第3話1-2 vsバリオニクス
「海中じゃ手も足も出ないけど……上陸しちゃったら、あんたの負けよ!!」
銀のスーツの女性は呟くと、モニターに映し出された巨大な姿に照準をセットした。
スーツの胸につけられたエンブレムは、国連巨獣管理機関・Mighty Creature Management Organization、略称・MCMOのものだ。
彼女の顔をほの白く浮かび上がらせているモニターが映し出しているのは、サテライト連動の遠隔カメラの映像である。
搭乗している銀色の機体は、不思議な形状をしていた。飛行機とも戦車ともつかないつるりとした表面。ホバー機能があるらしく、海面から一m程度の空中に静止している。
平たいドーム状の機体両側面には、彼女の所属する部隊のマークである、恐竜をモチーフにした青いエンブレムが描かれていた。
全体のフォルムは後ろにいくほど細長くなっており、いくつもの関節がしなやかに動き、生き物の尻尾のようにバランスを取っている。
一見、巨大なカブトエビのように見えるその機体は、先程から強まってきた風で海面が激しく波立っているにも関わらず、空中で安定した姿勢を保ち続けていた。
「……なんなのコイツ……何だか以前と感じが違う。本当に、あのGなの?」
女性は、悔しげに唇を歪めて呟いた。
メインモニターが捉えているGは、彼女の記憶している巨獣王とは何かが違うのだ。
背びれの形状。
その色彩。
額の赤い突起。
それ以外にも……
動き?
いや、目つき?
それとも…………気配?
女性は上陸したGが醸し出している、そういった雰囲気のすべてに、不思議な違和感を覚えていた。
『五代少尉!! 応答しなさい!! 五代少尉!? ちょっとお!! まどか!! 何ぼーっとしてんのよ!!』
耳元に流れる甲高い声に、女性はようやく気付いた。
どうやら寸時考え込んでしまっていたらしい。悲鳴に近いその声は、ヘルメットに内蔵された通信機から響いている。
『G相手にアンハングエラの
モニターの中では、アンハングエラ=ジェット戦闘ヘリが、Gの周囲を旋回しつつ、顔のあたりに機銃を浴びせていた。教科書通りのヒットアンドアウェイだが、巨大なGは、蚊が刺したほども感じていないようだ。
「すっ……すみません!! アスカさん!! すぐにやります!!」
まどかと呼ばれた女性は、慌てて照準を合わせ直した。
AH200-JX・アンハングエラのサイズは米軍の攻撃ヘリAH-64Aアパッチより二回り以上も大きい。にも関わらず、巨大なその機体を操っているのは、ただ一人の搭乗者・新堂アスカである。
単座式のコクピットには一切の窓がない。しかし全周モニターによって視界のほとんどをカバーしている上に、目標捕捉・指示照準装置であるTADSの発展型とも言える、音声認識システム併用による視線連動型火気管制によって操縦者一人での戦闘を可能にしているのだ。
赤外線誘導式対巨獣ミサイル二十四基と、五十ミリ重機関砲を標準装備し、チタニウム合金製の複層構造の装甲によって軽量化を図りながら、対弾性をも従来機より高めている。機体側面は、多くの生物に警戒色となる赤に彩られ、まどかの乗るトリロバイトと同じ、恐竜デザインのエンブレムが黄色で描かれていた。
アンハングエラの重機関砲が再び火を噴き、Gを挑発するようにつかず離れず飛ぶ。だが、Gは小雨を気にするかのように、時折、手で顔の周りを払うだけだ。
「すっ……すみません!! 第二射、いきます!!」
まどかはターゲットスコープを再度起こすと、Gの頭部をアップで捉え直した。
遠距離のため、どうしても機体のわずかな揺れで大きく照準がぶれる。しかし遠距離狙撃モードに入ったトリロバイトは、ホバーの出力を完全にコンピュータ制御しているため、どのような条件下でも1ミリの誤差もなく、完全に空中に静止することが可能なのだ。
トリロバイトの背面に開いた二つの穴からゆっくりと砲身が伸び、モーターの駆動音に似た低い音が響き始めた。
リニアレールキャノン。
