徳島に南の島のNIWA団襲来! 阿波おどりは我が国の民族舞踊のパクリだ

明石竜 

第一話 俺の部屋にある日突然、青髪の不思議な少女が侵入して来てえらいやっちゃ

「ぅおわぁっ!! だっ、誰だよおまえ?」

四月下旬のある木曜日の夕方五時頃。

徳島市内の閑静な住宅街で暮らす高校一年生の後藤田敦史は、自室の机に向かって数学の宿題に励んでいる最中、びっくり仰天してイスから転げ落ちそうになった。

 机すぐ横の窓から、見知らぬ少女が身を乗り出してこのお部屋を覗き込んで来たのだ。

中学生くらいに見え、面長でぱっちりした鳶色の瞳。褐色の肌が南国育ちっぽさを漂わせ、コバルトブルーに煌くセミロングな髪をハイビスカスの赤いお花付きカチューシャで飾っているのも特徴的だった。服装は紺地にクマノミの刺繍が施された長袖セーターと花柄ミニ巻きスカート。黒のニーソックスも穿いていることが分かった。大きなリュックを背負い左手にトロピカルなデザインのトートバッグを持ち、右手にはなぜか〝けん玉〟を持っていた。 

仄かにパイナップルの香りもしたその少女は、バナナ色のスニーカーを穿いたままずかずか入り込んでくるや、

「はじめまして、日本のお方。アタシ、ザビコサ王国からやって来ました、リャモロンと申します。十三歳です」

 爽やかな笑顔&明るい声で自己紹介して、ぺこんと一礼した。

「ザビコサ王国って何だよ? きみが考えた架空の国か?」

「いえいえ、実在する国ですよ」

「そんな国、聞いたことないな」

 敦史が戸惑った様子でこう呟いた、その直後。

 トッ、トッ、トッ、トッと階段を駆け上げる音が聞こえて来た。

「あの、しばらくここに隠れててっ! 座った状態で」

「えっ? ちょっ、ちょっと待って。あなたにお知らせしたい日本の平和を揺るがす非常に重要なことが、きゃぁんっ!」

敦史は大慌てでリャモロンと名乗った少女の腕を掴んで引っ張り、もう一つの窓からベランダへ追い出す。窓を閉め鍵を掛け、外が見えぬようカーテンもしっかり閉じた。

その約二秒後、ノックもなしにカチャリと扉が開かれ、

「敦史お兄さん、ワタシの描いた新作マンガ、読ませてあげる♪」

「絵衣子(えいこ)ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」

 絵衣子という丸顔丸眼鏡ボサッとしたポニーテールな女の子に勝手に押し入られてしまった。敦史は何事もなかったかのように冷静に対応する。 

「今度のは絶対面白いけんっ! 同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたんじょ。試しに読んでみなって」

「今忙しいし、たとえ暇だったとしても絵衣子ちゃんの描いたマンガを読む気はしないな」

この子は敦史の妹、ではなくお隣に住む木内(きのうち)家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。

「まあまあそう言わずに。最初の三十一ページだけでも」

「つまり、全部読めってことだろ」

「さすが敦史お兄さん、勘が鋭い。かわいい女の子のエッチな描写も満載なんじょ」

「だからこそ読む気がしないんだって」

「もう、本当は読みたいくせに。今度の主人公の男の子はね、エッチなことを考えるとドリアンの悪臭を解き放っちゃう特殊能力を持ってて」

「ドリアンを悪臭扱いするのは、東南アジアの人達に失礼だろ」

マンガ原稿の束を目の前にかざされ、敦史が困っていると、

「絵衣子、敦史くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」

 長女で彼と同級生、おっとりのんびりとした雰囲気で、ほんのり茶色な髪を水玉のシュシュで二つ結びにしている紗帆(さほ)がこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。 

「エッチ過ぎることはないと思うんだけどなぁ。矢○先生みたく乳首は描いとらんけん」

 絵衣子が爽やかな笑顔でこう主張しながら、マンガ原稿を自分のショルダーバッグに仕舞ってほどなく、

「敦史お兄ちゃーん、漢字の宿題手伝ってぇ~。同じ漢字、十回ずつ書かなきゃいけないの」

三女でメロンのチャーム付きダブルリボンで飾ったおかっぱ頭が可愛らしい、小学四年生の緑莉(みどり)も入って来た。漢字ドリルとジャポニカ漢字練習帳と筆箱を両手に抱えて。

「ダメだよ緑莉ちゃん、全部自分でやらなきゃ。テストの時に困るから」

 敦史は慣れた様子でお決まりの返事をする。宿題やってとしょっちゅう頼まれるのだ。

「面倒くさいなぁ」

 緑莉は敦史のベッドにうつ伏せになり、しぶしぶ漢字の宿題をし始めた。

みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から後藤田宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。

「緑莉ちゃん、消しゴム使ったらカスはちゃんとごみ箱に捨てといてね」

「はーい」

「緑莉、敦史くんのお勉強の邪魔をし過ぎちゃダメだよ。絵衣子もね」

「分かってるって紗帆お姉さん」 

(リャモロンとか言ってた女の子、今のとこ大人しくしてくれてるみたいだけど、入って来ないよな?)

 敦史は今、その不安で頭がいっぱいだった。シャーペンを握ったまま固まってしまう。

「敦史くん、この問題分からないの?」

 紗帆は心配そうに覗き込んで来た。

「あっ、いや、ちょっと考え事してて」

「敦史お兄さん、ワタシの自作マンガが気になるんじゃろ?」

「それは違うって」

 敦史が迷惑そうに否定したのとほぼ同じタイミングで、

「やっと終わったぁ。四年生で習う漢字は難しいよ」

緑莉は宿題を済ませたようだ。鉛筆と消しゴムを筆箱に片付けると、

「敦史お兄ちゃん、このゲームで遊ぶね」

 ベッド下の収納ケースから敦史所有のアクション系テレビゲーム用ソフトを取り出した。

「緑莉ちゃん、俺はまだ宿題中だからやめて欲しいな」

 敦史は因数分解の問題を解きながらそう伝えるも、

「静かにやるからー」

 緑莉はお構いなしにゲーム機本体にセットし、電源を入れる。

「敦史お兄さん、宿題はあとでも出来るっしょ」

 絵衣子はこう主張して、緑莉といっしょにプレイし始めてしまった。

「紗帆ちゃん、何か言ってやって」

「緑莉、絵衣子、もう少し音下げなきゃダメだよ」

「結局やらせるのか」

「だって私もちょっと遊びたいし」

「おいおい」

 やばい、長居されてしまう。

敦史が心の中でそんな心配をしていると、ピンポーンと玄関チャイム音が聞こえて来た。

「こんばんはー、先ほど紗帆さんちへ寄ったんですけど、敦史さんちへお邪魔してると聞いて」

 続けてこんなのんびりとした声も。

「涼香(すずか)ちゃんだ。いらっしゃーい」

 紗帆の幼稚園時代からの幼友達、今同じクラスの坂東涼香だった。

「涼香お姉ちゃん、おいでおいでー」

「涼香お姉さん、お久し振りぃーっ!」

三姉妹は一旦廊下に出て、階段の所から叫んで快く歓迎する。

「ここ、俺の部屋なんだけどな」

 なんでこんな時に限って珍しく坂東さんまで遊びに来ちゃうんだよ。

そんな心境で迷惑がる敦史に構わず、

「こんばんは」

涼香もこのお部屋へお邪魔した。背丈は紗帆や絵衣子より少し低い一五五センチくらい。四角顔で細めの一文字眉、四角い眼鏡をかけ、ほんのり茶色がかった黒髪をショートボブにしている。見た目そんなに賢そうな感じの子ではないが、東大・京大に毎年現役合格者を出す敦史達の通う県内指折りの進学校、県立徳島城松(じょうまつ)高校の新入生テストでも総合三位を取った正真正銘の優等生なのだ。

「今日発売された『駆け回ろうよ動物の森3』、みんなでいっしょにプレイしましょう」

 そんな涼香は、鞄からそのテレビゲームソフトの箱を取り出し誘ってくる。

「いいねえ涼香お姉ちゃん、やろう、やろう!」 

「涼香お姉さん、もうゲットしたんだ」

「新シリーズのもすごく面白そうだね」

 三姉妹はそれに興味津々。

「あの、坂東さん、俺の部屋占領されて困ってるんだけど……」

 敦史は苦笑いを浮かべて訴えるも、

「三〇分だけでやめますから」

 涼香は爽やか笑顔でこう言い訳して敦史のベッドに腰掛け、プレイし始めてしまった。

「ごめんね敦史くん、私もこれすごくプレイしたいの」

 紗帆は申し訳なさそうにしつつも、楽しそうにコントローラを操作する。

「涼香お姉ちゃん、あたしが村長やりたーい」

「もちろんいいですよ」

「やったぁっ! プレイヤー名何にしようかな?」

「同じクラスの好きな男の子の名前にしたらいいじゃん」

「絵衣子お姉ちゃん、そんな子いないよ」

 緑莉と絵衣子は敦史に気遣うことなくゲームに夢中だ。

「あの、もう少し音小さくしてね」

 大音量BGMの中、

(きっと三〇分じゃ終わってくれないだろうな。リャモロンちゃん、この子達が帰るまで大人しくしててくれよ。というよりいなくなってて欲しい。むしろ夢であって欲しい)

敦史はそう願いながら心臓をバクバクさせ、引き続き数学の宿題に取り組んでいると、

「アツシとかいう男の子、なんとも羨ましい状況ですねー」

 ベランダ、ではなく机すぐ横の窓の外からあの子の声が聞こえて来てしまった。

(ベランダから移動したのか!?)

