第16話2-7 目覚める巨獣王



「司令!! Gが……Gが動き出しています!!」


 千葉県合同庁舎を間借りしたG対策本部のオペレータ室で、Gの動向をモニタリングしていた若い女性オペレータが声を上げた。


「なんだと? 脳波は!? 脳波を監視モニタリングしていたんじゃないのか?」


「脳波は依然、δデルタはのままです。Gは……気絶したまま動いています!!」


 水元公園の池に突っ込んでいた、Gの巨大な顔がゆっくりと持ち上がった。

 額の宝石のあった場所には、黒い空洞がぽっかりと空き、その周辺には赤い血液がこびりついていた。脳波の測定機器らしきものが取り付けられているのも見える。

 依然目を閉じたままのGは立ち上がろうとしているが、特殊ワイヤーで縛り上げられた体がどうしても動かせないようで、同じ動きを繰り返している。


「どういうことだ?! ヤツは、なぜ動き出したッ!?」


 樋潟司令は、呆然とモニターに映るGを眺めた。

 やがて、どんな荷重をかけても切れるはずのない特殊ワイヤーが外れた。どうやら、ワイヤーそのものは無事でも接続部はそうはいかなかったらしい。

 引っこ抜けた巨大なアンカーが、ワイヤーに引きずられて周囲の警察車両に激突して炎上させた。


「いかん。あのままでは完全に外されるかも知れん。すぐにディノニクスで待機中のチーム・エンシェントに出撃命令を!!」


「了解。チーム・エンシェントに出撃命令を出します」


「ディノニクスは小型だが、一三式戦車よりは機動性も攻撃力も高い。なんとか食い止めてくれよ……」


 樋潟司令は、祈るように呟いた。



***    ***    ***    ***



「ほんとにこんな小型機で、あのGとれっての!?」


 本来の乗機、アンハングエラよりもはるかに安っぽいシートのコクピットに座ったアスカが、ぶつぶつと文句を言った。防音層も薄いのか、機動兵器特有のエンジン音も耳障りだ。


「文句を言うな。新堂少尉。三機でうまく連携出来れば、攻撃力をバリオニクス並みに高めることも可能なはずだ」


 羽田は張りのある声で言った。

 バリオニクスを大破させられてから、ずっと暗い表情だった羽田だが、どんな形であれ出撃できることが嬉しいようだ。

 

「羽田大尉!! なんだか、私の三号機だけ形が違うんですけど、これ、何が付いているんですか?」


 まどかの乗る機体は他の二機と違って、異常に長い砲身が二門、肩から生えている。その長さは、ほぼ機体の全高と同じで、たしかにあまりにも不格好だ。


『マニュアルを読んでいないのか!? 旧式だが、リニアキャノンだ。射程や威力的にはトリロバイトのものと大差ないが、左右一発ずつしか撃てないから気をつけろ』


 羽田の声が通信機から流れる。

 その不謹慎ともとれるほどの元気さに苦笑しながら、まどかとアスカは、起動電源のスイッチを入れた。高出力エンジンが発電した主電力が駆動系モーターへと流され、暗かったコクピット内がLED光で薄明るく照らし出される。


「チーム・エンシェント、羽田晋也、ディノニクス一号機、出撃!!」


「チーム・エンシェント、新堂アスカ、ディノニクス二号機、出撃します!!」


「チーム・エンシェント、五代まどか、ディノニクス三号機、出ます!!」


 三人の声が響き、かがみ込んだ状態で公園近くの小学校の校庭に配備されていた三機の恐竜型歩行兵器のカメラアイに緑色の光が灯った。三機は、順次体を起こしてGの拘束されている場所へ向けて走り出した。


『急いで下さい!! Gが完全に動き出しました』


 通信機から、作戦本部の女性オペレータの切迫した音声が流れる。

 ついにGが、拘束していた特殊ワイヤーを完全に振りほどいたようだ。


「急ぐぞ」


了解ラジャ


 緊迫した羽田の声にアスカとまどか、二人の声が重なった。



***    ***    ***



 水元公園一帯は騒然となっていた。

 Gの周囲を取り囲んでいた自衛隊は、ようやく作戦を拘束の継続から撤退に切り替え、物見高いマスコミや警察、消防などと押し合いへし合いしている。

 そんな中、Gはふらつきながらも既に立ち上がり、歩行を開始していた。

 数万トンはあるとされるGの巨躯を支えられる地盤は少ない。それでなくとも、水元公園一帯はもともと湿地帯であったのだ。一歩踏み出すたびに道路が陥没し、振動で周囲の建物が倒壊していく。

