第二話 みんなでいっしょに銭湯へ 銭湯で戦闘モードに?

次の朝、七時頃。

「ふわぁ、よく寝たー」

 紗帆は目覚まし時計の音で目を覚ました。

「おはようございます、サホさん」

 リャモロンも同じようなタイミングで目を覚まし、むくりと起き上がる。

「おはようリャモロンちゃん」

紗帆はいつもの髪型に整え、制服に着替え始めた。

「日本はこの時期、朝はまだ寒いですね」

 リャモロンはカタカタ震えていた。

「今朝は一四℃くらいあって昨日より暖かいけど、リャモロンちゃんにはそう感じるのか」

「ザビコサ王国の平地では二〇℃すら切ること滅多にないですから。あの、アタシもサホさんの学校へついて行きます。日本の学校も体験したいので」

「それは、ちょっとまずいかも」

 紗帆は困惑顔を浮かべる。

「大丈夫です。アタシ、コンパクトになりますから」

 リャモロンはそう伝えると、トートバッグから打ち出の小槌的な形のピコピコハンマーを取り出して自分の頭を軽く叩いた。すると、

「リャモロンちゃんがちっちゃくなっちゃった。一寸法師の逆だね」

 リャモロンは十センチくらいの手乗りサイズになったのだ。

「サホさん、元に戻りたいので、これでアタシの頭を軽く叩いてね」

「分かった。気をつけてやるよ」

 紗帆はピコピコハンマーをつかみ、ミニサイズのリャモロンの頭をそーっと置くようにして叩く。

「サンキュー、サホさん」

 そしてリャモロンは瞬く間に元のサイズに。

「すごいねこれ。私も叩いたらミニサイズになれるのかな?」

「はいもちろん」

「それじゃ、やってみようっと」

 紗帆も自分の後頭部を軽く叩いてみる。

「上手くいった。巨人の世界に入り込んだみたい」

見事十センチくらいのミニサイズになった。さっそく部屋を見渡してみる。

「おっはよう! 紗帆お姉ちゃん、リャモロンちゃん」

「紗帆お姉さん、リャモロンちゃん。おはよー」

 ほどなく緑莉と絵衣子が入ってくる。

「きゃっ、きゃあっ! あの、緑莉、絵衣子。下をよく見て!」

 紗帆はもう少しで踏み潰されそうになった。

「あっ! 紗帆お姉ちゃんが、一寸法師みたいになってるぅ」

「ミニサイズの紗帆お姉さんめっちゃかわいいじょ。これもリャモロンちゃんの国の科学技術の力?」

 緑莉と絵衣子はしゃがみこんで楽しそうに観察する。

「はい!」

「あたしも試したーい」

「ワタシもーっ。これで叩けばいいんだよね。進○の巨人ごっこやったら楽しそう」

 こうして緑莉と絵衣子もミニサイズに。

「この格好のまま、敦史お兄ちゃん起こしに行こう!」

「それはいい案だね。いつもはベランダから敦史くんのお部屋に向かってタンバリンかトライアングル鳴らして起こしてるけど、今日は直接起こしに行こう」

「敦史お兄さんどんな反応するか楽しみじょ♪」

「じゃあ、アタシもまたちっちゃくなるね」

 ミニサイズになった四人は、リャモロン所有の空飛ぶハンカチの上に乗った。

「私、アラジンになった気分だよ」

「リャモロンお姉ちゃんの空飛ぶハンカチ、乗り心地すごくいいね」

「本当、最高じゃっ! こんな体験出来るなんてワタシ夢にも思わなかったじょ」

「楽しんでもらえてよかったです」

空中を漂いながら紗帆のお部屋の窓を抜け、後藤田宅へ移動し、敦史のお部屋へベランダの窓から侵入する。

「敦史くんまだ寝てるね。寝顔かわいい。敦史くーん、朝だよーっ!」

「敦史お兄さん、朝ですよ」

「敦史お兄ちゃん、おっはよう!」

「アツシさーん、おはようございまーす! 今日はとってもいい天気ですよ」

 四人が叫びかけると、

「あー、分かった、分かった……今日はやけに声が近くから聞こえるなぁ」

 敦史はすぐに目を覚ました。

「あれ? 誰もいない。この部屋に来てると思ったんだけど」

 起き上がって周囲をぐるっと見渡してみる。

「敦史くーん、ここだよぅ」「敦史お兄ちゃん、こっち見てーっ!」「敦史お兄さん、ここじょ」「アツシさん、やっほー」

「うわぁっ!」

 空飛ぶハンカチに乗ったミニな四人の姿に気付くとあっと驚いた。

「これって、リャモロンちゃんのしわざか?」

 けれどもすぐに冷静になり、こう問いかけた。

「うん、特製のピコピコハンマーで叩いて小さくなったの。それじゃ、またねアツシさん」

「敦史くん、とりあえずさようなら」

「敦史お兄さん、やっぱ勘が鋭いね」

「じゃあまたね、敦史お兄ちゃん」

 四人はこの部屋の窓から出て、紗帆のお部屋へ戻っていった。

「どんな原理なんだろう? 魔法としか言いようがないだろ」

 敦史はザビコサ王国民の科学技術力の高さに改めて驚かされたようだ。

「重たい、重たい」

 ミニリャモロンは力を込めてピコピコハンマーを持ち上げ、

「あいてぇ、強く叩き過ぎちゃった」

 自分の後頭部を叩く。こうして元のサイズに戻ったリャモロンは、緑莉、絵衣子、紗帆の順に頭をそっと叩いて元のサイズに戻してあげた。

すでに着替え終えていた紗帆と緑莉は一階へ。

絵衣子はリャモロンを連れて自室へ。

「エイコちゃんの制服姿も似合ってますね」

「ワタシは古くてダサいと思ってるけど」

「アタシは素敵な制服だと思うよ。ザビコサ王国ではセーラー服と学ランは大人気なの」

「ほうなん?」

「暑いので着ずに観賞用にされることが多いけどね」

「熱帯らしいじょ。リャモロンちゃんの学校って、制服あるの?」

「あるよ。でも日本みたいに衣替えはなくて、いつも夏服の半袖ポロシャツに男の子は長ズボン、女の子はスカートだな」

「やっぱほうか。リャモロンちゃん今日も厚着じゃね。やっぱ寒さに弱いんじゃね」

「うん、四月下旬の徳島ではシャツの上、長袖一枚の人が多いみたいだけど、アタシは分厚い長袖セーターと下にもう一枚ブラウス着てないと寒くて堪らないよ」

「暑さに強いのは羨ましいじょ。リャモロンちゃん故郷では普段どんな服装してるの?」

「ノースリーブのTシャツにショートパンツ、素足にサンダルよ」

「ほうなんじゃ。お風呂以外で、全裸で過ごすことはある?」

「それはないな。はしたないよ。下着一枚ならあるけど」

 絵衣子とリャモロンがこんな会話を弾ませていたのと時同じく、

「おはよう敦史、紗帆ちゃんちに遊びに来てる、リャモロンちゃんって子に浮気はしちゃダメよ」

「母さん、そんな心配全くないから」

 後藤田宅ではキッチンにてこんなやり取り。父はすでに出勤済みだ。

木内宅でも朝食タイムが始める。

「おう、卵かけご飯にお漬物に味噌汁だ!」

 キッチンテーブル上に並べられていたメニューに、リャモロンは釘付けになった。

「いつもはトーストかシリアル食品、目玉焼きか玉子焼きかベーコンエッグ、サラダの組み合わせなんだけど、今日はリャモロンちゃんのために和風にしてみたよ」

「お気遣い、誠にありがとうございますおば様」

「どういたしまして。そういえば、リャモロンちゃんは私服なのね」

 母に不思議そうに突っ込まれると、

「制服が間に合わなかったので」

 リャモロンはちょっぴり慌て気味に説明した。

「そっか」

 母はにっこり微笑む。

「卵かけご飯、久し振りだね」

「たまには和風もいいね」

「ママ特製の卵かけご飯、梅干しやおネギやシラスも入っててすごく美味しそう。いただきまーす」

 三姉妹もけっこう喜んでいた。

「リャモロンちゃんちの朝食は、普段どんなものを食べるのかしら?」

「焼き魚と味噌汁とお漬物とご飯ですね」

「あら和風なのね」

「アタシの住んでる街ではそういう家庭多いですよ」

「そっか。和食がインドネシアでも流行ってるようで嬉しいわ。納豆は人気あるのかしら?」

「臭いので、苦手な人が多いですね。アタシの生まれ故郷では、納豆のにおいを消すためにココナッツミルクやナンプラーをぶっかけて食べるのが普通ですよ」

「そうなんだ。今度試してみようかしら」

 リャモロンと三姉妹の母、こんな会話も弾ませる。

 木内宅も三姉妹の平日朝食時には父はすでに出勤済みだ。

     ※

「敦史、お弁当入れ忘れてるよ」

「あっ、いっけね」

敦史が身支度を整えた七時五〇分頃。ピンポーン♪ と後藤田宅のチャイムが鳴らされ、カチャリと玄関扉の開かれる音と共に、

「おはよー敦史くん」「おっはよう! 敦史お兄ちゃん」「おはようございまーす」

 紗帆ののんびりとした声と、緑莉の元気で明るい声と、絵衣子の眠たそうな声が聞こえて来た。

「おはよう、アツシさん」

 続けてリャモロンの爽やかな声も。

「おはよう、すぐ行くから」

 敦史は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。

三姉妹は学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに敦史を迎えに行くのが昔からの習慣となっていたのだ。今日はリャモロンも加わって五人でいっしょに通学路を突き進む。