 その瞬間、敦史はびくっと反応。背中からつーっと冷や汗も流れ出た。

「何? 今の声? 絵衣子か緑莉か涼香ちゃんが言った?」

「いや、ワタシは言ってないよ」

「あたしもー」

「わたしも違いますよ」

 三姉妹と涼香は不審に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。

 次の瞬間、

「うわぁっ! 誰だあれ?」

 敦史は怪しまれないように、初めて姿を見たような驚きの反応をした。

「えぇっ!」

「誰なのでしょうか? あの子は」

「おう! 南国系の女の子がおるじょ」

「びっくりしたー。誰? あのお姉ちゃん」

 他の四人もほぼ同時に異変に気付く。

リャモロンが初登場時と同じ屋根に通じる窓からこのお部屋に戻って来て、紗帆達の目の前に姿を現してしまったのだ。

「日本の皆さん、はじめまして。アタシ、ザビコサ王国からやって来ました、リャモロンと申します。十三歳です」

 爽やかな笑顔&明るい声で敦史以外にも自己紹介して、ぺこんと一礼した。

「ザビコサ王国って何だ?」

 敦史はまたも怪しまれないような反応をする。この時彼は押入れじゃなくベランダに隠してよかったと思った。

「ザビコサ王国?」

「何かのゲームに出てくる架空の国かしら?」

「ワタシもそんな国聞いたことないじょ。架空っしょ」

 ぽかんとなった紗帆と涼香と絵衣子に対し、

「ザビコサ王国ってどこにあるの?」

 緑莉は興奮気味に反応した。

「そんな国実在しないだろ」

 敦史は地図帳見開き全ての国名が載っている世界地図を確かめながら呟く。

「ゆかり王国と同じようなものかぁ。あなた、そんな脳内設定作っちゃって中二病じゃね。ワタシと同い年やけん親近感が沸くじょ。どこの中学?」 

 絵衣子はにやついた表情で問いかけた。

「あっ、いえ。アタシは正真正銘のザビコサ王国民よ。通ってる中学は王立キワワッキー中学なの」

 リャモロンが真顔でこう伝えると、

「この子めっちゃ面白ぉーい」

 絵衣子はますます大笑いした。

「おサルさんの鳴き声みたいな学校名だね」

 緑莉もにっこり微笑む。

「ザビコサ王国はシーランド公国みたいな、国家承認されてない小国かしら?」

 涼香は冷静にこう推測する。

「はい、その通りです。ザビコサ王国は赤道近くにある島国よ」

 リャモロンはきっぱりと伝えた。

「シーランド公国はイギリス沖だけど、ザビコサ王国はどこの国の辺りなんだろ?」

 敦史が疑問を浮かべると、

「そこまでは秘密♪」

 リャモロンはこう答え、えへっと笑った。

「全く信じられんじょ。ザビコサ王国なんて検索で出て来ないじゃん」

 絵衣子はスマホのインターネット機能で調べてみた。

「ネットで検索されないから存在しないって考えは視野が狭いよ。さすが島国根性の日本人ね。アタシの国も島国だけど」

 リャモロンにくすくす笑われてしまう。

「ザビコサ王国なんてラノベとかRPGとかに出てくる架空の国なんじゃないの? ねえリャモロンちゃん、本当はどこの国出身なの? この顔つきだと、インドネシアかハワイかトンガ?」

 まだ信じていない絵衣子は興味津々に問い詰める。

「アタシ、本当にザビコサ王国からやって来たんですよ」

 リャモロンはふくれっ面で強く主張した。

「絵衣子、リャモロンちゃんの言うこと、信じてあげて」

「絵衣子お姉ちゃん、リャモロンお姉ちゃんは絶対ザビコサ王国民だよ」

 紗帆と緑莉はすっかり信じ切っているようだ。

「紗帆お姉さんと緑莉がそう言うんなら、ワタシも信じようかな。リャモロンちゃん日本語ペラペラやけん日本育ちの外国人じゃないの?」

「違うよ。日本へは今までにも家族旅行で何度か訪れたことはあるけど、ザビコサ王国にいる時の方が遥かに長いよ」

「ほうなん? けど普段から日本語で話してそうな流暢さじゃん」

「そりゃぁザビコサ王国の公用語は日本語だもん」

 リャモロンはにこにこ微笑みながら伝える。

「マジでっ!?」

 絵衣子は目を丸めた。

「日本語って、日本でしか公用語としては使われてないんじゃなかったのか?」

「ミクロネシアみたいに、かつて日本の委任統治領だったとか?」

 敦史と涼香の反応を見てリャモロンはにっこり微笑み、

「違うよ。ザビコサ王国は歴史上どこからも支配されたことがないよ。正確なことはまだ分かってないけどザビコサ王国の起源は今から三千年ほど前、ラピタ人同士で争い事が起きた時に戦わずに逃げた人々が、太平洋の赤道近くにある無人島に移り住んだことだとされてるの。以来、二〇世紀の第二次世界大戦も終わって十数年後に至るまで、スペイン人などに発見され占領されてしまった南太平洋の他の島々とは対照的に他の地域の人々に一切気付かれることなく、独自の文化を築き上げて来たんだって」

 国の歴史を楽しそうに語り出した。

「リャモロンちゃんの考えた設定にしか思えないんじゃけど……」

 絵衣子はまだ半信半疑だ。

 リャモロンはさらにやや早口で話を続ける。

「異国の情報がたくさん入って来出してから数年後の一九六五年七月、アタシの祖父母はザビコサ王国を訪れた日本人から、これからの時代はザビコサ王国に留まってないでよその世界も見た方がいい。日本はザビコサ王国に負けないくらいとても平和な国だからまずはそこから見てみないかと勧められたそうです。祖父母は最初乗り気ではなかったのですがちょうど日本の徳島でザビコサ王国の民族舞踊、『コピャレ』とよく似た阿波おどりが開催されることもあり、一応見に行ってみるかという結論に至ったそうです。祖父母はさっそくパスポートを申請し、八月に専用客船で日本へ旅立ちました。阿波おどり観覧を楽しんだ後、神戸や京都や宝塚を観光して十日ほど日本に滞在しザビコサ王国へ帰国後、国民に習得した日本語を伝えました。アタシ達の住むザビコサ王国は国土が狭く人口も少ないので日本語が僅か数週間で国全体に広まり、一九七〇年にはザビコサ王国の公用語となったそうです。そんなわけでザビコサ王国の人々は、日本語をごく自然に話すことが出来るの。年配の方々ももはやザビコサ王国独自の言葉は日常会話では使いません。祖父母ももうとっくの昔に忘れたって言ってたよ」 

「自国の言葉を捨てるのに、抵抗なかったのかしら?」

 涼香はすぐにこんな疑問が浮かんだ。

「当時のザビコサ王国民全員、全く未練がなかったみたい。なんといっても日本語は文字の種類が無数にあり、豊かな表現が出来るからね」

「そうでしたか。確かに日本語は日本人でも知らない漢字や語句の方が遥かに多いと言うものね」

「ザビコサ王国はけっこう親日的な国みたいだな」

 敦史はかなり好印象を持ったようだ。

「はい、とっても親日的ですよ。ザビコサ王国も現在は他の地域に住む方々の観光、さらには移住も認めてるよ。ただ、それには港や空港の検問所で非常に厳しい人格審査の突破が必要なの。世界一良い治安を保つため、犯罪人、犯罪者予備軍、殺傷能力のある武器類の徹底排除をするようにしてますから。モナコもびっくりの警備体制だな」

「そんな素敵な国なら私、すごく行ってみたいよ」

「あたしもーっ! ザビコサ王国の人達とお友達になりたーい!」

「わたしも、行けるのなら行ってみたいです」

「俺もどんな国なのか気になる」

「ワタシも、行って真相を確かめたいじょ」

「皆さんなら、ザビコサ王国への入国許可が下りると思うよ。人柄良さそうだし」

 リャモロンは自信を持って言う。

「そう言ってもらえて嬉しいじょ。リャモロンちゃん、ワタシさっきから気になってたんだけど、そのけん玉の玉、変わった形しとるね」

 絵衣子は楽しそうに話しかけた。

「玉はココナッツの硬い殻で出来てるの」

「ほうなんじゃ。南国らしい」

「ザビコサ王国の玩具や雑貨は自然の物で作られてるのが多いよ。今から皆さんにザビコサ王国ならではの面白いものをお見せするよ」

 リャモロンはそう伝え、トートバッグから孫の手を取り出した。

「えいっ!」

 そして敦史の机上にあった黒ボールペンに向かって振りかざす。

 すると、

「えっ!!」

「うわっ、何だこのボールペン?」

「へっ! マジで? 生き物みたいになってるじょ」

「うっ、嘘でしょう?」

「すっ、すっごぉい! リャモロンお姉ちゃんは魔法使いなんだね」

 信じられない変化が起きた。紗帆達は我が目を疑う。

 ボールペンが独りでに動き出し、メモ用紙に文字を書き始めたのだ。

 則天去私と書き記すと、ボールペンは元あった場所へ戻って動きを止めた。

「日本人にとっては魔法に思われたみたいね。これはアタシの魔法じゃなくて、孫の手に使われてる純粋な科学技術の力よ。この孫の手にはいろんな道具を動かせる機能が付いてるの。ザビコサ王国のデパートで普通に売られてるよ。ちなみにこの孫の手はタガヤサンから作られたの」

 リャモロンは自慢げに主張する。

「ってことは、俺がやっても出来るのか?」

「もっちろん。試してみてね。振りかざすだけでいいよ」

 リャモロンは孫の手を敦史に手渡す。

「これで試してみるか」

 敦史はテレビリモコンに向かって恐る恐る振りかざしてみた。

 するとテレビに今映っているゲーム画面が、ボタンに一切触れていないのに普通のテレビ番組画面に切り替わった。チャンネルもいくつか勝手に切り替わり、電源も勝手に切れた。

「便利な機能だけど、恐ろしくもあるな」

 敦史は苦笑いを浮かべ、感想を呟く。

「敦史お兄ちゃん、あたしにもやらせてー」

 緑莉は漢字ドリルに。

「わぁ、踊ってるぅ!」

 そうすると急に踊り出した。すぐに新出漢字【議】=会議という用語が載っているページが開かれ、それから十秒ほど経つと動きが止まってページも閉じられた。

「これ面白ぉーいっ!」

 緑莉は強い興味を示す。

「緑莉、私にもやらせてー」

 紗帆は机上にあったハサミに。

「きゃっ、私の髪切っちゃダメだよ」

 その結果、紗帆の頭を目掛けて振りかかって来た。紗帆が注意するとハサミはぴたりと動きを止め、元あった場所に戻っていった。

「敦史お兄さんにかざしても、何も起きないじょ。服が脱げて全裸になっちゃうかなぁって期待したのに」

「おいおい、絵衣子ちゃん」

 絵衣子に眼前に振りかざされ、敦史はちょっぴり呆れ返った。

「絵衣子、敦史くんに失礼だよ」

「あいてっ」

 紗帆は絵衣子のおでこをペチッと叩いて注意。

「エイコちゃん、物を対象にしないと反応しないよ」

 リャモロンはにっこり笑顔で伝える。

「なんとも不思議な孫の手ですね。ザビコサ王国の科学技術力恐るべしです。あの、ザビコサ王国は独自の文明の発展を遂げて来たみたいだけど、民族も……リャモロンさんの青色LEDみたいな色の髪って、染めてるのかしら?」

 涼香はふとこんな疑問が浮かんだ。

「はい、染めてますよ。ザビコサ王国民も髪の自然色は日本人とほとんど同じだけど、染めてる人は多いよ。ザビコサ王国の野鳥や昆虫がカラフルなのが多いから、敬意を表するような感じで」

「そうでしたか。染髪はザビコサ王国のファッション文化なんですね」

「日本人でも髪染めてる人多いけどね。ワタシの学校にも明らかに染めてる子おるよ。ワタシもマチ★アソビの時染めたことあるじょ」

「絵衣子お姉ちゃんピンク色にしてたね」

「私は高校を卒業するまでは、髪を染めるのはやめた方がいいと思うな」

「俺もそう思う。頭髪検査で引っかかるもんな。ザビコサ王国の学校では染髪については何も言われないってわけか」

「はい。むしろ推奨されてるよ。ところで、皆さんはご兄妹?」

 リャモロンが唐突にこんな質問をすると、一瞬の沈黙。

「私と絵衣子と緑莉が姉妹で、敦史くんと涼香ちゃんは違うよ。お友達なの」

 紗帆は冷静に伝える。

「そうでしたか。アツシさんハーレムですね」

 リャモロンはにやりと笑った。

「……」

 敦史は返答に困ってしまう。

「まさにそうっしょ」

 絵衣子はくすくす笑う。

「ハーレムってトドが作るやつだね」

 緑莉はこんな反応だ。

「あの、リャモロンちゃんが日本にやって来たのって、観光目当てか?」

 敦史は話題を切り替えるべく、こんな質問をしてみた。

「違うよアツシさん」

 リャモロンは即否定。

「それじゃ、泥棒するためか?」

「それも違いますって。また泥棒扱いされちゃったよ。アタシ、アツシさん宅に来る前に他に二軒お二階の窓からおじゃましたんだけど、どちらも住人の方に泥棒扱いされて警察を呼ばれそうになりましたよ」

