第三話 リャモロンパパから予期せぬ報告 そして決戦へ

土曜の朝、九時頃。

木内家三姉妹、リャモロン、涼香、敦史の計六人で神戸へ向かうため、JR徳島駅前の高速バスチケット売り場付近へ集った。

「駅前のヤシの木、いいですねえ。故郷とよく似てるよ。おう! 郵便ポストの上に阿波おどりのオブジェが。あっ、お遍路さんまでいるっ! 生で見れて嬉しいな♪」

リャモロンが楽しそうに駅前の風景を眺めていると、

「ん?」

彼女のスマホの着信音が鳴った。

「パパからだ」

 リャモロンは嬉しそうに通話アイコンをタップする。

 すると、

『リャモロン、緊急事態だ。NIWA団全員が、もうまもなく日本に到着するみたいなんだ。ぼくの所につい先ほどメッセージが届いた』

 いきなりやや早口調でこんなことを伝えられた。

「えっ! マジで。明日到着する予定だったのに」

『昨晩遅く、サイパン島付近で雷の直撃を食らったおかげで、潜水艦のスピードがかなり上がったそうだ。コピャレをパクッた徳島県民の住む徳島市から、神戸の辺りにかけているやつらを困らせてやるから覚悟しとけと言っていたぞ。当初、徳島市だけを狙うつもりだったが、ど田舎で人が少な過ぎるから神戸周辺まで襲撃範囲を広げることに今朝、急遽決めたそうだ』

「やっぱり徳島とその周辺を狙うつもりなのね。やばいなぁ。今夜、より実践的な訓練をして決戦に備えるつもりだったのに」

『リャモロン、頼もしい日本人の仲間達を揃えたんだろう。リャモロン達だけできっと勝てるはずだ。頑張れ』

「ちょっとパパ、そんな暢気なこと言ってないで」

 リャモロンは困った様子で伝えるも、電話を切られてしまった。

 リャモロンも電話を切った後、この旨をみんなに伝える。

「もう来るのか。というか、雷食らっても壊れないどころか性能アップってのが凄い」

 敦史は感心していた。

「私、怖いよぅ」

「紗帆お姉ちゃん、銭湯に出たあのお姉ちゃんみたいなお兄ちゃんみたいな子どもばっかりみたいだから平気だよ」

「でも、集団だから手ごわいかも」

 紗帆の不安は消えず。

「紗帆さん、みんな付いてるから怖がらないで。わたしはいつかかって来られても大丈夫なよう、心構えていますよ」

「ワタシもーっ。武器は鞄に入っとるし。一回やってみたかったんだよね、こういうの」

「あたしも準備万端だよ。NIWA団、早く現れないかなぁ。あたし達は徳島県民だからAWA団だね」

 涼香と絵衣子と緑莉は早く戦いたがっているようだ。

「ミドリちゃん、なかなか良いネーミングセンス。あいつらが来るまでまだもうしばらくは大丈夫そうだな。徳島に現れるまでちょっと待っておいた方がいいかも」

リャモロンがそう意見した。その矢先、

「ん? なんか、ドリアン臭いじょ」

「ドリアンのにおいそっくりだね」

「もろにドリアンだよな。この強烈なにおいは」

「くっさぁーい」

「このドリアンのにおい、どこがにおいの発生源なのかしら?」

 突如匂って来た異臭に紗帆達、

「うわっ、生ゴミ臭っ」「くっさっ!」「どこからにおって来たの?」「ドリアン?」

 以外の一般人もノックアウトされる。

JR徳島駅前周辺一帯がドリアン臭くなってしまったわけだ。

「こんな悪質なイタズラしたやつ、どこにいるんだ?」

 敦史は鼻と口を袖で押さえながら、周囲をきょろきょろ見渡す。

「NIWA団のやつら、ついに到着しちゃったようね。さっきバナナ型の飛行機がこの上空を低空飛行しながらドリアンの香りの霧を撒き散らしていったわ」

「飛行機が通ったの?」

 紗帆が不思議そうに尋ねる。

「うん、ステルス機能で肉眼では見えないけど、この特殊な眼鏡を使えば」

 リャモロンはちゃっかり特殊な眼鏡をかけていた。他のみんなにも同じタイプの眼鏡を一つずつ手渡す。

「本当だ。はっきり見えるね」

「まるでミスト散布のようだな」

「眉山の方へ、時速二〇キロくらいでまだ撒き散らしながら向かっていますね」

「一般人まで巻き込むなんて、許さんじょ」

「リャモロンお姉ちゃん、あのバナナな飛行機早く追いかけよう!」

 敦史を先頭に、みんなで飛行機の後を追っていく。

「おう! ここにも阿波おどり関連のものが。写真に収めておかなくては」

「リャモロンさん、今はそれよりも飛行機を追わないとです」

「ちなみにこの橋の上、マチ★アソビの時は人で溢れかえるじょ。あそこのステージでいろんなイベントやるけん」

駅前から阿波おどり会館まで通じる徒歩にして約十分の道のり、ずっとドリアン臭が漂っていた。

「徳島県民ども、臭がってたね」

「徳島のマチをドリアン臭に染める〝ドリ★アソビ大作戦〟大成功だぜ」 

「大勢の人が集まる阿波おどりの開催中にやったらもっと面白いことになりそう」

「次はしんまちボードウォークと東新町商店街をドリアン臭に染めようよ。ユーフォーテーブルとかいうアニメ制作会社とそいつが経営するシネマとカフェもあるみたいだし」

「いいねえ、それ済んだら最新号のジャ○プ買いに行こう! 徳島じゃ土曜発売らしいから。徳島のアニヲタは環境に恵まれ過ぎだよな。ど田舎のくせしてマチ★アソビとかいう声優やラノベ作家、漫画家、アニメ業界関係者が多数ゲストで来るイベントまでやってるし。まあザビコサ王国の人口は徳島市の人口の半分よりも少ないがな」

「マチ★アソビ期間中はこの上通ってるロープウェイ、人気声優さんがガイドアナウンスするみたいだよ。羨ましい。とりあえず作戦成功祝いにコピャレ踊ろうよ」

「ああ」

「やっとやっとさぁさぁ♪」

「とっとっとさぁ」

「掛け声も似てるし、阿波おどりは本当にコピャレをパクリ過ぎだよね。さっき飛行したとこなんかヤシの木もいっぱい生えてたし街路樹もパクッてるよね。やっさっさ、やっさっさぁ♪」

 八歳から十歳くらいの男の子四人のNIWA団員達は阿波おどり会館横、天神社から通じる眉山登山道中腹で、民族舞踊コピャレを踊りながら喜びを表す。

 そんな時、 

「おまえらのしわざか。本当にガキの集団だな」

 敦史達も到着。

「確かに阿波おどりそっくりですね」

 涼香は彼らの踊りを見てにこにこ微笑む。

「たった四百年くらいの歴史しかない阿波おどりの方がパクリだろ。コピャレの歴史は紀元前からあるんだぜ。それじゃ、またな。パクリ徳島県民」

 団員の少年の一人が言いがかりをつけ、間を置かず別れの挨拶も告げる。

「早く逃げねえと」「みんな早く飛行機に」「早く、早く」

 他の団員の少年三人も、踊りをやめて飛行機に乗り込もうとした。

「こら待て」

 敦史はすばやく四人のうち二人を背後から捕まえる。

「逃げちゃダメだよ」

紗帆もにこやかな表情で、残りの二人の少年の後ろ首襟をガシッと捕まえることに成功した。

「この子達、確保っ!」

 リャモロンは容赦なくこの悪ガキ四人のおでこをあのピコピコハンマーで叩いて五センチくらいのミニサイズにし、手でつかんだ。

「元に戻してぇー」「ぼく、反省してるから」「戻せ、戻せ」「リャモロン姉さん、ドリアン攻撃はもうせぇへんから」

「ダーメ! 戻しません! っていうかあんた達のさっきの踊り、本家のコピャレをより一層阿波おどりに似させたNIWAおどりでしょっ!」

 これにて四人全員の退治に成功。

「小人さんだぁ」

 緑莉はくすくす笑う。

「リャモロンちゃん、ここまでするのはかわいそうな気が……」

 紗帆がそう言うも、

「ちゃんといい子にしてたら後で元に戻すから」

 リャモロンの意思は変わらず。

「技術は高度だけど、子どもみたいな犯人なら捕まえるの簡単だな」

 敦史は得意げににっこり微笑む。

「すっごいかわいい! この男の子達はこのあとどうするの?」

 絵衣子は楽しそうに眺める。

「この懺悔ハウスに強制収監よ」

 リャモロンはそう伝えて、リュックから三〇センチ立方くらいの大きさの、ミニチュアの日本武道館のような形のものを取り出した。

「形は違うけど、リ○ちゃんハウスやシ○バニアファミリーハウスみたいだね」

「懐かしい。紗帆お姉さんや敦史お兄さんと昔いっぱい遊んだね」

「俺は無理やり付き合わされた感じだけどな」

 敦史は苦笑する。嫌な思い出だったようだ。

「まさにそれらをモデルに開発されたものだそうですよ。きみたちは中でしっかり反省しなさい!」

「うわぁっ、やめてー」「やめろって」「あーん、ぼくもうとっくに反省してるのにぃ」「こらーっ、出せーっ」

煙突も付いており、リャモロンはその穴にミニサイズにした少年二人を容赦なく放り込んだ。

「豪華なおウチだけど、閉じ込めちゃったらすごくかわいそうだよ」

 紗帆はさらに哀れむ。

「中は外から見た以上にとっても広くて快適だから。トイレも設備されてるし。中からは絶対に外へ出られないようになってるけどね」

 リャモロンは爽やかな笑顔でこう伝え、懺悔ハウスと名付けられたミニチュアハウスをリュックにしまう。

「持ち運んでも、中のやつら大丈夫なのか? けっこう揺れるだろ」

 敦史も少し心配してあげた。

「その点も問題ありません。外から強い衝撃を受けても中には全く影響ないように出来てるので。上下逆さまにしてもころころ転がしても中の人は全く気付きませんよ」

 リャモロンは自慢げに説明する。

「これもまたすごい技術だな」

「私、欲しくなって来ちゃった」

「あたしもすごく欲しい♪」

「ワタシもちょっと。ひとまずNIWA団退治したけん、駅前に戻ろう」

 絵衣子がこう呟いた、その直後。

「うわっ、なんだこれ?」

 敦史は両サイドから白い雲状のものをぶっかけられた。とっさに両手で目を覆う。

「きゃっ!」

 紗帆、

「何じゃこれ? 生クリームじゃないよね? バラエティ番組で罰ゲームされる時ブシャーッて吹き出る真っ白なドライアイスの霧とも違うっぽいし」

 絵衣子、

「体中べたべただぁー」

 緑莉、

「これはひょっとして、綿飴かしら?」

 涼香、

「絶対そうね。この味は」

 リャモロンも巻き添えを食らった。

「どうだ。まいったかパクリ徳島県民。これはぼくちん作の綿飴銃だよーん。この間の理科の授業で先生は竹鉄砲作れって言ってたのを無視して作ったんだ。綿飴は徳島産の和三盆なんかよりもずっとずっと美味しい、ザビコサ王国産のさとうきびから作られた砂糖を原料にしてるよん」