「おう! 立派な和風建築がありますね。鬼瓦も付いてる」

リャモロンは初めて見る外の景色に好奇心いっぱいだ。

「新築で、まだ誰も住んでないみたいだよ。ねえ、リャモロンお姉ちゃんの学校は給食ってあるの?」

「うん、小中ではあるよ。日本の学校を真似て三〇年くらい前から始めたみたい」

「そうなんだ。どんなのが出るの?」

「タピオカとかナシゴレンとかグリーンカレーとかトムヤムクンとかガドガドとか、蝙蝠のスープとかライギョやナマズの塩焼きとかイリエワニのステーキとか、タガメやサソリやコオロギの唐揚げとかだな。日本の給食では出ないでしょ。飲み物は牛乳じゃなくてココナッツミルクやジャスミンティーなの。月に一回くらいヤシの実ジュースが出るよ」

「ふぅん。ザビコサ王国の学校給食も、あたし一度食べてみたいなぁ」

「一部を除いて私も食べてみたいよ」

 紗帆は苦い表情で呟く。

「日本人には馴染みないのも交じってたよね」

 絵衣子はくすっと笑った。

「郷土料理が出るってわけか。給食、高校入ってからまだそんなに経ってないけど懐かしく感じるな」 

「私もまた食べたくなっちゃった。高校はお弁当持参か購買か学食だもんね」

「ワタシも高校入ったら給食が懐かしく感じるようになるのかな?」

「今日は給食はあたしの好きなものばかりで最高なんだけど、五時間目に四年生になって初めての算数のテストがあるよ。嫌だなぁ。リャモロンお姉ちゃん、あたしの学校にもぜひ遊びに来てね」

「うん、ミドリちゃんとエイコちゃんの学校にも遊びに行くよ」

「楽しみにしてるよ。それじゃあね」

 後藤田宅の門を出て百メートルほど先の、最初の曲がり角で緑莉は別れを告げる。ここから三〇メートルほど先の小さな公園が集団登校の集合場所となっているのだ。

「緑莉ちゃん、相変わらず算数苦手みたいだな」

「ワタシも数学二年生になってますます苦手になっちゃったじょ」

「私も高校に入って急に難しくなったと感じてるよ」

 絵衣子と紗帆は苦笑いで伝える。

「俺は今も数学得意だけどな。ザビコサ王国でも算数・数学嫌いな子って多いのか?」

 敦史は気になって尋ねてみた。

「日本よりは少ないと思うよ。ザビコサ王国は理系国家だから。アタシも好きだし」

 リャモロンはにっこり笑顔で答える。

「そうなのか。ザビコサ王国は未来も明るいな」

 敦史が感心気味に呟いた直後、

「きゃっ!」

 紗帆は突然悲鳴を上げた。そして顔をぶんぶん激しく横に振る。

「あーん、飛んで行ってくれなーい。絵衣子かリャモロンちゃんか敦史くぅん、早くとってぇ。耳の裏側」

 街路樹の葉っぱから落ちた虫が止まったのだ。

「紗帆お姉さん、テントウムシくらいで怖がってちゃダメじゃん。ここは敦史お兄さんが取ってあげて」

「分かった」

 敦史は紗帆の後頭部を軽くぺちっと叩く。

「あいてっ」

するとそのテントウムシは弾みでようやくどこかへ飛んで行った。

「敦史くん、痛かったよ」

「ごめん紗帆ちゃん」

「敦史お兄さん、なんで直接掴まなかったん?」

「虫を直接手で触るのは、ちょっと抵抗が」

「敦史お兄さんも情けないじょ。二人とも、高校生なんやけん昆虫嫌いは克服しなきゃ」

「でもね」

「虫の類は大人になるに連れて嫌いになっていくものだと思うけど俺は」

「私もそう思う。これからの季節、歩いてる時とか自転車に乗ってる時とかに虫に激突する確率が上がるのは憂鬱だよ」

「アタシの住んでる街は夏の日本以上に虫が飛び回ってるよ」

「ザビコサ王国は熱帯雨林気候だもんね。私は住めないよ」

その後も四人仲睦まじく楽しそうにおしゃべりしながら歩き進んでいき、

「リャモロンちゃん、空中移動する場合は鳥や電線に気をつけてね。ほなまた夕方」

後藤田宅から八百メートルほど先の交差点で絵衣子とも別れた。

「それではアタシ、そろそろコンパクトになりますね」 

 リャモロンはトートバッグからピコピコハンマーを取り出し、自らミニサイズに。

後藤田宅から二人が通う徳島城松高校までは約一.三キロ。木内宅と共に惜しくも自転車通学禁止区域に指定されているのだ。所属する一年五組の教室に辿り着くのは、いつも八時一五分頃。この二人は小六の時以来、久し振りに同じクラスになった。芸術選択で同じ書道を取ったため、なれる確率も高かったのだ。

「涼香ちゃんおはよー。リャモロンちゃんがミニサイズになったよ。ほら」

 紗帆は自分の席へ向かう前に、先に来ていた涼香のもとへ。

「あら、かわいい♪ 手乗りリャモロンさんですね」

「やっほー、スズカさん」

「リャモロンさん、わたしの手にも乗ってくれない?」

「はい喜んで」

「ありがとう。今の動きもかわいかったです」

「リャモロンちゃん、小鳥みたいだったよ」

 紗帆と涼香とミニリャモロンで小声でこんな会話を交わしていた時、

「やぁ敦史君、おはよう」

「おはよう脩平」

敦史の幼稚園時代からの幼友達、伊月脩平(いつき じゅんぺい)が登校して来た。中学入学以来今に至るまで校内テストで学年トップの成績を維持し続け、現段階ですでに東大に合格出来そうな学力を有する超優等生だ。背丈は一七三センチありながら体重は五〇キロに満たない痩せ型。坊っちゃん刈り、四角い眼鏡、顎の尖った逆三角顔。まさにがり勉くんの風貌である。

「脩平さん、おはよう」

「脩ちゃんおはよう」

 涼香と紗帆が爽やかな笑顔でそんな彼に挨拶をすると、

「あっ、おはよう」

脩平はやや緊張気味に返し、自分の席へ。女の子が苦手なのは幼児期からだ。

「アツシさん、頭脳明晰っぽいお友達を持っていますね。いい戦力になってくれそう♪」

 ミニリャモロンはこっそり近寄って小声で話しかけた。

「脩平はケンカめちゃくちゃ弱くてびびりだぞ。戦力にはきっとならん」

 敦史も小声で伝える。

「……そうですか。見た目通りなのか」

 ミニリャモロンはちょっぴり残念がった。

     ☆

 一時限目、数学Ⅰの授業中。

「ペックチン」

と、紗帆の鞄の中に隠れていたミニリャモロンがくしゃみをしたため、

「ん? 何かな? 今の声」

教科担任や、一部のクラスメート達にちょっぴり不審に思われたが、ばれることなく次の二時限目の授業まで終え、休み時間に入ることが出来た。

「三時限目は化学かぁ。お休みタイムだね」

「紗帆さん、わたしもあの先生の授業眠くなってくるから気持ちはよく分かるけど、どんな授業でも真面目に聞かなきゃダメダメ」

「それは分かってるけど、どうしても眠くなっちゃうの」

「アタシの通う中学でも授業中に居眠りする子は多いですよ。日本の文化だと認識されてるみたい」

「そうなんだ。居眠りは日本の文化だけじゃなくて万国共通だと思うけど」

 紗帆がミニリャモロンを手のひらに乗せ、涼香といっしょに廊下を歩いていると、

「さっほ、かわいいぬいぐるみ持ってるね」

 突然、同じクラスの子に話しかけられた。

「うっ、うん」

 紗帆はビクッと反応してやや焦る。

「この女の子のお人形さん、うちもめっちゃ欲しい。どこに売ってたの? ヴィレッジ○ァンガード?」

「えっと、お母さんが買って帰ったから、よく分からないの。ごめんね」

 その子にミニリャモロンをぷにぷに触られ興奮気味に問いかけられ、紗帆は少し悩んだのちこう答えておいた。

「そっか。それじゃ自分で探そうっと」

 何とかごまかす事が出来、

「危なかったぁ」

「ミニリャモロンさんがお人形さんみたいな可愛さだったことが幸いしたわね」

紗帆と涼香はホッと一安心する。

「すごくくすぐったかったよ。アタシ、これからミドリちゃんの学校行って来るね」

「見つからないようにじゅうぶん気をつけてね」

 紗帆は小声で忠告。

「うん!」

 ミニリャモロンは空飛ぶハンカチに乗り、廊下の窓から外へ出て、緑莉の通う小学校へ向かっていく。

「徳島市内は川が多いな。さすが水の都……おしっこしたくなっちゃった」

 途中で尿意を催し、目に付いた小さな公園の草むらに降りた。

「一旦元に戻ろうっと」

 ピコピコハンマーを用い、元のサイズになると、公園内の公衆女子トイレに駆け込む。

(やっぱ日本に来たからにはトイレは和式でやらなきゃね。足が疲れてくるけど)