「そりゃぁ、あの泥棒みたいな入り方じゃなぁ。アメリカなら銃殺されても文句言えないだろ」

 敦史は苦笑いする。

「リャモロンちゃん、あの入り方はまずかったっしょ」

「あんな風に入って来たら普通の人はびっくりするよ」

 絵衣子と紗帆はにこにこ微笑みながら指摘した。

「確かに、チャイムを鳴らして住人の承諾を得てから玄関から入るべきでしたね。ここの皆さんは寛容で幸いでした。おかげで護身用のけん玉も使わなくて済みました。なかなかいいメンバーが揃ってることだし、アタシの話も真剣に聞いてくれたことだし、よぉし、この皆さんに決めたぁっ!」

「何を決めたの?」

 リャモロンの突然の発言に、きょとんとなる紗帆。

「戦力となる仲間ですよ」

 リャモロンはすかさずきりっとした表情でそう伝えた後、一呼吸置いて、

「じつはですね、平和なザビコサ王国に近年現れてしまった、日本侵略を狙っている“日本人に悪さして遊ぼう団、略してNIWA(ニワ)団”という悪いやつらが日本時間換算で今朝早く、大型潜水艦でザビコサ王国を旅立っちゃいまして、三日後に日本のどこかに到着する予定なの。アタシは父が所有する最高時速五百キロの一人乗り高速小型ジェット機で追いかけ、やつらの乗った潜水艦を見つけることは出来、説得しようとしたんだけど潜水されてしまってなすすべなく、日本へ先回りして、やつらとの戦闘に協力してくれる有望な日本人メンバーを探すことにしたの。平和的な解決のために、皆さんの戦力が必要なのです! アタシといっしょにNIWA団と戦って下さい!」

 早口調で興奮気味に説明し、こんなお願いをして来た。

「なんか、信じられんけど、本当ならなにげにやばそうだな」

「本当の話なのでしょうか?」

 敦史と涼香はぽかんとした表情を浮かべる。

「リャモロンちゃんの自作設定じゃないの? 日本人に悪さして遊ぼう団、NIWA団って、小学生が五秒で考えたようなネーミングじゃね」

 絵衣子はくすっと笑った。

「敦史くん、涼香ちゃん、絵衣子、極めて大変な事態だよ」

「これは日本の危機だね」

 紗帆と緑莉はすっかり信用し、深刻に捕らえているようだ。

「アツシさんにスズカさんにエイコちゃん、本当の話ですよ」

 リャモロンは真顔で伝えた。

「そうなのか? NIWA団とかいうやつらは、なんで日本を狙ってるんだ?」

 敦史は訝しげにしながら冷静に質問してみる。

「話は少し長くなるけど、NIWA団が現れてしまった経緯から説明するね。争い事を好まず、とても温厚な人々によって築かれたザビコサ王国は、戦争も殺人・傷害行為も窃盗も過去に遡っても存在しないとても平和な国だったんだけど、アタシ達ザビコサ王国民が手軽に日本旅行を楽しめるようになり、日本の情報をたくさん得られるようになった昨今、窃盗、器物損壊などの非行に走る輩も生まれてしまったわけです。ザビコサ王国は日本と比べたら平和過ぎて地形も気候も単純で刺激がないとかって理由で。そんな考えの仲間が集まって、NIWA団という悪の組織を作ったわけなの。NIWA団のやつらは自然環境、治安、エンターテインメントに関して、スリル満ち溢れた環境に恵まれた日本に住んでるやつらが羨ましいということで、日本人を妬んでるみたい。その中でも特に徳島県民は民族舞踊『コピャレ』をパクッたってことで一番気に食わないみたいなの。そんなわけでアタシ、一番襲撃される可能性の高い徳島市にやって来たってわけなんだ」

 リャモロンは苦笑いで伝える。

「なんとも身勝手な言いがかりだな。阿波おどりがコピャレとかいうののパクリなんてあり得ないだろ。二〇世紀半ばまで異国文化との接触はなかったみたいだし。俺からすれば社会情勢的には日本よりザビコサ王国の方がずっと恵まれてると思うんだけど、平穏な日常でずっと過ごしてたら、危険な目に巻き込まれることに憧れるのかな?」

 敦史はNIWA団員に少し同情してしまったようだ。

「日本よりアメリカとかの方がスリルあるんじゃないの?」

 絵衣子は疑問に思う。

「日本以外の地域は言葉が通じないということで、スルーしてるみたい」

 リャモロンは苦笑いで伝える。

「リャモロンちゃん、私、闘いなんて怖くて出来ないよ」

 紗帆はやや怯えた様子で伝えた。

「わたし達の力じゃ、何も役に立てないと思うのですが。日本人よりも科学技術力が高度でしょうし」

「俺達じゃなくて、軍隊か武道派の人間に頼んだ方が良くないか?」

「いやぁ、そんなのに頼んだらNIWA団のやつらがかわいそうで。なんてったってやつらは“平均年齢十歳くらいのガキ”ですから。殺傷能力のある銃や爆弾を使うことはしてこないだろうし、あなた達日本人の戦いの素人でも勝てるはずです!」

「なんだ。ガキ大将みたいなものか。それなら簡単そうだな」

「やっぱ子どもの集団かぁ。日本人に悪さして遊ぼう、略してNIWA団ってネーミングからして思った通りじょ♪」

「暴力を一切使わずに説得出来そうですね」

 敦史と絵衣子と涼香は安堵しているようだ。

「悪い子達にはめっ! ってきつーく注意してあげなきゃダメだね」

 緑莉は襲来を楽しみにしている様子。

「それでも私は心配だなぁ」

「紗帆さん、協力してあげましょう!」

 涼香は尚も不安がる紗帆の両肩をぽんっと叩き、爽やかな笑顔で説得する。

「……うっ、うん。分かった」

 紗帆は困惑しながらも、すぐに承諾の返事をしてあげた。

「皆さん協力してくれるようで嬉しいですっ! アタシ一人の力じゃきっと太刀打ち出来ないので」

 リャモロンの表情が綻ぶ。

「あの、リャモロンちゃん、ザビコサ王国のお巡りさんや自衛隊には頼まなかったの?」

 紗帆が問いかけると、

「ザビコサ王国は平和ゆえに、そういう組織は存在しないんだ」

 リャモロンは爽やかな笑顔で伝えた。

「……そうなんだ。私達でなんとかするしかないんだね」

 紗帆はちょっぴり憂鬱な気分になる。

「真の平和国家だな。NIWA団は三日後に来るわけか。ガキ相手とはいえ、それまでに何か対策した方がいいよな?」

 敦史が問いかけると、

「はい。そんなわけでこれから三日間、あなた達の側に寄り添って戦闘術などいろいろアドバイスしたいので、サホさん達宅かアツシさん宅かスズカさん宅で、アタシをホームステイさせて下さい」

 リャモロンは唐突にこんなことをお願いして来た。

「俺んちは無理だな」

「わたしんちもちょっと……」

 突然のことに、敦史と涼香は困ってしまう。

「私は構わないけど、お父さんとお母さんに相談しないと」

 紗帆もこんな意見だ。

「リャモロンちゃんみたいな子じゃったら、きっといいって言ってくれるっしょ」

「パパとママは、リャモロンお姉ちゃんを絶対受け入れてくれるよ」

 絵衣子と緑莉はリャモロンを安心させるようにこう主張した。

「あの、サホさん達、ご家族の方々にはアタシはインドネシアからの留学生であるとお伝え下さい。ザビコサ王国からやって来たと伝えると、不審なお顔をされると思うので」

「確かにその方がいいかも。リャモロンちゃん、ザビコサ王国の風景写真は持ってないのかな?」

「あるよサホさん。皆さんにザビコサ王国の中の風景写真、見せてあげる♪」

 リャモロンはリュックから分厚いアルバム冊子を一冊取り出した。

「これはリャモロンちゃんの住んでる街かな?」

 捲って最初のページに出て来た写真を見て、紗帆が質問する。

「はい、ザビコサ王国首都ダーワイケアの街並みよ」

「そうなんだ。高層ビルは全然ないけどけっこう都会だね。看板が日本語で日本の街みたい」

「お寺や神社っぽいのもあるじゃん」

「でも街路樹にヤシの木とかバナナの木とかパンノキとかが生えてるのはいかにも南国だな。影が短いのも」

「市場も美味しそうなフルーツがいっぱいで南国っぽいね。リャモロンお姉ちゃん、このパイナップルの隣に写ってるの、じゃがいも?」

「それはロンコンよ。日本じゃお目にかかれないかな? 甘酸っぱくて超美味しいよ」

「へぇ。あたし食べてみたいな」

「この写真に写ってるランブータンとスターフルーツもとても美味しそう。わたし南国系のフルーツ大好きですよ」

「さすが南国。姫路城っぽい建物もあるじゃん」

「姫路城をモデルに造られた物だから、似ていて当然かも。それはアタシのおウチなの」

「すっごーい。とっても立派なおウチに住んでるんじゃね。ひょっとしてリャモロンちゃんは、ザビコサ王国のお姫様とか?」

 絵衣子は羨ましがり、こんな質問をする。

「近いです。アタシ、国王の娘ですから」

 リャモロンがさらっと答えると、

「おううう、高貴なお方なんじゃね」

「リャモロンお姉ちゃんのおウチ、大金持ちなんだね」

「私達、凄い良家のお方と出会ったんだね」

「リャモロンさんって、お嬢様育ちだったのね」

「俺らとは身分が違うな」

 絵衣子達は途端に恐縮してしまった。

「いえいえ、全くそんなことないよ。ザビコサ王国では国民皆平等の観点から身分の差は無いに等しいので。国王といっても、他のザビコサ王国民と生活水準はほとんど同じなの。日本やその他諸外国みたいに職業の違いによる時給の差もありませんから。家族構成や労働時間の違い、勤続年数・年齢を得る毎に国民労働者一律に時給が上がっていくこともあり、世帯所得の差はどうしても出てしまいますが、世帯年収五億ダモカ未満のご家庭には年度末毎に不足分が補われるので、世界の中で所得格差の少ないといわれる日本と比べても差は遥かに少ないよ」