「綿飴って、雲みたいにふわふわした手触りかと思って触ったらべたべたする砂糖の塊なんだよな」

 手にライフルスコープのようなものを持った九歳くらいの少年二人組が、木蔭から現れたのだ。一人はメガネをかけ紫髪坊っちゃん刈り、もう一人はぼさっとした水色髪だった。

「あの、雲の正体は水蒸気なのでふわふわした手触りじゃないですよ」

 涼香は服にまとわりついた綿飴を手で取り除きながら一応伝えておく。

「あんた達、これくらいでアタシ達が怯むと思った?」

「べたべたはするが、ダメージはないな」

 リャモロンと敦史は怒りの表情だ。

「にっ、逃げろ」「了解だよん」

 タタタッとやや急な登山道を山頂へ向かって走り去る少年二人、

「緑莉、あれやるじょ」

「分かった。くらえっ! 鳴門のうずしお打線!」

 絵衣子と緑莉はリュックからすばやくお手玉を取り出すと、休まず少年二人に向かって断続的に十数個投げ付けた。

「あいてっ!」「ぎゃふんっ!」

 そのほとんどが少年二人の背中や後頭部やお尻、膝裏に命中し、彼らの動きが鈍る。

「緑莉、絵衣子。お手玉を節分の豆みたいに使うのはよくないよ」

 絵衣子は困惑顔で注意した。

「紗帆ちゃん、緊急事態だから大目に見てやって」

 敦史は優しく説得。

「中の小豆はあとでわたし達が美味しくいただいた方がいいですね」

 涼香は苦笑いでこう意見した。

「ザビコサ王国製のお手玉の中身はコーヒー豆だよスズカさん。さてとっ、悪い子はお仕置きよっ!」

「ぼくちんももう二度とやらないよん」「オイラもさ」

「どうせ口だけでしょ。そりゃっ!」

 リャモロンは少年二人に向かってあやとりの紐を投げまとめて拘束したのち、容赦なくピコピコハンマーで少年二人の後頭部を叩いて五センチくらいのミニサイズに。

「中でしっかり反省しなさい!」

「ちょっと待ってぇぇぇー。オイラこれからぶどう饅頭の壱億円札使って徳島土産買いまくる予定なのにぃ」

「使えるわけないでしょ」

 一人ずつつまみ上げ、懺悔ハウスに放り込む。

「降参です。しかしぼくちんたちを倒したところで、今、ぼくちんの仲間たちは徳島市内のアニメグッズ専門店で悪さしまくってるよーん」

 次につまみ上げられた眼鏡の少年がそう伝えると、

「なんだって! みんな、今すぐそこへ行こう!」

 絵衣子は怒りを露にし、こう強く懇願する。

「そうね。情報ありがとう、ぼく」

「あのう、感謝状としてぼくちんだけは閉じ込めないで欲しいのですが……」

「ダーメ」

「やっぱりー。うぎゃぁっ」

リャモロンはにこっと笑って眼鏡の少年を容赦なく放り込むと、

「みんな、これに乗って。走るより速いよ」

 休まずリュックに片付けてコンパクトになった畳を取り出すと、二メートル四方くらいの大きさにふくらませた。

 みんなそれに乗り込むと、すぐに出発。

「敦史くん、アラジンになった気分で楽しいでしょ?」

「俺は、なんか今にも落ちそうで怖いけどな」

「大丈夫ですよアツシさん、不安定なようでかなり安定していますから。例え天地ひっくりかえっても乗ってる人は落ちないようになってるの」

「そうなのか。というか、誰かに見られたらやばくないか?」

「大丈夫です。アタシ達以外の人達からはカラスが何羽か飛んでいるようにしか見えないようになってるので」

「それもすごい科学技術だな」

 敦史は深く感心する。

「それにしても服やお顔がべたべただよ。綿飴はすごく美味しいけど」

 紗帆は自分にまとわりついた綿飴を美味しそうに頬張りつつ、不快な気分を伝える。

「それなら大丈夫です。ザビコサ王国製の掃除機で吸い取りますから。これさえあればマンゴスチンをぶつけられてもへっちゃらです」

 リャモロンはリュックから取り出すとさっそくスイッチを入れた。

「きれいに取れたね。風が気持ちいいよ」

「べたべた感がなくなったな」

「わたしもすっきりしたわ」

「ワタシもう少し食べたかったんじゃけど」

「あたしもーっ。日本の綿飴よりも美味しかったよ。掃除機の中、綿飴の塊が出来てるんじゃないの?」

「出来てるけど、食べない方がいいと思うよ。他のゴミも交じって衛生上良くないので」

みんなの周りにつむじ風のようなものが生じ、見事自分も含めみんなにまとわりついた綿飴の除去に成功。

「残念。リャモロンお姉ちゃんのリュックって、ド○えもんの四次元ポケットみたいに何でも入ってるね」

「このザビコサ王国製のリュックは大きさ以上にたくさん入るようになってるの。取り出し易く重さも感じさせないような仕組みになってるよ」

 リャモロンは自慢げに伝える。

 こうしているうちにあっという間に東新町商店街入口付近へ到着。みんな降りた後、空飛ぶ畳はリャモロンの手によってすぐさまコンパクトにされ再びリュックに。

みんなはすぐ近くにあったアニメイト徳島に立ち寄った。

「やっぱアタシの住んでる街のアニメグッズ専門店『アニメダイスキダーワイケア』よりグッズの種類が豊富だぁ!」

 リャモロンは大満足している様子だ。興奮気味に店内を見渡す。

「池袋本店はもっと規模でかいじょ。ねえリャモロンちゃん、ザビコサ王国でもアニメキャラの中の人、声優さんはやっぱ人気ある?」

 絵衣子はこんな質問をしてみる。 

「はい、日本と同様熱心なファンもたくさんおられますよ。ただ、ザビコサ王国では当然のことながら、生の声優さんと触れ合える機会はありません。声優さんのイベントに参加出来るのは羨ましい限りです」

 リャモロンがやや残念そうに呟くと、

「ワタシ、声優さんのイベントはそんなに魅力は感じないんじょ。特に女性声優の場合、客はディープな男の人ばっかりで怖いけん」

 絵衣子は苦笑いを浮かべながら伝えた。

「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。脩平がよく見てるアニメイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度にうをぉーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライト振り回してすごい激しく踊ってる集団」

「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」

 敦史と紗帆も苦笑いを浮かべる。

「話を聞く限り、声優さんのイベントはけっこう過酷そうですね」

 リャモロンは声優さんとイベントの参加者に尊敬の念を抱いたようだ。

「ワタシも声優を職業としてやるのは無理じゃ。でもアフレコ体験は楽しかったじょ」

「わたしも同じく」

「あたしもすごく楽しかったーっ。絵衣子お姉ちゃん、今年の夏休みも連れてってね」

「うん、もちろん連れてってあげるよ。リャモロンちゃんもぜひ」

「出来れば参加したいなぁ。ザビコサ王国ではそういう機会ないから」

「きっと楽しめると思うじょ。そういやNIWA団らしき子、見当たらんね。シネマの方かな?」

 絵衣子は周囲をぐるっと見渡してみた。

「あいつら、この店にいるとは言ってなかったわ」

 リャモロンは呟く。

「絵衣子お姉ちゃん、今回はグッズ買わないの?」

 緑莉が尋ねると、

「うん。黒○スとか銀○とか暗○教室とかの新作グッズ欲しいのいっぱいあるけど、ここは我慢じゃ。今月の小遣い無くなっちゃうけんね」

 絵衣子は商品棚から目を背けた。

「それじゃ、そろそろここ出よっか?」

 紗帆がそう言った直後、

「あっ! ちょっと待って」

敦史は書籍コーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。

「やぁ、敦史君ではあ~りませんか。奇遇ですね」

 脩平であった。

「脩平、また同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」

 敦史は脩平が手に持っていた籠の中を眺め、呆れ気味に呟く。

「敦史君、この三つは全く違うものですよん」

「タイトル同じだろ」 

「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。アニメを三話まで見て面白かったので、原作コミカライズ版も買おうと思いまして」

 脩平はにこやかな表情で主張した。

「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」

 敦史は若干呆れ顔だ。

「敦史君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」

 脩平に軽く鼻で笑われてしまった。

「こんにちは脩平さん、やっぱりいたわね」

「やっほー、脩ちゃん、奇遇だね」

 涼香と紗帆は嬉しそうにご挨拶。

「どっ、どうもぉ」

 脩平は緊張気味にご挨拶。

「あーっ、敦史お兄ちゃんのお友達の丸尾くんもどきだぁ! 久し振りだね」

「脩平お兄さん、お久し振り。また痩せたような」

 緑莉と絵衣子も脩平の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。

「あっ、どうもどうも」

 脩平はかなり緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。小中学生くらいの現実の女の子は特に苦手なのだ。そんな彼に、

「アツシさんの親友のジュンペイさん、直接会うのは初めてですね」

 リャモロンは爽やかな表情と元気な声で挨拶した。

「こちらの青の髪の子は、いったい?」

「ワタシと同じ中学のお友達なんじょ。インドネシア人なの。髪は染めてるよ」

 絵衣子は脩平が混乱しないように、こう嘘の内容も伝えておく。

「そうでしたかぁ」

 脩平は居心地が悪くなったのか、

「じゃっ、じゃあね」

会計を済ませるとそそくさこのお店をあとにした。

「脩ちゃん逃げちゃったね」

「脩平さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」

 紗帆と涼香は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。

「涼香お姉さん、脩平お兄さんに絶対恋心持ってるじゃろう?」

 絵衣子はにこりと笑い、涼香の肩をポンッと叩く。

「絵衣子さん、そんなことは全くないからね」

「いててて、ごめんね涼香お姉さん」

 きっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。

(スズカさん、照れ隠ししてる)

 リャモロンはふふっと微笑む。

「NIWA団員、この店にはいないようじゃね」

みんなこの店から出たあと、上階のユーフォーテーブルシネマの方も確認しに行ってみたが特に異変は感じなかったため、続いて新町川沿いのしんまちボードウォークを歩き進んでいく。

「ユーフォーテーブルカフェ付近も特に異変なしかぁ。徳島のよりコアなオタクが集う、南海ブックスさんならきっと見かけるはずじょ」

 みんなは続いて、JR徳島駅すぐ側にあるポッポ街商店街へと向かった。二階に通じる階段前に差し掛かると、

「あーっ、くっそぉ。身分証明書がないと買えないとは残念なりー」

 前方から、一二歳くらいのぶくぶく太った縮れ金髪の少年、

「せっかくおら達が一八歳以上に見られるように催眠術かけたのになぁ」

 八歳くらいのやや太った縮れ藍色髪の少年。

 ポリネシア系の顔立ちをしたこの二人に加えて、

「明らかなんだから売って欲しかったよね」

マレー系の、九歳くらいの痩せ細ったオレンジ髪坊っちゃん刈り&メガネの少年、合わせて三人がしょんぼりした様子で歩き近づいて来た。

「ひょっとして、きみ達、NIWA団の子?」

 絵衣子は近寄って問いかけてみた。

「そうなり」

「なんだこの根暗っぽいブス、喪女は池袋にでも行ってろ」

 八歳くらいの少年が言う。

「喪女とは失礼じゃね。池袋は徳島からじゃと交通費かかり過ぎるけん、そうそう行けんのじゃ。それにワタシ、池袋よりはアキバの方が好きなんじょ。そんなことよりあんた達、一八禁の同人誌買おうとしてたじゃろ?」