砲身が機体全長の実に三分の二以上を占める、トリロバイトの最強兵装である。先ほど、Gの頭部に火花を散らしたのはこれだ。
機内で電気分解した水素と酸素の反応爆発で打ち出す紡錘形の金属弾を、砲身の電磁場で加速する。技術的にまだ質量弾の着弾誘導システムが完成していないため、有効射程はせいぜい十数キロであるが、その初速は音速に近い。
本来は重戦車型の兵器に搭載されることが多い兵器だが、ホバータイプのトリロバイトのリニアキャノンは、そうしたものより口径が小さく、消費電力量も小さい。弾頭も、数百グラムと軽量である。
しかし、それでも通常の炸薬弾とは比べものにならない初速を得られる上に、火薬によるブレがなく遠距離でも命中精度は高い。
それはつまり、遠距離から一方的に攻撃を加えることが出来るということでもある。敏捷で警戒心も強く、それぞれ剣呑な特殊能力を持つ対巨獣戦において、これは大きな利点であった。
「でも……さっきはどうして効かなかったのよ……」
まどかは悔しそうに唇を噛んだ。
リニアキャノンは、十五年前の巨獣大戦ではトリロバイトのプロトタイプとも言える地上型装甲車両に搭載されていた。当時は現在よりもかなり低出力であったにもかかわらず、二足歩行タイプの中型巨獣を一撃で斃したと聞いている。
たとえ分厚い鋼鉄の壁であろうとも、難なく貫通する威力を持つ。それが弾き返されたように見えたのは、何かの間違いか、さもなければGの皮膚の方が異常であるとしか考えられなかった。
「今度こそッ!!」
気合いと共に、再び引かれたトリガー。
しかし影も見せずに着弾した質量弾は、さっきと同じように火花を散らしただけだ。Gは多少体を揺らしたものの、大したダメージは見受けられない。
「な……なんで!? どういうことよ!!」
まどかは、思わず目の前のコンソールを叩いた。衝撃で正面モニターにノイズが走る。業を煮やした戦車群からも砲撃が始まったようだが、人類最強の物理攻撃が通じない相手に、自衛隊の装備では威嚇にすらならないだろう。
九0式戦車の滑腔砲や対巨獣用オプションのプラズマ兵器では、確認されている中で最大最強の巨獣とされるGに効果的な攻撃など出来ない。
『荒れるな五代少尉。ヤツは
通信機から流れてきたのは、今度は落ち着いた男の声だ。
次の瞬間、海岸の大型倉庫を突き破り、踏みつぶしながら大型戦車が姿を現した。全長五十メートル、全高五メートル。GX3000-W・ガストニアである。
サイズは通常の重戦車の数倍、重量に至っては数十倍を誇る対巨獣用機動兵器である。八本の走行履帯は前後左右で分離しており、それぞれ四つの走行ユニットに組み込まれている。本体前面には、車体の半分以上を占める長大な二本の砲身が伸び、漆黒に塗られた車体には、赤い恐竜のエンブレムが燃えていた。
「このガストニアの主砲に耐えうる生物など存在しない。新堂少尉、火線から退避しろ」
声の主は
『しかし隊長!! ガストニアの主砲は二00ミリ徹甲弾です! もし万が一にもさっきのように弾かれたら、周囲に甚大な被害が出ます!!』
たしかに、数百グラムしかないリニアキャノンの砲弾と、弾芯にタングステン鋼を使用した二00ミリ徹甲弾では、弾かれた場合の被害は桁違いだ。
「オレを信用しろ。たとえ弾かれても周囲に飛び散らなければいい。出来るだけ接近して、ヤツの土手っ腹に正面から当ててやる」
『そんな!? 危険です!!』
アスカは羽田の腕を信じていないわけではない。
だがリニアキャノンが通じず、接近戦になる事態は想定していなかった。
今、羽田の言った戦法を実践するということはつまり、たった今恐るべき強靱さを見せた巨大生物Gとの接近戦を意味する。そうなれば、いかに装甲の厚いガストニアといえども危うい。
「やらなければ、この町は守れん!! 早く火線から退避しろ!!」
『くっ……お気をつけて!!』
アスカは唇を噛んだ。
そしてビルを盾にするように旋回しつつ、Gから距離を取る。
だが、ガストニアとGを完全に一対一にしてしまってはまずい。距離を置きつつ、小型ミサイルをGの顔の周りに撃ち込んだ。