 リャモロンは謙遜気味に説明する。

「ジニ係数が限りなく0に近いってことか。理想的な社会が築かれてるんだな」

「小さな島国だからこそ実現出来たことだと思うけど、日本、さらには諸外国もザビコサ王国の社会制度を見習わなきゃいけないね」

「ワタシも紗帆お姉さんの意見に同意じょ」

「国民全員がお金持ちって最高の国だね。あたしこのおウチ住んでみたいな」

「ザビコサ王国のお金の単位って、ダモカみたいだけど、1ダモカは何円くらいなのかしら?」

 涼香は気になって質問してみる。

「1ダモカ0.01円くらいかな? 物価は日本の七分の一くらいよ。ザビコサ王国のお金、見せてあげる」

 リャモロンはトートバッグの中から財布を取り出し、硬貨と紙幣をいくつか出した。

「このお金、石で出来てるぅ!」

 緑莉は丸っこい千ダモカ硬貨と、四角っこい五百ダモカ硬貨を手に掴んで嬉しそうに観察した。

「南の島らしいな。けっこう重い」

「日本の硬貨と大きさは同じくらいなのね」

 敦史と涼香も手に取って眺めてみた。

「お札、みんな日本人じゃん」

「俳句でお馴染みの人達ばかりだね」

 絵衣子と紗帆は微笑み顔で突っ込む。十万ダモカ札の肖像が松尾芭蕉、五万ダモカ札が与謝蕪村、一万ダモカ札が小林一茶だったのだ。

「そりゃぁ超親日国だもの。最高額の五百万ダモカ札には手塚治虫さん、百万ダモカ札には宮沢賢治さん、五十万ダモカ札には正岡子規さんや太宰治さん、五千ダモカ札には芥川龍之介さんが使われてるよ。昔は五千ダモカ以上は葉っぱや貝殻のお金だったんだけど、一九九〇年代初めにはこのタイプになったみたい。でもこのお金、日本へ来てから銀行や郵便局で日本円に両替しようと思ったのに、出来なかったの。おもちゃのお金だって銀行員や郵便局員のお姉さんに言われて」

リャモロンはやや落胆した様子だ。

「ザビコサ王国以外の世界中どこも使われてないお金だから、外貨両替は無理なんじゃないかしら」

 涼香は苦笑いしながら意見した。

「言われてみれば、そうだよね。国家承認されてない国のお金だし。ザビコサ王国の銀行と郵便局では日本円に変えれるからそこでして来ればよかったよ」

 リャモロンは残念そうに硬貨と紙幣を財布にしまった。

「リャモロンさん、一つ学べましたね。あらっ、ザビコサ王国には、富士山みたいな形の山もあるのですね」

 涼香はその写真を見て感心気味に呟く。

「そちらの写真に写っているのはザビコサ王国の最高峰、標高一一九六メートルのネミノヒ山(やま)なの。形は似てるけど、日本の最高峰、富士山の三分の一にも満たないよ。雪も当然降らないな。ザビコサ王国は日本に比べるととても小さく常夏なので仕方の無いことだけど、大自然の織り成す造形美は日本のそれと比べるとかなり見劣りしちゃうな」

「けど日本にはないジャングルがあるじゃん。おう、トラが写ってる。日本じゃ野生では出会えないよ」

「ワニもいるぅ! リャモロンお姉ちゃん、これはイリエワニだよね?」

「その通りよミドリちゃん」

「ニシキヘビもいるのか。世界一の治安の良さでも、ジャングルはやっぱ危険動物がいっぱいなんだな」

「いえいえアツシさん、ザビコサ王国のジャングルは楽園よ。ザビコサ王国に生息するヘビやトラやワニ、近海に住むサメなんかも、みんな大人しくて草食性よ。人を襲うことなんてないよ。ザビコサ王国の子ども達は川遊びする時イリエワニの背中に乗って滑り台みたいにして楽しんでるよ。トラの背中にも乗って遊んでるなぁ」

「楽しそう。あたしも乗ってみたぁーい!」

「私もー」

「ワタシも乗ってみたいじょ。ファンタジー世界の主人公気分が味わえそうやけん」

 三姉妹は羨ましがった。

「普通のイリエワニやトラでそんなことしたら食い殺されちゃうだろ。ザビコサ王国では危険動物とされてるのまで温厚なのか?」

 敦史は驚いた様子で呟く。

「本来危険な動物もザビコサ島ではなぜか温厚になっちゃってるから、イリエワニとかザビコサ島以外で見かけたら近寄ってはいけない動物一覧をパスポートセンターとかに提示して、国民に注意を促してるよ」

「獰猛な動物を他の地域からザビコサ島に連れて来ても、温厚になるのかしら?」

「そうみたいよ。実際試しに獰猛なイリエワニをジャワ島から連れて来たら、日を追うごとにどんどん温厚になってったし。植物も人間にとって危険なのは生えてないな。ページをさらに捲るとザビコサ王国の他の動物の写真がいっぱい出て来るよ」

 リャモロンがそう伝えると、絵衣子達はわくわく気分でページを捲っていく。

「おう! ゾウもいるじょ」

「オランウータンもいるね。リャモロンお姉ちゃんの生まれ故郷、いろんな動物がいて楽しそう」

「チョウチョウさんも鳥さんも、南国らしく色鮮やかね。わたし一度探検したいな」

「このカブトムシ、なんか怖い。目の前にいきなり現れたら私気絶しちゃいそう」

「コーカサスっぽいな。ジンメンカメムシやバイオリンムシも生息してるみたいだな」

「ザビコサ王国は昆虫王国でもあるね。あたしもこのジャングル探検したぁーい」

「ワタシもーっ。ねえリャモロンちゃん、すごく気になったんじゃけど、リャモロンちゃんの乗って来たジェット機ってどこにとめてあるの?」

 絵衣子が知りたそうに尋ねると、

「ここよ」

 リャモロンは自分のリュックを指し示した。

「えっ!? そこなのですか!!」

「小さ過ぎじゃろ!」

 あっと驚いた涼香と絵衣子に、

「アツシさん宅の屋根に降り立ったあと、コンパクトにしちゃいました」

 リャモロンはすかさず爽やかな表情で説明を加える。

「いくら小型でもそこまで小さく折り畳めるジェット機って、いったいどんなんだよ?」

「私もすごく気になるぅ」

「あたしもーっ。早く見せて、見せてーっ!」

敦史と紗帆と緑莉もちょっぴり疑った。

「ではお見せしますね」

 リャモロンが出し惜しみすることなくリュックから取り出すと、

「この形、ココナッツそのものですね」

「本当だ。そっくりー。ココナッツの香りもしっかりするね。食べれそう」

「ユニークな形だな。翼もないし、ジェット機に全く見えない」

「リャモロンお姉ちゃん、これ本当にジェット機なの? ココナッツでしょ?」

「もろにココナッツじゃん。リャモロンちゃん、出し間違えたんじゃないの?」

 涼香達は思わず笑ってしまった。

 本当に南国のフルーツの象徴、ココナッツの形そのものだった。ちなみに茶色でヤシの葉っぱ付き。

「やはりジェット機とは思われませんでしたか。このお部屋の広さなら大丈夫そうだから拡大させるね」

 リャモロンはへたに付いた葉っぱ部分を指でつまんだ。すると瞬く間に膨らんでいき、ついには高さが一七〇センチくらいまでになった。

「リャモロンお姉ちゃんのココナッツ、すごーい」

「本当に、一人が乗れるようなサイズになったね」

「こりゃ増えるワカメちゃんの比じゃないっしょ」

「ますます不思議な原理ですね」

「これも科学技術なのか?」

 敦史が驚き顔で質問した。

「はい、純粋な科学技術ですよ。ザビコサ王国の理工系の技術者さんに作ってもらいました。ステルス機能と防御機能もすごいよ。飛行中はレーダーに感知されないどころか、人の目にも映らないの。雷が直撃しても、F5クラスの竜巻や猛烈な台風に巻き込まれても、隕石が衝突してもミサイルを打ち込まれても全くの無傷なくらい頑丈よ。皆さん、ぜひ中も見てみて」

 リャモロンはそう勧めると、外壁のとある箇所に右手五本の指を掛け、みかんの皮を剥くような動作をした。すると船内の様子が露になった。どうやら出入口扉らしい。

 全員が入れるほど広くないので、みんな船外から覗くことにした。

「畳敷きの和室じゃん」

「ますますジェット機っぽくないよな」

「私のイメージと全然違うよ」

「リャモロンお姉ちゃん、これ本当にジェット機なんだよね?」

「座布団とちゃぶ台も付いてて、とても落ち着けそうですね。勉強部屋にも最適そう。あの障子の中は?」

 涼香は気になって質問してみる。

「おトイレよ」

 リャモロンは即答した。

「そうでしたか。長旅だと必要だものね。操縦室かとも思いましたが、操縦する場所はどこにあるのかしら?」

 涼香は内部をさらに注意深く観察する。

「このジェット機は地球上の行きたい場所の緯度・経度を入力して、スイッチを押せば自動運転してくれるから操縦する必要がないよ。ザビコサ王国の人々は日本人のマイカーみたいな感覚で船やジェット機を所有して、日本人が国内旅行をするような感覚で世界中を旅行してるの」

「そうでしたか。世界中を自由に行き来出来るっていうのは羨まし過ぎるわ」

「ど○でもドアの時間がかかるバージョンだね」

 緑莉は笑顔で呟く。

「皆さん燃料を見たらきっともーっと驚くと思うよ」

リャモロンは船内に入り、入口近くに置かれた小さな樽を手に取りふたを開ける。

 中は、こげ茶色の液体が浸されていた。

「この香りと色、もろにコーヒーですよね?」

 涼香が尋ねると、

「正解っ! 正真正銘本物のコーヒーよ。ザビコサ王国産のはカフェイン少なめで幼い子どもでもお砂糖入れなくても美味しく飲めるよ。たった一リットルで二万キロメートル走行出来るの。地球およそ半周分よ」

 リャモロンは自慢げに答えた。

「コーヒーだけで動くなんて凄過ぎるぅーっ!」

「コーヒーの燃料でそんなに長距離飛べるなんて私、魔法としか思えないよ」

「俺もだ。ジェット燃料じゃなく、ごく普通のコーヒーとは……信じられん」

「超未来的じゃわ」

「日本の科学技術がかなりかすんで見えますね」

 緑莉達は改めて驚かされたようだ。

「元に戻すよ」

 リャモロンは樽を元の位置に戻し外に出ると、葉っぱ部分を手で押した。

 すると、シューッと空気が抜けるような音と共にココナッツ型小型ジェット機は見る見るうちにしぼんでいき、五秒ほどで元のサイズに戻った。

「このジェット機、ド○えもんのひみつ道具にあってもおかしくないよね?」

「そうですね紗帆さん、原理を深く研究してみたいです」

「既存の物理法則では説明出来ないよな」

「リャモロンお姉ちゃん、これ絶対魔法だよね?」

「ワタシも夢を見てる気分じょ」

「ザビコサ王国でここ二〇年以内くらいに開発されたジェット機や船は全部、コンパクトに出来る機能を持ってるんだ。日本で創られた大人気娯楽作品、ド○ゴンボールに出て来たアイテムを参考にして開発したらしいよ」

 リャモロンは自慢げに説明し、圧縮されたココナッツ型ジェット機をリュックにしまった。

「リャモロンちゃんは国王の娘だからこそ、NIWA団のことを俺達に報告しに来たってわけだな?」

「まさにその通りですアツシさん、日本の危機、さらにはザビコサ王国の治安を揺るがす重要事項でありますから。アタシも本気で戦います! みんなで力を合わせてNIWA団を退治しましょう!」

