第5話1-4 被弾の巨獣王
「五代少尉!? 何をしている!!」
バリオニクスのメインパイロット、羽田晋也大尉は機体に異常な振動を感じて、通信機に呼びかけた。
Gに移動用履帯を破壊されたバリオニクスに移動手段はない。擱座(かくざ)したバリオニクスは、すべてを停止して救援を待っていた。だが、いつの間にか非常電源のスイッチが入れられ、警告灯が点滅し始めている。構造模式図をチェックした羽田は、まどかの操るトリロバイトがバリオニクスから強制分離しようとしていることに気づいたのだ。
「大尉。勝手な真似をして申し訳ありません。しかし、今一度、Gに対して試してみたい攻撃があります!! 許可をお願いします!!」
「試してみたい攻撃?」
「あの、額の赤い宝石状の突起です。あれにリニアキャノンを喰らわせてやれば……」
まどかが皆まで言い終わる前に、羽田は強く否定した。
「ダメだ!! あの器官については謎が多すぎる。攻撃しないようにと、科学班からも指導されただろう。万が一、逆鱗に触れるような結果になり、Gが無差別に粒子熱線でも吐き散らしたりしたら、一帯が火の海になるんだぞ!!」
「しかし!! このまま放っておいても、それは同じなのではないですか? あの宝石が何であれ、脳に直結する器官である可能性が高いと、八幡教授も仰っていました。分厚い筋肉に覆われた心臓を除けば、脳はGの唯一の弱点です。撃ち抜けば、確実に殺せます!!」
「バカな。ヤツは今、水元公園だ。もし失敗したら周囲の住宅街に甚大な被害が出る。そうなったらどう責任をとるつもりだ!?」
「あのまま放っておけば、街が破壊されないというのですか!? どうか、射撃の許可を!!」
その時、唯一外部状況を知らせていたサブモニターに、蒼い閃光が走った。Gが夜空に向かって粒子熱線を放ったのだ。
「ついに……やったか……」
それでも羽田は迷った。しかし、とうとう熱線を吐いたGが、おとなしく海へでも去るとは思えない。このままGが暴れ出せば、どのみち首都圏は壊滅する。
この遠距離からのピンポイント射撃は、決して分の良い賭けとは言えない。
だが、しかし。
「五代少尉……リニアキャノンによるG頭部への狙撃を……許可する。責任は俺が取る。だが……外すなよ?」
「了解!! 五代少尉、出撃します」
まどかの声が弾む。
単機分離したトリロバイトは、暗い住宅街を背景に佇むGに向けて移動を開始した。分離と同時に変形を終え、リニアキャノンの砲身はむき出しのままである。
「くっ…………ホバー機能が……」
右側ホバースラスターの出力が上がらない。しかも、完全に変形しきれず、長すぎるリニアキャノンの砲身がバランスを損なってしまっていた。
それでも、出来るだけ近づかなくてはならない。まどかは機体を傾けたまま、巡航速度の十分の一程度で、江戸川を遡った。
「まどか!! …………信じてるからね」
通信機から聞こえてきたのは、アンハングエラのパイロット、アスカの声だ。
「アスカさん……ありがとう」
目標までの距離が十キロを切った。Gは完全に射程内に入っていた。
ここまで来れば、あとはまどかの腕次第だ。これ以上近づけば、Gに気付かれる可能性もある。ホバーが本調子でない以上、それは避けたかった。
Gは横を向いており、赤い宝石は見えない。チャンスを待つしかないが、本格的に動き出されては命中精度が落ちる。なにしろ、誘導着弾装置のない質量弾なのだ。
まどかは、胸の内にこみ上げてくる焦燥感を噛み殺し、その瞬間を待った。
「こっちを……向きなさい!!」
思わず声が漏れた。だが、Gはそのままこちらとは違う方向……西を向いて歩き出してしまった。このままでは額の赤い宝石は狙えない。
トリロバイトを無理に操ってでも、Gの西側に回り込むしかない。
まどかがそう思った瞬間、Gは何を思ったのか、ふっとこちらを振り向いた。
ターゲットスコープの中心。トリロバイトの正面に、赤い宝石が輝いた。
「今っっ!!」
まどかは、声と同時にリニアキャノンのトリガーを引き絞った。
*** *** *** ***
「当たった…………」
小林がぽつりと言った。
遠い夜空で、Gの粒子熱線がバシリスクを捉えたのが見えたのだ。
確認するように、脂だらけのメガネを白衣の裾でゴシゴシと拭いて掛け直す。
「…………落ちた」
一瞬の閃光の後、黒い煙の尾を引いて落ちていくバシリスクを、加賀谷も確認した。
「おい……」
小林が、加賀谷の袖をぐいっと引っ張る。
「G……オレ達を助けてくれたんじゃね?」
「は? 何言ってンだよ。でかい獲物からやっつけただけだろ。オレ達なんかエサにもならないだけでさ?」
「でも……じゃあ、どうして踏みつぶして行かないんだ?」
小林の言う通り、Gはまるで彼等四人を避けるように方向を変え、歩き出そうとしていた。
壊れかけた建物さえも避けるようにして、向かおうとしているのは、どうやらバシリスクの落下した場所のようだ。
その横顔が妙に近しいものに思えて、小林は思わず手を振ってGに呼びかけた。
「おーい!!」
脳天気な声が、炎で赤く照り返される夜空に響く。
「ありがとー!!」
つられて加賀谷も叫んだ。
「おいおい!! 君達やめろ!! せっかく向こうに行きそうなのに!!」
所長が慌てて二人をたしなめた。
「もしまた、こっちに向かってきたりしたら……」
そう言った瞬間、Gは小林達の声に呼応したかのように、首を回してこちらを向いた。