黒煙が立ちこめ、Gはうるさそうに頭を振ったがアスカは攻撃を止めなかった。視界を少しでも奪えれば、羽田の戦いも有利になるはずだ。
『羽田大尉。トリロバイトも接近して援護します!!』
まどかの声だ。
遠距離狙撃では、乱戦になった時にガストニアに被弾させてしまう可能性がある。まどかは、通常弾の届く範囲まで接近するためにトリロバイトを発進させた。
「頼む」
羽田は短く答えると、ガストニアをGの正面に向かって微速で進めながら、機体前面に位置する二門の主砲を発射していった。
胸部正面に
アンハングエラのミサイルの爆炎が上半身を埋め尽くし、衝撃で周囲の建物が倒壊する。しかし黒煙の中から現れたGの皮膚には、何の痕も残っていなかった。
「馬鹿な!! 二00ミリ徹甲弾も効かないだと!? アンハングエラ!! もう一度支援を頼む」
『どうするんです!?』
『一点集中で撃ち込む。射撃の腕ってヤツを見せてやるぜ!!』
羽田は見事な射撃で、ほとんど同じ場所に連続して着弾させていく。しかし十発近くの徹甲弾にもGは耐えた。むろん、まったく無傷というわけではない。
いったん組織が飛び散っても、ほんの数十秒で体表面が元通りになってしまうのだ。このままでは、埒があかない。羽田はぎりっと歯噛みをして叫んだ。
「新堂少尉!! 五代少尉!! 聞こえるか? 迫撃は成功したが、効果が見られないようだ。これ以上の砲撃は、周辺被害の拡大も考えられる。これより格闘戦を試みる!!」
『羽田隊長、待ちたまえ』
羽田が機体を前進させようとしたその時、制止の声が響いた。作戦本部からの別回線による通信である。
サブモニターには、上級職の赤い肩章を付けた三十代半ばと見える士官が、鋭い目つきで映し出されていた。
『焦るな。単機で格闘戦を挑んでも勝ち目はない。たしかにガストニアの質量はGと同等だが、運動性でははるかにヤツに分がある』
「
羽田は熱くなっている。
本来はもっと冷静な隊長であるべきだ。しかしMCMOの機動部隊には、巨獣に個人的な遺恨を持つ者が少なからずいる。樋潟自身もまた、自衛隊時代に部下を全て失っていた。羽田の気持ちは痛いほど分かるのだ。
また、そうでなくとも他に有効な戦力もないのも事実だ。
『……やむを得ん。接近戦は許可しよう。ただし、トリロバイト、アンハングエラの二機と合体することが条件だ』
羽田は息を呑んだ。
たしかに三機が合体すれば出力は跳ね上がる。機動性もGに近づくことが出来るだろう。しかし、実戦での合体は初めてである。合体の失敗は、隊の全滅を意味してもいた。
「しかし……ここは夜間の市街地です。障害物も多く視界も悪い。失敗すれば危険な状況に陥ります。」
『今、ヤツに対抗できる手段がそれしかないのなら、やるしかあるまい。この条件下では目視での合体は不可能だ。サテライト誘導で合体するんだ』
実戦初の合体を目隠し状態でやれ、というわけだ。
自信がないなら退け、という意味でもある。チームとしては、ここで臆するわけにはいかなかった。
「了解。チーム・エンシェントは合体モードに入ります。聞こえていたな? 新堂少尉! 五代少尉!」
『了解』
通信を傍受していた二人の声が重なる。誰一人躊躇わない。それだけの訓練を積み重ねてきた自信があった。
まずは、Gから充分な距離をとらなくてはならない。
重戦車・ガストニアは、Gの目前から急速後進を始めた。急に回転数を上げた鋼鉄の
戦闘ヘリ・アンハングエラは威嚇攻撃を繰り返し、ガストニアの方向と反対へGを誘導する。Gはうるさそうに方向を変え、アンハングエラを追ってきた。
その間に、湾内に到達したトリロバイトは、高度を上げてガストニアの後方へ迫る。
攻撃対象を見失って唸るGから約一㎞離れた位置。戦闘で建造物の消え失せたその平坦地で、三機が直線上に並んだ。
「よし! ガストニア・羽田晋也、スタンディング・バイ」
『アンハングエラ・新堂アスカ、スタンディング・バイ』
『トリロバイト・五代まどか、スタンディング・バイ』
「オールグリーン!!