 絵衣子はニカァッと笑ってそう主張し、顔を近づけ問い詰める。

「……そっ、そうだよ。阿波弁の喪女」

 八歳くらいの少年は怯えた様子で答えた。

「喪女言うな。あんた達、まだガキなんやけん矢○先生の『ToLov○る』で我慢しなさい! 下手な一八禁コミックよりもエロいじょ」

「そりゃそうだけどさぁ、おら達はスリルを味わいたくて」

「日本でそんなことしたら、お巡りさんに捕まるのよ」

「年齢制限はちゃんと守れ。ガキの頃からいかがわしいマンガやアニメばかり見てたら、俺の親友の脩平みたいになっちゃうぞ」

 リャモロンと敦史は協力して少年三人の頭をすばやくピコピコハンマーで叩き、五センチくらいのミニサイズにした。

「すごく太ったお兄ちゃんは、日本でお相撲さん目指したら? 史上初のザビコサ王国人力士になれるよ」

 緑莉はしゃがみ込んで、こう勧めてみた。

「いや、おいら、力士なんて無理なりー。稽古としきたりが厳し過ぎるようだし」

 一二歳くらいの太った少年は苦笑いしながら主張する。

「ちなみにモンゴル出身の大横綱、白鵬さんは徳島市をわりと頻繁に訪れていますよ。奥様の生まれ故郷という縁で。結婚式も鳴門の大塚国際美術館で挙げましたし」

 涼香はこんな豆知識を伝えた。

「相撲は日本でそこそこ人気あるらしいが、ホモでマゾのスポーツだよな。裸でマワシ一枚で抱き合ってるし」

 八歳くらいの少年はこんな印象を持っているようだ。

「お相撲は紙相撲でやる方が楽しいよね。きみたちに忠告。ぼくらを倒したところで、ぼくらの仲間達は今、神戸の六甲山と神戸大学と、明石へ向かって悪さしようとしてるからね」

 九歳くらいの少年はにやついた表情で伝えた。ひそかに緑莉のネコさん柄パンツを覗いていたのだ。

「NIWA団のやつら、急遽変えた計画通り徳島以外にも向かってるのね。これは、アタシ達も手分けした方が良さそうね」

 リャモロンはこう提案した。

「わたし、神大を担当するわっ!」

涼香は積極的に希望する。どこか嬉しそうだった。

「私は六甲山がいいな」

「あたしは明石がいい」

「ワタシも明石担当しようかな」

「俺は、どこにしようかな?」

「では、サホさんとアツシさんとアタシは六甲山、スズカさんは神大、エイコちゃんとミドリちゃんは明石ってことで。ミドリちゃんとエイコちゃんとスズカさんも、これを使ってね」

 リャモロンはそうお願いして、

「最高時速百キロ出るから、一時間くらいで明石や神戸に着くよ」

 リュックから空飛ぶゴザを二枚取り出した。

「高速バス使うよりも速いですね」 

「これは便利なアイテムじゃね」

「絵衣子お姉ちゃん、早く明石へ向かおう」

「おまえら楽しそうにして余裕だな。あっちで悪さしようとしてるやつらは、おら達よりずっと手ごわいぜ」

 八歳くらいの少年は自信たっぷりに言う。

「それはどうかしら? アタシ達だって手ごわいわよ。それじゃ、エロ坊やたち、中で反省しててね」

「やめてぇー」「わぁーん」「入れないでー」

 リャモロンは他に捕まえた団員達と同じように、そいつらを懺悔ハウスに容赦なく放り込んだ。

「では、これでアタシがさっきやったように小さくして、この懺悔ハウスに閉じ込めてね。このタイプのは上部のふたを開ければ中に入れられるよ」

 それをリュックに仕舞うとピコピコハンマーを取り出し、緑莉、絵衣子、涼香に手渡したのち小型の懺悔ハウス、通天閣型のを絵衣子に、神戸ポートタワー型のを涼香に手渡す。

「涼香ちゃん、一人で大丈夫?」

「大丈夫ですよ紗帆さん、では行って来ますね」

涼香は自信たっぷりに伝え、ゴザに飛び乗り神戸の方へ向けて出発した。

「それじゃあ行って来るね。やっつけたら連絡するよ」

「どんな強敵が出てくるのかな? ワタシわくわくして来たじょぉーっ!」

 緑莉と絵衣子もゴザに飛び乗り、明石の方ヘ向けて出発。

「緑莉も絵衣子も気をつけてね」

「明石だけに、タコみたいなロボットが暴れてたりして」

「アツシさんの推測、当たってるかも」

紗帆、敦史、リャモロンは空飛ぶ畳に乗って六甲山へ向かっていく。

   ※

 涼香は神戸大学構内へ辿り着くと、

「ここに来たの、二年振りくらいだわ」

 懐かしさに浸って歩きながら、スマホのカメラで楽しそうに講堂を撮影し始める。

 その最中だった。

「ここの大学のやつらに、アホゥになる催涙弾くらわしてやろうと思ったのに、神大生の姿ほとんど見掛けないな」

「そりゃ今日は土曜日だもん。仕方ないよ」

「まあ神大生といえども、ザビコサ王立大生の成績上位層よりはアホゥだろうな」

「きっとそうだよね」

 こんな話し声を聞いた。

(あの子達ねっ!)

 涼香は即確信する。一二歳くらいの男女二人組だった。少年の方は青髪七三分け、少女の方は朱色髪セミロングだった。二人とも水鉄砲のようなものを手に持っていた。

「神聖な神大を荒らそうとしてるのは、あなた達ね」

 涼香はその二人のもとへ歩み寄り、話しかける。 

「おう、きみ、神大生? いや、そのわりには幼いから神大志望の子か?」

 少年の方が問いかける。

「いや、わたしは京大第一志望よ」

 涼香はきりっとした表情で答えた。

「そうか。おまえにとっては神大はレベルが低過ぎるようだな」

「ねえ、この食パンみたいな顔の女、アホゥにしちゃおうよ」

「そうだな。おまえをアホゥにして京大合格の夢を断たせてやる」

「やっちゃえ!」

 二人は水鉄砲的な形の銃を向けた。そして休まず発射する。

「そうはいかないわ」

 涼香はすばやく手に持っていた日傘を広げて回避。

「バリアされた!」

「今度は当てるわよ」

 悔しがる少年少女。もう一度引き金を引こうとした。

「動作遅いわよ。それっ!」

涼香はポケットから取り出した石川五右衛門柄めんこを地面に叩きつける。

「うおっ!」

「きゃぁっ! パンツが」

 すると少年少女は風圧に負け、しりもちをついた。弾みで手に持っていた銃も遠くへ吹き飛ばされる。

「あー、くっそぉ」

「拾わなきゃ」

 少年少女、落ちた所まで拾いに行こうとする。

「さすがザビコサ王国製のめんこね」

 得意げになる涼香。しかし次の瞬間、

「きゃぁっ!」

 背後から攻撃を食らわされてしまった。

「後ろにもいたのは気付けなかったようね」

 涼香の背後の立っていたのは、金髪ポニーテールの五歳くらいの少女だった。

「まさかもう一人いたなんて。不覚を取ったわ。まさに灯台下暗しね。このドロドロの半液体、くさーい。ドリアンのにおいだぁ」

 涼香は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「やったわっ!」

「まいったか?」

「わたちの存在に気付けないようじゃ、お姉ちゃんは京大生にはなれないね」

 NIWA団三人組は大喜びする。

「もう、こんなイタズラして。許さないわよ。きゃっ、きゃっ!」

 涼香は少年に近寄ろうとしたら、すてんっと転んでしりもちをついてしまった。

「いたたたぁー。これ、バナナの皮じゃない。わたしったら、昔のマンガみたいなことしちゃったよ」

 頬をほんのり赤らめて照れくさがる。

「ザビコサ王国産のバナナの皮は世界一滑りやすいからな。このお姉ちゃん、さくらんぼ柄のパンツを穿いてるな」

「こら、覗くのはやめなさい僕。きゃっ、きゃあっ!」

 涼香、今度は五歳くらいの少女に黄色っぽく、べっとりしたものをぶっ掛けられた。

「バナナ銃だよ。今度は熱々のココナッツミルク銃を食らわせてあげる。えいっ!」

 五歳くらいの少女は肩に掛けていた鞄の中に銃をたくさん隠し持っていた。

「きゃぁん。髪がべとべとー。食べ物を粗末にしちゃダメでしょ」

 涼香がピンチに陥っていたその頃、明石では、 

ぎょぎょっぎょっ、ぎょっぎょ。

 JR明石駅南側、魚の棚商店街付近の車道を、高さ五メートル以上はあると思われる巨大なタコ型ロボが掛け声を出しながら、のっしのっしと時速六キロくらいで闊歩していた。車は大迷惑している様子だった。

「こいつは手ごわそう。水風船や水鉄砲じゃ絶対通じなさそうじゃん。墨も吐かれそう」

「あのタコさんロボット、声がさ○なクンそっくりぃ。そうだ! 地面におはじきとビー玉を敷いて転ばせるのが良いかも」

 緑莉はとっさに思いついた。

「それはいいかもね。先回りしよう!」

 緑莉と絵衣子は走ってタコ型ロボを追い抜かし、これから通ると思われるルートにおはじきとビー玉をばら撒く。

 約三〇秒後、タコ型ロボがその上を通りかかった結果、

ぎょっ、ぎょっ、ぎょっ。と、呟きながらすてんっと転んでドシーッンとしりもちをついた。タコ型ロボ、身動き出来ず制御不能に。

「やったぁ!」

「そういえばこれ、中の人いるのかな?」

 絵衣子はふと気になった。

 次の瞬間、

「やるわね。こうなったら直接対決よ」

 タコ型ロボの口の部分がパカッと開いて中から人が。

出た来たのは、七歳くらいの浅紫色お団子頭の女の子だった。

タコ型ロボは鼻の部分一押しで手のひらサイズに。

「中の人いたね。あたしが三秒で片付けてあげる」

「たいした自信ね。これならどうかしら? 必殺! マチ★ゾンビ」

「きゃあああああああっ! えっ、絵衣子お姉ちゃあああああっん」

 緑莉はおばけもびっくりするような大声で叫び、絵衣子の背中にぎゅっとしがみ付く。

七歳くらいの少女が手に持っていた銃を発射すると、矢の刺さった落武者の3D映像が現れたのだ。それは十秒ほどで姿を消した。 

「緑莉、さっきの落武者はホログラムよ」

 絵衣子はくすっと笑う。

「あんた、ひょっとして今でも夜中に一人でおトイレに行けないとか?」

 少女にもくすくす笑われてしまった。

「そんなことないよぅぅぅ」

 緑莉が震えた声で即否定した。

「緑莉、服が伸びるけん、あんまり強く引っ張らないで欲しいじょ」

 絵衣子はちょっぴり迷惑がった。

「ごめんなさい、絵衣子お姉ちゃぁん」

 緑莉は今にも泣き出してしまいそうな表情で謝る。

「緑莉のしぐさ、とってもかわいいじょ」

絵衣子はにこにこ微笑みながら眺めていた。

「それそれそれーっ!」

 少女がさらに続けて銃を発射すると、

「ぎゃぁっ、のっぺらぼうだ。火の玉だぁ」

 緑莉はますます怖がって逃げてしまう。

その後も提灯おばけ、からかさ小僧、砂かけ婆、児啼爺、ぬりかべ、山姥、目競などなど和風おばけ達の3Dホログラムがおどろおどろしい効果音と共に現れ十秒ほどで姿を消した。 