 和式便器を跨いでパパイヤ柄ショーツを膝のあたりまで脱ぎ下ろしてしゃがみ、満足げに用を足している最中、

「お嬢ちゃん、かわいいね。マレーシア人?」

 こんな声が耳元に飛び込んで来た。

(男の人の声!? 日本のトイレは男女分かれてるはずなのに)

 リャモロンは恐る恐る声のした方を振り向く。

「きゃっ、きゃぁっ!」

 声の主と目が合った瞬間に、甲高い悲鳴。

 すぐ前隣の個室上の隙間から、禿げかけすだれ頭の中年親父が覗いていたのだ。

「どうも、こんにちは。いや、スラマットゥンガハリかな? おじさんマレー語も少し話せるよ」

 中年親父はにやにやしながらそう挨拶して、すぐに顔を引っ込めた。

(アタシが勢いよくおしっこしてるとこ、前からばっちり覗かれちゃったぁ。この間の社会科の授業で先生が日本には変質者が多いって言ってたけど、被害に遭うなんて思わなかったよ。許さないっ! 天誅を下してやるわっ!)

 リャモロンはおしっこを出し終えると紙で拭かずにそのままショーツを履き、水も流さずに怒り心頭な心持ちで個室から出た。

「きゃぁぁぁっ~」

 途端にまた悲鳴を上げる。すぐ目の前にあの親父がいたのだ。まるでリャモロンが出てくるのを待っていたかのように。

「そんなに驚かないでよお嬢ちゃん、これからおじさんといっしょに遊ばない? 好きなお菓子買ってあげるよ」

小太りで、赤と白の縞々Tシャツに、デニムのジーンズとスニーカーを穿いていることが分かった。

(このおっちゃん、気持ち悪い)

 リャモロンはすばやくトートバッグからけん玉を取り出し、

「あなたみたいな変態は二次元の女の子とだけ付き合いなさい! おりゃぁぁぁっ!」

 罵声を浴びせながら中年親父の顔面目掛けてブンッと振り回す。

「ぐぇぇぇっ!」

 ココナッツの硬ぁい殻で出来た玉が見事顔面直撃! 中年親父、ダウン。その場に崩れ落ちた。

「ごめんね、おっちゃん」

 リャモロンは慌てて女子トイレから逃げていく。

(あ~、めちゃくちゃ怖かった。もし武器持ってなかったらと思うとぞっとするよ。やっぱ日本の遊び方の観光ガイドブック通り、日本人の一般居住区を歩くのは危険ね。世界トップレベルの治安の良さを誇る日本といえども。早くミニサイズに戻ってミドリちゃんの学校へ向かわなきゃ)

 空飛ぶハンカチとピコピコハンマーを置いた場所まで戻っていこうとしたら、

「きみ、今日学校休み? 昼までで終わったの?」

いきなり背後から誰かに肩をぽんっと叩かれた。

「きゃぁぁぁ~っ!」

 リャモロンはびくーっとなって思わず悲鳴をあげる。

「驚かせてごめんね。ちょっと訊きたいことが……きみ、学校はどこ?」

 振り返ってそこにいたのは、がっちり体型の四〇代半ばくらいの男性警察官だった。

「アタシは、その……」

 警察官かよ。NIWA団のやつらは日本の警察官は、勉強出来ない低学歴の筋肉馬鹿が安定した公務員の身分を得るためになるケースが多いから、クズばかりだって言ってたけど。

 リャモロンは心の中でこんなことを考えていた。

「答えたくなかったら、まあいいけど。最近、この辺りに変質者が出てるみたいだから気をつけてね。特にお嬢さんはかわいいし」

「あっ、はい」

「それと、学校サボるのは良くないよ。髪を染めるのもね」

 警察官はそう伝えて、リャモロンから離れていった。

(びっくりしたよ。けどさっきの警察官は、いいこと伝えてくれる優しい人だったね……っていうか、アタシがさっき遭ったのって、もろに変質者だよね? あ~、しまった。捕まえてもらえばよかったんだ)

 今気付いたリャモロンは、先ほどの警察官の姿を探すが、見つからなかった。

(もういなくなってるよ。忍者みたい)

 諦めて、降り立った場所に戻ったリャモロンは、再びミニサイズに。

ハンカチに乗って、飛び立とうとしたら、

ニャァァァーッ!

「きゃあああっ!」

 びっくり仰天。野良猫が鳴き声を上げ、リャモロンの目の前を勢いよく横切ったのだ。

「このサイズから見たら、恐竜のように見えちゃうよ」

そう呟きながら少し宙に浮かび上がると、

「うっひゃぁっ!」

またびっくり仰天。

今度は草にとまっていたカマキリと目が合ったのだ。

「殺されるかと思った。日本のカマキリはザビコサ島のハナカマキリやカレハカマキリよりも厳ついね」

気を取り直して数十メートル上空まで上がり、緑莉の通う小学校へ向かっていく。

      ※

(カラスに激突されそうになったよ)

十二時半頃に到着した。

(ミドリちゃんのクラスは、四年一組だったね)

 その教室をしばらく探して忍び込む。ちょうど給食の真っ最中だった。

(美味しそうー。やっぱ給食はいいよね。あれは菜の花のおひたしかな? 三色丼もあるね。アタシも食べたぁい。緑莉ちゃんいた! 周りに人いっぱいいるから、今行くのはまずいな)

そう思ったリャモロンは、教室一番後ろ掃除用具入れの上からこっそり観察。

こっそり取ったオレンジゼリーをもぐもぐ味わっていると、

「あれ? ゼリーが一つ無くなってる」

「誰か、二個勝手にとった子いない?」

「緑莉ちゃんがとったんじゃないの?」

「違うって! アタシ一個しか持ってないでしょ」

「ミドリは食いしん坊だから机の中に隠してるんじゃねえの?」

「だからアタシじゃないって!」

 緑莉、クラスメートと一悶着。

(やばいことしちゃった)

 リャモロンは深く反省。こっそり窓から抜け出し、廊下の人目につきにくい雑巾置き場の所で待機。

それから三分ほどのち、サッカーボールを持った男子児童が教室から出て来て、さらに他の男子児童、女子児童達も次々と教室から出て来た。他のクラスからも同様に。

(給食食べ終わったようね。あっ、ミドリちゃんも出て来た。外へ出るみたいね)

 リャモロンはこっそり緑莉の後を追って校庭へ。

(ミドリちゃん、男の子とサッカーして遊んでるね。楽しそう)

 リャモロンは花壇の所からこっそり観察した。

 午後十二時五五分に次のチャイムが鳴り終わると、

【あと五分でお昼休みが終わります。各自掃除の準備を始めましょう】

 ほどなく校内アナウンスが。予鈴だったようだ。外で遊んでいる児童達はぞろぞろ校内へ戻っていく。午後一時にもう一度チャイムが鳴り、お掃除の時間が始まった。

(ミドリちゃん、一生懸命雑巾がけしてる。えらいっ! 男の子はふざけて遊んでる子もやっぱりいるね。ザビコサ王国の小学校でも掃除の時間は女の子は真面目、男の子は箒でチャンバラごっことかしてふざけて遊んでる子は多いよ。同族意識が持てるなぁ)

 リャモロンは隅っこに置かれたテレビの裏側からちょっぴり身を乗り出して、楽しそうにこっそり観察。

「近藤さん、テレビ拭いといて」

 担任のけっこう若くて美人な先生から指示され、

「はーい」

 その苗字の女の子が専用クリーナーを持って近寄ってくると、

(やばいっ! 隠れなきゃ)

 リャモロンはすばやくすぐ横の屋外に通じる窓から脱出し、無事やり過ごした。

 一時十五分、五時間目開始。

「みんな、机を離してね」

 号令のあと、担任はこんな指示を出した。

四年一組では、緑莉の言っていた通り算数のテストが行われることに。

(難しいなぁ)

 リャモロンは、大きな数に関する問題に苦戦する緑莉の席へこっそり近寄って机の上に降り立ち、

(オレンジゼリーの件、ごめんねミドリちゃん)

 アイサインと頭をぺこぺこ下げるしぐさで謝罪。

(あれ、リャモロンお姉ちゃんのしわざだったんだね。べつに気にしてないよ)

