第1話 アーマーシステムの適合者 (3)
あれから数日がたった。相変わらず魔物との戦闘も何回かあったが、前のように統率のとれた群れはなく、いつものと同じような物だった。笠木の気合の入れた指揮もあって死者ゼロでうまく通っている。新しく配備された第一部隊との連携もうまくいき、それなりに安定した時間が過ぎていた。
魔物の存在は既に世間、世界中で知られている。少なくとも未知の生物で人間に危害を加えようとする存在だと言う事ぐらいには。それで亮人たちの仕事は人々が問題なく暮らせるように周囲の建物の危害を極力加えず、スマートに魔物を殲滅することにある。
ボーダーラック社のシステムで魔物を感知すると、それを直ぐに報道機関に報告。それによってその地域周辺に報道され、シェルターに住民は避難。その間に部隊が魔物を駆除すると言った流れになっている。
前回は街中ではあったが、周りにほとんど何もない公園を戦闘区域にできたため被害は望まれる結果に終えることが出来たと言う事になる。死者が出たと言う事を除けば……。
そんなある日、訓練の帰り道。亮人の目にふと女子高生の姿が目に移った。そう言えば忘れかけていたが、数日前に亮人は彩坂凜と言う人と出会っている。そしてその女子高生はまさにその子だった。
ストーカーじゃないのかそれ? と言う自分に対する疑問を頑なに心の奥に押しとどめちょっと後を付いて行くと、角にある店の中に入っていった。
ささっとその店によって見ると、そこには「レストラン子琴吹」と書かれた看板が立っている。こんなところにレストランなんてあったんだ、と思いながらほとんど流れのように店の中に入っていった。
チャリンチャリンと言う音が店内に鳴り響き、いい匂いが鼻の中をくすぐっていく。店内はさほど広くはなかった。四角いテーブルが四つと、カウンターテーブルが並ぶ程度。でも、花が飾ってあったり、綺麗な彫刻が合ったりなど、かなりいい感じの雰囲気が店の中に漂っていた。
「あら、いらっしゃいませ。初めましてですね?」
「あ……、そうです。どうも」
奥からパタパタとやってくる三角巾を頭に巻いた女性に会釈するとカウンターに座っていた凜が振り返り、亮人の顔を見た。
「あ、泉!」
「よう、凛」
右手を軽く挙げてそそっと近寄って見る。そして一席あけてカウンターに座った。すると、三角巾をかぶった女性は素早くとカウンターの向こう側に回ると目を輝かせてこういった。
「ねえねえ、この人って凜ちゃんのカレシ?」
「なっ……、それは……」
「違う。断じて違う」
動揺しながら返答する亮人と違って容赦なく堂々と否定をかます凜。清々しいと言うかなんというか。
「それにこんな雑魚とあたしが付き合う訳ないだろう」
グサッ!! あれ? おかしいな。今、胸元辺りに鋭利な刃物で刺された気がするのだけど。でも、何も刺さっていないし。でも、なんか見えないナイフでさされたような。う~ん、なんでだろう?
「あれだ。ちょっと、痴漢かと思って竹刀一発振りかざしたらそのままあっけなく気絶してしまっただけの仲だ」
「あらそう」
「足払いすらされたけどな」
「なっ、仕方ないだろう。い……、いきなり胸に飛び込んでこられたら……、その……あの……」
いつの間にかポッと頬を赤らめている凜。あれだな。自分で言って後から恥ずかしがるタイプなのだな。
「その……、謝ったからいいだろう!」
「分かった、分かったから! 別に責めてるわけじゃないから竹刀はもう一度立てかけておいてくれないか?」
そう言うと凜はゆっくりと竹刀を元の場所に戻し静かに話す。ひとまず落ち着いてもらえたのでよかった。この子に竹刀を握られたら、どんな剣技が飛んでくるか分かったものじゃない。へたすりゃ、こっちも部隊のアーマーで対抗せざるを得なくなるかもしれない。勿論、それは立派な犯罪になるが。
「そうだ。泉、そういえばここに来たのは初めてなんだろう? どうしてここに来たのだ?」
「ああ、それか。それはたまたま凛を見かけて、付いて行ったらこの店に」
「ま、まさか、貴様、ストーカーだったと言うのか!?」
「悪かった。俺が悪かったから、竹刀を中段で構えないでくれ」
確かに自分が悪かったが、まさかガチで竹刀を構えてくるとは想定外だった。いつの間にか二人ともカウンターを離れて警戒態勢に入っていたし。なんなんだよ、この仲。
「う~~、やっぱり変態だったのか?」
「違います。断じて違います」
「あれか、この後あたしを勝手に連れ出して、自分の部屋にさそい、それから……、あんな……こ……と、やそん……な……」
凜は竹刀を構えたまま茹でたこのように真っ赤になっていった。多分湯気が出かけている。なおも赤くなり続けている。で、ぴたりと口が止まったかと思うと、俯いたまま竹刀をさっと亮人の首元に寄せて、
「し……、しようとして……無駄だぞ。弱い泉相手なら……、返り討ちにしてやるからだ」
「…………」
いじってみたくなってきた。
「……、ちなみに俺は何をしようとしているんだ?」
「へ? …………」
かぁあああああああっと、遂に全身が赤くなりだした。目がうつろになって明後日の方向を向いたまま、ポケッーとした後、目が合うと――
――無言で竹刀を振り始めた。
「ちょい、待て、待って。待てって。落ち着こ。な? 落ち着こ。店内で竹刀を振り回すのは良くないと思うぞ。てか、防具なしの上に叩く時点でダメなんじゃないのか?」
「うるさぁい。黙れ!」
スッパァアアンと言い音が店内に鳴り響き、亮人の脳天に直撃した。二度目である。
凛、一本!