「あたちの勝ちね。あれれ? もう弾が切れちゃった」

 少女、予想外の事態に戸惑う。

「もう! 絶対に許さないもん」

 緑莉はプラスチック製ヨーヨーで反撃開始。

「んぎゃっ!」

 見事少女のお顔に直撃。

「ごめんね、痛かった?」

 緑莉は爽やかな表情で謝る。

「ものすごーく痛かったわ。仕返ししてるぅ!」

 少女はうるっとした表情を浮かべ、懐からなわとびを取り出した。

「鞭打ちの刑よ。えいっ、えいっ、えいっ!」

 そしてパチンッ! パチンッ! パチンッ!と地面に何度も叩き付けつつ緑莉を追い掛け回す。ヒュンヒュンヒュンヒュン風の切る音も聞こえて来た。

「絵衣子お姉ちゃん、助けてーっ」

 緑莉、ちょっぴり焦る。

「はいはーい」

 絵衣子は余裕の表情を浮かべながらピコピコハンマーを取り出し、少女を追いかける。あっという間に追いつくと後頭部を軽く叩き、ミニサイズに。

「しまった。この眼鏡の和風なお姉さんの方にも注意すべきだったぁ」

 少女、がっくり肩を落とす。

「あたしの勝ちだね」

 緑莉はピースサインをとった。

「ちっちゃくなってすっごいかわいいじょ」

 絵衣子はにっこり微笑む。

「二度とこんなイタズラしちゃダメだよ」

「はーい」

少女は緑莉の手によってすみやかに通天閣型懺悔ハウスに強制収監。

「お腹すいて来た。絵衣子お姉ちゃん、そろそろお昼ごはん食べよう」

「ほうじゃね。ワタシもお腹すいて来たじょ。せっかく明石に来たことやけん、明石焼き食べようかな?」

 緑莉と絵衣子、こう打ち合わせたその頃、神戸の上空三百メートル付近では一人用の小型飛行機がぐるぐる旋回していた。  

「あの飛行機、なんか霧みたいなもの撒いてるな」

「あんなことしたら、山頂からの景色が見えにくくなってる違いにないよ」

「これはかなり悪質なイタズラね」

 空飛ぶ畳に乗った、敦史と紗帆とリャモロンはその飛行機にどんどん近づいていく。

「今日は景色悪いなぁ」「めっちゃ霧かかってるやん」「晴れてるからもっときれいに見えるはずなのにね」「損した」「あら、急に見えにくくなったぞ」

 紗帆の推測通り、六甲山から神戸の街並みの景色が見えにくくなっていた。展望台にいる人々は口々に不満を漏らす。

「どうだ日本人。人工霧で視界が悪くなっただろ」

乗っている一三歳くらいの少年は、楽しそうにこんなことを呟いた。

「こらーっ! やめなさーい!」

「中の男の子、そんなことしちゃダメだよ」

「山登って景色が悪かった時のがっかり感はけっこうでかいぞ」

 リャモロン達は空飛ぶ畳に乗った状態で注意する。

「うるせえ、これでもくらえ日本人とリャモロン」

 少年は飛行機から、ミサイルのようなものを発射して来た。

「まずいわこれは。きゃっ、きゃあっ!」

 リャモロンは慌てて方向転換しようとした。

「きゃあああっ、落ちる、落ちるぅぅぅ!」

「紗帆ちゃん、俺の腕にしっかり捕まって」

 しかし間に合わず。畳の裏側にドゥゥゥーンッと直撃し、さらに中央付近を貫通させられ、制御不能になってしまった。

「サホさん、アツシさん、床にしっかり手を突いて下さいね。そうすれば安全ですので」

 空飛ぶ畳はふらふら中を舞いながら、地上へ向かって落ちていく。

「あいつの乗った飛行機、霧に隠れて見えないわ。一か八か」

 リャモロンは霧に覆われた任意の場所へ向けて、Y字型のパチンコに石を当てて打ってみた。すると、カツーンと金属音が聞こえて来た。どうやら当たったらしい。

「あれだけじゃダメージ受けるはずはないから、これも使うわ」

 リャモロンはリュックから昨晩折った折り紙の数々が入った袋と、孫の手も取り出す。

「えいっ!」

 袋に向けて孫の手を振りかざすと、中の折り紙は自ら羽ばたき飛行機目掛けて飛んでいった。

「うわっ、折り紙で前見えねえ。ハンドルも言うこと聞かねえ。やっべ」

 機体やエンジンにまとわりつかれ、飛行機の方も制御不能になったようだ。ふらふら漂いながら、どんどん地上へ向かって落ちていく。

「よぉし! お仕置き成功♪ 折り紙も戦力になったでしょ?」

 リャモロンはにこりと笑う。

「確かに。下は民家やビルだらけだし、落ちたらやばくないか?」

「中の男の子も無事じゃないよね?」

 敦史と紗帆はしっかり捕まりながら、飛行機と操縦していた少年を心配する。

「大丈夫ですよ。ザビコサ王国製の飛行機は、墜落しても壊れずに操縦者にも衝撃が行かないように出来てるので」

 リャモロンが伝えたその直後に、空飛ぶ畳は近くの公園敷地内の地面に激突した。

 それでも敦史、紗帆、リャモロンは全くの無傷だった。

「けっこうなスピードで落ちてったのに、全く衝撃なかったな」

「さすがザビコサ王国製の空飛ぶ畳だね。民家やビルや線路の上に落ちなくて良かったよ」

 敦史と紗帆はほとほと感心する。

「これは偶然じゃなくて、制御不能になっても自動的に安全な場所へ墜落してくれるような仕組みになってるの」

 リャモロンは自慢げに伝えた。

 飛行機もまもなく、敦史達のいる五メートルほど手前の地面に激突した。

 これもまた全く衝撃がなく、飛行機も、

「やるなぁ、リャモロン」

 操縦していた少年も全くの無傷だった。

「そこのハーレム的環境の少年、おいらと地上で対決しようぜ」

 そいつは地面に降り立つや、宣戦布告。敦史よりも顔つきは幼いが、背丈は一七五センチほどあり、体格も敦史よりは良かったが、

「ああ、いいぜ。望むところだ」

 敦史は快く勝負に乗った。

 こうして敦史達三人も畳から降り、地面に降り立った。

「敦史くん、頑張って」

「アツシさん、健闘を祈りますよ」

 紗帆とリャモロンは固唾を呑んで見守る。

「くらえ! 日本人死ね死ねスーパーキーック!」

 一三歳くらいの少年は、小学生が五秒で考えたようなネーミングの蹴りを、敦史のわき腹目掛けて食らわして来た。

「速ぁっ!」

 敦史は寸でのところでかわす。

「アツシさん、日頃からジャングルを駆け回り海や川で泳いでるザビコサ王国民は、日本人よりも身体能力高いから気をつけてね」

 リャモロンは爽やかな笑顔で伝えた。

「そうか。ってことは、体も柔らかいってことか?」

「その通りだぜ少年」

「それじゃ、証拠見せてくれないか?」

「分かった。おいらの柔らかさを見せてやる。驚くなよ」

 少年はそう言うや、足を伸ばしたまま背中を曲げ腕を地面に付かせる。

「隙ありっ」

 敦史はその隙に少年の背中を押さえ込み前のめりに転ばせ、

「うぉっ!」

 身動きが取れないように地面に押さえつけた。

「敦史くん、余裕だったね」

「アツシさんの作戦勝ちでしたね」

 紗帆とリャモロンはにっこり笑顔で褒める。

「くっそ、おいらよりちっちゃいから勝てると思ったのに」

 少年は悔しそうに呟く。

「リャモロンちゃん、こいつを小さくしてやれ」

「了解♪」

 リャモロンはピコピコハンマーを手に持って少年の方に近寄っていく。

 しかしその時、

「日本人の少年、油断し過ぎ」

「うわっ! なっ、なんでだ?」

 少年に袖をつかまれた敦史の方が持ち上げられ、

「自在に馬鹿力の出る手袋のおかげさ。ザビコサ王国の科学技術力を思い知れ日本人」

投げ飛ばされてしまった。

「きゃぁん」

 リャモロンも巻き添えを食らう。敦史の体が当たってバランスを崩し、しりもちをつく。

「ごめんリャモロンちゃ、ぐぁっ!」

「さっきまでの威勢はどうした? 日本人の少年」

少年は敦史の腹に蹴りを食らわす。彼は敦史に地面に押さえつけられた時、手袋をポケットから取り出して右手にはめたのだ。

「そんなの使うなんて卑怯よ」

 リャモロンは弾みで側に落ちたピコピコハンマーを拾おうとしたが、

「こいつを使う方がよっぽど卑怯だろ」

 少年に手袋をはめた右手で先に拾われ五〇メートルほど先まで放り投げられてしまった。

「あーん、あんなに遠くまで飛ばしちゃって」

 リャモロンが悔しそうに呟いた。その直後、

「ん?」

「よぉし、捕まえた」

 少年は敦史に背後から抱きつかれ、両腕を固められてしまった。

「敦史くん、すごい」

「アツシさん、ナイス」

 賞賛する紗帆とリャモロン、ところが、

「甘いな少年」

「そんなっ、ぐぉっ!」

 簡単に振りほどかれ、敦史は右手で突き飛ばされてしまう。

「日本人の少年、起き上がれるものなら起き上がってみろ」

「なんてパワーだ。全然動けない」

 さらにみぞおちの辺りを右手で押さえつけられる。

「このままじゃ敦史くんが負けちゃうぅぅ」

 紗帆は心配そうに見守る。

「ここはサホさんも協力してあげないと。こんなこともあろうかと、サホさんのお部屋からいいものを持って来ましたよ。じゃ~ん」

 ピコピコハンマーをあの間に拾いに行って来たリャモロンは、トートバッグからヴァイオリンを取り出した。

「リャモロンちゃん、それも持って来てたんだ」

「さあサホさん、早く何か演奏してあげて下さい」

「分かった。じゃあ、『南の島のハメハメハ大王』を弾こう」

 紗帆はさっそくヴァイオリンでその曲を弾き始める。

「なんだこれ、し○かちゃんのヴァイオリンみたいな酷い音だな」

 少年は思わず両手で耳をふさいだ。

「アツシさん、今よ」

 リャモロンはピコピコハンマーを投げ渡す。

「ああ! ありがとう紗帆ちゃん、リャモロンちゃん」

 相手が怯んだ隙に、敦史はすばやくそいつのおでこをピコピコハンマーで叩いた。

「しまった」

 少年は焦るが、まもなくミニサイズに。

「どうだ! これで俺の勝ちは決まりだな」

 敦史はにこっと笑う。

「くっそぅ。油断した」

「サホさんの演奏攻撃、堪えたでしょ?」

「ああ、かなりな」

「中でしっかり反省してね」

 リャモロンは悔しがる少年を指でつまみ上げ、懺悔ハウスへポイッ。

「あの、よく考えたらさっきの、俺に投げ渡さずにリャモロンちゃんが直接叩いてもよかったような」

「それだとアツシさんに見せ場がないじゃないですか」

 リャモロンは敦史に向かってパチッとウィンク。

「べつにいらなかったんだけど」

 敦史は照れ笑い。

「なんか、複雑な気分だけど、敦史くん、おめでとう!」

 紗帆が嬉しそうに敦史の健闘を称えていた。

その最中だった。

「姉ちゃん、こいつをくらえ」

 どこからか別の少年の声がして、

「きゃっ、きゃあっ!」

