他にも考えることは山ほどあるので今は我慢しておく。


「で、せめてその子の事はある程度理解できたんだろうな? それだけでも報告しろ」

「あ、はい。システムを奪っていったのは普通の高校生です」

「……、それぐらい見れば分かる。制服を着たままアーマーを装着して戦闘していたぐらいだからな」

「ああ、あれですね。下着、パンツが見えるか見えないかの瀬戸際でなかなか良かったですね。ずっと見てしまいまし、ゴファァア!?」

 笠木の拳がはらわたに炸裂。

「……他にはないのか?」

 なんで空気も読めないテンションであんなことを語ったのだろうか、自分は? チクショウ、翠があんなこと言ったから、こっちまで意識しちまったじゃねえか。


 それは、全力で頭の隅に置いときながら、改めて他にある少ない情報をひたすら引き出していく。で、その結果、出てきた情報が……。

「えっと……女子で……名前は彩坂凜……で……、…………剣道部所属…………」


 と報告するが、段々とため息が濃くなっていく笠木。これはダメだと思った亮人は言うしかないとこちらも深呼吸をした。

「彩坂凜、彼女はボーダーラックのサイン入りの対魔物武器所持許可証を所有しておりました! だけれでも凜はボーダーラックとは関係ないと言い張っていました!」

「はぁ? そんな訳あると思うか!?」

 そんな目つきと声で責めよらないで!? はあ、こうなると分かっていたから言うのをためらったのに。

「だぁって、本人が頑なにそういうんですもの」

 本気で泣きたくなってきた。


 それともう一つ、報告すべきか悩んだ。あの“未来”と言う単語だ。はっきり言って何なのか分からない以上、ただ訳が分からないようにしようと錯乱した言葉かもしれないし、そもそもヒントヒントしていない。と、悩んでいると今度は笠木から質問。

「で、その子の通っている高校は何処なんだ?」

「え?」

「……、聞いてなかったのか?」

 また、大きなため息。ひぇぇぇ。

「泉。お前……、ド直球に話を切りだしただろ」

 ギクッ!?

「まずは日常的な情報から手に入れるのが定石だろう。お前の事だ、いきなりその凜ってこの前に立って「シラトラ返せ」とか言ったんだろ」

 ……、何でこの人は他人の頭の中を覗けるのだろうか?


「図星の様だな」

「はい。……一切合切その通りでございます」

 その直後、ふっかくふっか~~~いため息をついた笠木にポイッと亮人の目の前に資料を投げ出された。

「彩坂凜。舞咲高校の生徒だ。それぐらい、制服だけで分かるからな。さて、行って来い」

「え? 行って来い……、て、どこへ?」

「はあぁ~。舞咲高校、彩坂凜の下に決まっているだろう!」

「はい―――――!!」



 で、指示通り舞咲高校の校門前に来たのだが、よくよく考えたら凜が帰ってくる時間なんて知る由もなかった。と言うか、これだったら琴吹でもよかったんじゃ……。

 学校からチャイムが聞こえてきた。時間的に多分これから放課後だろう。てっことは、そろそろ来るのだろうか?


 しばらく待機しているとその予想通り生徒がどんどん校門から吐き出され始めた。本当にわらわら同じ制服(正しくは男女二種類)の人ばかりが目の前を横断していく。亮人自身だって一年ほど前にはこうやって高校生活をしていたと言うのに、何か不思議な気分だ。


 にしても凜は出てこない。もしかして見逃してしまったとか? 必死に見渡したが何処にもおらず、遂には下校の集団も切れ始めていた。で、今更ながらに気づく。

 凜って確か部活に入っていたよな? てっことは……、ここでいつ終わるかもわからない部活が終了するまで待つことになる訳か。

 トホホ……。


 ……………………。

「君、そこで何をしている?」

「へ?」

 不意に声を掛けられその方向に向く。凜に声を掛ける前に警察のお方に声を掛けられた。

「なんだ? 怪しいな。校門の前で立っているってのは……。待ち伏せか? ストーカーか?」

「いや……、その……、怪しい物じゃ……」

「いや、見るからに怪しいと思うな。取りあえず署まで来てもらおうか。いいよな」


 う~ん、今の亮人にそれを止める手立てはなかった。例え、ボーダーラックの社員の証を見せても対魔物武器所持許可証を見せてもこの場では何の解決もしないのは明らか。付いて行くしかないのだろうか? 警察に連れていかれ、関係者取って連れてこられた笠木の呆れた顔と怒った顔が目に浮かんできた。


