第4話1-3 飛行巨獣
「ふうう……」
羽田との通信を終えたG対策本部司令、
警戒態勢をとってから、すでに四十八時間が経過している。最大戦力のバリオニクスを失った今、MCMOに出来ることは限られてしまった。
現在、Gの予想進路上の住民を避難させ、足止めの牽制攻撃を行っているのは日本政府なのである。
樋潟は僅かでも休息を取るつもりだった。
ソファの背もたれに寄りかかり、深いため息をつく。
現時点で最強の新兵器と位置づけていたバリオニクスが、まさか一蹴されるとは思ってもいなかった。羽田にはああ言ったものの、過去のデータから見ても、雷撃戦で仕留められる公算は少ない。そもそも雷撃戦を展開できる数キロ四方の無人の場所など、この首都圏にはほとんどないのだ。
(好物でも使って、東京湾まで……後退させることができれば楽なんだろうがな……)
ご都合主義満載の大昔の怪獣映画ではあるまいし、そううまくいかないことくらいは、樋潟にもよく分かっている。テーブル上に映し出された地図情報を見ながら、ぼんやりと考えこんでいると、ドアがノックされた。
『樋潟司令。八幡教授がお見えです。どうしても、すぐに話したいと……』
取り次ぎの声が終わらないうちに、四十代後半と見える白衣の男が司令室へと入ってきた。
「ご休憩中申し訳ない。樋潟司令、バリオニクスが敗北したようですね」
「これは八幡教授。せっかくあなたの予測通り、ヤツが現れたというのに申し訳ありません。今、次の作戦を練っているところです」
「私の考えが正しければ……いや、こうなっては正しいとしか思えないのだが、やはり、狙いは遺伝子研究所の巨獣遺体でしょう。なんとか、そこに着くまでにGを倒さなくては、大変なことになる。どうしても、Gと巨獣遺体を接触させてはいかんのです」
「……やはり、あのGの意識はシュライン教授のものだと?」
「そうとしか考えられません。あの場で……深海中で、生きてGと接触した可能性があるのは、シュラインただ一人……もっとも、我々は脱出で精一杯でしたから、融合の瞬間まで目撃したわけではありませんが……」
「そうだとすると、遺伝子研究所までにヤツを仕留めなくてはなりません……しかし、今の我々の戦力では足止めすら……」
「極東本部に増援要請は出来ないのですか?」
「すでに要請しています。しかし今、世界各地で巨獣が姿を見せつつあることは、教授もご存じでしょう? 極東本部だけではありません。ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ支部も一級警戒態勢を敷いている。こちらに振り向けることのできる戦力は、今のところない、との返答です」
「この十五年……ほとんど姿を現さなかった巨獣たちが……やはり巨獣王の復活を、感じ取ってのことなのでしょうか……」
その時、音もなくドアが開き、濃紺の制服をきちっと着こなした女性が音もなく部屋に入ってきた。そして樋潟の椅子の横に膝をつき、そっと耳打ちした。
何を言われたのか驚いたような表情になった樋潟は、女性の顔を数度見直し、報告の内容が間違いでないことを、その目を見て確かめた。
「八幡教授、Gが一次防衛線に設定した国道十四号線を今突破したそうです」
「なんですって? それは……妙に遅すぎはしませんか?」
「ええ……あれから十数分で、ほんの数キロしか進んでいません。バリオニクスでさえものの十分で倒されたというのに、旧型の一三式戦車の武装がGに通用したとは考えにくいのですが…………」
「バリオニクス沈黙からすでに……十五分か。Gの歩行速度なら、とっくに遺伝子工学研究所に到着していてもおかしくない時間ですね」
Gは立ち止まってでもいたのだろうか? それともその侵攻を遅らせる要素が何か別にあったのか?