 紗帆は大きな悲鳴を上げる。

 日本では見かけないカラフルな昆虫が多数、紗帆のまわりをまとわりついていた。

「大丈夫か? 紗帆ちゃん?」

 敦史は慌てて紗帆の方へ駆け寄っていく。

 その途中で、

「よそ見してていいのかな?」

「ぐわぁっ!」

 敦史、わき腹に飛び蹴りを一発食らわされた。

「やぁ、昨日振りだね、リャモロン。この少年の方ははじめましてだね」

 現れたのは、昨日銭湯に現れた少女っぽい風貌の少年だった。

「敦史くーん、大丈夫?」

 紗帆は昆虫を振り払おうとゆさゆさ体や両手を揺さぶりながら心配する。

「サホさん、アタシが助けますよっ! もう一人隠れていたとは」

 リャモロンは紗帆の元へ駆け寄っていくが、

「きゃぁんっ! 冷たぁっ!」

 途中で背後から何者かに水鉄砲で顔を攻撃されてしまった。

「しまった。さらにもう一人いたのね?」

 振り向いた次の瞬間、

「えっ! 嘘?」

リャモロンは五センチくらいのミニサイズに。リャモロン自身も驚く。

「リャモロンちゃん、大丈夫? きゃぁぁぁ~。冷たぁいっ!」

紗帆も背後から何者かにおしりを水鉄砲で攻撃され、五センチくらいのミニサイズにされてしまった。

「うちの存在に気付けないなんて灯台下暗しね。これはド○えもんのひみつ道具、『さいぼうしゅ○小き』を参考に作ったうちの自作水鉄砲よ」

こんな声がして、木の裏側から一人の少女が現れた。

「捕獲成功♪ うちらの仲間を虫みたいに捕獲した仕返しよ」

 その子はすばやくミニサイズのリャモロンと紗帆をつまみ上げる。

「敦史くぅぅぅぅぅぅぅん、たーすーけーてー」

「予想以上に手ごわかったです、NIWA団」

「きゃぁっ! 蛾が襲って来たぁ。ヤスデさんにゲジゲジさんに、ヤモリさんまでいるよぅ。大蛇と恐竜に見えるよう」

「サホさん、安心して下さい。アタシがけん玉とヨーヨーの二玩具流で退治しますから」

 紗帆とリャモロンは通常サイズの日本の昆虫や節足類、爬虫類達が蠢き飛び交うガラス水槽の中に入れられてしまった。

「ハーレムボーイのお兄さん、うち、NIWA団団長のポポピュロよ。ちなみに一二歳の中学一年生。ついこの間までランドセル背負った小学生だったよ」

 ポポピュロと名乗った少女はホホホッと口元を押さえながら言う。背丈は一四〇センチに届かないくらい。黒髪三つ編み。まっすぐ伸びた細めの一文字眉。丸っこいお顔でぱっちりとした茶色い瞳。お肌も白く普通の日本人以上に日本人っぽかった。

「団長って女か。おまえじゃなかったのか?」

 敦史が問いかけると、

「昨日変わった。オレは副団長に降格した」

 少年は苦笑いを浮かべて言う。

「だって日本視察で役に立たなかったんだもん」

 ポポピュロはふくれっ面で言った。

「まあそんなことはどうでもいい。おまえら、よくも紗帆ちゃんとリャモロンちゃんを」

「きみの彼女を返して欲しかったら、王子動物園まで来なさい」

「楽しみに待ってるよ、少年」

 ポポピュロと副団長の少年はそう伝え、紗帆とリャモロンを閉じ込めた水槽を持って空飛ぶゴザに乗り、空高く舞い上がってしまった。

「ごめんなさいアツシさん、アタシの空飛ぶ畳は、破けて使い物にならなくなっちゃいました」

「敦史くーん、絶対助けに来てねーっ!」

 ミニサイズのリャモロンと紗帆は懸命に叫ぶ。

「王子動物園ならここからそんなに遠くはない。電車でもすぐに行けるな」

 敦史は最寄りの阪急御影駅へ向かって走りながら、涼香と緑莉と絵衣子のスマホに、紗帆ちゃんとリャモロンちゃんがさらわれたとの旨のメールを同時送信した。

同じ頃、神大近くの人目につきにくい場所。

「あーん、眼鏡までべとべとー」

「ナンプラー攻撃も効いたみたいだな。催涙弾が全く効果なかったのは誤算だが、べとべとになったおまえの姿を見れておれは満足だぜ」

「ねえ、この子やっつけたら甲子園球場行って、阪神の試合をめちゃくちゃにしに行きましょう。ちょうど今デーゲームやってることだし」

「そりゃいいな。レーザービームで目くらましして、ボールの軌道も孫の手で操ろうぜ」

「こら、ダメですよそんな妨害行為したら」

「お姉ちゃん、とどめだ。タピオカ銃ぅ!」

「きゃっ! パンツの中狙わないで」

「この辺、イノシシも出るみたいだぜ。甘いにおいもたっぷりついたおまえ、イノシシの餌食になるかもな」

 涼香、尚も苦戦中。三人組から何度も銃撃される。

 そんな時、

「んぬ、坂東さんではあ~りませんか。はてさていったいなぜこういう状況に?」

 なんと、脩平が近くに現れてくれた。

「あっ、脩平さん! ちょうどいい所に。神戸に来てたのね。わたしを助けて」

「えっ、えええ」

 動揺する脩平。

「こいつ、おまえの彼氏か?」

 少年に質問され、

「違うって。クラスメートよ」

 涼香は慌ててこう伝える。

「あの、坂東さん、今日は凄まじく臭いですね。夏コミ会場以上の悪臭ですよん。なんか1,プロパンチオール臭が……まさに腐女子ですね」

 脩平は思わず手で鼻を押さえつけた。

「この子達にドリアンのくさい果汁ぶっ掛けられたの」

「そうでしたかぁ。ところでこれは、いったいどういう状況なのでしょうか?」

「神大の六甲祭でやるヒーローショーの練習よ。わたし、ボランティアで参加することになったの。今、ヒーロー役のわたしが、敵役のこの子達に襲われてピンチに陥ってるって状況で」

 涼香は脩平が極力混乱しないように、こう嘘の内容を伝えておいた。

「そうなのですか?……」

 脩平はぽかんとなる。

「そういうわけで、わたしを助けて欲しいの」

「いや、なんか、よく分からないのですがぁ」

「とにかく、このピコピコハンマーであの子達を叩いて欲しいの。軽くでいいから」

 涼香はそう伝えて脩平に投げ渡す。

「えー、その、あの」

 脩平、まだ状況が把握出来ず。

「こいつ弱そうだな」

「でもめちゃくちゃ賢そう。次はこいつをやっちゃおう」

「ねえお兄ちゃん、わたちといっしょに数学クイズで遊ぼう」

「えっ、えっ、えっと、その、僕は、山中伸弥さんの母校である神大医学部も、一応志望校の範囲内に入っているので、ふらりとキャンパス見学しに来ただけでして。と○のあな三宮店寄るついでに……」

 たじろぎ困惑する脩平。果たして勝負の行方はいかに?

 敦史が王子動物園内へ辿り着いた時、

「パンダちゃん、かっわいい! ザビコサ王国の動物園でもパンダちゃん飼育して欲しいよぅ」 

「ポポピュロ、生パンダ、やっぱいいよね」

 ポポピュロと副団長の少年はジャイアントパンダをうっとり眺めていた。

 ミニリャモロンとミニ紗帆を閉じ込めた水槽はすぐ横に置いて。

「おい、おまえら」

 敦史はゼェゼェ息を切らしながら、呆れ気味に話しかける。

「あっ、ハーレムボーイ、よく来たわね」

「話があるならもう少し待って。オレ、これからパンダを写真に収めるんだ」

「待てるか。紗帆ちゃんとリャモロンちゃんを早く解放してやれ」

「うちとチャンバラ勝負して、勝てたら解放してあげるわ。ここじゃ人目につくから、場所を変えましょう」

「なんでそんなガキの遊びしなきゃいけないんだよ?」

「きみ、うちに勝つ自信がないのね。うちよりずっと体格のいい男の子のくせに情けないなぁ。武士国家の子とは思えないな」

 ポポピュロはくすっと笑う。

「日本が武士国家なのは江戸時代までの話だろ……しょうがない、勝負してやる」

 敦史は不満そうにしながらも癪なので乗ってあげた。

 敦史達は王子動物園から出て、王子公園内の人目につきにくい場所へ。

「敦史くん、早くやっつけちゃって」

「アツシさんならきっと勝てるはずよ」

 ミニリャモロンとミニ紗帆は、熱い眼差しで応援してくれた。

「任せて紗帆ちゃん、リャモロンちゃん、俺は絶対勝つから」

 敦史はその二人の方を向いて真顔で宣言する。

「かなりの自信ね。さあ勝負よ。うち、この服装でやるわ。身軽になるし、うち、パンダ大好きなの♪」

 ポポピュロは上着を一枚脱いだ。するとパンダさんの刺繍が施されたTシャツ姿に。

「案外かわいらしいな」

 敦史はやや呆れる。

ともあれ決戦開始。

「くらいなさい! ハーレムボーイ」

「ハーレムボーイとか言うな」

 敦史は呆れた様子でチャンバラ棒をポポピュロの脇腹めがけてすばやく振りかざす。

「あぁんっ、いったぁい!」

 直撃し、ポポピュロは甘い声を漏らした。

「アツシさん、いい振りですね。乗り気なようで嬉しいです」

「私とリャモロンちゃんを救うために、本気になってくれてるね」

 リャモロンと紗帆は賞賛する。

「大丈夫か?」

 敦史は心配してあげた。

「敵に情けをかけるなんて、日本人らしくないわね。まあチャンバラじゃ勝てそうにないな。お相撲勝負に急遽変更よ」

 ポポピュロは自分のチャンバラ棒を投げ捨て、敦史の体にガバッと抱きついた。そして彼のジーンズの裾を両手でがっちり掴む。

「やったぁっ! いい形だポポピュロ」

 副団長の少年はガッツポーズを取った。

「ポポピュロちゃんちっちゃいし、これくらいで俺を投げ飛ばせるとは思えないな」

 敦史は余裕の表情だ。彼もチャンバラ棒を投げ捨てる。

「それはどうかしら? そりゃぁっ!」

「うわっ、嘘だろ」

「驚いてるね、ハーレムボーイ」

 ポポピュロは敦史に寄りかかって体勢を崩させ、馬乗りになった。

「うっ、動けねえ。重いっ。俺より小柄なのに、なんてパワーだ」

「体重が重くなるシールを特殊なお尻に貼ってるから。うちのパンツ脱がぜばシールを外せるよ。やってみてね♪」

「……」

 敦史は対応に困ってしまう。

「ただいまの決まり手は、寄り倒しだな」

 副団長の少年はにこにこ顔で呟いた。

「敦史くーん、この子のおしりペンペンしてお仕置きしてあげて」

「アツシさん、遠慮せずにやっちゃって下さい。泣かしてもけっこうですよ」

 紗帆とリャモロンからそう言われるも、

「それは、ちょっとな……」

 敦史は何も出来なかった。

「紳士ね、ハーレムボーイ。それっ、縦四方固」

 ポポピュロは柔道の技を用いてさらに強く圧し掛かってくる。

「いってててぇーっ!」

 苦しがる敦史。

「そろそろ参ったって言った方がいいんじゃないかしら? きみの体、めんこみたいにぺっちゃんこになっちゃうよ。きみについてる二つのスーパーボールも潰れちゃうよ。きゃはっ♪」