 ほとんど凜を待ち伏せしていたって事だし、特に言い訳が見つからず警察の人に肩を引っ張られているとまた別の人に声を掛けられた。

「泉……、お前は何をやっているのだ?」

 この状況ではこれ以上ない女神さまに声をかけていただいた。

「よかった。凜、助けてくれ。お前を待っていたんだ」

 そう言った途端、すっごい憐れむような目で見られた気がした。すっごい冷めた目で睨まれているような気もする。

「はぁぁ」

 で、凜にもため息をつかれた。


「申し訳ない。この人はあたしの知り合いだ。放して貰えるか?」

「そうですか? 分かりました」

 やっと警察から手を放して貰えた。素晴らしいタイミングで来てくれた凜に心から感謝をしたい衝動に駆られる。

「でも、今度こいつを見たら捕まえても問題ない」

「だぁぁあめえぇ!?」


 必死に抑制していると何とか警察にはお帰りいただけた。何とかうまくことが済んだことに安堵していると今度は凜の隣にいる二人の女子生徒が凜に声をかけ始める。

「ねえねえ、凜ったら、この人とはどういう関係なの?」

「そうそう、隠さず素直に行っちゃいなさい、はいどうぞ」

 多分横にいる人は恐らく凜と同じ剣道部なのだろう。竹刀が入っているのであろう袋を持っているし。

「心配するな。あたしがこんな雑魚と付き合う訳がないだろう」

 グサッ!? 今、デジャブを感じた!?


「それよりも、先に帰っていてくれ。あたしはこいつと話がある……、と言うよりは、泉。どうせ話があるのだろう? 少しぐらいならば聞いてやる」

「適当に話を逸らさずに聞いてくれるって言うのか?」

「ああ、もちろんだ」

 何故、そこまで亮人の話を聞くだけでもしてもらえるのだろうか。正直、どんな内容なのかぐらいは分かっているはずだ。そして凜はシラトラを返す気はない。だったら向こうに話を聞く義理もないはずだ。まあ、亮人にとってそれは都合よすぎてそれ以上何も考える必要はなかった。


「って、あんたたち。本当にどういう関係なのよ?」

「何言ってるのよ、察しなさい。これから男性の愛の告白が始まるのよ、さあ、あたしたちは邪魔だからあっちに行っていましょう。って、きゃぁああ!!」

 急にすっ飛んでいく剣道部員二人。

「…………いくらなんでも同じ部員の友達に竹刀を向けることはないと思う」

「いいからさっさと行くぞ。色々と面倒になりかないだろうから、あたしはシラトラの事を知人に知られたくはない」

 といいながらまるで鞘に納めるが如く綺麗に竹刀を袋に仕舞い始めていた。



 で、校門から離れてちょっとした公園に出向いたのだが、はて、やっぱりどう切り出せばいいのか分からなかった。うろうろ立ち往生していると凜は噴水をバックにするベンチにすとんと座り込んだ。


「泉は本当に話の切り出し方が下手くそだな。あたしから切りださないと一言も本題に入れないのか?」

「うっ!」

 何でこうも周りにいる女性は他人の性格を的確に把握する能力があるのだろうか。でも、取りあえず何か切り出さなきゃいけない、笠木の言う通り日常的な情報から行かねば。


「その、今日の朝ごはん何食べた?」

 チッガ――――――――――ウ!!

 明らかにこの質問は間違っている。今頭の中では全力で自分のデコを壁にガンガン当てながら嘆いている。なんでこんなベタなボケをかまさなきゃいけないんだよ!? 直ぐに別の質問に切り替えなくては、日常的な情報を。

「凜ってさ。どこの高校に通っているの?」

 もう既に知っているわい!! でなきゃ、校門前で待ち伏せしてねえよ!

「凜って小柄な体してて可愛いよな」

 何言ってんの、俺? 何言ってんの、俺? 冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。

 プシュ――――――――――。

 オーバーヒートを起こしました。冷却を開始します。

「……泉……………………、取りあえずシステムダウンしてから改めて再起動してこい」

――再起動(リブート)中(脳内的に)――


 で、再起動を終え、質問を開始。笠木さん、俺、不器用ですみません。

「凜さん、お願いします。シラトラを返してください」

「……、あれだけ茶番をした挙句、最終的な質問がこれか……」

 本当にこれ以外、一切方法が思いつかなかった。故に今の自分にできる事として、とにかく頭を下げることにした。


「本当に頼む。シラトラ返してもらわないと、いざとなったらどうなるのか分からないんだ」

「泉のクビが飛ぶのか?」

「う~ん、まあ、正直、それもあるんだけど」

 と言うよりは、正直それが一番の事なんだけれども、それ以上に最悪の場合だってある。脅しみたいな感じになってあまり気は進まないが仕方がない。

「それもあるけど……、凜に対して牙をむくかもしれない」

「い、泉があたしに対して……、牙を……向く……だとっ~~~」

「勘違いするな、勘違いはダメだ。赤くなるな!」

 凜を制して雰囲気を変えるようにコホンと一つ咳ばらいをした後、少し小声で答えた。


「ボーダーラックがだ」

 もし、これ以上凜がシラトラを頑なに持ち続けようとすればボーダーラックは強行手段で回収しようとしかねない。それほど、強烈で影響力がある存在だからだ、シラトラと言う兵器は。