「リャモロンお姉ちゃん、あたし達でNIWA団を絶対やっつけよう!」

「わたしも全力を尽くしますよ」

「ワタシも暴れまくるじょっ!」

「私も、怖いけど頑張る」

「俺も」

「ありがとうございます! さあ、アツシさんも恥ずかしがらずに円陣にまじって下さい!」

「えっ、おっ、俺も?」

 敦史は緊張気味に加わる。というよりリャモロンに腕を引っ張られ強制的に組まされた。

「NIWA団に、絶対勝つぞぉーっ!」

 リャモロンが叫ぶと、

「「おうううっ!」」

 緑莉と絵衣子は元気な声で。

「「「おー」」」

 敦史と紗帆と涼香は照れくさそうに掛け声を出した。

 これにて円陣はほどける。

 そのあとすぐに、リャモロンはスマホをスカートポケットから取り出し、

「ママ、いっしょにNIWA団と戦ってくれる頼もしい日本人の仲間を五人も見つけたよ」

『それはよかったわねリャモロン。パパにもあとで報告しとくわ』

 母のスマホに連絡した。

「あたし達、頼りにされてるみたいで嬉しいな。リャモロンお姉ちゃんもスマホ使ってるんだね」

「私達が使ってるのとほとんど同じ形だね」

「ワタシの携帯からもそっちへかけれるんかな?」

「これはザビコサ王国製なので、ザビコサ王国以外の国で作られた携帯からは不可能なの。アタシの携帯からそちらへかけることも。メールももちろん。優れた人格者のエイコちゃん達には大変申し訳ないんだけど、人命を脅かす凶悪犯罪人も多くいるといわれる日本人他外国人達と不用意に接触しないようにするための安全策なの」

「ほうか、そりゃ残念じゃ」

 絵衣子はそう思いながらも、ザビコサ王国民の意図には同情出来た。

「あの孫の手やジェット機を開発していることだし、日本のスマホよりも機能が相当優れてそうですね」

「いやぁ、日本のよりも機能性は低いよ。最新式のでも通話、メール、ネット、カメラ、辞書、GPS機能のみで、スマホの技術は日本に負けてるよ」

「そうなのですか。意外ですね」

 涼香はちょっぴり呆気にとられる。

「ザビコサ王国民の携帯普及率って、どれくらいなんだろ?」

 敦史はこんなことも気になった。

「まだ三割に満たないくらいだな。持ってない人の方が多いよ。なんといっても狭い国だから直接会って話せばいいって考えの人も多いので」

「そっか。そんなお国柄なんだな」

「あの、リャモロンさん、ザビコサ王国って、日本との時差は何時間あるのかしら?」

「+2時間よ」 

「ということは、ザビコサ王国の位置はソロモン諸島付近なのかしら?」

「それは秘密です♪」

 リャモロンはにこっと笑いながら言った。

「そっか。すごく気になるなぁ」

「涼香ちゃん、謎のままにしといた方が夢があるよ」

 紗帆は残念がる涼香の肩をポンッと叩いて説得する。

「ザビコサ王国は外部からの悪者の侵入を防ぐために、世界地図にも載ってないんだ」

「そうでしたか。でも人口と面積くらいは知りたいな」

 涼香は申し訳なさそうにお願いする。

「俺は気候も気になる。熱帯なんだろうけど雨林かモンスーンかサバナか」

 間を置かず敦史もこう呟いた。

「それくらいならいいですよ。ザビコサ王国はネミノヒ山頂も含め、国全体が年中雨の多い熱帯雨林気候Afで、ダーワイケアでは年間平均気温が約二七℃。年間降水量は約二千ミリとなってるよ。現在の人口はおよそ十万人。面積は約七三五平方キロメートルで、ミクロネシア連邦やキリバスやトンガと同じくらいだな。一つの島ザビコサ島だけで構成されてる点がその三国と違うけど。そういえば、日本人との友好の証にザビコサ王国のお土産も持って来ていたのでした。ザビコサ王国の最高級の名産品、ドリアンマシュマロです。ぜひお召し上がり下さい」 

 リャモロンはリュックから棘棘したドリアンのカラー写真パッケージで包装された四角い箱を取り出した。

「ドリアンって、あのものすごーく臭いって噂の果物だよね」

 緑莉は顔をしかめる。

「わたしはにおいは昔、家族旅行で行った夢の島の熱帯植物館で嗅いだことあるよ。食べたいとは思わなかったわ。あのにおいのせいで」

「私は生のドリアン見たことないから、におい嗅いだことも食べたこともないけど、食べたくはないな。ごめんねリャモロンちゃん、故郷の名物を悪く言っちゃって」

 涼香と紗帆もやや表情を引き攣らせた。

「ワタシはどんなにおいなのかめっちゃ気になるじょ」

「俺もちょっとだけ」

 絵衣子と敦史はにっこり笑顔で興味津々だ。

「皆さん、一度食べればきっと病み付きになりますよ」

 リャモロンは箱を開け、爽やかな笑顔で勧めて来た。

 マシュマロは袋に包まれていたため、まだ特有のにおいはしてこなかった。

「どうぞ」

 リャモロンはついに袋もビリッと破る。

 次の瞬間、リャモロン以外のみんなは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「想像以上に臭いよ」

「夏コミ会場のにおいよりもきついじょ」

「くさい、くさい。腐った生ゴミのにおいだね。敦史お兄ちゃん、窓開けて」

「分かった。俺の部屋がドリアン臭くなっちゃうし。こんなにおいなのか」

「やはりきついです」

 ドリアンの強烈な香りが敦史の部屋中に漂う。

「私、食べてみるよ。どんな味なのかな?」

 リャモロンに申し訳なく思った紗帆は、勇気を出して試食してみた。

 一口齧ってみて、

「においはすごくきついけど、甘みが強くて美味しい」

 そんな感想を抱く。

「意外や意外。甘くてめっちゃ美味しいじょ♪」

 絵衣子も恐る恐る試食してみて、とっても幸せそうに頬張った。

「まずくはないけど、やっぱにおいがダメだ」

「あたしも美味しくは感じないけど、ピーマンやセロリよりはマシかな」

「……微妙です。これは加工されてるからまだ食べれたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです。あの、ごめんねリャモロンさん」

 他の三人も結局試食してみて、これで満足したような感想。

「ザビコサ王国民にも苦手な子は多いので、全然気にしなくていいですよ。アタシもドリアン、正直あまり好きじゃないよ。においは嗅ぎ慣れてるから平気だけど。ザビコサ王国民にとってのドリアンは、日本人からした納豆みたいな存在だな」

 リャモロンはそう打ち明けて、てへっと笑った。

「私、もう一個食べるよ」

「ワタシも。癖になるよねこの味」

 紗帆と絵衣子はさらに喜んで味わう。

 あのあとリャモロンは、ドリアンマシュマロを食べた紗帆達に口臭消し効果があるザビコサ王国産のジャスミンキャンディーを振舞ってあげ、敦史の部屋中に漂うドリアン臭もジャスミンの香りのスプレーで消してあげたのであった。

 夕方六時頃。涼香は一人で、三姉妹はリャモロンを連れ、自宅へ帰っていった。

「母さん、ちょっとお願いがあるんじゃけど」

そして母のいるリビングへ。

「何かしら絵衣子?」

 母はにこやかな表情で問いかける。

「この子のことで」

絵衣子はそう伝え、リャモロンをリビングへ入らせた。

「あの、はじめましてエイコちゃんのおば様。アタシ、リャモロンと申します」

 リャモロンは緊張気味に自己紹介する。

「この子、絵衣子のお友達かな?」

 母はにこやかな表情で問いかけた。

「うん、ワタシと同じ中学の子なんじょ。インドネシアから来たんだって。あの、お母さん、突然で悪いんじゃけど、この子を今夜から日曜までホームステイさせてくれない? 日本の家庭を体験したいんじゃって。日本語はペラペラに話せるけん」

 絵衣子は手短に説明し、お願いする。

「ママ、お願い」

「お母さん、この子を泊めてあげて」

 緑莉と紗帆も協力した。

「そうねぇ。すごくいい子っぽいし、いいわよ。自分のおウチのようにくつろいでね」

 母はほとんど悩むことなく快くOKしてくれた。

「ありがとうございます! おば様」

 リャモロンは大喜びし、母にぎゅっと抱きついた。

「外国人らしい反応ね。木内先生にも相談してみるわ」

 母はそのあとすぐに夫、つまり三姉妹の父の携帯にかけ、事情を説明してくれた。

 三姉妹の母が夫を呼ぶ時は、中学音楽教師を務めている職業柄からか、いつも木内先生と呼んでいるのだ。

 一分ほどのち、 

「OKだって」

 母は父からも承諾が取れたことを伝えると、

「誠にありがとうございます!」

 リャモロンはもう一度感謝の言葉を伝えた。

「どういたしまして。リャモロンちゃん、今から晩ご飯作るけど、何がいいかな?」

「何でもいいですおば様。贅沢はいいません。豪華にしてもらわなくてけっこうですよ。ごく普通の家庭料理が食べたいので」

「そっか。それじゃ、予定通りに作るわね」

 母は機嫌良さそうに伝えてキッチンへ。

三姉妹も後に続く。ほぼ毎日、母の夕食作りを手伝っているのだ。

「お米、お米」

 緑莉は楽しそうに無洗米を計量カップでいつもより一合多い六合量って炊飯器の内釜に移し、水を六合の目盛りまで入れて炊飯器にセット。この作業が大好きなのだ。

「紗帆、栗の皮剥いてくれる?」 

「お母さん、難しくて出来ないよ。包丁滑って怪我しそう」

「紗帆、将来は敦史ちゃんのお嫁さんになるんだから、これくらいのことはそろそろ出来るようにならなきゃ」

「お母さん、まだ早いよ」

 紗帆は照れ笑いして、母の肩をペチぺチ叩く。

「アツシさんはサホさんの将来のお婿さん候補なんですね」

「リャモロンちゃん、違うって」

「紗帆お姉さん、照れちゃって。ワタシが剥くじょ」

 絵衣子が包丁を手に持ち、器用に栗の皮を剥いていった。

「アタシも手伝います!」

 リャモロンも加わった。野菜を包丁で切る作業を行う。

「リャモロンちゃん、手際いいわね」

 母に褒められ、

「アタシもよく母のお料理手伝ってますから」

 リャモロンは嬉恥ずかしがった。

    ☆

「ただいまー、リャモロンちゃんって子が来てるんだよね?」

 午後七時ちょっと過ぎ、父が帰宅。

「はじめまして、おじ様。リャモロンです」

 リビングへやって来ると、リャモロンは愛想よく挨拶した。

「この子がリャモロンちゃんか。かわいい子だね」

 父に爽やかな笑顔で褒められると、

「日本人は褒め上手ですね」

 リャモロンは頬をぽっと赤らめた。

「インドネシア出身ってことは、スリンは吹けるのかな?」

 父はこんな質問をしてみる。

「いえ、全然」

 何それ? という感じで反応するリャモロン。

「そうか。まあ日本人も尺八を上手く吹ける人はあまりいないからなぁ。ぼくも吹けないし」

父はにこっと微笑んだ。

まもなく、木内家での夕食の団欒が始まる。

「サンマさんは、むしりにくいなぁ」

「緑莉、むしってあげるね」

「ありがとう紗帆お姉ちゃん」

「紗帆お姉さん、緑莉はもう四年生なんだから甘やかしたらダメよ」

「まだいいんじゃないか? 僕も中学に入る頃までは母さんにむしってもらってたし」

「さすがパパ」

「お父さん、情けないじょ」

「母さんもそう思うわ」

「このお魚、確かにむしりにくいです」

「リャモロンちゃんは、サンマを食べるの初めてかな?」

「いいえおば様、アタシの国の近海でも獲れるので、何度か食べたことがありますよ」

「そっか。このすだちの汁をかけて食べてみてね。すだちは徳島の名産品よ」

「香り、なかなかいいですねえ」

他にもいろいろ会話を弾ませ夕食後、三姉妹はリャモロンをそれぞれのお部屋へ案内することに。

「おう、すごい! お店みたいだ」

絵衣子と緑莉は相部屋。約十帖のフローリングなお部屋がほぼ半々で分けられている。

絵衣子側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。

DVD/ブルーレイレコーダーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるがこれは三姉妹の共用である。