合体モードへの移行はレバースイッチだ。羽田は透明なプラスチックカバーを拳で叩き割り、一気にレバーを引き下げた。
コクピットの照明がすべてグリーンに変わり、電子合成された女性の声が流れ始めた。
『グラップルモードへの変形が始まります。搭乗者は衝撃に備えて下さい。繰り返します。グラップルモードへの変形が始まります。搭乗者は衝撃に備えて下さい』
ガストニアの後方履帯が左右に広がり、後部の車幅が一回り大きくなってゆく。
上部ユニットの装甲が折りたたみナイフのように開くと、そこに空洞が姿を現し、ドッキングアームが数本伸びた。
そこへ、ホバー推進のゆるやかな速度のまま、トリロバイトが突っ込む。
下面数カ所のフックが、ガストニアから伸びたドッキングアームと咬み合った。
トリロバイトが完全に一体化すると、合体を確認するかのように、長い尻尾状の突起が左右に動く。
さらに、走行ユニットの長楕円球の装甲が回転しながら伸びて、マシンアームに変形、その先端からジャックナイフのように爪が飛び出した。
次に、二本の主砲の真ん中から機体が縦に割れ、ドッキングポートが現れる。
そこにゆっくりと降り立ったアンハングエラを、ガストニア側から立ち上がった隔壁が機体を抱え込んだ。接続部を覆い隠した隔壁は、そのまま機体下部を守る分厚い装甲となった。
アンハングエラのローターが折りたたまれ、機体に収納されると、そこにはうずくまった恐竜のようなシルエットが完成していた。
その恐竜が、ゆっくりと身を起こす。
全高、全幅ともGと比べても遜色ない大きさだ。機体表面には、黒いガストニアの基本色に、トリロバイトの銀とアンハングエラの赤が模様のように入っている。
MCMO極東支部所属の巨獣攻撃隊、チーム・エンシェントの最新機動兵器、MG-Ⅴバリオニクスであった。
巨獣は様々な性質、特殊能力を備え、地上のみならず水中、空中、地中など同時に複数環境に適応している事例が多い。
これに対して、人間同士の戦争を目的として開発された戦闘機や戦車で立ち向かっても、有効な攻撃が選択できない場合は少なくない。
しかし、重量級のロボット兵器による格闘戦であれば、少なくとも物理的に侵攻を阻止できる可能性は高い。また、弾薬の爆発や破片による周囲への被害も最小限に食い止めることが出来る。
こうした理由から人類は、十五年前の巨獣大戦を契機に、このバリオニクスのような大型機動兵器の開発を進めてきたのだ。
そして今回は、対巨獣戦での初陣といえる。
「よし、合体完了! グラップルモードに移行する!!」
立ち上がってきたハンドソケットが、羽田の握る左右の操作レバーごと腕を包み込む。足元からは、やはり二つに分かれて立ち上がってきたブーツソケットが、両足を膝上まで包んだ。
座席が後方へスライドし、コンソール類もほとんどが壁に収納されると、出来上がった丸い空間に羽田は立っていた。
FTS・ファイタートレースシステム。
巨獣との格闘戦を想定した、操縦システムである。
搭乗者の動きをシステムがトレースすることで、メインパイロットがバリオニクスを操作できる。サブパイロットの二人は、重火器や特殊アタッチメントでサポートすることになる。