「おかげで住民の避難が完了したのはありがたいが……理解不能な現象が起きるのは、あまり面白くありませんね……南君、一次防衛線の責任者と話せるか?」
「もちろんです」
制服姿の女性が手元のリモコンを操作すると、八幡教授の背後の壁のカーペット模様が消えた。
液晶モニターをカーペット模様に偽装していただけらしく、通信画面が立ち上がる。数回の呼び出し音の後、自衛官の迷彩戦闘服を着た人物が映し出された。
口ひげを生やした自衛官は通信が繋がったと知るや、頭の横にピンと伸ばした手をかざし、背筋を伸ばして敬礼した。
『一次防衛線の責任者。陸上自衛隊、習志野方面隊所属の嘉村一尉であります』
「嘉村一尉。まずはMCMOを代表して、Gを長時間食い止めてくれたことに感謝します。隊の被害状況は?」
『それが……死者ゼロ。負傷ゼロ。一三式戦車の小破が三。以上です』
「なんですって?」
樋潟はあらためて驚愕した。バリオニクスをあっさり屠ったGとの戦闘結果とはとても思えない。
『Gが……我々を踏みつぶすのを嫌がる様子を見せたため、足元を撹乱することで侵攻を遅らせることに成功したのです。また、Gは住宅街へ迂回することもせず、江戸川河川敷のみを移動しているため、民間への被害もほとんど出ておりません』
直立不動で報告しながらも、嘉村一尉も拍子抜けしたような表情を隠せない。
それはそうだろう。出ていた命令は付近住民の避難終了まで巨獣王・Gに対する防衛線死守だ。戦闘の被害を最小限に抑えるためとはいえ、本来は戦車小隊規模で行う作戦ではない。隊員の誰もが死を覚悟していたはずだ。
「嘉村一尉、ご苦労でした。住民の避難が完了したならば、追撃の必要はないと考えます。自衛隊は引き続き、Gの監視に当たっていただけますか」
『はっ!!』
通信が切れると、モニター画面には江戸川沿いに北上していくGのLIVE映像が映し出された。
たしかに、まるで建物を避けるように、川の中を歩いていく。当然、行く手を阻む橋は破壊されていくが、被害らしい被害はその程度だ。これはどう判断すべきなのか?
「Gは……何を考えているんだ!? まさか人間愛に目覚めたわけでもあるまいに……」
「いや、樋潟司令。これでなおのこと、Gの意思を操っているのがシュラインである可能性が高まったのではないでしょうか?」
「うむ? それはどういうことですか?」
「理由は不明ですが、Gは十五年前とは明らかに違う行動原理で動いている。以前のGは、人間の存在など認識していないかのように振る舞っていましたが、今の行動は人間を強く意識しています。これこそ、Gに人間の意思が介在している証拠と言えませんか?」
「そうか。そして、Gを操っている可能性があるのは…………シュラインだけか」
「人間を殺さないのは、自分と同化して操るため、と解釈すれば不思議でもないかも知れません」
「人間と……同化ですと!?」
「海底研究所で……目の前で私はそれを見ました。あれはもう……怪物です」
「だとすればこれは、シュラインという異生物による侵略戦争だ。今後の作戦展開は、単なる巨獣の駆逐とは違う認識で行わねばなりません……」
樋潟は呟くように言いながら、苦い表情でモニターを眺めた。
*** *** *** ***
水元公園は首都圏有数の水郷公園である。
都会に近い割に比較的自然が残され、釣りや散策の人々に親しまれている場所だ。だがその反面、熱帯魚や水生生物など、飼育放棄されたペットや定着した外来生物もよく見られる場所でもあった。
その水元公園に隣接して、国立遺伝子工学研究所が建てられている。
レンガ造りを模した赤茶色の外壁の建物。もう深夜とあって、その窓の明かりはほとんど消えているが、二、三カ所は点いている。まだ残っている者がいるようであった。
「ったく……こんな簡単な対照実験のために、徹夜はねぇよな……」
眼鏡をかけた、天然パーマの若い男が言った。
眼鏡は指の脂で真っ白に曇っているが気にしている様子はない。何本かにまとまって額に張り付いた髪の毛は、数日は風呂に入ってないように見えた。
「そう言うなよ小林。オレらだけに徹夜させるのも悪いからって、所長は別に仕事もないのに残ってらっしゃるんだぜ?」
そう言って親指で隣室を指したのは、色黒のこちらも若い男だ。体はかなりがっしりしているが、顔だけはほっそりして見えるため、肥満体という印象はあまりない。
