08-06 北清南夷の計
「じ、徐羨之殿。いかがなされた?」
司馬休之どのが尋ねると、徐羨之ァへろへろとした拱手をする。
「だ、大事ござりませぬ、軍略の算定に、つい今しがたにまでかかる不手際をなしましたもので」
不手際、ってかな。
ムロン・ジアが居座る
戦況ァムロンの出方次第で、いくらでも変わる。
しかも、その後だ。
おびき寄せた五斗米道共を追い払い、更に追撃、とどめを刺す。こいつァムロンとの戦い次第で、いくらでもその始まり方が変わる。さすがに一年後の戦い方をかっちり決めるなんて訳にゃ行かねェが、大まかにでも手立てを探っとかにゃ、蔵と兵とのやりくりに行き詰まっちまう。
蔵についちゃ蔡廓が、兵についちゃ徐羨之がそれぞれ計算にあたった。で、そのふたつを合わせて突き詰めてくんが、穆之。
十の手立てに、十ずつの見込みを乗せて、そん中から確実に拾い上げてくことなんかを見つけ出してくわけだ。ようは穆之と蔡廓も、徐羨之とおんなしくれェにどっちんばったんしてた筈なんだがな。それでもしれっとしてられんなァ、肝の据わり方の違いなのかね。
「なるほど、文字通りの粉骨砕身にて臨んでいただけたのだな。陛下に代わり、感謝致す。では、おのおのがたの見立について、ご教示願えるまいか」
司馬休之ァそう仰ると、頭を下げる。
あの方のすげェとこァ、なんの迷いもなしで、勘所を手下らに投げられるとこだ、って言っていいんだろうな。
眼の前で下がってる頭の値打ち、気付けねェほど野暮なやつァいねェ――や、徐羨之ァたぶんひとり泡食ってたくせェがな。
そこに蔡廓が、硬てェ声で、言う。
「おやめください、
たァ言え、司馬休之どのに向けての拱手ァ忘れねェ。穆之がそいつに倣うと、徐羨之もあわあわしながらじゃあったが、続いた。
ふ、と司馬休之どのァ笑う。
「承った。我が身、我が語、我が思考。すべてを大晋に注ぐことを、貴公らの尽力に対し、誓おう」
寄奴ァむしろ、司馬休之どのの拱手に従った。
いまや寄奴の立場ァ、司馬休之どのと並んで晋のくにを取り返した英雄、だ。まつりごとのあれやこれァともかく、民草からの見え方からすりゃ、撫軍将軍、つまり司馬休之どのの真横にいる、くれェにすらなっちまってる。
だからこそ司馬休之どのに対しちゃ、ことさらに敬い、立ててる。誰の目にもわかるくれェに、だ。
「軍議は進んでおられるか?」
そこに入り口のほうから、別な貴公子の声。
室内の誰もが、例外なく、居住まいを正した上で頭を垂れる。
そう、司馬休之どのすらだ――いらっしゃったんなァ、陛下の弟君。その位ァ、いまや
「おのおのがた、楽になされよ。吾なぞ、貴公らの助力を得ねば何一つなしえぬのだ。この場へも、
にしても、だ。
寄奴ァ穆之を見た。
穆之の目元も、やや笑ってる。
さすが司馬休之どののご親族なだけのこたァ、ある。仰ることまでそっくりでいらっしゃる。顔付きゃ、そこまで似てらっしゃるわけでもねェんだが。
「撫軍、ここまでのあらましを伺っても?」
「は」
顔を上げた司馬休之どのァ、いちど殿下に拱手したのち、地図に目をやる。
「まずは
寄奴ァ跳ねるように、穆之を見た。
司馬休之どののお言葉ァ、言ってみりゃ「ここからの穆之の言葉を丸ごと受け入れる」ってことでもある。殿下に向けての言葉ァ、戯言や見立てで済ませられるほど軽りィもんじゃねェ。
たァ言え、穆之の面ァ揺らぐとこひとつもねェ。泰然自若そのもの、みてェな装いで、殿下に向けて拱手する。
「恐れながら、申し上げます。北のムロンは広固にこそ居を定めておりますが、その暮らし向きは政とは申せず、日々
ぴくり、と殿下が怪訝な面持ちを浮かべられる。
「海路? 先んじての軍議には現れなかった気がするが」
「これまで五斗米道との戦いを経、確信しておることがございます。それは、内応者の存在です」
「なっ……」
殿下が驚愕される。
が、同情はしちゃらんねェ。
「未だ、詳細には詰めきれておれません。しかしながら、これまでの五斗米道の動きを見るに、こちらの動きが筒抜けとなっていた、と見なさねばなりません。故にこそ我らは
穆之ァ、言い切る。
控えめな大きさで、っが、有無を言わせねェくれェに、強く。
殿下ァ驚きと戸惑いを隠しきれずにあったが、一度眉間をつまむと、大きく二、三度と吸っちゃ、吐かれた。
改めて穆之を、そっからほかの面々を見る。
「……よかろう。ならば、今しがたの話は聞かなかったこととする。ならばそなたらは懸念の不発、策の失敗。どちらに転んだとしても、相応の罰を課さねばならぬこと、ゆめ心されよ」
絞り出すような殿下のお言葉に、五人の拱手ァみごとに揃う。そいつを見届けてから、殿下はぼそり、と仰った。
「忘れる前に、これだけは言っておく。そなたらの国を思う気持ちは、しかと受け取った。できうる事ならば、ことが済んだ後には、そなたらを労いたく思う」
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