バリオニクスのカメラアイが緑色に光る。目の前のメインモニターには、巨大な岩山のようなGの姿が正面に映っていた。
「行くぞ!!」
羽田は迷わず機体を前進させた。
合体することで、質量はGを確実に上回っている。さらに三機の原動機をそれぞれ各部のパワーアシストに回すことで、機動力もパワーも数倍に跳ね上がっている。格闘戦でGに後れをとる要素は何もないはずであった。
Gは合体シークエンスを行うバリオニクスを無視し、国道へ向かってさっさと歩き出していた。その行く手を阻むかのように、倉庫群を蹴散らしてバリオニクスが立ちはだかる。
「どこへ……行く気だッ!!」
肩口から体当たりしながら羽田が叫ぶ。
自身を越える巨大質量に、さすがのGも数歩後退した。しかしその両足は大地をしっかりとつかみ、姿勢はいささかも崩れてはいない。
「くそっ!! なんて化け物だ。スクリューバイトを仕掛ける。新堂少尉!!」
『了解!!』
アスカは答えると、手を素早くコンソールの上に走らせた。すると、頭部にあったコクピットが、首の後ろまでスライドする。
『ターゲッティングは!?』
「ヤツの喉元だ!! 衝撃に備えてくれ!!」
本来の生物ではあり得ないような角度にバリオニクスの
一度噛み付けば、回転して引き千切るまで離さない。そんな必殺の噛みつき攻撃は、しかしGの腕であっさり防がれた。
二の腕に噛みつかされたバリオニクスは、回転攻撃を仕掛けるタイミングを失してしまった。次の瞬間。Gは体ごと回転して、腕の肉ごとバリオニクスの牙をむしり取った。バリオニクスは振り回され、無防備な側面をGの目前に晒すことになった。
「いかん!!」
体勢を立て直そうと前に出した左足が、そのまま地面に潜り込む。
埋め立て地の柔らかい地盤は、機動兵器の重量を支えきれなかったのだ。バリオニクスはほぼ無防備に地面に横倒しになった。
「く……やられる」
転倒の衝撃が、凄まじい地響きとなって周囲の建物を破壊していく。
必死で立ち上がろうとしながらも、羽田はさらに攻撃が加えられるものと覚悟した。
しかし、メインモニターに再び捉えられたGは、あの特徴的な後ろ姿を見せて去りつつあった。Gは転倒したバリオニクスの横を素通りして、再び国道の方へ歩き出していたのだ。
「な……なぜだ?」
羽田は呟いた。以前までのGからは、考えられない行動だ。
目の前に、自分を攻撃してきた敵が転がっているのだ。とどめを刺さずに去るなど、あり得ることではない。
サブモニターに厳しい表情の樋潟司令が映る。
『羽田大尉、何をしている!! チャンスだ。Gを後方から追撃しろ!!』
「了解……しかし……」
羽田は躊躇した。後ろからの攻撃を卑怯、と思ったからではない。相手は人間ではないのだ。隙を突き、弱点を突いて斃さなくてはならない異生物である。
たとえ人間であろうとも、正々堂々などと言っていては、戦場では幾つ命があっても足りない。
だが、Gは少なくとも上陸してから何もしていない。自分達への攻撃はおろか、周囲への破壊活動も一切していないのだ。そんなGを攻撃する理由は何なのか?