「……、一応。あたしの物も含めて対魔物武器所持許可証の効果範囲は名前の通り、対魔物に限られるはずだ。人に向けて銃口を構えようとすればその時点で違法になるはずだが?」

「勿論そうだ。その通りなんだけど……。凜は知らないだろうけど……、あーっと……。ここから先は他言無用で頼む。

 実はボーダーラックをはじめとする対魔物組織の間では勢力争いが起きることがある。魔物からより広い範囲を救った組織は次の時代に優位に立てるってのが根本らしい。それに、対魔物組織の収入源は魔物を撃滅した地域からの報酬と言う形で得る以上、勢力争いとしてより多くの範囲を手中に収めようと動く事になってしまう。

 しかもその勢力争いは、ふつう銃弾戦。人をねらって撃っている。違法を軽く通り越したおぞましい光景すらそこにある。そしてそれを何故か警察、政府は見てみぬふりって状況だ。手に負えないって事なのか、何かあるのか。

 とにかくだ。凜はボーダーラックのマークを持った対魔物武器所持許可証を持っている。許可証とシラトラと言う兵器を持っている凛はただの民間人、一般人じゃない。それを理由に銃口を向けられてもおかしくはない状況にあるってことなんだ」


 こんなことは言いたくなかった。これは対魔物組織が抱えている闇だ。ここ最近は他組織の部隊と出くわしておらず対人戦闘は起きていないが、もし同じ魔物を退治しようとする部隊と出くわしたら、ほぼ間違いなく戦闘になる。しかも、ためらいもなく。対人戦闘で死者すら出た事があるくらいだ。公式的には魔物に殺されたことになっているが。

 と言ってもほとんど逃げる立場と等しい凜にとってこれは何一つ理解できる事柄でもないだろう。結局は別の方法で。


「……だろうな」

「え?」

 驚いた。まるで知っていたとでもいうように重いトーンとため息。いや、“だろうな”。予想していたって事なのか?

「そういうところから、引き金が絞られ始めて悲劇が始まっていくのだろうな」

 噴水をバックにする凜の顔の表情は暗かった。まるで全てを知っているかのような、亮人でさえ知らない何かを見ているようなその顔。上を向いて確かに亮人と目が合った時、時が止まったとでもいうようにぴたりと噴水が止まった。


 さっきまでしていた水がはじける音も消えて辺りにとてつもない静けさが訪れる。その静けさの中、凜はゆっくり音も立てずに立ち上がった。

「一応言っておこう。あたしはボーダーラックに特別加担するつもりはない。他の組織にもだ。同時に敵対するつもりもない。尤も、そっちが敵対してこなければ、の話だ。銃口を向けられては敵対しないのは無理だろうと思う」


 余りの呑み込みの速さ、そして知った事実に対して一切動揺しようとしない凜の姿。まさに凛としたその姿に翠のあの言葉を思い出した。


――彼女の精神力は半端じゃないのだろうね――


 気が付けば日は既に沈みかけていた。空がオレンジ色に染まり始め、ちょうど凜の後ろに太陽が下りてきている。その夕日に照らされて凜は後ろを向いた。腕を目の上に掲げて夕日を眺めているその姿が凄く美しいと感じる。

 でも、自分の立場をもう一度かみしめ、夕日の影になっている凜の背中に問い詰めた。


「凛……、凜の……目的は?」

 しばらく短い髪が風になびくだけで反応はなかった。だが、やがて首がゆっくり動くと上半身だけ亮人の方に向けられた。後ろから夕日が漏れ凜の姿が綺麗に映し出される。そして、小さな口が動き始めた。


「魔物を一掃すること……、未来を変える事……、悲惨な未来にならないようにすることだ」


 顔に掛かりかけた短い髪を手で掻き戻し、不思議な笑みを浮かべる凜。本当に不思議な雰囲気が漂う中、その意気の飲むような小柄な顔からなる小さな笑顔に確かに心が惹かれた。

 それと同時にやがて時が動き出すように後ろから噴水が再び湧き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る