本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

「リャモロンちゃん、引いちゃった?」

 絵衣子は苦笑いで尋ねる。初対面の子にこの部屋を見られるのは恥ずかしく感じているようだ。

「いえいえ、むしろ好感が持てたよ。アタシのお部屋もエイコちゃんと似たようなものだもん。アタシも日本のアニメやマンガが大好きなの」

 リャモロンはにっこり笑ってきっぱりと伝える。

「ほうなん! 嬉しいじょ♪」

 絵衣子は仲間意識が強く芽生えたようだ。

「ほら見て。約十時間の長旅中、暇だったからおウチから持って来たの。これらはザビコサ王国の本屋さんで買ったよ」

 リャモロンはリュックから、日本で普通に売られているコミックスやラノベ、週刊少年漫画誌を取り出した。

「えっ! ザビコサ王国でも売ってるの? 日本で買ったわけじゃなくて?」

 絵衣子はあっと驚く。

「うん! 値段は日本よりずーっと安いけどね。日本で流通されてるコミックスや雑誌、小説その他書籍、おもちゃ、ゲーム、CD、アニメやドラマのDVD・ブルーレイ、食料品、衣類、家電製品、その他日用雑貨といった生活必需品がザビコサ王国でも入手出来るのは、ザビコサ王国の外国調査団の方達が超大型ジェット機で頻繁に日本へ出向かい大量購入し、ザビコサ王国へ持ち帰って転売しているからなの。個人旅行するさいに現地で購入してくる場合も多いよ」

「知らず知らずのうちに国際交流してるってわけか」

「ザビコサ王国から日本へは、何も与えてないけどね」

「日本のものがザビコサ王国でも手に入るって、世界は一つに繋がってるね。あたしもマンガやアニメ大好き♪」

緑莉の学習机の上は雑多としており、教科書やプリント類、ノートは散らかっていて、女の子らしくかわいらしいぬいぐるみがたくさん飾られてある。収納ボックスにはたくさんのゲームやおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、図鑑などが合わせて百数十冊並べられてあった。

「男の子向けの漫画が多いね」

 リャモロンが本棚を見渡しながら突っ込むと、

「あたし、コ○コロとジャ○プに載ってる漫画が特に好き♪ な○よしやり○んやち○おより面白いよ」

 緑莉は生き生きとした表情で伝える。

「ワタシが少年漫画の方が好きやけん、緑莉も影響されちゃったみたい。紗帆お姉さんのお部屋は少女マンガだらけよ」

「それは楽しみ♪ それではサホさんのお部屋、拝見しに行って来ますね」

リャモロンはわくわく気分で紗帆のお部屋へ。

「ワンダフル! まさに夢見る女の子のお部屋って感じ♪」

「そうかなぁ?」

約七帖のフローリング。ピンク色カーテンで水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスにはトライアングルやタンバリン、小型ピアノ、ヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて、学習机の周りにはオルゴールやビーズアクセサリー、可愛らしいお人形やぬいぐるみなどがたくさん飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。

「サホさん、楽器が得意なんですね」

「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」

「そうなんだ! アタシ、サホさんの生演奏聞きたいなぁ」

 リャモロンからこうお願いされると、

「じゃあ、フルートを吹くね」

 紗帆は快くそれを手にとってお口にくわえ、『メリーさんのひつじ』を演奏してあげた。

「めちゃくちゃ上手ですサホさん」

 リャモロンにうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、

「いやぁ、そんなことないよ」

 紗帆は照れ笑いする。

「今度はピアノ弾いてー」

「分かった」

次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。

「とっても上手です。次はヴァイオリン弾いて下さいっ!」

「私、ヴァイオリンは上手くないよ」

「サホさん、謙遜するところが日本人らしいです」

「じゃあ、『山の音楽家』を弾いてみるね」

 紗帆は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。

 最初の一節を演奏してみて、

「どうかな?」

 紗帆は苦笑いで問う。

「……上手ですよ」

 リャモロンは三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。

「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」

 紗帆はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。

「気にしちゃダメです。アタシもヴァイオリン全然弾けませんから」

 リャモロンが慰めるようにそう言った直後、 

「紗帆お姉さんは、これが理由で中学の時、吹奏楽部には入らなかったんだって。高校でも入るつもりはないみたいじょ。他の楽器は上手いのに勿体無いよね」

「ヴァイオリンもあたしよりは上手だよ」

 絵衣子と緑莉がこのお部屋に入って来た。あの演奏がしっかり聞こえていたようだ。

「私、練習厳しいのは嫌だから。見学はしてみたけど、城松の顧問の音楽の先生もすごく怖かったし、芸術選択で音楽選ばなくて正解だったよ。楽器演奏は趣味だけに留めとくのが私には合ってるよ」

「紗帆お姉さんらしいな」

 絵衣子はにっこり微笑む。

「私、高校での部活は中学と同じで図書部に入ろうと思ってるの。涼香ちゃんは生物部も兼部しようと思ってるみたい」

「そうなんだ。涼香お姉さんはリケジョやけんね」

「あたしは昔遊びクラブに入ったよ。明日から活動始まるんだ。どんなことするのかすごく楽しみ♪」

「昔遊びクラブかぁ。けん玉とかあやとりとかお手玉とかめんことか水鉄砲とかで遊んだりするの?」

 リャモロンは興味津々だ。

「三年生の時見学したけど、そんな感じだったな」

「ザビコサ王国では日本で昔の遊びって呼ばれてるのが、今流行りの遊びよ。特にあやとりとけん玉とヨーヨーとめんこが子ども達の間で人気が高いよ。チャンバラごっこや相撲やジャングルでのターザンごっこも流行ってるな。じつはアタシ、日本でいう昔玩具をいっぱい持って来てるんだ。アタシ、ほぼ毎日これで遊んでるの」

 リャモロンは自分のリュックから水鉄砲、折り紙、めんこ、あやとり、ビー玉などを取り出した。

「リャモロンちゃん、昭和時代の子みたいだね」

「今の日本ではこういうので遊ぶ子ってあまりいないっしょ」

 紗帆と絵衣子はそれらを興味深そうに眺めながらこうコメントした。

「それは勿体無いと思うな。アタシ、あやとりが特に得意なんだ。技を一つ見せるね。えいっ!」

 リャモロンは輪の形の赤い紐を手につかむと、一瞬で東京タワーの形に。

「すごぉい! 難易度高い技なのにリャモロンお姉ちゃん一瞬で出来ちゃった」

「リャモロンちゃん、上手過ぎるよ」

「ワタシ、早過ぎてよく見えなかったわ。まさに神業っしょ」

三姉妹が感心していると、

「絵衣子、緑莉、紗帆、リャモロンちゃん。お風呂沸いたよ」

 母に一階から叫ばれた。

「私と緑莉と絵衣子、いつもいっしょに入ってるの。今日はリャモロンちゃんもいっしょに入ろう」

「リャモロンお姉ちゃん、いっしょに入ろう!」

「では、そうさせてもらいますね。日本の一般家庭のお風呂、初体験だから楽しみ♪」 

「きっと気に入ると思うじょ。狭く感じるかもしれないけどね」

「リャモロンお姉ちゃん、水鉄砲で遊んでいい?」

「もちろん♪ アタシと撃ち合いしよう」

四人はそれぞれのお着替えを持ち、いっしょにお風呂場へ向かっていく。

「リャモロンちゃんのパジャマも用意しておいたわよ。さっきユ○クロで買って来たの」

 リビング横の廊下を通りかかった時、母はピンク色花柄のかわいらしい春用パジャマを手渡してくれた。

「ありがとうございます。一応おウチから持って来てはいたけど、こっち使わせてもらいますね」

 その親切さに、リャモロンはとても嬉しがる。

 脱衣室兼洗面所にて。

「リャモロンちゃん、お肌すべすべだね。アンダーヘアは私や絵衣子と同じ色なんだね」

「ワタシ南国系の褐色肌の子、大好きじょ」

「リャモロンお姉ちゃん、おっぱいは絵衣子お姉ちゃんより小さいね」

リャモロンは三姉妹から興味津々に裸体を観察されてしまった。

「もう、ミドリちゃん。貧乳なの気にしてるのに」

「ごめんなさいリャモロンお姉ちゃん」

「おっぱいの悩みは日本人女性と共通なんじゃね。ワタシ気になったんだけど、ザビコサ王国では湯船に浸かる習慣ってあるの?」

「はい、その点は日本と同じ。というより日本を真似たみたい。三〇年ほど前には根付いていたようですよ」

三姉妹とリャモロンがすっぽんぽんになって浴室に入り、

「リャモロンお姉ちゃんの専用シャンプー、使っていい?」

「はいもちろん。ぜひ使ってね」

「ありがとう、ハイビスカスの香りっていかにも南国だね」

「私もそれ使ってみるよ」

「ワタシもせっかくやけん使わせてもらうじょ」

ヘアカラーが落ちない特殊なシャンプーで髪の毛を洗い始めた頃、敦史も自宅脱衣室兼洗面所で服を脱ぎ始めていた。

 それから十数分のち、

(あの子の件、まだ百パー現実とは思えんな)