その疑問が、羽田の手を止めさせていた。
『ためらっている場合か!! このままGの侵攻を許せば、内陸部の都市まで被害が及ぶぞ!!』
「りょ……了解!!」
羽田は唇を噛んだ。
たしかに、目の前のGがどんなつもりだろうと関係ない。少なくとも十五年前にも東京へ上陸したGは他の巨獣と戦い、都市を破壊し、巻き添えになった人々を殺したのだ。
その数は数万とも十数万ともいわれている。仇を、討たなくてはならない。
それに樋潟の言う通り、これ以上内陸部に進ませてしまえば、Gがどういう行動をとろうとも人的被害は避けられないだろう。
人々を守るためには、戦う以外に道はないのだ。
羽田は、遠ざかるGの後ろ姿に向かって構えた。空手でいう前羽の構えだ。
両腕の大型マニピュレータ。その先端に付属した長大な超硬質鋼の
その姿は、両手にナイフをかざした暗殺者にも見えた。
これが空手なら防御の構えであるが、バリオニクスにとっては両腕のナイフを使うために、もっとも適した構えとなる。
羽田は、やや前傾姿勢から一歩踏み込んで抜き手を放った。
動作信号は全身のアクチュエータに伝えられ、数万倍の力と速度に変えて打撃を繰り出す。八本のナイフを束ねたマニピュレータは、チェーンを引きずりながら高速でGに向かって突き進んだ。
羽田が加えたわずかな手首のひねりが、そのままマニピュレータの回転となってGの皮膚をえぐった。
Gの肩口に鮮血が散る。
超硬質鋼で作られたナイフ・クローは、鋼鉄すら紙のように切り裂く。しかし、大きな傷を負いながらも、Gは歩みを止めようとはしなかった。
しかも、ナイフ・クローはそれ以上深く刺さることはなく弾き返された。そして、Gの斜め右後方に落下した。
ナイフは、建造物をまるで豆腐でも切るかのように、刃の形そのままに切り刻み、地面に突き刺さる。ナイフが弱いのではない。恐るべきは、Gの皮膚の強靱さであった。
バリオニクスの肘先からナイフ・クローまでは、チェーンでつながっている。そのチェーンを巻き上げながらバリオニクスはGに追いすがった。
「振り向きもしない……か。舐められたモノだな」
長い軍人生活で、ここまで敵に相手にされなかったことはない。
一度は冷静になった羽田の頭に、再び血が上った。
『クローまではじかれたっての!? なんで生物の皮膚がアレを通さないのよ!? 金属並み……いいえ、金属以上の硬度だっていうこと!?』
『いえ、金属並みってわけじゃない。皮膚組織が何層にも重なっていて、その隙間に体液が緩衝材のように充填されているのよ。その分厚い皮膚構造が、体内へのダメージを軽減してしまっているんだわ』
まどかの声に、アスカが答える。
アンハングエラ搭載の分析装置が、Gの傷口から皮膚構造を解析したのだ。
「なら、その皮膚構造を突き破るまで攻撃するしかないな! 何より……こっちを向かせないと戦い自体始まらない!!」
バリオニクスは右腕を振りかざすと、ナイフ・クローを先ほどの傷口にもう一度突き刺した。
「な……何!!」
羽田が驚きの声を上げた。
正確に傷口に命中したはずのクローが、今度はまったくダメージを与えることなく弾かれてしまったのだ。飛び散った皮膚の下からは、すでに新しい組織が盛り上がってきているのが見える。先ほど砲撃を加えた時と同じ現象だ。
「なんだ!? こんな高速で皮膚が再生しているというのか? そんな報告は聞いたことがないぞ!!」
『分かりました! 再生ではありません。皮下に押し込められていた体液が、次々に吹き出しながら固化しているようです!! でも……これではキリがない……』
アスカの声に恐怖が混じる。
Gの傷は治っているのではなかった。だが、固化した体液が皮膚以上の硬度を持つとすると、攻撃すればしただけ皮膚強度が上がってしまう。いったい、どうすればGを倒せるというのか。
羽田の背筋にも冷たいものが走った。
「来るぞ!! 耐ショック!!」
羽田は叫びながら防御姿勢をとる。
激しい衝撃が、バリオニクスを数十メートル後退させた。大きく振り回されたGの尻尾が、バリオニクスの胴に正面から直撃したのだ。
「しまった!! 噛みつかれた!!」
羽田の右腕が自分の意志と違う方向へ曲げられた。想定外のすさまじい衝撃でシステムがダウンした一瞬の隙に、Gが距離を詰めてきたのだ。
メインモニターを埋め尽くす、Gの赤い目は怒りに燃えているようだ。
操縦システムのセフティが起動し、右ハンドソケットのフィードバック機構がシャットダウンされた。対処する暇も与えられないまま、一気に腕部アクチュエータに過負荷がかかり、左サイドのサブモニターがブラックアウトした。
次いで
『右、メインアームノ負荷ガ、限界ヲ越エマス』
『アーム接続部ニ、限界以上ノ負荷ガカカッテイマス。速ヤカニ、負荷軽減ノ措置ヲトッテクダサイ。繰リ返シマス――』