「う……うわわ」
所長だけでなく、斉藤警備員もへたり込む。小林と加賀谷にも、さすがに恐怖心が蘇った。
まさか、このまま襲ってくるのか? 熱線を放たれれば、人間なぞ一瞬で蒸発する距離だ。それとも、ただこちらを見ただけなのか? 四人は凝固した。
炎を反射した赤いGの目を見つめてほんの一、二秒。それは彼等には、数分にも感じられる時間だった。
しかし、Gはその次の行動に出ることはなかった。
Gの額で激しい火花が散ったのだ。加賀谷達の目の前で、Gの額の宝石が砕け散り、飛散した破片が周囲のアスファルトに、榴散弾のようにめり込んだ。
「うわっち!!」
加賀谷が喚いた。小さな破片の一つが、加賀谷の右太ももを貫通したのだ。
突き抜けた破片は、それでも威力を失わずにアスファルトを抉った。飛び散った範囲が広かったとはいえ、加賀谷以外の誰にも破片が直撃しなかったのは、まさに僥倖としか言えない。もし、頭部を直撃していたら即死であっただろう。
Gの目を見つめ続けていた小林は、意志を宿した光が消え、白く裏返るのをはっきりと見た。
「逃げろ!! 倒れる!!」
先ほどよりもずっと確実な危険を察知して、小林は叫んだ。額の宝石状の器官を失ったGは、そのままゆっくりと前に倒れてきたのだ。
しかし、重傷を負った加賀谷は動けない。加賀谷の両脇を抱えたまま、小林も斉藤警備員も一歩も動けないまま立ちつくしていた。所長だけが、かろうじて走り出す。
真っ直ぐに倒れてこられていたら、全員押し潰されていたかも知れない。だが、Gは右足を折って
意外なほど大量の水飛沫が上がり、その後の地響きで再び四人はアスファルトの上を転がった。衝撃が過ぎ去り、やっと小林達が顔を上げた時には、Gはまるで死んだように動かなくなっていた。
「あ……あ……しょ……所長は?」
動かなかった三人から十メートルほど離れて、Gの巨大な左腕が接地している。なまじ反応が早かった所長の姿は、その巨大な腕に隠れて見えなくなっていた。
「た…………たすけて……」
か細い声を頼りに行ってみると、所長はGの腕と体の間の狭い隙間に立っていた。
なんとか命を拾ったようだ。あとほんの一メートル遅かったらGの腕に。一メートル早く逃げていたら、Gの体に押し潰されていただろう。
あまりの展開に、誰一人言葉を発せられないまま座り込んだ。だが、今度こそ、脅威は完全に去ったようであった。
「と……とにかく、一度警察へ行こう。きき……君達の家族も心配しているはずだ」
職長としての責任感からか、最初に口を開いたのは、たった今、九死に一生を得たばかりの所長であった。
気がつけば上空は、マスコミや自衛隊のヘリでいっぱいだ。
巨獣同士の戦闘の舞台が自分達の職場であったことは、既に日本中、いやもしかすると世界中に知られているだろう。
「た……立てるか?」
小林が負傷した加賀谷に聞く。
加賀谷は、ズボンの上から傷口を押さえているが、さほど痛くなさそうだ。小さな破片は筋肉を貫通しただけで、骨にも血管にも損傷はない様子であった。
「ああ……だけど……一人で歩くのはちょっときついな。池まで行くから肩を貸してくれよ」
「池? おまえ、何言ってンだ。こんな時に?」
「おまえも、行った方がいい……漏らしてるぜ? オレ達」
「わ……私も行く」
どの時点で失禁したのか、誰も気付かなかった。
バシリスクに睨まれた恐怖からか、Gに押し潰されそうになった恐怖からか、汚してしまった下半身を洗うべく、池へ向かって歩きだした加賀谷達の後を、恥ずかしそうに所長も追った。
「おい、傷口を池の水で濡らしちゃダメだぞ?」
小林が加賀谷に声を掛けた。小便臭いのが恥ずかしいのは確かだが、雑菌だらけの池の水から、破傷風にでも感染したら笑い話にもならない。
「痛てて……大丈夫だよ……あれ? おい小林、あれ、人間じゃねえの?」
加賀谷達が体を洗っている池には、Gの巨大な頭部が横倒しに突っ込まれている。
Gの口はだらしなく開かれ、動きは完全に止まっていたが、さすがに間近に行く気にはなれず、対岸の桟橋で洗っていたのだ。
加賀谷が見つけたそれは、Gのほんの鼻先の岸辺に浮かぶ白い塊だった。たしかに人間のように見えなくもない。
「人間なワケないだろ。どうせ、誰かが捨てたビニール袋だよ」
丸めた白衣で体を拭きながら、小林が答えたのを、所長が否定した。
「いや待て。確かに人間っぽいぞ。生きているなら、助けないと……」
目を細め、透かすように見つめていると、それはかすかに動いたようだ。
「ええ!? まさかGの鼻先まで行けってんですか? もしヤツが動き出したらどうすんです……」
唯一、怪我人でも老人でもない小林が難色を示した。
「べつに、お前に行けとは言わねえよ。オレ、ちょっと行ってくるわ」
足を引きずって岸辺を歩き出したのは、加賀谷であった。
「おい……お前、怪我してんじゃないのかよ!! あんなの放っとけばいいだけだろが!!」
「悪(わり)い!! お前を責めやしねえよ!! 婆ちゃんの教えでさ!! 困っている人は助けなきゃよ!!」
「ったく……バカ野郎がぁ!! カッコつけんな!!」
恐怖心を覆い隠すためか、キレたように叫びながら小林も加賀谷の後を追って、岸辺を駆けだしていった。
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