 緑莉は理解したようで、ウィンクしてアイサインを送った。

(ありがとう。それじゃ、またねミドリちゃん。テスト頑張って)

リャモロンも緑莉の伝えたいことが理解出来たようで、そんな意図のアイサインを送って四年一組の教室を飛び立った。絵衣子の通う中学校へ向かっていく。

(リャモロンお姉ちゃん、気をつけてね)

 緑莉は顔を横に向け、窓の外に向かって手を小さく振った。

 次の瞬間、

「木内さん、テスト中によそ見はしないように」

 担任から注意されてしまった。

「はーい。ごめんなさーい」

 緑莉はえへっと笑って謝り、再びテスト問題に取り組む。

リャモロンは午後一時三五分頃に絵衣子の通う中学校へ到着。それから五分ほど絵衣子の在籍する二年三組の教室を探して回り、廊下側の窓からこっそり忍び込んだ。

(数学の授業中か。エイコちゃんは、あそこの席か。ちょうどグラウンド側の窓際一番後ろね。あっ、先生に見つかりにくい場所なのをいいことに、ノートにイラスト描いて遊んでる。ちゃんと授業聞かなきゃダメだよ)

 リャモロンは絵衣子の席にそーっと近寄り、机の上に下りた。手をクロスして罰点を作り、やや険しい表情でダメッ! のサインをとる。

 絵衣子は苦笑いを浮かべてイラスト描写をやめ、板書を写す作業へ。

 来てくれてありがとう。とアイサインを送った。

 これにてリャモロンはここをあとにし、敦史達の通う高校へと戻っていった。

(雨が降って来たよ。お日様出てるのに。そういえば今朝の天気予報で午後ににわか雨があるかもって言ってたな。スコールほど大降りじゃないけど、日本の雨は酸性度が高くて汚いからあまり当たらない方がいいって理科の先生が言ってたし、急ごう)

 スピードを上げ、午後二時ちょっと過ぎに一年五組の教室に到着。

一年五組ではちょうど六時限目、現代社会の授業が行われいる最中だった。

(ただいま紗帆ちゃん)

(おかえりリャモロンちゃん)

 お互いそんなアイサインを送った後、リャモロンは紗帆の鞄に隠れた。

その後も誰にも見つからず帰りのSHRまで終え、無事解散。

「敦史君、これからいっしょに南海ブックス行きましょう」

「脩平、また行くのかよ」

「敦史君、高校入ってから寄り道自由になったことですしぃ、恩恵を授からないと勿体ないですよん。まあ僕は禁止されてた小学校時代から学校帰りにその店よく寄ってたけどね」