次第に大きくなる警報音で、耳がおかしくなるかと思った瞬間。
バリオニクスの右腕があっさり引きちぎられた。目の前のモニターにノイズが走り、味わったことのない強い衝撃がバリオニクス全体を揺らす。
「ば……馬鹿な! こんな簡単に……」
外部情報を伝えなくなった左サイドモニターに浮かび上がった、構造模式図をにらみながら、呆然と羽田がつぶやいた。全身の構造図、その左腕から肩にかけての 破損部分が赤く点滅している。
バリオニクスは最新兵器だ。
その強度は、Gはもちろんのことこれまでに現れたすべての巨獣の力を凌駕するように設計されている。それが、まるで段ボールのように食いちぎられてしまったのだ。羽田は一瞬、呆然となった。
その僅かな時間で、Gは次の行動に出ていた。電子合成音が、今度は別の場所の異常を伝え始めたのだ。
『右脚部ニ、異常負荷ガカカッテイマス。速ヤカニ、負荷軽減ノ措置ヲトッテクダサイ。繰リ返シマス…………』
「フロントアクチュエータ破損だと!? 新堂少尉!? 右脚部の駆動系を確認してくれ!!」
我に返った羽田が叫んだ。
あまりにも接近した状態であるため、格闘戦モードの羽田には、かえってGの全体像が分からない。
『隊長!! もぎ取られた右腕を、関節部に突っ込まれたようです。右脚部は動きません!!』
「くそっ!! 全速後退だ!! いったん離れて、体勢を立て直すぞ!!」
羽田は叫んだ。歩行脚は失われたようだが、履帯さえ接地していれば移動は出来る。距離さえとれば、リニアキャノンや主砲で攻撃も可能だ。
しかし、その時Gのとっていた行動は、羽田の予想を超えていた。
『ダメです。左腕も……破壊されます……!!』
Gはバリオニクスの左腕をつかむと、無造作に逆方向に折り曲げた。
エマージェンシーが騒ぎ出す間もないまま、左のフィードバック回路もシャットダウンし、左腕はただだらりとぶら下がる。左サブモニターが沈黙し、次いで、左脚部にもエマージェンシーが光った。
履帯を駆動させるためのメイン油圧ポンプが不調を訴え始めた。これでは移動に必要な出力は得られない。 Gはバリオニクスの移動力を完全に
『頸部アクチュエータも損傷。方向変換できません!! きゃ――』
アスカの悲鳴にノイズが入り、通信が切れた。
「それほどの知能を持っている……ということなのか?」
羽田は、愕然とした。
四肢をもがれたバリオニクスの機動力は、ほぼゼロとなった。
「うわあっ!!」
両腕に電流が流れ、羽田は思わずハンドソケットから腕を引き抜いていた。
フィードバック回路からの逆流である。ソケットから煙が上がっている。こうなっては、トレース操作システムを完全に解除するしかない。
格闘戦モードが強制終了され、目の前のメインモニターにGの全身が映し出された。
「笑って……いるのか?」
Gはバリオニクスを見つめて立っていた。
声を発したわけでも、体を揺すったわけでも、ましてや、口元をゆがめたわけでも、ない。
しかし、動けなくなったバリオニクスを見下ろすその姿は、羽田には、まるで嘲笑しているかのように思えた。
ほんの数秒。
Gがバリオニクスを見下ろしていたのは、その程度の時間だっただろう。
何事もなかったかのように歩き出したGは、鉄の塊と化したバリオニクスの横をゆっくりと通りすぎていった。体表には戦闘の後も残っていないようだ。
「ちく……しょうっ!!」
激高した羽田が、目の前のモニターに映るGを殴りつけた。文字どおり、手も足も出せない。Gは不敵にも、行動不能の敵に一瞥もくれようとはしなかった。
『なんで……破壊していかないんでしょう……?』
まどかがぼそりと呟く。その疑問ももっともだった。
十五年前……巨獣大戦以前までのGの行動原理は、あくまで破壊衝動であり闘争本能であったと聞いている。
それならば、動けないバリオニクスを完膚無きまで、破壊し尽くしていけばいい。
しかし、Gはバリオニクスを放ったまま去ろうとしている。周囲の建造物にさえ目もくれずに、江戸川沿いの道を黙々と上流へと歩いていく。
まるで、そちらに本当の目的地があるとでも言わんばかりだ。
『大丈夫か? 羽田大尉』
沈黙していた左サイドのサブモニターに、臨時作戦本部の樋潟司令の顔が映る。
「司令、申し訳ありません。バリオニクスを破壊されました。これ以上の戦闘は不可能です」
『大尉のせいではない。私も、Gの力を見誤っていたようだ。こうなれば、ヤツの進路上に避難勧告を出し、自衛隊の全火力で雷撃戦を展開するしかないだろう』
「樋潟司令。ヤツは上陸以来、一度も熱線を吐いていません。今も……」
羽田の声に悔しさが滲む。
巨獣Gは自身の最大の武器、粒子熱線を一度も放っていないのだ。
粒子熱線は、Gが口から光線状に発する重粒子の奔流だ。
生物であるはずのGが、どうしてそのようなものを吐けるのか?