 目をつぶったままのGは、真っ直ぐに一方向を目指しているようだ。


「コイツ、あれほど市街地に入りたがらなかったのに、どういうつもりだ? どこか行くべき場所でもあるというのか?」


 Gをモニターに補足した羽田は、率直な疑問を口にした。


「Gのつもりなんか分かりませんよ。それに、いまだに生理的には気絶状態だっていうんですから。とにかく、動きを止めましょう」


 アスカが焦れたように言う。

 三機のディノニクスは全高十五メートル。百メートル以上あるGと比較すると、かなり小さいのだ。

 その小ささを利用して素早く周囲を動き回り、機銃で攻撃を掛けて撹乱、そしてリニアキャノンでとどめ、というのが羽田の立てた作戦だった。が、気絶したままで動いているGが、惑わされるはずもない。

 無人の野を行くがごとく、ひたすら真っ直ぐ進んでいくGを取り囲んで走りながら、チーム・エンシェントは攻めあぐねていた。



***    ***    ***    ***



「だーかーら!! 明が危ないんだよ!! あのバシリスクとかって巨獣が、何匹も出てきやがってさ!! あいつ、一人で戦ってんだぜ!? どうして助けに行けないんだよッ!!」


 病院の対策室の前で、小林が喚いている。

 小林は声はかすれかけ、顔は真っ赤だが、受付の長机に座った若い自衛官はそんな小林の目を冷静に見据えたまま、首を横に振るだけだ。


「そんなたくさんの巨獣相手に、通常部隊が行って何が出来るというのかね? 君の友人には気の毒だが、今更行っても手遅れだよ。それにその地区へは、兵器に乗った特殊機動部隊が急行したとMCMOから連絡を受けている。君達もここで待ちたまえ!!」


「特殊機動部隊だとぉ? 昨日Gにあっさりやられた、あのロボ恐竜みたいな化け物マシンのことか!? あんなのでドンパチやったら、明も松尾さんも死んじまうだろうがッ!!」


「周囲の被害は最低限に抑えるよう、指示は出ているッ!! 我々は動くなというのが上からの命令なんだ!!」


「分かった!! もおお 頼まねえ!!」


 目の前の長机を、力一杯両手で叩きつけた小林は、士官と激しい視線のやりとりを交わし、ぷいと回れ右をした。そして必要以上に足音を高く鳴らして歩き去る。

 その後ろ姿を鬼の形相で睨み続ける士官に、曖昧な愛想笑いを浮かべ、加賀谷達三人はその場を辞した。


「おいおい小林、どうすんだよ?」


「自衛隊が行ってくれないなら、オレ達だけでも助けに行くしかねえだろ」


 言いながら小林は自分の軽自動車ではなく、自衛隊のトラックの方へすたすたと歩み寄っていく。


「まさか……自衛隊の車、盗むのか?」


「盗む? ちょっと借りるだけだよ。こんな派手な車持ってたって使い道ねえからな」


「小林さん!! そういう問題じゃないでしょ!? それ犯罪ですよ?」


 広藤の真剣な口調に、小林は立ち止まって少し考え込んだ。


「それもそうだな。加賀谷、お前だけ来い。未成年には荷が重すぎらあ」


「小林さん!! そういうことじゃなくて!! ……う……あっ!!」


 その時、突然、額を押さえて珠夢がしゃがみ込んだ。

 妹の突然の異変に、加賀谷があわてて駆け寄り肩を抱く。


「た……珠夢!? どうしたんだ?」


「…………声」


「声?」


「声がするの。……来てって」


「来てって……どこへだよ?」


「…………こっち」


 珠夢はふらっと立ち上がると、何かに導かれるように駐車場の敷地を抜け、植え込みの中を歩いていく。植え込みと言っても、林を模して五メートル間隔くらいに植えられた木々の間は芝生である。木々の間を抜け、敷地境界近くの生け垣に達した時、加賀谷達は息を呑んだ。