 敦史は脩平に付き合わされる。

「無駄遣いはしないようにね。それじゃ、敦史くん、脩ちゃん、バイバイ」

紗帆は涼香といっしょに帰ることに。

「ミニリャモロンさん、見てるだけで癒されるわ」

「私もー。このままペットにしたいよ」

「そう言ってもらえてアタシとっても嬉しいよ。サホさんちの近くまで来たら元のサイズに戻るね」

 リャモロンは紗帆の肩に乗っかっていた。

「雨上がってよかったね」

「うん、わたし今日、傘持って来てなかったので」

「ザビコサ王国では突然のスコールに備えてみんないつも傘持ち歩いてるよ。アタシ、雨上がりの風景大好きだな」

「わたしも大好きです。和みますよね」

「私も大好きだよ。ナメクジさんやカエルさんとの遭遇率が高くなるのは嫌だけど」

まもなく校門から出ようという所で、ブワァッと突風が――。

「うひぁっ!」 

 リャモロンは紗帆の肩から吹き飛ばされ、すっかり葉桜になった木の下のまだ乾き切っていない地面にベチャッとついてしまった。

「リャモロンさん泥まみれになっちゃったね」

「ごめんねリャモロンちゃん、汚しちゃって。痛くない?」

 紗帆はリャモロンを拾い上げ、お顔や服についた泥をはたいてあげる。

「平気、平気。ありがとうサホさん」

 リャモロンは照れくさそうに礼を言った。

「リャモロンちゃんをきれいに洗ってくるよ」

 紗帆がグラウンド隅の手洗い場へ向かおうとしたら、

「あの、サホさん、アタシ、銭湯で広い湯船にも浸かってみたいなぁ」

 リャモロンはもじもじしながらこんなことをお願いして来た。

「銭湯かぁ。もちろんいいよ。これからリャモロンちゃんを銭湯に連れてってあげよう」

 紗帆は快く引き受けてあげる。

「嬉しい♪」

 リャモロンはにっこり微笑んでくれた。

「わたしも付き合うわ。久しく行ってないから」

 涼香も参加意欲満々なようだ。

「それがいいよ。リャモロンちゃん、最寄りのスパ銭でいいかな?」

「アタシ、出来れば和の文化が感じられる、昔ながらの銭湯の方がいいな」

「それじゃ、ちょっと遠いけど白鷺ノ湯さんにしましょう」

「いいねー涼香ちゃん。白鷺ノ湯さんって私、小学校の時以来行ってないし。絵衣子と緑莉も誘おうっと」

 紗帆はさっそくその二人宛にスマホメールを送った。三〇秒足らずで返答がくる。

「絵衣子も緑莉も行くって。よかった♪ いったん帰るのも面倒くさいから、直接行こっか?」

「そうですね。リャモロンさん、白鷺ノ湯さんは四国八十八箇所巡りのお遍路さんも良く利用する、落ち着いた感じの銭湯よ」

「そうなのですか。白鷺ノ湯、すごく楽しみだな♪」

 学校から五百メートルほど離れてから、リャモロンは元のサイズに戻った。

木内宅からは二キロほど先にある昔ながらの銭湯、白鷺ノ湯の前に辿り着くと、

「日本らしい素晴らしい作り♪ 写真撮ろう」

 リャモロンは建物の外観に感激し、デジカメに何枚か収めた。

 夕方五時頃、

「やっほー♪」

「リャモロンお姉ちゃん、遊びに来てくれてありがとう。今日の算数のテスト七〇点くらいは取れそうだよ」

絵衣子と緑莉が自転車で来てみんな揃うと入口を通り抜け、受付にて紗帆が代表して五人分の入浴料とバスタオル代を支払った。

女湯脱衣室。

「あたし、これも持って来たんだ。今日の部活で作ったの」

 緑莉は手提げポーチからとある手作りおもちゃを取り出した。

「緑莉、やっぱり持って来たんじゃね」

 絵衣子は笑顔で突っ込む。

「パチンコだ。私、久し振りに見たよ」

「小学生の頃に図工の授業で作ったね。懐かしいな」

 紗帆と涼香は興味深そうに眺めた。

 Y字型の木の枝にゴム紐が結ばれた、手作りらしい単純な構造をしていた。

「これは、ヨーヨー並みの強い武器!」

 リャモロンも興味津々だ。

「リャモロンお姉ちゃんもこれ、知ってるの?」

「うん、ザビコサ王国ではヤシの実を落とすのに重宝されてるよ」

「そうなんだ。さすが熱帯だね。部活の時は紙くずを当てて空き缶にぶつけて遊んだよ」

「緑莉、ガラス割らないように注意して遊びなさいね」

 絵衣子は忠告しておく。

「はーい。石鹸でシャンプーボトル倒しやろうかな?」

「緑莉、ここで遊ぶのはダメだよ。危ないし、お風呂場は湿気が多くてゴムがすぐに劣化しちゃうよ」

「緑莉さん、これはお外の周りに人がいない広い場所で遊ぶものよ」

 紗帆と涼香が優しく注意すると、

「分かった。おウチのお庭で遊ぶよ」

 緑莉は素直にポーチにしまった。

「これを使えば、NIWA団を一網打尽に出来そう」

 リャモロンは強い期待を抱く。

「でも連射には不利っしょ」

 絵衣子はすかさず欠点を指摘した。

「リャモロンちゃん、パチンコは人に向けて打ったら絶対ダメなんだよ」

 紗帆は忠告しておく。

「冗談、冗談。人には当てないよ」

 リャモロンはてへっと笑う。

「学校の先生も人に向けちゃ絶対ダメって言ってたよ。浴室にはお客さんいるかな?」

緑莉はすっぽんぽんになると休まず浴室へ駆けて行った。 

「緑莉、服はきれいに畳んで籠にしまわんといかんじょ」

 絵衣子は優しく注意しつつ水玉模様のショーツを脱いですっぽんぽんになり、後に続く。

「日本の古風な銭湯、初体験だから楽しみ♪」

 ほどなくリャモロンもすっぽんぽんになってわくわく気分で浴室へ。

「涼香ちゃん、また胸大きくなったね」

「そうかなぁ?」

紗帆と涼香も、最後にショーツを脱いですっぽんぽんで浴室に向かっていく。

 浴室も他のお客さんがおらず貸切り状態だった。

「絵衣子お姉ちゃん、見て見て。スーパーサ○ヤ人」

「もう少し逆立ってないとダメね」

「ド○ゴンボールは、ザビコサ王国でも子ども達を中心に大人気よ」

緑莉と絵衣子はすでに洗い場シャワー手前の風呂イスに隣り合って腰掛け、シャンプーで髪の毛をゴシゴシ擦っているところだった。

リャモロンは脱色を防ぐため、シャンプーは付けずに髪の毛をシャワーで流している最中だ。

「んっしょ」

 紗帆はリャモロンの隣に腰掛け、

「緑莉さん、シャンプーハットはもう使ってないのね」

 涼香はにっこり微笑みながら、紗帆の隣に腰掛ける。

「涼香お姉ちゃん、あたし、そんなのはとっくの昔に卒業したよ」

 緑莉は照れ笑いした。

「緑莉が二歳くらいの頃、シャンプーハット被せてもシャンプーすごく嫌がってたね。懐かしいな」

「ワタシも鮮明に覚えてるじょ。緑莉、いつも泣いて暴れてたね」

 紗帆と絵衣子は思い出し笑いする。

「紗帆お姉ちゃん、絵衣子お姉ちゃん、本当なの? あたし全然覚えてないよ」

 緑莉は照れ隠しするように、ボディーソープを付けたバスタオルで体をゴシゴシ擦る。

「二歳頃の記憶って普通ないもんね。アタシも一番古い記憶は四歳頃だし」

 リャモロンはシャワーで髪の毛を洗い流しながら伝えた。

「わたしは三歳頃の記憶もちょっとあるな。あの、わたし、リャモロンさんの地毛を見てみたいな」

 涼香が申し訳なさそうにお願いすると、

「それじゃ、やってみるね」

 リャモロンは快く備えの普通のシャンプーで擦ってくれた。

 シャワーを浴びせるとみるみるうちに染料が流れ落ちていく。

「おう、きれいな黒髪じゃん」

「理想的な和風美人の髪ですね」

「リャモロンお姉ちゃんの髪質、あたしと似てるね」

「リャモロンちゃん、地毛がすごくきれいだから染めるのは勿体ないかも」

「アタシも久し振りに自分の地毛を見たよ」

「リャモロンちゃん、マチ★アソビの時は眉山山頂や街中で髪染めて、コスプレしてる子がたくさんいるじょ。ちょうどもうすぐ、五月の連休の時に次のマチ★アソビがあるよ」

「マチ★アソビ、行けたら行きたいな。日本のアニメに登場するキャラクターは、髪の色がバラエティだからザビコサ王国の人々も共感が持てるようですよ」

「ちびま○子ちゃんはそんなに変な髪の色の子は出て来ないよ。永沢くんとか冬田さんとか変な髪型の子はいっぱいいるけど」

 緑莉が伝える。

「日本の国民的アニメと言われているちびま○子ちゃん、ザビコサ王国でもかなり人気あるよ。サ○エさんとド○えもんとア○パンマンとク○ヨンしんちゃんもね。日本より数日遅れでテレビ放送もされてるんだ。ジ○リ作品も人気あるよ」

「そうなんだ。ザビコサ王国民が好きなアニメは、日本人と共通なんだね。あたしそのアニメ全部大好き♪」

「私も幼い子ども向けアニメ、高校生になった今でも大好きだな」

「わたしもです。年齢は関係ないよね」

「アタシも、今でもけっこう見てるなぁ。キャラクターグッズも買ってる」

「ワタシは、まあ、好きだけど深夜アニメの方が面白く感じるじょ」

「絵衣子、深夜のアニメの見過ぎはダメだよ。エッチなのが多いからね」

「分かってるって紗帆お姉さん」

「深夜アニメ、あたしと同じクラスのお友達も生で見てるって子はいたよ」

「その子やるねえ」

 絵衣子は共感が持てたようだ。

「緑莉は真似しちゃダメだよ。お体に悪いからね」

 紗帆は一応注意しておく。

「はーい。そもそもあたし深夜まで起きれないよ」

 緑莉はそう伝えながら髪の毛と体をシャワーで洗い流すと、

「それーっ!」

 一目散に湯船の方へ駆け寄り、はしゃぎ声を上げながら湯船に足から勢いよく飛び込んだ。ザブーッンと飛沫が高く上がる。さらに犬掻きのような泳ぎをし始めた。

「ミドリちゃん、とっても楽しそう」 

「緑莉、小学校低学年のやんちゃな男の子みたいじょ」

「緑莉さんの気持ちは良く分かるな。わたしも緑莉さんくらいの年の頃は大浴場行った時しょっちゅうやってたから」

「私も同じだよ。今でもやりたいくらいだよ」

 他のみんなはマナー良く静かに湯船に浸かった。

「エイコちゃんったらね、数学の授業中先生のお話聞かずにイラスト描いて遊んでたよ」

「リャモロンちゃん、べつにいいじゃん。ワタシ、リャモロンちゃん飛び立ってからまたすぐにイラスト活動に戻ったじょ」

「エイコちゃん、ダメでしょ!」

「絵衣子さん、けじめはきちんとつけましょう」

「はいはーい」

「私も授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ。中学の頃、涼香ちゃんと席が近かった時は居眠りしたら叩き起こされたよ」

