08-05 趨勢 下    

 で、西。

 寿春じゅしゅんから許昌きょしょうにかけてのあたり、その南にゃ、山々が連なる。

 山道を抜いて攻めて来よう、なんて軍もあるかも知れねェ。っが、山ァ攻め手に厳しく、守り手に優しい。進む道も限られるわ、しかも守り手が隠れんぼすんにゃうってつけだわで、損得で言や、攻め手の損が、とことんに多い。

 山そのものに警戒しねェでいい、なんてこたねェ。ただ、山に入った奴らの動きゃ、基本、とれェ。少しくれェ後手になっても、まァ、なんとかなるってもんだ。なにせ地の利ァこっちにあるしな。

 だから、特に都を抜こうってくれェのどでけェ軍ほど、山道ァ選ばねェ。よっぽど損を取り返せるだけの得がなきゃな。

 その山が切れてんのが、許昌と洛陽らくようの間。そっからァ、えんの街に出られる。ようは西の玄関口だ。宛を抜かれっと、敵さんァ割と楽に襄陽じょうようまで行けちまう。そこも抜かれりゃ、沔水べんすいから長江ちょうこうに、いくらでも船を浮かべられるようになる。

 江南こうなんの地ァ、長江に守られてるようなもんだ。っが、いざ襄陽に船を浮かべられちまや、ほぼ守れなくなる。川戦ァ、いかに上流を取るかで五割だ。建康けんこうァ、長江の下流にある。もちろん川戦により慣れてんなァしん軍だ。っが、慣れてるからって勝てるもんでもねェ。だから、そもそもにして宛を抜かれないようにしなきゃなんねェ。

 そんな町に置かれるコマが、魯宗之ろそうし

 さらに襄陽にゃ毛徳祖もうとくそが置かれ、そっから南に行きゃ、南郡なんぐん劉毅りゅうきに行き当たる。

「宛、襄陽は、ヤオの政情が安定せぬ故にこそ、却って危うき地である、と言えよう。これまでヤオの掣肘せいちゅうを受けていた山間の民らが、どう動くとも限らぬ。魯宗之殿はこれまでも襄陽、すなわち中原ちゅうげん関中かんちゅう荊州けいしゅうとを繋ぐ要地をよく守ってくださっていた。劉毅殿には毛徳祖殿とともに、よく魯宗之殿と連携していただければ、と思うのだが――」

 そう言ってオッサンが、白帝はくてい趙蔡ちょうさいのコマを置く。譙縦しょうじゅうがデケェ面でのさばりやがる益州えきしゅうと、劉毅が守る荊州、その間にある要地だ。

「この地に毛徳祖もうとくそ殿でなくて、よろしいのですか? 叔父上を殺された毛徳祖殿以上に、この地に攻め入るのを欲しておられる方もおられますまいに」

「だからこそだ、王謐おうひつ殿」

 劉毅ァ、きっぱりと答えた。

「徳祖の武は、誰よりも俺がよく知るところ。だが、やつの危うさを一番知るのも、俺だ。やつは桓玄に親族を惨殺されて以来、その憎悪にて先走ることが増えた。自身もそこは痛感している。配置の据え置きも、やつ自らの志願でもある。白帝に配されれば怒りに我を見失う恐れがある、と」

「なるほど、当人が納得しておられるのであれば、これ以上我々が問うものでもございますまい。譙縦をのさばらせれば、益州にヤオを始めとした胡族の災いを招き入れる恐れもございます。歴史を見返すに、苻堅ふけんが晋を落とせずにおりましたは、益州荊州よりの水軍を長江に浮かべられなんだがゆえ。しかるに武帝ぶてい陛下はそれを成し遂げ、呉を討ちおおせられました」

 言いながらオッサンァ南郡のさらに南、荊州の南半分の真ん中にある町、長沙ちょうさ羊欣ようきんのコマを置く。

「劉毅殿には古来より西土を脅かす荊州蛮けいしゅうばんを抑えながら、さらに晋の軍略の根本たる南郡をお守り頂かねばなりませぬ。易からぬ任ではありますが、これもひとえに劉毅殿に対する、陛下のご期待の厚さ故にございましょう」

 茶番とわかってても、言わにゃなんねェ言葉ってのも、ある。

 劉毅もぞんざいに、空の椅子に向けて拱手する。その隣で殿下が拱手を返される。

「ときに荊州蛮と言えば、近日、にわかにその動きを盛んとしております。敢えて申し上げれば、あまりにも、出来すぎている。彼奴らの動きの淵元は、更にその南と見るべきでしょう」

