07-07 鐘山の戦い
攻め手の
「いいか、
心配してんだか、怒り散らしてんだか。
寄奴ァ馬の代わりに輿に載せられてた。なにぶん馬じゃ、揺れが激しすぎる。少しでも傷に響かねェよう計らわれた、ってわけだ。
「
「は」
寄奴ァ、隣にすっ転ばされてた
手当こそされちゃいたが、奴ァがんじがらめにふん縛られてた。確かに寄奴に忠誠ァ誓った、だからってすぐに信頼できるかっつったら、そりゃあり得ねェ――ことに、周りの奴らにとっちゃな。だから、恰好だけでも捕虜ってことにしてある。どうせ万全の戦力にゃなりゃしねェしな。
「
ぐっ、朱齢石ァ言葉に詰まる。
確かに奴ァ、寄奴につくことを選んだ。っが、そいつがどこまで確かなもんなのか。
だから寄奴ァ、あえて聞く。
どう、これまでの仲間を殺すだけの覚悟を決められるか。
しばし、間が空く。
寄奴も急かしゃしねェ。そんかし空を見て、山を見て。いちど指先につばをつけ、空に向かって掲げる。
風は北東から、南西。
鐘山から見て、建康ァ風下。
「将軍が、どちらに動いても良いように謀りましょう」
重めェ口ぶりの、朱齢石。
「北と、南。どちらにも軍は配します。が、どちらの守将も本命とはなりません。本命は、」
言って、鐘山を指さす。
「山あいに隠し置き、将軍がどちらかの守将と矛を交えたところに、後ろから攻め立てましょう。受けると見せかけ、陥れる。それが皇甫将軍の見立てかと」
「なるほどな」
寄奴ァにやりと笑うと、そばにいた
「どうした、いたずら坊主の顔で」
虞丘進と来たら、なんで呼ばれてんのかの見当をさっさとつけてやがったみてェだ。ほんに、話が早ェんなァ、ありがてェの一言に尽きる。
「進。お前の隊に、もう一隊よこす。鐘山の麓に潜んでる奴らをぶっ叩いたあと、そいつらに鐘山を登らせて、火をつけさせろ」
そう言って寄奴ァ、その一隊ぶんの名簿を投げてよこす。
受け取った虞丘進ァ、ひく、って口元をこわばらせる。
「承った、と言いたいところだがな。これで伏兵がいなかったらどうする?」
「そしたら話ゃ早ええだろ。とっとと登って、火を放ちゃいい」
「なるほどな」
虞丘進とこにゃ、各隊から、怪我の割とひでェ奴らが集められた。それぞれにドラと、たいまつを持たせて。そいつらの出発をひとしきり見送った後、今度ァ残った奴らに向け、言う。
「手分けなんざしねえぞ! 全軍で、南だ! ただし、ぶつかりすぎねえようにしろ! ここぁ
物見からも、
今ァまだ、寄奴の名前を突き抜けさせすぎねェほうがいい。名声が下手に上がり過ぎちまや、そのぶん敵も一気に増える。
何無忌の率いる軍ァあえて広がり、皇甫敷の旗に散発的に突っ込んでく。相手が押し返そうとすりゃ、むしろ思い切り下がって。そんなこんなのうちに、虞丘進からァ伏兵殲滅の知らせが来る。
鐘山を見りゃ、ちらほら木々の合間に人影が見える。
そんな高い山じゃねェ。そのぶん木々ァしっかり生えてる。建康側からじゃ、何が起こってんのかさっぱりわかんねェだろう。それと、伏兵を当てにしてた皇甫敷からも。
「劉将軍!
「おう」
後ろからの地響き。
もう間もなく、もうもうとした煙が建康の空を覆う。その後ろから、ど派手に銅鑼が鳴り響くわけだ。そうなりゃどんな奴らが攻め寄せてくんのかもわからず、建康ァぐちゃぐちゃになんだろう。そこに、ノリに乗った司馬休之どのが突っ込んでく。
で、晴れて司馬休之どのァ、救国の英雄だ。
寄奴ァ乱れてた襟元を正すと、輿から飛び降りる。ずきんと傷が響くが、気にしちゃいらんねェ。
歩兵と、騎兵。入り混じって、寄奴ンとこに駆け寄ってく。そんな中から飛び出てくんなァ、五騎。司馬休之どのと劉毅、
寄奴にしても面食らったね。まさかのまさかだ、奥方、
っが、そこにいちいち驚いてもいらんねェ。いまァ司馬休之どのを出迎えんのが最優先だ。片膝をつき、拱手する。
「
はっ、馬上から司馬休之どのの笑いが落ちてくる。
「わざとらしい真似をする。そなたがその気になれば、とうに建康にまで抜けていたろうに」
「これ以上目立ちたくねえんですよ。それに失われた
この辺のせりふァ穆之の仕込みなんだがな――正味のとこ、そいつに助けられたとしか言いようがねェ。
笑ってられた司馬休之どのァ、ようやく寄奴の左肩に滲む血に気づかれる。
「劉裕殿、――まさか」
気付かれねェはずもねェ。たァ言え、手前ェのやらかしを見られちまうんなァ、とにかく、だせェ。
「や、動けねえってほどじゃねえですよ。ただ、先陣切るんにゃ、ちまっとしんでえくれえで」
「そうか」
司馬休之どのァ、ぎゅっと口元を引き締められた。
「そなたほどの者であれば、全てをこともなげに成し遂げると思っていたのだがな。そうは容易く運ばんか」
「なら、こう言やいいんですよ。己すら食い止めた野郎を、季子がぶっ倒しなすった。そうすりゃ己の評判ぁ下がるし、季子の評判ぁ上がる。願ってもねえことです」
司馬休之どのの向こう、腕組みしてた劉毅ァ、ずい、と前に出てくる。
「劉裕」
「おう」
「ひとまず、ここから先は貰い受けるぞ」
「そうしてくれ」
目線をぶつけ合ったんが、ほんの一息、その半分。劉毅ァ振り返ると、叫ぶ。
「義士らよ! 今こそが勇躍のときぞ! 逆賊と、その手足、微塵に刻んでくれようぞ!」
応、ってどでけェ声が上がる。孟昶ァ寄奴に拱手して、孟龍符ァニヤッと笑って。めいめいが駆け出した司馬休之殿らのあとに続く。
そん中で、一人。
臧熹だきゃ、寄奴のもとに残った。
「行かねえのか? 大手柄が待ってんのによ」
「私には、義兄上の怪我のほうが重大ごとです」
「大げさだな。死にゃしねえってのによ」
「何を呑気な! 悪い風が入れば、いくら義兄上とて抗い切れはしませんでしょう!」
言うと、さっそく新しい包帯を手配して巻き替えた。ちらっと「こんな、ひどい……」なんてつぶやきが漏れる。
そいつにゃあえて聞こえねぇ振りで、寄奴ァ鐘山のほうをみた。
煙ァ、いよいよ勢いを増してきてる。虞丘進ァ、うまくことを進めてるらしい。
「熹、酒よこせ」
「義兄上は
冗談のつもりの一言が、バッサリと切り捨てられちまう。思わず、寄奴ァ爆笑しちまった。盛大に傷に響いたが、構っちゃいらんねェってもんだ。
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