「スズカさん、友達思いで真面目ですねぇ」

「当たり前のことだと思うけど」

「私、涼香ちゃんの席のすぐ近くにはなりたくないな」

「紗帆さん、GW明けの席替えでもしなれたら、厳しく監視するからね」

「涼香ちゃん顔怖い、怖い」

 足を伸ばしてゆったりくつろぎ、おしゃべりし合っていると、

「えーいっ!」

 突然、背後からバシャーッと湯飛沫が――。

「緑莉さん、ダメですよ、公共の浴場でそんなことしたら」

 涼香は思いっきり被せられたが、叱らず優しく注意。

「はーい」

 緑莉はてへっと笑う。

「緑莉、今度やったらおしりぺっちんするじょ」

 同じく思いっきり被せられた絵衣子に微笑み顔でガシッと肩をつかまれ告知され、

「ごめんなさーい、絵衣子お姉ちゃん」

緑莉はちょっぴり反省したようだ。

「おしりぺっちんはザビコサ王国の母の子に対するしつけでもよく使われるよ。アタシもママからけっこうされたし」

 リャモロンは思い出し苦笑いする。

「ワタシもけっこうママから叩かれた思い出があるじょ。ところで涼香お姉さんは、今でも脩平お兄さんのことは好きですか?」

 絵衣子に唐突に尋ねられ、

「……いや、べつに。というより、昔から好きじゃないって」

 涼香は俯き加減で慌て気味に答えた。

「あれ? 涼香ちゃん、脩ちゃんのこと好きなんでしょう?」

 紗帆は疑問を浮かべながら問いかける。

「あのちびま○子ちゃんの丸尾くんみたいなひょろひょろのお兄ちゃんだね」

 緑莉も興味津々だ。

「もう、前にも言ったけど、あの子はわたしの勉強のライバルなの」

 涼香は淡々とした口調で否定する。

「脩ちゃん、昔からすごくいい子で真面目で賢いし、知的な顔つきだもんね。涼香ちゃんが好きになっちゃう気持ちは私にもよく分かるよ」

 紗帆はほんわかとした表情で言った。

「だから違うって」

 涼香は困惑顔だ。

「涼香お姉さん、もういい加減、脩平お兄さんと付き合っちゃったら? 両親のお仕事もお互い大学教授なんやけん」

 絵衣子はにやにや笑いながら、涼香の肩をペチッと叩く。

「いいって」

 涼香は俯き加減になった。

「涼香ちゃん、お顔が赤いよ」

 紗帆はにこにこ顔で指摘した。

「これは、体が火照って来たからなの。わたし、もう出るね。あつい、あつい」

 涼香はそう告げて焦るように湯船からバシャーッと飛び出し、脱衣室へと早足で向かっていく。

浴室に通じる扉を閉めた。その直後、

「きゃっ、きゃぁっ!」

 涼香の悲鳴が。

「涼香ちゃん、どうしたの!?」

「涼香お姉ちゃん、何かあったの?」

「スズカさん、大丈夫ですか?」

「涼香お姉さん、どうしたんですか?」

 他のみんなも慌てて湯船から飛び出し、脱衣室へ。

 そこには、

「姉ちゃん、いいおっぱいしてるね。さすが日本人」

「やっ、やめて下さい」

 小学四年生くらいに見える、オレンジ色ロングヘアー、可愛らしいパイナップル柄リボンを飾った子に馬乗りされ胸を揉まれている涼香の姿が。涼香は頬を火照らせていた。

「んっ? きみは、アタシの説得を完全無視してNIWA団なんかに入りやがったしーちゃんじゃない! 本名は忘れたけど。もう日本に来てたのね」

 リャモロンはかなり驚く。

「ああ、ついさっきな。オレは一人乗りの最高時速二百キロ出せるジェット機に乗って先回りして、襲撃予定地の視察をしに来たんだ。ていうかおまえ誰?」

「リャモロンよ! 髪の色落としたの」

「ああ、よく見たら確かにリャモロンだな」

 その子は涼香から離れてあげると、首下から膝の辺りいかけて巻かれていたタオルがハラリと床に落ちた。

「えっ! 男の子?」

 あれが見え、紗帆は目を大きく見開く。

「わたし、女の子かと思いました」

「お○んちんがしっかりついてるね」

「きみ、男の娘だったのかぁ。オレって一人称もGood!」

 涼香も緑莉も絵衣子も驚くとともに笑ってしまう。

「オレ、よく女に間違えられるからな。日本の銭湯の女湯にも余裕で入れたぜ」

 少年は得意げな表情で自慢する。

「ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれない?」

 絵衣子は少年に近寄ってお願いしてみた。

「嫌だね、このブス」

 少年はそう言って、薄ら笑う。

「かわいいお顔のくせにかわいくないなぁ、この男の娘」

「いっててて、ごめんなさーい」

 絵衣子はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。

「きれいなお尻してるくせに」

「くすぐったい。撫でるなって」

そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。

「こいつはウチの近所のエロガキよ。日本産直雑貨店の倅でアタシや他の女の子のパンツ捲りしょっちゅうしてくるのよ。きみ、歳いくつかな?」

 リャモロンが険しい表情で問いかけると、

「十歳♪」

 少年は屈託ない笑顔で答えた。

 次の瞬間、

「アウトォォォッ!」

「むぎゃぁぁぁっ!」

「ここの銭湯は混浴で入れるのは九歳までなのよっ!」

 リャモロンはその子の頬にパチーンッとビンタを食らわした。休まず男に付いているあの部分にボカッと蹴りも食らわす。

「ごめんなさぁぁぁーい。オレ、日本人の女の子のおっぱいを楽しみたくて」

 その子はえんえん泣き出してしまった。

「きみはまだ幼いクソガキだからいいけど、大人になってもあんなことしたら変態おじさん扱いされちゃうのよ」

「いてててぇーっ!」

 リャモロンはそう警告してさらに髪の毛を強く引っ張った。

「リャモロンさん、もう許してあげて。わたし、全然気にしてないから」

「リャモロンちゃん、体罰はよくないよ。この子、じゅうぶん反省してると思うから」

「リャモロンちゃん、許してやって。日本の基準じゃ小学四年か五年生じゃん」

「リャモロンお姉ちゃん、やり過ぎだよ」

「確かに、そこまですることなかったかも。とにかくきみは、さっさとザビコサ王国に帰りなさい!」

「えー、せっかく来たのにぃ」

 ますます悲しがる少年に対し、

「リャモロンちゃん、はるばる日本へやって来てくれたのに、すぐに帰すなんてかわいそうだよ」

 紗帆は哀れむ。

「サホさん、こいつ、悪党NIWA団員の一人なんですよ」

 リャモロンは困惑顔だ。

「この子は悪い子には見えないよ。敵だけど今晩泊めてあげたいくらいだよ」

 紗帆は爽やかな表情で主張した。

「紗帆お姉さん、お人好し過ぎ。ここはもっと警戒心を持たなきゃ」

 絵衣子はにこっと微笑む。

「姉ちゃんすっげー心優しい。リャモロンとは大違いだ。お礼にこれあげる」

 少年は大喜びし、紗帆の手のひらに何かを置いた。

「何かな?」

 ぬめっとして、むにゅっとした感触。

「きゃっ、きゃあああああっ!」

 紗帆は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。

 フナムシとナメクジとコガネムシをミックスさせたような、三本の触角を持つ生き物だった。体長は八センチくらい。けっこうすばしっこく床をカサコソ這いずり回る。

「こいつはザビコサ王国固有の節足類だよ。日本のゴキブリと同じ位置付けかな?」

 少年はにっこり笑う。

「この虫さん、すごく格好いい! ペットにしたい」

「ちょっとグロいけど、これぞ南国の生き物って感じね」

 緑莉と涼香は楽しそうにその生物の動きを観察する。

「紗帆お姉さん、よく見るとかわいいじょ」

「こんなこと絶対ないない。前言撤回、あの子はやっぱり悪い子だね」

 紗帆はすっぽんぽんで、同じくすっぽんぽんの絵衣子にぎゅっと抱き付いたまま離れようとしない。

「こらっ! ダメでしょ。サホさんは虫が大の苦手なの。日本人の女の子も虫嫌いな子がいっぱいいること、しっかり覚えておきなさい!」

「いってぇぇぇ~!」

 リャモロンは再び注意。少年にゲンコツを食らわした。

 続けて、

「さっさと帰れーっ!」

 少年のお尻をボカッと蹴る。

「いってぇぇぇ~、おまえら、明後日にはオレ、NIWA団の仲間をみんな連れて仕返しに来るから、覚悟しておけよ」

 少年は涙目で捨て台詞を吐いて、すみやかに服に着替え、例の虫もちゃんと捕まえて脱衣室から逃げて行った。

「NIWA団、思ったより弱そうじゃん」

「そうだね、あたし達だけで余裕で勝てそうだよね。敦史お兄ちゃん一人でも勝てるかも」

「絵衣子、緑莉、あの子だけを見て判断するのは早いかも」

 紗帆は心配そうにこう意見した。

「アタシも油断はしない方が良いと思うよ。おそらくあいつも次は武器使って本気でかかってくるだろうから」

「わたし達だけで太刀打ち出来るといいですね。わたし、今何キロあるかなぁ?」

 涼香はふと気になって、すっぽんぽんのまんま体重計にぴょこんと飛び乗ってみた。

「……えええええええっ!? 十日前の身体測定の時より一キロも増えてるぅ。なっ、なんでぇ!?」

 目盛を眺めた途端、涼香は目を大きく見開き仰天する。

「涼香ちゃん、まだそんなに太ってないから気にしちゃダメだよ」

「ワタシより痩せとるけん、涼香お姉さんはまだダイエットの必要ないって。そもそも一キロって誤差の範囲じゃん」

「涼香お姉ちゃん、無理なダイエットは体に毒だよ。おっぱいも大きくなれないよ」

 三姉妹は優しくアドバイスしてあげた。

「そうかなぁ?」

 涼香は納得いかない様子だ。

「涼香お姉さん、体重のことで悩んでるのは、脩平お兄さんの視線が気になるからなんじゃろ?」

 絵衣子はほっぺたをつんつん押して問い詰める。

「もう、絵衣子さん。そんなこと全くないです」

 涼香は困惑顔で伝え、絵衣子の背中をペチーッンと叩いた。

「あいったぁ! ごめんね涼香お姉さん」

 絵衣子はけっこう効いたようだ。

「涼香お姉ちゃん、すごい速さのビンタだったね。絵衣子お姉ちゃんに手形がついてる」

 緑莉はくすくす大笑い、

「今のは絵衣子が悪いね」

 紗帆はにっこり微笑む。

「エイコちゃん痛そう。スズカさん、気にしちゃダメです。スズカさんは今の体型でもザビコサ王国民基準では痩せ型ですから」

 リャモロンは優しく慰めてあげた。

「わたし日本人だから」

 涼香はやや呆れ顔。

「ザビコサ王国って、太ってる人が多いみたいだね」

「多いですよサホさん、郷土料理が甘くて美味しいデザートばかりだもん。最近はダイエットブームで国民の肥満率は下がって来てるけど。ダイエット法ではチョコレートオイルマッサージが特に人気よ」