「うお!? なんだこれ!? 丸坊主じゃねえか??」


 そこには、何もなかった。数刻前にはたしかに生け垣があったはずの場所だ。

 しかし、葉や茎はおろか幹の木質部まで囓り取られたように、ほとんどなくなっていた。何本かあったはずの立木も消え、芝生さえもがはぎ取られたかのようになくなり、赤土の地面がむき出しになっている。


「さっき出て行く時は、ちゃんと生えていましたよね? ……っていうかここ、僕が幼虫を放した場所じゃあ……何か工事でもあったんでしょうか……」


「そういや……どういうことだ?」


「きゃああああああ!!」


 その時、珠夢の悲鳴が上がった。

 地面にへたり込み、震える手で指さす方向を見ると、むき出しになった赤土の上に目にも鮮やかな派手な黄緑色の塊が見えた。小林は一瞬、植物が少し残っているのかと思ったが、その塊には不思議な幾何学模様ともとれる規則的な濃淡がある。

数歩近づいた小林は、それがふるふると動き出したのを見て息を呑んだ。

 それは、あり得ないサイズの芋虫だったのだ。

 全長一メートルはあろうかという巨大な芋虫。それが二匹、こちらを向いて頭を振っている。


「いやあああ!! あたしダメ。こういうの、まったく生理的にダメなのよおおお!!」


 珠夢はへたり込んだ姿勢のまま器用に数メートル後退りすると、残っていた生け垣の後ろに隠れて叫び続けている。

 だが、珠夢以外の三人は叫び出すこともなく、恐る恐るながら巨大芋虫に近づいた。たしかに巨大で異様ではあるが、危険な生き物には見えなかった。

 虫好きの広藤は言わずもがなだが、小林も加賀谷も、曲がりなりにも生物学系の研究員である。それなりに冷静な目で観察できた。


「おいこれ……見覚えあるんだけど……」


 落ちていた棒で、一頭の頭を軽くつつきながら加賀谷が言う。


「はい、この模様……オオミズアオとメンガタスズメの……幼虫みたいです」


 広藤の言うように、確かに色や形だけはその通りだった。

 一方は黄色に斜めの幾何学模様の入った尻尾にトゲのある幼虫。もう一方は、黄緑色に全身に黒いトゲを持つ幼虫である。


「どういうことなんでしょう? たぶんこれ……僕の放したあの幼虫なんでしょうけど……両方とも、もう終齢幼虫だったはず……あれ以上大きくなるなんて、考えられません」


「いやいや広藤、そういう問題じゃねえだろ。これ、どう見ても化け物クラスだぜ。本当にお前が放したあの幼虫なのか?」


「広藤君……」


 その時、珠夢が小さな声で言った。


「何?」


「…………呼んでたの、この虫たちみたい……」


 それは、さらに信じられない言葉だった。


「ええっ?」


「まだ何か言ってる……え、と。この場所は、エサが少ないから、移動させてくれって……そう言ってる」


「珠夢、おまえ、コイツラの言葉が分かるのか?」


「言葉っていうか、言いたいことが分かるの。その代わり、力を貸してあげるって言ってるよ……巨獣から守ってあげる?って」


 珠夢はこめかみを押さえ、気味悪そうな表情を変えないまま、生け垣から顔だけを覗かせて言う。


「おいおい、守るって……こんなでかいだけの芋虫に何が出来ンだよ?」


 加賀谷は呆れたように手を広げた。


「わかった、証拠見せる……って言ってる」


 珠夢が言った次の瞬間、加賀谷は自分の目を疑った。

 二匹の巨大な芋虫が、急に愛らしく見えてきたのだ。可愛くて可愛くて仕方がない。衝動が抑えられなくなり、思わずふらふらと歩み寄って頭を撫でようと手を伸ばした。

 ところが、加賀谷の手が芋虫の頭に触れようとする寸前、凄まじい嫌悪感が襲ってきた。

 気持ちが悪い。見ていたくない。模様、形、大きさ、動き、すべてがいやらしく猥雑に見える。たった今まで可愛いと感じていた気持ちが嘘のようだ。

 脳のそういうスイッチを切られたかのように、加賀谷は尻餅をつくと、転げるように飛び退っていた。

 芋虫から数メートル離れた加賀谷は大きく息をついて、やっと普通の感覚に戻った気がした。


「お兄!! お兄!! いきなり一人で何やってんの!?」