「どうだかな。所長は家に帰りたくないだけなんじゃね? 変な趣味のせいで、奥さんとよくケンカしてるらしいしさ。加賀谷、おまえちょっと所長室のぞいて来いよ。案外、エロ動画でも見てるかも知れないぜ?」
「いやあ。さっきのぞいたら、なんか、トカゲいじってたぜ?」
「トカゲぇ!? なんだそりゃ?」
「なんか外国産のでっかいトカゲだよ。水元公園に放されてたのを、何勘違いしたのかここに持ち込んだヤツがいたらしくてさ」
「まあ、所長の趣味だからな」
「エロ動画の方がナンボかマシだな」
二人は顔を見合わせるとケタケタと笑った。
その時、突然廊下の明かりが付き、固い靴音が近づいてきた。
「やべぇ。声、でかくなかったか? 所長に聞かれたんじゃね?」
焦った二人は身を固くしたが、ドアを強めに開けて入ってきたのは所長ではなかった。よく見知った初老の警備員である。そういえば消灯時間を過ぎている。
「あれ? 斉藤さん? どうしたんです? 今日は俺達徹夜だって、報告あげといたでしょ?」
天然パーマの男、小林が不思議そうに警備員に聞いた。
「それどころじゃありません。お二人ともすぐに避難してください。Gがここへ来るかも知れないんです」
「は? Gって、あの巨獣の? 死んだんじゃなかったの?」
色黒の男、加賀谷が間抜けな声を出す。
「バッカ。ネットニュース見てないのかよ? 実験の失敗か何かで蘇っちまったって、先週から大騒ぎだったじゃん」
「そうです。行方は分からないという話だったんですが、先ほど江戸川の河口に上陸し、ほぼまっすぐこちらに向かって進行しているようなんです」
それを聞いた二人はさすがに青ざめる。
小林が室内のソファの前にある小型TVのスイッチを入れた。よく聞く民放の男性アナウンサーの声が大音量で流れる。報道ヘリからのものらしい映像にはGの姿が大きく捉えられていた。
かなり離れた位置から超望遠で撮っているのだろう。微妙に揺れる暗い画面の中を歩くGは、江戸川河川敷をかなりの速度で上流へ移動している。
自衛隊の戦車を振り切ると同時に、いくつかの橋が破壊されたようで、ヘリに同乗しているらしい女性リポーターがヒステリックに喚いている。流域の住民にはすべて避難指示が出ているとのことだった。
「うっそだろ……Gってあんなでっかいのかよ…………で、どこに逃げりゃいいんだよ」
「とにかく、こんな実験中止だ中止。所長を連れて逃げようぜ。おまえ、車あんだろ?」
三人はバタバタと所長室へ走った。
「所長! 所長!! 大変です。Gがこっちへ来るってTVでやってます。逃げましょう!!」
しかし、部屋の中からは何の返事もない。
「所長、寝てんのか? それとも、もう逃げた?」
「なんにしても放ってはおけません。ドアを開けます」
警備員の斉藤は、腰に下げたカギ束をジャラジャラとまさぐり、見つけたカギでドアを開けた。
三人が踏み込むと、白衣を着た人物が向こうを向いて立っている。
「所長! いるんじゃないですか。何で返事……わあああっ!!」
加賀谷は悲鳴を上げて飛び退った。加賀谷がその肩に手をかけた途端、白衣の人物は、急に振り向いて噛みついてきたのだ。
足をもつれさせて尻餅をついた加賀谷の目の前の空中で、牙がかつんと固い音を立てた。
「な……な……な……」
三人とも、驚愕のあまり声も出せない。
そこに立っていたのは人間ではなかった。鮮やかな緑色の鱗を持つ、まるでトカゲのような生き物だったのだ。
「りりりり……リザードマン?」
小林が震える声で言う。
直立した姿、トカゲの顔立ち、見た目はたしかにファンタジー物によく出てくるトカゲ人間・リザードマンと言っていい。
「キシャアッッ」
ノコギリのような歯を見せて威嚇すると、リザードマンは前屈みになって三人の方へ突っ込んできた。
「うひゃあっ!」
「た、助けてっ!!」
しかし、リザードマンは立ちつくす三人の隙間を縫うようにしてすり抜けた。
逃げるヒマもなく立ちすくんだ三人にかまわず、そのまま廊下へ駆けだしていったのだ。
「な……何だったんだアレ……」
「う…………」
その時、事務机の影から微かな呻き声が聞こえた。
「しょ………所長?」
恐る恐る小林が声をかける。
「そ……そうだ。早く助けんか、お前たち」
頭から血を流して倒れていたのは、頭の禿げ上がった中年男性である。今度は所長に間違いなさそうだった。