「へぇ。私もチョコレートマッサージ受けてみたいな。気持ち良さそう」

「わたしもです」 

「あたしも受けてみたーい」

「ワタシも。南国っぽいね」

そんな会話を弾ませながら着替え終え、脱衣室をあとにしたみんなは休憩所の売店へ。

「おう、さすが徳島。すだちジュースが置いてある。アタシ、これにしようっと」

 リャモロンは冷蔵ショーケースを開け、すだちジュースの缶を取り出す。

「私は銭湯上がりの定番のカフェオレにするよ」

「じゃ、ワタシも」

「あたしはいちごオーレにするぅ」

「わたしは、体重増やしたくないからカロリーオフのレモンティーにしておこう」

 他のみんなもお目当ての飲料水のガラス瓶や缶をショーケースから取り出した。

「私がみんなの分まとめて払ってくるよ」

 紗帆がそう言った直後、

「姉ちゃん、オレもカフェオレーッ!」

 こんな声がみんなの背後から聞こえて来た。

「きみ、まだいたのかよ」

 リャモロンは顔をしかめ、呆れる。

 さっきの少女のような少年だったのだ。マッサージチェアに腰掛け、週刊少年漫画誌を読みながらゆったりくつろいでいた。

「あらあら、思わぬ再会」

 涼香は苦笑いする。

「きみの分はきみのお小遣いで買いなよ」

「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、たった百円だよ」

 絵衣子と緑莉はこう勧める。

「あの、早く帰ってあげないと、お母さんとお父さんが心配するよ」

 紗帆は爽やかな表情で忠告した。

「さっさと日本から出てけーっ! いい加減」

 リャモロンは少年の両こめかみを拳でぐりぐりする。

「いてててぇ~っ、分かった、分かった。おまえら、本当に仕返しに行くからなっ!」

 少年はガバッと立ち上がり、二度目の捨て台詞を吐いて銭湯の出入口から逃げて行った。

「あいつ、今度こそ本当にとりあえずは帰ってくれるかな?」

「わたしは帰らずに近辺をぶらぶらすると思います。視察目的みたいですし」

「ワタシはさすがに懲りて帰ると思うじょ」

「あたしもーっ」

「私もそう思う。それじゃ、支払ってくるね」

 このあとみんなは長椅子に腰掛け、風呂上りの一杯を楽しんで銭湯をあとにした。

 緑莉と絵衣子も自転車を押して歩き、みんないっしょに自宅への帰り道を進んでいく。 

 途中、

「おう、本場の駄菓子屋さんだっ!」

 発見したそのお店にリャモロンは強い興味を示した。

「リャモロンお姉ちゃん、ザビコサ王国にも駄菓子屋さんってあるの?」

「うん、アタシの住んでる街に何軒かあるよ。ザビコサ王国では日本の駄菓子も大人気よ。老若男女問わず。特にう○い棒」

「う○い棒あたしも大好き♪」

「アタシも。安いし名前の通り美味いよね」

みんな店内へ入り、

「このクモとバッタとモリアオガエルのゴムおもちゃ、欲しいなぁ」

「緑莉、ぜーったい買っちゃダメだよ」

「サホさん、おもちゃのでもダメみたいですね。水鉄砲と水風船たくさん買って決戦に備えておこう。あと折り紙も」

「わたし駄菓子屋さん来たの、小学校四年生の時以来だな。懐かしい。せっかくなので、いちごキャラメルとたまごボーロとニッキ水と、このブリキのお人形さんを買うわ」

「お店はレトロだけど、最近出たばっかりの黒○スのガチャポンも置いてあるじゃん。一回だけやろうかな」

お買い物を楽しんでいた頃、銭湯に現れたあの少年は、

「朗報、朗報。すげえ虫嫌いな姉ちゃんがいたぞ。紗帆とか言ってた」

 藍場浜公園で、携帯で仲間にこんなことを伝えていたのであった。

 涼香の推測が当たっていたのだ。

      ※

 同日夜八時頃。木内宅。三姉妹と、持参していたヘアカラースプレーで髪の色を戻したリャモロンは、紗帆のお部屋に集った。さらに敦史と涼香もここへお邪魔していた。

対NIWA団戦に備えた作戦会議を行うことにしたのだ。

(なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……)

 敦史は妙に緊張してしまう。女の子五人の体から漂ってくる、ラベンダーの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていたのだ。

「NIWA団に対抗するための、画期的な武器の数々を見せますね」

 リャモロンはトートバッグから水鉄砲、めんこ、あやとり、ヨーヨー、けん玉、折り紙、水風船、お手玉、おはじき、ビー玉を取り出す。

「水鉄砲と水風船以外は武器にはならないと思うんだけど」

 敦史は笑ってしまう。

「しようと思えばしっかり武器になるよ。例えばこのあやとりを、こう投げれば……」

 リャモロンは真剣な表情で主張し、あやとりの紐を敦史に向けて投げた。

「うわっ!」

 敦史はあっという間に紐で全身を縛り付けられる。

「……動けない」

 身動きを封じ込められてしまい、自分でほどこうにもほどけず。

「敦史くん、大丈夫?」

「ああ、そんなにきつくないし」

「敦史お兄ちゃん、ボンレスハム状態になってるぅ」

 緑莉にくすくす笑われてしまう。

「あやとりの紐がまるで意思を持っているかのような動きでしたね」

 涼香は紐に感心する。

「紐で拘束されてる敦史お兄さんも、なんかいいねえ。漫画のネタに」

 絵衣子はにやりと笑い、スマホのカメラに収めた。

「絵衣子ちゃん、撮るなよ」

 敦史は迷惑顔だ。

「リャモロンちゃん、敦史くんをほどいてあげて」

 紗帆に困惑顔で言われ、

「ごめんなさいアツシさん、すぐにほどきますね」

 リャモロンは紐のとある箇所をぐいっと引っ張る。

 すると敦史の体から全ての紐の結び目がほどけた。

「このあやとりもすごい科学技術が使われてるんだね。リャモロンお姉ちゃん、あたしにもやらせてー」

「これはアタシが編み出した技だから、何百回も練習しないと出来ないと思うよ」

「リャモロンお姉ちゃんオリジナルの技かぁ。すっごーい!」

 緑莉のリャモロンに対する尊敬度が上がったようだ。

「最近はこういうので一度も遊んだことない子どもも多いらしい。俺もそんなに遊んだ記憶はないな」

「日本で昔のおもちゃと呼ばれるものも、ザビコサ王国では現代のおもちゃだけどね。アツシさんは、水鉄砲の早撃ちは得意ですか?」

「どうだろう? 早撃ちなんて俺やったことないから分からないな」

「では、アツシさんは水鉄砲で早撃ちの練習をして下さい」

「えっ、練習しなきゃいけないのか?」

「はい、NIWA団には早撃ちの名手も大勢いますし、アツシさんは男の子ですし」

 リャモロンはそう伝えながら水鉄砲を手渡そうとしてくる。

「敦史お兄ちゃん、あたしと今から水鉄砲で戦おう!」

 緑莉からも強く誘われたが、

「小学生じゃあるまいし」

 敦史は全くやる気なしだ。

「アツシさん、日本の存亡がかかってるんですよ」

 リャモロンににこやかな表情で伝えられ、

「その言うわりに深刻な感じじゃなさそうなんだけど」

 敦史は呆れ気味にこう意見する。

「敦史お兄さん、緑莉と水鉄砲で遊んであげなよ。敦史お兄さんも小学校の頃はよく遊んでたじゃん」

「確かにな。しょうがない。やってあげる」

「やったぁ!」

「よかったね緑莉。ねえリャモロンちゃん、NIWA団が来るのは明後日だから、明日は神戸まで遊びに行こう。リャモロンちゃんを案内してあげたいし」

「お気遣い、ありがとうございますサホさん。明日は一日中訓練をした方がいいと思うけど、せっかくの機会だし、明日は思う存分遊ぶよ。でも帰ってから最低二時間は訓練しましょう」

 リャモロンは後ろめたく思いながらも、大いに喜んでいる様子。

「あたし、王子動物園行きたいな」

「わたしも。とくしま動物園はしょぼいものね。あと、青少年科学館へも寄りたいです」

「ワタシは三宮センタープラザも」

「敦史くんはどこか寄りたいとこはある?」

「みんな、悪いんだけど俺、明日は脩平んちで一緒にテレビゲームする予定だから」

 敦史は申し訳なさそうに伝えた。

「敦史くん、そんな体に悪いことせずに。私達と遊んだ方が絶対楽しいよ」

「敦史さん、わたし達と付き合った方が絶対充実した休日を送れますよ」

「敦史お兄ちゃんもいっしょに遊ぼうよ」

「敦史お兄さん、お願ぁい! 敦史お兄さんがいてくれればナンパ対策と荷物対策にもなるし」

「アツシさん、いっしょに遊びましょうよ」

 けれども他のみんなから強くお願いされると、

「仕方ない」

敦史は断り切れなかった。しぶしぶ脩平のスマホにキャンセルの連絡をする。

『あらら、残念ですが木内さんからの誘いなら断るわけにはいきませんね。ぜひ楽しんで来て下さいませー』

 脩平は同情してくれたようだ。

(確かに神戸巡りの方が楽しいかもな)