 ポポピュロは嘲笑う。

 その時だった。

「敦史お兄ちゃんをいじめちゃダメーッ!」

「敦史お兄さん、華奢な女の子に力負けしてしまってますね」

 緑莉と絵衣子が駆けつけてくれた。

「こいつ、ケツに体重が重くなる特殊なシール貼ってるらしいからなんだ。いてててっ!」

 敦史は必死に言い訳する。

「そういうことか」

 絵衣子はすぐに納得してくれたようだ。

「そこのお嬢さん二人は、オレと勝負しようぜ」

「あっ、あなたはこの間の男の娘!」

 絵衣子は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「ああそうだ。この間はよくもやってくれたな。根暗っぽい姉ちゃん、くらえーっ!」

 副団長の少年はそう言うや絵衣子に飛びかかり、両おっぱいを服越しに鷲掴みしてくる。

「こっ、こら。おっぱい揉まないで。力抜けちゃうけん」

 予想以上のすばやい動きだったため、絵衣子はちょっぴり動揺してしまった。

「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、絵衣子お姉ちゃんのおっぱい触っても楽しくないよ」

 緑莉は少年の背中をぺちぺち叩く。

「おまえのはまだぺったんこだから触りがいがないんだ。あと三年は待ってくれ」

 少年は尚も絵衣子へのおっぱい揉みをやめてくれない。

「みんな頑張れーっ!」

「アタシ、期待してるよ」

 ミニサイズの紗帆とリャモロンは檻の中から温かいエールを送ってくれた。

「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、その言い方失礼だよ。くらえっ! 水風船爆弾っ!」

 緑莉は手提げ鞄から水風船を取り出し、少年の背中に向かって何個も投げつける。

「ぎゃっ、うわっ、卑怯だぞおまえ」

 怯む少年、

「卑怯じゃないもん」

 緑莉は続いて水鉄砲を取出し、少年の顔面目掛けて発射。

「うおっ!」

 少年、とっさに右手で顔を覆う。

「次はこれだよ」

 緑莉、今度はシャボン玉を吹いた。女の子退治後、近くのファミレスで食べたお子様ランチについて来たやつだ。

「ちょっと待て、シャボン玉液が目に入るだろっ!」

少年、顔の周りに多数のシャボン玉をまとわされ両手で目を覆う。ついに怒って絵衣子の体から離れ、緑莉に襲いかかる。

「エッチな男の娘ね。さてと、あなたのパンツは、ワタシが脱がしてやるわっ!」

 解放された絵衣子は尚も敦史に圧し掛かり続けるポポピュロの側へ駆け寄り、スカートを捲った。

「あんっ、やっ、やめてぇ~」

 ポポピュロ、足をバタバタさせ必死に抵抗。

「パンダちゃん柄パンツかぁ」

 けれども敵わず。絵衣子にショーツを捕まれずるりと脱がされてお尻丸出しにしまう。

「なかなかきれいなお尻してるじゃん。手触りもいい」

「あーんもう、ぷにぷに触らないで。このお兄さんに剥がしてもらいたかったのにぃ」

「シールもパンダ柄かぁ。相当なパンダ大好きなのね」

絵衣子はにやりと笑い、ポポピュロのぷりんっとしたお尻に貼られていた、直径五センチくらいの丸っこいパンダさんのお顔柄シールをべりっと剥がす。

「いったぁ~い。もっとゆっくり剥がしてよ」

 ポポピュロは涙目に。剥がした部分がほんのり赤く染まっていた。

「剥がしたわ敦史お兄さん」

「ありがとう絵衣子ちゃん、急に軽くなった。これで動ける」

 敦史はポポピュロの両肩をぽんっと押す。

「きゃんっ」

 ポポピュロの体は簡単に敦史の体から弾き飛ばされ、M字開脚状態で尻餅をついた。

「うわっ!」

 敦史は気まずい面持ちでポポピュロから顔を背けた。

「ぃやーんもう、見ないで!」

ポポピュロはとっさに露にされた恥部を両手で覆い隠す。

「俺は見てないって」

「絶対見たぁっ!」

「見てないから」

 敦史とポポピュロ、押し問答。

「まだ生えてなかったね。ってことはアノ日もまだ迎えてないっぽいね」

絵衣子はくすっと笑う。

「女の子に見られたのはもっと屈辱だよう」

 ポポピュロは涙目に。

「敦史お兄さん、ポポピュロちゃんのお尻の汗が染み込んだこのシールいる?」

「いらねえ、そんな汚いの。絵衣子ちゃん、手、洗った方がいいよ」

「お兄さぁん、失礼よ。うち、これ貼る前にハイビスカスの香りの石鹸で念入りに洗ったんだからね」

 ポポピュロ、ますます悲しむ。

 そんな中、緑莉と副団長の少年が戦闘中。

「どうだ。オレのグァバ銃とマンゴスチン銃の威力は」

「あーん、服がべとべとぅ真っ赤っ赤。よそ行きのお洋服なのにママに叱られちゃうぅ」

 緑莉はけっこう苦戦しているようだ。

「緑莉ちゃん、俺が助けてやるからな」

 敦史は副団長の少年を取り押さえようと近づいていく。

 しかし、

「敦史くん、後ろ危ない」

「アツシさん、後ろ、後ろ!」

 紗帆とリャモロンからこんな警告が。

「ん? ぐわっ!」

 敦史が振り返った瞬間に、細い紐に体中を巻きつけられてしまった。

「どうよ、必殺あやとり縛り♪」

 技のかけたのはポポピュロだ。得意げに笑う。

「身動きとれねえ。うわっ」

 敦史、体を揺さぶってみたらバランスを崩して地面に転がってしまった。

「こらーっ、アタシの編み出した技パクらないで。著作権の侵害よっ!」

 リャモロンは怒り心頭だ。

「敦史お兄さん、ワタシがほどいたげるじょ」

「あたしも手伝うぅ」

 絵衣子と緑莉は敦史の側へ駆け寄っていくが、

「あやとりはまだあと二本あるのよ。それぇっ!」

「きゃぁっ!」

「しまった。油断したわ」

 ポポピュロに敦史と同じようにされてしまった。二人とももう一歩動こうとしたらバランスを崩し、地面に転がってしまう。

「これで攻撃し放題だな」 

 副団長の少年、にやりと笑う。

「うち、絵衣子っていう腐女子っぽい子、ボコボコに痛めつけたい」

「いいぜポポピュロ」

「やったぁ! うちのお尻の穴までばっちり見られた仕返ししてやるぅっ!」

 ポポピュロはにやにや笑いながら絵衣子の方へ近づいていく。

「くっそ、紐さえほどければ」

「ワタシ達、大ピンチだよ」 

「誰か助けてーっ」

 敦史、絵衣子、緑莉。自分で紐をほどこうとするがほどけず。

「敦史くん、緑莉ぃ、絵衣子ぉ。助けてあげられなくてごめんねー」

「アタシ、何も出来ないのが甚だ悔しいです」

 紗帆とリャモロンは心配そうに水槽越しに見守る。

 そんな時、

「皆さん、お待たせしました」

 涼香もようやく駆けつけてくれた。

「涼香お姉ちゃんだっ!」

「おう! 涼香お姉さん。ボロボロだけど、大丈夫?」

「うん、かなり苦戦したけど、偶然通りかかってくれた脩平さんのおかげで助かったわ」

 涼香は疲れ切ってはいたが、嬉しそうに伝える。神大キャンパスから走ってここまで来たらしい。

「あら、まだ仲間がいたのね。でも弱そう」

 ポポピュロは余裕の表情だ。

「そこの姉ちゃん、今日は思う存分揉ませてもらうぜ」

 少年は涼香に襲い掛かってくる。

「今日はくらわないわよ」

「それはどうかな?」

「きゃっ!」

 涼香はあっさりつかまえられ、押し倒されてしまった。

「アハハッ、弱ぁっ。あの子、まるでヤ○チャね。絵衣子って子、生尻を拝見させてもらうわよ。それだけじゃつまらないな。あんたのきちゃないお尻の穴無理やり広げてヤムイモとう○い棒ドリアン味プスッて突っ込んでやろうかしら。ちょうど持ってることだし。それからなわとびの鞭で十発くらい叩こうかな?」

 ポポピュロはにやにやしながら絵衣子の側でしゃがみ込む。

「あーん、屈辱だぁ」

 絵衣子は照れ笑いする。

「そう言いながらやけに嬉しそうにしてるじゃない。ひょっとしてあなた、マゾ?」

「いやぁ、嬉しくはないって」

「本当かしら? 絵衣子って子、うちは心優しいからお尻に突っ込む前に痛くないようにパーム油を塗ってあげるからね。そうしないと入らないだろうし。ついでにあんたのアンダーヘアーも観察してあげる。ジャングルなのかな? それともサバナかしら? 楽しみ♪ さてと、まず手始めにあんたのパンツの柄を拝見……あっ、しまった。こんなに縛り付けたらスカート捲れないじゃない」