「いや……お前達、何ともないのか?」


「なんともって……あなた達、お兄に何かしたの?」


 珠夢の言葉が聞こえたかのように、二匹の幼虫は更に大きく頭を振り始めた。


「えーと……好きになる匂い、嫌いになる匂い、他にも色々出せる。これで巨獣は襲ってこない……ですって」


「…………よし、こいつら連れて行こう」


「小林!? 本気か!?」


 腕組みをしたまま重々しく言い放った小林に、加賀谷が驚いて聞き返す。


「今、オレ達には戦力が足りない。明の応援に行ったところで、あの巨獣の群れに対して何も出来ない。匂いで行動を制御できるってんなら、これ以上ありがたいことはねえ。……おい、広藤、コイツらのエサ、用意してくれ」


「二種共通のエサって、無いんですが……メンガタスズメの方は野菜、オオミズアオの方はサクラかクヌギだったはず……」


「なんでもいい。野菜なら八百屋、桜なら公園だ。急ぐぞ」



 数分後、小林達四人は、トラックを奪って疾駆していた。

 だが、そのトラックは先程盗もうとしていた自衛隊のトラックではない。山吹色の幌が付いた営業車だ。その幌と車体には青果店の名が大きく書かれている。

 町中に放置されていたトラックを失敬した、というわけだ。


「積んであったの、小松菜とカボチャばっかしだったけど、いいのか? おまえの言ってた食草と違うぞ」


「二頭とも喜んで食べていましたから、大丈夫だと思います。性質まで変わっちゃってるみたいで……けど、問題は量です。あの勢いだとすぐに無くなりますよ」


 広藤が、のぞき窓から後ろの荷台を振り返って言った。

 オオミズアオの巨大芋虫も、メンガタスズメの巨大芋虫も、二頭とも文句を言わずに本来食べるはずのないカボチャを囓っている。


「ま、そうなったら、街路樹のサクラでもへし折ってやるしかないな」


「小林さん、それちょっと乱暴じゃないの?」


「あの巨獣どもをやっつけなかったら、どのみち誰も来年の花見なんてできねえんだ。かまうもんか」


「あああ……私達……どんどん犯罪を重ねていくう……」


 珠夢はトラックの狭い座席で頭を抱えた。



***    ***    ***    ***



 走り出して十数分後、助手席で前方を注視していた珠夢が突然叫んだ。


「待って!! 小林さん、あれあれ!! 明君じゃない!?」


 明を置いてきた養鶏場までは、まだ数キロはあるはずだった。

 しかし、たしかに前方に見える商店街のアーケード内で、ボロボロの格好をした明が立ち上がるのが見えた。その目前には、十メートル近くある中型の巨獣がいる。

 今にも襲いかからんばかりに姿勢を低くした巨獣を真正面で見据え、衣服をずたずたにされた明は、武器らしい武器も持っていない。どうやら素手で渡り合っている、ということらしい。

 だが、中型巨獣は強力であるらしい。誕生直後の小バシリスクとは違って、動きが段違いに素早いのだ。大きさも倍以上あり、爪や牙の長さも目に見えて長大だ。

 その巨獣の素早い攻撃に対応しきれず、防戦一方の明は苦戦している様子である。なんとか事態を打開しようとしているようだが、決め手がないのだ。

 小林は車を止めて運転席から飛び降りると、転がっていた鉄筋棒を拾い上げ、身構えた。異常な身体能力を持つ明が苦戦している相手に、そんなものでどうにかなるわけはないが、何も持っていないよりはマシである。


「明ぁッッ!! 助けに来たぞ!!」


「小林さん!! 来ちゃいけない。逃げて!!」


 明は戦闘に集中しているのか、返事をしながらもこちらを振り向こうとしない。

 トラックの荷台に乗り込んだ広藤に、小林は叫んだ。


「大丈夫だ!! こっちにはちゃんと巨獣対策があるんだよ!! 広藤!! そのお化け芋虫をけしかけろ!!」


「行け!! アルテミス!! ステュクス!!」


 広藤の声が響いた。それを珠夢が中継して伝えたのだろう。

 すぐにトラックの荷台が大きく揺れ、先程の巨大な芋虫二匹が現れた。しかし、のったりと顔を出した二頭を見て、小林は目をむいた。いつの間に成長したのか、どう見ても両方とも先ほどの倍以上になっている。