体を洗い流し終えた敦史が、湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、

「くらえーっ、敦史お兄ちゃん」

 緑莉が入り込んで来た。すっぽんぽん姿で。

「うぼぉあ、また来たのか緑莉ちゃん」

 敦史は水鉄砲を顔に直撃された。

 緑莉が後藤田宅の風呂を頂きにくることは週に一、二度はある。敦史が入っている時に入り込んでくることもしばしばあるため、敦史はタオルを巻いて下半身を隠しているのだ。

ちなみに五年くらい前までは紗帆と絵衣子もしょっちゅう、すっぽんぽんで敦史の入浴時に入り込んで来ていた。まるで同じ家族のように。

「それーっ!」

 緑莉はいきなり湯船に飛びこんでくる。敦史と向かい合った。

「緑莉ちゃん、体は洗ったの?」

「うん! あっちで洗って来たよ」

「それならいいけど」

まだつるぺたな幼児体型の緑莉、敦史は当然、欲情するはずも無い。

「敦史お兄ちゃん、いっしょに水鉄砲で遊ぼう!」

「俺は高校生だから水鉄砲で遊ぶのは変だって。緑莉ちゃんももうそういう年じゃないと思う」

「そんなことないよ。リャモロンお姉ちゃんも愛用して遊んでるもん。これ、リャモロンお姉ちゃんが持ってたやつだよ。対NIWA団撃退用の武器なんだって」

「デパートのおもちゃ売り場で売られてるような極々普通の水鉄砲じゃないかこれ。これで撃退出来るって、NIWA団のやつらは本当にたいしたことなさそうだな」

「油断は禁物だよ敦史お兄ちゃん。そういえば今日の算数でね、兆までの数習ったよ」

「そっか。俺も小四で習ったよ」

「数字を漢字に直したり、漢字を数字に直したりするの、めちゃくちゃ難しいよ」

「そうかな? 俺は苦労した覚えないけど」

「いいなあ敦史お兄ちゃん」

 敦史が緑莉とそんな会話をしていたら、

「おーい、敦史くーん。緑莉ぃー」

 窓の外からこんな声が。

「やっほー、アツシさん」

「敦史お兄さん、また緑莉がご迷惑おかけしてすみません」

 さらにもう二人の声。紗帆と絵衣子とリャモロンだ。

「いやいや、べつに迷惑じゃないから」

 敦史は湯船に浸かったまま伝えた。

「やっほーっ♪」

 緑莉はバスタブ縁に上って窓から顔を出し、三人に向かって嬉しそうに叫ぶ。

後藤田宅の浴室と、木内宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっているのだ。

「敦史お兄ちゃん、あたしと同じクラスの子で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う?」

 緑莉から無邪気な表情でこんな質問をされ、

「五年生の終わり頃じゃ、ないかな?」

 敦史は困惑顔で答えてあげる。

「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。絵衣子お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たら敦史お兄ちゃんと一緒に入っちゃダメよって言われたもん」

 緑莉は自分の胸を両手で揉みながら言う。

「緑莉ちゃん、俺、もう上がるね」

 敦史は何とも居心地悪く感じたようだ。

「じゃああたしも上がるぅ」

 敦史と緑莉はいっしょに浴室から出て、洗面所兼脱衣室へ。

「敦史お兄ちゃん、このタヌキさんのパンツ、かわいいでしょ?」

「緑莉ちゃん、そういうのは見せびらかすものじゃないから。しっかり拭かないと風邪引くよ」

「ありがとう敦史お兄ちゃん」

 全身まだ少し濡れたままショーツを穿こうとした緑莉の髪の毛や体を、敦史はバスタオルでしっかり拭いてあげる。緑莉の裸をもう少し観察したいという嫌らしい気持ちはさらさらない。

同じ頃、紗帆と絵衣子とリャモロンはいっしょに湯船に浸かり、おしゃべりし合っていた。

「絵衣子、ニキビまた増えたんじゃない? 夜更かしのし過ぎは良くないよ」

「もう紗帆お姉さん、触らないで。気にしてるのに」

「ごめん、ごめん」

「ザビコサ王国でもニキビに悩んでるアタシと同い年くらいの女の子は多いよ」

「そっか。年頃の乙女の悩みも日本人と共通なのね。ねえリャモロンちゃん、初めての月一のアノ日はもう来た?」

「はい、小六の夏休みに来たよ。けっこう辛いですよね。特に体育の授業がある日に重なっちゃうと」

リャモロンは照れ笑いしながら伝えた。

「通じたみたいじゃね。ワタシと同じ時期じゃん。気が合うね」

 絵衣子は嬉しそうににっこり笑う。

「私は中学入ってからだったよ。涼香ちゃんも」

「緑莉もあと二、三年で来るかな? 緑莉の同級生でももう来てる子はいると思うけど。ワタシ、もう上がるね。すっかり火照っちゃった」

「アタシも熱いので出ます」

「じゃあ私ももう上がるよ」

 この三人が浴室から出てパジャマに着替え、リビングに移動した時には、

「ただいま、紗帆お姉ちゃん、絵衣子お姉ちゃん」

緑莉も戻って来ていた。暗闇で光るフォトプリントパジャマを着付け、リビングで母といっしょにバラエティ番組を視聴中。

今、時刻は午後八時半頃。紗帆はそのまま自室へ向かい、英語の予習を進めて行く。

緑莉と絵衣子とリャモロンは、この番組が終わる八時五〇分過ぎまでリビングでくつろいでお部屋へ戻った。

「ねえリャモロンちゃん、似顔絵描かせてくれない?」

 絵衣子はさっそくこんなお願いをしてみる。

「もちろんいいよ」

「サーンキュ」

 リャモロンから快く承諾が取れると絵衣子は4B鉛筆を手に取り、B4サイズのスケッチブックにササッと描いてあげた。

「はいどうぞ」

 そのページを千切って手渡す。

「おう、エイコちゃん絵とっても上手。アタシこんなにかわいいかな?」

 リャモロンは少し照れくさがる。

「うん、すごくかわいいじょ。リャモロンちゃんは絵は得意?」

「はい、まあ、そこそこ自信あります。アタシ、学校で文芸・漫画部に入ってるの」

「ワタシと同じじゃん! ますます親近感が沸いたじょ。リャモロンちゃんの学校にも部活動があったんじゃね」

「はい、日本の学校を真似て三〇年以上前には出来ていたそうです」

「やっぱ漫画やイラスト、小説創作が主?」

「はい。日本の漫画やアニメ、ラノベ好き仲間が多くて、めちゃくちゃ楽しいですよ」

 絵衣子からされた質問に、リャモロンは生き生きとした表情で答えていく。

「リャモロンちゃん、ワタシと緑莉の似顔絵描いてくれない?」

「えーっ、それはちょっと……エイコちゃんよりは下手だよアタシ」

 リャモロンは苦笑いを浮かべた。

「リャモロンお姉ちゃん、描いて、描いて」

「不細工に描いてもいいけん。はいリャモロンちゃん」

 絵衣子はリャモロンに半ば強引に自分のスケッチブックと4B鉛筆を手渡した。

「上手く描けるかな?」

 リャモロンは自信なさそうにしながらも、4B鉛筆を握り締めると楽しそうに緑莉と絵衣子の似顔絵を描いてあげた。

「あたしそっくり♪ リャモロンお姉ちゃんの絵、少年漫画みたいな絵衣子お姉ちゃんの絵と対照的で少女マンガ風だね。あたしより上手だよ」

「とってもメルヘンチックじょ。リャモロンちゃんの純粋さが伝わってくるよ」

「ありがとう。アタシの絵、そんなに上手かな?」

 リャモロンはとても嬉し照れくさがった。

「上手、上手。ワタシはこういうタッチの絵は上手く描けないよ。リャモロンちゃん、あとでワタシの漫画原稿手伝って!」

「アタシでいいの?」

「もっちろん。リャモロンちゃん、紗帆お姉さんの似顔絵も描いてあげて」

「はい」

「紗帆お姉ちゃんきっと喜んでくれるよ」

 三人は紗帆のお部屋へ。

「紗帆お姉さん、リャモロンちゃんが似顔絵描いてくれるって」

「そう? ありがとうリャモロンちゃん」

その時紗帆はベッドにごろーんと寝転がって少女マンガを読み耽っていた。

「紗帆お姉ちゃん、おへそ出てるよ」

「紗帆お姉さんもけっこうだらしないじゃろ?」

 その姿を見て緑莉と絵衣子は微笑む。

「絵衣子ほどじゃないよ」

 紗帆は照れ笑いした。

「サホさん、この表情いいです。この表情ので描きますよ」

 リャモロンはイラスト帳にササッと描写し紗帆に手渡した。

「ありがとう。すごく上手。大切に持っておくよ」

 紗帆は照れくさがりながら、そのイラストが描かれたB4用紙を自分の机の引出にしまおうとしたら、

「あっ、敦史くん、何かやってる」

 窓の外に敦史の姿を見つけ、ベランダに出た。

紗帆のお部屋と、敦史のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

「やっほー敦史くん」

「あっ、紗帆ちゃん。急に南国系の植物を育てたくなって、みんな帰ったあとちょっとしてからホームセンターまで買いに行って来たんだ」

 敦史はジョウロで水を遣りながら伝えた直後、

「敦史お兄さん、リャモロンちゃんに影響されちゃったね」

「アツシさん、南国の植物を育ててくれるなんてアタシ嬉しくなっちゃいました」

「敦史お兄ちゃん、何ていう植物を買ったの?」

 他の三人もベランダへ出た。

「ガジュマルだよ」

 敦史は植木鉢を持ち上げ、紗帆達にかざしながら伝える。ベランダ設置の照明のおかげで、紗帆達はばっちり確認することが出来た。

「アツシさん、ガジュマルはお庭には植えない方がいいですよ。家を飲み込むくらいとんでもなく大きくなっちゃいますから」

「ああ、分かってる。まあ観葉のだから大きくなり過ぎることはないと思うけど」

「美味しい木の実がなるの、楽しみだなぁ」

 緑莉が呟くと、

「緑莉ちゃん、観葉のだからきっと実らないよ」

 敦史はさかさずこう伝えた。

「なぁんだ。残念」

 緑莉はちょっぴりがっかりしてしまう。

「アツシさん、そのネガティブな言い方はよくないです。観葉のでも実る可能性はあるので、根気強く育てましょう」

 リャモロンはきりっとした表情でこう忠告した。

「うん、まあ頑張って育ててみるよ」

 敦史はやや困惑した面持ちで約束してあげた。

「敦史くんは植物の育て方上手いから、きっと実るよ」

「敦史お兄ちゃん、実ったらいっしょに食べようね」

「敦史お兄さん、楽しみにしてるじょ」

 三姉妹からもけっこう期待され、

「……分かった」

 敦史はますます困惑してしまった。

みんなそれぞれのお部屋へ戻ると、

「リャモロンお姉ちゃん、ゲームすごく上手いね」

「そうかな?」

緑莉はリャモロンと、アクション系のテレビゲームで遊び始める。

「ワタシより上手じゃね。ワタシがなかなかクリア出来なかった面をあっさりと。ザビコサ王国でもテレビゲームはやっぱ人気あるの?」

 絵衣子はベッドに寝転がってラノベを読みながら問いかけた。

「うん、わりと人気あるよ。日本で昔流行ったファ○コンやスー○ァミもザビコサ王国では今も頻繁に遊ばれてるよ」

「そっか。日本ではそれで今も遊んでるの、三〇より上の人くらいだと思うじょ。ファ○コンやスー○ァミ、お父さんが昔嵌ってたって言ってたよ。ところで緑莉、宿題は全部済ませたのかな?」

「うん、ばっちりだよ。今日は算数の宿題は出てないから」

 緑莉が自信満々に答えると、

「あっ! アタシ、宿題片付けなくちゃ」

 リャモロンはふと思い出し、文房具と数学の問題集とノートをトートバッグから取り出した。

「リャモロンお姉ちゃんの学校もやっぱり宿題あるんだね」

「うん、日本の学校と同じくけっこうあるよ」

「リャモロンちゃんの学校の教科書ってどんな風になってるの? ちょっと見せて」

 絵衣子はリャモロンの使っている中学二年用の数学の教科書を手に取りパラパラ捲っていく。

「連立方程式とか図形の合同と証明とか確率とか、日本の中二と同じようなこと習うんじゃね」

「はい、なんといっても日本の学習指導要領を参考にしていますから」

「ほうか。国語の教科書も気になるな」

「それも持って来てますよ。はいどうぞ」

「どれどれ。けっこう分厚っ。おう! 俺妹が載ってるじゃん。作者の伏見つかさ先生、マチ★アソビにもゲストで何度か来たことがあるじょ。走れメロスとか枕草子とか平家物語とか日本の国語教科書でもお馴染みのもあるけどラノベもいくつか」