「ほら、泉。座れ。綾乃さんの料理はおいしいのだぞ」
「先生……それよりも、俺。頭が痛いです」
「本当に泉は弱いのだな。もう少し本気でやったらやっぱり気絶するのではないのか?」
「はい、先生。まず竹刀を放つのがいけないと思います」
と、ダメージにより床にへばりついていると、見物していたこの店の女性がすっと近寄ってきた。
「はい、これを張ってあげるね」
と、デコに何かを張り付けてくれる。
「こ……、これは?」
「ふふっ、湿布♪」
随分と明るい声で言ってくれた。……、
「湿布ぅ? 何で直ぐに出てくるんですか?」
ふっと立ち上がると、貼ってくれた女性はふふふっ笑って凜を見た。
「ちょっとね。お店だし、やっぱりマナーの悪いお客さんとかが時々来る訳ね。で、そんなお客さんと凜ちゃんが運悪く同じ時間帯にいたら、何やかんやで湿布の出番なの」
……つまりはどういうことだろう。気になって凜の方を見ると当の本人はまた頬を赤らめながら「コホンッ」と可愛らしい咳をして……、
「ごまかしたな?」
というか、絶対竹刀で鉄拳制裁を下したな。間違いない。
「そ、それよりも、ほら。紹介するぞ、泉。彼女は琴吹綾乃(ことぶきあやの)。このお店の店長。個人経営でこのお店をやっている人だ。優しい人でな、あたしもよくここに来るのだ」
「へえ、悪い客を鉄拳制裁しに?」
「違う!」
「どうでもいいけど、頬にどんどん熱がこもっているぞ。両頬に湿布貼って貰うか?」
「……、鉄拳制裁をくだしてあげようか?」
「謝るからやめてください。マジで、ね?」
「それと綾乃さん、二枚の湿布、用意しなくてもいいからな」
「あら? そう? 確かに節約も大事よね。じゃあ、一枚をはさみで二枚に切って」
「そうじゃないっ!!」
随分とまた愉快だな。そう思いながらも、まだまだリンゴのほっぺが落ちそうにない凜の顔を見ながらこの会話を楽しんでいた。
「そうだ。どうせだから、その綾乃さんの料理食べてみたいです」
「本当に? そう。じゃあ、何にする? ちょうど今、新作に出す料理があるんだけど、試しに食べてみない? まだメニューにないからただでいいわよ」
「おっ! マジですか? ぜひお願いします」
正直言ってただで飯が植えるのは亮人にとってもやはり儲けものだった。でも、何故か凜は急に凛とした顔にするとちょっと慌てたように鞄と竹刀を持ってカウンターを立つ。
「あたしは……、そろそろ帰ろうかな?」
「え? なんでだよ。凛も食っていこうぜ」
「そうよ、凜ちゃんの分もあるから」
「いや……、あたしは……そう、ちょっと用事を思い出したのでな」
凜は何かごまかしているような感じがしたけれども、料理は意外にすぐ出来上がり、カウンターに乗せられる。それを待ってましたと亮人は料理を目にしたが……、
「…………、何これ?」
「納豆ソースパスタでーす! パスタは普通なんですけど、ソースが違うのよ。まずはオリーブオイルを敷いたフライパンで玉ねぎ、にんにくのみじん切りを軽く炒めます。そして次に良くかき混ぜた納豆をその上に乗せて炒めます。そして、少し火が通ったらそこにケチャップ、コンソメを入れて……」
いつの間にか亮人は口をあんぐりと開けていた。
「綾乃さん、普通の料理はすごく絶品なのだけれど、新作と称する実験料理は別なのだ。まあ、その……、なんだ……」
後ろから小さく耳打ちしてくれる凜の方を涙目で見ていると最後に凜はグッドサインを入れて高らかにこう宣言した。
「幸運を祈らせてもらうぞ」
と、次の瞬間には店をさっさと飛び出していた。
「さあ、泉君? 新作、納豆ソースパスタをどーぞ」
綾乃さんから放たれる笑顔と言う名の拘束技。これからはとても逃げきれない事を悟り、フォークにパスタを絡める。そして、凜の言う通り、幸運を心の底から祈って口に運んだ。
で、その結果。
「あれ? 旨い?」
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