地上にたった一個体。近縁とされる生物種が一切見つかっていないGは、一度も解剖されたことがない。
つまりGの体内構造は推測するしかない。
だが、粒子熱線発射時に背中のサンゴ状の突起物が燐光を発することから、おそらく重粒子そのものは体内に何らかの形で蓄えられているのだろう。そして、尻尾から背中にかけて通っている管で重粒子を加速し、口から発射する。
空気中に吐き出された重粒子は、同時に発射された体液と反応して超高温になり、小爆発を連鎖的に起こしながら自律加速を繰り返し、目標を焼き尽くす。
十五年前には戦車やヘリなどの兵器、建造物はおろか他の巨獣もこの粒子熱線で何体も葬っている。まさにGの最強武器といえた。
しかし、今回Gは、それほどの武器を一度も使わずにバリオニクスをあしらった。
つまり、本気を出さないままで、である。
『君の無念さは分かる。だが、もし本気でかかって来られていたら、我々の戦力すべてが失われていたかも知れん……』
それが慰めになっていないことは、樋潟にも分かっていた。冷静さを保とうとしていても、戦慄の表情は隠しようがない。
『たった一体の巨獣に通用しない戦力など……』
吐き捨てるように言いかけて、羽田は口をつぐんだ。
これ以上自分たちの存在価値を貶めることは、僅かに残った軍人としてのプライドが許さなかった。いや、最新科学の粋がたかが一体の巨獣に敵わないと認めることは、人間の矜持にすら関わるとも思えた。
そんな羽田の様子を慮ってか、樋潟はふいに話題を変えた。
『どうやら、Gの進路は上陸前からほぼ一直線だ。このまま江戸川沿いに進むと仮定すると向かう先は………』
「市川……松戸……葛飾区……水元公園……?」
羽田はかろうじて生きていた衛星ナビゲーションシステムを呼び出し、画面上をなぞりながら、進路を予想した。
『水元公園と言えば……国立遺伝子工学研究所が近くにあるな……』
「遺伝子工学研究所? そこがヤツの目的地だとでもいうのですか?」
羽田の問いに、樋潟大佐はほんの少し逡巡してから言葉を継いだ。
『正直、まだ何とも言えん。しかし、あそこには……Gの遺伝子を受け継ぐもの……その遺骸がある。そのことと、何か関係があるかも知れん』
「まるで……ヤツに確固たる意思でもあるように話されるのですね……?」
『とにかく、予想進路上の市民を急いで避難させる必要がある。申し訳ないが君たちは、そのまましばらくバリオニクス内で救出を待ってくれ』
「……了解。新堂、五代、話は聞こえたな。漏電や誘爆の危険がある。全動力をダウンさせて救助が来るまで待機だ」
『了解』
アスカとまどか、二人の暗い声が重なる。
通信を終えると、羽田は救助信号と外部モニターの一部を残して、動力を切った。
そして、すべての通信回路が遮断されたことを確認して、羽田は自分の頬を思い切り殴った。容赦ない打撃に、口の中に鉄の味が広がる。
羽田は自分自身が許せなかった。
自分の戦闘の結果、スクラップと化した乗機の中で、しかも自分自身は無傷で長時間救出を待つ、というのは、彼にとってはそれほどの屈辱であった。
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