「ザビコサ王国ではラノベも高尚な小説と評価されていますから。ラノベの歴史や作家さんのことも学びますよ。おウチに置いていてここにはないのですが、ザビコサ王国の中学で使われる国語便覧にはラノベ作家さんも多数紹介されていますよ」

「いいなあ。日本も見習うべきっしょ」

「音楽の教科書もありますよ」

 リャモロンは中学二年用の音楽教科書も取り出す。

「音楽の教科書も分厚ぅっ! 日本の歌ばっかりじゃ。君が代も載ってるし、『C○gayake! GIRLs』とか『紅○の弓矢』とか『それは僕たちの○跡』とかわりと最近のアニソンもけっこう紹介されてるじゃん」

「A○Bの歌も載ってるね」

「A○Bはザビコサ王国民の間でも人気あるよ。J○Tもね。秋元康さんの名も広く知れ渡ってるよ」

絵衣子と緑莉がリャモロンが使っている教科書を楽しそうに眺め、リャモロンは数学の宿題に取り組んでいたその時、

「リャモロンちゃん、これ、徳島名物の金長まんじゅうと金露梅とぶどう饅頭。お母さんが差し入れしてあげてって」

 紗帆がお部屋へ入って来た。テーブル上にそれと宍喰産の寒茶が乗せられたお盆を置く。

「どうもありがとうございますサホさん。勉強が捗りそう。おう! チョコレート味だ」

 リャモロンは金長まんじゅうから口にした。もぐもぐ美味しそうに頬張る。

「リャモロンちゃん、お勉強してたんだね。真面目だね」

 紗帆が褒めてあげると、

「だって、宿題がどっさり出されてるもん」

 リャモロンはうんざりとした様子で伝えて来た。

「リャモロンちゃん頑張って。リャモロンちゃんの通う学校も、中間テストや期末テストはあるのかな?」

「もちろんですサホさん。ザビコサ王国の学校制度も三〇年ほど前からは、日本に倣って満六歳を迎えた次の四月に小学校へ入学して、小中高大六、三、三、四制で進級なんだ。大学まで義務教育なのは日本と違うけどね」

「大学まで義務教育なんだ! ザビコサ王国民が日本人よりも高度な科学技術力を持ってる理由が頷けるよ。ザビコサ王国には大学入試はないんだね?」

「うん、みんな高校を卒業したらザビコサ王立大学で学ぶの。入学する時に希望の学部学科を選ぶんだけど、ザビコサ王国の高校生はみんな現代文、古文・漢文、英語、数学、物理、化学、生物、地学、公民、日本史、世界史、地理、保健体育、家庭科、書道、美術、音楽全てを習うんだって。だから日本の高校みたいに文系クラス理系クラスって分けることもないみたい。中一の時の担任が言ってたよ」 

「ザビコサ王国の高校生は理科、社会、芸術は選択じゃなくて全科目習わなきゃいけないんだね。入試はないけど、日本より勉強がずっと大変なんだね」

 紗帆は憐憫の気持ちを示す。

「科目数がすこぶる多くて負担は大きいけど、日本の高校と比べて特段高度な内容を学習しているわけではないらしいですよ。サホさんの通う高校も、机に貼られてた時間割表から察するにけっこう濃密な教育が行われてるみたいじゃない。毎日七時限目までびっしり埋まってたし、使ってる教材もレベル高そうだったし」

「毎年東大京大合格者が出てる進学校ではあるけど、私はたいしたことないよ」 

 紗帆は謙遜気味にそう言い、自分のお部屋へ戻っていった。

「紗帆お姉さん相変わらず控えめじゃね。城松なんて、ワタシの成績じゃ入れそうにないじょ」

 絵衣子は少し感心する。

「あたしもきっと無理だろうなぁ。あっ、もう十時過ぎてる。今日はもうやめよう」

 緑莉がゲームを元の場所に片付け、おトイレも済ませてくると、

「緑莉、明日の授業の用意はちゃんと出来とる?」

 絵衣子はこう問いかけた。

「うん! 今日はちゃんと出来てるよ」

 緑莉は水色ランドセルを一回開けて見せ、自信を持って答える。

「ランドセルは、ザビコサ王国の小学生も日本のと同じ形のを使ってるよ。四〇年くらい前にはそうなってたみたい」

 リャモロンはそんな情報を教えた。

「そうなんだ。さすが親日国だね。なんか嬉しいな。それじゃ絵衣子お姉ちゃん、リャモロンお姉ちゃん、おやすみなさーい」

緑莉はいつものように二段ベッド上の布団に潜り、一分後にはすやすや眠りついた。

それから三〇分ほどして、

「やっと片付いたよ」

リャモロンは宿題を終え、腕を伸ばして一息ついた。

「リャモロンちゃん、ワタシの描いたマンガ読ませてあげる」

 絵衣子はこの時を待ってましたと言わんばかりに自作マンガ原稿を手渡す。

「ありがとう。やっぱ絵がとっても上手いね」

 敦史に見せようとしたあのマンガだ。リャモロンは全三十一ページ熱心に読んであげた。

「リャモロンちゃん、どうだった?」

 絵衣子はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。

「エッチな描写が多くてアタシの方が恥ずかしくなったけど、面白かった。最後ドリアンの臭さに屈せず結ばれたシーン、感動したよ。エイコちゃんの描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いね」

「ワタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないんじょ」

「そっか。エイコちゃんは、年下の男の子が好きみたいね」

「うん、小五から中一くらいの男の子が特に好き。第二次性徴が始まるこの年頃の男の子はかわいいじょ」

「アタシもその辺の年頃のひょろい系の男の子が好みだな。でもひょろくても日本の女性達に大人気らしいジャ○ーズ系のイケメンはダメ」

「気が合うね。ワタシもイケメン過ぎるのは苦手なんじょ。リャモロンちゃんもマンガ原稿手伝って」

「分かった。頑張るよ」

 二人は折り畳み式ローテーブルに向かい合い、マンガ原稿作業に取り掛かる。

同じ頃、後藤田宅。さっきまで英語の予習に励んでいた敦史は、休憩のため布団に寝転がり、コミック単行本を読み始めた。

それから数分後、一通のメールが彼のスマホに届く。

【おトイレなう! アツシさん、あの時アタシ、アツシさんさっき会ったばっかりでしょって言おうとしたんだけど空気読んであげたよ♪】

 こんな文面だった。リャモロンからであった。

(あれ? ザビコサ王国製の携帯からは通信出来ないんじゃなかったのか?)

 敦史はそう疑問に思っていると、

 ザビコサ王国製の手のひらサイズのパソコンから送ったよ。こっちからは送れるんだ♪

 もう一通、さっきと同じアドレスからこんな文面のメールが届いた。

(そういうことか。紗帆ちゃんか絵衣子ちゃんか緑莉ちゃんが、俺のスマホメールアドレス教えたんだな)

 納得した敦史は一応、感謝の旨のメールを返信してあげた。

     ※

まもなく日付が変わろうという頃。

「リャモロンちゃん、ここ、このトーン貼ってね」

「了解」

 絵衣子とリャモロンは引き続き漫画執筆活動に勤しんでいた。

 ぐっすり眠る緑莉をよそに。

「そういえば、日本では深夜にアニメをたくさん放送してるんだよね。ザビコサ王国では日本より数日遅れで輸入販売されるDVD・ブルーレイか、ニ○動とかのネット配信で見るしかないからリアルタイムでは楽しめないんだ。全て入荷されるわけでもないし」

「ザビコサ王国でもニ○動見る人けっこういるの?」

「うん、ネット環境は日本に住んでるのと変わりないけど、欲を言えば、日本のテレビ放送もリアルタイムで見られるようになればいいなぁって思ってる。今日は何を放送してるのかな?」

 リャモロンはふと気になり、テレビリモコンを手に取ろうとした。

「このテレビ、アンテナ繋いでないけんテレビ番組は見れないんだ。ゲームかブルーレイDVD視聴用なんじょ」

「そっかぁ。中学生にはまだ早いってことか」

「ほうじゃ。大学生になったら繋いでもらうって約束しとるけど、まだ少なくとも五年近くは先よ。今はリビングのテレビで録画してるの。リアルタイムでこっそり見たらお母さんに叱られるけんね。早くリアルタイムで自由に見られるようになりたいじょ。敦史お兄さんのお部屋のはテレビ番組も見れるから羨ましい」

 絵衣子が苦笑いしながら嘆いたその直後、コンコンッとノックされる音が聞こえて来て、

「絵衣子もリャモロンちゃんも、夜更かしはダメだよ。私はもう寝るよ」

 紗帆は眠たそうにしながら入ってくる。

「紗帆お姉さん、あともう少ししたら寝るって」

「リャモロンちゃんは、私のお部屋でいっしょに寝よう」

「そうした方がいいと思う。ワタシも緑莉も寝相悪いけん」

「そうですか。では、そうしますね」

 こうして紗帆はリャモロンを連れ、自室へ戻る。

 電気を消し、同じベッド同じ布団に寝転がった。

「あの、サホさん、アツシさんは、あなたのボーイフレンドですか?」

 リャモロンは、唐突にこんなことを尋ねてくる。

「何回か訊かれたことがあるけど、敦史くんは彼氏じゃなくて、幼馴染のお友達だよ」

 紗帆は照れ笑いしながら答えた。

「やっぱり。思った通りの答えね」

 リャモロンはにこっと微笑む。

「でも、将来的に……十年後くらいに、私の旦那さんにしたいなって思ってる。結婚相手は昔から知ってる人の方が安心出来るし」

 紗帆の頬はカァーッと赤くなった。

「そうなんだ。ザビコサ王国では狭い世界だから幼馴染婚はごく普通のことだけど、日本じゃあまりないらしいね。サホさん、アツシさんとの幼馴染婚が実現出来るよう、頑張って下さいね」

 リャモロンはきらきらした眼差しでエールを送った。

「うん。あの、さっきのことは、敦史くんには絶対に言っちゃダメだよ」

 紗帆は念を押してまお願いする。

「アタシ絶対言わないよ、アツシさんもきっと戸惑っちゃうだろうし」

 リャモロンは事情を理解し、にっこり微笑む。

「ありがとう」

 紗帆の頬はまだ、ちょっぴり赤らんでいた。

「ではサホさん、おやすみなさい」

「おやすみリャモロンちゃん」

 これにて会話をやめると、二人はほどなくすやすや眠りについた。

 絵衣子はその後も夜更かしして、

「ドリアンは人間の姿ならこんな感じかな? 髪型は角刈りだよね? 理想のカップリングはやっぱマンゴスチンだよね。ドリアン王がマンゴスチン姫を性奴隷にして、臭い液をぶっかけて……って何考えてるんだろ、ワタシ。きゃはっ♪」

 南国フルーツをかっこよくかわいく擬人化したイラストを描いて妄想して、二時頃まで楽しんでいたのであった。

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