 ポポピュロはそのことにたった今気付いたようだ。

「ポポピュロちゃんったら、ドジッ娘ね」

 絵衣子はくすっと笑った。

「こうなったら、スカートの周りだけ紐外してやるぅっ!」

 ポポピュロはスカートポケットから刃が変わった形をしたハサミを取り出した。

「あんたの生尻とくと拝見してから、次はそっちのお兄さんの生尻を」

「おーい、俺の尻見たって何も特しないぞ」

 敦史は呆れた表情で主張した。

「ワタシも敦史お兄さんの生尻見たい! ポポピュロちゃん、ワタシにも見せてね」

「いいわよ。まずうちが拝見してからね」

「よっしゃぁ!」

「二人とも、何打ち合わせしてんだよ」

 敦史はいらっとした表情を浮かべていた。

「あたしは敦史お兄ちゃんのお尻、一昨日見たばっかりだよ。今までにも何度も見たことがあるよ。しょっちゅうお風呂いっしょに入ってるもん」

 緑莉はにこにこ顔で伝える。

「緑莉ちゃん、そんなこと伝えなくていいから」

 敦史は穴があったら入りたい気分だった。

「羨ましい! どんな感じだった?」

 ポポピュロは興奮気味に質問する。

「パパのお尻よりは小さかった」

 緑莉はにこにこ顔のまま答えた。

「そっか。まだ成長途中だもんね」

「ワタシが最後に敦史お兄さんの生尻見たのは、もう五年以上は前になるかな?」

 絵衣子はにやついた表情で呟く。

「おまえら、いい加減にしてくれ」

 敦史、ますます居た堪れない気分に陥る。

「絵衣子って子も見たことあるのかよ。ますます許せなくなったわ。こちらの緑莉っていう女の子はかわいいから、足の裏こちょこちょ攻撃で許してあげる♪」

 ポポピュロはそう伝えてパチッとウィンクした。

「ええーっ、それは嫌だなぁ」

 緑莉は苦笑い。

「絵衣子って子、大人しくしてなさい! 動くと肌までブシュッて切れちゃうよ。この鋏はヤシガニの前肢から出来ててめっちゃ切れ味良いからね」

 ポポピュロは絵衣子のスカートに接している紐の結び目部分をチョキンッ、チョキンッ、チョキンッと三箇所切る。

「これでスカートずらせるわ」

 ポポピュロがにやついた表情でそう呟くや、

「スカートずらせるだけじゃないよ、ポポピュロちゃん」

 絵衣子はガバッと立ち上がった。

「あれ? 今ので全部ほどけちゃった?」

 唖然とするポポピュロ。

「そうみたい。ポポピュロちゃん、やっぱドシッ娘ね。これぞ真のヤシガニ事件♪」

 絵衣子はにっこり微笑む。

「絵衣子お姉ちゃん、自由になれたね」

「ポポピュロちゃん、自滅したな」

 敦史と緑莉は安堵の表情を浮かべた。

「こうなったら、実力で」

 ポポピュロは絵衣子に果敢に立ち向かっていく。手をグーにして絵衣子のお腹にパンチを食らわそうとしたが、

「ワタシとケンカして勝てると思ってるの?」

 絵衣子は余裕でポポピュロの体にガバッと抱きついた。

「よっと」

「あーん、おーろーしーてー」

 そして両手で抱き上げたのち片手で肩に担ぎ上げ、そのまま緑莉のもとへ。

「緑莉、じっとしててね」

「うん」

もう片方の手で地面に落ちたヤシガニ鋏を拾い、緑莉の体に接している紐の結び目を何箇所か切る。

これで緑莉の体は自由になった。

絵衣子は同じ要領で敦史の体に接している紐も、

「この格好のままの敦史お兄さんもなんか萌えるから、そのままに」

「こらこら絵衣子ちゃん。早く切れって」

「絵衣子、敦史くんで遊んじゃダメだよ」

「絵衣子お姉ちゃん、いじわるしないで早く切ってあげて」

「冗談、冗談。ごめんね敦史お兄さん」

 一回躊躇ったがすぐに切って、自由にしてあげた。

「絵衣子ちゃん、ありがとな」

「どういたしまして」

「さてと、あいつをなんとかしないとな」

 敦史はピコピコハンマーを持って、

「きみ、髪の毛の感触も良いね」

「あぁーん、やめて下さぁい」

尚も馬乗りで涼香を襲う少年に背後からそーっと近寄っていく。

「ちょっと後ろ、後ろ!」

 ポポピュロは少年に注意を促す。

「えっ!」

 少年はくるっと振り返って反応したが間に合わず。

「あいたぁっ!」

 ピコピコハンマー、おでこに直撃。少年は瞬く間にミニサイズに。

「あ~、また負けちゃった」

 少年、悔しがる。

「よぉし、上手くいった」

 敦史はにこりと微笑む。

「敦史さん、処女喪失の危機にあったわたしを救って下さり誠にありがとうございました」

「いや、礼なら絵衣子ちゃんの方に言って」

 涼香に満面の笑みで礼を言われ、敦史はけっこう照れてしまう。

「敦史お兄さんったら、謙遜しちゃって」

「あいてっ」

 絵衣子に背中をパシッと叩かれてしまった。

「ポポピュロちゃん、もう降参した方がいいんじゃない?」

 絵衣子はにやけ顔で問い詰める。

「この状況じゃ、勝てそうにないわ。降参」

 ポポピュロはしょんぼりした様子でそう告げた。

 しかしその直後、

「……なーんて言うと思った? これでも食らいなさい!」

 ポポピュロはにやりと笑い、ポケットから棘棘したある物を取り出して地面に叩き付けた。

 ボォォォーンと音を立て破裂する。瞬く間に辺りに強烈なにおいが立ち込めた。

「どうよ。必殺ドリアンボム。日本人にはこの香り耐えられないでしょう?」

 ポポピュロは得意げにほくそ笑んだ。

「ナイス、ポポピュロ。普通の日本人なら臭過ぎて気絶するだろうな」

 ちっちゃくなった副団長もほくそ笑む。

「ポポピュロちゃん、ワタシがその程度で怯むと思った?」

 しかし最も至近距離で食らった絵衣子を始め、

「臭いけど、まあなんともないな」

「わたしもかなり臭いですが我慢は出来ます」

「あたしはいい匂いに感じるよ」

 他のみんなも平然としていた。

「あれ? なんで耐えられるの?」

「うっ、嘘だろ?」

 ポポピュロと副団長は口を大きく開け、唖然とする。

「みんな、修行の成果がありましたね」

「おめでとう! 私もいい匂いに感じれたよ」

 リャモロンと紗帆の所まで匂ってくるも、二人とも嬉しそうに微笑んだ。

「さあどうする? ポポピュロちゃん」

 絵衣子は再び問い詰めた。

「降参よ、降参。うちを痛めつけるのはやめて、お願い」

 ポポピュロはやや怯えた様子であっさり負けを認めたようだ。 

「はい、はい。もう悪さしちゃダメじょ」

 絵衣子はポポピュロをそっと地面に下ろしてあげた。

「おまえもそんなかわいい顔で悪さするのは勿体無いぞ」

「分かった、分かった」

 敦史は副団長を元のサイズに戻してあげる。

 その直後、

「この水槽、ふたに鍵がかかって開かないよーっ!」

 緑莉が叫んで伝える。

「ポポピュロちゃんか女みたいな少年、早く紗帆ちゃんとリャモロンちゃんを解放してやれ」

 敦史が命令すると、

「分かりましたわ」

 ポポピュロは素直にスカートポケットから鍵を取り出して水槽のふたを開け、中から出してあげた。ちなみにいっしょにいた昆虫や節足類や爬虫類達はリャモロンの攻撃によって気絶させられ、隅っこに積み上げられていた。

「これは敦史お兄さんがやってあげた方がいいっしょ。好感度的に」

「俺がやるのか?」

ミニサイズの紗帆とリャモロンは、敦史にピコピコハンマーでそっと叩かれ無事、元のサイズへ。

「敦史くん、ありがとう」

「アツシさん、サンキューです」

 紗帆とリャモロンは敦史の手をぎゅっと握り締めた。

「いや、べつに当たり前のことをしただけだから」

 敦史は慌て気味に主張する。マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、敦史の両手のひらにじかに伝わって来たのだ。

「敦史お兄さん照れてる照れてる。ともあれワタシ達の勝ち決定じゃね」

「これでNIWA団全員やっつけたね」

 絵衣子と緑莉は満面の笑みを浮かべる。

「安心するのはまだ早いわ。じつはね、まだあとNIWA団の残り二人が今頃西の原宿、アメ村を荒らしてるはずよ」

 ポポピュロは得意げな表情で伝える。

「アメ村かぁ。昔家族旅行で大阪行った時に寄ったことあるけど、私は人が多過ぎて落ち着かなかったな」

「俺も中学の頃行ったことあるけど、好きになれなかったな、アメ村の雰囲気は」

「まだ残ってたのね。今から退治しに行かなきゃ」

 リャモロンはやや険しい表情でそう呟いてほどなく、

「ポポっちぃ」

「ポポッピュ、聞いて聞いて」

 二人の少女が菱餅のような形の飛行物体に乗って、近寄って来た。

 二人ともポポピュロと同い年くらいに見えたが、派手な服装でギャルっぽい雰囲気の子だった。

(あのケバケバした風貌、脩平が一番嫌いなタイプだって言ってたな。まあ彼女らもオタクっぽい風貌のやつは一番嫌いなタイプなんだろうけど)

 敦史は心の中でこう思う。

「ウチら、怖いお兄さんにからまれちゃったよう」

「アメ村怖かったよぅ。もうザビコサ王国へ帰りたぁーい」

 二人の少女は震えた声でこんなことを伝えてくる。

「あーんもう。まあうちも日本人に結局負けちゃったし、人のこといえないけどね」

 ポポピュロはてへっと笑った。

「これで完全に俺達の勝ちってことでいいな?」

 敦史が確認を取ると、

「うん、うちらNIWA団の負けや」

「オレ達の負けでいいよ」

 ポポピュロと副団長の少年はあっさり負けを認めた。

「あなた達の乗って来た潜水艦はどこにあるの? 教えなさい!」

 リャモロンが問い詰めると、

「吉野川に沈めてあるわ。うちらのあと付いて来て」

 ポポピュロがすぐに答えてくれた。彼女は空飛ぶゴザに副団長の少年といっしょに乗り、少女二人組も菱餅的な飛行物体に乗って、徳島の方へ向けて飛び立っていく。

「空飛ぶ畳壊されちゃったから、エイコちゃん達のに乗せてもらうね」

「リャモロンさん、この空飛ぶゴザは、最大何人まで乗れるのかしら?」

「四人よ」

「それじゃ、わたしもこっちに乗るわ。敦史さんと紗帆さんは二人きりで乗ってね」

「涼香お姉さんナイス提案♪」

「えっ!」

 戸惑う敦史。

「操縦出来るかな?」

 紗帆は気まずいと思う気持ちはなく、このことが心配なようだ。

「自動運転なので全く問題ないですよ。ではお先に」

 リャモロン、涼香、絵衣子、緑莉の乗った空飛ぶゴザは、先に出発。

「……それじゃ、俺達も行こう」

「そうだね」

 敦史と紗帆、ちょっぴりぎこちない様子で空飛ぶゴザに飛び乗り、少し遅れて出発した。数十秒でリャモロン達の乗ったゴザに追いつく。ポポピュロ他三名のNIWA団員はそのさらに二〇メートルほど先を飛んでいた。

「スズカさん、ミドリちゃん、きれいにしますね」

「ありがとうございます」

「ありがとうリャモロンお姉ちゃん、これでママに叱られずに済むよ」

飛行中に、リャモロンはあの掃除機で涼香と緑莉の服や体にまとわりついたべとべとした汚れをきれいに吸い取ってあげた。

  ☆

「この場所よ」

吉野川河川敷、徳島市民吉野川運動広場の一角に辿り着き、ポポピュロがリモコンボタンを押すと浮かび上がって来た物体に、

「雪だるまさんだぁっ!」

「これまたユニークな形の潜水艦だな」

「巨大雪だるまだね。私、乗ってみたいな」

「本当にあれ、潜水艦なのでしょうか?」

「他にそれっぽいの無いけん、きっとそうっしょ。入口どこなんじゃろ?」

 敦史達日本人五人はあっと驚く。

それは地面と接するように浮かんでおり、高さは三メートルくらいあった。

「ザビコサ王国で造られた飛行機や船は雪像や工芸品や民芸品、動物、野菜や果物型がほとんどよ」

 リャモロンが伝えた。

「ちなみにあの潜水艦は三十人乗りなの。見かけではそんなに乗れそうにないけど中はかなり広いわよ。雷に直撃されない限り最高時速が六〇キロしか出せないのは不満だけど」

 ポポピュロは説明を加える。

「やっと解放されたー」「暑かったなりー」「みんなやられたのか」「日本人人強いな」

リャモロンは三つの懺悔ハウスから、収監したNIWA団員達を出してあげ、元のサイズに戻してあげた。

「日本人の強さが分かってもらえたでしょ。みんな、今すぐNIWA団を解散しなさい!」

 そのあとNIWA団員みんなに厳しく命令する。

「分かったよ。オレ達じゃ日本や日本人を困らせることなんて、何も出来そうにないし。日本は広かった」

「うち、もうやらないって。日本人は手ごわかったわ」

 副団長も団長も、

「おいらももう日本荒らすの金輪際やめる」

「おらもだ。怖い思いはもうしたくねえ」

「ぼくちんももう日本征服作戦はこりごり」

 他の団員達もみんなすっかり反省しているようだ。

「本当にそうしてね」

 リャモロンはにこっと笑って念を押す。

その直後、

「こらぁっ! 慎之介ぇっ、母ちゃんにナイショで日本へ行ってイタズラしてたのね」

 どこかからこんな声がこだました。

「かっ、母ちゃんっ!!」

 副団長は途端にお顔が蒼ざめた。

 こいつの本名、ついに判明である。少女っぽい容姿だが名前はしっかり男だった。

「まったくあんたって子は、学校サボってこんなバカなことして」

「かっ、母ちゃん。オレが悪かったって。ぎゃぁっ! ひどいよ母ちゃん」

 副団長の少年はドリアン型の蒸気船から降り立った、三〇代後半くらいで恰幅のいい紫色ロールヘアの母ちゃんにサッと担ぎ上げられショートパンツとトランクスをずるりと脱がされ、お尻ペンペンされる。