 二匹の芋虫は、頭部を持ち上げ、ふるふると動かし始めた。どうやら、巨獣に対応する匂いを発しているらしい。

 その効果は劇的で、すぐに明の相手の巨獣は動きが鈍くなった。どのようなフェロモンを放っているのかまでは分からないが、何度も鼻のあたりを掻き毟っているところを見ると、巨獣にとってはよほどイヤな臭いなのだろう。

 動きが鈍くなれば、小回りのきく明の方が有利である。正拳突きが連続して腹部にヒットし、巨獣は口から体液らしきものを吐き出して、苦しそうにのたうった。


「よしいいぞ!! アルテミス!! 次は明さんの体力を回復する匂いを出せるか!?」


「聞いていいか、広藤?」


「はい、何です? 小林さん」


 すっかり虫使い気取りで、二メートル級の芋虫に檄を飛ばしている広藤に、小林が言った。


「アルテミスとかステュなんとかってのは、奴等の名前か?」


「はい、まあ、いつまでも『芋虫』じゃあ可哀想ですので、学名を名前にしたんです」


「なるほど学名……か。で……その芋虫どもは、なんでこんな少しの間にあんなでかくなってんだよ?」


「そりゃそうでしょ。荷台の野菜はすべて無くなっていますし……」


「あれから一時間も経ってねえんだぞ?」


「鱗翅目の幼虫の場合、一回脱皮すれば体長が倍になってもそう不思議ではないです」


「脱皮だと!? 終齢幼虫だったはずじゃねえのかよ!?」


 二人が呑気に言い合っているうちにも、明は小巨獣を圧倒し続けている。だが。


「なんか……明さん、怖い」


 鬼気迫るその戦い方は、人間というよりも獣のそれに近かった。

 肉食獣のように牙をむき、

 拳は握らず爪をふりかざし、

 直立せず、猿のように身をかがめ、

 稲妻のように駆けるその速度は、普通の人間には肉眼で捕らえるのがやっとであった。

 珠夢が恐怖するのも無理はない。


「はああっ!!」


 明の抜き手が、巨獣の目を貫き、そのまま反対側に飛び出た時、思わず珠夢は目を背けた。

 小型巨獣の血管を突き破ったのだろう。目のあった場所からは噴水のように血が噴き出し、明の体はその色に染まっていく。

 明は表情を変えないまま、ぐいと腕を引き抜いた。その手には丸いモノが……巨獣の眼球が掴まれていた。脳をかき回され、目玉を掴み出された巨獣は、体を数度波打たせるように動かして絶命した。

 二、三歩よろめいて後退した明はそこで尻餅をつき、大きく息を吐いた。


「あり……がとうございました。その幼虫たちのおかげで……助かりました」


 余程体力を使ったのだろう。時速六十キロで走っても、息一つ切らさなかった明が、へたり込んでいる。


「明…………そろそろ本当の事情、聞かせてくれないか? オレ達もう、仲間だろ?」


 小林が明の傍に歩み寄り、優しく声を掛けた。

 だが、珠夢は凄惨な戦いのショックからまだ立ち直れないのか、まだ、向こうを向いて顔を伏せたままだ。広藤も加賀谷も、立ちすくんだまま声が出せない。

 しんとなった皆の様子を見、真っ赤な返り血を浴びた自分の姿に気づいた明は、大きくため息をついて、ぽつり、と言った。


「僕は…………Gなんです」


「今、なん……て言った?」


「僕はG……あの巨獣Gなんです。Gは、中枢部を破壊されて海底に眠っていました。G細胞と融合した僕は、深海で偶然それと接触し、Gの中枢部と同化したんです」


「なんで?……なんでそんなことに……」


「僕は末期ガンで、数日の命でした。父は……僕の父は、海底ラボ・シートピアでG細胞を研究していた科学者だったんです。僕を救う手段は、不死身のG細胞を植え付けるしかなかった……」