 言うとオッサンァ、長沙から更に南に指をたどり、番禺ばんう、五斗米道にたどり着く。

「迂闊には手を出し切れぬ、南の果て。良くぞ斯様なる地に居座れたもの。彼奴らは我らがおいそれと手出しの出来ぬ地にて、当地の太守たる呉隠之ごいんし殿を囚獄、当地の支配権を強奪しました。彼の地の資源が潤ったは、およそ呉隠之殿の手腕に基づくもの。五斗米道を統べる盧循ろじゅんは呉隱之殿がもたらされた実りを奪うも、あろうことか、陛下に当地の物産を寄進。その傲岸な振る舞いを許すわけには参りませぬが、なれど、いまこの国に番禺にまで遠駆し、彼奴らを討ち果たせるだけの余力がないのも確か。故にいまは奴の寄進を受けるより他なく、他方にて奴を誅滅する策を編まねばなりませぬ」

 建康から長江をさかのぼり、尋陽じんよう檀道済だんどうさいのコマが置かれた。そっから支流、南に下り、予章よしょうに置かれるコマァ、何無忌かむき

揚州ようしゅうや荊州の南方に横たわる山々は、どうしても番禺の実態を我らより隠します。五斗米道は、これまでも我らを巧みに欺き、会稽かいけいを、そして都を脅かしてきました。何無忌殿におかれては、どう動くかを読みきれぬ者らについて対応していただかねばなりませぬ」

 予章から南に行きゃ、盧循どもの根城、番禺にたどり着く。つまるとこ予章ァ、奴らが標的にしてくるだろう町のひとつだ。

「会稽を始めとした東岸域は、孔季恭殿にお守りいただきます。未だ余燼のくすぶる地であり、この地も一つ手立てを過てば、すぐにも火の海となりましょう」

 そこでオッサンァ、いちど言葉を切る。

。以上、いずれの地もおよそ疎かとはできぬ。「これらを踏まえ、劉裕殿はいかがお考えか?」

 寄奴ァ益州を指差し、そっから、つつ、と長江をたどる。

「己らが戦いを進めるんにゃ、長江の南さえ落ち着いてりゃ、とりあえず、どうにでもなる。逆に、南に禍根がありゃ、なに一つ出来やしねえ。何事にかけても、足引っ張られっからな」

 長江から海に抜けっと、ぐるっと海を通じ、番禺に。その道ァ、奴らが孫恩を囮にして使った道のりでもある。

「っが、だからって、ホイホイ番禺になんざ出向けもしねえ。わざわざあいつらのあつらえた罠に飛び込むようなもんだからな」

 言うと寄奴ァ、一気に北に飛ぶ。指差すんなァ青州、ムロン・ジア。

「なら、あえて先に、ムロンを叩く。それで建康を手薄にする。そしたら後ぁ、五斗米道が襲ってくるか、己らが戻ってこれるかの追いかけっこだ」

 寄奴ァムロン・ジアの駒をつかむと、ぐしゃりと握り潰した。

 あからさまにオッサンァビビるし、司馬休之どのやら劉毅やらァ、笑う。思いっきり渋面になってんなァ、何無忌と、穆之。

 盛大に、穆之ァため息をついた。

「ったく、蔡廓さんたちにも立ち会ってもらいたいって言うから、何ごとかと思えば……まぁ、だらだら引き伸ばしちゃいられないのは確かだけどさ」

 穆之ァちらりと、徐羨之のほうを見た。その目配せの意味を、すぐに察したんだろう。たちまち徐羨之ァ泣きそうな面になる。

 それから穆之ァ、改めて司馬休之どのに向き直った。

「兄、劉裕の提言は、現況においては採らざるを得ぬ方策であると愚考いたします。各地の勢力を捨て置けば、またたく間に胡族の侵攻を許しましょう。中でも喫緊は、ムロン。これと五斗米道とを同時に事を構えるわけには参りません。ならば速やかにムロンを落し、返す刀で五斗米道を討つ。その手立てを、我らで講じてみせましょう」

 穆之の言葉に、蔡廓、徐羨之の拱手が続く。


 このあと穆之からたっぷりお小言をもらったが、寄奴ァどこ吹く風。「頼りにしてんぜ」って穆之の頭をわしゃわしゃとひっかき回す。

「兄貴が勝手にやるってんなら、僕もなんにも言わないけどね」

 いきなり穆之にそう言われちまったもんだから、慌てて寄奴ァ手を引っ込めた。

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