「この男の子、慎之介くんっていうんだね」

「めっちゃ日本人名じゃん。生尻きれい、しっかり目に焼付けとこ」

「お姉ちゃんみたいなのに、ク○ヨンしんちゃんと同じ名前だね」

「なかなかいいお尻の叩き方ですね」

「外国人って感じが全くしないな」

「ザビコサ王国民は日本人名の子も多いよ」

 紗帆達は思わず笑ってしまう。

「日本人の皆様、うちの慎之介が多大なご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。二度と勝手に日本へ行かないよう、しっかり注意しときますので。これ、お詫びの品です。皆様で分けて下さいませ。五月いっぱいまで持ちますよ」

「あっ、どうも。重ぉっ」

 慎之介くんの母ちゃんは敦史に、トロピカルなデザインの手提げ紙袋を手渡して来た。

 中を見てみると、パッケージにドリアンの果実と、中身が黄色く詰まったチョコレートの写真が付いた、ドリアンチョコが合計十箱。ちなみに一箱四〇個入りだった。

「これもザビコサ王国自慢の名産品よ」

 リャモロンは笑顔で伝える。

「リャモロン、慎之介を日本へ来させてしまってごめんね。ほら、慎之介も謝りな」

「いっ、て、て、てぇ。ごめんリャモロン」

 慎之介くんの母ちゃんはリャモロンに向かって深々と頭を下げて謝罪。慎之介くんも無理やり下げさせられていた。

「いえいえ。アタシ全然気にしてないので」

 リャモロンは苦笑いを浮かべる。慎之介くんのことを少しかわいそうに思ったようだ。

「ほら慎之介、帰るよ」

「痛いよ母ちゃん、耳引っ張るなって。この三段腹、三九歳」

「慎之介ぇ、帰ったらしっかり父さんに厳しく叱ってもらいますからねっ!」

 慎之介くんは母ちゃんにドリアン型蒸気船に無理やり乗せられ、一足先にザビコサ王国へ帰らされた。

他の元NIWA団員達も雪だるま型潜水艦に、胴体部分に設けられた横開き自動扉を通ってぞろぞろ乗り込んでいく。

「あなた達、二度と日本に攻めてくるようなことはしちゃダメよ。来るなら観光か留学目当てにしなさいね」

 リャモロンは念を押して注意。

「分かった。日本のみんな、今度は普通に観光しに来るよ。ほな、おおきに」「それでは日本の皆様、グッバイ!」「日本人、またいつかお会いしましょう。ぼくちんのことも忘れないでね」「また来るぜ」「またアキバに行くなりー」「ぼくは今度来る時は、雪遊びがしたいなぁ」「日本の皆様。またいつかお伺い致しますね」

 元NIWA団員達は窓になっている目玉や口の部分から敦史達に向かって別れの言葉を告げる。彼らの乗った潜水艦は、窓が閉じられたのち動き出し、徐々に沈んでいきながら太平洋へと向かっていく。 

「あたし、NIWA団とまた戦いたいなぁ」

「ワタシもーっ。NIWA団のみんな、そんなに悪そうな感じじゃなかったね。平和な国の悪ガキ集団やけん、日本の悪ガキ集団と比べたら大人しいっしょ」

「そうだな。慎之介ってやつが母さんに引っ張れて行く無様な姿は笑えた」

「私、戦いはしたくないな。お友達になりたいよ」

「わたしも同じく」

「あいつら口では反省してるように言ってたけど、また襲ってくる可能性は無きにしも非ずだと思うわ。指揮を執るはずのアタシが一番足手まといになってしまって申し訳ない。みんな本当にありがとう。みんなのおかげで日本の平和は守られました」

 リャモロンは深く感謝の言葉を述べる。

「いやいや、俺はリャモロンちゃんが一番活躍してたと思う」

「そんなことないですよアツシさん。危険な目に遭わせてしまって申し訳ないです」

「気にしないでリャモロンちゃん。俺、今回の戦いけっこう楽しかったよ」

「わたしもヒーローショーに出れたみたいで、すごく楽しかったです」

「私も、けっこう楽しめたよ」

敦史と涼香と紗帆は満足そうに伝えた。

「あたしはもっと戦い楽しみたかったな」

「ワタシももっと激闘を繰り広げたかったぁーっ!」

 緑莉と絵衣子はちょっぴり名残惜しそうにする。

みんなは再び空飛ぶゴザに乗り、それぞれのおウチへ。

目的を果たせたリャモロンも、まだザビコサ王国へは帰らずに、当初の予定通り今夜も木内宅でお世話になることにした。

      ☆

 三姉妹とリャモロンが帰宅した午後六時半頃には、すでに夕食が出来上がっていた。

「おう、すき焼きだぁ! それに、お刺身もいっぱい♪」

 リャモロンは並べられていたメニューに目を奪われ、大喜びする。

「リャモロンちゃんと明日お別れだから、今夜は少し豪勢にしたわよ」

「ありがとうございます。おば様、おじ様。この度は大変お世話になりました」

「いえいえ、そんな」

「ぼくの方こそ、リャモロンちゃんに感謝すべきだと思う。貴重な体験が出来たし」

 両親は謙遜気味だ。

「緑莉と絵衣子と紗帆は、リャモロンちゃんとお別れの挨拶しなくていいの?」

 母ににっこり笑顔で問われると、

「だって月曜に普通に学校で会えるし」

「私も学校行く途中で会えるから」

「あたしは下校途中で会えるよ」

 三姉妹は爽やかな笑顔で嘘を伝えておく。

「そういえば今朝九時頃、徳島大学常三島キャンパスと徳島中央公園、徳島駅周辺一帯で立て続けに異臭騒ぎがあったみたいだけど、みんな大丈夫だった? 夕方の県内ニュースでやってたわよ」

 母は次にこんな質問をして来た。

「そんなのがあったの?」

「ワタシ知らないじょ」

「あたしもーっ。もうバスに乗ってたもんね」

 三姉妹は一応知らないふりをしておいた。

    ※

 午後八時頃。敦史の自室。

「駆け回ろうよ動物の森3、すごく面白いですね。ザビコサ王国のゲームショップでももう売られてるかな?」

「リャモロンさんにも楽しんでもらえて光栄です。おそらく今週の売り上げトップになること間違い無しの日本で大人気のテレビゲームですよ。海外でもこのシリーズ人気あるみたいです」

「ワタシと同じ部活の子にももう持ってる子が何人かいたじょ」

「あたしのお友達も嵌ってる子が多いよ。3DS版もめちゃくちゃ面白いよ」

「敦史くんはこのゲーム、あまり興味なさそうだね」

「だってこれ、女の子向けだろ。あの、みんな、俺の部屋でやらなくても……」

 リャモロン日本滞在最後の夜ということで、敦史と三姉妹とリャモロンと涼香、みんなで集まりテレビゲームなどをして楽しむ。頂いたドリアンチョコを時折口にしながら。

 その最中、

「あっ、ママから電話だ」

 リャモロンのスマホの着信音が鳴ると、リャモロンはすぐに通話アイコンをタップした。

『リャモロン、NIWA団退治、よく頑張ったね』

「うん、ほとんど日本人のお友達のおかげだけど。ママ、日本時間換算で明日の夜にはそっちへ着くように帰るね」

『いや、帰らなくてもいいのよ』

「えっ!?」

 予想外の返答に、ぽかんとなるリャモロン。

 そのあとママから衝撃発言。

『ママとパパも、日本へ引っ越すことにしたから。リャモロンには言わなかったけど前々から計画してて、別荘のような感じだけど新居ももう決まってるの』

「えっ!! ザビコサ王国でお仕事あるでしょ?」

『それなら心配ないわ。最高時速一万キロ出せる最新式の超高速ジェット機を、ザビコサ王立大学院の理工学研究者に造ってもらったから、すぐに行き来出来るし』

「そっ、そうなんだ。新居って日本のどこ?」

『住所は徳島市の……』 

「そこって、アタシがお泊りさせてもらったここの近くじゃ」

「地区名同じだし、番地も近い。俺んちからけっこう近いぞ」

「敦史くんちから四軒隣のあのおウチじゃないかな?」

 敦史と紗帆の耳にも届いたようだ。

「そういえば、そこ、入居者募集中って看板があったな。あそこか?」

「ってことは、ワタシと同じ中学に通うってこと?」

 絵衣子も反応する。

「ママ、それじゃ、アタシの通う学校は?」

『市立鷹富(たかとみ)中学よ。明後日月曜から通えるよう、もう留学手続きは済ませてあるの。制服その他学用品の用意も出来てるわよ』

「あっ、そっ、そう?」

 突然の予想外の報告に、当然のように動揺するリャモロン。

「やっぱ同じ中学じゃん! やったぁ!」

「ということは、私達と近くで過ごせるってことだね」

「いっしょに学校も通えるね。リャモロンお姉ちゃん、これからもよろしくね」

「リャモロンさん、嘘から出たまことになったね」

 三姉妹と涼香は大喜びする。

「まさかこんなことになるとはな」

 敦史はちょっぴり気まずい心境だ。

『リャモロン、明日直接迎えに行くわ。今いる場所の座標を教えてくれない?』

「分かった。ちょっと調べるね。えっと、東経一三四度三十……」

 リャモロンがスマホを眺めながら経度・緯度をミリ秒単位まで詳しく伝えると、

『あら、新居とほとんど同じ場所なのね。経度で一秒ちょっとしか違わないじゃない。緯度は秒単位まで同じだし』

 母は少し驚いた様子だった。

 三姉妹はこの事実は、両親にはリャモロンちゃんの家族が、ちょっと遠い場所にあるマンションからこのすぐ近くの一軒家に引っ越してくるというように伝えたのであった。

     ☆

 午後十一時半頃、伊月宅。

「ピコピコハンマーで叩いたら小人になった、あの昼間の出来事は夢でありますよね? あんな魔法少女アニメ世界のような現象、現実世界では物理学的に考えて起こるわけがないしぃ。僕はきっと白昼夢を見ていたのでしょうね」

 脩平は自室のベッドに寝転がり、アイザック・ニュートンの自叙伝を読みながら自問自答していた。

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