 敦史はこの選択で良かったなと思いながら電話を切った。

 その直後、

「あのっ、皆さん、NIWA団のやつらはおそらくドリアン攻撃も仕掛けてくると思います! 皆さんこれで耐性を付けて下さい」

 リャモロンはそう伝えて、ドリアンの絵が描かれたにおい袋を開けた。

 途端にドリアンの強烈な香りが紗帆の部屋中に漂う。

「マシュマロのよりも臭い」

「こりゃ強烈だな」 

 紗帆と敦史は思わず腕で鼻と口を押さえる。

「ドリアン成分百パーセントですから。これの臭さを亀○人としたらドリアンマシュマロはミスターサ○ンですよ」

 リャモロンもわりときつそうにしていた。

「ものすごーくくさいけど、耐えれなきゃNIWA団に勝てないよね」

「これに耐えてこそ、武士道精神の日本人っしょ」

「つらいですが、頑張らなきゃ」

 それでも緑莉と絵衣子と涼香は息を大きく吸い込み、においを存分に受け入れる。

「そのうち慣れるかな?」

「いや、俺は慣れないと思う」

 紗帆と敦史もついに鼻と口から腕を離し、においを受け入れることにした。

このあといよいよ、敦史と緑莉による水鉄砲戦が始まる。

戦いの舞台は、木内宅の裏庭だ。他のみんなもドリアン臭くなってしまった紗帆のお部屋を出て、すぐ近くで観戦することに。

「敦史お兄ちゃん、くらえぇっ!」

 緑莉は楽しそうに水鉄砲の引き金を引く。

「……」

 敦史は顔に直撃を食らうも、反撃する気にはなれなかった。

「敦史くん、小学校の頃みたいにもっと楽しそうにやらなきゃ」

「いや、高校生が水鉄砲ではしゃぎ回るっておかしいだろ?」

「敦史お兄ちゃん、あたしを攻撃してみて」

「分かった、分かった」

 敦史はやる気なさそうにしながらも、ついに引き金を引いた。

「敦史お兄ちゃん、動作遅いよ」

けれども緑莉にサッとかわされてしまう。

「緑莉ちゃん反射神経いいな」

敦史が感心したその直後、

「敦史お兄さん、それーっ」

「うわっ!」

 敦史の背中がずぶ濡れに。

 絵衣子が彼の背後から水風船を投げたのだ。

「敦史お兄さんも水風船でワタシを攻撃してみて」

「いや、なんかそんな気になれんな。水風船も小学生の遊びだし」

「アツシさん、そんな心構えじゃ戦闘本番で痛い目に遭いますよ」

 リャモロンは微笑み顔で忠告する。

「当日本当にやばくなったら本気出すから」

 敦史は余裕の心構えのようだ。

「敦史くんは本番に強いタイプだからきっと大丈夫だよ」

 紗帆はそんな考えである。

「敦史お兄ちゃん、くらえっ! 水風船爆弾五連発!」

「敦史お兄さん、やり返さないとどんどん攻撃しますよ」

「べつに俺そんなにダメージ食らってないし」

 そのあと敦史は緑莉と絵衣子から水風船攻撃を何度か食らわされた。けれどもやり返そうという気にはなれなかったようだ。

「緑莉も絵衣子もやり過ぎはダメだよ」

「敦史さんも頑張れー」

「アツシさん、一発くらい投げてあげて」

 紗帆と涼香とリャモロンは縁側に腰掛け、折り紙で鶴やカニやキツネやカラスなどを折って遊びながら、その様子を微笑ましく眺めていた。

「緑莉、よかったわね。敦史ちゃんと遊んでもらえて」

「敦史お兄さん、これならどうだ」

 絵衣子は敦史の後ろ首襟をつかみ水風船を隙間から入れ、さらに背中をぽんっと押す。

「つめたぁっ! 絵衣子ちゃん、背中に直接突っ込むなよ」

 当然のように割れ、彼の背中はずぶ濡れに。

「敦史お兄さん、そろそろやり返したら?」

 絵衣子は大きめの水風船を一つ、敦史に手渡した。

「さっきのは俺もいらっとしたからな、よぉし、絵衣子ちゃん思いっ切り投げてやる」

 敦史は水風船を投げるしぐさをとった。

「きゃぁ、敦史お兄さん怖ぁい。犯されちゃう」

 絵衣子はてへっと笑いながら敦史に背を向け逃げる。

「それっ!」

 敦史はついに投げた。

 しかし次の瞬間、

飛んでいる水風船に何かが当たり上空へ弾き飛ばされてしまった。

「敦史お兄ちゃん、すごいでしょう?」

 緑莉が水風船を狙ってプラスチック製のヨーヨーを当てたのだ。

「うん、俺、思いっ切り投げてかなりスピード出てたのに命中させたからな」

 敦史はちょっぴり悔しそうに褒めてあげた。

 その直後、

「んわぁっ!」

 弾き飛ばされた水風船が敦史の頭上を直撃し破裂する。

「緑莉、ナイス♪」 

 絵衣子はグッジョブの指サインをとった。

「緑莉ちゃん、ここまで狙ってやったのか?」

 全身ずぶ濡れにされた敦史は苦笑いを浮かべて問いかけた。

「うん! 狙ったのーっ!」

 緑莉は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに答える。

「ミドリちゃん、めっちゃ上手いね。NIWA団戦でもじゅうぶん対応出来るよ」

「緑莉さん、見事なコントロールでしたね」

 リャモロンと涼香は折り紙の手を止めてパチパチ拍手。

「緑莉、ヨーヨーをあんなに自在に操るなんてすごいよ。ん? きゃっ、きゃぁっ!」

 紗帆も拍手を交えて褒めていると、突然口をあんぐり開け、甲高い悲鳴を上げた。

「紗帆ちゃん、どうした?」 

 敦史は少し心配そうに問いかけた。

「敦史くん、蛾が、私の鼻にとまったの。とって、とってぇ~」

「紗帆お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎ」

 絵衣子はにこっと微笑み、そっと掴み取ってあげた。

「私、昔からよく虫に襲われるの」

「紗帆さんには虫さんを惹きつける魅力があるってことですね」

 涼香はくすくす微笑みながら言う。

「私、虫だけはどうしても好きになれないよ」

 紗帆は今にも泣き出しそうな表情だった。

「紗帆ちゃん、俺にもその気持ちはよく分かるよ」

 敦史も同情するものの笑ってしまう。

「敦史お兄ちゃん、これあげる。牡丹のお花のところにいたよ」

「ん?」

 緑莉は敦史の手のひらに何かを乗っけて来た。

「うわっ!」

 ぬめっとした感触がじかに伝わり、敦史は慌てて地面に投げ捨てる。

 カタツムリだった。

「投げたらダメだよ敦史お兄ちゃん。殻が割れちゃう」

「いきなり渡されたからしょうがないだろ」

 敦史は迷惑顔だ。

「敦史お兄さんも虫怖いんじゃん」

 絵衣子はくすっと笑う。

「怖くはないけど」

 敦史はやや顔をしかめた。

「カタツムリは私大好きだよ。羽がある昆虫さんは高速でびゅんって飛んでくるのがダメ」

 紗帆はにっこり笑顔で打ち明ける。

「サホさん、NIWA団員には昆虫大好きな子もいるから、昆虫攻撃を仕掛けてくるかもしれませんよ」

 リャモロンはにやついた表情で警告してくる。

「嫌だなぁ」

紗帆は暗い気分に陥った。

     ※

敦史と涼香は自宅へ帰り、三姉妹とリャモロンは絵衣子&緑莉のお部屋へ。

「ミドリちゃん、今日はマ○オのゲームで遊ぼっか?」

「今日はいいや」

「あれ? ミドリちゃん、なんか元気ないね」

「緑莉、急に大人しくなったね」

「敦史お兄さんと遊び疲れちゃった?」

 リャモロンと紗帆と絵衣子は、ついさっきまでとは様子が違う緑莉に疑問を抱く。

「なんかあたし、急にすごくしんどくなったの。お熱があるみたい」

 緑莉はゆっくりとした口調で答えた。

「緑莉、本当にお熱があるよ。大丈夫?」

 紗帆は緑莉のおでこに手を当ててみた。

「まあ、なんとか」

 緑莉はそう答えるも、ぐったりしていた。

「あらら、緑莉、風邪引いちゃったか。でもそんなに高熱じゃないっぽいけんきっと一晩で治るじょ」

 絵衣子も緑莉のおでこに手を当てて、安心させるように言う。

「緑莉、これからぐっすり寝れば、明日の朝までには絶対治ってるからね」

 紗帆が勇気付けるようにそう言うや、

「ミドリちゃん、これ舐めてみて。ザビコサ王国製の薬用ドロップ、パイナップル味で風邪に良く効くよ。寒い日本で風邪引いた時のために念のために持って来てたんだ」

 リャモロンはトートバッグから黄色いドロップを取り出した。

「ありがとうリャモロンお姉ちゃん、いただきまーす」

 緑莉は一粒受け取るとさっそくお口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい♪」

 するとなんと、緑莉の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていったのだ。

「急に元気が出て来たっ!」

 緑莉はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。

「お熱も下がったみたいだね。ドロップ効果すごい!」

 紗帆はもう一度おでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとうリャモロンお姉ちゃん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった」

「どういたしまして」

 リャモロンはちょっぴり照れた。

「想像以上の解熱効果じゃ。ワタシ、こんなに効果あるとは思わなかったじょ。ド○ゴンボールの仙豆みたいじゃね」

 絵衣子は効能にかなり驚いていた。

 それから四人いっしょに一時間ほどテレビゲームを楽しんで夜十時半頃。紗帆はリャモロンを連れ、自室へ戻った。

「まだにおい消えてないね。窓開けてたのに。あの、リャモロンちゃん。ジャスミンのスプレーでドリアンのにおい消して欲しいな」 

「あのスプレーは使い切っちゃってもうないの。そのうち自然に消えますから」

「……お布団もドリアン臭くなっちゃってる」

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