「所長!? 何があったんです? あいつはいったい、何なんです?」
斉藤警備員が訊く。
「私にも分からん。昼間のうちはたしかに普通のグリーンバシリスクだったんだ。だがエサを与えてみたら、ガツガツ食って急に大きくなって……そして、ケージを破壊して脱けだし、冷凍ドームの鍵をよこせと……」
見るとたしかに金属製のケージが壊され、ひしゃげた扉がぶら下がっている。
「こんなでかいケージを破ったんですか? 人間業じゃない」
大きくため息をついた加賀谷に、小林が顔の前で手を振って突っ込みを入れた。
「いやいやいや、何言ってんの。見た目、どう見ても人間じゃなかっただろ」
「じゃあ、人間じゃないヤツが白衣着て、ドームの鍵をよこせとかしゃべるってのかよ?」
「かなり……狭い。普通の人間ではこのケージには入れません。………つまり、人間がかぶり物をしていた、とかではなさそうですね」
斉藤警備員が、ケージに開いた四角い出入り口に手をかけ、のぞき込みながら言った。
「カギ泥棒……ってことになるのか? 警察に連絡?」
「警察がリザードマンを捕まえられるとは思えないけどな……」
その時、かすかに部屋全体が揺れた。低い震動がそれに続き、しばらくするともう一回。一定の間隔を置いて規則正しく響き続ける。
「え? 地震?」
しかし、加賀谷と目を合わせた小林は首を振った。一定間隔で少しずつ大きくなって来る地震などあるわけがない。
「…………Gだ……来ちまったんだ」
「わ……忘れてた……」
「とにかく、逃げるぞ」
四人はバタバタと廊下へ出た。
さっきのリザードマンに出会いたくはなかったが、このままここにいてはGに建物ごと潰されてしまうかも知れない。
息を切らせて走り、やっと階段にたどり着いたその瞬間、館内の主照明がすべて落ちた。非常照明だけが周囲を照らし、加賀谷がたまらず悲鳴を上げた。
「ひえっ!? も……もう、Gが来たのか?」
「いや待て。主幹電源は落ちていない。これはドームの冷凍設備を誰かが切ったんだ」
所長の言う通り、照明以外のエレベーターや空調機器は稼働している。絶対に電源を落としてはいけないため、どんな事があっても誰かが気づくよう冷凍設備は主照明と連動しているのだ。
「それって……まさか、さっきのリザードマン?」
「ヤツがカギを持って逃げ、ここに我々しかいない以上、他に考えられないだろ……」
憮然とした表情で小林が答えた。
「まずいぞ。万一の災害に備えて、冷凍を切った直後から恒温装置のスイッチも稼働する。数分で低温域を脱してしまうんだ。放っておけば、解凍後には焼却が始まる。せっかくの巨獣遺体が灰になってしまうぞ」
所長は空をつかむように両手を挙げ、頭を抱えて座り込んだ。
「そんなことより、とにかく、逃げましょう!! 命あっての物種です!!」
呆けたような所長を無理やり立たせ、斉藤警備員が先導して走り出す。
灯りのない階段を駆け下り、なんとか正面玄関にたどり着いた四人は、外に出るなり立ちすくんだ。
「う……うわ!!」
叫んだ加賀谷が、次の声が出せずにその場にへたりこむ。
他の三人も、同様に立ちすくんだ。
建物の目の前にある駐車場。その南側のフェンスを踏みつぶし、巨大な足があったのだ。その爪はアスファルトの駐車場にめり込んでいる。もう一方の足は駐車場の外にあり、植え込みの木々をなぎ倒してやはり地面にめり込んでいる。
へたり込んだまま見上げた四人と、はるか上から見下ろす赤い目が合った。
「もう……だめだ」
小林が呟いた。死を覚悟するしかない状況だ。
その時、後ろの建物内から聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
「キシャアッッ!!」
「さっきの……リザードマンの声?」
しかし今度の声は、先ほどの比ではないくらい大きい。
声が聞こえたのか、Gも四人を見つめるのをやめてドームに顔を向けた。
次の瞬間、ドームの銀色の屋根を突き破って何かがGに襲いかかった。その何かは研究棟をかすめて飛び、Gの頭部に爪を突き立てたのだ。
「うわ……わわわ」
そいつの通り過ぎた衝撃で研究棟の外壁は崩れ落ちた。
頭を抱えてうずくまる四人の周囲に、最大一メートル以上はあろうかというコンクリ片が雨のように降り注ぐ。誰にも大型の破片が直撃しなかったのは、ほとんど奇跡に近い。
「ににに……逃げろっっ!!」
