第15話2-6 バシリスクvsチーム・ビースト
「松尾さん!! どこだ!? どこだ!! どこだ! どこだ! どこだッ!!」
明は、叫びながら走った。
しかし、いくら走っても、愛しい人の姿はどこにも見あたらない。
匂いは確実にする。
ここにいたのだ。間違いなく。
しかし、もう匂いが視覚映像(ヴィジョン)を作り出すほど強くないのだ。
「ちくしょう!! 俺は馬鹿だ。なにをやってたんだ。Gと分離した時、すぐに会いに行くべきだった!! そうすれば、確実に後を追えたんだッ!!」
明は膝を突いて両手で地面を叩きつけた。後悔と自責の念が胸を貫き、大粒の涙が自然にこぼれてくる。
「もし……もし、松尾さんが食われていたりしたら……俺は……」
その想像は、哀しみよりもむしろ恐怖に近かった。
その時、外部拡声器からのオットーの声が周囲に響いた。
「あー。えーと、さっきのヤツ。聞いてるか? 東の方に、もっとでかい巨獣が出たらしいから、オレはそっちへ行く。送っていけないから、自力で避難所に行ってくれ。以上」
「大きな……巨獣……バシリスクの親か」
涙で濡れた明の目が、ぎらりと光る。
「行こう……そこに松尾さんが、いるかも知れない……」
明はカトブレパスの後を追って走り出した。
*** *** *** ***
「待たせたな。マイカ……ってまだ来てねえのかよ!!」
瓦礫の街を踏み越え、五キロの道のりを数分で走破したオットーは、通信機に向かって思わず突っ込みを入れた。
『出撃したって言っただけでしょ。現着にはあと一分!!』
「それまで俺一人で、バケモノ五匹も相手にしてろってか!? だいたい、なんでそんなに増えてンだよ!?」
とはいえ、マイカの言った大型のバシリスクの姿は、どこにも見えてはない。成長し、更に完全な擬態能力を身につけたバシリスクは、光学センサーにすら反応しないようだ。
だが、間違いなくいる。道路や建物がそれを示すように、続けて破壊されていく。ヤツらが移動しているのだ。
『オットー!! 五体というのは、奴等の侵攻状況からの推測に過ぎん。数はもっと多い可能性がある。カトブレパスの特殊機能で動きを封じろ!!』
「避難の遅れた住民とかいないでしょうね!?」
『その地区にはいないはずだ!! だが、奴等は放射状に行動範囲を拡大している。これ以上侵攻を許せば、人のいる場所で戦うことになるぞ。早くやれ!!』
「了解ッ!! 喰らえ化け物!!
カトブレパスの前部が持ち上がり、ちょうど箱を開くように内部の機械構造がむき出しになった。周辺にはスピーカーのような構造が並び、中央に直径一メートル以上のレンズ状のものが光っている。
中央のレンズ部分の輝きが増し、周囲全体の建物が微かな軋み音を響かせ始めた。その軋み音は次第に強くなり、すぐに細かな震動で震えているのが分かるようになった。
イーヴィルアイ……電磁波、低周波、超音波を同時に発して、複合的に生体の自由を奪い、あるいはダメージを与える装置である。巨獣には効果的な反面、むろん人間にも効く。特に子どもや老人には、短時間でも致命的だ。
人がいる場所ではうかつに使用することは出来ないのだ。
一頭のバシリスクがたまらず擬態を解いてのたうち始めたのを、中央のレンズから発せられたレーザーが焼き貫いた。
頭部を焼かれたバシリスクは一瞬で動きを止め、道路上に倒れ伏した。尻尾がヒクヒクと痙攣しているのを、更に高周波を喰らわせて焼き尽くす。
『待たせたわね!!』
通信機からマイカの声が響いた。
ビルの谷間から姿を現したのは、航空機のようであった。よほど低空飛行で飛んできたと見える。しかし、戦闘機にしては速度が遅い。機体も、航空機と円盤をつき合わせたかのような、特殊な形状をしている。
ジェットノズルを機体下部に複数持ち、それで浮かぶようにして飛行してきたようだ。
チーム・ビースト、マイカ=トートの操る大型爆撃VTOL、GGX-グリフォンである。基地や市街地への爆撃と違い、動きが素早い巨獣相手に、命中精度を要求される爆撃を行うため、低速、低空での長時間飛行が可能な戦闘爆撃機である。
推進力を犠牲にしているため、高速での移動は難しいが、積載弾薬の量は破格である。また、化学薬剤や液化窒素などの特殊効果弾も装備していた。
『あんた、相変わらず攻撃名を叫んでるのね。聞いてて恥ずかしいわ』
『ほっとけ。技の名を叫ぶのは男のロマンだ』
『オットー、マイカ、無駄口はよせ。まだあと、四体隠れているぞ』
チームリーダーのミヴィーノ=ライヒから通信が入る。
『
『了解!!』
カトブレパスが、通信画面に表示された影響エリアから退避すると同時に、数カ所から爆発が起こり、周囲の建物に線上の破壊痕がついた。突き立ったいくつかの鉄柱に、ワイヤーがグルグルと巻き付き、締め上げている。
ワイヤーグレネードである。
大型榴弾の弾頭に、鉄球の代わりに限界まで強く巻き込み球状にしたワイヤーを詰めた兵器なのだ。爆発の衝撃で戒めを解かれたワイヤーは、その弾性抵抗で跳ね上がりながら周囲のものに巻き付いて破壊、もしくは捕縛する。大型巨獣を動けなくするために開発された、捕獲用ツールでもある。
「キシャアアアッ!!」
「キシャッ!! キシャアアッ!!」