「そんな……じゃあ本当に……? でも……たしかにそれなら……」


 広藤が驚愕の声を漏らす。

 だが、そういうことなら明の人間離れした身体能力の説明もつく。


「……松尾さんとは、海底ラボで知り合いました。実験体扱いだった僕に、とても親切にしてくれて……僕が勝手に好きになった、それだけなんです」


「じゃあ……お前が伏見明だってのも……ウソじゃ、ないんだよな?」


 小林は、失った声をやっと絞り出したかのように、かすれた声で言った。


「はい。でも……見て下さい」


 明の差し出した腕は、まるでレスリングの選手のようにふしくれだった固い筋肉が盛り上がっていた。

 それどころか、肩幅も、胸も、異常に筋肉が付いている。

 昨夜、小林が気を失った明を背負って来た時には、こんな筋肉の付き方はしていなかったはずだ。


「これ……いったいどういうことだよ?」


「G細胞は、不死です。破壊された組織細胞も死なずに、体を巡って次の組織に変わる。そこに新しい細胞も加わる。つまり、鍛えれば鍛えただけ、使えば使っただけ、成長してしまうんです。それも無限に……」


「つまり……明、おまえはどうなっちゃうんだよ?」


「Gと融合していた時は、巨獣化は止まっていたようですが……分離した以上、巨獣化は止められません。現にこうやって、巨獣と一対一で戦って勝ったのも、オレ……がッ……巨獣だからッ!!」


 ついに感情が溢れ出し、涙が明の頬を伝った。

 跪いたまま両手をつき、嗚咽を続ける明に、誰一人、掛ける言葉が見つからない。そんな四人を見渡すと、明は静かに立ち上がって言った。


「今……Gがこっちに向かっています」


「なんだって? 何で、んなことが分かるんだよ!?」


「自分……ですから。生体電磁波で、位置も速度も分かるんです。邪魔している特殊機動兵器も見える……」


「どうする気だよ!?」


「また……Gと一つになります。そうしないと、巨獣化したシュラインには勝てないから。戦って勝ち、松尾さんを救い出して、高千穂さんの……婚約者の元へ届けます」


「今のままじゃ、ダメなのかよ!? 体使わなきゃ、巨獣化はしないんだろ? 戦う必要なんかないじゃねえか!?」


「いえ。たぶん、無理です。体を使わずに生きるなんて事は出来ない。それに……オレはたくさんの人を殺した。その罪も償わなくちゃ……ならない」


「はあ? 何言ってるんだ、そんなわけ……」


 そう言い掛けた小林を遮って、明は叫んだ。


「粒子熱線でッ!! 罪もない人の乗ったヘリを撃ち落とし!! 町を!! 幼稚園を!! 老人ホームを焼き払い!! 人が……人がたくさん乗った列車を投げ!! 渋滞の車の列を!! 逃げる小学生の列を……踏みつぶしッ……!!」


「もう……もうやめてっ!!」


 珠夢が両耳を塞いで叫び、いたたまれない様子で座り込んだ。


「巨獣大戦の時の記憶……全部……オレに残っているんです。Gがやったことは、オレのやったこと……そう認識しないと、自我も保てない……」


「明……そうじゃない」


「夢に見るんです!! 記憶としてリアルに……でも、もっと許せないのは、自分がたくさんの人を殺すその時、何の感慨もなく、何の興味もなく、何の感傷も覚えず、そうやって…………殺してきた事なんです!!」


「違う!! 明、落ち着けよ!! お前がやった事じゃ、ないだろう?!」


 明は大きく首を振ってため息をつくと、小林の目を見てにっこりと笑った。

 しかし、無理に作られたその笑顔には深い悲しみが張り付いていた。


「もう、行きます。あと二キロくらいの位置まで来ている。融合して完全体にならないと、バシリスクを……シュラインを倒せない」


「ダメだ。明、オレ達と帰ろう!!」


「ありがとう。小林さん、加賀谷さん、珠夢ちゃん、広藤君…………短かったけど、君達といた時間、忘れない。たぶん、オレが人間だった、最後の記憶だから」


「明ッッ!!」


 明は、くるりと踵を返すと、四人に背を向けて走り出した。


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