コンクリ片の雨が止むと同時に、誰からともなく表通りへ向けて駆けだした。
とにかく、この場から離れるのが先決である。肥満体の所長はぜいぜいと息を切らせ、小林も加賀谷も足をもつれさせては何度も転んだ。警備員の責任感からか、斉藤だけが落ち着いた足取りで他の三人を誘導していく。
「表通りに出たら、とにかく車を探してここから離れましょう」
もう一歩で表通りに達するところまで来た時、突然目の前に緑色の壁が出来た。
「うひゃあっ!!」
巨大な緑色のトカゲが降り立ったのだ。一瞬遅れて大きな震動が四人の足下をすくい、起きた風圧で全員がごろごろと転がった。
「う……痛てて」
呻きながら立ち上がった小林は、トカゲの形状をしたその巨獣が、こちらを向いているのを見た。
あらためて至近距離でまみえたその姿は、夜目にも鮮やかな緑色であった。細かな鱗で全身が覆われ、濃い緑色の背中から、腹の方へ行くに従って黄緑色に変化している。
後頭部にはテントでも張ったかのように盛り上がったトサカが見え、そのトサカから連続した鰭状の隆起が尻尾の方まで続いている。また、顎の下にはヒダ状にたるんだ皮膚があって、それを呼吸のたびに膨らませているのが見えた。
「バ……バシリスク……」
所長の呟きが小林の耳に届く。
その姿は巨大ではあったが、たしかに先程のリザードマン=バシリスクによく似ていた。
バシリスクはこちらの背後を睨みつけながら、まるで腕立て伏せでもするかのように頭部を上下させ、喉袋を膨らませて、長い尻尾を左右に打ち振っている。
「ボビング行動……Gを威嚇しているんだ」
つまり、彼等四人の背後にGが迫っていることになる。バシリスクは、まだまったく四人を認識していないようだった。
四人はお互いに抱き合うようにして座り込んだ。すぐにもGがバシリスクへ歩み寄るであろう。そうすれば、四人とも踏みつぶされ、一巻の終わりである。
「助けてっ!!」
「かあちゃん!!」
四人は、頭を抱えて踞った。しかし、Gは一向に歩を進める気配がない。
「どう……なったんだ?」
所長が恐る恐る後ろを振り向いた。もしかすると、別方向へ行ったのかも知れないと思ったのだ。
しかし、Gはそこにいた。赤く光る目をこちらに向け、バシリスクを睨んでいる。
二体の巨獣のにらみ合いが続いた。ほんの数秒であったが、死を覚悟した四人には、それは長すぎる数秒だった。
「ひ……ひいっ!!」
「キシャ!!」
加賀谷が耐えきれずに発した小さな悲鳴。
反応したのは、バシリスクの方だ。そこに初めて獲物を発見したかのように、首を傾げて四人を見、口元からわずかに舌をのぞかせる。捕食の体勢である。そんな時にも、何の感情も表さない目が不気味であった。
「キュゴオオオンンンンンンンンンン!!」
前触れなく周囲を震わせたのは、Gの咆哮であった。
大型の弦楽器に当てた金属の棒を、高音から低音まで一気に引き下ろしたかのような、独特の叫びが響き渡る。強烈な音の波が地面までも揺らしているのが、四人にもハッキリと知覚できた。
「キシャアアッッ!!」
Gの咆哮の圧力でわずかに怯んだ様子を見せたバシリスクは、一瞬姿勢を低くするとそのまま飛び上がった。
「に……逃げた?」
てっきりGに襲いかかるものと思って見ていた小林は、拍子抜けした声を上げた。
ほぼ真上に飛び上がったバシリスクは、なんと、四肢の間にあったらしい膜を広げて夜空を滑空していく。尻尾を除いても数十mはあるはずのバシリスクの体が、もう大人の拳くらいにしか見えないところを見ると、一跳びで相当の距離を飛んだのだろう。
「あれじゃまるで、忍者じゃねえか……」
「いや、あの特徴は……冷凍保存していた巨獣遺体と同じだ」
呆然と夜空を振り仰ぐ所長の目は、次第に小さくなるバシリスクの姿を追っている。
「おい、なんだか明るくないか?」
加賀谷が言った。たしかに、周囲が見たこともない青白い光に包まれ始めている。
「なんだこの光?」
「上です!! 上っ!!」
警備員の斉藤が、また頭を抱えてしゃがみ込みながら、Gを指さした。
「マジか」
「粒子熱線!?」
青白く輝くGの背びれが、一瞬周囲を昼間のように照らし出す。
そして次の瞬間。
その背びれと同じ色の光の束が、夜空へ向かって放たれた。
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