バシリスクの声が各所で響き、ワイヤーで文字通りがんじがらめに縛り上げられた状態のバシリスクが四体、身動きが取れずに地面をのたうっていた。
『よし、オールクリアだ。オットー、奴等にとどめを刺してくれ』
また通信機からライヒ大尉の声が響いた。いったい、どこから攻撃してきているというのか? その答えは、すぐに判明した。
ビルの隙間の道路を縫うようにして、三機の異常に細長い戦車が現れたのだ。ほとんど列車砲のような形状だが、各連結部はむき出しでは無く、金属でシールドされている。
一見して関節の少ないダンゴムシかヤスデ、といった形状である。その金属製のヤスデの体表面から、大小いくつもの砲身が顔をのぞかせているのだ。
チーム・ビースト、ミヴィーノ=ライヒの操る戦略攻撃車輌、KRSⅢ-ケルベロスである。
市街地でなるべく被害を出さないように既存の道路を利用するため、車幅は四mほどしかない。これに対して、燃料やエンジン、弾薬その他のために必要な長さを確保するため、約四十メートルもの車長がある。
同型機が三機あって、無人の二機をAIによる半自動操縦としているのは、複数で範囲を限定して巨獣を追い詰めるためと、複数の巨獣に対して、エリア全体での作戦行動を行うためでもある。
迅速に現場へ急行し、巨獣に攻撃を加える為に特化した性能であった。
「了解!! 高周波ウェーブ発射!! 」
オットーが例の如く武器の名を叫んで、手近なバシリスクにとどめの高周波を照射し始めた時だった。
「うわっ!!」
突然、カトブレパスの車体前部が何者かに破壊された。
相当に巨大な何者かが、上から踏みつぶしたかのような被害である。
「なんだ?! どうした? オットー?」
「分かりません!! 偏光照射してみます」
オットーがスイッチを入れると、オレンジ色の偏光が周囲を照らし出した。
「な…………なんだコイツは!!」
そこに浮かび上がったのは、倒した五匹より、遙かに大きなバシリスクであった。体長だけでも、あきらかに倍以上はある。
「どういう事だ!? 今までこんなヤツの動きは確認されていないぞ!?」
ライヒ大尉があわてた声を出した。あまりの巨大さに気圧されているようだ。
“君達……せっかく作った中継器を、よくも無駄に殺してくれたね”
チーム・ビースト全員の脳に、直接シュラインの声が響いた。
「ちゅ……中継器だと? 貴様一体何者だ!? どこから話している!?」
“どこからだって? 僕は君達の目の前にいるよ。まさか、こんな大きな体しているのに、分からないってのかい?”
「大きいだと……まさか!? 」
“そう。僕はこのバシリスクさ。君達にはお仕置きをしないとね”
巨大なバシリスクの前足が振り上げられ、カトブレパスの前部を更に破壊しようと迫る。
オットーは全速後進をかけて、かろうじてその攻撃を躱した。
タイミングを外されてよろめいたバシリスクの頭部に、ケルベロスのグレネード数発が直撃する。しかし、他の個体と違って強靱なのか、その皮膚には傷一つ付いた様子は見えなかった。
「全機この場から離脱!! 二千メートル後方で合体だ」
「了解!!」
チーム・ビーストは、全機が合体体勢をとる為、ビルのすき間を縫うようにして移動を始めた。
(ふん。生体電磁波の意味が分かってるのかな? 電波通信が筒抜けなのも知らないで。二千メートル? 一跳びだね)
シュライン=バシリスクはほくそえむと、手近なビルによじ登り、体をかがめて滑空のためのジャンプの体勢に入った。
「シュライイイイイイン!!」
その時、バシリスクへ向けて、怒りの声が発せられた。
「貴様!! 松尾さんをどこへやった!? 返せ!!」
“しつこいガキだな。あんな女がそんなに大事か?”
振り向いた巨大なバシリスクの口元が、まるで引き攣ったように歪んだ。笑っているつもりのようだが、とてもそうは見えない。
“よくよく邪魔ばかりしてくれるよね。君のせいで、ミクロネシアの秘薬も手に入れ損ねたんだ。あの病院へ向けて撃ち落としてくれたのは助かったけどね”
「な……んだと!!」
“ククク、怒ったのかい? だけどまさかそんな貧弱な姿で、僕に勝てるとでも言うつもりかな? 今は忙しいんだ。コイツの相手でもしてなよ。用が済んでも頑張っていられたら、あとで僕が直々に食ってあげよう。”
シュライン=バシリスクはそう言うと、何かを口の中から吐き出した。
それはさっき見た、卵から孵ったばかりの小バシリスクによく似ていた。だが、もっと禍々しい。全身にトゲ状の突起が飛び出し、牙も肉食哺乳類のように犬歯が上下に突き出ている。大きさも数倍はあるようだった。
呼吸を始め、見る見るうちに体を膨らませて立ち上がったそれは、黒褐色の鎧状の鱗に身を包んだ、バシリスクよりもずっと凶暴そうな個体であった。
“色んな遺伝子を組み合わせてね。試しに創ってみたんだ……コイツが倒せるかな? まあ、やってみたまえよ”
「関係ねええええ!! 松尾さんをッ!! 返せえええええッ!!」
ミクロネシアの島民を守れなかったこと、病院へバシリスクを落としてしまったこと、紀久子のこと、全身が後悔の固まりになり、怒りの燃料となっていく。
ぷつん。と、どこかで何かが切れる音がして、明の視界が真っ赤に染まった。
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